「………待ちわびたぞ」


玉座へと続く回廊の途中、ドーム状に大きく広がった区画があり、
内部には作戦会議で使われていたであろう石造りのテーブルや大きな篝火が焚かれていた。
【セクンダディ】が本陣として布陣した場所だ。
その中央に【三界同盟】最強の武人が仁王立ちして一行の到着を待ち構えていた。
黒耀の甲冑に見慣れぬ刀剣を携えたその威容は、
ただ仁王立ちしているだけでも凄まじいプレッシャーを放ち、
これを越えなければ先へは進めない、さながら不動の泰山である。
【セクンダディ】最後の一角にして全軍の指揮官、黒耀の騎士が直々に姿を現したのだ。


「あいつぁ、インビンジブルで逢うた………ッ!」
「うちのやどろくのふりんあいてでちッ!!」
「腕組みして待っててもらったところ悪いんだけど、
 大喜びで野郎をエスコートする趣味は無いんだけどね、俺。
 ………どうする、デュラン? このままガチッても次の頂上対決がきつく―――」


ホークアイが言い終える前に、いや、誰の言葉も耳に入れず、
デュランのツヴァイハンダーは黒騎士めがけて振り下ろされていた。


「単騎での不意打ちとは短慮が過ぎるな………早死にするぞ、デュラン?」
「るせぇんだよッ!! 気安く名前で呼ぶんじゃねぇッ!!」


無謀とも言える力任せの斬撃はデュランの身体ごと黒耀の籠手で弾き返され、
続けざまに漆黒の刃が繰り出される。
耳を劈く音を撒き散らして高速回転する報復の刃は、鋭敏にデュランの喉元へ伸びたが、
寸でのところでケヴィンの【ドラゴニック・フォトン・ヘヴンドライブ】の奔流で阻止され、
痛打に苦しむデュランはホークアイの【影抜け】で安全地帯まで移送された。


「何考えてんだバカヤロウッ!!
 考えもなしに飛び込んでくヤツがあるかよッ!!」
「いつもお前が怒っとるリースの無茶とおんなじやないかッ!!
 お前らしゅうないでッ!?」


シャルロットの【エンパワーメント】で治療を受けるデュランを
ホークアイとカールが同時に叱り飛ばす。
いつもなら仲間の短慮を窘めるリーダーらしからぬ無謀だ。
怒りよりも驚きが先立つ叱声も今のデュランには聞こえておらず、
治療もそこそこに再び地面を蹴って襲い掛かった。
全体重を乗せて縦一文字に斬り落とすデュランの十八番、【撃斬】だ。


「一撃必殺狙いの大技を単体で出して、
 受けてくれる相手がいると思っているのか?
 ………それでは私に一撃加える事さえ出来んぞ」
「るせぇっつってんだよッ!!
 当たらねぇなら、当たるまで何度も繰り返してやるぁッ!!」
「荒れた剣しか操れぬか。ステラが泣くぞ?」
「てめえの口から俺の家族の名前を出すんじゃねぇッ!!」


漆黒の刃で何度弾かれても、
何度でも【撃斬】を繰り返すデュランの旗色は只事では無い。
仲間の言葉に耳を貸さないばかりか、血走った眼で無謀な攻撃を続けるなど、
普段のデュランには考えられない行動ばかりだ。
気でも触れてしまったのではないか、と誰もが不安に駆られるほどに。


「―――ちっ! アレじゃ止める事も出来そうにないな…ッ!
 みんな、サポートに回るぞッ!!」
「うん…でも、どうしちゃったんだ、師匠………」
「心配すんのは後回しや!! ありゃあ尋常やないッ!!
 死にに行くようなもんやでッ!!」
「リースがいなくて辛抱たまらん…って事じゃないわよね…。
 もーッ! ツッコミ役がキレてたんじゃ、どうしようもないじゃないの!!」
「ちょっとまった、すとっぷでちっ!!」


苦戦を強いられるデュランのもとへ駆けつけようとするホークアイたちを
慌ててシャルロットが引き止めた。
この異常事態にはさしものシャルロットも焦りの冷や汗を噴き出させている。


「あいつのもってるみょうちきりんなぶき、
 あれは【まな】のいっしゅでちっ!」
「【マナ】か…ッ! 道理でおかしな動きしてると思ったぜ…!」
「【るーいんどさぴえんす】時代に【めがみ】をもりょうだんするとおそれられた、
 【ちぇーんそー】とよばれるさつりくへいきのひとつでち!」
「お前さんのダンナと結託しっとったんや。
 【マナ】の一つでも仕込んどるとは思うとったんやが、
 こうも直球放ってくるとはな!!」
「ちょっきゅうどころかさいあくのへんかきゅうでち!!
 あれをとうけんかなにかとまちがえたらあうとでちよ!!
 【ちぇーんそー】はじゅんすいなせんとうようのものじゃないでち!!
 はくへいせんもなにもなく、ただただひょうてきをやつざきにするための、
 いわばぎゃくさつをもくてきにつくられたさつじんきかいなんでちから!!」
「と、とんでもないモン、持ち出してきたわね、あの偉丈夫…ッ!」
「あのかいてんするはさきにちょっとでもふれたら、
 それだけでにくもほねもこそぎとられるでちっ!!」
「先、言っておいてもらって、良かった…!
 知らないまま、飛び込んだら、きっと、やられてたッ!!」


黒騎士が構える武器の正体を看破したシャルロットから
【チェーンソー】の説明を受けた一同に新たな緊張が走る。
一撃でも掠めれば肉も骨も両断される殺戮兵器が相手だと言うのに、
デュランはダメージも気にせず猛進―――と言うよりも盲進を続けている。
今の状態が続けば、肉も骨も真っ先にやられるのは確実だ。


「ケヴィン、カール、アンジェラの三人は【レフレクター・クィジナート】で攻撃ッ!!
 シャルは【エンパワーメント】でデュランを治療しながら補助魔法で支援してくれ!!
 俺はなんとかヤツの動きを止めてみるッ!!」


この状況で打てる最善の策を発案したホークアイの指示に従って各自臨戦態勢に入る。
水の精霊【ウンディーネ】と風の精霊【ジン】を
同時に憑依させたアンジェラの両手から荒れ狂う風雪が放射され、黒騎士を飲み込んだ。
黒耀の甲冑に対してどれほどの効力があるかは解からないが、
周囲を巻き込み、その威容を凍結させていく。


「―――ヌンッ!!」


アンジェラが危惧した通り、風雪でのダメージは望むべくも無く、
一端は甲冑を蝕む事に成功した凍結も気合い一喝で吹き飛ばされてしまう。
地面や天井、周囲の石壁に僅かな氷が残存するのみだった。


「ィよしッ! こっから決めるで、ケヴィンッ!!」
「うんッ!! オイラたちのコンビネーション、絶対、破られないッ!!」


―――ここからが【レフレクター・クィジナート】の本番だったのだ。
ケヴィンの【ドラゴニック・フォトン・ヘヴンドライブ】と
カールの口から放たれたビームが二筋の閃光を綾なし、
黒騎士―――の周辺に散らばった氷結に直撃した。


「いっけぇぇぇえええッ!! 【レフレクター・クィジナート】ォッ!!」


二筋のエネルギーの奔流は氷結によって反射され、あちこちへと跳ね返る。
跳ね返った先にも氷結が残存し、そこで再度反射、
周囲の氷結が剥がれ落ちるまで縦横無尽に荒れ狂った。
全方位から攻撃を行うこの【レフレクター・クィジナート】は、
リースの【マルチプル・ライアット】と原理を同じくする連携技だが、
標的の無力化を目的とする石つぶてとは威力が桁外れに違う。
しかもケヴィンは【アグレッシブビースト】状態に覚醒しており、
【ドラゴニック・フォトン・ヘヴンドライブ】の破壊力は
想像を絶するものにまで増幅されている。


「これが奥の手か? 賢しさは認めてやるが、
 必殺の名を冠するには、あまりに微力」


並みの相手であれば、灰燼に帰す事は間違いない大技であるにも関わらず、
黒騎士は全方位速射に曝される中、身じろぎ一つもしない。
黒耀の甲冑が誇る堅牢と、大技にもたじろがない気組みの壮絶さには、
自分の行動へシフトするところだったホークアイもさすがに肝を冷やした。
だからと言って、ここでヘタレ根性を出すわけにはいかない。
絶対の防御の裏を掻けば、必ず勝機は見つかる。絶対の防御の裏にこそ、弱点はある。
そう信じて、全身全霊を傾けるだけだ。


「チリも積もれば山となるって諺、知ってるかいッ!?」


持てる限りの【シークレット・ギア(暗器)】、知りうる限りの技巧を
泰然自若と直立する黒騎士めがけて一斉に浴びせかける。
視界を遮る爆弾を、神経を冒す毒針を、肉を削ぎ落とす手裏剣を、骨を貫く鋭利なクナイを、
甲冑の各関節部分へ集中させる。
いかに強固な防御力を誇る甲冑でも、一枚の鉄板で出来ているわけでは無く、
肘や膝、脇といった間接の部位には継ぎ目が存在する。
その死角だけは防護しきれないのだ。その死角こそが甲冑の防護を打ち崩す勝機なのだ。


「ほぅ、介者剣法か…。
 今時この技法を継承する者が残っていたとはな。
 どこかの猪にもその勤勉を分けてやってくれ」
「お褒めに預かり光栄だけど、
 勤勉の成果、まだ終わっちゃいないんでねッ!!」


【介者剣法】と呼ばれる古流武技に加えて、ホークアイは様々な忍術も駆使して立ち向かう。
標的の影から無数の鉄糸を張り巡らせ、四肢を縛って動きを止める【影縛り】、
イーグルとの戦いでも用いた、全身を鉄糸で締め上げる【暗闇蜘蛛】など、
強制的に行動を停止させる忍術を知りうる限り全てを繰り出した。


「………へ、へへっ、冗談きついぜ………」


タネも何も尽き果てたホークアイは、もう乾いた笑いしか搾り出せなかった。
【レフレクター・クィジナート】が決定力を欠く中で
自分の忍術が最大の効力を発揮するとは想定していなかったホークアイも、
甲冑の継ぎ目を狙う【介者剣法】には自信を持っていた。
他の攻撃はブラインドで、直接四肢を攻撃する【介者剣法】が最大のド本命だったのだ。
だが、終わってみれば傷一つ付けられなかった。
甲冑に防護されていない間接の継ぎ目を狙ったはずなのに、
鋭利なクナイも手裏剣も、1ミリも歯が立たなかった。


「間接の部分にも鉄板仕込んでんじゃ―――」
「―――邪魔すんじゃねぇッ!!」


一対一の戦いに割り込んできたホークアイを掌底で張り飛ばしたデュランは、
奇しくも自分で邪魔だと打ち捨てた仲間と同じく、
会得する限りの全ての技を黒騎士へ乱れ撃ちに叩き込んだ。
【撃斬】、【殲風】、【爆陣】、【谺閃】、【断界】………いずれも一撃必殺の爆発力を秘めた重撃が
次々と黒耀の甲冑を揺るがしていく。
石壁をも抉り取る脅威の破壊力を隙無くツヴァイハンダーが産み落としていくが、
やはり黒騎士にダメージは与えられない。


「激昂するな。冷静さを欠けば欠くほど剣が乱れるぞ」
「てめぇを相手にして、冷静でいられるわけねぇだろうがッ!!
 こっちゃ、てめぇが存在してるだけでどうしようもねぇんだッ!!
 どうしようもなくキレちまうんだからよォッ!!」
「………実の息子に存在を否定されるのは、なかなかに心苦しいものだな」
「るせぇっつってんのが聴こえねぇのか、クソオヤジッ!!
 家族を顧みなかったてめぇが、いまさら父親面すんじゃねぇッ!!」
「息子? 父親…っ?」


会話から抜き出した思いがけない二つの単語に思わず漏れた驚きの声は、
ツヴァイハンダーから鳴り響く轟音に掻き消された。
デュランから叩きつけられた言葉がよほどショックだったのか、
一瞬、動きが止まった黒騎士を、初めてツヴァイハンダーが精確に捉えたのだ。
喉笛目指して一直線に伸びた刺突は一撃必殺こそ逃したものの、
フルフェイスの兜を跳ね飛ばし、甲冑に覆い隠された彼の素顔を曝け出した。


「………えっ? し、師匠が、二人?」
「よう見てみい、ケヴィン。あのデカブツのがちぃとばかし老けとる」
「―――ッ!? な、なんで…?
 だって、あいつ、あの顔、確かに死んだはずだって………」
「ちょっと待て、あの顔、見覚えあるぞッ!!
 あいつ、あの黒騎士、まさか、………ロキ・ザファータキエッ!?」
「そのロキ・ザファータキエが、
 デュランと………親子だっちゅうんかい!?」


白日の下に曝け出された黒騎士の素顔に、デュランを除く一同は言葉を失う。
クセのある紫炎の髪をオールバックにし、やや彫が深くなった事以外、
輪郭もカタチも、怖いくらいにデュランにそっくりだったのだ。
それよりなにより、ホークアイもアンジェラも、その顔には強烈に見覚えがあった。

―――――――――ロキ・ザファータキエ。

10年前【フォルセナ】騎士団を率いていた伝説の英雄、【黄金の騎士】。
【ローラント】征伐の折に命を落とした【黄金の騎士】は、
現在も【社会正義】の象徴として各地で語り継がれている。
死ぬ事で伝説と化した男が、今、現世の脅威として立ちはだかっていた。


「心苦しいだぁ? てめえの言う台詞じゃねぇだろッ!?
 これまでてめえの存在が、どんだけの人間殺してきたと思ってんだッ!?
 ええ、【社会正義】の象徴サンよぉッ!!」


デュランを突き動かすのは、はち切れるばかりの憤怒。
確たる証拠も無く【社会悪】を討ち果たした英雄への怒り。
命を賭して【社会悪】を滅ぼしたロキの偉業は後の騎士の胸にも受け継がれ、
今日にも【黄金の騎士】の存在は、
三分の理を弁明させる間も無くテロリストたちを処断する、
絶対普遍の【社会正義】の教えとして根ざしている。


「こないだもよぉ、てめえのせいで一人死んじまったよッ!!
 てめえが【社会正義】の象徴なんてクソみてぇなもんに
 祭り上げられてくれたお陰でよぉ、また一人殺されちまったッ!!
 なんでテロになんか手を染めたのか、尋問も何にも無ぇままよォッ!!
 女一人に集団で斬り付けやがったんだぜ!? てめぇが残した【黄金騎士団】の連中がぁッ!!」


デュランの胸に渦巻く憤怒の中には、あの祝賀パレードの日、
胸の中で絶命した哀しきテロリストの顔が浮かんでは消える。
明滅するには、哀しきテロリストだけでは無く、
これまでの人生に顕れた全ての【社会悪】が、
弁明の法廷も用意されず、その場で処刑されていった者たちが
浮かんでは消え、憤激の火勢を増幅させていった。
血の通った人間を虫けらに変えてしまう【黄金の騎士】の教えは、
デュランにとって何よりも許しがたい、それこそ邪宗と同義なのだ。


「【社会悪】は即座に征伐する。
 それは【社会】の秩序を護る上で欠かす事のできぬ思想ではないか」
「大法螺吹く前に足元見てみやがれッ!!
 てめえの理想ばっかに目ェ向けて、自分のカミさん見殺しにするのは、
 それじゃあ、てめえ、【悪】じゃねぇってのか、ああッ!?」


黒騎士へ、ロキへ、―――父親へ向けて、ツヴァイハンダーが投擲された。
突き動かす憤激は炎怒となってデュランを焼け焦がしていく。
【狂牙】の文字通り、狂乱の絶牙にその身を変え、猛然と吹き荒ぶ。
ツヴァイハンダーを回避したロキに一足飛びで詰め寄ったデュランから
拳が、蹴りが、メチャクチャとしか形容できないラッシュが乱れ飛んだ。


「おおおぉぉぉらぁぁぁあああッ!!」


コークスクリューフックが眉間をブチ抜き、ニーアッパーが顎を跳ね上げ、
ローキックが脛を打ち据え、ワンインチパンチが鳩尾を貫いた。
【獄鎖(ごくさ)】という名を持つこの技は、一撃一撃に凄まじい重みを秘めた乱打ではあるが、
やはり黒耀の甲冑に効果は与えられない。
いたずらに自身の身体を傷つけていくだけだと言うのに、デュランは猛打を止めようとはしなかった。


「―――トドメにしてやらぁッ!!」


乱打の最後にアッパーキックでロキを上空高くへカチ上げたデュランは
すぐさまツヴァイハンダーを拾い上げた。
急降下時にかかる荷重を利用し、真っ向から両断するつもりだ。
ここまでの攻撃でダメージが与えられなかったツヴァイハンダーで、
果たして荷重が加わった程度で両断という結果を編み出せるものなのか?
大いに疑問だが、最早デュランの頭にそうした考えが走る事すら無い。
【狂牙】を突き動かす憤激は、冷静さをも焼き尽くしていた。


「―――【爆陣】………ッ!」


中空へと押し上げられたロキは、至って冷静にチェーンソーの回転を静止させ、
単純な漆黒の刃へと切り替えた。
眼下には自分を薙ぎ払おうとする息子の巨剣が見える。
振りぬかれたツヴァイハンダーの一撃に合わせて、ロキは反撃の【爆陣】を見舞った。


「―――――――――ッ!!」


【破壊力】などと軽々しく形容できる規模のものではなかった。
活火山が噴火したような衝撃と爆発が巻き起こり、
デュランを、ホークアイを、皆を飲み込んで本陣もろとも破裂した。


「起動状態では危険なのでな。静止状態で打ち返させてもらったぞ」


制止状態でこの結果なのだから、起動状態で放たれていればどうなったのか。
たったの一撃で瀕死の重傷に陥った一行の中に、
立ち上がるだけの気力を残す者は誰もいなかった―――


「なめて…んじゃねぇぞ…てめぇ………仏心…くわえ…たつもりかよ………」


―――ただ一人、デュランを除いて。
後衛で吹き飛ばされたホークアイらと異なり、
直撃に曝されたデュランのダメージは他の誰よりも重く、
本来なら立っている事もおぼつかない致命傷だ。
全身から鮮血が噴き出し、ガントレットや鎖帷子も使い物にならないまでに
破壊されてしまっている。
それでも、ツヴァイハンダーを杖代わりにデュランは立ち上がった。
戦う力すら残存していないというのに、動く事さえできないと言うのに。
哀しいまでの憤激だけが彼を突き動かしていた。


「………まだ戦うつもりか、デュラン」
「戦うんじゃねぇ…、俺は…、てめえを………殺す…それだけだ…ッ!!」


昏い、奈落の底よりも昏い眼光を実の息子から浴びせられたロキは
初めて超然と構えていた表情を苦々しく曇らせた。


「………そうか、あくまで俺を殺すと、そう言うのか………。
 ………いいだろう。飽くなき闘争心に応え、我が乾坤の一刀をお前の命に刻んでやろう………ッ」
「―――やべぇ…! くそッ、デュランッ!!」


防御も回避も出来ない状態のデュランの頭上へ、漆黒の刃が振りかざされた。
あの状態で奥義など食らえば即死などというレベルでなく、
デュランはバラバラに斬殺されてしまう。
そう考えた時、ホークアイの身体は自然に動いていた。
今にも最期の一太刀が振り下ろされる瞬間、デュランの目の前に滑り込み、
我が身を盾にして立ちはだかった。


「ホーク………ッ!!」
「お前が…ッ、親友が殺されるのを黙って見てられるほど、
 俺は慎重派じゃねぇんだよッ!!」


漆黒の刃の軌道は止まらずホークアイの脳天を捉える―――かに思われた瞬間、
音速で飛び込んできた何かがロキを跳ね飛ばし、二人は九死に一生を得た。
惨劇を予測して両手で目を覆ったアンジェラの脇を誰かが駆け抜ける。
と同時に一行の身体に活力が戻り、重傷の激痛も和らいでいった。
【エンパワーメント】の魔法である。
しかし、ボロボロのシャルロットには詠唱すら難しかったはずだ。


「―――私を置いていくからバチが当たったんです。
 これで反省してくださいっ」


黒耀の甲冑に弾かれた銀槍を拾い上げ、その穂先をロキへ向けて敢然と構えるのは、
確認を取るまでも無い、全速力で駆けつけたリースだ。
銀槍【ピナカ】でデュランとホークアイの危機を助け、
同時に【エンパワーメント】で仲間を癒したリースが、怯む事なくロキを睨み据えた。


「ロキ・ザファータキエ………っ!」
「覚えておいでか…、アークウィンドの姫巫女よ…」
「………自分の故郷を奪った相手の顔を
 どうして忘れられましょうか」
「………………………」
「―――どけ、リース。こいつは俺の敵だ」


思わぬところで思わぬ人物と再会を果たしたリースを押しのけ、
なおも狂牙を突き立てるべく特攻へ踏み込もうとするデュランの歩みを
銀槍の長い柄が遮った。


「“俺の敵”、ではありませんよ。
 “俺たちの敵”に訂正してください」
「リース…ッ!!」
「私たちは【仲間】です。
 【仲間】が向かう先は、いつだって同じ方向でしょう?」
「………………………」
「それとも、私の再会には気を使っておいて、
 自分の危機には気を使わせてくれないのですか?
 ずるいですよ、デュラン」


ただそれだけで。ただリースの微笑みが傍にあるだけで、
怒りに狂ってどうしようも無かった炎が弱まり、消えていく。
自分でも不思議に感じるくらい、静かな心を取り戻せていた。


「ちぇっ、なんだよなんだよ、結局デュランも色ボケ野郎じゃんか。
 俺らの呼びかけは無視で、リースの声だけ反応すんだもんな」
「あら? えてしてヤンキーとヒロインなんてそんなもんでしょ」
「ひゃっひゃっひゃ…。みるでち、デュランしゃんのあのまぬけづら。
 さっきまでのいかれぽんちとどういつじんぶつとおもえないでちねぇ。
 いろぼけとおりこしていろぐるいでち、いろぐるい」
「色狂い? カール、なに、それ?」
「………教育上、お前さんにはまだまだまだまだ早いオトナの世界のお話や」


漆黒のロキ一点に絞られていた視野が急速に広まっていくと、
気付かない内にホークアイが隣に立っていた。ケヴィンとカールも続けて居並ぶ。
背後にはアンジェラとシャルロットの気配を感じた。
皆、ボロボロだ。ボロボロになっている事さえ解らずにいた。
頭に血が上っている間に、仲間たちの負傷さえ見落としていた事を
ようやく悟ったデュランは、自分を恥じて俯いた。
そんなデュランの肩をホークアイの手が軽く叩く。
凹んでんじゃないよ、と喝を入れるように一回だけ、バシンと叩く。


「よーやくこっちの世界に戻ってきたんだ。
 今度はブチギレないように気をつけてくれよな、親友」
「色々聴きたい事は山ほどあるけど、まずはケリ着けちゃわないとね!」
「ケヴィン、【アグレッシブビースト】、もいっぺん、行けるか?」
「もちろん! オイラ、何度だって、戦ってみせるよ!」
「いいでちか、みなしゃん。あの【ちぇーんそー】はくどうぶぶん、
 つまり、つばもとのあたりをふんさいすればきのうをうしなうでち!
 まずはてもとをねらうでちっ!!」
「………貴方の抱える事情、今は聴きません。
 話したくなった時に話してください。
 今は、目の前の戦いに、超えるべき壁に全力を傾けましょうっ!!」


そうだ、落胆している暇などあるものか。
まだ戦いは続いている。眼前の死闘も、
【キマイラホール】内に散らばった仲間たちの合戦も、まだ続いているのだ。
マサルとの約束を果たすためにも、ランディの勇気に報いるためにも、
至上の目的を隅に置いて駆けつけてくれたリースに応えるためにも、
煮えたぎる怒りを明鏡止水に変えて、【三界同盟】の野望を粉砕する。
自分たちが目指す未来は、この父を超えた先にあるのだ。


「戦う気力を取り戻したか―――良い瞳になったな」
「いちいち反応すんじゃねぇよ、クソオヤジ。
 ………そうだな、俺はてめぇなんかに構ってる暇は無ぇんだったな」
「ほぅ………」
「てめぇは必ずブッ潰す。
 けどな、その前に俺は駆け抜けなきゃならねぇんだよ、
 【草薙カッツバルゲルズ】と、【仲間】と一緒によぉッ!!」
「―――いや、なかなかに見ごたえのある大殺陣でしたが、
 とりあえずそこまでにしておきましょうか。
 本気で殺し合いに興じてはこの先の大事に不具合が生じかねませんしね」


ツヴァイハンダーが、銀槍が、漆黒の刃が、最後の死闘を交えるかに見えた時、
緊迫とした空気にはいかにも場違いな拍手と、笑気を含んだ明るい制止が闖入してきた。


「ヒ、ヒースじゃないでちか!
 あんたしゃん、よくもぬけぬけとしゃるのまえにつらみせられたもんでちねっ!!
 じょうしきをうたがうでちっ!!」
「お呼びに馳せ参じたと言うのに随分つっけんどんに言ってくれますねぇ。
 我が妻ながら手厳しいことで………」
「卿が現れたと言う事は………」
「ええ、準備は全て整いました。
 【三界同盟】幕引きのラストダンス、お見せいたしましょう」


突然闖入してきたヒースによって双方の戦意は有耶無耶のうちに鎮められ、
――――――その瞬間から終焉への舞踏が始まった。






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