「うっひょ〜、すっげぇ〜ッ! 絶景かな、絶景かな!
やべーよ、俺、【アルテナ】、ハマっちゃいそう♪」
「こんなキレイな夜景、見ながら、お風呂入ったら、
疲れなんて、一発で吹き飛ぶねっ」
ホセの屋敷を辞し、死火山での冒険や船旅で費やした消耗品の買出しを済ませた頃には、
陽もとっぷりと暮れて、辺りは静寂の闇夜が支配していた。
街路灯のキャンドルに万年雪が映え、見ているだけで飽きない風情を醸し出している。
そんな絶景を眺望できる一等地の露天風呂で嬌声を上げているのは
ホークアイとケヴィンの脳内子供コンビだ。
「………ケヴィンはともかく、
ホーク、お前さん、【アルテナ】は嫌い言うとったやろ。
なんやねん、乙女心と秋の空っくらいペラペラ簡単にひっくり返りよって…」
「細かい事は気にすんなって♪ カールだって満足そうに浸かってるじゃんか」
「年寄りは漬物と温泉が大好物やからな」
宿へ着くなり「温泉入ろうぜっ!」とはしゃぐホークアイに引っ張られて、
一同、食事より休息より先にこうして露天風呂へ浸かっているわけだが、このチョイスは大正解。
一面に広がる光と雪の絶景を見ながらの温泉などという贅沢の極みを味わえば、
ケヴィンの言葉通り、疲れなど一発で吹き飛ぶ。
「ちょっとうるさいわよ、ホークアイ! 周りのお客の迷惑も考えなさいよ〜!」
男湯と女湯を仕切る竹垣の向こう側からアンジェラの叱声が飛んできたが、
ご満悦のホークアイにはのれんに腕押し。抑えの効かない幼児のようなはしゃぎぷりだ。
「よっし! 気分もノッてきた事だし、歌おうぜッ!」と言い出したところで
シャルロットから投擲された風呂桶が顔面へ突き刺さり、ようやく沈黙した。
「………なんや、デュラン。未だにそんなシケた面しとるんかいな」
「………ああ」
温泉へ浸かってはいるが、やはり心ここに在らずのデュラン。
昼間と変わらない空返事の様子に、カールも「やれやれ」と溜息を吐いた。
問題だらけのチームの中で、普段は誰よりもしっかりしているリーダーがこの有様、
しかも原因不明のこの腑抜け方では、メンバーとしてはやるかたない。
「シケっぽい野郎にゃ、こいつが一番よォッ! ま、グイッと一杯やりねェ!」
―――と、デュランの目の前に、お盆へ乗せられた徳利が湯を走って差し出された。
デュランの頭上に乗っていたカールが、腑抜けた身体を代行して、
徳利を差し出してきた、湯煙にシルエットだけが浮かぶ人物を凝視していると、
向こうの方からこちらへ歩み寄ってきた。
湯を砕く豪快な水音が近付くにつれて判然としてくる男の正体は―――
「よぉッ!! こんなトコロで逢うなんて奇遇じゃねぇかッ!!」
「あ、あんさんは、確かデュランのダチ公の…マサルッ!?」
「なんだよなんだよ、他人行儀じゃねぇかッ!
マッちゃんってニックネームで呼んでくれよ、カールッ!」
―――デュランの傭兵仲間で、傍若無人の【エミュレーショニア】、
マサル・フランカー・タカマガハラその人だった。
見る者全てを圧倒する鍛え上げられた裸身の突然の出現には、
はしゃいでいたホークアイもケヴィンも驚きを隠せない様子で、
「「ディス・イズ・ア・フジヤマッ!?」」
…などと意味不明な絶叫を上げた。
二人の視線は、限りなくマサルの裸身の下部を捉えていた、とだけ付け加えておく。
また、マサルはタオルでもって恥ずかしい部分を隠すなどという邪道は許さない、とも。
「って、なんだよなんだよ、どうしちまったってんだ、デュランはっ!?
しわがれたジジィのアレみてぇにしょぼくれちまいやがって。
アレか? リースに振られて傷心旅行気分なのか?」
「いや、フラれちゃおらんけど、ワイらにも理由がわからんのや」
「ディス・イズ・ア・フジヤマッ!?」へ度肝を抜かれたお子様二人は、
男としてのプライドを粉砕された二人は、
デュランと同じく放心状態となってしまって、マサルの質問は耳に届いていない。
原因不明と説明するカールの話にうんうんと相槌を打って聞き入っていたマサルは、
「ようし、それなら俺に任せとけ! デュランとは同じ釜の飯を食った仲だからな!」と、
膝を屈めて湯の中へ下半身を沈め、拳をバキバキと鳴らし始めた。
無気力状態と化したデュランの解決方法を、知っている風な振る舞いを信じ、
ナニをするかは解らなかったが、カールはマサルへ全て任せる事にした。
「俺のこの手が光って唸って一発入魂ッ!!!!」
掬い上げるようなアッパー気味に湯の中へ右の拳を突っ込んだまま
マサルの動きが止まった。右の上腕筋だけがピクピクと脈動を続けている。
拳は水面下で何らかの作業(?)を行っているようだが、
湯煙に妨げられてしまい、カールにはそれが何なのか察知する事はできない。
それからすぐに、デュランに劇的な変化が訪れた。
「―――痛ッてえええええええええェェェッ!!!!」
おそらく生涯で一番だろう悲鳴を上げて、
放心状態にあったデュランの意識が現世へ呼び戻された。
湯の中から拳を引き抜いたマサルは、デュランの壮絶な悶絶に
「ミッション・コンプリート」と薄く微笑みを浮かべている。
………のたうち回るデュランの両手は、なぜか下半身のある箇所を猛烈に押さえており、
それでようやくマサルが施した荒療治の正体を察して身震いした。
「お、お前さん、まさか………」
「腑抜けた野郎にはこれがイチバン!
男限定の大技だが、「下ネタは厳禁やッ!!!!」をひねりゃ一発入魂よォッ!!」
悶絶の止まらないデュランを眼下に、誇らしげに胸を張るマサルの不躾な口上を
寸でのところでカールが掻き消し、社会的に(あるいは電波法的に)事なきを得た。
マサルは荒療治とうそぶくが、この大技、ヘタをすればそのまま悶絶死し兼ねない上に、
一歩間違えば別の世界の扉がオープンされる危険性も高いという、
ハイリスク・ローリターン極まりないシロモノだ。
その直撃を受けたデュランのダメージを想像すれば、
いくら種の違うカールと言えど恐怖に身が竦んでしまう。
「んん〜?
なんだかそっちにも腑抜けた顔が一つ、二つに三つあるみてぇだなぁ…」
「――――――ッ!!」
ギラリと妖しく輝くマサルの眼光は寸分のブレも無く、しょぼくれた物体三つを視認し、
それに連動して、右の拳が再び光って唸る体勢へ自然と整えられていく。
奥歯が見えるくらいに歪んだ笑みは肉食獣を彷彿とさせ、
現に彼の眼光は獲物を前にしたそれと同じ輝きを放っていた。
「あ、アカンッ! 逃げやケヴィン、ホークッ!
それからよう知らん温泉客Aッ!」
「どいつもこいつもッ!! 男だったらしゃきっとしやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
カールの避難勧告も空しく、「ディス・イズ・ア・フジヤマッ!?」へ度肝を抜かれた
ホークアイとケヴィンは放心状態のまま身動きする気配は見られない。
そんな二人へ「一発入魂ッ!!」と光って唸るマサルの拳が猛然と襲い掛かった。
「―――へ?」
「な、なんだなんだ、なんなんだッ!?
あいつ、なんかランディの兄ちゃんへ迫ってきてないっ!?」
今まさに露天風呂へ出てきたばかりの温泉客AとB―どことなく見覚えのある―をも巻き込んで。
†
「いいでちか、むねがおおきいばかりがおんなじゃないんでち。
おんなのしんかは、どれだけどきょうをはれるかでち。
どきょうがあればなんでもできる、しごともばりばりでうはうはなんでちよ!
ちょっと、きいてるんでちか、リースしゃんっ」
「え、ええっ。私はちゃんと聴いてますって。
だからシャルロットも少し落ち着いてくださいね?」
「ぐぎぎぎぎぎぎっ! きれいにまとめようとしてんじゃねぇでちっ!
ひかえめながらもしっかりぼんきゅっぼんなあんたしゃんに
しゃるのしんつうはわかりっこないでちっ! このBかっぷめがっ!」
「―――ひゃうっ!? い、痛いですっ、そんなところ掴んじゃだめですっ!」
「いたいでちかっ!? ふしゅるるるるっ! もっとくるしむがいいでちっ!!
そのいたみは、ぜんせかいのひんにゅうたちがひとしくあじわういかりとくるしみでちっ!!
うらむならば、こんなしぼうのかたまりをそなえた、じぶんのからだをうらむでちねっ!!
なんていやらしいからだつきなんでちかねぇ、このこむすめはっ! じつにけしからんでちっ!!」
「痛っ! 叩かないでください、シャルロットっ!」
非常に非情なアホ展開が繰り広げられる男湯と竹垣を隔てた女湯でも
負けず劣らずの熾烈なバトルが繰り広げられていた。
特に恨めしそうにリースの胸を握り締めるシャルロットの妬み嫉みは凄まじく、
今は露天風呂から上がってサウナ室で汗を流しているグラマー組へ浴びせかける視線は、
地獄の鬼も裸足で逃げ出すほどに冷徹で凄絶だった。
「…あんた、顔色悪いわよ? そろそろギブアップした方いいんじゃない?」
「これしきで根を上げるほど、私は軟弱に育っていないのよ。
温室育ちのどなたかさんにはわからないでしょうけどね…っ」
そして、問題のサウナ室では、【チーム・デュラン】グラマー代表のアンジェラと、
居合わせた女性客(こちらも出る所はしっかり、締める所はばっちり)との
地獄極楽我慢比べ勝負が最高潮を迎えていた。
お互いに全身から夥しいまでの汗が噴き出し、水分の失くしつつある唇は青ざめ始めている。
傍目にも危険な状態だが、西と東、向かい合って座った女二人の戦いは終わらない。
どちらも少しも弱音を漏らさない、一歩も退かない持久戦だ。
「それはそうでしょうね、【ジェマの騎士】サマとはお育ちが違うのは当然ですワネ。
もっとも、我慢比べくらいでしか役に立たないお育ちの違いだったら、
あたしのほうから願い下げですけどねぇ〜」
「おっほほほほほほ…、世界のモラルリーダーともなると、口が本当にお達者ですコト。
言いなりになってる【社会】のように、この勝負も口車で敗北を勝利に塗りつぶすおつもり?
口ばかりがお上手なペテン師一家には、ホント、敵いませんワ〜。
せっかくの勝利も、巧みな話術の前には無意味となってしまうのですものネ〜」
「またまたご冗談を。常識なんて簡単に打ち破ってくださる勇者サマこそ素晴らしいですワ。
高慢ちきなプライドがおありのようですから、本当に苦しくなったら、
ギブアップせずにまたお得意の魔法でこのサウナ室ごと、
ごブッ飛ばしになるんじゃありませんコト?」
「お言葉を返すようですが、それはそちらの十八番ではございませんカ。
力ずくで人間社会のルールを改正してくださるのは、あなたがたご一家のお家芸でショウ。
そんな常識をド忘れなさるなんて、そろそろ脳みそが蒸し焼きになってるんじゃありまセン?」
「あらあら、脳みそが蒸し焼きになるなんて物理的にも生態学的にも不可能な事を仰るなんて、
とてもユーモラスな方ですのネ。もしかして、脳みそに新種のカビが生えているのカモ!
いますぐお医者サマに切除手術をしていただくべきではありませン?
きっと驚きになるハズですワ。ここまで腐れた雑菌、見たコトが無い、ト」
「「オッホホホホホホホホホ………………………」」
最も凄絶なのは我慢比べではなく、そこで口に唾して吐き掛け合う、女性ならではの精神攻撃。
罵詈雑言なら誰にも負けないアンジェラだが、対抗する女性客――というかプリムも負けてはいない。
何人かいた先客の全てが、この陰惨な口げんかに耐えかねて逃げ出してしまっている程だ。
「どいつもこいつもッ!! 男だったらしゃきっとしやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
いよいよお互いにフラつき始め、ダブルノックアウトかと思われたその時、
男湯からとてつもない大音声が押し寄せ、
それと同時に間欠泉に見間違える程の巨大な水柱が天を貫いた。
やがて水柱は止められない奔流となって竹垣を破壊し、女湯へ流れ込んできた。
二人が慌ててサウナ室を飛び出すと、
水柱によって巻き上げられた湯煙で視界は限りなくゼロに近く、
歩くことさえままならない状況に陥っていた。
「いっ、いったい何が起きたと言うのですかっ!?」
露天風呂にいたリースとシャルロットは、モロに奔流の直撃を被り、
あわや崖下の絶景へ放り出されるところだった。
なんとか押しとどまったものの、離れ離れとなってしまい、おまけにこの湯煙。
シャルロットを探すどころか、自分の現在地すら判らない。
「で、でしたら、【ジン】の力を借りてみれば…っ」
風の精霊【ジン】の力を借りれば、この傍迷惑な湯煙を吹き飛ばす事も可能だ。
とはいえ、いきなり大風を操って湯煙の全てを吹き飛ばしてしまえば大パニックは免れまい。
なにせ、今、ここは女湯と男湯の境界が崩壊したデンジャー・ゾーン。
【社会】的にあってはならない遭遇の危機が、あちこちに芽吹いているのだ。
「そっと、目の前の湯煙を消す程度の風なら………」
右手に宿した【ジン】が、小さな旋風を起こして、リースの目の前の湯煙を取り払ってくれる。
まずはこうして進路を確保して、着実に状況を把握していくのが妙案と考えたリースだったが、
ここで彼女はとても大切かつ基本的な法則を失念していた。
まかり間違えば男湯へ入り込み、あってはならない遭遇にブチ当たる危険性がある。
このままでは大変というワケで、視界の定まらない進路を少しずつ確保しながら
状況の把握に努めるリースだが、視界が定まらないという事は、
男湯がどちらにあるかすらわからない、とも言い換えられる。つまり―――
「え………っ!? デュ…ラン?」
「へ? なッ、なななッ!? リ、リースッ!?」
―――迂闊に動き回れば、それだけあってはならない遭遇する危険性が高くなる。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
永遠にも感じられる、一瞬。
視界の定まらない湯煙の次元の中で邂逅してしまったデュランとリースは
タオルまで押し流されてしまった事すら忘れ、直立不動の体勢で凍り付いてしまった。
「う………ッ」
デュランは無意識の内にだが、目の前の少女の柔らかな肢体を網膜に焼きつけ、
「き………っ」
リースも無意識の内に、目の前の青年の硬質な裸体を脳裏に刻み込み(なぜか視線は下部へ集中)、
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
堪能という程の時間ではないにせよ、互いに生まれたままの姿を見せ合う形となった二人は、
これ以上ないシンクロと声量で、湯煙を霧散させる程けたたましい悲鳴を上げた。
†
温泉での狂乱の事件の終息からおよそ二十分。
『チーム・デュラン』と【ジェマの騎士】チームは、遊技場と隣り合わせの談話室へ陣取り、
久闊を叙す、というよりも、例によって睨み合いに火花を散らしていた。
…現実に睨み合っているのはアンジェラとプリムの、居丈高な二人のみで、
他の面子はそれぞれ思い思いに寛いでいる。
脳内子供という点で意気投合したポポイとケヴィンは遊技場に備え付けられた卓球に興じ、
ホークアイ、シャルロット、カールは風呂上りの定番【コーヒー牛乳】を一気飲み。
あってはならない邂逅を果たしたデュランとリースの二人に至っては、
ちらちらとお互いの様子を窺いつつも、目が合ってはは真っ赤になって俯くという、
典型的な少女コミック的パターンのドツボへハマり込んでいて、チーム間の対立どころではない。
そんな初々しい二人の様子を、興味深げ(あるいはデバガメちっくに)にフェアリーが観察している。
いずれの輪からも爪弾きにされたランディは、独りスマートボールの台を牛耳って
「やった! ハイスコア!」とネガティブで空しい歓声を上げていた。
ちなみにマサルは騒動の張本人と目されて宿の女主人に大目玉を食らい、
修学旅行名物よろしく廊下で正座をさせられている。
「さて、人心地ついたところで、そろそろ話を聞かせてもらおうじゃん?」
コーヒー牛乳の空きビンを所定の位置へ戻したホークアイが、
アンジェラとプリムの間に割って入ってサウナ室の延長戦を繰り広げる二人を仲裁した。
さながら、昼間のヴィクターの役割だが、こうでもしないと、話が一向に進まない。
「はーい、集合〜。これから大事なお話を始めま〜す。自由時間はここまでだぞ〜。
―――ちなみに俺らと何の関係も無いマッちゃんは、
これ幸いと乗じて正座地獄から脱出しないよーにな〜」
ホークアイが釘を刺した通りに目論み、集合に混ざろうとしていたマサルは、
バツが悪そうにIターンで廊下へ戻っていった。
「…さて、と。
まず一番最初に触れなきゃならない話題なんだけど、
察しの良いプリムちゃんあたりなら、もう俺の質問してる意味、わかるよな?」
「………“自分たちよりも先に、しかもフラミーに乗って一直線だった私たちが、
どうして温泉宿で寛いでいるか”ってところかしら?」
「ご明察〜♪」
「………ビックリだわ。これほどまでに正解に腹の立つクイズがあるなんて…っ」
「ホークの兄ちゃん…だっけ?
オイラたちが先に【極光霧繭】を攻略したとは思わないわけ?
ハナからオイラたちが逃げ出してきたみたいな言い方でハナシ進めてるけどさ」
「思わないね。
何せ行動の早いお前らの事だから、目的物を回収したらそのまま次へ向けて出発するだろ。
それに今ので確信した。お前ら四人、【極光霧繭】からホウホウの体で逃げ出してきたな?」
「どっ、どうしてそんな事がわかるわけっ?」
「ポポイの坊ちゃんは見た目まんまで素直だから、すぐピンと来た。
後ろめたい物があるヤツに限って、そうして地金をさらしちまうもんなんだよ。
自分からわざわざ『オイラたちは逃げ出しました』って自供してるもんだぜ、今のじゃ」
「バカッ、何やっているのよ、ポポイっ! まるでランディみたいじゃないの!」
「あわわ〜、しくじっちゃったよぃ」
「………っていうか、そこで僕を引き合いに出しますか………」
「あ、あなたたちこそどうしたっていうのよ。
フラミーや【エルドリッジ・オーブ】のような移動手段を持たないというのに、
一日で最果ての北までどうやってやって来れたのかしら?」
「そうっ、そこでちよっ! そこでおもいだされるのが、うちのやどろくでちっ!」
成り行きで設けられた、2チーム合同ミーティングのイニシアチブを
ホークアイに掌握されたプリムは、負けるものかと反撃に打って出る。
反撃というよりは、話題を摩り替えて自分たちの醜聞を揉み消そうという胸算用なのだが、
これがシャルロットの怒りに火を点けるという功を奏した。
「ていきれんらくもなしにどこぞであそびほうけているかとおもえば、
しゃるにないしょでまにあすいぜんのきょだいせんかんをふくげんしてたあげく、
いかにもなひみつけっしゃっぽいのにでんげきにゅうだんっ!
しかも、やろうとらんでぶーときたもんでちっ!
あんのあるくおしべやろうっ! つぎあったらひゃっぱーずっころしでちっ!」
裏切りとも言える夫の行為へ腹に据えかねる憤りを抱えていたシャルロットは
口火を切ったが最後、金切り声でヒースへの罵詈雑言をわめき散らした。
果ては「朝のゴミ捨てをしてくれなくなったッ!」「靴下が臭いッ!」などと
日頃の鬱憤にまで怒りが及んだので、収拾がつかなくなると見越して
ホークアイが【マナ】の戦艦から【エルランド】までの経緯の要旨をプリムらに説明した。
これによって再びホークアイ…『チーム・デュラン』にイニシアチブが戻り、
聡いプリムはそんな駆け引きの狡猾さに軽く舌打ちする。
「俺らの事情は以上。次はそっちの番ってもんじゃない?
未だにどうしてこの温泉宿で地団駄踏んでるのか。
何が減るもんじゃなし、教えてくれたっていいだろ?」
「………………………」
「…ズバリ言ってしまえば、【極光霧繭】の攻略に失敗したんですよ」
「ちょ………ランディッ!」
口を固く一文字に結んで話さないプリムの横から、あっさりとランディが真相を暴露した。
【ジェマの騎士】の一党という矜持が失敗という醜聞を許さないプリムは
屈辱に頬を紅潮させながら、口を挟んだランディの眉間へ正拳突きを叩き込んだ。
「あらら〜♪ “【ジェマの騎士】も刃の誤り”とは言ったモノねぇ♪」
「ぬぐぐぐぐぐ〜〜〜………っ」
「ホントねぇ、カンベンしてくれってカンジだよ★
まだねぇ、とんでもなく厄介なモンスター相手に苦戦して転進してきたってんなら
カッコもつくんだけどねぇ〜。
場所が見つかりませんでした。だから帰ります、じゃあねぇ〜。
半人前以前に一般常識人失格だね。しかも防寒装備すらナシで突っ込んじゃってさ。
なんで基礎的な準備もしないかなぁ。しようと考えないかなぁ。
ワタシ、一緒にいるのが恥ずかしいくらいだったよ★」
「フェアリーッ! 少しは私たちをフォローしなさいよッ!」
最も聞かれたくない相手に醜聞を聞かれてしまったと頭を抱えるプリムへ
案の定、アンジェラから全く予想そのままの揶揄が飛び、
あまつさえ自分たちを擁護すべき立場にあるはずのフェアリーからは
実も蓋も無い否定的な肯定。
立つ瀬を奪われたプリムの憤激はあらぬ方向へ急カーブを描き、
鬱憤晴らしの蹴りがランディの顎を痛撃した。
「あんたが余計な事言うから、恥かいたじゃないのっ!
なに? あんた、私に何か恨みでもあるわけっ!?」
「そ、そんなんじゃなくて、僕はただ…っ」
「恨みならたくさんあるんじゃないの?
今日だって風呂入る直前…オイラと二人になった途端、
『プリムってさ、僕に将来性の無い男だとかいつも言ってるけど、
自分だってそうじゃんな? 考える頭が無いから、すぐ拳に出るんだろ?
頭使ってる僕よりずっとも将来なんかあったもんじゃないよなー』って」
「言ってないッ! だから、なんでお前はいつもそうやって引っ掻き回すんだよッ!?」
「だって事実じゃん」
「じ、事実なもんかよっ!!」
「そ〜いや、脱衣所から『今夜あたり誰が一番偉いのか教えてやるかッ!』とか
聞こえてきたけど、なんだ、あれ、お前だったん」
「―――なッ!? ちょ………ッ!?」
火に油を注ぐポポイの(悪意バリバリな)イタズラへ
ホークアイからも(悪意バリバリな)援護射撃が添えられた事によって
プリムの怒りとランディの恐怖は臨界点を突破し、
その夜、温泉宿に、ヤクザも怯え、赤子も泣いてひきつけを起こす、
この世のありとあらゆる悲劇と絶望を全て集めたような断末魔の絶叫が木霊した。
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