②長い! 長い! 長い!
コンビ(※シフトアナーキズム)を組む激々極々にも、他のスタッフにもよく言われますし、
自分でも重々承知はしているのですが、とにかく僕の書くお話は分量が多いんですよ。
推敲して整理をしても、まだ長い! ひたすら長い! 徹底的に長い(笑)!
いつかバルザックの『人間喜劇』に肩を並べるような分量にまで到達するんじゃないかと
冗談交じりで話していますが、そう言うときの激々極々の顔は決まって引き攣っています。
とは言え、取り止めも無くダラダラと文章を書き連ねているわけではなくて、
物語を成立させるのに必要な情報を組み入れている内に自然とボリュームが
膨らんでしまうのです。
なにしろ今回は、ストーリーから舞台世界から、何から何まで僕らの完全オリジナル。
これが現代劇や実在する場所を舞台にした物語であれば、最小限の説明を挿むのみで
受け手側にイメージを作って貰えます。
架空の世界を舞台にした物語は、神の視点に立って全ての事象を
一から自由に創造できるのが強みですが、半面、初めてその世界観に触れる読者が
イメージを捉えにくいと言う弱点もあります。
勿論、情報量を最小限に留めて読者の想像力に委ねると言う方法もあるのですが、
今回は街角の情景、風の吹き方、草木の匂いまで感じられるよう事細かに描写し、
読み手がファーストコンタクトの段階で無理をせずとも
作品世界へすんなり入っていけるようナビゲートする書き方にこだわりました。
これはやはり“思索としての作品”をフォーマットにしているのが大きい。
<トロイメライ>と言う作品を通して提示するテーマやメッセージを
読み手に大いに思索していただき、読み解く面白さを楽しんで貰うには、
答えに辿り着く為の手がかりとして、作品世界を構築する情報の全てを提供する必要が
あるのではないかと考えたんですね。
これは世界観のイメージを読者へ訴求する為の工夫とも合致するところです。
その作品特有の専門用語やメカニック(ここではガジェットと総称します)が
登場するのもSFものの魅力の一つですが、例えばその性質はどんなものなのか、
それを使うのがどう言ったシーンなのか、シーンの持つ意味、形状や情景と言ったものを
はっきりとイメージできず、どこか靄のかかった状態で、件の特殊ガジェットに基づく
テーマやメッセージを押し付けられたら、どうでしょう?
語り部が作品特有のガジェットを読者が理解しているのを前提としていたなら、
テーマやメッセージの理解度は薄まり、結果、面白さも半減してしまうと思います。
それでは、読んで下さっている人たちに対してあまりにも礼儀を欠いているじゃないですか。
作品世界と読者との乖離を防ぎ、双方を歩み寄らせる為にありとあらゆる方法を尽くすのが
僕ら物書きが守るべき責任であるのだと思うわけです。
作品世界をリアルに感じられると言うことは、それだけ<トロイメライ>を通じて
届けようとしているテーマやメッセージが読者の心に深く、強く響くと言うこと。
ハートに突き刺さったメッセージをきっかけに、受け手が“思索”してくれると言うこと。
それは、物書きにとって全力を注いで目指すべき最大の到達点です。
きっとバルザックも同じことを考えながら書いていたんじゃないかな。
『人間喜劇』のボリュームが空前絶後になったのも頷けます。
もう一つ、あらゆる情報を提供する理由を挙げさせてください。
製作側の作ったありとあらゆる情報を、例えそれがボリュームの膨張に繫がるとしても
作中へ盛り込む一番の理由は、各スタッフの用意してくれるデザインや設定が
あまりにも素晴らしいからです。個人的な理由で本当にすみません。
でも、これだけは決して譲れないところ。
<トロイメライ>のプロジェクトに集まってくださったスタッフは、
皆が皆、自分の持つスキルを、限界を超えて発揮してくれています。
そして、そこに生まれるのは、奇跡と呼ぶしかない努力と才能の結晶。
迂闊に触れるとヤケドするくらい熱を帯びたその結晶を物語へ取り入れ、
更なる高みへと昇華させることが物書きとしての責任であり、と同時に無上の喜びでもあるのです。
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