「あっかっかっか! ひさしぶりにニンゲンの来客とあって、
 それなりの手段でもてなしやろうかと密かにいぢわるプランを立てとったんじゃが、
 お前さんたちの乱闘を観戦しとる内にそれすらアホらしく感じてしもうたわい」


いかにも偏屈そうなコロボックル(小さき亜人種)の老賢者、ドン・ペリは、
予想外にすんなり総計十一人(六人と一匹:三人と一柱)もの“ニンゲン”の来客を受け入れてくれたが、
十一人がまともにかの翁と会話が出来る程度に回復するまでには、1時間近くの休息を要した。


「こいつらはどうでもいいから、俺らの質問に答えてくれ、ジイさん」
「この者たちは捨て置いて構いませんから、私たちの質問にだけ答えてください、ドン・ペリ様」
「あっかっかっか! おヌシら、傍目にはバカ以外の何者でもないぞ?」


見事に陣地分けして一線を画した双方のチームを交互に見比べるドン・ペリから
人を小馬鹿にした嘲笑が消える事は無かった。
確かに、子供じみた嬌声を上げながら、体力と気力の限界まで激突し、
目的地へ到着した途端に汗びっしょりの身体を地面へ投げ出してブッ倒れた一団を見て
爽やかな感動を覚えろという方が土台無理な注文である。
『子供じみた嬌声』という要素さえ無ければ、それなりの美談になっただろうに。


「おぬしらが何を求めてここまでやって来たのか、
 大概の事はルサ・ルカから連絡があって知っとるよ」
「はあぁ? あのばばぁ、【ジェマのきし】どもがここへくること、しってたんでちか!?」


【ウェンデル】で【ジェマの騎士】を接遇したシャルロットも、
まさか彼らが自分たちと同じく【黄昏の火山】を目指しているとは知らなかったようで、
事態を把握していながら何の事前情報の一つもよこさなかった祖母の名前が記された、
『シャル謹製ズッ殺しリスト』内のランクを著しく変動させる事でなんとか恨みを吐き出した。
暫定トップランカーはルサ・ルカで、リストの中には【ジェマの騎士】の名前も新たに書き加えられている。
………ランキングの中には密かにホークアイの名前も記されていた。


「ニンゲンは嫌いじゃが、バカはたまらなく大好きでのう。
 おぬしらは久々に見た、うっとりたまらん級のバカ! 愛するより他ないメロメロバカじゃ。
 特別になんなりと答えてやろうではないか」
「現存する【マナストーン】の所在を教えてくれッ!!」「【ペジュタの光珠】の在り処を授けてくださいっ!!」
「あっかっかっか! ソコじゃ、ソコ!
 譲り合いの精神もへったくれも無いソコがバカらしくてたまらんわい!」


殆ど同時に要求した事で思いがけず音声多重に陥ってしまったデュランとプリムの睨み合いを
ドン・ペリが「バカじゃ、バカ」と腹を抱えて笑い飛ばした。
誰がどう見ても間抜けな睨み合いで、ドン・ペリにつられたホークアイとポポイが思わず吹き出し、
羞恥に頬を染めたプリムから鞭による一撃が炸裂した。


「わ、私たちは【女神】の後継者であるフェアリーに選ばれた【ジェマの騎士】で―――」


痴れ者二人を強制的に黙らせたプリムが、イニシアチブを取ろうと立ち上がった―――が、
限界まで酷使した筋力はそれを許してくれず、立ち上がった途端、
糸の切れた人形のように崩れ落ちてしまった。


「だっ、大丈夫ですか?」
「う、うう〜…、こんなカタチで敵の手を借りる事になるなんて………」


慌てて駆け寄ったリースが抱き止め、無様に尻餅をつく事は無かったが、
あれほど感情を剥き出しにして戦った相手に不測の借りを作ってしまったプリムは、
敵に情けない姿を見られてしまったのが照れ臭いのか、両手で顔を覆って「サイアク…」と漏らした。
その傍らでは、プリムへ駆け寄るのがリースよりも一歩遅れたランディが、
いわゆる『お姫様だっこ』の姿勢で固まっている。抱き止める相手もない、空手のだっこ姿勢で。


「バカじゃねぇの、お前」
「………………………」


デュランの冷たい視線にランディは返す言葉も無い。


「さてさて、おぬしらが求めるのは二つの秘宝、
 【マナストーン】と【ペジュタの光珠】の所在じゃったな」
「「「「「「「「「「ッ!」」」」」」」」」」」


ドン・ペリの言葉に一同の意識が集中する。
それが知りたくて、こうして辺境の死火山くんだりまでやって来て、
体力と気力が限界まで達するような激突をやってのけたのだ。
その願いが、渇望してやまなかった情報が、いよいよ手に入る。


「実はわしも完全な所在までは知らんのじゃ。
 ………ごめんちゃいっ!」


―――なまじ固唾を呑んで見守っていただけに、
気の抜けたドン・ペリの照れ笑いによって双方の緊張は完全崩壊し、
仲良く、景気良く盛大にズッコケた。


「ジジィッ!! 知らねぇなら知らねぇでもうちょい重々しく告白するとか、
 なんかあんだろ、演出がよッ!!」
「あんまり気が抜けていたので、柄にもなくコケちゃいました………」
「あっかっかっか………。
 すまんすまん、いざとなるとどう切り出したもんか難しくての」
「笑い事じゃないっつーの………」


骨折り損のくたびれ儲けとはこの事だ。
報われにくいのが人生とは言うけれど、ここまで全力を果たしておいて何の成果も無いとなると、
自分が滑稽に思えて、逆に笑えてきた。自嘲でない、もっと別の笑いだ。
…体力の限界まで使い切った時、不思議と浮かんでくる、『バカになった時』の笑いだった。
それから程なくして、デュランだけでなく、その場の全員がバカになってこの情況を笑い始めた。


「しかしの、わしとて賢者と呼ばれる身、全くの無学ではないぞ。
 おぬしらのヒントになるかはわからんが、
 北の大地のどこかにあるという氷雪の遺窟『極光霧繭(きょっこうむけん)』には
 なんでも遍く魔力を超越した神秘の輝石が眠っているそうじゃ」
「「「「「「「「「「ッ!」」」」」」」」」」」


バカ笑いのアンサンブルがぴたりと止み、再びドン・ペリへ視線が集中した。


「おぬしら【ジェマの騎士】が求める【ペジュタの光珠】は、
 ランディ、おぬしの携える聖剣【エクセルシス】の真の力を蘇らせるに必要な、
 おぬしをまことの勇者たらしめるに不可欠な秘宝と聞き及んでおる」
「もしかすると、氷雪の遺窟に眠っている輝石が、【ペジュタの光珠】じゃないか、と?」
「わしも無責任に安請け合いはしたく無いでな、可能性の一つと言うだけに留めておくよ。
 そして、リース。滅びの業を、【アークウィンド】の十字架を背負いし末裔よ。
 おぬしが救わんと命を懸ける弟君へ届く架け橋、【マナストーン】もまた、
 この可能性の一節よ」
「「「「「「―――ッ!?」」」」」」













「残念だけど、私たちは私たちの生き方を変えるつもりは無いわ。
 例え自分たちの主観による決め付けと詰られようと、
 悪と見なした敵は即座に誅滅する…それが私たちの信念【悪即滅】よ」


死火山から地上へ帰還するや、【ジェマの騎士】たちは大空の彼方へと飛び去った。
いくら【ジェマの騎士】といえど、翼を持たない人間が空を渡る事は不可能だが、
【女神】が【ジェマの騎士】へ仕わしたとされる有翼の聖獣、フラミーの力をもってすれば、
ヒトの手の届かぬ雲の彼方を支配する事さえ容易い。
「決め付けで相手を滅ぼす行為は愚かだ」と詰め寄るリースに自らの信念を掲げ、
理解も同意も求めず、彼らはフラミーの背中へ跨り、北の大地へ向けて羽撃たいた。


「あれ、全ての獣の母とされてる、伝説の聖獣、フラミー………。
 オイラ、初めて、見た。生きてる内に、見れる、思ってなかった」
「はぁ〜…、大したもんだね、どーも。
 なんとか切り抜けられたけど、あいつら、まじで伝説の英雄の再来なんだな〜。
 うわ、やばいな、バチ、当たんないだろうなぁ〜」
「考えてみればフェアリーって、次の【女神・イシュタル】なのよね。
 ………あんまり現実離れしたハナシだから気付かなかったけど………」
「それじゃしゃるたち、【めがみ】にはむかったってことじゃないでちか!
 ………ま、いいでち。あんなへちゃむくれごときの【めがみ】なんざこっちからねがいさげでち。
 あんなかとんぼにしはいされるなんかまっぴらでちね。
 むしろこんどあったときはかくじつにしとめれくれるでち…!」
「お前さんな、信心疑われるような発言ばっかしとると、そろそろホンマにバチ当たるで?」
「…いいですよ、皆さん、気を使わなくても」


“何か”を忘れようと、努めて明るい雰囲気を作ろうと画策する仲間たちを
薄く微笑むリースが優しく制した。


「本当はもっと早くにお話しすべきでしたが、タイミングを逃してしまって………」
「リース………」
「お話ししますね、私の旅の目的。私のたった一人の弟の事」


忘れてはならない“何か”について、静かに静かに語り始めるリース。
迎えの船はいまだ水平線上にすら見えず、
荒涼な孤島の浜辺へ打ち寄せるのは、微かに潮の香りを運ぶ小波のみだった。
そして、小波の静かな音色が、打ち寄せる記憶への追想を運んだ。






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