「リースの姉さん! こっちです、こっち!!」
「オウさッ!!!!」


暗闘を切り抜けたリースが
仲間たちの待つエントランスホールへ戻ってくると、
最初はいなかったはずの二つの顔が出迎えた。
ビルとベンの二人がいつの間にか本隊と合流していたのだ。
これにはリースも驚き、【ウィスプ】の残光が残る銀槍を
思わず取り落としそうになってしまった。


「バカ野郎! 遅ぇじゃねぇかッ!!
 どこで道草食ってやがったんだッ!?」
「す、すみません。これでも全速力だったのですけど………」
「遅ぇって…、デュランが言えたこっちゃないでしょ〜が」
「アンタだって今しがた到着したばかりじゃないの。
 それもビルに手ぇ引かれてさ〜」
「俺なんか旗持って走り回ってたってのに、お前は情けねぇなぁ。
 【狂牙】ともあろうヤツが、せっかくの通り名、泣いてるぜぇ?」
「仕方無ぇだろうが! 俺ぁ夜目なんか利かねぇんだ!!
 闇に慣れたヤツにナビゲートでもしてもらわなけりゃ、
 二本足で歩くのだって難しいってんだよ!!
 つーか、マサル、てめえだってベンの手ぇ借りてたじゃねぇか!!
 偉そうにふんぞり返ってんじゃねぇっつの!!」
「兄さんがたがピンチとありゃあ、
 俺たち、どこへなりとも馳せ参じますよ!!
 これでも、【草薙カッツバルゲルズ】の一員のつもりッスからッ!!」
「オウさッ!!!!」」


動転してばかりではいられない。
唐突なビルとベンの登場に合点が着くやすぐさま深呼吸で動悸を整え、
再び銀槍を構えて臨戦態勢を取った。
三手に分かれてここまで引き付けてきた中心戦力が
エントランスホールへ続々と集結しつつある今、
一瞬の油断が命取りになるのだから。


「………何かあったのか?」
「―――えっ…?」
「顔色がすこぶる悪ぃ。
 なんか、こう、えらく動揺してるみてぇだぜ」


暗闘で負った傷をシャルロットに癒されたまま、
デュランが気遣わしげにリースを見つめる。
顔色も何も、動揺を掘り起こして動転させているのは、
問いかけるデュラン本人なのだが。


「―――まさか………、見つけたんだな、エリオットをッ!?」


普段は鈍感極まりないと言うのに、
どうしてこういう時に限って目聡いのか。
【オペレーション・デスインテグレート】を直前に控えて
仲間たちに余計な気遣いをさせたくなくて黙っていた秘密を
どうして解き明かしてしまえるのか。
無節操な彼に「デュランのド鬼畜…」と小さく悪態をつくリースだが、
内心では、自分の事をそこまでよく見ていてくれるデュランの心遣いが
嬉しくて仕方なかった。


「リース、それ、本当!? だったら、今すぐ、助けに行かないと!」
「せやな!! アンジェラもポポイも、
 オペレーションの真っ最中で動くに動けんし、
 ここはワイらが行くしかあらへんな!!」
「ビル! ベン! リースのエスコートを任せるぜ!!
 さっきは魔法でなんとかなったみたいだけど、
 今度ばかりは少しでも戦力温存しとかないとだ!!」
「命に代えても弟さんのトコまで無事に送り届けまさぁ!」
「オウさッ!!!!」
「ちょ、ちょっと、何言っているんですか!!
 リースさんが抜けてしまったら、
 【オペレーション・デスインテグレート】は立ち行かなくなります!」
「けつのあなのちっちゃなおとこでちね、あんたしゃんも。
 【ジェマのきし】なら【ジェマのきし】らしくうつわのおおきいとこみせて、
 リースしゃんがもどってくるまでふんばりきかせたらどうでちか!」
「ワタシも賛成かな。行って帰っての往復くらい面倒みてあげたらどう?
 キミ、そんくらいの根性も無いわけ? “チンカス”と同レベルと見なすよ?」
「うっせぇ! いちいち俺を引き合いに出すなってのっ!」
「ギャグで和んでる場合じゃないっ! フェアリーまで何を言い出すんだよッ!
 みんな、もう一度大局を見るんだッ!!
 ここで【オペレーション・デスインテグレート】を成立させられなきゃ、
 弟さんを助けられる状況でも無くなるんだよッ!?」
「へっ、たかだか10分やそこら、俺がカバーしてやるってッ!!
 おう、リース、そういうワケだから気兼ねなく行ってこいや!!
 この旗が俺たちのゴールだから、絶対に見失うなよッ!!」
「真っ直ぐに貫きなさい、あなたの想いを。
 その後は真っ直ぐここへ帰ってくる事。
 これが約束できるなら、私たちは誰も止めないわ」
「マサルさん!! 無責任に焚き付けないでくださいッ!!
 それにプリムもッ!! 自分勝手に行動しては、
 勝てる戦も勝てなくなるッ!!」
「―――ランディさんの仰る通りです。
 皆さん、待ってくださいっ!!」


せっかく整いかけた布陣を崩されてはたまらないとランディが制止するよりも早く、
リース自らが駆け出そうとする仲間を押し戻した。
本当は誰よりも真っ先に、それこそ発見した瞬間に
駆けつけたかっただろうリースが押し戻した。


「本当は最後まで秘密にしておこうと思ったのですが、
 そうです、回廊の奥深くに私は弟を、エリオットを見つけました」
「だったらその時に助け出してくれば良かったじゃない!
 思い込んだら一直線ッ! それを曲げて戻ってくるなんて、
 リースらしく無いわよっ!?」
「アンジェラがそう思ってくれるのは嬉しいです。
 でも、エリオットが幽閉されている部屋と私の間には
 分厚い大扉が聳え立っていました。
 鋼鉄製の扉を押し破って救出するには、あまりに時間が無かった」
「だーかーら! マサルの兄ちゃんも言ってるコトだけど、
 そんくらいのロス、オイラたちで補うってッ!!
 オイラたち、そのための【仲間】じゃんかッ!!」
「そうです、仲間が戦っているからこそ、
 私はエリオットを見捨てて戻ってきたのです」
「リース………」
「時間を費やしてエリオットを助け出せたとしても、
 その間、ホールで戦う【仲間】に大変な迷惑をかけてしまう。
 私の独断で行動して輪を乱す事だけはしたくなかった。
 家族と、仲間と、私にはどちらもかけがえのない存在です」
「………………………」
「一瞬の逡巡の中で、私は二つを天秤にかけました。
 今すぐに手の届く距離ではあるけれど、人質として幽閉されている以上、
 【三界同盟】もエリオットには手出ししないでしょう。
 最後の軍議でも挙がりましたが、ライザもいてくれるので安全はお墨付き。
 ならば、エリオット救出は後回しにして、今は仲間たちのために戦う。
 それが私の出した結論でしたっ!」


襲い来る敵方の中心戦力と銀槍を交えるリースの独白が
苦楽を共にしてきた【仲間】たちの心へシンと降り積もっていく。


「理屈とか、作戦とか、そういう事ではありません!
 未来のために、【みんな】が笑顔で迎えられる未来のために!!
 私は独り善がりでなく、【草薙カッツバルゲルズ】の一員として、
 最後まで戦い抜きますッ!!」


旅の始まりには、あんなにも独り善がりでいたリースが、
今では周囲の【仲間】を想い、調和を尊重して行動できるまでに成長していた。
【草薙カッツバルゲルズ】の仲間たちに出逢わなければ、
旅の始まりの頃のまま、ここまで辿り着いていたら、
リースは間違いなく目先の目的に飛びついていたはずだ。
けれど今は違う。全く違う。
自分一人の衝動でなく、【みんな】との調和を観察できるだけの広い視野と、
それを気付かせてくれる、たくさんの【仲間】たちにリースは囲まれていた。


「―――いいんじゃねぇか。
 他の誰が何と言おうと、俺はお前の考えを尊重するぜ、リース」
「………デュランっ!」


そんなリースの意思を誰よりも汲み、理解してくれるのは、
旅の始まりから彼女を見守り、時に本気で叱り飛ばしてくてた、
支えてきてくれたデュランだ。


「―――ったく、ほんとにしょうがないわがままさんでちね!
 にとおうものはいっともえず! こんなこじをしらないんでちか!
 あきれるくらいによくばりで、わがままで、くちはっちょうで!
 ………そんなふうにいわれたら、しゃるたち、
 なにもいえなくなっちゃうじゃないでちか、このゆうじょうせーるすれでぃーが!」
「理屈でも、作戦でも無いのよね。
 …うん、それならあたしも納得だわ。とってもリースらしいっ!
 やったろうじゃない! リースが安心してエリオットくんの所まで行けるように、
 最高にパーペキな【オペレーション・デスインテグレート】、
 魅せてやろうじゃないッ!!」
「オイラ、がんばる!!
 リースが、オイラたちのために、がんばってくれるんだから、
 オイラ、もっともっとがんばれる!! 絶対、エリオットに、逢わせてあげる!!」
「リース、あんさんの想い、きちんと受け止めたで…!
 受け止めて、ほいであんさんが飛び立つ起爆剤に換えたるッ!!
 迷いは無い!! 一気にブッ飛ばしてやるだけやッ!!」
「や〜れやれ、そこまでタンカ切られちゃったら、
 ヘタレも挫けてるわけには行かないねぇッ!!
 それじゃさっさと片付けて、サクッとお助けに伺いましょうかッ!!」
「リ、リースの姉さん…! 俺ぁ…、俺ぁ、感動しましたッ!!
 姉さんのためなら、このビル・ザ・オアシス・オブ・ディーン、
 魂の残りカスまで喜んで燃やし尽くしましょうッ!!」
「オウさッ!!!!」
「………僕も同じ気持ちです…ッ!!
 リースさん、あなたの選択、あなたが作ってくれたチャンス、
 決して無駄にはしませんッ!!
 あなたと弟さんが迎える未来のためにも…ッ!!」
「リース、あなたと【仲間】として肩を並べていられる事を私は誇りに思うわ。
 もしも背中が心配なら、いつでも言ってちょうだい。
 【ヴァンガード(守護を司る魔法戦士)】として、【仲間】の命、
 守り抜いてみせるからッ!!」
「人間とエルフ、みんなみんな、リースの姉ちゃんみたいな気持ちでいれたら、
 きっと、もっと、ずっと楽しい世界になると思うよ。
 うん、そうだ、姉ちゃんは希望を芽吹く種なんだよな。
 オイラが一番見てみたい世界へ変えてくれる希望の種、
 ダメになんかさせやしないぜッ!!」
「仕方ないから保証したげるよ。“最終兵器怪女”の未来には明るい前途だけが拓けてるってね!
 いわゆる女神様の思し召しってヤツっ!
 一生懸命な人には、それに見合うご褒美がないとやってらんないじゃん!
 ………キミがみんなを想ってくれるように、みんながキミの幸せを想ってる!
 だから、明日も幸せ花マル印に大・決・定だッ★」


そして、リーダーの一声に【草薙カッツバルゲルズ】の総意は一瞬にして固まる。
内部崩壊の兆しを見せ始めた【三界同盟】には決して真似のできない、
鉄の結束がここに結実したのだ。


「なぁにをゴチャゴチャやっとるかぁぁぁああああああッ!!!!
 どこまでも脆弱なニンゲン風情がぁぁぁああああああッ!!!!」


幾重にも鮮やかな想いを束ねた【オペレーション・デスインテグレート】発動が
最後の段階まで移行した時、耳に痛いがなり声が向かって正面の回廊から轟き、
エントランスホールの石壁を戦慄に震わせた。


「なんだ、てめぇは…ッ! 見た事も無ぇツラだな…?」
「貴様が総大将か? なるほど、面通しはこれが初めてだが、
 死に至っても、今日のこの日に魂へ刻んだ御名を地獄の王に誇るがいい!!
 我が名は、ジュリアス・グラン・バンドールッ!!!!
 【三界同盟】陰流にして、【セクンダディ】を超えし勇士よッ!!」
「ハッ、要するに、てめえ、出世欲だけは一人前なイレギュラーナンバーだろ?
 【セクンダディ】がどうとかほざいちゃいるが、
 どこをどう薮睨みしても、ありふれた悪党じゃねぇか」
「ンなッ!? き、き、き、貴様ぁッ!!
 ニンゲン如きが高潔種たる我がバンドール家を愚弄するかぁッ!!!!」
「バンドールだかなんだか知らねぇがな、
 俺はてめぇ自身をコケにしてやってんだよ。
 そんな事もわからねぇで、家柄主義を振りかざそうなんざ、
 見苦しくて敵わねぇぜ」
「貴様ッ!! 貴様ぁぁぁああああああッ!!!!」


“バンドール”というラストネームに殊のほか力を入れるジュリアスに
ありがちな死相を見抜いたデュランがくぐもった嘲笑をぶつけると、
真っ赤な髪を乱暴に掻き毟り、歯軋りして怒りを返してくる。
ますますもって、【ありふれた悪党】というフレーズが似合ってくるわけだ。
第一、ジュリアスが自ら前線へ赴いた理由というのも、
本陣からの命令でなく、単純に彼が痺れを切らしただけの事で、
作戦も何もあったものではない。
これで【セクンダディ】超えを自称するとは、聴いて呆れる浅はかさである。


「今! ここで!! バンドール家が誇る伝説最強の魔剣【サクラリッジ】の!!!
 錆としてくれるわぁぁぁああああああッ!!!!」
「るせぇんだよ、いちいちよ。
 俺に斬られる前に、てめえ、脳溢血か何かでポックリ逝きそうじゃねぇか。
 いいからそこで好きなだけ遊説垂れてろよ。
 それで脳の血管詰まらせて、一人で勝手にくたばってやがれ」
「デュランさん、【オペレーション・デスインテグレート】の準備、整いました。
 そんなヤツ、もう相手してなくていいですよ」
「なんだ貴様はッ!! 横から割って入るでないわァッ!!
 私は今、この虫けらにバンドール家の威光を知らしめてやろうと―――


腰の鞘から深紅の刀身が暗闇に美しい【サクラリッジ】を抜き放ち、
デュランめがけて打ち払おうと構えたジュリアスの目の前で
戦局は一気に激動を見せた。


「【オペレーション・デスインテグレート】―――――――――発動ォッ!!!!」


魔剣と対照的に蒼白いオーラを帯びる聖剣【エクセルシス】を
高く翳したランディが、刀身を振り下ろすのと同時に
【オペレーション・デスインテグレート】の発動を宣言する。


「なッ、なッ、なんだこれはッ!?」


【エクセルシス】の剣先が向けられた方位の空気が瞬時に凍りつき、
激しく振動して真空状態に弾けたかと思えば、
次の瞬間、極大質量の魔力としてドーム状に広がり、
ジュリアスたちエントランスへ集結した【三界同盟】の中心戦力を
丸々飲み込んでしまった。


「封印された古代魔法の一つ、【アルテマ(崩壊双極閃)】。
 昔の賢者は単独で操ったらしいけれど、こちらは何分にも現代人。
 数人で円陣を組んで、合体技にリアレンジしてみたんだッ!」
「ア、ルテマ…だとぉッ!?」


【アルテマ】という名称を、ジュリアスも名前だけは聴いた事があった。
“崩壊双極閃”の名前通り、プラスとマイナスのエネルギーを同時に衝突させ、
それによって生じた質量ギャップが物質を構成する元素へ
根源的なダメージを与えるという、安全性をテストされつくした現代の【魔法】では
再現不可能と畏怖された古代魔法だ。


「バッ、バカなッ!! ―――ええい、貴様ら、私の行く手を遮るなぁッ!!」


元素と言わず、空間そのものをも破壊し得る暴威によって、
バンドール家の祖先たちも何人と数え切れないほど犠牲となっていた。
恐るべき破壊の魔法が、現代に蘇り、あまつさえ自分に向けられている。
恐怖に支配され、プライドも家柄もかなぐり捨てたジュリアスは、
なんとか【アルテマ】の有効範囲外まで逃げ出そうと必死で駆けずり回り、
行く手を遮る同胞をも容赦なく【サクラリッジ】で斬り払っていった。
将軍を標榜するものにはあるまじき姿だが、
秒読みとなった破滅を前に、それを見咎める余裕のある者は誰一人いない。


「おのれッ! おのれぇぇぇッ!! おのれええええええッ!!!
 ニンゲン風情にッ! ニンゲン如きにッ!!
 この私が恐怖を植え付けられるなどッ!! バンドールの名に泥を塗るなどッ!!」
「勇敢に特攻吹っかけてきやがったと思えばケツまくって逃げんのか。
 捨て台詞にもなりゃしねぇな、そんなザマじゃよ」


本隊がエントランスに居残った最大の理由とは、この【アルテマ】の発動に備えての事だ。
アンジェラ、シャルロット、プリム、ポポイの四人が
それぞれ最大の魔力でプラスとマイナスを融合・維持させるのが要となるが、
極度の集中が必要なだけに動き回るわけにもいかない。
そこで四人が魔力を結集している間にデュラン、リース、マサルの三名が単身斬り込んで
敵方の中心戦力を【アルテマ】の有効範囲までおびき寄せる事にしたのだ。
時間差を視野に入れた合理的な作戦である。
【三界同盟】との決戦に際してランディが発案した【アルテマ】は、
伝承に語られるオリジナルと比較すれば、まだまだ粗雑なレプリカに過ぎないが、
リースの備える【イーサネット】の秘術が加われば【三界同盟】の尖兵を一掃し得る
最強の切り札となった。


「ここまでさんざん煮え湯を飲ませてもらったからねぇ…、
 お返しはさせてもらうわよッ!!!!」


勝ち鬨にも似たアンジェラの叫びと共に【アルテマ】の暴威が決壊し、
夥しいほどにエントランスへ集結した【三界同盟】の主力部隊が、
断末魔の絶叫を上げながら円形に穿たれた空へ光爆と共に昇天していく。
ドーム状に盛り上がった魔力の奔流が空の彼方へと立ち上り、
細く、少しずつ細くなって最後に掻き消える頃には、
エントランスを埋め尽くしていたはずの中心戦力の大群は
チリの一つも見当たらなかった。


「へ、へへっ、封印魔法だなんて言うから、
 もっとヤバイもんかと思ったけど、
 なんだよ、終わってみれば全然大した事ないじゃん」
「あ、あたりまえだのくらっかーでち、よ。
 ごにんぶんのぱわーをこめているんでちから、
 そのぶん、ふたんもぶんさんされてるでち」


急に静けさが降り立ったエントランスにポポイの声が響く。
声には極度の疲労がにじんでおり、それが強がりである事を示していた。
言葉尻に乗ったシャルロットの顔色も、お世辞にも良好とは言えない。
アンジェラとプリムに至っては疲労のあまり言葉も無く、額には脂汗を滲ませている。






(まさかここまで消耗するとは………。
 まずいな、この先の戦闘を考えると、このままでは危険だ………)






「なに『やっちまった』みてぇなツラ下げてんだよ。
 こんな時のために“あいつら”を作戦に組み込んだんじゃねぇのか?」


ランディの不安を感じ取ったデュランが、彼の肩に手を置いて励ます。
そうだ。切り札を早い段階で使う事で生じるダメージの解消は、
既に考えていたじゃないか。
仲間たちの消耗の激しさに動揺し、弱気に落ちそうになる心根を
デュランの一言が叩き直してくれる。
頼もしい兄貴分に頷き返したランディは、再び戦意の灯った瞳で
先へ進む事を宣言した。


「デュランにしては的を射た事を言うじゃないか。
 その通り! こちらにも取り分を残しておいてもらわないと
 せっかく出張ってきたのに意味が無いぜっ!」
「…んだよ、もうスタンバッてやがったのかよ。
 いるならいるって言いやがれってんだ」


ビルとベンのコンビもそうだが、
どうしてこう、誰も彼も唐突に姿を見せるのか。
どいつもこいつも絶妙にイヤミなタイミングで登場するところが気に食わず、
先ほどまでモンスターが吐き出されていた正面の回廊から
勇往邁進と姿を現した、甲冑姿の親友相手にデュランは悪態をついた。


「封印魔法の逆流が突入の合図だって忘れたのかよ、お前は。
 ………もうみんな突入しているよ」
「―――という事はつまり…ッ!」
「ああ、【オペレーション・デスインテグレート】、ここに完成だッ!」


ブルーザーの背後に広がる回廊の口からは
【キマイラホール】を揺るがすほどの荒々しい咆哮が、
大地を踏み鳴らす猛々しい軍靴の轟音が数知れず漏れ出している。


「いよいよ、か………」
「ええ、とうとうここまで来ましたね」
「最終決戦ってワケだなッ!! いいぜ、いいぜッ!!
 燃え燃えのシチュエーションじゃねぇかッ!!
 っしゃあッ! お前らッ!! この旗に続けッ!!!
 一気に駆け抜けちまおうぜぇッ!!!!」


進む先は一路、エリオットが幽閉される牢獄の回廊。
【仲間】のために苦しい選択を決心してくれたリースへ報いるために。


「よし、リース、エリオットんとこまで案内してくれ!
 なに、鋼鉄の扉なんざ、俺のツヴァイハンダーでブッ飛ばしてやるからよ!!」
「今度は誰にも遠慮はいりません! 思いっきり突っ走っちゃってください!!」
「デュラン…、ランディさんも………」
「野郎二人だけじゃないわよ! さっきも言ったでしょ!
 あたしたち、みんな、リースの幸せを願ってるんだから!」
「さぁ、行きましょう! 前途はここに拓かれたわッ!!」
「―――はいっ!」


マサルが高々と掲げる【草薙カッツバルゲルズ】の隊旗を見ているだけで
激闘に疲弊して重いはずの身体が不思議と奮い立ち、
駆け出す力が湧き立ってくる。
隊旗の鼓舞を受け、先陣を切って飛び出していくリースの背中を、
仲間たちが追いかけた。
「―――だからって、あんま先走んなよ」と釘を刺しながら、
デュランはリースと肩を並べて。













「第一陣は瓦解したッ!!
 以降は本陣より【セクンダディ】自ら出撃し、奸賊輩に天誅を下すッ!!
 よいな、方々、いささかも怯む事なく、悉く討ち取り果たすのだッ!!」


ジュリアス部隊の壊滅を報告されてからの黒騎士の対応は、
先ほど伯爵も懸念していたが、もっと早くに息が上がってさえいれば、
ここまで甚大な被害は受けなかったと逆説的に予測できるほど迅速で、
全軍の指揮を任されるに相応しい武人の手並みを発揮して
後詰の兵の戦意を大いに昂らせた。


「出し惜しみをしていたというのか、やはり………」
「ひょ? 何かおっしゃいました?」
「………道化師には解らぬ武人の道理、という物を少し、な。
 かく言う私も道化に違いない。
 武人殿の高潔な采配すら解せぬのだから」
「? 含みがあるようで無いような…?」
「おい、そこ、少し黙れ。
 お前たちの駄話で配置が聞き取れんかったろうが」
「でも、だって、気になりません? 含みのある言い回しとか。
 ワタクシ、クロスワードとかパズルとか好きなもんで余計に」
「お前の嗜好など聴いてはいないッ!
 おい、本当に黙らなければ、その唇、炎で焼き払うぞッ?」
「―――口元を穿たれるのはお前たち全員だッ!
 軍議中に私語とは万死に値するぞッ!!」
「わ、私は別に口論に参加などは………」
「伯爵殿には、その破廉恥な恰好にこそ問題があるッ!!
 まさかと思うが、軍議を舐めてはいないだろうなッ!?」
「………………………」


傍らから黒騎士へ猜疑の眼差しを送り続ける伯爵に端を発した
【セクンダディ】の口論は、毅然たる戦士の気概を組むライザの一喝で
ピシャリと止んだ。
普段はどこか天然の入った愛すべき女性も、いざ戦場へ赴くとなると、
二本一対の烈槍を携えた甲冑姿から、
背筋に寒気が走るほど高潔な強さを感じさせる。
誰よりも戦士然と佇む女戦士に窘められた男性陣には、
一言の反論も口に出せなくなってしまった。


「斥候の報告によれば、敵方の総数はおよそ百八。
 我らは中心戦力三百を既に失っているため、
 これを残る二百の兵で討ち取らねばならんッ!! されど油断めさるな!!
 我ら数でこそ勝っていても、相手は一騎当千の手練手管。
 特に増援として現れた兵団の中には、かの獣人王の姿もあると聴くッ!!
 従って我ら【三界同盟】の勇士が取るべき妙策とは、ただ一つッ!!
 我らの有利である二倍の兵数と地の利を最大限に生かし、
 まずは奴らを完全に包囲するッ!!
 袋の鼠たらしめた後は各々、敵兵団を分断し、一気に押し潰すのみッ!!
 ―――全ては【共産】の大義のためにと命惜しまず、
 今日の戦に全身全霊を傾けよッ!!!!」


――――――応ォッ!!!!
武勇を極めた黒騎士の大号令に触発された兵たちは闘気も猛々しく応じた。
そうした演説口調がどこか嘘くさく感じられて仕方が無い伯爵は、
任された配置へ赴くまで猜疑の眼差しを収める事は無かった。













【オペレーション・デスインテグレート】の最大の要は、
封印魔法【アルテマ】による中心戦力の一掃だが、それに終始するだけの作戦ではない。
中心戦力の壊滅後は、デュラン、リース、マサルの三者による陽動の折に
バラまいておいた転送用の魔法具【エルドリッジオーブ】(ヴィクターが運んできた物だ)から
援軍を【キマイラホール】へ一斉にテレポートさせ、
その優勢に乗じて【三界同盟】の息の根を止めるという、
二手、三手と切り札を複合した大規模作戦である。
戦の天才、ランディならではの、大胆にして繊細な奇策は
ジュリアスの短慮と相まって功を奏し、いよいよ援軍突入の段にまで進捗した。


「バ…カな…ッ!! この…ような…ッ、このような」


狡猾な搦め手に飲まれた事実をジュリアスが悟ったのは、
既に挽回困難な事態へ陥ってからだった。
無様に逃げ惑った甲斐があって【アルテマ】の直撃を免れたジュリアスだが、
眼前に広がるあまりの光景に打ちのめされ、呻いて絶句した。
真紅の髪の至るところにドス黒い血糊が付着しており、
彼の受けたダメージの凄まじさを物語っている。
直撃こそ免れたものの深手に変わりはなく、
今も【サクラリッジ】を杖代わりの支えに立っているのが精一杯の状態だ。






(ニンゲンめ…ッ、ニンゲンめぇぇぇぇぇぇええええええッ!!!!)






見下してやまない人間風情にここまで追い詰められるとは、
名門バンドール家の御曹司のプライドを堅持する彼には最悪の屈辱に違いない。
さりとて重い負傷のこの身では自慢の【サクラリッジ】を振るう事もできず、
ただただ信じられない光景に立ち尽くすばかりだった。
立ち尽くすしかできない光景が、目の前に広がっていた。


「恐れるなッ!! 一気に突貫し、覆滅せよッ!!」
「怯むなッ!! 鉄壁の護りを築き死守せよッ!!」


【エルドリッジオーブ】によって突入した、
【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】、【黄金騎士団第7遊撃小隊】の合同部隊と
【三界同盟】第二陣との激突は【キマイラホール】の各所で勃発し、
中でもエントランスにおける攻防は壮絶なものとなった。
全軍入り乱れての乱戦は酸鼻を極め、一人、また一人と交互に戦死者を出していく。
中でも死をも恐れぬ気迫を漲らせて最も奮戦するのは
【黄金騎士団第7遊撃小隊】の騎士たちだ。
人類にとって許されざる【社会悪】への猛攻は、一に棒状武器をもって突き崩し、
二に重量武器による威力攻撃と徹底的で、逃げる兵をも容赦なく斬り捨てた。


「敵方が我々の包囲を目論んでいるのは明白だッ!!
 ならばその流れをこちらから分断してやるまでッ!!
 この身飲み込む激流となる前に叩いて砕くのだッ!!」
「―――応ッ!!!!」


小隊を率いるブルーザーの統率力も若年とは思えない程に高く、
戦況を鋭く判断し、的確な指示を部下たちへ与えていく。
ゲリラ的な戦法を得意とする【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】とは
大きく異なるものの、適切な指揮が生み出すフットワークの軽さと
一致団結の集団戦法は、獣人たちの身体能力とは一味違う戦闘力を発揮している。


「―――――――――………………………ッ」


エリオットの幽閉される牢獄へと続く狭い回廊内で発生した攻防のために
立ち往生を余儀なくされた【草薙カッツバルゲルズ】は
モンスターとの一進一退を繰り広げるルガーの部隊の補佐に回り、
自ら血路を開く事となった。
闇討ちの奸計で揉み消された蝋燭も、獣人王の機転によって新たな炎を灯しており、
一行の激闘はゆらめく光明の中で爆裂する。


「ちょ、ど、どうしたの、リースッ!? どこかやられたッ!?」
「待っていなさい! 今、【エンパワーメント】を………」


―――その激闘の最中、銀槍を振るうリースの顔が見る間に血の気を失い、
アンジェラとプリムが変化に気付いた時には病的な蒼白へ陥っていた。


「だ、大丈夫です。少し眩暈がしてしまっただけなので………」
「眩暈って、そんなの、大変じゃないッ!!
 ここはアタシたちに任せて、リースは隅っこで少し休んでて!」
「でも………」
「いいから休みなさいっ!
 そんなんじゃ弟さんと再会する前に倒れてしまうわッ!!
 ―――デュラン、リースのガードに回ってちょうだい!!」
「―――あぁッ!? リースがどうかしたのかッ!?」


狭い回廊内では長大なツヴァイハンダーを満足に使いこなせず、
小回りの利くケヴィンやランディのサポートに徹していたデュランは
プリムからリースのガードを頼まれると即座に後衛へ下がり、
彼女の目の前に立ち塞がった。


「………何やってんだよ、お前はッ!! こんな時に凹んでんじゃねぇッ!!」


どこかやられたのか、と問い質すよりも早くリースの蒼白な顔色の中に
そうなってしまった原因を見つけたデュランは、
気遣わしげに見守るアンジェラとプリムの前で激しく彼女を叱咤した。


「な、何言ってんのよ、アンタッ!!
 彼氏気取りでズケズケやっちゃうのもいいけど、
 時と場合を弁えなさいよッ!!」
「落ち込むも何も、気分が悪くなってしまったものは仕方が………」
「お前らは口を挟むなッ!!」


突然の叱声に驚いて抗議するアンジェラとプリムを一喝で黙らせたデュランは、
青ざめた唇を噛み締めるリースに視線を合わせて、
なおも厳しい言葉を並べ続けた。
弱気になってしまった人間を打ちのめすのでなく、再び強い心へと叩き上げるように。


「お前は、今、何のためにここにいるんだ?
 えぇ? 何しにこんな穴倉へやって来たんだよ?」
「………………………」
「一丁前にトラウマなんか引きずってやがんのか?
 ………クソくらえだ、バカ野郎ッ!!
 命懸けてここまで来たクセに、手前ェでつんのめってんじゃねぇッ!!」
「ちょ、ちょっと、デュラン、いくらなんでもそれは言い過ぎじゃ………」
「黙ってろっつってんだよッ!!
 こいつにはこれくらいでなけりゃ効かねぇんだッ!!
 ―――わかってんのか、リース。
 手前勝手なトラウマで立ち尽くしちまったら、
 弟にも同じトラウマ味わわせる事になんだぞッ!?」
「―――――――――ッ!?」
「幽閉されてるから安全だとか、物理的なモンじゃねぇんだよッ!
 一刻も早くこの泥沼から引っ張り出してやらなけりゃ、
 お前は弟にまでこの泥沼を一生引きずらせる事になんだぞッ!!」


リースの瞳に浮かぶのは、10年前の惨劇。
故郷も、友達も、家族も、全てを焼き尽くした民族虐殺の惨状。
忘れたくても忘れられない、忘れてはならないあの日の悲劇に、
今日の合戦は忌々しいほどに酷似していた。
敵味方に分かれた大勢の人間が、手に槍を、剣を構えて命を奪い合う、
誰も望まない、あってはならない悪夢の饗宴だ。
秒単位で築かれていく死屍の山根には身の毛もよだつ量の血の池が溜まり、
深い赤地に阿鼻叫喚の地獄絵図を塗りたくっていく。
戦いが終焉へと向かうにつれ、敵も味方も狂気に憑かれたかのように
ただただ武器を振るうだけの殺人人形と化していく。
行軍に邪魔であれば、共に生きようと誓った仲間すら斬り伏せて、
目の前に立ちはだかる全てを破壊すべく、どす黒い衝動の赴くままに。






(わ…たしは………―――)






もがいても、いくらもがいても抜け出せないトラウマ。
一生付きまとう無窮の呪縛。
戦いの中で傷付き、血を流す仲間たち。
【社会正義】の剣を振りかざし、仇なす者を恍惚と薙ぎ払う【黄金の騎士】の継承者たち。
怨念を叫びながら崩れ落ちる【社会悪】たちの断末魔。
忌々しいほどに酷似し、毒々しいほどにオーバーラップして仕方が無かった。


「振り切れだの、乗り越えろだのとムシのいい話はしねぇ。
 でもな、これだけは言っとくぜ―――」
「………………………………………………」
「―――命懸けた目的を邪魔するようなトラウマだったら、
 頭ン中からどっかへ蹴り出しちまえッ!! グダグダと考えるのは後にしろッ!!
 ギリギリの限界で踏ん張って、今は目的だけ見つめて走れッ!!
 それができないんだったら、この場で死ねッ! 死んじまえッ!!」


傍らで見ている人間には心無いとしか思えない非難めいた暴言が、
陥ってしまったから悪夢から引き上げてくれる。
忌々しいほどに酷似し、毒々しいほどにオーバーラップして止まない悪夢を
最愛の弟に視せてもいいのか、と痛切に問いかけてくれる。


「命懸ける覚悟で弟助けるつもりでいるんだろうがッ!!
 なのに挫けちまう程度の覚悟だったら、
 ここで俺が首根っこ掻っ切って―――」
「―――死にませんっ! 死ぬわけにはいきませんっ!!」


自分が奈落の底まで辿り着いた理由を、
銀槍を手に取って戦う動機を取り戻してくれる罵詈雑言に
リースは改めて決意表明で突き返す。
血の気を失った顔を無理矢理に奮い立たせて敢然と立ち向かう。


「苦しい想いをするのは私だけで十分ですっ!!
 エリオットにまでこんな想いをさせたりはしないッ!!」
「なら今すぐ立ち上がってみせろッ!!
 ―――本当の戦いはこれからなんだッ!!」
「言われなくたって、駆け出す準備は既にできていますっ!!」


本気でぶつかり合って結んできた絆の意味と強さの重みが、
口論にしか見えないやり取りの中に透けて見えた。
それは言い換えれば、二人の揺ぎ無い関係性の証しでもある。
誰にも真似のできない、少々の荒っぽさと最大限の優しさをにじませる、
デュランとリース二人だけのコミュニケーション方法へ、
激闘の只中であるというのも忘れたアンジェラとプリムが
ゲスの勘繰りそのままのイヤらしい笑顔で冷やかしを送った。


「………あらあら、ホントに彼氏気取りだわよ、これ」
「見せ付けてくれるじゃない。
 朴念仁なデュランにそんな器量があったとは驚きね」
「なッ、バッ…、そんなんじゃねぇっつってんだろッ!!」
「あらあら〜♪ 声が1オクターブ上がってるわよ♪」


人を慰めるなんてガラにも無いと考えているのが手に取るように解る。
「戦いの最中にフザケてんじゃねぇッ!!」とデュランの裏返った声が
回廊中に響けとこだます頃には、ランディたち前衛の戦闘も
ひとまずの終着に行き着いていた。


「―――ちッ! 挟み撃ちにしようって寸法かよッ!!」


しかし、それで敵影が消失したわけではない。
今度は後方から、一行が駆けて来た仄暗い向こうから新手が現れた。
新たな敵影めがけて、炸裂と共に無数の手裏剣が散乱する特殊爆弾を
投げかけたホークアイが【三界同盟】の戦略を看破して悲鳴を上げた。


「デュラン! このままじゃダメだ、埒が開かないッ!!」


戦局全体で言えば、この一戦、
【草薙カッツバルゲルズ】合同チームの圧倒的優勢だ。
しかし、戦の趨勢は刻一刻と移り変わるもの。
特にここ【キマイラホール】は【三界同盟】の本拠地である。
控える兵数の膨大さも、仕掛けられた罠の恐ろしさも、
地の利と相まって襲い掛かってくる。
ともすれば長期戦は不利。それを見越してたランディは
【オペレーション・デスインテグレート】を発案したのだが、彼の危惧はマイナスの形で的中しつつあった。


「数で言うたらこっちゃ半数にも満たんやろうな!!
 せやけどそいつはハナから解っとった事や!
 リースも踏ん張っとるっちゅうのに、しゃきっとせんかいッ!!」
「俺が言ってんのはそーゆー事じゃないっての!
 どうする、ランディ? 数で押し切られたら身動き取れなくなるぜ!?」
「ホークアイさんの不安は間違いでは無いでしょう。
 かと言って、こちらにこれ以上の援軍があるわけでも無し。
 ………それならば」
「―――それならば、正々堂々と真正面から挑むまでですっ!!」


ホークアイの牽制にも怯まず、塊となって強襲にかかる後方よりの敵影を
銀槍【ピナカ】の穂先が正面から捉えた。水の精霊【ウンディーネ】を宿して。
銀槍に水の魔力を込めるリースの隣には、炎の精霊【サラマンダー】を宿したアンジェラの姿がある。
魔力を膨張させる二人の間へ挟まれるように敢然と立つのは、
得意の鞭を今にも打ち出そうと構えるプリムだ。


「ま、アタシたちなら、
 気心バッチシ、タイミングもジャストミートで
 いちいち心配するコトも無いと思うけど、
 アイコンタクトを合図に行くわよ!」
「引き金はプリムさんにお任せしますねっ!」
「それは責任重大ね。
 ………いいわ、あなたたちの命、私が預かるッ!!」


相反する水と炎の魔力が三人の目の前で衝突し、凄まじい



反作用を発生させた。
あらゆる物質を駆逐する反作用のエネルギーは、
炸裂する瞬間にプリムの鞭によって弾かれ、石壁もろとも敵影を飲み込んでいく。


「―――【コンフリクタル・レイディエイション】。
 あまり練習の時間はありませんでしたが、大成功のようですね」
「失敗なんてするわけないでしょ〜!
 あたしたち“エンジェル三人娘”に」
「ちょっと待ちなさいっ!
 いつからそんなセンスレスなグループ名が付いたのかしらっ!?
 せめてこう、“ブラックンド・コア・メイヘム”とか」
「何よその、いかにもドクロな絵柄が目印みたいな響きは」
「ブラックメタルのハーモニーじゃない。
 それくらい察して欲しいわね」
「そんなの全然可愛くないっ!!」
「ま、まあまあ、お二人とも、抑えて抑えて…」


小規模な【アルテマ】とも言える合体技の効果は覿面で、
追いすがってきた敵影を瞬時に消滅させた。
だが、それも一時の凌ぎに過ぎない。
すぐさま別の部隊が討手に差し向けられるだろう。
戦意を完全に取り戻したリースの奮迅は喜ばしいものの、
あまりそれに浸っていられる状況では無いようだ。







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