――あたし、決めたわ。あの赤髪ブタ野郎をブチ殺す。

 どこからともなくふらふら〜っとやって来て、知らないうちにあたしの大事なあのコをかっさらいやがった、
シティーボーイ気取りの赤髪野郎! あいつだけは絶対に許さない!
 八つ裂き? 吊し首? なんならフルコースッ!?
 生まれてきたコトを後悔しながら、苦しみ抜いておっ死(ち)ぬようなリベンジをお見舞いしてやるのよ!

 人はあたしをこう呼ぶわ。
 紫電の撲殺姫(ボクサー)――またの名を、ミルクシスル・ゼラズニィ、と。


 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花なんつって人はあたしの容姿(ナリ)見て言うけれど、
綺麗な薔薇には刺があるって諺もあるでしょう?
 そーゆーことなのよ。こー見えても、赤髪ブタ野郎をブチのめすのなんてワケないの。
 酋長も酋長でとんでもない芸当を持ってるけどね、
あたしもね、ビール瓶のトラウムを使わせたらちょっとしたモンなのよ。
 ブン殴ってヤツの頭(どたま)ごと粉砕してもヨシ!  折れた瓶でブッ刺してもヨシ! 
ポンと投げて蹴り入れて、全方向に破片をパーンってブッ飛ばすのも結構好きよ!? 
 完全粉砕から完全再生まで全部面倒見てくれる、あたしの自慢の相棒(パートナー)! 
 フルコースなんつったら、あいつの顔面、ぐっしゃぐしゃよォッ!? 
 ――いやっほぉう! イシュタル様ったら、気前が良いんだからぁ! 

 ……おーっと、いけない、いけない。ビール瓶はヒートでも、心はクールでなくっちゃ。
 特攻(ぶっこみ)かけりゃ、あんなヤツ、一ひねりだけど、そんなことをしたら、今のあのコは絶対泣いちゃうわ。
 言葉巧みに取り入りやがったあの野郎にさ、あのコ、すっかりメロメロなのよ?
 こないだだって、あんた、「なにかマコシカの工芸品(おもいで)を贈りたいんです」なーんつって、
顔真っ赤にさせてさ……。

 とりあえず写メったわよッ! 心を鬼にして写真はゲットしたわよッ!
 あんな顔、あたしだって引き出したことないのにィッ! 
 想い出しただけで、怒りの蒸気とヨダレが止まらなくなるわッ!
 このやるせない気持ちをどこにぶつけりゃいいってのよッ!?
 コレって、あの赤髪ブタ野郎をブチ殺せって言う、イシュタル様のお告げじゃないのッ!

 妹ともう一人の親友(マブダチ)は、やめとけっつーけど、ふたりの為でもあるのよ、これは。
 あンの赤髪にミストを奪(と)られたら、ふたりもきっと悲しむわ。悲しまないわけがないわ。

 と、言うわけで、完殺(ジェノサイド)決定〜ッ!
 マコシカの未来の為に、あたし、殺ってみせるわッ!


 ――まず必要なのは、あのガキが他殺体で見つかっても
あのコが悲しまない情況を完璧(ぱーぺき)に作り出すこと!
 あのコの泣き顔は、それはそれで極上(おたから)なんだけど、
だからっつって心に傷を残すってのは、ダメなのよ。

 そこで、クールなあたしは考えた。
 赤髪ブタ野郎の暗黒面(ダークサイド)を引きずり出して、
あのコに腐れた正体をわかってもらって、その上で公開処刑を超・執・行!
 ……天才でしょ、あたし? 自分で自分の頭脳が恐くなるわ……!

 そうと決まれば、聞き込み調査ね。
 酋長のダンナにも教わったのよ。情報(ネタ)は足で稼げってさ。

 ターゲットは、もちろん赤髪ブタ野郎の仲間(ツレ)よ。
 仲間(ツレ)だったら、そりゃあもう、あのコがドン引きするような弱みを握ってる筈。
 いざとなったら、ビール瓶を唸らせちゃって、根掘り葉掘り事情聴取しちゃうわよ〜っ!

 最初の餌食は、押しの弱さを前面に押し出した草食動物!
 学者(センセ)気取りらしいけど、そーゆー手合いは、えてして対話(オドシ)に弱いのよね。

「ラス君の失敗談ですか? ……うーん、そう言われても、思いつかないんですよね。
なんでも独りでそつなくこなすんですよ、ラス君。仕事も早いし、MANAのメンテもやっちゃうし。
あ、失敗談は出てこないんですけど、逆ならたくさんありますよ。ミストさんにも訊かれたんですけど――」

 ……人選ミス、確定。
 学者(センセ)気取りってのは、ど〜してこういらんことばっかり長々ダラダラくっちゃべんのかしらねぇ! 
 人様の時間を無駄にさせるとか、最低って侮蔑(ことば)にも価しないわね! 

 お次は、トサカ生やした金髪クソ野郎。
 こいつのせいでマコシカの衆(もん)が引っかき回されたし、いけ好かないったらありゃしないんだけど、
使える者は親の親の、そのまた親まで使いこなすのがあたし流なのよね。
 ……あ! 後腐れなく使い捨てられるから、この件にはピッタリってカンジ!? 
 やだ、世紀の大発見じゃん! 

 しかも、このトサカ、なにやら赤髪と反りが合わないみたいじゃない。
 さっきは紛い物掴まされて時間を無駄にしちゃったけど、今度こそイケるんじゃない!? 
 あたしの第六感が、こいつは掘り出し物だってビンビンに伝えてくんのよね!

「ニコちゃんをコケにしたいって? はっはっは――ミルクシスルちゃんったら、イイ趣味してるじゃんよ。
そーゆーときこそ、オレ様の出番だぜ」

 気安くファーストネームで呼ぶんじゃないわよ、トサカ。もぎ取るわよ、それ。

「――そ〜さなぁ、あいつのズッコケ話は腐るほどあるけどよ、極めつけはアレだろうな。ドラゴンと遭遇したときの話。
ほらさ、オレ様とニコちゃんってさ、バディ組んで配送やってんじゃん? いや、やってるのよ。
郊外走ってっと、そりゃあクリッターが襲いかかってくることもあるわけさ。
ンま――そ〜ゆ〜ときはよ、オレ様がバビッと出てってとっちめてやるんだけどね。
ああ、ニコちゃんも援護射撃はしてくれるよ? なんてったってバディだからね」

 前置きが長ぇわよ。まだ本題入ってないじゃない。

「ど〜こだっけな――あるとき、なんたらって言う部族ンとこに石で出来たカネを届ける仕事を頼まれたんだけどさ。
そこがまたえっらい僻地でよ。なにせその部族、このご時世に毛皮を着てるんだもん。
ミルクシスルちゃんにも見せてやりたかったぜ、毛皮に石槍持ったトラディショナルな皆サマをよ」

 ……よし、あと五分で本題に入らなかったら、ビール瓶で頭(ドタマ)カチ割ろうっと。

「そんでな、部族の皆サマが住む洞窟が最悪だったんだよ。凶悪なクリッターがうじゃうじゃいやがんの。
オレ様のMANAってバリアフィールド張れるじゃん? そいつでニコちゃんを守ってやってたんだけど、
フッと後ろ振り返ったら、いたんだよ、いやがったんだよ、そこにさ。ドラゴンが! 
あんときゃさすがのオレ様もブルッちまったけどよ、ニコちゃんが腰を抜かしたとあっちゃあ、そりゃあ黙っていらんね〜のよ。
ニコちゃんてば、『漏らした、漏らした』なんて言い始めるし。完全にパニックだったな、あれは。
仕方ねぇから、あいつだけ先に行かせてな。そっからはオレ様とドラゴンのタイマンよォ――」

 人選ミス、確定。っつーか、ブッ殺しリストにランクイン決定。
 学者(センセ)気取りの何倍よ? どんだけ自分語りが好きなのよ、こいつッ!?
 自分語りどころか、騙りじゃない! ホラ話じゃない! 
 赤髪のバイクを見たことあるけど、あそこにどーやって石のカネなんて載せて走んのよ!?

 ……あー、もうッ!
 なんなのこいつら? 世に言う三バカトリオってヤツ!?
 揃いも揃ってクソの役にも立たないなんて、アルバトロスとは良く言ったもんよ!

「――ドラゴンっつっても、大したことなかったぜ。オレ様のバリアにかかったら、ちょろいもんよ。
要はヤロウの爪やら火吹きを喰らわないっつーことだからな。そんでもってヤロウが疲れたところで、
バリア張ったまま口ん中に突撃したんだよ。当然のように丸呑みにされるわな。
ところがどっこい、そこからが勝負よ。オレ様ならではの頭脳戦だよ。
ヤロウの胃袋の中からバリアの出力を最大にしてな。内側から粉々にしてやったぜェ!」

 まだ言うか! そこで一生、ひとり漫談でもやってなさいよ! 孤独死しやがれってのよ!

 かくなる上は、ディアナさん――あ、いや……でも、あの人は絶対に怒らせちゃいけないタイプだと思うのよね。
 酋長と気が合うのも、そこなのよね、きっと。
 ベラベラクソうるせェトサカの悪事(おいた)には、大体、ディアナさんが折檻(シバキ)担当なのよね。
 首だけ残して土ん中に埋めて、それで一昼夜放置なんて、あたしゃ惚れ惚れしちゃったわよ!


 ……うーむ……、あの赤髪ブタ野郎、ディアナさんにも取り入ってるみたいだし、
下手に足がつくと色々厄介だわね。て言うか、あたし、絶対に埋められるし。

 ――ならば、ここは勇気ある転進よ。
 ヘタレだなんて言わせないわ。頭が冴えてるあたしだから、攻め機(どき)と退き機(どき)はクールに見極められるのよ。

 ………………。

 しっかし、……姐さんをパスしたら、いよいよ尋ねる相手がいなくなっちゃうわねぇ……。
 これじゃあ、あたしの計画、台無しじゃないのさ。
 だからって諦めるのはシャクだし――ここは一つ、暗殺かしらね。

 撲殺狙いで行ったから良くなかったのよ、ウンッ!
 毒を飲ますか、火を点けて全身炭屑にするか! それとも、自殺に見せかけるか!

 ……やだ、困っちゃったわ、どうしましょ。急に選択肢が増えちゃったわ!
 あンのバカどもに頼らなくたって、あたし、全然デキるじゃないッ!
 ムフフのフ――トサカと学者(センセ)を煽りまくって、三角関係のもつれで共倒れってのもアリかも!?
 いっちょ痴情のセンで進めようかしらっ!

「……ミルクシスルちゃん? どうかしたんですか?」

 ――おっとっと。あたしとしたことが迂闊だったわ。
 ガンガンどんどん完全暗殺計画が走っちゃうもんだから、可愛い可愛いミストを見過ごしちゃってたわ。
 あたしってば、うっかりさんなんだから! 
 ミストの笑顔、ミストの声、このコの全存在を頭ん中に完全録画(コンプリート)しなきゃダメでしょうが!

 それで、どうかしたのかしら? そんなに息せき切らせて。胸まで押さえて。
 ……あたしに鼻血を出させたいわけね。
 いいわよ、いいわよォッ! 

「大した用事じゃないんですけど、焼き菓子を作ったのでミルクシスルちゃんにどうかなと。
焼き上がったばかりなので、きっと美味しいですよ」

 ――はい、確定。鼻血確定。ヨダレも確定。
 ぎりぎりンとこで両方とも放出は堪えましたが、あたしはもう我慢デキマセン。

「これ、ラス君に作り方を教わったんです」

 ……なぬッ!?

「正確には、ラス君の好きなお菓子の特徴を訊いて、私なりに再現してみたんですけど」

 おいおい、ちょっとちょっと。
 天国から地獄へ真っ逆さまとはこのことじゃないの。
 あいつ、このコを自分のお好みに仕立て上げようっつーことなのかしら?
 あたしがちっちゃな頃から大事に大事に、大ッ事に守ってきたこのコを、
かっさらうだけでは飽き足らず、手前ェの好きなように上書きしようっての!?

 ……よーしよしよしよし、それでこそ赤髪ブタ野郎よ。
 ブチ殺したら可哀想かな〜なんて一ミリくらい思ってはいたけど、
そーゆー迷いを全消ししてくれるなんて、あいつったら気が利いてるじゃない。
 ムフフのフ――あいつらしいな。そういうトコ。

 お礼に人体実験コースで確定だわよ。
 人間の身体がどこまで折りたためるか、チャレンジ・ミルクシスル!

「……実はラス君に言われたんです、何か作って持っていってあげたらどうかって」

 ――って、……はぁっ!?

「ここのところ、ミルクシスルちゃんの様子がおかしいって、ラス君、気付いたみたいで。
私もラス君に言われて初めてわかったんですけど……」

 ………………。

「ラス君、心配してましたよ。いつもは弾けるくらい元気なのに、最近は表情(かお)が沈みがちだって」

 ………………。

 ――なによ、あいつ。

 ………………。

「だから、これは私とラス君からの贈り物です。……何か心配事があるなら、いくらでも相談に乗りますよ」

 亭主気取りかよブチ殺すとか、あたしのミストをアゴで使ってんじゃないわよズッ殺すとか、
いろいろ言ってやりたいコトはあるけどさ。

 ………………。

 ……ミストのお菓子に免じて、今日のところは見逃してやろうじゃない。

「――あっ。よかった、ちょっと元気出たんですね。その笑顔(かお)、いつものミルクシスルちゃんです」

 ま、ね。
 ぐずぐずシケたツラしてんのは、あたしらしくないもんね。
 あたしのチンケな悩みをこのコにまで背負わせるなんて、絶対にしちゃいけないことだもん。

 ――それに、さ。
 ……悔しいけど、これ以上、あいつに水を空けられたくないわけよ。

 ………………。

 ――うっし、反省おしまい!
 冷めないうちに焼き菓子貰おうかしら。いや、冷めても美味しいんだけどね、絶対。
 難しいコト、ず〜っと考えてたから甘いもんが欲しくてたまらないわ。 

「……お口に合えばいいのですけど……」

 美味しいに決まってるでしょ。ほっぺたが落ちちゃうわよ。
 そんなに心配そうな表情(かお)されたら……、別のモノまで食べたくなっちゃうわよ!?

「メイプルシロップを生地に練り込んでみたんです。ラス君も材料までは知らなかったんですけど、
試しに作ってみたら大当たりだって喜んでくれました」

 いちいち赤髪ブタ野郎の名前が出てくるのが、腹立つけど、ここはこのコに免じて……。

「実は山のように試作品が残っちゃったんですけど、ラス君、もったいないからって全部食べてくれて。
……そう言う気配りが、ちょっと格好いいなって」

 ……ん?

「ラス君の為に焼いた物は、ちょっとだけ甘さを控えめにしてみたんですよ。
試作品の食べ過ぎで、甘い物にはもう慣れていると思って……。
そしたら、ちょっとした変化にもラス君は気が付いてくれて……」

 待て、待てや、待ちなさいよ、待たれよ。
 なんか、話がおかしなほうに行ってない? もはやお菓子のこと、関係なくなってね!?

「ミルクシスルちゃんのこととか、ラス君ってすごく鋭いですよね。名探偵さんみたいです。
もしかしたら、お父さんともお話が合うかも知れません」

 そこでなんでお父さんが出てくんのよ……。

「それに、いろいろなことを器用にやってくれるんですよ。壊れたテーブルもすぐに直してくれました。
お母さん、すっごく喜んだんですよ。普段、男手がないからすごく助かるって。
これならいくらでもこの家に居てくれて構わないって……」

 酋長、あんた、自分がとんでもない爆弾発言してるって気付いてますか……。

「サムさんがディアナさんに叱られてるときも、結局、助けに入るのはラス君。
……優しいですよね――なんて、本人に言うと、ちょっと怒っちゃうんですけど」

 ………………。

「……ここだけの内緒話ですよ? ラス君の照れた顔、可愛くて好きなんです」

 ――あたし、決めたわ。あの赤髪ブタ野郎をブチ殺す。




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