「そろそろ次の準備をしなきゃいけないな」と考え始めたのは、
前作【フェイク・オア・フェイド】の本編が最終回を迎える前後からですね。
例えば、Webサイトの一コンテンツとしてオリジナル作品に比重を置くと言うのは
よくあるものだと思うのですけど、一つのWebサイトを丸々全部使って
一個の作品を表現すると言うスタイルはなかなかお目にかかる機会はない。
パイオニアを自称するのはさすがにおこがましいのですが、
自分でそう言ったスタイルの作り方を始めてしまった以上、
一作品のみで途絶えてしまうのは惜しいと思ったんです。
出来れば創作に於ける新しいスタンダードとして定着させたかった。
第二弾へと継続させると言う考えは、実は前作を作っている時点で頭の中にありました。
と言いますか、可能であれば第二弾、第三弾と継続させるつもりだったんですね。
継続は力なりと言いますけれども、そうやって僕らのスタイルが定着すればいいな、と。
完結から四年近く経過した今だから言えることですが、実は前作は僕の中で
過渡期的作品と捉えていまして、第二弾を作る為の実験、
もっと言えば、下地を作る過程と言う意味合いも含んでいたんです。
Webサイト上で展開される小説って、所謂、二次創作が全体でも大きなウェートを
占めていると思うんですね。
そう言った背景がある中で、これまで誰もやったことのないスタイルを
いきなりオリジナル作品で押し出すのは無謀だと感じまして、
まず第一段階として二次創作のシリーズを一本作ってみよう、と。
結果はもう大成功。複数のスタッフの意見が加わることで
既存するWeb小説群とは全く異なるスタイルを確立できると言う
手ごたえをはっきりと感じましたし、次はオリジナル作品で
勝負が出来るとの確信も得られた。
第二弾へ踏み切れたのは、僕個人ではなく前作に携わってくれた
スタッフみんなのお陰です。
本格的にプロジェクトが始動したのは、2006年の夏頃だったかな。
前作でもメカニックデザインにアドバイスをいただいた僕の師匠・さめじまさんや、
ご縁があったエビス丸さんに密かに第二弾の話を持ちかけまして。
それから少しずつ設定資料を作りながらスタッフを集め始めた次第です。
僕の相棒にして、今やトロイメライに無くてはならない重鎮となっている激々極々くんが
合流したのは、2006年の暮れ。
彼とは中学生の頃から創作の真似事をして遊んでいたのですが、
僕は当時から彼の天才的な発想力に嫉妬をしていて(笑)。
ま、それは冗談として、いつかまた彼と組んで面白いことをやりたいとずっと考えていました。
そんな折も折に同級会で久方振りに彼と再会して、今しかもうチャンスは残されていないと
思い切って声を掛けました。
激々極々くんが正式に合流した2007年の正月から本格的に制作がスタート。
2007年いっぱいを準備に費やしました。具体的には設定資料の作成や
各分野のスタッフ集めですね。
スタッフに配布する設定資料は、本編のプロットや世界観の設定集、
キャラクターデザインの原案を含めてとにかく膨大。
この段階で既に前作のスケールを大幅に超えていました。
だって一年丸々準備期間ですから! どれだけ悠長なのかと(笑)。
でも、僕としてはこの<トロイメライ>に自分の持ちうる限りの全てを
注ぎ込むつもりでいたし、完璧なモノを作る為にはそれ相応の準備が必要だった。
Webサイトで、それも個人で行う創作としては異例の準備期間でしょうが、
不思議と僕には不安はありませんでした。
今は亡きアメリカ映画界の神様、ビリー・ワイルダー監督が
生前にとあるインタビュー番組の中でこう仰っていたんですよ。
「準備に時間をかければ、その映画は絶対に成功する」って。
僕らが作ろうとしているのは映画ではありませんけれども、
ワイルダー監督が言いたかったこと、そのスピリットは僕なりに吸収できた。
より良いものを作り上げる為にじっくりと時間をかけて準備を進めていきました。
前作に引き続いて<トロイメライ>にも特別顧問として参加して下さっている
さめじまさんのアドバイスも僕には大きな支えになりました。
師匠と言うこともあって、プロジェクトの運営で大きな壁にぶち当たったとき、
僕はいつもさめじまさんに泣き付いてしまうのですが、
その都度、親身になって相談に乗って下さいまして。
さめじまさんのアドバイスは必ず適切で的確。さめじまさんが後ろで
見守っていてくれると言うことは、僕にとって大きな大きな、何にも勝る支えなんです。
さめじまさんが面白いと言ってくれる作品にしたいと言う想いも大きいです。
自分の中での位置づけを一言で表すならリベンジ(笑)。
2009年の春先に行いました制作発表の場でも打ち明けたのですが、
<トロイメライ>と言うタイトル自体、学生時代にサークルで開発を予定していて、
結局のところ、お蔵入りになったRPGのシナリオをベースにしているんですよ。
シナリオも本筋だけは完成していて、システムも一部の開発まで進んでいたのですが、
所謂、諸般の事情でポシャった、と。
知り合いの演奏家にメインテーマを作って貰って、レコーディングまで行うほど
力を入れていただけに、当時はもう没にせざるを得なかったのが悔しくて悔しくて…。
サークルのメンバーの事情もあるから声には出せなかったけど、
とにかく思い入れが強かった分、<トロイメライ>と言うタイトルは
僕の中で不完全燃焼のまま、ずっと燻っていました。
それからおよそ十年。
大きな規模でオリジナル作品に取り掛かるにあたって、
僕は迷わず<トロイメライ>を選びました。
候補だけなら幾つかあったんです。昆虫の世界を舞台にしたファンタジーもの、
世紀末をテーマに救世主再来を描く現代もの、空戦もの、海洋冒険もの等々…。
でも、<トロイメライ>以外は結局は選ばれなかった。
と言うよりも、<トロイメライ>と言うタイトルが浮かんだ段階で
他の候補はもう目に入っていなかった。十年来のリベンジが決まった瞬間です。
それに今日び世紀末ものなんて、どう考えても時代遅れだしね(笑)。
<トロイメライ>と言うタイトルが僕をここまで引きつけたのは、
やっぱり学生時代に果たせなかった夢でしょうね。今度こそは…と言う強い思いが
働いたのは否めません。
表現の方法は大きく変わりましたが、当時にはなかった経験が今の僕には備わっている。
スタッフさんとのコンビネーションを繋げていける自信もある。
今の俺ならやれる。チャンスは今しかないぞ、と。
<トロイメライ>とは、事情はどうあれ一度は没にせざるを得なかった、
どうしようもなくヘタレていた頃の自分自身に対するリベンジです。
最大の強みは、たくさんのスタッフがプロジェクトに参加していること。
これに尽きます。
メインフィールドがWebサイト上か、即売会等のイベントかは別として、
同好の士の集まりと言うこともありますし、サークルの規模は、
個人単位か、多くてもコンビと言うのが殆どだと思います。
その点、<トロイメライ>は特別顧問まで含めるとちょっとした小劇団並の人数。
人数が多いと言うことは、その分だけ多種多様な考え方と個性が
集まっていることに他なりません。そこにはとてつもないパワーが生まれるんですよ。
スタッフ各人の能力は申し分ありません。だって、「この人だッ!」と
惚れ込んだ人たちに集まって貰ったわけですもの!
全員が全員、的確かつ最高の仕事をしてくれています。
また、スタッフの意見や発案をプロジェクトの運営へフィードバックすることは
少なくありません。
「こう言うキャラはどうだろう」、「こう言うデザインはどうだ」と言うアイディアを
ヒアリングして、それを最大限に生かす方法を考えるのが僕の仕事。
スタッフ間のキャッチボールが上手く出来ていることは言うに及ばず、
投げられる球が、必ず絶妙なコースで僕のミットに飛び込んでくるんです。
これがワイルドピッチならばダメ出しと言う手もあるのでしょうけれど、
お陰様で<トロイメライ>のスタッフは、皆が皆、里中くんばりのエースピッチャー。
それならば、バッテリーを組ませて頂いている僕に出来ることは、
ピッチャーの球をズバンと受け止めることのみです。
ピッチャーが秘球を隠し持っているのが見えたら、それを引き出してあげるのも
僕の仕事の一つ。
例えば、ムツさん。最初はイラストレーションに専念して貰う予定だったのですが、
プロジェクトを進める中でWebサイトのデザインに長けていることが判って。
創作の現場で生かせるスキルを持っていながら宝の持ち腐れになってしまうのは、
あまりにも惜しいじゃないですか。
彼女自身、WEBデザインに対して並々ならない熱意を持っていましたので、
当初の担当から領域を広げ、運営を含むWebサイトのディレクターに
就任して頂きました。
物語環境開発として参加して頂いている栞さんもそう。
元々、被服関係の知識を持っていらっしゃいましたので、最近では服飾デザインについて
意見を伺う機会が増えています。
そこはさすが栞さん。単なる見栄えだけでなく、着用した際の機能、
着こなし方に至るまで適切なアドバイスを頂けます。
門外漢よりも知識のある方に委ねたほうが良いと考えて、
最近では服飾デザインを手がけて頂いていますし、僕が作品世界を構築する上で
重要視しているリアリティの確保は、もう栞さんなくしては有り得ないくらい。
本当は全員分の自慢をしたいところなのですが、話し始めると果てしなく長くなってしまうので、
今回は割愛! ごめんよ、野郎ども(笑)。
このようにスタッフ自慢をし始めると止まらなくなってしまいます。
そう言い切ってしまえる環境って、個人単位で運営しているサークルでは
本当に稀だと思うんですね。
しかも、<トロイメライ>はオリジナル創作なので、必ずしも同好の士と言うわけではない。
個性も考え方もバラバラの人間が集まって、ハイレベルなキャッチボールをしている。
しかも、最高のピッチャーたちの競演を身近で見られるなんて贅沢にもほどがあります。
一生分の運を使い切ってしまったと言っても過言ではないくらいに
僕は恵まれた環境で活動をさせて頂いてます。
プランナーとしての基本姿勢は、佐藤B作さんになりきること。
あ、これだけだと意味不明ですね(笑)。
B作さん率いる劇団『東京ヴォードヴィルショー』に脚本を書き下ろしている
三谷幸喜さんのエッセイを読んで知ったことなのですけど、
B作さんは稽古場で何があっても怒ったりしないんだとか。
演者たちに演出を付けるときは勿論、劇団員が悪ふざけしていても
苦笑いの注意だけで済ませるらしいんですね。
僕自身、小劇場演劇で座付き作家のようなことをしていましたし、
何本か演出もやらせていただきました。
経験上、B作さんのような穏便なやり方はまず有り得ない(笑)!
怒鳴り声の響かない稽古場と言うのが、僕には想像もできなかったんですね。
それをやってのけてしまうのが、佐藤B作さん。
三谷さんのエッセイを通じて間接的に触れただけに過ぎませんが、
ある種の“祭り騒ぎ”を自分自身が目一杯楽しまなきゃ損だと言うB作さんのスタンスは、
企画運営に携わる人間にとって最良のお手本ではないかな、と。
劇を率いる座長にも関わらず、芝居が面白くなるなら自分が主演でなくても構わないと言う、
とことん“本物”を追い求める、ストイックな求道者としての一面も忘れてはなりません。
面白いものを作る為に良いところ取りを省ける無私のマインド、
作品に彩りを添える萌芽を絶対に見逃さない洞察力、
また、それらを最大限に引き出す機転の早さは、創作に携わる人間にとって
まさしく理想像とも言うべきものです。
と同時にB作さんの度量の大きさも見習いたいと考えています。
楽しいだけでは決して進んで行かないのが制作の現場と言うもの。
にも関わらず、決して怒鳴らずいつでもニコニコしている佐藤B作。
それでも芝居を完成させてしまえる佐藤B作。まさに演劇界の至宝です。
<トロイメライ>は演劇作品ではありませんが、
佐藤B作と言う稀有の才能から学ぶこと、お手本にさせて頂くことも多いのです。
B作さんの足元にも及ばない…と言いますか、そんなことを書くこと自体が
おこがましいような未熟な僕は、ときには心を鬼にして灰皿を
投げつけることもありますけど、<トロイメライ>のプロジェクトを完走する頃、
少しでもB作さんに近付いていられたら………。
佐藤B作を目指すこと。この基本姿勢だけは最後まで貫きたいですね。
自分のレベルではどう足掻いたって到達できない―――そんな作品に触れて、
脳天直撃するような刺激を得るようにしています。
尊敬する脚本家が手がけた作品を観ることが多いかな。
世界屈指の脚本化と断言できるアーロン・ソーキン氏が携わったドラマや映画には
もう何度となく喝を入れて貰っています。
最近だと福田靖さんが脚本を書いた大河ドラマ「龍馬伝」。
チーフ演出を担当している大友監督の撮る映像が、
同じNHKドラマの「ハゲタカ」以来、脳裏へ鮮明に焼きついていまして。
これまでの常識を覆す映像の迫力には、2010年、ずっと圧倒されていました。
幕末ファンの心をくすぐる福田さんの脚本がまた良いんだ。
福田さんはフジテレビドラマ「モナリザの微笑」の頃から注目していましたが、
テンポの良いセリフ回しと奔放な発想力は、同年代の脚本家の中でも
随一ではないでしょうか。「救命病棟24時」も素晴らしかったです。
三谷幸喜さんが脚色した連続人形冒険活劇「新・三銃士」も忘れられない作品。
生身の人間を凌駕する人形たちの名演技、細部にまでこだわって作られたセットや小道具等、
ライティングの妙、神がかったカメラワーク等々、優れた部分は枚挙に暇がありません。
本格的な人形劇に触れたのは「新・三銃士」が初めてだったのですが、
創作の世界には無限の可能性があるのだと改めて感じさせてくれました。
人形劇の常識を覆すようなアイディアに満ちた「新・三銃士」は、
畑は違えども新しいジャンルに船出しようとしている僕にとって、
前に踏み出す勇気を与えてくれた作品。
同じく「新・三銃士」を愛するさめじまさんとも話したのですが、
「子供向けの番組でしょ?」などと言って見逃している人は一生の損ですよ!
………NHKの回し者みたいだな、俺(笑)。
原作を含めて<トロイメライ>と言う作品の全てに携わっていますが、
これはまず間違いなく歴史に残る作品になります。
…あ、ちょっと大きく出過ぎたかも知れない(笑)。
でも、無遠慮にそう言わせるだけの強烈なパワーを肌身で感じるんですよ。
最高の仕事をしてくれているスタッフだけでなく、
僕や激々極々が手がける<トロイメライ>のストーリー、キャラクターまでもが
ビッグバンにも似たエネルギーの迸りを発しています。
執筆を開始して既に二年以上が経過していますが、
キャラクターたちも僕らの手を離れて一人歩きし始めていますね。
スタッフの個性を生かすことが基本姿勢だと先ほども述べましたが、
それは<トロイメライ>の世界に生きる人々にも同じことが当てはまります。
自分たちの力で歴史を作るまでに成長したキャラクターたちを
作家のわがままで縛り付けたりせず、僕らを振り回すくらいのパワーでもって
思うが侭に生きて欲しいな、と。
キャラクターそれぞれの持ち味をストーリーテリングの中から引き出す過程を終えた今、
あの子たちが精一杯生きられるようなステージを用意してあげる段階へと
移行しつつあります。
ビジュアル的なイメージだけでなく指先の動きで心情を表現できるように
緻密な演出を心がけていますよ。
殺陣も各キャラクターの個性に合わせたものを作っています。
戦闘シーンを含む作品の中で成長が最も表れるのが殺陣ですから、
ここにはこだわって行きたい。
安易なパワーインフレには頼らず、けれども強くなっている実感を得られるよう
殺陣の段取りも少しずつ高度で複雑なものにしているのですが………
激々極々くんには「こだわり過ぎだよ」と苦言を呈されることもあったりして。
彼が言うような苦情が出ない程度に描写を抑えつつ、それでいて読者に肉薄するような、
高い次元の殺陣を完成させていきたいと考えています。
十年越しの夢が叶った作品ですし、一にも二にも気合い全開!
ライトノベル路線が大前提ではありますけれども、あまりそこに意識を取られると
ミニマムに収まってしまうので、僕自身は大河ドラマを書くつもりで執筆に臨んでいます。
オリジナル創作の新しいスタンダードになり得ると
胸を張って言える<トロイメライ>、どうぞお楽しみに!
NEXT*エビス丸→
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