7.Acting out of duty



 アルフレッドたちが滞在するサルーン『一本のえんぴつ亭』の周りを荒ぶる住民が取り囲んだのは、
急報を携えるマルレディが店内へ踏み入った直後のことであった。

 年齢も性別も千差万別―――老若男女の入り乱れた集団がそれぞれの手に武器あるいはこれに準じるモノを構え、
血走った眼でサルーンを睨み据えると言う様相は、暴徒が爆発する凶兆以外の何物にも見えない。
 荒らぶる集団の中には、ロケットランチャーと言った重火器を持ち込んでいる輩も確認できた。
 おそらくはトラウムであろうが、そのような大型の兵器を打ち込まれようものなら
ログハウス調のサルーンなど一たまりもあるまい。
 万が一にもスウィングドアの向こうへ砲弾が飛び込んでしまったなら、
建物の倒壊は言うに及ばず、中にいる人間はまず間違いなく鏖殺の末路を辿ることになるだろう。

 しかし、修羅の形相から躊躇の気配を感じ取ることは極めて難しい。
 むしろ、今すぐにでもトリガーを引いてしまうようにすら思える激烈な殺気が
見る者の肌を刺すほどに辺り一面へと撒き散らされていた。

 狂乱を孕む殺意とは、他の人間にも伝播していくものである。
 ロケットランチャーを構える男が「オレたちの町はオレたちが守るんだ!」とがなり声を上げる度に
彼と肩を並べた同胞たちは怒号でもってこれに共鳴していた。
 サルーンの周辺と言う限定的な空間ではあるものの、
………否、そのように限定的な空間であるからこそ町民たちは互いの顔に宿る修羅の形相を見合わせ、
更に怒りを増幅させていくのだ。
 マニピュレーター式のマジックハンドを自身の両肩へ装着させるトラウムを持つ老婆などは、
燃え上がる怒りを御せなくなったらしく激情の赴くままに手近にあった標識を引き抜き、
機械式の両腕でもって見るも無残なスクラップにしてしまった。
 メカニカルなトラウムを備える老婆ほどではないにせよ、町民の誰もがやり場のない怒りを持て余している状態で、
なにか些細なきっかけでもあれば雪崩を打って一本のえんぴつ亭へと攻め寄せる筈だ。

「よッく聞けィッ!! この外道どもッ!! 貴様らはこのように完全に包囲されておるッ!! 
大人しく己が罪を認めて投降せよッ!! 所詮、悪党の貴様らには解せぬことであろうが、それでもあえて申しおくッ!! 
晩節を汚すよりも潔く死すことが人の常道であるぞッ!! 人とも呼べぬ外道であるならば、
末期くらいは常道を手本に人間らしくあれィッ!!」

 一本のえんぴつ亭を取り囲んだ急進的な集団は、ログハウス調の外壁を震わせるかのようなガウニーの大音声に呼応し、
憤激の度合いを更に煽られている。
 ガウニー町長が拳を振り上げると自分たちもそれに倣い、裏切り者は殲滅すべしと煽り立てると、これを履行しようと息を巻く。
 まるでガウニーの手で洗脳を施されてしまったかのような従順さだった。

 そもそもシェルクザールの住民たちが暴徒化した直接的な原因は、
アシュレイ率いるウィリアムスン・オーダーの幌馬車から極めて毒性の強い物体が発見されたことにある。
 厳密にはこの一件は、スクープやスキャンダルとして騒ぎ立てるより以前の問題なのだ。
 内偵として放った町役場のスタッフが発掘用の機材に紛れて幌馬車へ積載されていた劇物を発見し、
町長に報告したと言うのだが、それに同道した人間はいない。
 つまり、劇物が幌馬車に積載されている有様を実際に確認できたのは、町役場のスタッフのみと言うことになる。
これでは信憑性や説得力を著しく欠いていると言わざるを得なかった。
 ―――だが、他の目撃者が全くいないにも関わらず、シェルクザールの住民たちはガウニー町長の口説を鵜呑みにし、
半ば彼の言いなり状態であった。

 現在も、そうだ。
 シェルクザールを騙したアシュレイを私刑に掛けて制裁しようと気炎を吐く住民に対し、
命令を下すまで短慮を差し控えるよう言いつけてあるからこそ、彼らの暴発が辛うじて抑えられているのである。
 憤怒と殺意をない交ぜにした凄まじい形相の一団が短慮を控え、経歴へ前科一犯を加えずに済んでいるのだから、
ガウニーの発揮する影響力たるや神格化されたカリスマに等しいと言えよう。

 ガウニーが備えた影響力以上に目を引くのは、町長の言動へ忠実であり続ける住民たちの従順さだ。
 思考そのものをガウニーに預け、何でも主の言う通りに動く駒か兵隊のようにも見える。
 一度ガウニーが命令を下せば、この一団は躊躇することなくサルーンに攻めかかり、
跡形もなく踏み砕いてしまうだろう。

 ―――いずれも極限的な混乱が招いた産物であった。

 元よりガウニーの発言は強い力を有している。
 十年以上もの間、町長の座を堅持していられることからも察せられる通り、
権力の基盤とも言える支持層には絶対的な信頼を勝ち得ているのだ。
 中高年の支持を抑えている点もガウニーの強みだ。全住民の三分の二以上の支持を獲得しているのだから、
どのような対抗馬が立とうと負ける要素が存在しないわけである。

 しかし、こうした独裁的な図式や強硬な手腕を快く思わない人間がシェルクザールにも少なからず潜在している。
 『一本のえんぴつ亭』に集まった住民たちは、その殆どが中高年より下の世代。
つまりガウニーの強権に対するカウンターが最も強い層なのだ。
 悪辣と決め付けられたアシュレイを彼らは誰ひとりとして疑わず、
反対にガウニーが胸中にて練り上げているであろう陰謀をこそ警戒していた。
 さすがにガウニーの同世代はサルーンには居合わせていないのだが、
マスターのように中年層の中にも若年層と同じくカウンターへ傾く者がいることは確認できた。

 『一本のえんぴつ亭』の内部だけでも十数名がガウニーへの反骨精神を示しているのだ。
 強権的なガウニーを苦々しく思っている人間は、サルーンの外にも相当数潜在しているものと見て間違いなかろう。

 そうした疑念を拭い去り、自らの都合良く動く兵隊として住民たちを組織出来たのは、
ベテルギウスの突如の登場と、これに基づく人々の恐怖と混乱があったればこそであった。
 シェルクザールの土地が、母なる故郷が、この邪悪なクリッターによって汚染されてしまうかも知れない―――
自身で考えて判断を下すと言う能力は、狂わんばかりの混乱によって完全に破壊され、
心臓を鷲掴みにするような恐怖の捌け口を、人間は本能的に暴力的衝動へと求める。
 思考回路が断たれ、恣意的に見れば純粋な暴力の塊と化した一団を御することなど、
強烈なカリスマ性でもってシェルクザールに君臨してきたガウニーには造作もないことであった。

 アシュレイの非道を糾弾する度、これに共鳴するかのようにして喊声を上げる住民をぐるりと見渡すガウニーは、
自分こそが世界の王とでも言うかのような立ち居振る舞いで鷹揚に頷いた。
 ガウニーと住民たちの様子をヒックスは目を細めながら見つめていたのだが、
新たな具申をガウニーへ耳打ちしようとした矢先、驚きのあまりその言葉を飲み下してしまうような形で
事態が大きく動き始めた。

「これでは我々が立て篭もり犯のようではないですか。風評被害も大概にしていただきたい」

 ―――アシュレイだ。
 一連の騒動の種を撒いた張本人と目されるアシュレイが、衆目にその姿を晒したのだ。
 スウィングドアを押し開いたのは、ガウニーの要請を受けてアシュレイの捕縛に動いたと思しきマルレディである。
 もしもの場合を警戒してか、彼自身のトラウムと思われる多連装ショットガンを携えているものの、
銃身は低く下げられており、誰を狙っているわけでもない銃口は先ほどからずっと地面と睨めっこに興じている。
 アシュレイのすぐ後ろにはアルフレッドとオットーのふたりが従っていた。

 救い難い凶悪犯だけに、人質でも取ってサルーンに立て篭もるとばかり踏んでいたシェルクザールの人々は、
予想外に正々堂々とした登場をされて些か面食らってしまったようだ。
 あくまでも毅然と立つアシュレイの様子に瞠目した人々の間で戸惑いを孕んだどよめきが起こる。
 だが、それもほんの一瞬のことで、劇物を持ち込んだことへの批難を誰ともなく口にし始めると、
途端に罵倒の嵐が吹き荒び、容赦なくアシュレイを飲み込んでいった。

「話はこちらのシェリフから聞きました。確かに我々は作業用に幌馬車を使っているが、
その中に毒劇物を積み込むことなど断じてありえない! せいぜい作業に使う薬品くらいのものだ!
ウィリアムスン・オーダーの潔白を女神イシュタルに誓おう!」

 聴くに耐えない罵詈雑言を一身に引き受けながらもアシュレイは一歩たりともたじろがなかった。
我を忘れて怒り狂うシェルクザールの人々へ自身の潔白を懸命に訴えかけた。
 吹き荒ぶ罵倒の嵐の前では、たった一つの小さな訴えなど幾らも力を持てるわけではない。
 どれほど強く降り注ぐ雨水であろうとも、果てしない大海の懐に抱かれたなら、
その一部として溶け込み、同化するのみである。
 そして、同化が成った瞬間に本来持ち得るべき力や意思を?がれてしまうのだ。

 だが、それでもアシュレイは諦めることなく罵倒の嵐へ立ち向かっていく。
 すぐにも掻き消えてしまいそうなほどにか弱くはあるが、己自身の息吹を吹き荒ぶ狂嵐へ叩きつけ、
嵐と雖も、息吹と雖も、元を辿っていくのならば風に代わりはない。
 一つに結び合わさることが出来たなら、必ずや声も届く筈―――
そう信じて訴え続けるアシュレイの面には、不思議と悲壮めいた表情(もの)は浮かんではいなかった。
 シェルクザールと言う大いなる故郷を守らんとして起った人々の善意――惜しむらくは過剰になっている点か――と、
己の潔白を信じて疑わない強さと誇りを兼ね備えたアシュレイには、何ら自身の行動に恥じるものはなかった。

「よ、余計なことを言って刺激したらダメだろ! ホ、ホントに殺されるぞ、キミ!」
「身の危険は百も承知ですよ。ですが、私や社員の為にも言うべきことは言わなければなりません。
濡れ衣を着せられたまま引き下がっては、社員一同、…いえ、今回の発掘に参加してくれたスタッフの皆で
支えてきた看板を汚すことになりますからね」
「し、しかしだねぇ、キミ………」
「我が身可愛さで真実を曲げるくらいなら筋を通して殺されたほうを選びますよ、私は」
「む、むぅ………―――」

 少し凄まれただけで気圧され、反論を引っ込めてしまうあたり、
シェリフ失格の烙印を押されても文句が言えないような頼りないマルレディではあるものの、
そもそもシェリフ・オフィス(保安官事務所)を心から頼みにしている人間は、
ベルエィア山の麓に点在する幾つかの町村に限定するならば絶滅危惧種と言って差し支えがなかった。


 本来は市民にとって最も近しい味方であるべき筈のシェリフであるが、彼ら対する信頼は希薄であり、
その威厳は地に堕ちていた。
 統一された法律と言うものが存在しないエンディニオンではあるものの、
さりとて治安維持の方策が全く手付かずと言うわけではない。
 各地にはシェリフつまり保安官が配置されている。市民の要請を受けてシェリフ・オフィスから出動し、
事件の防止や解決に努めるのがシェリフの主務であった。
 マルレディが胸に付けているような星型の保安官バッジがシェリフの証しであり、同時に誇りでもあった。

 治安維持に努めているのであれば、むしろ市民の尊崇を集めていそうなものだが、問題はその体質にあるのだ。
 エンディニオンに於けるシェリフとは、警察組織と言うよりも自警団の延長と言ったほうが例えとして正確だった。
 シェリフ・オフィス同士を繋ぐネットワークは基本的に存在せず、犯罪者の情報も共有されていない場合が殆ど。
複数のエリアで凶悪犯罪をしでかしたアウトローの情報が別のエリアに伝達されず、
それが為に被害が拡大したと言うようなケースは枚挙に遑がない程である。
 前述した通り、エンディニオンには統一された法律と言うものが存在せず、
法律の施行を含めて町村ごとに地方分権的な行政形態が取られている。
 シェリフにはその土地ごとの法律・行政に即した対応を求められるのだが、
何を置いても遵守しなくてはならない大原則の段階で、最も基礎的な時点で、早くもシェリフ・オフィスは躓いていた。

 命の危険に晒されるような職業だけに慢性的な人材不足に悩まされているのがシェリフの現状である。
 絶対数が少ない以上、一軒のシェリフ・オフィスで複数の町村を管轄するしかなくなるのだが、
町村ごとに定められた複数の法を混同し、判断を誤ると言うトラブルが現場では後を絶たなかった。

 無論、誰でもシェリフになれると言うわけではない。
 一応は試験を経てシェリフとしての適正を確認されるのだが、最終的な合否を議論するのは管轄エリア内の首長たちである。
 独断と偏見、個人の裁量によって合否が左右される為、必ずしも公平公正とは言い難く、
紛いなりにも正義の代行者である以上、本来は恥ずべき行為なのだが、
 採用に当たっては個人の技量よりも袖の下や縁故のほうが遥かに有効と見なされている。
 アウトローと結託して甘い汁を吸うような悪徳シェリフが雨後の筍のように出現する背後には、
こうした裏の事情も少なからず影響を及ぼしているのだ。

 ベルエィア山近隣の町村――言うまでもなく、グリーニャとシェルクザールを含んでいる――は、
その名も『ベルエィア保安官事務所』が管轄し、治安維持を図っているのだが、
総勢三十名足らずのシェリフによって十数か所もの担当エリアを網羅することは、実際問題として不可能に近い。
 十数か所分の法律・行政形態を個々人々が頭に叩き込む必要があるし、
何よりもシェリフ・オフィスの所在地と各町村への連絡・行き来に大き過ぎる欠陥があった。

 緊急出動時の利便性を考慮し、管轄するエリアの中間地点にベルエィア保安官事務所は設置されている。
 成る程、中間地点への設置とは実に合理的なようにも見える…が、派出所を設けるだけの人員を割けない為、
結果的にエリアの最果てとは遠く離れることになってしまうのだ。
 シェリフ・オフィスとシェルクザールは三十キロ。グリーニャに至っては五十キロもの距離で隔てられており、
何事か緊急の事態が発生し、シェリフの出動を要請したとしても現場への急行は臨むべくもなかった。

 ベテルギウス出現の報せを受けたベルエィア保安官事務所は、マルレディともう一人若いシェリフを派遣したものの、
早朝に出動要請が出されたにも関わらず、到着したのがフィーナとさして変わらないとは、
職務怠慢も甚だしいと言えよう。
 しかも、だ。重い腰を上げたら上げたで、件のマルレディは多連装ショットガンと言う強力なトラウムを持ちながらも
騒動の原因と目されるアシュレイ相手にすっかり萎縮してしまっている。
 この体たらくでは、信頼を失うのも無理からぬ話であった。


「よくもまぁ、抜け抜けと我らの前に顔を見せられたものだな、アシュレイ・ウィリアムスンよッ!」
「作業の不手際ならいざ知らず、身に覚えのないことにまで卑屈になる必要はありませんから。
私は私の潔白を証明するだけです」
「ほざくな、ペテン師がッ! 貴様がいくら小癪に立ち回ろうとも、最早、手遅れと言うものだッ!!」

 ―――ベルエィア保安官事務所の醜態などシェルクザールへ集った人々の知ったことではない。
 彼らが対峙すべき問題は、町ひとつを毒で冒すとまで恐れられるベテルギウスの打倒と、
件のクリッターを呼び寄せるきっかけを作ったアシュレイの始末の二点のみである。

「町長の言いたいことはおおよそ見当がついていますよ。ウィリアウムスン・オーダーの幌馬車から
有毒な何かが発見された。それがベテルギウスを呼び起こすきっかけになった―――
………一体全体、どう言うおつもりなのですか? 言うにこと欠いて、今度は濡れ衣ですか。
そんなことをして、あなたに何のメリットがあると言うのです?」
「厚顔無恥とはこのことよッ! マルレディ君立会いのもとで実況見分は済んでおるッ!!
貴様がシェルクザールにあのようなおぞましい兵器を持ち込んだのは、明々白々の事実ではないかァッ!!」
「実況見分のことはシェリフからも伺いました。しかし、それは私たちの会社の幌馬車に
有害な物質が積み込まれたと言う事実でしかありません。
………誰かが私たちを陥れる為にそう仕組んだと言う可能性も考えられますよね? 違いますか、町長?」
「言い逃れもそろそろ苦し紛れになってきたようだなぁッ!?」
「状況証拠のみで我々を裁くおつもりですか、町長。自分の都合で無理無体を強いるとは、
あなたの町長としての器量を疑わざるを得ませんね。人の上に立つ資格を備えた御仁だとは、とてもとても………」
「まだ言うか、アシュレイ・ウィリアムスンッ!!」

 ついに面と向かって対峙したアシュレイとガウニーだが、角突き合わせる両者の言い合いは水掛け論の域を出ない。
 ガウニーはお得意の強弁でもって一気呵成に押し切ってしまう腹づもりでいたらしいのだが、
今度ばかりはアシュレイも負けてはいない。負けてなどいられない。
 ウィリアムスン・オーダーと、何よりもアシュレイ自身の誇りを賭してガウニーに敢然と立ち向かっており、
一歩たりとも引く気配は見られなかった。

「お、おふたりとも落ち着いて、とりあえず落ち着きましょう。ここは、ほら、人の目もあることですし、ハイ………」
「―――町長、それでは立証する用意があるものと考えても良いのですね? 
ウィリアムスン・オーダーがこの町に有毒な何かを持ち込むつもりでいたと証明できるのですね? 
もしも、立証できなかったときには、徹底的に責任を問いますよ、私たちは」
「ほざくがいいッ! 後になって吠え面をかけッ! 貴様こそ心の準備をしておくのだなッ!! 
見苦しく言い訳などせずスッパリと自白し、そして、罪を償えッ!!」
「パーフェクトなまでに無視ってやつですかっ!?」
「―――………罪を償え、とは言ってくれますね。この町にも法律はあるでしょう? 
それともあなたが法律なのですか、この町の。………一個人の強権で何かが捩じ曲げられる不幸は、
私が何より愛しく思うシェルクザールには不似合いだ」
「なァにィッ!?」
「あなたは町長と言う立場にありながら自らの手でシェルクザールを穢すつもりのようですね。
この町の美しさを汚しても平気とは、いや、私にはとても信じられませんよ」
「余所者風情が何を言うッ!? 貴様にシェルクザールの何がわかると言うのかッ!! 
ワシが法律で何が悪いッ!? 皆を不幸にする悪法を用いた覚えはないぞッ!! 
アシュレイ・ウィリアムスン! ワシの周りをよッく見よッ! 悪しき法を弄する輩に人が随いて来るかッ!? 
随いて来ると思うのかァッ!?」
「………そんなケンカ売るようなこと言わなくても………それから少しはシェリフの声にも耳を―――」
「―――よからぬ法だと悟らせなければいくらでも。そうやって人を罠にハメる小細工があなたの得意分野のようですからね」
「痴れ者がァ………ッ! 我らを陥れておいて………ッ!!」
「………………………」

 板ばさみとなったマルレディは腰が完全に引けてしまっているものの、
これを情けないだとか詰るのはさすがに気の毒であろう。

「アッシュの言う通りだ。シェリフの説明によれば、
ウィリアムスン・オーダー社の幌馬車で毒性の強い何かが発見されたことしか今のところはわからない。
しかし、アッシュや他の社員の話では、そのような物を積んできた記憶もなければ、またその必要もないと言う。
あんたらが喚き散らしている劇物とやらが何を指しているのかも俺たちは知らされていないんだ。
ただ、毒性の強い何かが発見された―――としか知らされていない」

 滝のような冷や汗が表す通りの極限的な緊張にやられたマルレディが
自身のトラウムを放り出すかのように卒倒してしまったところで、
タイミングを見計らっていたらしいアルフレッドが平行線を辿る水掛け論に口を挟んだ。

「誰かがウィリアムスン・オーダーの幌馬車に劇物を積み込んだ―――アッシュはそう言いましたが、
俺に言わせれば、それ以前の問題だな」
「貴様、ストラスバーグの………」
「大体、おかしくはありませんか。準備まで何ヶ月もあったのに、一体、どこに劇物を隠しておくんですか。
アッシュたちがこの町へ滞在し始めたのは昨日今日のことではない。
本当に劇物に反応してベテルギウスが目を覚ましたのであれば、どうして今まで無関心だったのか」
「それは、貴様―――」
「昨日今日など最終準備に追われていて街を出る時間的余裕もありませんでした。
仮に劇物がベテルギウスを呼び起こすきっかけだとしましょう。
しかし、街を出る余裕がなかったと言うことは、ずっと幌馬車に積みっぱなしだったことになるんですよ。
今日になって持ち込まれたと言うわけではなくね。
ならばベテルギウスは今日よりも前に反応してもおかしくなかったんじゃないですか」

 やや冗長とも言えるほど懇切丁寧な説明を孕んだアルフレッドの言葉は、
アシュレイとガウニーの水掛け論に割って入り、両者の醜態を食い止めようとする類のものではなかった。
 むしろ対象はより広く、この場に居合わせた全ての人々へ言い諭していくかのような、
そんな響きをアルフレッドの言葉は奏でているのだ。

 オーディエンスの為に紡がれた言葉は、ターゲットとしていたシェルクザールの住民たちにもどうにか受け容れられたらしく、
激情を剥き出しにしてアシュレイに迫っていた暴徒ですら短慮を抑えるようになり、
一字一句を聞き漏らさぬようアルフレッドの発する説明へ神妙に耳を傾けている。

 それが面白くないのか、あるいは不都合でもあるのか―――火勢を増した強弁を吼えて遮り、
一切を打ち切ってしまおうと躍起になるガウニーであったが、アルフレッドは横から入った妨害を苦もなくかわし、
悔しげな歯軋りを背にしてなおも理詰めの説明を重ねていく。

「………君は随分とウィリアムスンに肩入れしているようだが、そうまで言い切るには論拠があるのだろうね。
これではどこかの誰かさんと同じだが」
「ほぅ、のっぺらぼうとばかり思っていたが、ちゃんと喋ることもできるんだな、黒服さん」

 町長の劣勢を見て取ったヒックスは鋭く牽制を試みたのだが、アルフレッド当人は正面からこれに応じることを避け、
代わりにきつい皮肉でもって返した。
 宣戦布告とも取れる剣呑な態度である。
 普段は人並み以上に怜悧なアルフレッドが、こうもあからさまに敵愾心を見せること自体が珍しい。
 なまじ弁が立ち、機転も利くアルフレッドだけに人を追い詰める方法も習熟しており、
それが為に彼の皮肉は何よりも堪えるのだ。
 普段はクラップあたりが当てこすりの対象に選ばれているが、アルフレッドの放つ痛烈な皮肉は、
関わりの浅い人間にも相当なダメージを与えられた。

「………面白い男だな、君は。こんな男が辺鄙な田舎にいるとは信じられない」
「生憎と誉め言葉には慣れていないんでね。そう言うのは気色の悪いヨイショか、
皮肉にしか聞こえないように出来ているんだよ。俺の耳はな」

 面に冷笑を貼り付けたヒックスが片手でもってネクタイを緩め、ワイシャツの第二ボタンまでを外したのは、
つまり、アルフレッドから叩きつけられた皮肉に相応のダメージを負ったと言う証である。
 それと同時に宣戦布告の承諾とも言えるだろう。
 口元こそ冷酷に引き攣らせているヒックスではあったが、その双眸は全く笑っていなかった。

 アルフレッドもアルフレッドで臨戦態勢に入りつつある、
 自身の調子を図るようにして拳を鳴らし、二度三度と地面を蹴って靴紐の締め具合を確かめている。
 指の先までパキパキと鳴らすアルフレッドであったが、眉一つ動かさないあたり調子は上々のようだ。

 今のところヒックスがどのようなトラウムを使うかは分かっていない。
 アルフレッドから凄絶な殺気を叩き付けようとも少しも気圧されることがなかったヒックスだけに
得物とするトラウムを除いたとしてもかなりの力量であることは察せられた。
 そう言った意味では得体の知れない相手との戦いへ入ることになるわけだが、
アルフレッドの胸中からは恐れの二文字が拭い取られていた。

「ちょ………ッ!?」

 アシュレイとガウニーに引き続き、アルフレッドとヒックスまでもがゴングを待つ格闘技者のような状態となっている。
 卒倒している間に一触即発の組み合わせが増えていたと気付いたマルレディは、
事態を穏便に済ませるべく彼らの調停を図ったが、しかし、アルフレッドたちの醸し出すプレッシャーに怖気づいて
何かをするわけでもなくスゴスゴと引き下がってしまった。
 多連装ショットガンを空へと撃発でもして威嚇し、萎縮させてから注意を促すことだって出来るだろう。
 しかし、この気弱なシェリフは、事態(こと)を荒立たくないと言う意識のほうを優先させたようだった。

「いっそのこと、皆で現物を確認しに行くってのはどうですかね。
俺たちはまだ現物を一度も見てないんですから。現物をちゃんとこの目で見たら
アッシュにも正確な反論が出来るようになりますしね。何事もフェアが大事ですよ、フェアが」

 怖気づいたマルレディに代わって危急とも言うべき場を取り成したのはオットーだ。
 テレビ番組の製作を担う彼のこと、ニュースバリューへの嗅覚も働いたに違いないが、
多分に利己的判断を含む提案であっても、今まさに衝突しようとしていた両陣営に矛を収めさせ、
且つお互いが納得する落としどころへと誘導させられたのだ。
 この場を取りまとめることのできる最善の妙案と言えるだろう。

 シェリフとしての義務をまるで果たしていない腰抜けとは大違いである。
 その腰抜けシェリフは、オットーの挙げた提案がいたく感心したらしく何度も何度も頷いており、
自らアホだと周囲に言いふらしているような風体だった。

「我が社が持ち込んだ物の中に本当に毒物が混ざっていたのなら、私は正々堂々と罰を受けましょう」
「皆もその目でしかと確かめよ! この者らが一体、何を企んでいたのかをな!」

 オットーの提案には、アシュレイもガウニーも異存はなかった。

「論拠とやらはそこで披露してやるよ、黒服さん」
「………楽しみにしておこう」

 ふたりが納得した以上、代理戦争よろしく角突き合せてはいられないと判断したのであろう。
アルフレッドとヒックスも町長たちに倣って提案を素直に飲んだ。

 暴徒となりつつあったシェルクザールの住民たちの中には、
アシュレイへ猶予を与えるような判断を渋る向きもあるにはあったのだが、
皆の前でウィリアムスン・オーダーの陰謀を暴き立てると言うガウニーの宣言を受けて、
最後には不承不承ながら首を縦に振った。

 住民たちのアシュレイに対する憤激を維持しつつ、行動そのものは自身の支配下に置いた格好だ。
 如何にもガウニーらしい巧妙なコントロール術である。
 自身の企図する状況を完璧に築けたことへよほど満足したのであろう。
何やらヒックスに向かって目配せするガウニーの口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
 これを受ける側であったヒックスの口の端も、
ガウニーに釣られたらしく悪魔が牙を剥き出しにしたかのように醜く歪んでいる。

 ガウニーとヒックスがドス黒い笑気を漂わせたのはほんの一瞬だったのだが、それを見逃すアルフレッドではない。
 腹の底から湧き起こる嫌悪感が喉から飛び出しかけていた―――

「チッ―――とことん腐りきっていやがるみたいだな、あのタヌキども」

 ―――のだが、吐き捨てようとしていたことを一字一句に至るまで別の人間の声で全てなぞられ、
これによって虚を衝かれたアルフレッドは、驚いた拍子に悪態を喉の奥へと飲み込んでしまった。

 アルフレッドが胸中へ抱いたのと全く同じ悪態を吐き捨てたのは、危急の場を取り持ったオットーその人である。
 口八丁で一触即発の自体を切り抜けたオットーではあったものの、
実際にはガウニーやヒックスに対して爆発寸前の怒りを溜め込んでいるようだ。
 それが証拠に、住民たちを引率して劇物の発見現場へ歩き出したガウニーと、
彼の傍らに侍ったヒックスへと向けられる眼光には、殺気にも近い激情が燃え滾っていた。

(………ここからが正念場だな………)

 ガウニーと肩を並べて歩いていくアシュレイの真横に付けたマルレディが、
サルーンの店先に居残ったまま足を動かそうとしないアルフレッドたちを振り返った。
 何かを訴えかけるようなその眼差しへ軽く頷き返したアルフレッドは、次いでヒックスの背中を一瞥し、
それからようやく歩を進め始めた。
 冷徹な眼光は、歩き始めて以降もヒックスから外れることはなかった―――

「………なんだ、お前たち。一体、何のつもりだ?」

 ―――否、劇物の発見現場へ到着するまでの間に一度だけ別の者へと逸れた。

 アルフレッドが二歩目を踏み出そうとしたその矢先のことである。
 武装した住民の一部が、連れ立って歩くアルフレッドとオットーの前を横切り、
『一本のえんぴつ亭』へ向かっていったのだ。
 当然、アルフレッドはこれを看過することなく呼び止め、本隊を離れてまでサルーンへ向かう理由を尋ねた。

「何もクソもあるか。町長の決断には従うが、だからと言ってお前らを信用できるわけじゃあない。
人質でも取らなきゃ安心できないんだよ」
「………何?」
「人質だよ、人質! 何度も繰り返さすな。店ん中にゃウィリアムスンの仲間がゴロゴロいるんだろ? 
あんたらには悪いが、何人かを人質に出して貰うぜ。もしもの場合の保険ってヤツだ」
「町長の仰せでは極悪人の集まりらしいからな。ウィリアムスンだっていつ逃げ出すかわかったもんじゃねェ。
人質を取られてりゃそう滅多な真似はできねぇって寸法さ。………ま、性根から腐っているらしいからな、
ヤバイと思ったら仲間見捨ててトンズラするかもしれねェがよ」
「………………………」

 ウィリアムスン・オーダーの社員や発掘作業に参加していたスタッフたちは、今もまだ『一本のえんぴつ亭』で待機している。
万が一の場合に備えて彼らの中から人質を取るのは、状況に即した上策と言えるだろう。
 だが、人質を取ると言う方策を閃き、これを実行に移してしまったことは、
彼らにとって大いなる不幸の端緒でもあった。

 人質作戦を考案した彼らが知らないのは当たり前のことなのだが、『一本のえんぴつ亭』で待機している面子の中には、
シェインやムルグ、カミュやマスターと言ったアルフレッドにゆかりのある人間も多く含まれている。
 言うまでもなく、アルフレッド最愛のフィーナだって含まれている。
 ………アルフレッドの逆鱗へ触れるには、それだけで十分であった。

「―――性根から腐った下衆はどこの誰だ………ッ!」

 集団のうちのひとりが鼻息荒くサルーンのスウィングドアへ手をかけた瞬間、
アルフレッドの左脚が彼の脇腹を抉っていた。
 手加減も容赦も一切入っていない渾身の一撃だったのだろう―――
アルフレッドに蹴り飛ばされた男は、ガウニーたちを追い越して滑空し、
何度も何度も地面を跳ねてようやくその動きを止めた。

 独力では立ち上がることすら出来ない程の痛手を被ったものの、辛うじて意識だけは保ったらしく、
声にもならない悲鳴を喉の奥より搾り出しながらのた打ち回っている。
 あるいは、意識がブラックアウトしていたほうが幸せだったのかも知れない。
 数本一気に肋骨をへし折られると言うのは、並大抵の激痛ではない。
 そこまでのダメージを被りながら意識だけはハッキリしていると言うことは、
まさしく生きて地獄を味わうのと同義なのだ。

 絶句したまま立ち竦むガウニーたちの目の前で悶え苦しむ男には、なおも不幸が降り注いだ。
 サルーンの店先に設置されているポール式の看板に目をつけたアルフレッドは、
鉈の如く鋭い後ろ回し蹴りで鉄製のポールを横薙ぎに断ち、中空へ遊離した看板本体を返す刀でシュートした。
 今更、詳らかにするまでもないことだが、先ほど蹴り飛ばされた男へとその狙いは定められている。

 アルフレッドの剛脚でもってシュートされた看板は、身悶えたまま動けずにいる男の股下に突き刺さった。
 あと数ミリでも落下地点がズレていたら、彼への呼びかけをミスあるいはミセスと改めねばならなかったところだ。

 その時点で男の身心は完全に崩壊していたのだが、非情の暴威は休むことなく彼へと吹き荒ぶ。
 稲妻の如き機敏さで男のもとに駆け寄ったアルフレッドは、
加速によって生じた凄まじい勢いと全体重とを丸々乗せた前回し蹴りでもって追い討ちを仕掛けた。

 ………仕掛けたかに見えたが、頬へ触れるか触れないかのスレスレの距離でアルフレッドは脚を止めていた。
 幸いにも、今度は寸止めであった。
 寸止めで済まされたから良いものの、仮に直撃でも食らっていたら頚椎ごと頭蓋骨まで粉砕されていた筈だ。
アルフレッドが蹴りを寸止めにした直後、轟然と男の顔面を吹き抜けた一陣の烈風が何よりの証拠である。

 耐え切ることのできない恐怖に煽られて今度こそ意識を飛ばし、
無様に崩れ落ちた憐れな男を睥睨するアルフレッドの双眸からは、慈悲など微塵も感じ取ることが出来ない。
 スウィングドアへ手を掛けていなかったが為に生き地獄を免れた男たちも、
狂気を孕む眼差しでもって睨めつけられた瞬間、人質を取ると言う選択肢が脳裏から抹消されていた。

「二度とくだらない考えを起こしてみろ。お前たちが被害者であろうがなかろうが、一人残らず皆殺しにする。
次は一切手心を加えない。………よく覚えておけ」

 ガウニーを含めた住民の殆どが居竦みながらアルフレッドの宣告を受け止め、反射的に首を縦に振っていた。
眼前で繰り広げられた凄絶な光景は、それほどまでのインパクトを皆の胸へと刻み込んだわけだ。
 怯むことなくアルフレッドを見据えていられたのは、シェルクザール側ではヒックスただ一人だけであった。




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