生ける屍共を斬り捨てながらエントランスへ戻ってきたランディを出迎えたのは、
息を吹き返した優勢に浸って揚々と魔剣【サクラリッジ】を振るうジュリアスの姿だった。


「うわ〜! あの濃ゆいヒト、
 ま〜だ生き延びてやがったんだっ! うっぜー…!」
「しぶとい男ね………。
 ああいった手合いから真っ先に散っていくのがセオリーなのだけれど」


【アルテマ】で受けた負傷は治療すらしていないが、
戦の趨勢が自軍に有利とわかった途端、ゲンキンにも活力を取り戻し、
やれ斬れ、やれ踏み潰せと高笑いを上げている。


「【ネクロマンサー(死霊使い)】がいるのは間違いないよ。
 肌にこびり付くカンジの魔気がエントランス中に充満しちゃってる!」
「つまり、このまま屍どもを斃していっても際限が無い…と?」
「ヤバくない、兄ちゃん?
 フェアリーの言う通りなら、手の内ようが無いぜ?」
「………………………」


【アルテマ】によって吹き飛ばされ、
今また【ネクロマンサー(死霊使い)】に鞭打たれる屍体共を見渡すと、
ランディは一瞬、考え込むように瞑目した。
ポポイやブルーザーが危惧するように、このまま力押しをしていては
それこそジリ貧で壊滅させられてしまう。
ならばどうするか。どうやってこの難局を覆すか。


「プリム、ポポイ、
 もう一度、無理をしてもらう事になるけど、大丈夫か?」
「そんな当たり前の事、いちいち聴く必要のある質問なのかしら?」
「無理と無茶はオイラたちの専売特許みたいなモンじゃんっ!」
「ポポイ、円形結界をエントランスに張ってくれ。
 これまでとは比べ物にならないほど広大なものになるから、
 くれぐれも仕損じる事が無いように」
「らじゃっ!」
「プリムは【アドナイ・メレク・ナーメン】の魔法を用意しておいてくれ。
 ポポイの作業が完成次第、結界を増幅装置にして一挙に屍共を浄化するッ!」
「亀の甲羅島や【極光霧繭】の時に使った策の応用と言うわけね。
 ………いいわ、任せて」
「ブルーザーさん、申し訳ありませんが、二人の援護を頼みます」
「アンタはどうするんだ?」
「僕は敵方を撹乱するために、あの赤毛の敵将を討ち取りにかかります。
 ………フェアリー!」
「オッケ! いよいよ【アレ】の出番ってわけだね!」
「………………それでは方々、抜かり無くッ!!」


―――しかして天啓は訪れた。
脳裏に閃いた戦略を手短に説明するやいなや、
【エクセルシス】の光刃を翻したランディは、
前線で指揮を取る敵将、ジュリアス目指して一直線に駆け抜けた。


「―――おぉ!! こんなところにいたのかッ!!
 随分と探したのだぞ、【ジェマの騎士】よッ!!」
「全軍指揮する大将殿とお見受けする。
 【ジェマの騎士】ランディ・バゼラード、一騎打ちにいざ参るッ!!」
「応、望むところよッ!!
 バンドール家の名誉には、ニンゲン共が英雄の血は雷鳴よりも鮮烈に轟くだろうッ!!
 我が【サクラリッジ】の錆となるがいいッ!!」


いかにもそれらしい口上でけしかければ、
ジュリアスは必ず乗ってくるとランディには確信する物があった。
家柄第一のこの猛将の事、
敵方の英雄を一騎打ちで討ち果たす事こそ名誉と考えている筈だ。
【ジェマの騎士】を探し求めていた事にもその貪欲な顕示欲が見て取れる。
これ以上に動かし易い駒は他に見たことが無いと驚くほどに。


「貴様についてのレポートは受け取っているぞッ!
 【ジェマの騎士】としてはまだまだ未熟のようだな!!
 回転が早いのは頭だけで、手先は凡である、とッ!!」
「何ヶ月も前のレポートだな、それは。
 …人間は絶えず成長していく存在だと、僕が教えてやるッ!!」
「ほほぅ、大言をほざいてくれるッ!!
 取るに足らんニンゲン如きに刮目するなどあり得んわッ!!」


そして、智謀に乗せられたジュリアスとランディの一騎打ちが始まった。
身のこなしを生かした素早い斬撃を繰り出すランディと
剛力で押し寄せるジュリアスの剣は面白いくらいに好対照で、
魔剣と聖剣が激突する度、刃の帯びた魔力が爆ぜては
赫とも蒼とも似つかないスパークを撒き散らした。


「ぬぅああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
「同じ豪剣でも、デュランさんに比べればまるで稚拙だな。
 力任せに刃物を振り回しているだけだ」
「―――なんだとッ!?」


今、ジュリアスの口から漏れた『なんだと』とは、
魔界随一を自負する剣腕を詰られた事への憤懣では無い。
向けられた先は、いずこかへ消えたランディの残像、
裂帛の打ち下ろしで真っ二つにした筈だったランディの行方だ。


「………………………ぬっ!?」


と、その時、ジュリアスはふとおかしな物を地面に発見した。
自分の目の前で、何やら影が踊っている。
とは言え、影の上に立つ人間がダンスに興じているわけではない。
主人の無い影が、一人ポツンと残されて踊り来るっているのだ。


「あ、あれは………………!?」


どこから驚愕の声が上がる。
と同時に、両軍の兵が遥か天井を指差したまま固まってしまった。
不思議な偶然もあるもので、指差さされた方向と踊る影の座標は合致する。






(なんだと言うのだ………ッ!?)






誰ともなく指差す上空には、白鷺が悠然と飛翔していた。
鳥が巣を作るはずもない、迷いこむはずもない奈落の底に白鷺が舞っていた。






(白鷺…? このような奈落の大穴に、か………?)






影を落とした犯人は、この白鷺だったのか。
不可思議な光景に目を奪われたジュリアスが、
悠然と飛翔していた白鷺が突然自分に向かって滑降してきた事を認識できたのは、
鋭い嘴で眉間を割られてからだった。


「―――ぐああああああぁぁぁぁぁぁッ!?」


辛うじて致命傷は免れたが、額の傷は深く、鮮血が止め処なく噴き出した。
慌てて軍服の袖で血を拭い、自分に起こった状況を把握せんと目をこらす。
そこまで時間をかけて、ようやくジュリアスは理解できた。
あの白鷺の正体は、【ジェマの騎士】だったのだ、と。
超人的な身体能力で豪剣を上空高くに逃れたランディの白い聖装が
白鷺の如き大きな翼を模倣して、地上の者たちを幻惑したのだ。


「おのれェ…、おのれおのれおのれぇぇぇええええええ………ッ!!!!」


しかし、この痛みも、この屈辱も、覚めて消える幻惑ではない。
【エクセルシス】の光刃を血で染めて佇む【ジェマの騎士】は確かな現実だ。
現実だからこそ、覚めない屈辱は身を焦がし、犬歯の先端が折れるのを気にも留めず、
ジュリアスは激しく歯軋りした。


「あの報告は私を陥れるための紛い物であったかッ!!
 私の台頭を恐れたかッ!! 恐れて足を引くと言うのかッ!!
 【セクンダディ】の浅知恵がッ!! 猿知恵がぁッ!!」
「………愚かだな」
「何ィッ!?」


気弱ではあるものの、性根から善人であるランディにしては珍しく、
ありったけの呆れと侮辱を一言に込めて吐き捨てた。
現に筋違いとしか言いようのない恨み言を並べ立てるジュリアスは
軽蔑に値する、正真正銘の愚か者だ。


「物量作戦で押している最中は豪気にふんぞり返り、
 敵わないと見れば仲間に責任転嫁。
 ………厭味でいけ好かないヤツではあったけど、
 直接向かってくる分、まだ美獣や邪眼の伯爵の方が骨があったな」
「き、さま…ッ!! 私とあのような有象無象を同列に並べるのかぁッ!!」
「同列だなんて言ってないだろう?
 お前とあいつらじゃ雲泥の差だ。
 薄汚い泥と比較するのは、たとえ敵であれ、あいつらに失礼に当たる」
「ぬぅ…、ぬぅぅぅうううううう…ッ!!」


軽蔑の込められた口調で淡々と詰られ、責められ、
名門バンドール家の御曹司という自尊心は既に瓦解しつつあった。
何か反論すればそれ以上の猛威で封殺されるジュリアスには、
最早立つ瀬も見つからない。
手も足も出せなくなったジュリアスの取れる行動は、
心の中で「ニンゲンが、このカスが、必ず殺してやる」と
子供じみた怨嗟を呟く事意外に残されてはいないのだ。


「そんなに報告漏れが悔しいなら、
 あいつらの代わりに受け取っておけ。
 ………対【セクンダディ】用に習得した僕のとっておきをッ!!」
「せーかくには“僕ら”でしょっ!」


罪人の首を刎ねる執行の刃のように高く掲げられた聖剣【エクセルシス】へ、
ぷりぷりと不平を漏らしながらフェアリーが飛び込んだ。
硬質な刀身へ衝突する事なくそのまま溶け込んでいく。
するとどうだ。フェアリーの魔力を受け止めた聖剣【エクセルシス】の刀身が
これまでとは比較にならない程の輝きを放ち、エントランスホール全体を烈光に照らした。


『ふっふ〜ん! ただでさえ間抜けな面構えが、呆気に取られてまさしく歩く福笑いっ!
 お生憎サマ、ウチんとこの下僕のホントの実力は、
 頭の回転とか超人的身体能力だけじゃないの!』
「【ジェマの騎士】に伝わる悠久よりの闘術、【ゾディアックポゼッション】…、
 その身にとくと刻めッ!!」
「なにが悠久よりの闘術だッ!! ニンゲン風情が驕るなッ!!」


ジュリアスにとっての最大の寄る辺はバンドール家という誇り高い出自にある。
いかに踏みにじられても曲げられない絶対の矜持が彼の足を前へと進ませ、
【サクラリッジ】の切っ先をランディへと向かわせた。
その気位こそが、彼の死期を早めるとも知らずに、
バンドールの名は御曹司を突き動かした。


「【ゾディアックポゼッション】が一つ―――――――――【最後から二番目の真実】ッ!!」


“遮二無二”という言葉を体言して不用意に突撃してくるジュリアスを正面に見据えて、
ランディは静かに太刀筋表す御名を宣告した。
【最後から二番目の真実】と呟いた瞬間、急速に彼のもとに、
いや、彼の掲げる【エクセルシス】の刀身へ風が集まり始めた。
やがて風は一つの大きなうねりにまで重なり、
ジュリアスが異変に気付いた時には大気の奔流にまで織り上げられていた。


「こ、これはなんだぁ………ッ!?」
「お前の口癖は間抜けな驚き声だけか。
 ………少しも周囲を観察する事なく律儀に突貫してくるその神風根性、
 生まれ変わったら是非とも矯正してもらえ」


【それ】が巻き起こったのは、
軽蔑を孕んだ声がジュリアスの耳を劈くのと殆ど同時に見えた。
【エクセルシス】へと集められた大気がジュリアスめがけてフラッシュオーバーし、
彼の身体を飲み込み、吹き抜けていった。
突然の烈風に抱かれたジュリアスは咄嗟に身を屈めて堪えたが、
攻撃にしては痛みも何も無く、コケおどしかと嘲笑が喉元まで出かかった。
しかし、次の瞬間には出かかった嘲笑は再び喉の奥底へと呑みくだされてしまう。


「………う、腕ッ!? 右腕………ッ!? 私の右腕はどこに行ったァ………ッ!?」
「強いて答えを出すなら、最後の行き先はお前の記憶の中だ。
 元素から破壊したのだから、現世にはチリ一つ残ってはいない」
「………………………」
「これが【ジェマの騎士】の闘術、【ゾディアックポゼッション】だ。
 一種の魔法剣とでも考えるんだな」


背筋が凍るほどに風の刃は鋭く、激痛すら感じないままに
【サクラリッジ】ごとジュリアスの右腕を消滅まで斬り刻んでいた。
失った右腕の付け根を押さえながら、ガクリと膝をついたジュリアスに対して、
ランディは勝ち誇る様子でも無い。
勝利の喜びはなく冷徹な軽蔑が、
ニンゲンを卑下して止まない哀れな【支配階級魔族(サタン)】を見下していた。


「ありたっけの後悔をしてから終わるんだな」
「………クックック………、ファファファッ!!」


それは、何に対して向けられた笑いなのか。
最期の一太刀を加えようと聖剣を構えるランディに向けられてか、
逃げ場も無い己の死を見極めた、達観たる笑いなのか。
いずれも高尚な階位にある感情で、とても粗暴なジュリアスには似つかわしくなかったが、
どうやら彼の笑いは、この二つに属さない種類のモノのようだ。


「物量作戦がお望みなら、思う存分くれてやろうではないか…。
 戦は一人きりで行うものではないと、
 骨の髄まで烙印してやろうではないかぁ…!」
「負け惜しみはあの世―――」
「お前たちッ、他の者には構わず、【ジェマの騎士】の従者を取り囲めッ!!
 ただちにそっ首削ぎ落とすのだァッ!!」
「―――何ッ!?」


ランディはジュリアスの性格を十分に考慮して戦法を練り上げていたので、
これには目玉が飛び出るくらいに驚かされた。
部下を置いて自分だけ真っ先に逃げ出す者なのだから、
こうして自分の命に危機が逼迫した時は周囲の者たちを結集し、
彼らをブラインドに再び逃げ出すものだろう、と考えていた。
そうやって敵を引き付ければ、プリムもポポイも、もっと身軽に動けるだろう、とも。
なのにこの驚愕な指示。完全に意表を衝かれてしまった。


「ファファファファ…ッ!! 貴様で相手にならんのならば、
 せめて貴様の郎党だけでも死出の共としてくれるわッ!!」


乱暴な言い方をするなら、ジュリアスはイタチの最後っ屁を放ったわけだ。
傷だらけな上に歴然たる実力の差を見せ付けられた【ジェマの騎士】には
到底敵わないと判断したジュリアスが最後に狙ったのは、
ランディと離れて行動中のプリムとポポイだった。
【女神】の恩恵を受けるランディと異なり、いくら修練を積んでいるとは言え、
プリムもポポイも超人の域には達していない。
そもそも二人は【魔法】を操る術師。
集団から力押しに襲撃されて撥ね退けられる可能性は絶無に等しい。
ランディとの戦いの中で二人の姿を目端に捉えたジュリアスの、
ある意味において最も彼らしい報復だった。


「―――ぐあぁッ!?」
「………ッ!? ブルーザーさんッ!!」


悪い出来事は重なり、二人を守ろうと獅子奮迅の双剣を振るっていたブルーザーが
背後か強撃を受け、二人のいる位置から遠く跳ね飛ばされてしまった。
獰猛なモンスターたちはその隙を逃さない。
集団でもって攻め立て、固まって行動していたプリムとポポイを
“料理”しやすい状態へと巧みに分断した。


「ファファファ…、形勢逆転だなぁ、【ジェマの騎士】よ。
 ………郎党が八つ裂きにされる様を、そこで指を銜えて見ているといいッ!!」
「くッ…そぉッ!!」


このままでは二人が八つ裂きにされる―――。
ダメージが大きいのか、頭から血を流したまま蹲るブルーザーに援護は期待できず、
ランディが直接助けに入ろうと地面を蹴ったその時である。
【最後から二番目の真実】でもない、全く違う旋風が彼の脇を抜けて吹き荒び、
たちどころにプリムとポポイへ襲い掛かるモンスターの群れを一掃していった。
小さな竜巻を生み出して吹き荒れる旋風は、【エクセルシス】の輝きに照らされると、
鋼の塊のような黒光りを反射させた。
鋭利な刃物が四本飛び出す、不思議なシルエットだ。


「―――いつか交わした揺るぎなき約束を守るためッ!!
 親友(とも)よッ!! 馳せ参じたぞッ!!」


モンスター共を薙ぎ払うと、旋光の輪舞はもと来た軌道を再び描き、
その先にはサンド・ベージュ(砂漠の彩)を纏う一人の男。
サンド・ベージュの男の掌へと輪舞は収まった。
静止した状態になって初めて、ランディは輪舞を巻き起こした物体の正体が
巨大な手裏剣である事を視認できた。
そこで、閃くモノが脳裏を走る。
『サンド・ベージュ(砂漠の彩)』、『親友(とも)』、『巨大な手裏剣』………
いくつかのキーワードを統合した結果、
デュランやホークアイから伝聞していた人々の輪郭が浮かび上がってきた。


「もしかして、【ナバール魁盗団】の………ッ!?」
「話に聞く【ジェマの騎士】か!
 我ら【ナバール魁盗団】、義によって助太刀致すッ!!」


閃きは正解。【夢霊哭赦】を携えるイーグルを筆頭に、思いも寄らない援軍が加わった。
エントランスの上方に口を開ける大穴から、
ムササビの如く広げたマントで揚力を保ちつつ飛び込んできた【ナバール魁盗団】は
すぐさまプリムとポポイの盾となり、追撃を加えようとするモンスターから防護してくれた。
これなら当初の予定通りの作戦完遂も難しくはない。
呆然と立ち尽くすジュリアスの目の前で、再び形勢は逆転を見せた。


「ホークに頼まれて待機していたのだが、機転を利かせて正解だったな。
 いつまで経っても連絡が来ないから、見切り突入してしまったんだが」
「えぇ? ホークアイさんに、ですかっ?」
「…? なんだ、あいつ、ちゃんと話を通していないのか?
 ………困った男だな。申し送りはしておかないと、
 加勢に入っても味方が混乱するじゃないか」


砂漠での戦いの折に、デュランたちは【ナバール魁盗団】から申し出のあった後方支援を
「これは自分たちの戦いだから」と断ったと聴いている。
断ろうと提案したのはホークアイだったとも。
それなのにこれはどういう事か。






(―――ああ、なるほど、そういう事…ですか。
 食えない人ですよ、ホントっ)





“敵を欺くなら、まず味方から”。
不意にこの諺が頭に浮かび、ランディは成程と納得して頷いた。
【極光霧繭】の戦いでもそうだが、ホークアイは直接戦闘よりもこうした仕掛けに長ける策士。
口では協力は断ると言っておきながら、裏ではしっかりと協力体制を仕込んでおいたのだろう。
今度の援軍が良い証拠である。
急ごしらえのライフラインで突然に援軍を整える事は不可能なのだから。
二重三重に策を練り、時に味方をも驚かせる妙案で危機を切り抜けてきたホークアイらしい、
大胆で、少しだけ傍迷惑な奇策には、戦上手のランディも頭が下がる思いだった。


「どぅおっせぇぇぇええええええイッ!!!!」


猛獣を髣髴とさせる雄叫びを上げるのは、いちいち説明する必要も無く、ジェシカだ。
今回も今回で、鬼の形相に恐れをなして逃げ惑う魔族どもを
得意の地獄突きで次から次へと沈め、更にはマードック式ブレーンバスター、
シャイニングウィザード、タイガードライバーといった荒業で大立ち回りを繰り広げている。
ジェシカのすぐ近くでは、フレイムカーンもカトラスを抜いて奮戦していた。
負傷したブルーザーを庇って戦うフレイムカーンの剣技は鮮烈で、
一振りするだけで一気に三、四匹のモンスターが薄紙のように両断されていく。


「よし! 兄ちゃん! 準備できたぞッ!!」
「【アドナイ・メレク・ナーメン】、仕掛けるわッ!!」


【ナバール魁盗団】の援軍によって大勢は決した。
イーグルらの活躍に助けられ、自由を得たポポイとプリムによる広域拡散型【アドナイ・メレク・ナーメン】に
曝された生ける屍どもは眩い洗礼の中で昇天し、エントランスに残る兵数は激減した。
屍どもに頼るジュリアスの物量作戦は崩壊し、残されたモンスター、魔族らも次々と討たれていく。
ジュリアス率いるエントランスの陣営の勝機は、ここに完全に費えた。


「フゥーッ…、フゥゥゥー………ッ!!」
「………まだ戦うつもりか。
 いや、もはや戦う事しか残されていないのか、お前には」


二度もの惨敗に打ちひしがれるジュリアスに残された道は只一つ。
誰の物ともわからない、そこら辺に放り出されていた無銘の剣を隻腕に構え、
ランディへ一騎打ちを挑む道しか残されていなかった。
バンドールも何も無く、ただ、末期の死に花を咲かせる道だけしか。


「見事だよ、ここまでバンドールの名を踏みにじってくれるとは。
 あまりに見事過ぎて、賞賛の言葉さえ忘れてしまうほどだ。
 ………受け取るがいい、名門バンドールを愚弄した褒美、
 言葉に代わる餞を、私はこの一太刀に預けようぞォ………ッ!!」


哀しいくらいに緩慢な動きで振り下ろされた剣がランディを掠る事は無く、
躱わし様、横一文字に閃いた【エクセルシス】の反撃によって、
ジュリアスは壮絶な死に花を咲かせた。


「バンドール家に栄光あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええッ!!!!」


最後まで保ったバンドール家への誇りを絶叫し、大の字に斃れたジュリアスを
ランディは顔色一つ変えず、無表情に見下ろしていた。
その瞳に映るのは、戦の無常か、自尊心に縋った男の愚かさ、か。
果たして………―――――――――


「いやいやいや〜、これですよ、これぇ〜♪
 これくらい華々しく散っていただければ、
 屍サンたちを動かしたワタクシとしても大道芸人冥利に尽きるってモンです♪
 …おや、大道芸人を自称するのは彼に失礼でしたね。
 バンドールのご子息サマこそ、
 本日主演の大道芸人に相応しかったのですものねェ♪」


そして、フェアリーとシャルロットに忌まれた道化師姿の【ネクロマンサー(死霊使い)】は
誰の目にも留まらない高座からエントランスの戦いの終結を見守り、
喜劇を満喫した観客のような明るい笑い声と共に盛大な拍手を送った。



「【終わりの始まり】へ添える華としては最高に愉快ですよ、ホント………♪」







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