「三界………」
「………同盟?」


【三界同盟】―――生まれて初めて耳にする固有名詞だ。
男の遊説から推察するに、何らかの結社名であるようだが、誰も聞き覚えが無い。


「そして私の名は“邪眼の伯爵”。
 …そういえば、こうして名乗るは、【太母】様にも初めてでしたな」
「名前などどうでも良いッ! エリオットはッ、弟は無事なのですかッ!?」
「弟君は無事ですよ、【太母】様。
 ………まあ、今後の息災は、全ては貴女次第になりますがね」
「【太母】? てめぇ、さっきから何わけわかんねぇ事ぬかしてやがるッ?」
「自分本位で語ってんじゃないわよッ! あんた、国語の成績悪かったでしょッ!?」
「偉そうにしゃしゃり出て遊説垂れるんやったら、
 質疑応答にはきちんと答えて欲しいもんやなッ!」


突然現れては【三界同盟】だの、【太母】だのと、
こちらに理解不明な単語を並べ立てる邪眼の伯爵にデュランの苛立ちが爆発した。
回りくどい喋り口調に腹を立てているのではない。
リースの追及へ何一つ明確な答えを返さない態度に憤っているのだ。
それは『チーム・デュラン』一同が共有する怒りでもある。


「いいだろう。
 低俗で下等な貴様らにも理解し易いように噛み砕くなら、
 ………私とこれから戦っていただく―――という事だ」
「戦った先に何があるのですッ!?
 私もエリオットと同じように、【三界同盟】とやらの早贄とするのですかッ!?」
「戦いの先に在るものは、永劫の福音なる【共産】ですよ、【太―――


―――邪眼の伯爵の言葉を、撓って伸びるプリムの鞭が切り裂いた。
【ジェマの騎士】たちも、『チーム・デュラン』と隣だって臨戦態勢に入っている。


「お前らには関係ねぇッ! これはこっちの問題だッ!」
「そういうワケにもいかないのよ。ねえ、フェアリー?」
「うん…、この男は人間界の天敵が一つ、
 遥か異世界よりの侵略者、【魔族】ッ! このまま捨て置くわけにはいかないねッ!」
「―――【まぞく】ッ!?
 ばんぶつのちょうわをむさぼるげどうのけんぞくじゃないでちかッ!!」


【魔族】と聴いて眉を顰めるシャルロットの本業は神官…聖職者である。
【イシュタリアス】と異なる次元【魔界】からの侵略者【魔族】とは、
人類にとって【イシュタル】が地上に在った神代よりの天敵で、
世界に数多存在する信仰の教義においても、とりわけ【女神】の敵対者と忌まれている。
聖職に就くシャルロットが誰よりも過敏に嫌悪感を表す背景はそこにあった。


「【三界同盟】を支えし柱は、我ら【魔族】のみに非ず…。
 生物の頂点に立つ【竜(ドラゴン)】、冥府に息づく【不死者(イモータル)】との三本柱、
 かの世界の三神が血盟せし絶対の支配者…これぞ我ら【三界同盟】であるッ!!」
「つまりは悪の秘密結社………僕たちが戦うべき相手ッ!!」
「そんな過激派、オイラたちが捨て置くわけにもいかないってね!」
「『悪即滅』のターゲットに、【三界同盟】は大認定よッ!」
「………【ジェマの騎士】…現世に蘇っていたとはな。
 我らが【共産】の妨げとなるであろう忌々しい存在め………」


高らかに宣言する邪眼の伯爵の胸元へ、【聖剣・エクセルシス】の剣尖を向けるランディ。
プリムとポポイも各々武器を構えてそれに続く。
手ごわい【魔族】との戦いにおいて、仲間が大いに越した事は無い。
それが【ジェマの騎士】となれば諸手を挙げての喜びだ。
しかし、エリオットの奪還というリースの目的を原理に動く自分たちとは
根本的な部分で相容れない彼らに、デュランは困惑を隠せない。
もしも彼らがこのまま“邪眼の伯爵”を斃してしまったら、
折角掴みかけたエリオットへの手がかりを失う事になるからだ。
最終目的への手がかりを失うのは望むところではないが、
『悪即滅』を信条とする彼らならやりかねない。


「お、おい、デュラン!」
「安心してください。なんとか生け捕りにしてみせます。
 みなさんはあの【魔族】から聞き出さなければならない事があるのでしょう?
 プリムもポポイもそれくらいの融通は利かせてくれますよ」
「生け捕り…だと?
 フッ………随分と甘く見てくれるじゃないか………」


敵対者が増員されたというにも関わらず、邪眼の伯爵の自信は少しも揺らがない。
己の力量を低く見積もる下等な人間へ嘲笑を飛ばす全身からは
尊大なまでに絶対の自信が滲み出していた。


「―――ならば我が【邪眼】の威力、その身で味わうが良いッ!!」
「ッ!! いけないッ、デュランッ!!」


邪眼の伯爵の瞳が妖しく輝いた瞬間、デュランと奴との間にリースが割って入った。
【邪眼】が発する妖しい輝きはリースへ照射され、
見る間の内にその肉体を硬質な石像へ塗り替えてしまった。


「リースッ!? ………ちくしょうッ、てめぇッ!!」
「【石化能力】ッ!! 師匠、迂闊に、飛び込む、いけないッ!
 リースの、二の舞、なっちゃうッ!」
「…ほぅ、これは望外に面白い展開となったな。
 まさか【太母】様が真っ先に我が【邪眼】に捕まえられるとはな」


石化されたリースを抱きかかえるデュランの肩が爆発しそうな怒りに打ち震える。
ケヴィンが止めていなければ、今すぐにでもツヴァイハンダーで斬りかかり、
最悪の二の轍を踏んでいた事だろう。
それだけデュランの動揺と怒りは凄まじかった。


「今すぐリースを元に戻しやがれッ!!
 さもねぇと、てめぇ、脳髄ブチ撒けるだけじゃすまさねぇぞッ!!」
「ふむ、【太母】様を元の姿へ戻すなどすぐにでも可能だが、
 それではあまりに華がない。この展開に相応しい、愉快な座興を添えねばな」
「聴いてんのかッ、コラァッ!!」
「石の肉体より自由を得た時、従者が惨たらしく殲滅されていては、
 果たして【太母】はどう思うか―――」
「―――――――――ッ!?」


何事かを思いつき、狂気の笑みに口元を歪める伯爵へ怒りを暴発させたデュランは
ついにケヴィンの制止を振り切ってツヴァイハンダーで特攻する―――が………


「―――【トリニティ=マグナ(超神)】へと至る階梯…【憎悪】も
 これによって飛躍する事に間違いあるまい。
 ………フェアリーの加護を受ける貴様には通用せなんだが、
 まあ、石像に八つ裂きのオブジェの加わるだけの事か」


一際眩い妖光が【極光霧繭】を包み込み、その閃きが薄れて現れたのは、
リースと同じように石化させられた一同の彫像。
怒りに顔を歪めたデュランは、ツヴァイハンダーを振りかぶったまま、石化させられていた。


「フェアリー………」
「くっそぅ…っ! あいつの言う通り、ワタシが加護すれば魔族の呪いは防げたけど、
 今のチカラじゃ、キミを護るだけで精一杯だ………」


最後に残ったのはランディとフェアリーの二人だけ。
女神の後継者であるフェアリーの庇護を受けたランディのみが呪いの妖光を跳ね返し、
唯一事なきを得たのだ。


「後は貴様だけだ、【ジェマの騎士】よ。
 …しかし、貴様ひとりに何ができる? 今しがたの戦いを見させていただいたが、
 貴様は高みの見物を決め込むばかりで直接の武勲は何も無い。
 死火山でのこやつらとの戦いの経過も報告を受けているが、
 その折でさえ、貴様はたかが一般人相手に遅れを取ったそうではないか…」
「………………………」
「従者二人が掲げるような、確たる信念も無いそうだな。
 …仲間に依存しなければ独り立つ事もできないような幼虫が、
 果たして私を相手に何秒持つものかな?」
「………………………」
「私を斃さねば、貴様の仲間が命を吹き返す事は無いぞ。
 さあ、どうする?」
「それは、剣を構えた人間へ投げる問いじゃないっ!!」


精神をジクジクと攻め立てる伯爵の呪詛を、
ランディは【聖剣・エクセルシス】の一振りで薙ぎ払った。
デュランのツヴァイハンダーのような重みは無いものの、
斬撃、刺突、柄でのカチ上げ…と次々に巧みな連続技を繰り出していく。
踊るようにランディからの攻撃を躱しながら、未熟、微力となおも伯爵は罵り、嘲る。


「―――それに信念ならあるッ!!」
「使命に命を懸けられぬような弱輩に信念などあるものか」
「成り行きで押し付けられた使命のためなんかに命を捨てられないだけだっ!」
「それが貴様の弱さだろう? それが貴様に信念が宿らぬ証拠だ」
「使命と信念は違うッ!! 全く違うッ!!」


―――邪眼の伯爵も、ランディも、フェアリーすら気付いていない。
輝石が燐光を発し、ランディの吼え声の一つ一つに呼応し、鳴動し始めた事に。
ランディの魂が昂る度に、その燐光が強くなっていく事に。


「使命とは、人から与えられ、それを矜持して保つ指針ッ!
 信念とは、己の心から受け取る、決して折れない勇気ッ!」
「都合のよい詭弁ではないかっ!
 では問おうっ、貴様の信念ッ、折れぬ勇気とは何だッ!?
 私に得心をつかせてみせろ、答えてみせろ、下等種よッ!!」
「誰にも悲しい思いをさせない―――これが僕の信念ッ!!
 決して折れない勇気の刃ッ!!」


燐光が極限に達した時、輝石は祭壇上で弾け飛び、
中空へ散った破片は光の束へと還元されてランディの【聖剣】へと吸い込まれていった。


「な………ッ! これはッ!?」
「お前は知っているか、【パンドーラの玄日】をッ!?
 お前は知らないだろう、人間とエルフの軋轢をッ!!」


光の束は【聖剣】を介してランディの全身を包み込んでいく。
突如として発生した異変と、ランディが纏う光の眩さにたまらず邪眼を伏せる伯爵。
白い闇が、世界の全てを掌握していた。


「多くの人と…初恋の人の命が奪われた悲劇を背負って、
 二度とそんな悲劇を繰り返させない為に戦うプリムの想いッ!
 誰の想い出にも残らないくらいに古びた遺恨を雪ぐため、
 ヒトとエルフが、もう一度手を取り合う日を夢見て頑張るポポイの優しさッ!
 その全てが僕の信念ッ! 依存じゃない、仲間と共に育んだ勇気だッ!!」


白い闇に【聖剣】の一閃が走る。
切り口からは現実の世界がのぞけ、たちまち白い闇の支配は塗り替えられた。


「これは………ッ!」
「どうやら【ペジュタの光珠】で当たりみたいだね、フェアリー」


ようやく現世に戻ってきた邪眼が最初に目の当たりにしたのは、
白熱の甲冑を身に纏う、伝説上の英雄騎士【ジェマの騎士】の威光。
【魔族】が最も忌み、ヒトが最も尊ぶの【英雄】の再来だった。


「へぇ、馬子にも衣装とは言ったもんだな…、なかなか似合ってるじゃねぇか」
「そう? まだまだ鎧に着られている感じだけど?」
「――――――なッ!?」


白熱の甲冑を纏うランディに釘付けとなっていた伯爵は
密かに蠢動する影に全く気付く事ができず、
自分の危地を知ったのは、完全に取り囲まれてからだった。


「ば、莫迦なッ!? 私は石化の呪いを解いてはいないのだぞッ!?
 それなのに、なぜ、貴様らッ!?」
「猿芝居さ、全部」
「な…に?」


進み出たホークアイの説明の意図がわからず、腰砕けに倒れた伯爵は邪眼を瞬かせるばかり。
石化の妖光は確実に眼前の敵を包み込み、心臓の鼓動を停止させたはずだ。
現に彼らの石像は今もこうしてそそり立って―――


「―――こッ、これは………ハリボテだとッ!?」
「攻められる側が常に後手に回ってるとは限らないってワケさ。
 あんたの石化能力はリースから聴いてたからな、事前策を打たせてもらったよ」
「貴方の石化の呪いによってライザは斃されてしまいました。
 …エリオットを求める以上、貴方がたとはいずれ戦う事になったでしょうから………」
「その時に備えてダミー人形を用意しておいたのさ、念には念を入れて、な。
 それくらいの周到さが無けりゃ、『ニンジャシーフ』なんかやってられないんだわ、これが。
 あんたが光を放った瞬間、俺が【影抜け】の術でダミーと本人を超速入れ替えって寸法さ」
「ああ、『のろいをどうやってむこうかしたか』なんてどんくさいしつもんはなしでちよ。
 シャルにかかれば、あんたしゃんらののろいをふうさつするなんて、あさめしまえでちからね」
「ジェ、【ジェマの騎士】の従者はどう説明する? あれは貴様らの郎党では………」
「だから言ったでしょうが、『念には念を入れて』ってさ」


これは、全てホークアイ発案の作戦だった。
過去の襲撃の際、石化能力によって一敗地に塗れたリースの苦い経験を事前に聴いていたホークアイが、
いずれ迎える激突のためにダミー人形と段取りを用意し、それが今日、見事に結実したのだ。
念には念を入れて、との自負通り、【ジェマの騎士】の分も急ごしらえして。
周到に周到を重ねた、ホークアイの知略勝ちだった。


「………謀られたのか、この私が…ッ! 下賎なニンゲンごときに…ッ!!」
「内心ヒヤヒヤもんだったけどな。
 特にケヴィン、お前、演技がわざとらし過ぎだぜ?」
「えへへ、オイラも、ちょっと、失敗したと、思ってた」
「学芸会レベルやったな。
 ケヴィン、もうちょい稽古積まな、銀幕デビューは程遠いで?」


誰が予想できただろう驚天動地の一計に打ちのめされた伯爵を取り囲むのは、
一分の隙も見つけられない刃、槍、鞭、矢尻………。


「形勢逆転だな…これで終わりだ」


逃げ場を失くした邪眼の伯爵へデュランから宣告が下される。
最早、覚悟を決める他無い死地だ…が、そんな情況に置かれていると言うのに、
邪眼の伯爵には少しの怯えも見られない。


「クックック………まんまと担がれたか………。
 ………だが、これしきで勝機を掴んだと思い違いされては心外だな………」
「何強情張ってんの、もうアンタに逃げ場はどこにも無いのよ?
 あたしの火の鳥が飛び出せば、それだけでアンタ、もうオシマイなのよ」
「………………貴様らごときに切り札を使ってしまうのは口惜しいが、
 ………よかろう、私の顔に泥を塗ってくれた返礼として、
 ………復讐として、見せてやろうではないかッ………この私の―――」
「―――そこまでよ…っ」


伯爵の魔力が爆発的に膨れ上がり、嘯く【切り札】がはち切れようとした瞬間、
新たな演者が復讐の舞台へ参入した。


「短慮に散らすほど、貴方の命は安いものではないでしょう?
 ………わきまえなさい」
「イザベラ? なぜ、ここに…ッ?」
「って、あんたはッ!?」


突然の新手の登場に、伯爵とホークアイが揃えて驚きの声を上げた。
フード付のローブを纏ったその人物は、顔貌までは探る事はできないが、
よく通るハスキーな声からすると、どうやら女性らしい。


「こいつだよ、こいつ! リースを誘拐しろって言い寄ってきたのは!」
「…名前で呼ぶからには、どうやらそこの【魔族】のオトモダチのようね…!」
「となれば振る話は一つだ。
 お仲間の命を助けたければ、リースの弟の居場所、教えてもらおうか」
「………交換条件のつもりか、ニンゲンよ。
 駆け引きに適うだけのリターンがこちらには見受けられないが?」
「なに言って――――――ッ!?」


ほんの一瞬だけ、ローブの女性が姿を現した瞬間だけ眼を奪われた一同が、
再び伯爵へ視線を戻した時には、黒いマントの影も形も無く、
遥か後方に感じる気配へ振り返ると、そこには絡まり合う二人の姿。
ほんの数秒の間にも関わらず、一瞬で邪眼の伯爵を回収し、離脱したのだ。


「こ、こいつ…ッ!」
「同じニオイがする…こいつもあのインチキ伯爵同様【魔族】だよッ!!」


ローブの女性から邪眼の伯爵と同じ禍々しい魔力を感じたフェアリーが
【魔族】と断じて差す指の方向へ一陣の風が吹き抜けた。
緩やかな風はリースの銀槍【ピナカ】に宿った【ジン】が放ったものだ。
風は女性の周囲で小さな竜巻を作り、顔を覆い隠すフードを跳ね上げた。


「………やはり、貴女でしたか………ッ!」
「半年にも満たぬ再会だったが、大変に顔つきが変わったようね………【太母】よ」


巻き上げられたフードから現れたのは、やはり胸元へ【トリコロール】を意匠化した、
邪眼の伯爵のパートナーとも言うべき女性魔族、美獣だった。
アークデーモンの面前で見せた幼げな表情は鳴りを潜め、
怜悧な美貌と妖艶な色香を薫らせている。
邪眼の伯爵と美獣…この二人こそ、リースの討つべき恩讐の仇なのだ。


「ホークアイ…と言ったか。
 貴様、私と交わした盟約を反故にしたばかりか、敵側に回るというのか…」
「反故も何もあるもんかよっ!
 よくよく考えりゃ、ジェシカを救える証拠も見せないような、
 胡散臭いあんたの言いなりになってた自分が恥ずかしいくらいだぜ!」
「………浅はかだな。
 守るべき者へ呪いをかけた張本人に向けて放つ言葉としては、実に不適切だ」
「な…んだとッ!?」


かつてホークアイがリースを誘拐しようと襲撃したのは、
奇病に罹った幼馴染みを救うためである。
その奇病を治療し得る秘術を備えた魔術師にけしかけられ、
幾度と無くデュランらと激突したのだが………


「察しの悪い………。
 複雑な部分ばかりに頭が働き、
 肝心で基礎的な部分が御座なりに出来ているようだな。
 それこそニンゲンの限界よ………」
「それじゃ俺は…仇と知らずに、お前らに加担してたって事かよ…!」
「そして、盟約は決裂された。
 ………そうなれば、呪いをかけた人間が取る行動は一つ、だな」
「そんな…まさかッ!!」
「ざけんなッ!! そうそう好き勝手を許してたまるかよッ!!
 ここでてめえをブッた斬って呪いも反故にしてやらぁッ!!」


もたらされた事実の衝撃に、知らぬ内に仇へ加担してしまったショックに、
知略で見せた笑顔を霧散させたホークアイの愕然は計り知れない。
膝を折って崩れ落ちてしまった彼の脇を抜けたデュランが、
美獣めがけてツヴァイハンダーを振り下ろした。


「………力押ししか能が無い。それもまたニンゲンの限界と言えるな」
「クッ! てめッ!!」


力任せの【撃斬】は虚しく空回り、二人が消えた痕跡をなぞるだけだった。
侮蔑混じりに嘲笑する二人の姿は、まさしく忌まれる【魔族】そのもので、
デュランの怒りを、ホークアイの悲愴を激しく掻き毟った。


「―――ハナシは全部聞かせてもらったぜッ!!!!」


直接攻撃は回避されてしまうと睨んだ魔術の使い手たちは
即座に攻撃魔法の詠唱へ入ったが、その集中を無残に吹き飛ばす、
粗暴で無節操で場を空気をまるで読まない大音声が
緊迫の【極光霧繭】いっぱいに轟く。
どこかへ隠れているのか、姿は見えず、けれど、このタイミングで登場できる男を、
デュランたちはたった一人しか知らない。


「最強!烈風正拳突きィィィィィィィィィッ!!!!」


大衆の予想と期待(あるいは不安)を見事にまっとうして、
その男は何の前触れも脈絡も無く分厚い氷の床をブチ破り、
絶対零度の凍結湖から飛び上がってきた。
トレードマークのライダースーツにこびり付いた氷と霜を
気合い一発で吹き飛ばしたその男は、誰を隠そうマサルその人だ。
相変わらず(色々な意味で)常識を覆してくれる奇人ぶりを、
初対面の【魔族】へ早くも叩き付けれくれる。


「凍結湖から………這い上がってきたのか、たかがニンゲンがッ!?」
「貴様は、マサル・フランカー・タカマガハラッ!?
 今まで何をしていたッ!?
 貴様には【極光霧繭】でこの者たちを迎え撃てと依頼していた筈だぞッ!?」
「どっちのクエスチョンにもダブルでイコールその通りッ!!」


さすがマサルの真骨頂と言ったところか。
あれだけシリアスに盛り上げてくれた【魔族】二人もあっけに取られ、
今日のトップトピックスになるだろう、ランディの【ジェマの騎士】への覚醒も
取って食ってしまうかの無節操っぷりが爆裂(暴発)した。


「どうにもキナ臭ェと思って様子を窺ってたんだ。
 そしたらドンピシャ、お前ら、リースとホークの仇だそうじゃねぇかッ!
 しかもそんな傷付いたダチを俺に攻撃しろだぁッ!?
 ふざけんのはお前らのイタい雰囲気だけにしときやがれってんだッ!!」
「なッ…わ、我らのどこが痛々しいと―――」
「ゴチャゴチャうるせぇッ!!!! てめえらまとめてお仕置きだッ!!!!」
「―――やべぇッ!! あのバカ、あの技使うつもりだッ!!」
「あの技って、もしかして、こないだ、出なかった、ナントカ割り?」
「イエス・オフコースだッ、ケヴィンッ!! 俺の生き様、しっかり見ていろよッ!!
 ―――ッくぜェッ!! 超激怒岩バン割りィィィィィィィィィィッ!!!!」
「バッ、バカッ!! よせッ、やめろッ、マサルッ!!」


不発時と全く同じモーションで構えた拳を地面へ突きたてたマサルを中心に
凄まじい激震と衝撃波が荒れ狂い、氷壁を、天井を、
【極光霧繭】をメチャクチャに破壊していく。
マサルの存在そのものを飲み込む猶予も用意されなかった二人の【魔族】は、
唖然と呆ける間に崩落と瓦礫の洗礼に飲み込まれてしまった。
無論、超激怒岩バン割りの直撃を受けたのは【魔族】だけではない。
「逃げろッ!」と避難勧告を出したデュランとその仲間たちもろとも、
【極光霧繭】は大崩落を起こし、一日の内に地図上からその形跡を消す事となった。






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