@SFの入門編になる…かも?


僕にとってSF小説の入門編になったのは、小学生低学年の頃に父が朗読をしてくれた、
エドガー・ライス・バローズの『火星のプリンセス』シリーズでした。
本と言えば、漫画くらいしか読まない当時の僕を危ぶんだ父が、
苦肉の策として朗読を始めたのを記憶しています(笑)。
本の虫だった父には、どうやら漫画にしか興味を示さない僕の行く末が
心配でならなかったらしく、少しでも小説に触れさせようと必死だったようです。
ご存知でない方もいらっしゃるかも知れないので、かいつまんで説明しますが、
火星シリーズはSFものでありながらヒロイックファンタジーの趣が強く感じられる、
王道的な冒険小説でもあります。
ロールプレイングゲームが大好きで、中でも中世ファンタジーものに目がなかった僕は、
最初こそ小説なんて堅苦しいものは大嫌いだと渋っていたものの、
いつしか父の朗読劇の虜になっていきました。
主人公が主な舞台である火星から故郷の地球へ戻ってきたシーンの、
あの何とも言えない感慨………幼心に「次はどうなるんだろう!?」と胸躍らせたものです。

僕がお話を書くときは、基本的に自分より年下の人、
特に学生さんをメインターゲットに絞っています。
と言っても、学生さんの好むジャンルや傾向をリサーチして、マーケットに沿ったものを
作ると言うわけではなくて、彼らと同じ年齢の頃に小説を通じて自分が感じたこと、
または学んだことを今の世代にも伝えたい。継承していきたいと考えているのです。
カッコつけた言い方をするなら、それが僕の物書きとしての僕の使命。
…やっぱり、カッコつけ過ぎですね。自分で言っといてなんだけど歯が浮いたよ(笑)。
今回、SFものを書こうと思い立ったときに最初に浮かんだのは、父のあの朗読劇でした。
僕が多少なりとも小説と言うものへ興味を示すきっかけになったのは、
父がタバコで嗄れた声で演じてくれた『火星のプリンセス』シリーズがあったればこそ。
普段、本に触れる機会の少ない子は、紙媒体の物には食指が動かなくても、
Webサイト上で公開されているものには反応すると何かで伺ったことがあります。
例えば、僕の書いた<トロイメライ>を読んでくれた学生さんが、
あの日の僕のように読書と言うものに少しでも興味を持ってくれるかも知れない。
SFと言うジャンルそのものにもっと感心を寄せてくれるようになるかも知れない………。
そこに思いが至ったとき、僕は<トロイメライ>と言う物語を完成させることの意義を
見つけ出したような、そんな確信を得たような気がしました。

<トロイメライ>が最大のテーマとして掲げているのは、ご存知の通り難民問題ですが、
かと言って、難しいテーマをそのまま難しく描いても学生さんは読んでくれません。
だって、僕自身、彼らと同じ頃には難解な本に興味を持てませんでしたから。
<トロイメライ>に於いて若い世代に寄り添う為にこだわるところがあるとすれば、
それは彼らが読みやすい環境を整えることでした。
どう言った傾向の作品を好むのか、中学生数名を対象にしてヒアリングによるリサーチも実施。
若い世代の読みやすさとはどこにあるのか、自分たち大人と彼らを繋ぐ線はどこにあるのか、
試行錯誤の末に見出したのが、ライトノベルと言う表現方法でした。
常々、<トロイメライ>はライトノベル路線と公言している天河ですが、
実を申しますと、これは若い世代へ読みやすさを提供する為に選んだ方法論。
少年漫画によく見られる、超能力や超兵器を駆使してのバトルや
スペクタクルな冒険活劇を意欲的に盛り込んだのも、これがSF小説の入門編になると
若い世代へアプローチする為でした。

敷居を下げて間口を広げて、色々な世代を受け入れる環境を整えた上で、
SFが、SFたる所以である“思索としての小説”を目指したいとも考えています。
ハードであれライトであれ、僕がSFものを好きになったのは、思索すること、
つまり作中に起こった現象などを熟考し、読み解く面白さがあったからです。
おそらく世のSFファンもこの楽しみ方は一致するところでしょう。

SFものを書く以上、 “思索としての小説”と言う伝統は守らなければいけませんし、
僕らの世代だけで有り難がるのではなく若い世代へと継承すべきものでもあります。
方法論こそライトノベルと言う今様の見せ方になりましたけども、
“思索としての小説”と言うラインやディティールから逸脱することはしません。
若い世代が“思索としての小説”を知る機会を作り出すのは言うに及ばず、
かつてのSFブームを過ごした大人たちが「こう言うものを待っていたんだ!」と
膝を打って喜んでくれるようなクオリティも確保したいところ。
往年のSFファンを納得させつつ、新しいSFファンを開拓すると言う
途方も無い目標を掲げた僕は、まさに一縷の望みを求めて星の海原に飛び立っていく、
孤高の宇宙戦艦のようなもの(笑)。

でも、不思議と苦労や気負いは感じていません。
若い世代がまだ知らない世界を教えてあげること、それを知るきっかけを作ってあげるのも
僕ら大人世代の務めだと思うのですよ。そこにあるのは大きな使命感と達成感のみです。
いつか、この<トロイメライ>をSF小説の入門編と呼んでくれる人が現れたなら、
そのときは………ハンカチを忘れていないことを祈るとします(笑)。



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