……思えば、遠くへ来たものだ。
 旅立ちの発端を振り返ると、フィーに悪い気がするから敢えて触れないようにするが、
しがない電器屋として一生を終えると思っていたのに、
まさか、テムグ・テングリの本拠地で大軍相手に献策をすることになるなんて。
 そんなこと、アカデミーを出て故郷へ帰りついたときには想像もしなかった。
 皮肉と言うか、アカデミー時代のツケが回ってきたのかも知れないな。
 士官学校だけに軍略が必修科目へ組み込まれているのは当然なんだが、
俺の目当ては弁護士資格。軍略は副次的なものだった。
 なのに、今はその“おまけ”のほうが役に立っている。
あれだけ勉強した法律の知識よりも、な。
 そんな不義理を働いていたから、弁護士バッジを獲得することも出来なかったんだろう。
 アカデミーの本来の役割からしたら、俺みたいな人間は不真面目な生徒でしかない。
そんな人間をイシュタルがお許しにならないのは、当たり前の話だ。

 弁護士になりたいと言う夢を捨てたわけじゃない。一生、捨てられそうにない。
 だが、法律の力が巨大な暴力の前では何の役にも立たないことも知っている。
痛いくらい思い知ったんだよ。
 世界を平穏にまとめるには法律が要る。暴力による悲劇が起こらないよう
秩序を保つ為にこそ法律はある。そして、その守り手が弁護士なんだ。
 しかし、今は平時ではなく戦時。
 その上、相手は唯一世界宣誓ギルガメシュ。
法律も秩序も何もかも自分たちの都合の良いように作り変えようとする
有史以来最悪の侵略者に他ならない。
 そのような相手に現行法を訴えたところで、何の効果があるだろうか。
意味などないどころか、法律書ごと銃で撃たれてお終いだ。

 弁護士の夢を持ちながら、法律に反するような暴力を揮い続ける俺のことを、
フィーはどう思っているんだろう。時々、それが気にかかる。
 ……クラップは怒っているかも知れないな。

「おめーまでヤツらと同じことをしちまってどうすんだ!? オレは犬死か!? 
どうせブッ叩くなら、最後までおめーらしく法律でヤツらを追い詰めやがれ!」

 そんな風に怒鳴り散らすあいつの顔が目に浮かぶよ。
 ……フィーとクラップだけじゃない。苦楽を共にしてきたみんなにも
醜い顔を見せてしまったな。随分とみっともない姿を、な。
 無論、舞台を降りるつもりはない。今更、戦いを止めるわけにはいかない。
 グリーニャの仇を討ち、ベルを取り戻す――それまで俺の戦いは決して終わらない。

(……それまで? ……そこで終わるのか?)

 ……最近は、こんな自問が横切(よぎ)るようになった。
 ギルガメシュに対抗するべくエルンストが組織した一大連合軍は、
各地からの寄せ集めに過ぎない。
傭兵部隊を取り仕切る提督も、グドゥーを束ねるヘンテコな男とその伴侶も、
ルナゲイトの御老公さえも、本来はお互いを敵視する間柄だ。
 今は共通の目的のもとで一丸となっているが、ギルガメシュを撃破した後は
元の敵対関係に戻るか、下手を打てば以前にもまして拗れるかも知れない。
 連合軍と言う形で一つ所に集まった俺たちは、お互いを知り過ぎてしまった。
 ひとつの仮定だが、こうして交わらないままであったなら、
牽制し合うのみで直接的に激突することはなかっただろう。
 敢えてリスクを冒すだけの理由がなければ、油断のならない相手と言えども潰しに掛かる必要もない。
無意味な攻撃は自滅をも招くのだ。例え相手を滅ぼせても、不当な攻撃は社会がそれを許さない。
 だが、今は違う。思惑はどうあれ深く交わったことで何もかも変わってしまった。
 敵対する相手の腹も、その手の内も少なからず読めてきた――
これは付け入る隙や弱点が見つかったとも言い換えられる。

 俺はヴィクドを提督もろとも叩き潰したいとしか思っていない。
フェイ兄さんを愚弄し、ラスたちを侮辱したあの男を許すつもりはない。
考えられる最も残酷な方法で始末したい。
 先だっての多数派工作の中で弱小勢力が何を求めているのかも見極めた。
そこを突くように調略していけば、仮に卑怯な手段でヴィクドを壊滅させても、
不当を訴える外野の声は封殺できる筈だ。
 ヴィクドの近隣勢力を操り、徹底的に追い詰めることも不可能ではない。

(……本当にそんなことをすれば、晴れて俺もギルガメシュと同類項だがな)

 ヴィクドを滅ぼすかどうかはさて置き、ギルガメシュを撃破した後の混乱は
避け難い事態(こと)である。これまた皮肉な話だが、エルンストの一大連合によって
勢力図の均衡が崩れてしまったわけだ。
 異世界――いや、Aのエンディニオンからこちら側に迷い込んだ難民をどう受け入れるか、
この答えも明確には出てはいない。
 何やらギルガメシュが謀をしているらしいが、殺戮しか能のない連中に
人道的な支援プログラムなど達成出来るものかよ。

 難民支援の行方も含め、戦後に最も必要とされるものが法律なのだと俺は信じている。
 戦前(これまで)のように行かないのなら、
戦後(これから)のエンディニオンに沿ったルールを速やかに取りまとめ、
これに基づいて社会を動かしていく。
 戦中(いま)のエンディニオンが表すように暴力が法の力を上回り、
踏み潰してしまう事態は、悲しむべきことながら往々にして存在する。
 それでも、人は法を求める。暴力に負けない強い法を。
 ――法は人だ。理性ある人の本質が社会の基準として形になったもの。
それが法律であり、正義の指針である。
 そのとき、初めてギルガメシュは自分たちの愚劣を思い知ることだろう。
暴力では何も変えられないことを。人の本質までは決して動かせないことを。
 ……正義なんて言葉、あまり使いたくないんだがな。
ハーヴみたいに乱発すると、途端に安っぽくなる。

(だが、その礎となる戦いなら俺は如何なる労力も、……犠牲も厭わない)

 法律が在るべき姿を取り戻し、世界に正義をもたらしたとき、
俺がその守り手たる弁護士になっている可能性は――零だろうな。
 ……俺は、もう舞台を降りられない。





本編トップへ戻る