「二人だけで【マナ】を…、【ヤクトパンサー】を凌いだか。
 ………思った以上に成長率が伸びているようだな」
「ええ、フィジカルなパワーに加えて、思考の鋭さも着実に早くなっています。
 さすがは【アークウィンド】の後継者と言うべきですかね」


空中へ浮遊する【映像投射光板(デジタル・ウィンドウ)】には、
【ヤクトパンサー】を突破するデュランとリースの映像が表示され、
その様子を興味深そうに二人の男が眺めていた。
否、ただ眺めているのでなく、画面上で果敢に銀槍を振るう【リース】の技量を分析している。


「予定進捗は順調のようですね。これならば【太母】として相応しい。
 盟主サマもさぞお喜びになる事でしょう」
「好きに踊らせておけば良い。お歴々の高望みなど、我らにはいささかの関わりも無い事だ。
 一時の栄光など、我らが築く永劫の平和の前には、程なく落日するものよ…違うか?」


皮肉っぽく笑い、【盟主】なる上層部の者を軽んじる調子の銀髪の男に対し、
黒騎士はにこりともせず、叛意を口に、纏う態度に表す。


「良い思いをさせてあげればいいじゃないですか。
 それだけ這い蹲った時の惨めさが増幅されるのですから。
 その時になって盟主サマどもは始めて気付くのですよ、自らの浅はかさに。
 う〜ん………、想像しただけでうっとり来るような名場面になりそうですねェ」


丁寧な口調ではあるが、銀髪の青年の口ぶりもなかなか手酷い。
毒を吐き散らすなど想像もつかない、貴公子めいた整った顔立ちながらも、
どうやら腹の中は真っ黒のようだ。
爽やかな笑顔で「所詮あの方々はカスですから」と言ってのけるところが恐ろしい。


「―――おや? そろそろ我々の出番のようですよ」


デュランとリースを捉える物とは別の【映像投射光板(デジタル・ウィンドウ)】には、
シャルロットを先頭に回廊を走るアンジェラとケヴィンの姿。
二つのウインドゥの中心あたりに表示された艦内マップでは、
右往左往と移動する赤色の光が二つ、それぞれ離れた位置で点滅していたが、
現在は互いに同じ交差点へ向かいつつある。
二つの光は、分かれた二組を表す点滅だ。
それが急速に接近しているのだから、合流も間近という事になる。


「十字路で合流して、
 試作【ケツァルコァトル】最後の一基へ到着するまでがおよそ2、3分。
 【旧人類(ルーインドサピエンス)】の古い諺には、こうした短い待ち時間を比喩して、
 『なんて短い時間だ! カップメンだって食い切れねぇぜ!』という物があるそうですよ」
「………実に使いどころの不明な雑学を披露してくれた事、
 ひとまず例を述べさせてもらうが、今から艦橋を出て向かえばちょうど良い頃合いだ。
 【ケツァルコァトル】での再会、我らも遅れて参入させてもらおうではないか」
「遅れて参入ってのは、なかなかコワイもんですけどねぇ。
 【旧人類(ルーインドサピエンス)】が娯楽の一つ、PC−FXだって、もう少し時期が………」
「博識は歩きながらゆっくり承ろう。
 ―――さぁ、出発だ」
「はいはい―――今すぐそっちへ行くから、今しばし待っていてくれ、ハニー♪」


甲冑行軍独特の鈍い音を引き摺りながら、先に艦橋から出て行った黒騎士を追う前に、
【映像投射光板(デジタル・ウィンドゥ)】へ向けて、銀髪の青年が投げキッスを送る。
一直線に飛んでゆくベーゼの先には、懸命に回廊を走るシャルロットの姿―――………













傍観者たちの予想通り、四筋の回廊が交わる十字路で鉢合わせた二組は、
今、離れて幽閉されたと思しきホークアイとニキータの二人を探して、
鋼鉄の艦内を駆けずり回っていた。


「つぎのよつかどをうせつでちっ!
 おそらくそこにホークアイしゃんがいるはずでちっ!」


それまでの虱潰し作戦とは違い、今度はシャルロットのナビゲート付きなので、
無駄な時間のロスは一切省けている。


「えねるぎーばいぱすのぱたーんさえつかめれば、
 どこにどんなしすてむがせっちされているかなんて、
 ぶたのはなよりせいかくにかぎとれるでち」


同じ造りの光景が続く入り組んだ回廊を、
よくも迷わずに誘導できるものだと、デュランは最初訝るばかりだったが、
【マナ】に精通するシャルロットにとっては、艦内の平面図を推察するなど朝飯前らしい。
シャルロットのナビゲートを頼りに四つ角を右へ曲がると、
果たしてそこには目的の玄室が大口を開けて待ち構えていた。


「シャル、すごい。オイラ、いくら鼻利かせても、全然、わかんなかった」
「ケヴィンしゃんにはあくできなくても、それはなんにもおかしいことないでち。
 むしろあんたしゃんがたのはなでかぎとられたひにゃ、
 けんきゅうしゃとしてのしゃるのぷらいどずたずたでち。
 ひしゃかいてきなせいさいで、あんたしゃんをじごくへたたきおとしてたかもしれないでちよ」
「………………………」


獣人の身体能力を駆使してもホークアイの所在を見つけられなかったのは、
ケヴィンにとって命拾いだったのかもしれない。


「お、いたいた。
 …なんだよ、もう目ぇ覚ましてんじゃねぇか」


形無しに凹まされたケヴィンを「あいつらのがおかしいんだから、気にすんな」と
慰めながら玄室へ入ると、正面にガラスの筒へ収容されたホークアイを発見できた。
既に意識を取り戻しており、一行を見つけるや、陽気に手を振って出迎えた。


「…つくづく不思議な液体だよな。
 水ン中だってのに呼吸もできるし、服も濡れてねぇんだもんなぁ…」
「これも【マナ】の一種なのでしょうか?」
「………【あむりた】とよばれるりゅうたいがたせいたいふくげんゆにっとでち」
「【アムリタ】…?」
「せいりでんかいしつとねんせいたとうるいのとくせいをゆうする、ぎじりゅうたいでち。
 あれはほんらいはえきたいではないんでちよ。
 はなくそよりもさらにちいさい、めにもみえないごくしょうさいずのきかいのあつまりでち」
「………ねぇ、意味、わかる?」
「勉強不足ですみません。…なんのことだかさっぱり………」
「ええやないか。【マナ】に関するもんは、シャルの嬢ちゃんに任せといたら」
「ようするに、だめーじをかいふくしてくれる、まほうのあいてむってところでちよ」
「ああ、確かに、すこぶる快調に回復してたな、筒から出た時…」


【アムリタ】、【流体型生体復元ユニット】、【生理電解質と粘性多糖類】………。
聴き慣れない固有名詞と意味の掴めない説明に顔を見合わせる一同を置いて、
ガラスの筒の前に設置されたコンソールへ向かっていったシャルロットは、
装置の前に立つや、慣れた手つきで何事か操作を始めた。


「何しようってんだ?」
「がいぶにゅうりょくそうちから、
 このそうちのきのうをていしさせるぷろぐらむをながしているんでち。
 ただしいてじゅんにのっとって、きどうとしゃっとだうんをおこなわないと、
 でりけーとな【まな】はすぐにこしょうしてしまうんでちよ」
「あたしたちをあのガラス筒から出してくれたのもシャルだったしね」
「このてのそうちをかいじょするなんて、しゃるにはあさめしまえでちからね。
 いちおう、ちーむをくんでいるいじょう、さきにうごけるにんげんが
 せきにんをもってきゅうじょかつどうしなくちゃでちから」


呼吸は可能でも音は通らないようで、外部との会話は一切できない。
早く出して欲しいとゼスチャーするホークアイを安心させようと、
ケヴィンはシャルロットの説明(あまりに難解なので一部のみを抜粋)を
メモ帳へ書いて彼に見せていた。


「…よくわかんねぇけど、そんなに面倒なら、ガラスをブチ破ればいいじゃねぇか。
 どうせ人様の持ち物なんだしよ。
 俺だってリースだって、そうして脱出したんだぜ。なあ、リース?」
「ちょ、デュ、デュランっ!
 言わないって約束したじゃないですかぁっ!」
「なにいってるんでちかっ!! そんなことしたらさいあく、
 じばくそうちがはたらいてホークアイしゃんごと、ぼんでちよっ!!」


つい口を滑らせ、背中をリースにポカポカ殴られるデュランへ
シャルロットから厳しい声が突き刺さった。


「そんなコト言われたって、なぁ…?」
「え、ええ。私たち、実際に、その、け、蹴り破って…」
「とにかくっ!! ここはしゃるにまかせるでちっ!!」
「「…はい…」」


何事か言い争う三人の様子に、ホークアイは不安を覚え始めていた。
音が一切通らないので、彼らが何を言い争っているのかさえもわからない。
もしかすると、このガラス筒から脱出できないのではないか?
情報が全く入らないだけに、駆り立てられる不安が増幅されるのも早い。


「………おかしいでち………、
 しじけいとうはたんじゅんなはずなのに、
 なんべんしこうをくりかえしてもぷろてくとがかいじょされないでち…っ」


シャルロットが何かの装置に向かって一心不乱に操作を続けているのは、
ガラス筒の中からも見えたが、最初は余裕そうだった彼女の表情が次第に逼迫し始め、
それに比例してホークアイも動揺を隠し切れなくなってきた。


「ケヴィンしゃん、めもちょうをかしてくださいでち」
「え? あ、は、はい」
「………ホークアイしゃん、よくきくでち…しゃるのちからぶそくのせいで、
 だしてあげることは、どうやらできそうにないでち………。
 かならず! いつかかならずもどってきてたすけてあげるでちから、
 いまはここでがまんして、まっていてほしいでちっ!!」


―――という旨をメモ帳へ走り書き、ホークアイの眼前へ突き出した時、
ついに彼の不安と動揺がクライマックスを迎えた。


「――――――ッ!!!???」


ドンドンとガラス筒を叩きながら、首を左右に激しく振り、
「ここから出してぇぇぇッ!!」と絶叫(読唇から判明)する姿は、
普段二枚目を気取ってクールに構えているホークアイとはまるで正反対で、
ある意味、彼の最もコアな部分が発露していた。
実はよほど心細かったのか、既に半泣き。というかヘタレの姿である。


「………しゃるがいたらないばかりに、もうしわけないでち、ホークアイしゃん………」


コンソールへ手をついたシャルロットは、
そのままがっくりと肩を落として俯いてしまった。


「―――お前さん、ひょっとしてホークを弄んどるだけやろ?」
「………………………」


確信めいたカールの鋭い指摘が肩を震わせるシャルロットへ直撃すると、
こちらも我慢の限界を超えたらしく、腹を抱えて爆笑し始めた。


「ぎゃっはっはっは〜っ! みたでちか、ホークアイしゃんのあのかおっ!
 きざったらしいやさおとこは、かならずきもったまがちいさいってかせつ、
 もののみごとにりっしょうしてくれたでちっ! ちょうへたれでちっ!!」
「シャ、シャル! それ、あんまりにも、ホーク、可哀相!
 いじわるなんか、しちゃ、ダメだッ!! ねえ、師匠―――」


あまりといえばあまりに狡猾で悪辣なシャルロットの所業を、
ガラスに隔てられて何もできないホークアイに代わってケヴィンが窘めた。
『義』を重んじる彼には、度の過ぎた悪ふざけはどうしても許せないのだ。
きっとデュランもそうだろう。
ケヴィンは、師匠と二人でシャルロットへお灸を据えるつもりでいた………が、


「ぶッ…〜ははははははッ!!!! ひ、ひでッ、ひでぇなオイッ!
 それでかッ? それで俺らにガラス殴ってOKってのを黙らせたのかッ?
 し、仕込みが利いてるじゃねぇかッ、…くく、ぶわはははははッ!!!!」
「ひーっ、ひーっ!!!! お、お腹痛ッ………!
 ホークのヤツ、盗賊やめて、リ…リアクション芸人になりゃいいわッ!!」


お説教どころか大爆笑。アンジェラに至っては笑い過ぎで半ば酸欠状態だ。
なにより、純真なケヴィンにとって最も残酷だったのは、
あの慈愛に満ちたリースまでもが必死で吹き出そうとするのを堪えていた事。
というか、最後には盛大に吹き出していた。


「ひどいや、みんな………」


心からホークアイに同情して、ケヴィンは、はらはらと涙を流した。
少年は皆、こうした社会の醜い一面を垣間見る事で、大人への階段を昇っていくのだ。





「お前ら、マジ信じらんねーよっ! 人の不幸を爆笑しちゃってさ!
 こっちがどんなに心細かったか………ッ!」


不遇を笑い飛ばしてくれた仲間へ怒りをぶちまけながらも、
両腕はしっかりケヴィンへ抱きついて離れなかった。
極限まで高まった動揺は彼の平常心だけでなく、自尊心も何もかも粉砕したようだ。
どこに出しても恥ずかしくないヘタレの姿である。


「ちっきしょう〜………さんざんだぜ………」
「いいじゃねぇか、無事にこうして出て来られたんだからよ。
 そうブチブチ言うなって」
「簡単に解除できんなら、最初からそうしてろよっ! そしてお前らは笑うなよっ!」


シャルロットの悪意バリバリなイタズラによって、
一時は永遠にガラス筒での生活を覚悟したホークアイも、こうして無事に外界へ戻って来れたのだが、
いいように弄ばれた身としては、たまったものではない。
外界へ出るや否や、生還の喜びよりも羞恥と怒りが噴出した。


「しかもニキータいないしッ!」
「あのねこあきんどは、こぶねがほうかいするすんぜんに、
 【えるどりっじ・おーぶ】…じぶんのおもいえがくばしょへ
 しゅんかんいどうできる【まな】でもってひとりでとんずらこいたでちよ」
「そこだよッ! あのクソ猫ッ!!
 そんなお宝持っていながら、俺たちを助けようともしなかったッ!!
 とんでもない食わせ者だよッ!! 次あったら絶対ェ三味線にしてやるッ!!!!」


結局、自分一人がバカを見ていたのだから、彼の怒りは一入だ。
あっさり商売仲間を見捨てて逃げた曲者、ニキータの顔を地面へ思い描き、
歯軋りして地団駄を踏みつけた。


「―――ホールアウトしたての艦なのでな。
 そうあまり傷つけてやってくれるな」


和やか(ホークアイを除く)な雰囲気は、突如として轟いた声によって打ち消された。
今度はキャタピラが鋼の床板を擦る怪音ではない、れっきとした人間の声だ。
声に遅れて、甲冑行軍独特の金属音が木霊す。足跡は二つ。
どうやらもう一人、何者かがこの艦内に或るようだ。
足音は次第に近付き、回廊を経て玄室の入り口へその正体を現した。


「「――――――ッ!?」」


現れたのは、黒く、鈍く輝く鋼鉄の全身甲冑(コンポジット・アーマー)を身に纏う騎士と、
白衣を纏った銀髪の青年。こちらはメガネを着用している。
二人が玄室へ入り込んできた瞬間、デュランとシャルロットの表情が驚愕のそれへと変貌した。


「お前…なんで………」
「ヒ、ヒースじゃないでちか…っ」


驚愕する先に立つのは、ずり下がったメガネを直す銀髪の青年。
どうやらこの青年と二人は知己らしく、愕然と眼を見開くデュランとシャルロットへ、
久方ぶりに再会した友人へ送るかのような柔和な笑顔で手を振り、応じた。


「ちょ、ちょっと待ってください、ヒースさんと言えば………」
「シャルの旦那さん…よね?」
「おや? 自己紹介の手間は省けているようですね。
 妻がいつもお世話になっております。
 いかにも私がシャルロットの夫、ヒース・R・ゲイトウェイアーチです。
 以降、お見知りおきを」
「そんなことはどうでもいいでちっ! なんでヒースがこのせんかんへのっているでちかっ!?」
「てめぇか、ヒースッ!!
 俺たちにあんなデカブツ送りつけてきやがったのはッ!?」
「はっはっは…、ハニーもデュランくんも、何をそんなに動揺しているんだい?
 【マナ】あるところにヒースあり、研究者として、
 このような歴史的遺産を見逃す手は無いじゃないか」
「そういうことをいっているのでもないでちっ!」
「とりあえず落ち着こうか。
 冷静な思考でなければ、物事は正確には理解できないからね」


泰然と構えるヒースに対して、デュランとシャルロットの二人が詰め寄った。
激しい剣幕にさらされながらも、銀髪の青年、ヒースは少しも超然とした表情を崩さない。
むしろ二人の反応を観察して楽しんでいるかのようだ。


「今、私は、こちらの彼、通称【黒耀の騎士】と共同で【マナ】の研究を行っていてね。
 この機動殲艦【インビンジブル】もその研究成果の一つというわけ。
 もう一人のチームメイトと採掘した物を、つい今しがたにホールアウトしたばかりなんだよ」
「…いえをなんにちもあけているとおもったら、
 そんなごついやろうとふりんりょこうでちかっ!
 いくらあいするヒースといえども、ズッころしでちよっ!!」
「そこへキミたちと鉢合わせとなって、思わぬ海難事故。
 このままでは危険という事で、当艦で保護させてもらっ―――」
「―――鉢合わせというのは偽りですよね…?」


夫婦喧嘩へ雪崩れ込みそうなヒースとシャルロットの会話に割って入ったリースは
銀槍を握る右腕をわなわなと震わせ、その双眸には静かな怒りが燃え盛っている。
ヒースの態度に生理的な苛立ちを覚えたわけではない。
睨み据えるのは、ヒースと【黒耀の騎士】の胸元―――


「貴方がたは、最初から私たちを狙って急浮上してきた…そうですよね?」
「それは疑心暗鬼ですよ、フロイライン。我々に他意はありません」
「…その紋章が何よりの証拠ですッ!」


―――二人の胸元へ意匠化された、【トリコロール(三本線の紋章)】。
睨み据え、怒りと憎悪と悲しみの宿る銀槍の穂先を、寸分外れる事なく、
土色と深緑と黒の三本線でまとめられた【トリコロール】へ向けて翳した。


「私からエリオットを…最後の肉親を奪いッ、
 最愛の義姉を奪った【あの者たち】の胸元にも同じ紋章が刻まれていました…ッ!
 貴方がたは、間違いない、私たちの敵…ッ!!」
「そ、そんな………ヒ、ヒース…?」


自分の仲間から激しい怒りを夫が浴びせられている。
信じられない、信じたくない状況にシャルロットは混乱の表情を見せ、
怒りを燃やすリースも、変わらず超然と構えるヒースのどちらも止められず、
ただただ交互に二人の顔を見比べるだけだった。


「成長率著し、との卿の見込みは正しかったようだな…」


それまで無言で丁々発止のやり取りを見守っていた【黒耀の騎士】が始めて口を開いた。


「………まさかこれほどまでに早く我々の正体に感付くとは
 さすがに思いも寄りませんでしたがね。
 ま、それも想定範囲外の楽しみと見て、良しとしましょう」
「な、なにをいっているんでちか、ヒース………。
 ヒースはしゃるを裏切るなんてこと………」


それは、肯定の言葉。リースを襲った【あの者たち】と同属であると認めた証明。
突きつけられた現実に膝を折って崩れたシャルロットの額へ、
屈んだヒースが軽いキスを落とした。


「―――私がシャルを裏切った事は無いだろう? だから、信じていてくれ。
 たとえ道順は異なっても、私たちが向かう未来は一つだ、と」


謎かけめいた言葉を囁いたヒースの両手が不意に輝き、光の奔流をシャルロットに、
愛する妻の仲間たちめがけて放った。
あまりに唐突な魔力の発動にパーティは抗う事もできず、そのまま直撃を受け、
【インビンジブル】艦内から跡形もなく消失してしまった。
ショックのあまり呆然と崩れたシャルロットは、最後まで、力無くそのままで。


「………気障だな、いささか。聴いているこちらがこそばゆい………」
「おや? 騎士殿はこうした言葉遊びが苦手ですかね?
 貴方とて、愛する女性を口説く時は、何か言葉を選んだと推察しますが?」
「………………コメントは差し控えさせてもらおうか」


愛する妻とその仲間を消滅させた直後であるというのに、
ヒースの態度は不気味なほどに明るい。
正真正銘、正常な神経が欠損してしまっているのか、それとも別の意図があるのか―――


「…彼らをどこに?」
「それはもちろん、次なる階梯へ。彼らが進むべき、北の地へ。
 【インビンジブル】にて【太母】と接触し、彼女の怒りを増幅、
 この【トリコロール】へ指向させるのが、我々の任務ですからね」
「………果たして、その任務は完遂されたわけだな」
「次はあの方々の出番。あの方々が謀略を張り巡らす北の地へ。
 ………ますます【太母】サマの凶暴さに拍車がかかってしまいますねェ」
「北…か。
 【堕ちた聖者】よ、私もかの遠き地へ飛ばしてくれぬか?」


【堕ちた聖者】…と、ヒースを彼らの組織の中で用いられる異称で呼んだ黒騎士は、
思いも寄らない以来を申し出た。
これにはさしものヒースも驚いたようで、鼻頭までメガネがズリ下がる。


「飛ばす分には私は一向に構わないのですが、一体、どういう風の吹き回しです?」
「………そうだな。
 強いて言えば、親子の対話という物をしてみたくなって、な」
「―――ははぁ…、私を気障と仰いましたが、貴方も十分に気障ではないですか」
「なんとでも言ってくれ………では、頼む」
「お安い御用ですよ。―――よい旅を」


黒騎士の意を察したヒースは、これ以上ないくらい楽しげに顔を綻ばせ、
妻たちを消失させた物と同じ光を彼に向けて浴びせかけた。
眩いばかりの輝きが玄室を包み込んだかと思うと、次の瞬間には、
黒騎士の姿は跡形も無く消え去っていた。
彼らの会話から察するに、この輝きが導くのは、遥かに遠き地―――
―――デュランたちが先へ飛ばされたと思しき北の地。


「親子の対話…ですか。
 いやいや、同じく家庭を持つ人間としては、身につまされる思いですねェ」


鋼に包まれた陰鬱な空間には、
一人残されたヒースのくぐもった笑い声がこだますばかりだった。






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