「ちっ! やっぱりな………ッ!!」


ホークアイが思い当たったフシは正解だった。
正体までは判然としないが、明らかにこの香気は毒気を含んでおり、
吸い込めば人体へ悪影響を及ぼすと判断したホークアイは
即座にスカーフで口元、鼻先を覆った為、辛うじて難を逃れていた。


「オヤジッ! ニンジャシーフの頭目だったら気合いで目ぇ覚ませッ!
 それじゃ下に付く部下に示しがつかないぞッ!」
「目なら覚めとるわッ! …ただ、身体が言うことを利かんッ!
 う、腕が勝手に刃を、足が俺の意思と関係なく…お前を狙って動いているのだッ!」
「だから気合いでなんとかつって―――って、うおぉッ!?」


毒の正体は運動神経を錯乱させる類の物らしい。
全身から汗を噴き出させて不自由に抗うフレイムカーンの身体を蝕む毒は、
ホークアイへシャムシールを振り落とせと全身の筋肉へ命令を発する。
血管が浮き出るくらいに堪えるフレイムカーンの脇から、猛然なスピードでデュランが飛び込んできた。
加勢が来たと喜んだのも束の間、「逃げろッ!」の悲鳴と必死の形相からは、
彼もフレイムカーンと同じ毒に侵されていると読み取れた。
必殺の太刀【撃斬】で襲い来るツヴァイハンダー自体は軽い身のこなしで回避できたが、
巨剣の軌道は甲板へ伸び、安物資の板を軽々と粉砕してしまい、その事にホークアイは落胆と肩を落とした。


「…まさかと思ったけど、お前だけはカンベンして欲しかったな…。
 ツヴァイハンダーなんかで暴れられたら、このボロ船、一発でブチ壊れちまうよ」
「好きでやってるわけじゃねぇッ! シャルを呼べッ! あいつならきっとこの異常現象も…ッ!」


…という一縷の望みもどうやら絶たれたようだ。
それまで大騒ぎで酒盛りを楽しんでいた【ナバール魁盗団】の面々が、
『ニンジャシーフ』らしい素早い動きで彼を取り囲み、その顔ぶれの中にシャルロットやリースが見えた。
この調子だとアンジェラも毒牙にかかっているだろう。
人間よりも嗅覚に優れるケヴィンとカールの平常は絶望的と考えてもいい。


「こういう玄人好みなピンチもカンベンして欲しかったぜ。
 ヘタレにゃくじけそうなシチュエーションだ…!」
「宴に興を添えられたようだな…私の用意した舞踏会は」
「………やっぱりお前らの仕業かよ…っ」
「仕業などと下品な言い方をしてくれるな。
 高貴なる【魔族】の手にかかる事、下等種の誉れと悦び死出の餞とするがいい」
「ふざけんなっつの! これ以上、お前らの勝手なんか許すもんかよっ!」
「口先だけは巧みだな―――」


天上から降り注いだ声の主は、姿を仰がなくてもすぐに解った。
【三界同盟】の下僕が一人、【支配階級魔族(サタン)】の美獣だ。
全身から人間の神経を蝕み侵す甘い香気を振りまきながら、
上空から自らが催した悪夢の舞踏会を見下すように睥睨していた。


「―――ならばどうする? どのようにこの舞踏会を踊りきる?
 我が秘儀【ヘルフレグランス】にかかれば、下等なニンゲンを篭絡するなど容易いものよ。
 ………貴様とて例外ではないわ」
「なんだって? 俺のどこがお前の勝手に………」
「【ヘルフレグランス】が危険な香気であると即座に見抜いたその超速反応………、
 人間としては確かに見事な一芸だが、それもあくまで貴様のみが備えた技術。
 周囲の者には望むべくも無いな?」
「当たり前だッ!
 こちとらこれでも、【ナバール魁盗団】随一の【ニンジャシーフ】を自負してんだからさッ!」
「策にはまった愚か者が驕る言葉で返すとは面白い…」
「自嘲っつーんだよっ、こういうのはッ! 【魔族】には言葉遊びのココロもないのかいッ?」
「邪眼の伯爵を謀った妙策への返礼としては、これでも遊び心を凝らしたつもりなのだがな?
 ヒトとして超一級の超反応あるが故に一人自由を得た貴様は、
 今、仲間と骨肉を相食む無間地獄の只中に或る。
 身体の自由のみを奪われ、貴様が恐怖と絶望に歪む様を見ながら刃を振るうのだ。
 ………食われる側も食う側も、これ以上の舞踏会はあるまいて、な?」
「それで遊び心だって? …冗談じゃないッ!
 お前のやってるコトは舞踏会どころか、カエルの解剖実習とおんなじだぜッ!
 ちょいと生き物のメカニズムに詳しいくらいで調子づいてもらっちゃ困るんだよなッ!」


せせら笑う美獣めがけてクナイを投擲するも、あえなく弾き返されてしまう。
舌打ちする間も無く、悲痛な表情のリースから銀槍が打ち込まれたホークアイは、
咄嗟に阪神を捻っての躱わし様、長い銀槍の柄を踏み台にしてメインマストへ飛び上がった。
【ナバール魁盗団】に『ニンジャシーフ』は多くとも、
一足飛びで数十メートルを駆け上がれる者はホークアイを含めて数える程しかいない。


「やれやれ…、こいつぁちょいとマズいよな………」


駆け上ったメインマストは、鈍い軋みと共に何度も何度も揺さぶられている。
香気に晒され、寝室を蹴破って飛び出してきたジェシカが
ウェスタンラリアートでメインマストをへし折ろうと打ち据えているのだ。
マストを折られなくても、体勢を崩して逆落としにでもなろうものなら、まず間違いなく命は無い。
ジェシカが篭絡された時点で、これは究極のサバイバルとなったのだ。


「そこで逃げるか…策士にしては存外につまらない一計だな。
 せっかく用意した舞踏会のパートナーも、これでは興が削がれてはしまわないかな?」
「パートナー…? 何を言ってやが―――」


剣呑なまでの強引さでそれはホークアイと美獣の間を割って裂き、
夜天に風切り音を反響させながら、あるべき主の手元へ旋風を散らして戻っていった。


「…はち切れる憤怒と恩讐で脳漿を焦がし…始まりと終わりの墓標たるディーンへ、
 宿敵(とも)よ、俺は還ってきた………ッ!」


船首に一本立ちする影は、旋光の輪舞を放つ巨大手裏剣【夢影哭赦】を掻き抱いた影は、
【ウェンデル】での奇襲以来行方知れずとなっていた
サンドベージュ(砂塵の彩)の猛鷲、イーグルだった。


「―――………なるほどな。砂漠の舞踏会にはお誂えのパートナーってわけかよ…っ」
「舞台をここまで整えたのだ。こちらの労苦も察していただけるかな」
「察してやるのはお前らの狡賢さだけだッ! …ようやく合点が行ったぜ。
 イーグルがおかしくなったのも全部…ッ!」
「察しの良さも誉めておいてやろうか。
 【太母】へぶつける捨石として、貴様ら『ニンジャシーフ』を推す声が挙がったのでな。
 ………もっとも、本来はイーグルのみを操る予定だったのだが、
 貴様らの関係性を調べている内に愉快な喜劇を思いついた………存分に楽しませてもらったよ」
「………てンめぇ………ッ!!」


肯定の意思を示し、重ねて嘲笑う美獣にホークアイは歯軋りして憎悪をぶつけた。
ジェシカの命も、イーグルの怒りも、自分自身も【魔族】の駒に過ぎなかったのだ。
命がけの戦いすら、この雌彪の掌で転がされた人形遊びにしか過ぎなかったのだ。
これに勝る屈辱と怒りは無い…が、冷静さを欠いて特攻を仕掛ければ、それこそ本当に捨て駒に終わってしまう。


「余所見をしている暇を許した覚えは無いぞ………ホークアイ」
「―――ちぃっ! まずは目先のピンチを切り抜けろってかよッ!」


船首からメインマストへ一気に飛び移ったイーグルの【夢影哭赦(むえいこくしゃ)】が
時に旋回させ、時に四方の刃を触手の如く撓らせて、
執拗にホークアイを攻め立てる。しかし、今度はホークアイも負けてはいない。
メインマストの柱を甲板へ向けて駆け抜けながら、クナイ二本で【夢影哭赦】と互角に斬り結び、
待ち構える群像めがけて懐に忍ばせていた仕掛け玉を放り投げた。
着地と同時にその仕掛け玉は黒煙を噴射し、周囲の視界を完全に遮蔽する。
【煙玉】と呼ばれる忍具の一つだ。


「ぬッ! 姑息ッ!! このような子供だましで俺を抜けると侮るかッ!?」
「親友を甘く見るほど落ちぶれちゃいないさッ!
 技巧で押すのが俺の十八番だって、お前ならよぅく知ってる筈だッ!」
「………策を弄して策に埋もれる事も多々あったではないか」
「お前がパワー勝負に囚われて、技巧を疎かにするのと同じく―――なッ!!」


美獣の【ヘルフレグランス】によって操られている以上、
どんな言葉を用いても説得は不可能だろうと判断したホークアイは
真正面からイーグルと戦う覚悟でいた。
一度完全に戦闘不能に陥らせてから、【ヘルフレグランス】を解除する方法を探す、と。


「これは………」
「【繰り糸】の一つさ、俺オリジナルのな。
 【暗闇蜘蛛】ってネーミングで特許出願中なのよ」


それだけの覚悟を持って臨んでいるからこそ打てた一手…それは、
袖に仕込んだ鋼鉄の糸を縦横無尽と張り巡らせる【繰り糸】の術の一つ。
ドーム状に張り巡らされ、イーグルへ圧し掛かってくる鋼鉄の糸は、
触れれば肉と共に骨を断つほど研ぎ澄まされていた。


「少しでも動けばお前の四肢を薙ぎ払う………ひとまず武装解除を―――」


完全にイーグルの動きを封じ込めたつもりでいたホークアイの眼前で、
彼自慢の鋼鉄の糸は無残に切り刻まれた。
と言っても、イーグルの【夢影哭赦】が不自由を吹き払ったのではなく、
張本人は第三者…上空へ浮揚したまま、ホークアイの孤軍奮闘を嘲笑していた美獣が
簡単な攻撃魔法で介入してきたのだ。


「手を出さぬ…とは言っていないぞ?」
「ナメた真似しやがって…ッ!」


一瞬、憎々しげに上空を仰いだのが、余所見をしたのが失敗だった。
風を薙いで【夢影哭赦】が迫り、その旋光の輪舞よりも更に速く、
フレイムカーンがホークアイの背後を取った。
…手には抜き身のシャムシールが握られている。


「しまっ―――」
「ぬっ、クソッ! 言う事を利かんッ!! …避けろ、避けてくれ、ホークッ!!」


シャムシールを回避できても、【夢影哭赦】が血肉を抉り落とす。
反対に【夢影哭赦】を避けられても、横薙ぎにシャムシールが首を跳ね飛ばす。
フレイムカーンの絶叫も空しく、超速の挟撃をホークアイは避けようが無かった。


「ホークッ!!」


身体を乗っ取られても意識はハッキリとしているジェシカの悲鳴が夜天を引き裂いた時、
―――甲板を一陣の風が吹き抜けた。


「―――え…っ」


右の手には蒼き槍【エエカトル】を、左の手には朱き槍【マリナリ】を。
それぞれ携えた交叉槍(ツインランス)でシャムシールと【夢影哭赦】を受け止め、
弾き返した女戦士は、ホークアイを庇うように双方向からの挟撃の前に敢然と立ちはだかった。
短く切りそろえられたブロンド髪と紫水晶の甲冑が眩い、凛とした女戦士の後姿に、
リースは言葉を失い、呆然と見入った。


「貴様は“不浄なる烈槍”ッ!?
 いや、【セクンダディ】の末席を許すも卑しき存在、ライザ・ロンダンスではないかッ!
 どういう了見だッ、同胞である七連宿に歯牙を向けるは造反と見なすぞッ!?」


せっかく忌々しい敵を仕留められる好機だったというのに、
よりにもよって味方に邪魔立てされた美獣は、名を表す美貌を振り乱してこの女戦士を、
『ライザ・ロンダンス』と呼ばれた“不浄なる烈槍”を糾弾した。


「造反疑われるは貴殿であろう、美獣。
 我ら【セクンダディ】の任務は【太母】の戦闘力を増幅させる事であって、
 かの者の郎党を処刑せよとは三盟主のどなたも仰せでは無い。
 少々の勝手は任務上の経緯と見過ごせても、申しつけを外れた行いを許すわけにはいかぬ。
 返答次第では、三盟主に成り代わり、この私が相手を承るがそれでもよろしいかッ!?」
「………退けと言うのかッ、この好機を前にして貴様は―――」
「返答次第では処断すると言っているのだッ!
 我々の次なる任務は【インフェルノ】にて【太母】と相対する事ッ!!
 それに備えぬならば、造反と見なし、貴殿の肢体へ二本の冥門穿つッ!!」
「………っ………くっ…!」


糾弾された女戦士は毅然とした態度をいささかも崩さず、
その糾弾をも踏み倒すくらいの強い口調で美獣を撥ね付けにする。
徹底的に叱責された美獣は、一度毒々しい眼光で女戦士を睨みつけると、
地上へ一度も降り立つ事無く夜天の闇の中へ消えていった。


「貴殿もここは退かれよ。そう遠く無い時にて再び切り結ぶのだから異存はあるまい?」
「………………承知した」


幾分口調を弱めて諌められたイーグルは、少しだけ逡巡した後、
素直に説得を受け入れて影の海へと沈み、【オアシス・オブ・ディーン】から去っていった。


「………今宵に拾ったその命は己の喪を発するだけの猶予に過ぎぬ。
 せめて思い残す事なく万事を済ませ、………灼火の渓流にて我らの雌雄を決しよう」


…とだけ残して。


「………ライザ………なのですよね? 美獣もそう呼んでいました。
 ………その名前は、私にとって誰より大事な人の名前…です」


女戦士――ライザと呼ばれた――不浄なる烈槍が、
出現と同時に放った一陣の風によって毒の香気は甲板から払拭され、
自由を取り戻した仲間たちはすぐさまホークアイのもとへ駆け寄った。
みな口々に彼の安否を確認する中、ただ一人、リースの注目だけはホークアイでなく、
目の前に立って背中を向けたままでいるライザへ向けられていた。


「俺も確かに聴いたぜ。
 ライザ・ロンダンス………あの雌彪、確かにあんたをその名前で呼んでた」
「………ライザって、確かリースの………」


そう、『ライザ・ロンダンス』とは、
リースにとって良き師匠であり、良き姉でもあった、かけがえの無い人の名前。
今は墓所の地底深くに眠っている筈の人間の名前だ。
その名を持ち、別離の日から幾分も変わっていない後姿を間近に見せられたリースは、
受け止めきれない驚きと衝撃を前に、駆け寄る事も抱きつく事もできない。
ただ、立ち尽くすばかりだった。


「失われたモノの幻像を追うような人間に、明日へ繋ぐ真理がどうして見えようか…」


『失われたモノの幻像を追うばかりでは、明日へ何を残せましょうか』………。
祖国を滅ぼした【アルテナ】への憎悪に沈む幼い日にかけられた、
厳しくも優しい言葉がリースの脳裏へ鮮明にフラッシュバックする。


「やはり、ライザ…なのですね? でも…いったいどうして………
 だって貴女は、私の目の前で【魔族】の手にかかって………」
「今ほど申し上げたばかりだ。失われたモノの幻像を追うなど愚かしい、と。
 ………私の名は“不浄なる烈槍”。【三界同盟】の七将、【セクンダディ】が一人。
 そう、貴殿らの敵であり、それ以上でも、それ以下でも無い存在よ」
「………いいえ、貴女はライザですっ。私が見間違うはずはありませんっ!
 だって貴女は私の―――」
「―――くどいッ!!」


なおも言葉で縋りつくリースを“不浄なる烈槍”は一言で沈黙させた。


「我ら葬界の北辰【セクンダディ】、
 ここより九里ほど離れた炎の渓谷【インフェルノ】に陣を張り、貴殿らを待ちうけ申す。
 ………これは我らからの果たし状と受け取って頂いても構わぬ。
 受けるか否かは改めて問うまでも無いだろうが、
 ………そうだな、貴殿らの勝利に終わりし暁には、我ら【三界同盟】の本陣―――
 ―――【太母】殿ご所望のエリオット・アークウィンドの居場所を進呈しようではないか」
「………………ライ…ザ………………」
「これ以上話す事は無い。………明日の戦場にて見えよう」


そのまま、一度も振り返る事なく、
再会の喜びと、敵として見えた葛藤で泣き出しそうなリースへ一瞥もくれる事なく、
凛としたまま“不浄なる烈槍”は、先行く同胞のように夜天の闇へ消えていった。












『【インフェルノ】………。
 確か、灼火の渓谷とも、灯篭流砂とも呼ばれる地下渓谷ですね。
 【ガラスの砂漠】の地底へ沈む火山からマグマが流れ出す、
 危険な洞窟と考えてください』
「そいつぁ、また罠を仕掛けるにはもってこいの場所だな………」
「いいんじゃないでちか。このさそいじたいがわなみたいなもんなんでちから。
 むしろあのはっちゃくどもをマグマのそこへたたきおとすくらいのきあいでいくべきでちよ」


明朝を期して【オアシス・オブ・ディーン】は、
【セクンダディ】なる【三界同盟】の尖兵が陣を張るという【インフェルノ】へ向けて航路を取った。
甲板では武装を整えた【チーム・デュラン】の面々が、
【モバイル】を介してヴィクターから敵陣についての講義を受けていた。
【インフェルノ】へ直接乗り込むのは彼らのみである。
フレイムカーンや病み上がりのジェシカを始めとする【ナバール魁盗団】の面々も
参戦を申し出てくれたのだが、それらは一切断った。
彼らの実力を過小評価しているのでも、迷惑をかけたくないというわけでもない。


「オヤジたちの気持ちは嬉しいんだけどさ、
 こいつは俺の、俺たちの戦いなんだよ。
 …だから、ケリもケツも、全部俺たちで持ちたいんだ」


そう、リースを巡る【三界同盟】との戦いも、イーグルとの決着も、
全て自分たちが果たさなければならない戦いなのだ。
自分たちで挑み、向かうからには、安直に差し出された手を取るわけにはいかない。
いかにも子供らしい勢い先行のスタンスではあるが、
そこに力強い息吹を感じたフレイムカーンは、最後には彼らを信じ、
無言で背中を押してくれた。


「―――しっかし、この短時間でよく地形の詳細まで調べたな、お前。
 アンジェラが【インフェルノ】について調べるように頼んだのって、
 十二時間前じゃ効かねぇんじゃねぇか?」
『何を仰いますか。徹夜してでも調べますよ。
 少しでも皆さん、【草薙カッツバルゲルズ】の支援に繋がるなら喜んで!』
「―――はァッ!?」


突然飛び出した聴きなれない、それも極めてローセンスな単語に、
思わずデュランはスッ転んでしまった。


「なんだよ、その草野球チームみてぇな名前はッ!?
 それも、『お父さん、ちょっとハイカラに頑張ったッ』的な、
 町名の隣に中途半端な横文字入れてみたら、
 本当に中途半端な仕上がりになっちまったみたいなセンスはよッ!?」
『いや、あれですよ、草薙って言うのは、大昔にそういう宝剣があったらしいんですね。
 で、カッツバルゲルって言うのは、大型の剣の種類じゃないですか。
 共同戦線を組むチームのリーダーご両人が剣の使い手ということで、
 その二つを組み合わせ【草薙カッツバルゲルズ】って………』
「やめろッ、サブイボ出てくるッ!
 そんなダセェネーミングセンス、どこぞの早起き野球チームへ進呈しちまってくれッ!
 つーか、金輪際二度と俺の前でその名前出すなッ!」


【三界同盟】へ対抗すべく結成された混合チームの名前に決定された、
【草薙カッツバルゲルズ】という語感が生理的に気に入らないのか、
身震いしながらデュランが猛烈に棄却を通告する。
確かに、カッコイイか否かを問われれば、ローセンスと苦笑いするしかないセンスなのだが………


「し、師匠…、そんなに、オイラとポポイで考えた、チーム名、気に入らない?」
「え?ッ!? ケ、ケヴィン…?」
「あ〜らら、いっけないんだ、デュランくん♪ 可愛いお弟子さんを泣かせちった♪」
「いいじゃないの、【草薙カッツバルゲルズ】って。
 どことなくナツメロな趣きがあって、あたしらみんな気に入っているんだけど?
 アンタ、自分の感性のダメさをケヴィンのせいにしていじめんじゃないわよ」
「可哀想に………よしよし、ケヴィン。
 どうぞ私の胸で苦しい思い、全部吐き出しちゃってくださいね。
 ………ホント、ひどいお師匠さんですね」
「おッ、俺かッ!? 俺が悪いのかッ!?」
「小さな子をいじめるなんて、最低です、デュラン。
 お師匠さんならお弟子さんの個性も尊重してあげるべきです。
 ライザの爪の垢を煎じて飲ませてあげなければいけませんね」
「せんじるよりもちょくせつしゃぶらせたらどうでちかね?
 それくらいののうどがなければ、このぼくねんじんにはこうかがでないとおもうでちよ」


せっかくポポイと二人で練りこんだ【草薙カッツバルゲルズ】を、
一番喜んで欲しかったデュランに真正面から否定されたケヴィンは、
哀しげに耳をへたらせ、リースの胸に飛び込んで泣き出してしまった。
純粋な子供の計らいをバッサリ切り捨てたデュランへ冷ややかな視線が集中する。


「だ、だってよ、ケヴィンが考えたなんて思わねぇだろ?
 俺はてっきりマサルあたりがセンスの無さを披露して………」
「ほらまた! あんた、弁明してるつもりでも、
 かっきりケヴィンをセンスが無いっていじめてるからね、それ」
「しかも今の口振りだと、
 最初からケヴィンと知っていれば否定しなかったような言い方ではないですか。
 それはケヴィンに対してあまりに失礼ですっ」
「くあああーッ!! うるっせぇッ!!
 ネーミングくらいでガタガタ抜かすんじゃねぇッ!!」
「ぎゃくぎれでちか。さいてーでち。
 これでデュランしゃんは、はなせばわかるぶんめいじんでなく、
 にんげんごすらつうようしないげんしじんであることがはんめいしたでちよ。
 さっさともりへかえるでち、このできそこないるいじんえんが」


デュランが悲鳴を上げた頃、「着いたぞ、ここが炎の谷【インフェルノ】の入り口だ」と
フレイムカーンによって【オアシス・オブ・ディーン】の碇が
【インフェルノ】近くに引き下ろされた。


「ホーク………」


砂の海へこんもりと浮かび上がった岩石の大口へ
誰よりも早く駆け出そうとするホークアイの背中をジェシカが呼び止める。


「………ひさしぶりにジェシカの手料理が食べたいな、俺。
 だから、“三人分”、こさえて待っててくれよ?」
「三人分………うん、わかった。
 腕によりをかけて、それで、…三人分の食卓で待ってるから」
「おう、ジェシカ。三人分と言わず、目一杯こさえてもらわないと困るぞ。
 俺たちやデュラン君たちの分を忘れてくれるなよ」
「おいおい、病み上がりにムチャさせんじゃないよ。
 …ま、メインマストを半壊させられるようなら問題ないだろうけどさ」
「あッ、あれは操られてたからであって、普段の私はあんなに…ッ」
「操られていたのは身体の自由だけで、パワーは自前だろ?
 おっかねぇおっかねぇ、俺も気をつけなくっちゃな」
「〜〜〜ッ! もうッ、早く行っちゃえぇっ!」
「うわッ!? バッ、じょ、冗談を間に受けんじゃ―――」


好きな娘をいじめてしまうのはオトコノコのどうしようもない心理だが、
それに対するしっぺ返しとしては、ジェシカのドロップキックはあまりに強烈で、
プンプンな乙女心の直撃を受けたホークアイは甲板から放り出され、
真っ逆様に砂の海へ吸い込まれていった。







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