遥かに高く、圧し掛かるようにそびえる氷壁の回廊は、
まるで水晶細工のように美しく、見る者の瞳を引き寄せて離さないが、
これこそ、この遺窟の最大の罠であり、美しさに魅入られた愚か者は、
氷壁の影に息を潜めるモンスターによって命を散らせる事になるのだ。
加えて防寒具を備えていても身に沁みてくる、痛烈なまでの冷気。
長い氷壁の遺窟を散策するだけでも体力を激しく消耗させる冷気が
傷付いた身体を容赦なく蝕んでいく。
そうなってしまえば、生き残る希望の芽は極めて薄い。
【極光霧繭】―――それが、美しさの裏側に【死】を宿す魔窟の名前である。


「手を組むなら組むで最初から言えばいいじゃねぇか。
 顔に青アザ作ってまで取り繕うプライドかよ…」
「僕は最初からそのつもりだったんですけど………痛てて………」


気を付けていなければ足を取られて転倒してしまう凍て付きの路面を
一行は吐く息荒く、白く、一歩一歩着実に踏みしめていた。
靴底にスパイクと似た形の小道具『アイゼン』を嵌め込んでいるので、
歩くたびにギシギシと歯を突き立てる砕氷音が鳴る。
その砕氷音が、デュランとランディ、双方のリーダーを先頭に
氷の洞窟内でアンサンブルを奏でていた。
2つのチーム合同でこの【極光霧繭】へ挑む事が昨夜のミーティングで決定したのだ。


『ま、俺のナビゲートが無ければ、こうして到達する事はできなかったろうがな』
「助かったわ、ヴィクター。
 あんたのナビが無ければ、場所がわからず引き返すなんてみっともない恰好を
 晒していたかもしれないわ」
『………貴様、アンジェラ…、俺には礼の一つも無いのかッ』
「いちいち皮肉ばっかのヘンクツ者に、何を感謝しろっていうのよ」
「てゆーか、遠まわしに私たちを皮肉るの、やめてくれないかしらっ」


ただでさえかしましい一行へ、【モバイル】と呼ばれる魔晶石を介して、
ブライアンとヴィクターが更なるメロディを提供した。
【モバイル】とは、互換性のある水晶同士を連結し、
遠方にいながら相手の水晶へ自分の声と姿を伝達できるマジック・アイテムだ。
かなり高価な希少品だが、出発の際にヴィクターから手渡され、
【極光霧繭】までの道中をナビゲートしてもらっていた。
これによって、フラミーをもってしても万年雪の妨げで所在地を確認できずに
あえなく引き返した【ジェマの騎士】チームと同じ轍を踏む事なく目的地へ到達できたのだが、
そうした結果を見越して同盟を申し出たものの、やはり蟠りがあるのだろう、
昨夜からずっとプリムの眉間に刻まれたままの皺は深い。


「なんかさ、お前ら、伝説の英雄の継承者ってワリに隙だらけだよな。
 こないだの小競り合いの時だって、そりゃこっちは魔法で援護受けてたけど、
 正直、お前らより腕の立つ連中、何人も知ってるぜ?」
「………あの時はもう、正直、防ぐだけで精一杯でしたよ………」
「【ジェマの騎士】ってくらいだから、
 俺らなんか足元にも及ばないような腕前と思ってたのに、
 なんだかんだ言って互角に張り合えたからな。拍子抜けっつーか………」
「しょ〜がないんじゃない? 土台がどうしようもない味噌ッカスなんだからサ★
 死ぬ気で努力して、ようやく凡人レベルなんだもん。
 選んだ方としちゃたまんないよね〜。まじで人選ミスったと後悔してるもん」
「………【女神】の後継者が、コブラよりも危ねぇ猛毒吐き散らすもんだとも
 俺は思わなかったけどな」
「いっやぁ〜★
 ウソ八百を並べたら【女神】として大問題だけど、事実なんだから認めざるをえないっしょ。
 実際、ヒヨッコの自分にウジウジして、ちっとも前向きにならないような
 ゴミ溜めにくれてやる同情なんかないし★
 そろそろね、グジョグジョの土塊に戻して捏ね直してやろうかって考えてるくらいだもん。
 いっぺん人生終われば、ちっとはまともになって戻ってくるでしょ。
 保証は一切しないけど★」


以前から感じていた些細な、けれど的を射たデュランからの疑問に
言葉を失ってしまったランディの図星を、これまたフェアリーが全面的に肯定した。


「フェアリーの猛毒はともかく………半人前なのは自覚してます。
 今だって【聖剣】の力に頼ってばかりで、デュランさんと刃を交えた時だって、
 もしも普通の剣だったら間違いなく負けてましたよ。
 そもそも【聖剣】を…この【エクセルシス】を手に入れたのだって偶然だし…」
「へぇ…、絵に描いたような立身出世物語じゃねぇか」
「茶化さないでくださいよ………」


多分に我流混じりではあるが、デュランとて剣の道を志す者だ。
そしてその頂点に立つ【ジェマの騎士】は、剣士にとって永遠の憧れである。
困惑した表情でボソボソと自分のルーツを語るランディの横顔へ
気取られないようにチラチラと羨望の眼差しを向けていた。


「故郷の村の近くに大きな滝があるんですが、そこで見つけた台座から、
 たまたまこの【聖剣】を引き抜いてしまって…そこからですよ。
 フェアリーに取り憑かれるわ、『世界の未来を救え』なんて託されるわ…」
「この上ない名誉じゃないの。何千何万の人間の中から選ばれたのよ?」
「名誉って言うか………。
 今はこうして旅しながら世直しみたいな事やってますけど、
 それだって成り行きみたいなもんだし………」


貧相な着衣相応に質素な生活をしてきた上に、剣を志してもいなかったランディには、
英雄願望も【ジェマの騎士】への憧れも無く、
ただ【エクセルシス】を抜いたというだけで英雄を“押し付けられた”という意識が大きい。
成り行きに流される困惑は、どうやら今になっても続いているようだ。


「世界を救うなんて、漠然としていて掴みどころの無い目的のために
 自分の命を懸けられるか、………正直、わからないんです」


望んでもいない、押し付けられた使命のために命を捧げろと言われて、
思春期を抜け切ってもいない少年がそれを甘受できるとは思えない。
自分ならゴメンだ、ともデュランは思った―――が、


「でもよ、その流れに身を任せる選択をしたのは、他ならねぇお前自身だろ?
 だったら、それは成り行きじゃなく、立派なお前の意志じゃねぇか」
「え………っ」


同時にこうも考える。


「俺は【ジェマの騎士】じゃねぇし、その器でもねぇから、
 悟ったような事は言えねぇけどよ、
 “自分の意志を通す”って意味は解ってるつもりだぜ?」
「“自分の意志を通す”………ですか」
「きっかけは成り行きでも、今、こうして俺の前にいるお前は、
 自分で選択して、世直しの旅を続けてるんだろ。
 本当にイヤなら、途中で放り出してる。違うか?」
「………………………」
「投げ出さずにいる自分、きちんと選択できた路だけは疑ってやるなよ?
 そいつを疑っちまったら、いつまで経っても強くはなれねぇぜ」
「………そんな風に考えた事、今までありませんでした………」
「やめてくれよ、そんな『感銘受けたー!』みたいな顔。
 説教なんて、ホントは俺のガラじゃねぇんだからさ」
「うわ、クサッ! さっすが“歩く桃色リビドー”だけあるね。
 言うことがいちいち生ゴミ臭いんだよ★」
「………どんな言われようだよ。ていうか、なんだ、その“桃色リビドー”っつーのは!?」
「見たまんまじゃん★
 ―――え、まさか自覚ナシ? 一から十までワタシにくどくど説明しろって?
 わ、ウザッ! ウザっていうか、キショッ!! 存在がグロいね、キミッ!!
 この世に塵一つ残さず、レゾンデートル・レベルで死ね★」
「………もういい。頼むからてめぇは黙れ」






(………“自分の意思”を通す………考えたコトも無かったな………)






頭でっかちな迷いにはまり込んでいたランディにアドバイスを送るデュランは、
どうやら完全に気分を入れ替えられたらしい。
だとするならマサルのお陰だが、そのマサルは「仕事があるから」と
今回の合同チームとは別行動を取っている。


「えっ!? それじゃリースは【ローラント】の生き残りなのっ!?」


デュランとランディの談話に続いて、
今度は彼らの後方…リース、アンジェラ、プリムのグループから素っ頓狂な声が上がった。
驚くリースとアンジェラを交互に見比べるのは、絶叫した本人、プリムである。


「なのに、よくアンジェラとチームを組んで旅なんかできるわね………」
「ちょっと、それ、どういう意味よッ!?」


実も蓋も無いプリムの物言いを受けて、アンジェラのこめかみに青筋が走った。
主文を省いていきなり結論を、それも不躾極まりない物言いで突きつけられれば、
誰だって頭に来るというものだ。
そんな、言わんとしている意味を察しないアンジェラのお腹立ちを見たプリムが、
逆に頭を振って呆れの溜息を吐き捨てた。


「懇切丁寧に説明しなくても、意味ならわかるでしょう?
 【アルテナ】なんて、言ってみれば【ローラント】にとって不倶戴天の大敵じゃない。
 恨みこそすれ、馴れ合うなんて、とてもできないと思うけれど?」
「そっ、そんな事ありません。
 過去の傷跡をいつまでも恨みに思っていては、人は前に進めませんし、
 なにより、アンジェラにはとてもよくして頂いています。
 私にとって、大事な親友です」
「………リース………」
「実に立派な考えだけれど、
 そうした平和主義は、【アルテナ】にとって何ら為になる思想ではないわね」
「な………っ」
「【社会悪】を糾弾する毅然たる姿勢を折ってしまえば、
 黒い歴史は繰り返し、腐敗はのさばるばかりよ。
 平和主義は結構だけど、私にしてみれば、それは負け犬の尻尾振りでしかないわ」


誰が耳にしても安らげるリースの慈愛をもプリムは果断する。
あまりにつっけんどんな否定ではあるが、こうした意見が【社会】に多いのも事実だ。
【アルテナ】を民主社会へ寄生する【社会悪】と見なす運動も決して小さくは無く、
そうした思想が昂じて、【ローラント】の叛乱も、【パンドーラの玄日】も勃発したのだ。


「………例えば私は【パンドーラ】の出身者だけど、
 富裕層には忌むべき事件とされる【サミット】襲撃事件には最大限の拍手を送るわ。
 民よりも官…支配階級ばかりを優遇する首脳陣には死罰を将て当然とも考える」
「………………………」
「なぜならそれは、腐敗した【社会】と官への宣戦布告であったから。
 ありふれた日常に惰眠を貪る浅はかな民を目覚めさせる号砲だったから。
 ………アンジェラ、貴女、今、私の事をタカ派とか過激派とか見なしているでしょう?」
「あっ、当たり前じゃない………あんたの思想、ちょっと度が過ぎてるわよ………。
 【ジェマの騎士】なら、もっと正々堂々と………」
「英雄が罰するべきが、必ずしも得体の知れない魔王とは限らないわ。
 悪の枢軸が【社会】にあるなら、私たちはそれを破壊する………【社会悪】と後ろ指さされてもね。
 それくらいの覚悟と信念をもって、私はこの戦場に立っているのよ。
 平和主義だけが、世界に明るい日差しをもたらす風ではないからね」
「………………………」


軍服がプリムへ怖いくらいにフィットしているのは、
彼女の肢体がしなやかに伸びているからばかりでは無かった。
一つ間違えばテロリズムとして裁断され兼ねない程の苛烈な信念を掲げ、
世界の平和を脅かす悪との戦いを決意しているから、戦う人間だからこそ、
凛然たる彼女と軍服の取り合わせが映えるのだ。


「ランディは例外として…、ポポイだって私と同じよ」


プリムに促されるがままに、彼女の人差し指の先へ視線を送ると、
そこでは、ポポイとケヴィン、ホークアイの脳内子供トリオが
氷壁にこびり付いた霜を丸く固め、それをぶつけ合って遊んでいた。


「シャルロットだったかしら、貴方たちのチームにも一人いるけど、
 ポポイもエルフの血族なのよ。…こちらはハーフでなく純血だけれどね。
 ………あの子がどうして私たちと行動を共にしているか、わかるかしら?
「昨日今日出くわしたばかりの人間のコトなんて、わかるわけないじゃない」
「それじゃヒント。
 エルフと人間の親交は現在の【イシュタリアス】で行われているか、否か」
「いません…よね。シャルロットやルカ様を除いては…」
「一説には、あまりに価値観の異なる人間との軋轢に耐えかねた、とも言われているわ。
 …もちろん真偽までは私も知らないし、そんな大昔の遺恨、ポポイ自身も知らない。
 けれど、互いの行き来が断絶されているのは紛れも無い事実よね。
 ―――ここまで説明したのだから、
 輪郭だけでも描いてもらえるとありがたいのだけど」
「あっ、もしかして………」


断片的なヒントから答えを割り出そうと、俯いて推理に耽っていたリースの頭が、
バネで弾かれたように跳ね上げられた。
点と線が繋がったのか、プリムへ向けられた顔へ浮かぶのは確信めいた表情だ。


「わかったの、リース?」
「ええ、おぼろげながら………。
 もしかしてポポイ君は、人間とエルフの親交を復元させるために………」
「―――正解よ。あの子はエルフの代表として【ジェマの騎士】へ参加し、
 私たちと共に悪の温床と戦っている…そうする事で、
 ヒトとエルフの間に深まった溝が埋まると信じて、ね。
 誰にも望まれない戦いへ、あの子は自ら選択して挑んでいるのよ」
「………みんな………」
「え?」
「………みんな、何かを背負って戦いの場に立っているのね………」


ポポイやプリムの“信念ある戦い”に、容認こそできないまでもリースは感銘を受け、
アンジェラは密かにショックを受けていた。
傍若無人な態度と戦い方という点において、プリムと自分は似た者同士と重ねていたが、
それは大きな勘違いで、傍若無人とも言える振る舞いやスタンスの背後には、
悪と詰られる事も厭わない確固たる信念と決意が根ざしていた。






(プリムだけじゃない―――)






ともすればプリムの生き様は、傍若無人とは一線を画している。自分とは違う。
自分とそう年齢も変わらない筈なのに妙に大人びたプリムと比べてどうだ。
目の前の、それも自分にとって都合の悪い理不尽に対してしか暴威を発揮していない。






(リースだって、シャルだって、ちゃんと目的を持って生きてるのに、あたしは―――)






信念のもとの暴威と、子供じみた暴威とでは、大きすぎる隔たりがあった。
似た者同士と重ねていたからこそ、痛感した隔たりの大きさに、
心を傾がせるほどのショックを受けてしまったのだ。






(あたしには何も無い………信念どころか、てんで空っぽ………)






『なにをそんなに不貞腐れているのだ。
 やめとけ、ブスが余計にブスになるぞ』


立ち止まってしまったアンジェラの懐から、男性の声が聞こえてきた。
正確には【モバイル】を通して、水晶の向こう側からブライアンが話しかけてきたのだ。
“話しかける”と定義するには、やや悪辣な言葉遣いだが。


「………アンタね………少しは空気読みなさいよ………。
 ………アンタの軽口に付き合う気分じゃないのよ、今は………」
『それはそっちの都合だろ。俺は俺の都合でしか動かないからな』
「………ちょっとヴィクター、このバカ、どっかにやってよ」
『ヴィクターは席を外していていないぞ。
 かく言う俺も、もう出なければならないのだがな』
「………だったらさっさと行っちゃいなさいよ、ばか………」
『そうも行かないな。
 お前のブサイク面を見てしまった以上、からかわなければ俺じゃない』
「………アンタねぇ………」
『―――答えなど探すな』
「へ………っ?」


誰にも声をかけられたくない失意を読まず、ずけずけと悪言を並べてくる不届き者から
不意に発せられた真摯な言葉に、通信を強制終了しようとしていたアンジェラは
思わず水晶石を覗き込んだ。
そこには、腕組みしてシニカルに口元を歪めるいつものポーズを決めるブライアン。
滑稽なくらいに普段と変わらない姿のブライアンがそこにいた。


『ただでさえ頭が大変よろしくできちゃいないんだ。
 考えれば考えるだけ、お前は答えから遠ざかる。
 それなら答えを求めず、まずは流れに身を任せてみろ。
 そうして初めて見えてくる事があるだろうが』
「………ブライアン、もしかして、アタシを慰―――」
『―――そんなわけがあるか。
 お前は猪だとバカにしてやっているだけだ』
「なにそれ、ばかみたい………」
『だからバカはお前だと言ってるだろうが。
 バカでグズでノロマなドン亀だ、昔から、な』
「てゆーか、女の子の会話を盗み聞きするなんて、趣味悪過ぎね。
 そんなだからモテないのよ?」
『耳を塞いでいても聞こえてくるバカ声で喋るお前の自業自得だ。
 それ見ろ、頭が悪いから、責任をすぐに他人へ擦り付ける』
「うっさいっ」


人を小馬鹿にしたような言い回しも、嘲笑まじりの息遣いも、
いつもは腹立たしくて仕方が無い筈なのに、
なぜか今日ばかりは落胆の心へ優しく響く。響いて、前を向かせてくれる。


『あれ、ブライアン? アンジェラと話をしてたのか?
 …え? あれ? ちょ…おい、なんだよ、何か言っていけよなぁ』


その時、水晶の向こう側…ブライアンのいる部屋からドアの開く音が聴こえ、
それと同時にブライアンの姿が【モバイル】から消えてしまった。
代わりに登場したのは、それまで席を外していたヴィクターだ。


『あ? アンジェラ…じゃない、姫様?
 またブライアンの奴に難癖つけられていたのですか?』
「………遅かったじゃない、ヴィクター。
 あんたがいなかったせいで、あのバカに一杯食わされちゃったじゃないの」
『は? えぇっと………よく飲み込めませんが、ひとまず、すみませんでした』
「ホントよっ! うちのチームにもデリカシーに欠ける男がいるけど、
 あいつはそれ以上っ! 次に会ったら一発決めてやらなきゃ気が治まらないわっ!」
『………? 姫様? 顔、赤くないですか?』
「なッ、無いわよ、赤くなんてッ! も、もう通信切るからねッ!」
『あッ? ちょ、ちょっと待ってください、
 【極光霧繭】についてまだ話が―――』


慌てるヴィクターの言葉を最後まで聞かず、【モバイル】を強引にポケットへ押し込む。
触れられたくない部分をヴィクターに突かれて肝を冷やしたアンジェラは、
大きな、とても大きな安堵の溜息をついた。熱に火照った頬を鎮めるために。


「えんきょりれんあいもらくじゃないみたいでちねぇ?」
「―――ひぇっ!?」


なんとかヴィクターを躱す事はできたものの、
「がきのおもりなんてまっぴらでち」と三つのグループから離れて殿に控えていた
シャルロットにはばっちりと観察されていたらしく、振り向くとイヤらしいまでのしたり顔。
途端にアンジェラの顔が焼け石のよりも熱く瞬間加熱される。


「ま、ほれたはれたはわかさのとっけんでちから、
 いまのうちにどんどんけいけんするのがきちでち。
 だれしもそうやっておんなをみがいていくんでちからね」
「………べ、べべべべべべ別にブライアンとあたしは何もももももももッ」
「ひぇっひぇっひぇ…かたるにおちてるでちよ。
 そのへんのこいばなは、あとでゆっくりぐちぐちほじくるとちて、
 いまはめのまえのあくしでんとのくりあーにめをむけるときみたいでちよ」
「アクシデント? ………――――――ッ!?」


―――一行の前に立ちはだかる氷壁へ無数の亀裂が走っては砕け、
耳を劈く轟音と共に恐るべき氷魔が姿を現した。













「【グラスフィア・ハガー】ッ!! ここまで巨大なのは初めて見るぜッ!!」
「私たちはもっと大きいヤツに遭遇した事があるわっ!
 あれは亀の甲羅島での冒険で―――」
「張り合ってる場合じゃないだろ、プリムっ! 今は互いに全力を尽くす時だっ!」


氷壁を砕いて現れたのは、巨大な蟹タイプのモンスター、【グラスフィア・ハガー】。
全身青みがかった、30メートル近い巨体をうねらせ、両腕のハサミは鉄塊すら紙のように切り刻む。
重量級の氷魔を前に、合同チームが一斉に戦闘体勢に移った。


「うおおっ!? あぶねぇッ!?」
「一振りでも直撃を被れば危険ですっ! まずは魔法で援護をっ!」


眠りを妨げた不届き者を殲滅せんと横薙ぎに繰り出されるハサミの猛攻が
周囲の氷壁を破砕し、その破片がツララとなって一行へ降り注ぐ。
油断なく備えていたシャルロットがまず【フレアー】でツララの速度を減殺し、
続けてアンジェラお得意の【エノラ・ゲイ】が瞬時に蒸発させる。
ツララを一瞬にして気化させた【エノラ・ゲイ】は、そのままグラスフィア・ハガーめがけて羽撃き、
氷の結晶を思わせる甲羅を灼熱の劫火で包み込んだ。


「やったっ!?」
「まだでちっ! だめーじがあったかもうたがわしいほど、
 こいつのこうらはかたいでちっ!」
「だったら、こいつで、どうだァッ!!」
「決めたれ、ケヴィンッ!
 必殺の【ナイフエッジ・ブロードソニック・バーチカライザー】をォッ!!」


全身を小刻みに震わせる事で燃え盛る炎を散らしたグラスフィア・ハガーへ
ケヴィンの手刀が振り下ろされた。
常人の力ならば、打ち込んだ方が拳を壊してしまいそうな技だが、そこは獣人の身体能力だ。
超速で振り下ろされた手刀は周囲の真空を巻き込み、
すさまじく鋭利な刃となってグラスフィア・ハガーの甲羅を断裂する。


「そしたら次は俺の出番さッ!」


激痛にのたうつグラスフィア・ハガーが反撃のハサミをケヴィンへ振り下ろすも、
ホークアイの秘術の方が数段速い。
ケヴィンの影から現れた―【影抜け】と呼ばれる忍術だ―ホークアイは彼を抱えたまま、
今度は自分の影へ潜ってハサミを回避し、後方へ控えるランディの影を抜け穴に飛び出した。
見事なヒット・アンド・アウェイの連携に、今度はデュランとリースが続く。


「デュラン、上向かないでくださいねっ!」
「だから練習中から何度も言ってんだろッ!? お前のスカートを覗く趣味なんか無ぇッ!」
「そうやって頭ごなしに否定されると乙女心が傷つきます………」
「ああ、そうかよッ! なにせ俺はデリカシーに欠けてるからなッ!!」


振りかぶられたツヴァイハンダーの上にリースが飛び乗り、デュランはそのままフルスイング、
弓で弾かれた矢のような速度で彼女を上空へ跳ね上げた。
リースの射出を確認すると、そのままグラスフィア・ハガーへ駆け寄り、
初撃に生じた遠心力を加えての横一文字で真正面から薙ぎ払った。


「合わせるには絶好のタイミングだぜッ!!」
「このまま行きますッ! ―――【クロスクラッシュ】ッ!!」


剛力による重撃で傾いだグラスフィア・ハガーの甲羅へ
一直線に急降下してきたリースの銀槍が深々と突き立てられ、
更に予め穂先へ宿らせていた【ペネトレイト】の魔法が体内で直接炸裂する。
鋼鉄をも凌ぐ甲殻を備えた氷魔と言えど、内部から破壊されては一たまりもあるまい。


「うっへぇ〜! カッチョイイじゃん、今のっ!
 ケヴィン、あれは何て技なんだっ?」
「あれ、師匠とリースがこの間練習してた、連携技、【クロスクラッシュ】!
 実戦で見るの、オイラも初めてだけど、すごい、完璧に決まった!」
「おいおい、ポポイ。俺とケヴィンの連携だってイカしてたろ?」
「うん、ド派手なケヴィンと地味な役回りのホークの兄ちゃんのコントラストが
 ステキに無敵だったよッ!」
「あれ〜、全っ然褒めてないよな、ソレ」
「魔法よりも直接攻撃のが効きやすいみたいだなッ」
「果たして…そうでしょうか…」


痛恨なダメージにもがくグラスフィア・ハガーの射程圏内から
離脱してきたデュランとリースをランディが出迎えるが、
こちらの優勢が明白にも関わらず、なぜか表情が硬い。


「亀の甲羅島で別のグラスフィア・ハガーと交戦した際は―――」
「えっ? お、おい! デュラン、あれってまさか………!」


トドメに入ろうとしていた『チーム・デュラン』の表情が一変した。
のたうつグラスフィア・ハガーが苦し紛れに口から噴き出した泡が傷付いた甲羅へ付着し、
なんとその損傷をみるみる内に回復していくではないか。
これではせっかく決まった連携技も、文字通り水泡に帰してしまう。


「―――この再生能力に手を焼かされたんです」
「そういう事は早く言えよッ!!」


「遅ェよ」とデュランに文句を浴びせられるランディの横顔は、
ポポイに玩ばれ、プリムに尻を叩かれる、まるで英雄という形容詞からかけ離れた、
情けない男代表のそれでは無かった。


「おッ、調子出てきたねぇ、ランディの兄ちゃんッ!」
「プリム、【ハヴォック(貪欲なる大地の震牙)】の魔法を頼む。
 氷魔の足元を砕き、まずはヤツを水没させる。
 ポポイは【プラズマシューター】で円形結界を。
 二人とも僕の合図を確認して仕掛けてくれ」
「心得たわ…っ!」
「任せてよッ!」


二人の仲間へ冷静に指示を出していくランディの右手には、
選ばれし者のみが携える事を許される【聖剣・エクセルシス】。
ファースト・インプレッションの情けない姿がずっと尾を引き、
これまで不釣合いと思われてきたが、今、この場のランディは、
紛れも無い【聖剣】の持ち主としての気迫・オーラに満ちていた。


「さァて、これから本領発揮するよ、【ジェマの騎士】として私が認めた“THEダメんず”は★」
「フェアリー…」
「キミたちの連携技も見事だったけど、本当の戦上手はもっともっと高次元。
 それをキミたちはこれからいやってほど目の当たりにする。
 自分たちがどんだけ低い次元の雑魚だったか思い知る―――」


機を待ち静かに瞑目していたランディは、やがて【聖剣・エクセルシス】を高くに翳し、
開眼と共に一気に振り下ろした。
「いざッ!!」という裂帛の号令と共に。


「―――これがッ、【英雄】の戦いッ!!」


それが合図だった。
地の精霊【ノーム】の力を借りたプリムが【ハヴォック】の魔法を発動すると、
【極光霧繭】へ局地的な烈震が走り、グラスフィア・ハガーの足元…氷の床が大規模な陥落を起こした。
砕かれた足の下は、指先一本でも入れればショック死してしまう程に凍て付いた湖である。
瓦礫と化した床の残骸を重石に、グラスフィア・ハガーは凍結湖へ沈没していった。
しかし、これで終わったわけではない。
氷魔を湖の冷気でもって制するつもりなど、ランディにはさらさら無い。


「ポポイ、【プラズマシューター】を!」
「言われなくたってもう射ってるさァッ!!」


風の精霊【ジン】が形成した帯電性魔弾のターゲットは本体ではなく、
かのモンスターが沈められた凍結湖…グラスフィア・ハガーを取り囲むように、
湖の四方八方へ電撃弾が打ち込まれた。
合計八本もの電撃弾が湖へ着水した瞬間、ありえない光景がデュランたちの眼に飛び込んできた。


「雷が…逆流したッ!?」


としか表現のしようが無い現象が巻き起こったのだ。
円状に着水した八本の電撃弾がそれぞれ共鳴・誘爆し、すさまじい炸裂を引き起こした。
しかも、電気を通す水中での炸裂だ。
空気中よりも密接に衝突する電撃の威力は想像を絶して増幅される。
極限まで高められた電撃は天を仰いで逆巻き、堅牢な甲羅ごとグラスフィア・ハガーを
塵一つ残さず消滅させた。


「ま、まじかよ…【クロスクラッシュ】でも仕留められなかったってのに、
 たった三人でぶっちぎっちまったよ、こいつら…」


英雄“半人前”ゆえに自分たちと戦闘力に大差無い筈の【ジェマの騎士】が見せた、
鮮烈で華麗な戦略には、呟くホークアイだけでなく、『チーム・デュラン』の誰もが息を呑む。


「キミたちは『バトル』…直接戦闘には滅法強いよ。それは認めたげる。
 でも、本当の【戦】は『バトル』の感覚だけでは決して勝ち抜けない。
 そこ行くと、ワタシんトコの持ち駒は『タクティクス』…つまり兵法・戦略が十八番★
 個人個人の能力を計算した上で、ローリスク・アンド・ハイリターンを常に発想できる。
 するとホラ、ご覧の通り、能力にはギャップの少ないキミたちじゃ
 とても真似できないようなパワーが爆発するってわけ★
 ―――どう? どう? ビビッた? むしろ、チビッた?
 失禁するのもやむナシだよね★ 自分たちの戦いがまるで盤上のお遊びみたいに思えてくるんだもん。
 あっはっは★ いいよ、いいよ、死ぬほど悔しがっても★
 人間には絶対超えられない壁があるって思い知って、地べたに額擦り付けて敬うんだね★」


そんな一行を見るフェアリーは(自分では何もしていないクセに)得意満面の様子だ。


「………なあ、もしかしてこの間の落盤攻撃もお前の発案なのか?」
「え? あッ! あ、あの時はすみませんでした…。
 もともとは対ドラゴン用に思いついた作戦だったのですけど、
 プリムとポポイが勝手に使っちゃって………」
「いや、それはいいんだけどよ………」


アグレッシブな二人が直接手を下したとはいえ、
生き埋め攻撃を発案したのは他でもないランディだ。
その事実が後ろめたく、バツが悪そうに苦笑するランディに、
デュランは引きつり笑いで返すのが精一杯だった。


「僕、プリムやポポイのような信念とか、まだ見つかってないから、
 せめて戦いでだけは足手まといになりたくなくって………。
 それで、一生懸命頭捻ってる内に、なんか、こう閃きみたいなものが」
「………身についたってわけか」


個人個人は未熟でも、トータルで包括すれば【ジェマの騎士】を名乗るに相応しい、
自分たちのチームでは到底真似できない、圧倒的な戦闘力だった。
そして、それを引き出す采配を備えたランディも、フェアリーに選ばれただけの才覚はある。


「絆が生み出す閃光の螺旋か………それもまた美しき芸術だな」
「――――――ッ!?」


グラスフィア・ハガーが這い出た向こう側…砕けた氷壁の先には、
周囲を銀に染めて煌く輝石を奉じた祭壇が設えられており、
その前には、病的なまでに色白で、耽美な佇まいを醸造させる黒マントの男。
―――マントの胸元には、リースが憎悪してやまない【トリコロール】を意匠化されている。
氷魔の打倒へ賛辞を送りながら声をかけてきたのは、この男である。


「貴様はァ――――――ッ!!」
「覚えておいででしたか、【太母】様。
 それ以外の方々には、お初にお目にかかりますね…」


誰よりも早く反応を示したのは、やはりリースだ…が、
同じ【トリコロール】を目の当たりにした【インビンジブル】の時とは
明らかに様子が違う。


「リース、まさかこいつが………」
「そうです…ッ! 私からエリオットをッ、ライザを奪った怨敵ッ!!
 ………許されざる者どもの片割れッ!!」
「【あの者たち】ってヤツかッ!
 やっぱり俺に誘拐を依頼したクライアントとは違うみたいだな…!」


千億の憎悪を叩きつけても足りない怨敵を前にして、
今にも飛び込みそうなリースをデュランがなんとか押さえ込む。
重量級モンスターとの戦いに集中していたとは言え、
自分たちの誰一人にも全く気配を感じさせなかった男だ。
何より、【イーサネット】の秘術をも備えるリースの師匠、ライザを斃している。
しゃにむに攻め入ったところで勝てる見込みは薄い。
それを過去の傷痕で痛感しているからこそ、リースも、
デュランの制止を振り切ってまで突貫する事は無かった。


「【あの者たち】…などという凡庸な形容は今日までにしていただこうか。
 我らがまことの名は【三界同盟】。
 これより進化の袋小路へ迷い込みし貴様ら大衆(ブタ)を支配する、
 高潔なる【共産】の血盟である。
 ―――心に、魂に、新たな統率者の名を刻み込むが良い」






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