「―――強敵ってのは、凡その場合、
 デンと最後に控えてるもんとばかりに思ってたけどな………」
「常識で計りきれる筋運びでは読者は納得すまいよ。
 戦局とてそれは同じ事。凶手自ら先陣に立ち、戦力を殺ぐもまた兵法よ」


砂の海の只中に口を開くだけあって、【インフェルノ】にはマグマの河川のみでなく、
地面をうねる流砂が最悪の罠として張り巡らされていた。
気をつけていなければ足元の砂に流され、マグマの河へと投げ出される。
ヴィクターの進言通り、非常に危険な場所と警戒しなくてはならない。
そして、突入後間もなく、六人と一匹の前には早くも最大の難関が逼迫していた。


「ライザ………」


十二時間にも満たない前の夜天に別れた【セクンダディ】の女戦士、
“不浄なる烈槍”が交叉槍(ツインランス)の一対、【エエカトル】の穂先をデュランに向けて翳し、
広いエントランスにて待ち受けていた。


「―――行け。ここは俺に任せろ」
「え、デュ、デュランっ!?」
「………戦士としての儀礼を汲んでいただけた事、感謝しよう」
「なるほど…タイマンってワケね。
 こいつはデュランに任せるしか無いみたいだな」
「じゃましたらまつだいまでたたってきそうでちからねぇ、このげんしじんは」


【エエカトル】へ合わせるように、デュランはツヴァイハンダーを構えて臨戦態勢に入る。
自分一人を差して穂先を突き出した―――その動作は一対一の決闘の申し入れに他ならず、
デュランもこれに応じたのだ。


「………わかりました。
 デュラン、ここはあなた一人にお任せしますっ」
「ああ、すぐに追い付く。
 ………タイマン申し込んでおいて、まさか邪魔したりなんかしねぇよな?」
「戦士としての儀礼こそ私の尊ぶところだ。
 この【銀の戦の姉妹】の穿つ先は、貴殿の心の臓のみと心得られよッ!」


意外にもリースはこの筋運びを即座に受け入れ、
自ら率先してイーグルたちの待ち受ける、この先の戦場へ駆け出した。
デュランと対峙する“不浄なる烈槍”の横を抜ける折も、
少しの躊躇も、ブロンドの横顔への脇見も無く。
奇しくも、冷淡に突き放された前夜の邂逅と立場がそっくり入れ替わる結果となっていた。


「―――よかったの?
 ホントはあの人と話したい事、聴きたい事、あったんでしょ?」


遠ざかっていく紫水晶の甲冑を、リースに代わってアンジェラが振り返る。
すぐに決闘の幕が切られたらしく、デュランとの激しい衝突が開始されていた。


「あの場で立ち尽くして問い質しても、
 きっとライザは何も答えてくれないと思います。
 …失われたモノの幻像を追い求めるのは、愚か者のする事ですから。
 それに―――」
「それに?」
「私が聴きたかった事、きっと全部、デュランが尋ねていてくれると思います。
 大人ぶってるクセにお節介焼きですから、あの人」
「おぉ、言うやないか、リース!」


現実として立ちはだかった驚愕を前に立ちすくまずに前へ進もうとする意志の強さと、
デュランの“お節介”を確信して彼に全てを委ねたリースの表情(かお)には、
一種の余裕めいた微笑みさえ宿っていた。


「ふ〜ん♪ リースはデュランのコト、な〜んでもよく見てるのねぇ♪」
「えっ? そ、そんな事ありませんよっ?
 仲間の事を観察しているのは、みなさん、一緒じゃないですかっ!?」
「え〜、そんなに逐一意識して観察してるヤツはいないと思うぜぇ?」
 現に俺、リースのスリーサイズとか知らないしなぁ♪
「? ホークの言うことは、よくわかんないけど、仲良しは、とってもいいこと」
「そっ、そうですっ! 仲良しだからデュランの事、なんでもわかるんですっ!
 ケヴィンだってそうですよねっ?」
「…でも、オイラとポポイのがんばった、【草薙カッツバルゲルズ】、
 師匠に、通じなかったから…」
「あうっ…! そ、それは…っ」
「ええか、ケヴィン。
 お前さんとデュランの仲良しと、リースとデュランの仲良しでは、
 そもそもちっとばかし毛色が違うんや。落ち込む事ぁあらへん」
「そうでち。リースしゃんはデュランしゃんのことなら、
 な〜んでもわかるし、あのげんしじんのせんすのなさすら、
 あばたもえくぼなんでちから♪」
「ちょ、ちょっ、ケヴィンにおかしなコト、吹き込まないでください〜っ!」


緩やかな流砂には、足跡と一緒にアンジェラの茶化すような笑い声も刻まれていく。
戦場の只中にあって談笑を交わせるほど、彼らは余裕を保っていた。
余裕も考えもなく、ただ猛進するだけの頃とは明らかに違う強さが、誰の心にも芽生えていた。
だからリースも、昨日の幻影を越える一歩を踏み出せたのだ。
まずは動いて、立ち向かう―――前向きなリーダーの指針は皆の心に伝播しており、
その思いが仲間たちに強い一歩を踏み出させていた。













談笑できたのはそこまでで、いよいよ【セクンダディ】の懐へ入り込んでからは
笑う隙さえ許されない熾烈な激闘の連続となる。
先へ進むにつれて流砂も激しさを増し、シャルロットが唱えた【ホバリング】の魔法無しでは、
足を踏み出す事さえできないまでになっていった。
【魔族】が放ったモンスターはいずれも強力で、いちいち全てを相手にしていては、
最奥部へ到達する前に力尽きてしまうのは必至だ。
とはいえ逃げの一手を決め込めば、後から一人追ってくるデュランに膨大な数の残党を押し付ける事になる。
それを考えると、そうそう逃げ回るわけにもいかず、露払いにも全力を傾ける必要性があった。


「搦め手にて着実に標的の息の根を揉み消す事こそ、ニンジャの真髄也。
 この灼熱の渓谷に無間の地獄絵図を再現してくれよう。
 窮鼠とて潜る事適わぬ死線の網羅、地獄を象る百八の数こそ、
 貴様らの命数の刻限と知れ…ッ!」


そこにイーグルの魔手も加わるのだから、たまらない。
今回のイーグルは真っ向から殲滅を狙うのでなく、
砂とマグマに満ちた【インフェルノ】の至る箇所へ『ニンジャシーフ』らしい罠を仕込みに仕込んでいた。
砂の中から突然射出される鋼鉄の矢、踏んだ瞬間に炸裂する地雷、
石壁に仕込まれた飛び出す槍といった物理的なダメージを被る物から、
流砂の流れを逆向きに変えて混乱を誘う装置、落とし穴など虚を衝く物まで、
実にバリエーションに富んだ罠がところ狭しと敷き詰められており、
今や【インフェルノ】は侵入者の進退を許さぬニンジャ屋敷と化していた。


「ケヴィンッ、そこ、地雷が敷き詰まってるッ! 一足飛びで右へジャンプだッ!
 そんでもってすぐに前方駆け抜けろッ! 時間差で槍が飛び出してくるからッ!」
「うわわわッ!? 天井から、手裏剣まで、飛んでくるけどッ!」
「言い忘れたッ! 多分真横からは火炎放射もあると思うッ!」
「そーゆーの、もっと早く、言ってってばッ!!」


イーグルのクセを読み、事前に察知するホークアイによって罠は解除されていくが、
それも完璧ではない。
幾つか作動を許してしまった罠によって、一行のダメージは次第に甚大な物に重なっていく。


「見上げた物だな………まだ息の根を留めていたか」
「うっせぇっ! そうカンタンにくたばると思ってくれるなよなっ!」


また、襲い来るのは罠だけに非ず、物陰から、砂塵から縦横無尽に飛び交い、
【夢影哭赦】でもってイーグル本人もこの一戦に全身全霊を浴びせかけてくる。


「ジェシカもオヤジも、みんなお前が戻ってくるのを待ってんだッ!
 みんなの思いを背負ったからには、そう易々とやられるわけにはいかねぇっ!」
「………甘いな。所詮貴様は感情でしか動けぬ器か」
「へんッ! 感情まで支配されたヤツに言われたかないねッ!!」


精神まで侵食されていると思しきイーグルを救う手立ては、
おそらく美獣を倒す以外に無いだろう。それがまた足枷だった。
この場で一度イーグルを完全に昏倒させれば済むという話でない以上、
猛攻をやり過ごしながら、最奥にて悠然と構えているであろう美獣を目指すしかない。
それまではこの過酷極まりないマラソンマッチが続くのだ。


「これじゃまるでランディたちとやり合った時とおんなじだなっ!」
「………【ジェマの騎士】との正面激突、だと?」
「そうさ! お前がどっか遠くへ飛ばされてる間、
 俺らはワケわかんない連中と何度もガチンコ張ってきてんのよ!」
「そうしてお前たちは―――」
「え? なんだって?」
「―――死線を潜りぬけ、絆を強め、ここまで逞しく成長してきたのだな…」
「そうさっ! 今じゃ連携プレーだってパーペキの出来ッ!
 【ウェンデル】で戦ったまんまと思ってたら大間違いだぜっ!」


【ウェンデル】では瞬く間に全滅させられた一行が、今では互角以上にイーグルと渡り合っている。
それも煩わしいトラップの妨害をやり過ごしながら、だ。
暴威を振りまく【夢影哭赦】の輪舞をも、ホークアイが胸を張る連携技で弾き返して。
飛躍的ともいえる成長ぶりを目の当たりにして、
サンドベージュのスカーフの裏側に浮かんだ微かな微笑みは、
鼻先をつつき合わせる距離で鎬を削るホークアイにも見ては取れなかった。
詰られればすぐにでも折れてしまうほどか細かった筈なのに、
今では決して揺らがないまでに骨太になっている―――そんなホークアイを
頼もしそうに見つめる猛鷲の眼差しも、見ては取れなかった。











「―――【爆陣(ばくじん)】ッ!! 食らえッ!!」


ガード体勢を取る交叉槍(ツインランス)めがけてツヴァイハンダーが振り下ろされると同時に
刀身に宿った闘気が爆発を起こし、熱砂をも抉り取る衝撃波が“不浄なる烈槍”を直撃した。
俗に【剣圧】と呼ばれる爆裂で吹き飛ばす大技【爆陣】だが、紫水晶の甲冑には傷一つ付ける事はできず、
抉り出されたクレーターの中に“不浄なる烈槍”は平然と仁王立ちしていた。
それを見越していたかのようにデュランは続けて横一文字に巨剣を薙ぎ払う。
“不浄なる烈槍”とは遠く離れた間合いから。
明らかな空振り…だが、次の瞬間、『バァン』という耳を劈く激音が轟き、
その音に合わせて半身を反らした彼女の頬から突如として鮮血が噴き出した。


「…超重武器の加重を活かしたカマイタチ、か」
「ンなダセェ呼び方やめてくれ。
 【谺閃(かせん)】っていうれっきとした名前があるんだからよ。
 ………これでも切り札の一つだったんだがな」


微かに頬を裂いた“飛翔する剣戟”の正体を冷静に分析する“不浄なる烈槍”の見据える先には、
全身から汗と血を噴き出すデュランの痛ましい姿。
確かなダメージの無い彼女と比べて、デュランの劣勢は激しいが、
二人が激闘するエントランスの崩壊も凄まじい。


「アンタになら、まだ誰にも見せた事の無ぇ奥の手を見せてやってもいいぜッ!!」
「上段…縦一文字に不知火を走らすか………力押しなど我が前では児戯にも劣るぞ」
「余裕は見極めてからにしな―――【断界(だんかい)】ッ!!」
「………ほぅッ!!」


岩壁の至る所は砕け、抉れ、粉砕されており、入り口などは削岩によって突入時より
二倍以上も拡張されてしまっていた。
しかも今の重撃。後方へ反るようにツヴァイハンダーを振りかぶり、
その姿勢から全身のバネをフルに発揮して打ち落とされる重い一撃は、まさしく世界を断つ刃となり、
微かに散る砂塵をも吹き飛ばして一筋のクレバスを地面へ刻み込んだ。


「僅かに踏み込みが足りなかったな………だが、認めよう。
 天下無双の豪剣、しかと見届けた………ッ!」
「天下無双たぁ大仰な皮肉もあったもんだぜ。
 お褒めに預かった豪剣を躱わしたのは、他ならぬアンタじゃねぇのかよ?
 その時点で“無双”じゃあ無いよな?」
「………賛辞を皮肉で返すとは、性根にはいささかの難ありか」
「よく言うぜ。ハラに一物抱えてやがるクセしてよ」
「………なに?」
「しらばっくれんな。見え見えなんだよ―――」


惜しくもライザには回避されてしまったものの、背筋が寒くなるほど深い亀裂を見る限り、
刀身へありったけの剣気が込められた【断界】の威力は奥の手を名乗るに相応しく、
直撃さえしていれば“必殺”は間違いなかっただろう。



「―――ここまで茶番に付き合ってやったんだ。
 そろそろあんたの狙いを聞かせてもらおうじゃねぇか」
「茶番………とは?」
「【セクンダディ】とか言ったっけか…、
 あんた、あいつらと徒党を組んじゃいるが、本当は俺たち側の人間だろ?
 もっと言えば、リースを護るために奴らの軍門に下った。違うか?」
「………………………」
「図星と受け取るぜ、そのダンマリはよ」
「………当て推量にしては随分と確信めいた物言いで仰いますが、
 なぜ、私がそのような思惑を持って【三界同盟】へ与していると考えるのです?」


明らかに口調を変えて“不浄なる烈槍”がデュランへ問い返した。
“口調を変えて”…というのは表現として間違っているかも知れない。
凛と張った中に優しさを秘めた温かなこの声こそ、彼女の、ライザ・ロンダンス本来の物なのだ。
リースが憧れ、誰よりも大事な人と尊敬する、ライザ・ロンダンスの。
ライザの変貌に、デュランは確信を強めていく。


「あなたのお仲間を助けたからでしょうか?」
「それもあるが、むしろその後だ。
 ………あんた、あの雌豹をボロカスに言いながら、
 言葉の端々に俺たちへのヒントを出してただろ?
 リースの戦闘力を増幅させるのが目的とかなんとか」
「………」
「組織の根幹に関わるような目的ってのは、軽々しく口にしねぇもんだ。
 あの雌豹なら、激情にかられてポロッと漏らしそうだが、
 見た目からして武人のアンタがそんなヘマするとは思えねぇ。
 武人は自らを律する術を身体で覚えているからな。
 …ピンと来たさ。ああ、こいつは俺らにあえてリークしようとしているなってな」
「………………」
「なにより、あんたがリースを見る眼は、武人のそれとはまるで違った。
 厳しく接しちゃいるが、敵として相対するだけの鬼気が感じられねぇ。
 さっきあいつがあんたの脇を抜けてった時だって、
 あいつは気付いちゃいねぇだろうが、まるで子供を見守るような優しい眼、してたじゃねぇか」
「………………………」
「それで確信した。
 俺をダシに【セクンダディ】とやらの戦力を分散させて、
 リースが有利な方向へ戦局を運んでいる。
 ………味方とは言い切れねぇけど、少なくとも敵じゃねえよな?」


デュランの怜悧な分析に、ライザは感嘆の溜息を吐いた。
交叉槍(ツインランス)は既に構えておらず、見開かれた双眸に戦意は見られない。


「【狂牙】と呼ばれる傭兵戦士と聞いて、
 失礼ながら暴れ馬さながらの無骨者を想像していたのですが………」
「悪かったな、お上品なリースに合わなくてよ」
「いえ、そうではありませんよ。
 ………あなたのような方がリース様の傍へいてくださるなら、
 私も安心できるというものです」


厳しい武人の面影がフッと消え失せ、
子を思うような柔和と慈愛に満ちた微笑をライザは浮かべていた。
見入ってしまうほどに神々しく、美しい微笑みにリースのシルエットを
重ねてしまったデュランは慌てて頭を振って真剣な場にそぐわない甘ったるい空気を掻き消した
その様子を目撃された――そして、おそらくは脳裏に浮かんだ幻像をも看破されているだろう――デュランは、
不貞腐れたようにそっぽを向き、ライザに苦笑を買うハメになってしまった。


「あらゆる意味で安心ですよ、あなたがリース様の傍へいてくださるなら…」
「………あんたは本当にリースを大事に思ってるんだな」
「もちろんです。私にとってリース様は、
 可愛い妹であり、娘であり、護るべきアークウィンドの末裔なのですから」
「…で、その護るべきリースのために命を落とした筈のあんたが、
 どうして現世に命を止めているのか…そいつはリースも知りたい筈なんだけどな?」
「………………………」
「ダンマリ…か。
 そのダンマリは、あんまり深く追求しちゃいけねぇ類のダンマリだよな」
「そうしていただけると嬉しいのですが………」
「い、いや、言いづらい事、聴いちまった俺が悪いんだけどよ………」


柔和なライザを困らせてしまった事が、なぜかデュランにはバツが悪く、
しどろもどろに取り繕う。
取り繕いながらも、聴かなければならない事は正確にしておかなければならなかった。


「………けどよ、これだけは答えてくれるか?
 あんたら…いや、【三界同盟】とやらは何を企んでいるんだ?
 どうしてリースを【太母】として狙う? リースの戦闘力を高めようとするんだ?」
「それは―――――――――







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