ヒースがパチンと指を弾くと、新たな【デジタル・ウィンドウ】が表示された。
今度の【デジタル・ウィンドウ】は、【テラ】の歴史上に起こった大きな事件をピックアップし、
次々と映し出していく。
デュランとリースが【インビンジブル】で戦ったヤクトパンサーに良く似た戦車の映像、
狭い小路で死闘するだんだら羽織の剣士の映像………どうやらピックアップされる対象は
歴史上でも大きな意味を持つ【戦い】のようだ。


「【テラ】という世界を象徴する言葉を挙げるとするなら、まさしく【闘争】。
 権力闘争、紛争、侵略…ありとあらゆる【闘争】によって、
 毎日のように大勢の命が失われていた…命の取捨選択が日常化していた世界です」
「どんだけ危ない世界なのよ………」


【イシュタリアス】とて【闘争】が少ない世界ではない。
数々の侵略や民族虐殺を繰り返してきた【アルテナ】の歴史から見ても一目瞭然だが、
それでも【アルテナ】が動きを見せない限りは戦争が勃発するような事は無く、
あるとすれば国家間・政治家間の政争劇程度だ。
しかし【テラ】はどうだ。
【デジタル・ウィンドウ】へ映し出された歴史を見る限り、
血なまぐさい【闘争】と共に歩んできた世界と言っても過言ではない。


「腥風止まない劣悪な世界情勢であったのは確かです。
 階級差別もありました。民族迫害も【アルテナ】の比では無い。
 そんな物騒な世界ではありましたが、それでも人々は輝いていた。
 乱世の暗黒をも照らすほどに輝く瞬間があったのです」


民衆が諸手を挙げて歓喜する光景が、【闘争】の映像に続く。


「これは…?」
「【産業革命】と呼ばれる時代を捉えた映像です。
 かつて貴族による階級差別に苦しんでいたプロレタリアたちが
 自分たちの磨き上げた技術で上流階級を追い落とし、
 ついに【自由】を勝ち取った名誉ある時代の瞬間ですよ」
「階級差別って、上層から踏みつける支配体制だろ?
 よくそんな趨勢を覆せたな」
「それまでの民衆は特権階級の者たちに虐げられてきました。
 しかし、彼らの想像を遥かに超えて民衆の技術が【発展】する速度は凄まじかった」
「それがどない経過で【革命】に繋がってったんや?」
「技術の【発展】が最も飛躍させたのは有産者の【誇り】です。
 無産者には決して真似する事のできない唯一無二の技術力が
 民衆に生きる事への【誇り】と、【自由】への勇気を与えた。
 ………下流が上流を覆す潮流。それが【産業革命】です」
「………ちょっと待った、それじゃデュランのオヤジさんは………」
「一極支配に傾く【アルテナ】を滅ぼす【産業革命】、
 それを【イシュタリアス】へ復古させるつもりなのです。
 その為に、世界を灰燼に帰す」
「………………………」
「人類の叡智、【マナ】を現世に復古させる事で民衆に力を与え、
 【アルテナ】の支配力を殺ぎ取る。
 これこそロキ氏の本当の狙いなのです」


加速度的に繋がっていく点と線の決壊に、
エリオットどころか誰もが既に許容量を超えていた。
酸素の足りない金魚のように口をパクパクと開閉させるデュランたちの反応を
まるでヒースは楽しんでいる様子だ。


「ではいよいよデュランくんお望みの核心へ入るとしましょうか。
 ロキ・ザファータキエが、かつての【黄金の騎士】が、
 ………【社会正義】の忠実な僕であった男が【革命】へ反転したのか」
「―――――――――ッ!!」
「デュラン………っ」
「わかってる。…取り乱すようなマネはしねぇさ………」


移ろう歴史は一気に駆け上り、【デジタル・ウィンドウ】には、
見た事も無い建造物が立ち並ぶ町並みが映し出されている。


「あれ、もしかして、【マナ】…?」
「ケヴィンくんの仰る通り、ここからは【マナ】が栄華を極めた時代。
 【テラ】が終焉を迎え、【イシュタリアス】が開闢する時代の物語です」
「そこにあのクソオヤジがイカれた原因があんのか?」
「【マナ】の暴走が世界的な破壊をもたらした…という考古学者の仮説は
 デュランくんもみなさんもご承知ですね?
 誤った情報が錯綜する中でも、これは正解と言って差し支えありません。
 とある【マナ】が暴走し、【テラ】文明は事実上の消滅を迎えたのです」
「………………………」
「大地が裂かれ、空をも死に絶えた【テラ】を儚んだ人類は
 やがてこことは異なる世界へ旅立つ決意を固めます。
 極めて近く、そして限りなく遠い異世界へ新天地を求めました」
「え? そ、それじゃ【イシュタリアス】に繋がらなくなるんじゃ………」
「全ての人類が新天地への旅立ちに応じたわけではありません。
 土着に生きる一握りの人々は、あくまで【テラ】で居残る道を選びました。
 星と共に生きて、果てる。人類のあるべき姿だと考えたのでしょうね」
「その一握りとやらが、俺たちの祖先ってワケか………」
「ふわぁー………、SF小説みたいな展開で、ボク、もうお腹いっぱいだよ…」
「言い得て妙な例えですね。
 ………ここで登場するのが【女神・イシュタル】です」


ヒースに破壊と隷属と邪神と蔑称された【イシュタル】が題材に登り、
一行に言い知れぬ緊張が走る。


「デュラン………」
「………………………」


ロキ・ザファータキエが【革命】に暴走する発端へと遂に踏み込むのだ。
瞳の奥に暗い炎を宿し始めたデュランの手を、リースが気遣わしげに握り締めた。
彼の心を怒りで塗りつぶさせないようにと、優しく柔らかく包み込んだ。


「人類の前に降臨した【イシュタル】は【マナ】によって滅びた世界を癒し、
 自然溢れる星へと甦らせました。
 そう、ヒトの手にて【発展】した技術【マナ】が世界を塗りつぶす以前の姿にね」
「どっちかって言うと【産業革命】の頃に近くないか、この映像の世界?
 【マナ】の時代より【イシュタリアス】の世界に似てるよな」
「でしょうね。【産業革命】から数千年は経過していますから。
 おそらく【イシュタル】も意図的に【産業革命】前後の世界へ合わせて調整したのでしょう」
「【マナ】が、ヒトの技術が【発展】する前後の世界っちゅうわけか。
 なるほど、ある意味でこれ以上ない皮肉やな」
「ある意味って、どういう意味なのよ?」
「それは自分で考えや。………ん? ちょう待て、ホーク。
 おかしいやないか、【女神】に再生された世界っちゅうことは
 つまりここ【イシュタリアス】や。似てるも何もあらへんやないか」
「あ、そりゃそうか―――って、んん!?」
「そや、わかったかっ!!」
「いや、お二人ピピンと来たって、ボクら全然わっかんないからさ」


一般人には理解に苦しむヒースの説明へ何事か閃くものを感じたホークアイとカールは
顔を見合わせて驚愕し、絶句した。


「もしかして………」


と、完全に言葉を失った二人が本来継ごうと考えていただろう二の句をリースが推理した。


「もしかして、千年もの間、人類が全く【発展】していなかった事に
 お二人は何かを感じていらっしゃるのではないでしょうか…?」
「でしょうね。自らの技術を絶え間なく【発展】させていたはずの人類が
 千年もの間、どうして機械文明を復古させられずにいたのか。
 それに付帯して、滅びた【マナ】の記憶がどうして途切れてしまっているか。
 きっとお二人の頭の中では堂々巡りしている真っ最中でしょう」
「こんがらがってるのはアタシたちも一緒よ。
 一体全体何がどうなっちゃってるわけ………」
「カンタンな事ですよ。
 人類の祖先は【イシュタル】の手で悉く記憶を操作され、
 【テラ】にまつわる一切の情報を消滅させられたのです」
「………き、記憶操作………」
「そればかりか【イシュタル】は人類から技術力の推進を奪いました。
 ………即ち、何でも叶う力、【魔法】の授与です。
 まさしく【魔法】は万能の礎ですが、裏返せばどうです?
 【魔法】さえ備えてあれば、ヒトは自らの技術を高める思考を持たなくなる。
 ぶっちゃけた話、飼い殺されたわけですよ、我々人類はね。
 千年もの長きに亘り、【発展】の無い世界に閉じ込められてきたわけです」
「せやから、隷属を司る邪神…ちゅうわけかい」
「人類が再び【マナ】、あるいはそれと同等の機械文明を発明し、
 地上に災厄を振りまくのを見るのは忍びなかったのでしょうね。
 独り善がりもいいところの恩恵ですよ」
「………………………」
「…ま、全ての人類が【魔法】との相性良く出来ていたわけでは無かったようですがね。
 【女神】の浅知恵と言えば良いのでしょうかねェ」


今でこそ鎮静されたが、遥か昔の【イシュタリアス】には、
【魔法】の才能の優劣による序列差別が存在していた。
【魔法】を使える者は優れ、使えない者は下流に位置するという悪しき理念だ。
【社会正義】を標榜する【アルテナ】、とりわけ現女王ヴァルダの尽力によってその悪習は費えたが、
飼い殺しの種を主導する国の歴史として見ると、なんともシニカルな話ではないか。


「―――ちょっと待て、また矛盾だ。
 人類揃って記憶操作されたのに、どうしてそんな事実が解るんだよ?
 記憶もない、技術もない状態なのにさ」
「【女神】の支配力も遺された【マナ】にまでは及ばなかったようですね。
 世界に起こった全ての出来事を、監視衛星【テスカポリトカ】が捉えていたのです。
 【テラ】の消失も、新天地への旅立ちも、
 再生し、【イシュタリアス】と名づけられた世界のリセットも、
 ………【女神】による【発展】抑制の狡猾も全て、ね」
「ヒトの手にて造られし星が…か」
「―――さて、長々とお話をさせていただきましたが、
 ここで一つクエスチョンを出す事にしましょうか」
「ああッ? てめぇな、ヒース、こっちゃガマンして付き合ってやったんだぞ?
 なのにクイズたぁどういう了見だ?
 てめぇ、そんなに俺をブチギレさせてぇのかッ?」
「はっはっは、リースさん、もうちょっと強めに宥めておいてください。
 【旧人類(ルーインドサピエンス)】もこうしたユーモアを大事にしていましたよ?
 時にジョーク、時にクイズを挟んでこそ物事はつつがなく進行するという―――」
「ヒースのはなしははじまるとながいからぶっこぬくでち。
 まわりくどくやっとらんと、さきへすすめないと
 デュランしゃんに【ぺだん】をねこそぎはかいされるでちよ、このぬけさくがっ!」
「ハニーも酷いや。最後まで聴いて初めて意味を成すって言うのに…」
「わかったわかったッ!! あと一回だけ悪ふざけに付き合ってやるから、
 いじけてねぇでとっとと進めろッ!!」
「名づけて総括クエスチョン!
 ここまでに登場したキーワードを目の当たりにしたある一人の男がいました。
 さて、それは誰でしょうか」
「………………………ロキ・ザファータキエ。
 クソオヤジか………ッ!!」
「ご明察。【ペダン】と同じ観測機能を備えた場所で
 【イシュタリアス】の真実を知ってしまったロキ氏は
 【女神・イシュタル】への絶望に打ちひしがれ、
 かの邪神を討つべく【革命】への一歩を踏み出したのです」
「………………………」


人類の平和のために戦ってきた【黄金の騎士】にとって、
人類全てを謀ってきた【女神】の行いは許しがたい背信であり、
真実を目の当たりにした瞬間、ロキの心の中で【女神】とは、
敬虔にひれ伏す絶対者から誅滅すべき【悪】へと塗り替えられたのだ。






(どこまで単純に出来てんだよ。本物のバカじゃねぇかよ………)






捉えようによっては哀しい正義感の末路と憐れむ事も出来ただろうが、
単純と言えばあまりにも単純な行動原理にデュランは呆れ果て、
ほんの僅かな同情の念すらも抱くことは出来ない。


「痛いですよ、デュラン。もっと優しくしてください…」
「…だったら放せばいいだろ」
「それはできません。放したら、貴方はきっと見境無く暴れまわる。
 暴れに暴れて、最後に後悔に苦しむでしょうから………だから、放しません」
「………そうかよ」


何とも言えない憤りと怒りが渦巻き、腸の煮え返る思いが全身を駆け巡る。
きっとリースの柔らかな手が包んでいてくれなかったら、
心を掴んでストッパーをかけていてくれなかったら、
今頃はドス黒い感情の赴くままに暴れまわり、【ペダン】を破壊し尽くしていたはずだ。


「お前さ、わざと俺らを煙に巻こうとしてないか? また矛盾が飛び出たぞ。
 【テラ】と【イシュタリアス】の真実を知ったところで、
 それがイコール【アルテナ】への反逆には繋がんないじゃんか。
 【女神・イシュタル】を憎む事になったってさ」
「そこで今回のクライマックスへと移行するわけですよ、ホークアイさん。
 【アルテナ】にまつわる、大きな大きなクライマックスへ、ね」


誰より一番近しい人の温もりに救われて平常心を保てているデュランは、
ヒースへ促されるまま、仲間と共に彼のラボの最奥部へと足を踏み入れていった。













ラボの最深部には、【デジタルウィンドウ】によく似た形のディスプレイやコンソールが
ところ狭しと設置され、【マナ】に縁遠いデュランたちにはそれだけで圧巻だった。
呆気に取られるを置き去りに、ヒースとシャルロットは
慣れた手つきでそれらを自在に操作している。
指先が動く度に表示画面が変化し、その度にどよめきが起こった。


「すごい、なんだか、異世界にいるみたいだ。
 ルッカさんにも、見せてあげたいな。きっと、喜んでくれる」
「ルッカ? 誰それ? そんな人、兄貴のチームにいたっけ?
 ボクの知らない人?」
「うん、チームメイトじゃ、ない。
 【ガルディア】って国で会った、からくり発明家の、お姉さん。
 すごいんだ、マンガとかに、出てきそうなロボット、
 一人で、作っちゃったんだ」
「【ガルディア】? からくりの技術者? …それで、ルッカ…?
 あれぇ…、どっかで聴いたこと、あったんだけどな、それ………なんだっけ?」
「ホント!? うん、きっとエリオットも、聴いたこと、あるはず! すごい人なんだ!」
「ルッカ…、ルッカ…、【ガルディア】でルッカ………。
 雑誌じゃないよな。確か新聞だったよーな………」
「新聞にも出てたんだ! オイラたちが、ルッカさんに会ったの、
 【ガルディア】のお姫様の、結婚式の日だったんだけど、
 そこでルッカさん、ロボット、動かしたんだ!」


【ガルディア】で出会ったルッカとからくりのロボットは、
今でもケヴィンの心の中では大きい存在であり続けているらしく、
あのアームが、あの胴体が、と身振り手振り交えてエリオットへ話す瞳は
キラキラと輝いていた。
………彼女が迎えた哀しい結末を知らない、純粋無垢な瞳で。


「―――あッ!! お、思い出したッ!!
 【ガルディア】のルッカ! ルッカ・キヴォーキアンッ!!」


どこか聞き覚えのある名前に首を捻っていたエリオットは、
幽閉されていた当時に読んだ新聞の一文を思い出し、
衝撃を受けたその忌み名を絶叫した。


「そうそう! ルッカ・キヴォーキアンさんッ!!
 知ってる? わ〜、やっぱり、ルッカさん、すごい人なんだ〜」
「す、すごいも何も、その人、【黄金騎士団】の連中に―――むがっ!?」
「―――表彰されたのよね、確か。特別功労賞だか何とかって賞でさ」
「もご!? むごごごっご!?」
「やった! かっこいいや、ルッカさん! 
 今度ポポイに会ったら教えてあげよっ!」


ケヴィンの知りえない事実を叫びかけたエリオットの口を
背後から手を回して押さえたのはアンジェラだった。
適当な受賞を見繕い、有耶無耶に誤魔化すのは、事情の一切を知っているからだ。
【ガルディア】王女を狙った前代未聞の暗殺未遂事件は
ケヴィン以外の誰もが周知しており、このままでは彼に
知らなくても良い事実を刻む事になると判断したアンジェラは
咄嗟の機転で出任せの受賞を吹聴し、寸でのところでそれが功を奏した。


「おう、ケヴィン! あっち見てみろや。
 ルッカが気に入りそうな【マナ】が置いてあるで」
「どこどこ!? そうだ、あとでヒースさんに訊いて、
 持って帰って良いもの、あったら、お土産にしよっと!
 今度、ルッカさんに会ったら、渡してあげるんだ!」


アイコンタクト一つでカールと連携を組み、トラブルの種から引き離す事にも成功。
ここまで来れば一安心だ。
口を押さえられたトラブルの種は、アンジェラに抱きすくめられたまま
真っ赤になってもがいていた。


「ああ、ゴメンゴメン、息、出来なかった?」
「そ、そそそ、そんなのは、べ、べべべ、別にいいんだけどサ…」
「? なに赤くなってんのよ?」
「だ、だだだ、だってさ、そのさ、後ろから手ぇ回されたときにさ、
 ………その、あ、アンジェラの、………お、おっぱいが、その後頭部に………」
「アタシの…なに? ボソボソ声じゃ聞き取れないんだけど」
「そッ、それよりもッ!! どーしてケヴィンにホントの事、話してやんないのさ?
 黙っていてやるのも優しさだけど、黙っているのは何よりも残酷じゃないの?」
「………キミってば子供のクセにすごい言葉を辞書に持ってるんだねぇ。
 お姉さん、びっくりしちゃったわ」
「これでも姉さまより語学のテストは成績よかったんですから!」
「――−でも、まだまだ子供だな」
「なッ、何ぃ…?」
「おいおい…、アンジェラん時とえらい態度が違うよなぁ〜…」


アンジェラには真っ赤になっていたエリオットだが、
彼女を援護射撃するホークアイに対しては噛み付くようなこの剣幕。
リースと全くタイプの異なるアンジェラは年上のお姉さん然としていて、
実はほのかな憧憬の対象なのだが、
ヘタレ、ダメ野郎の風聞で通るホークアイに何か教訓めいた事を話されるのは
エリオットにとって屈辱以外の何物でもない。


「ま、そーゆーところもひっくるめて、お前はまだまだお子様だよ」
「子供って言うなッ!!」
「現実を突きつけられた時、そうやって言い返せる強い人間はな、
 お前が考えているほど多くないんだよ。
 大抵のヤツは耐え切れない現実の前にへこたれちまう。
 じゃあ、ケヴィンはどうだ? 精神的にそんなにタフに見えるか?」
「………………………」
「そういう事なんだよ。事実を知らせる、知らせないってのはさ。
 お前は読書家で知識も豊富らしいけど、紙の上でしか人間ってのを知らない。
 事実を知らないからこそ、伸びやかに生きられるヤツもいるってわけだ」
「あーそーですか! とても勉強になりましたッ、アンジェラ先生!」
「こら待て! 最後ビシッと締めたの俺じゃんか!?」
「うっさいヘタレ! どーせへこたれちまったのって、お前の体験談だろ!?
 情けないったらありゃしないね!!」
「そうだよ、悪いか、コノヤロ! 経験則ってのは一番説得力あんだぞ!!」


紙の上の知識しかないのはエリオット自身にもわかっていたが、
それでも相手はヘタレホークアイ。素直に首を縦に振るにはプライドが邪魔をする。
いくら実になる正論を教えられても、実はこの人は本当に明細な人物なのだと理解できても、
エリオットには、素直にありがとうとは言えないのだ。


「あんたしゃんらはさっきからなにごちゃごちゃやってるでちか。
 ひとがしごとしてるときにあそんでるなんていいどきょうでち!
 こんなあほうどりどものためにほねおってるじぶんがばからしくなるでちね!
 も〜、やめやめ! かえっておひるねするでちよっ!」
「はっはっは、ハニー、ここは抑えて抑えて…。
 ようやっと本番なんだから、ここでゴネちゃ意味ないでしょう?」


そうこうしている内にヒースとシャルロットの準備が整ったようだ。
腰掛けていた機械仕掛けの椅子から立ち上がり、改めて一同に向き合う。
緊張した面持ちのデュランに薄い微笑みを返し、メガネを外しながら、
【黄金の騎士】が【黒耀の騎士】へと変貌したのか、その核心を語り始めた。


「【未来享受原理】―――真の【民主社会】を掲げながら、
 魔法の研究と国際テロ事件鎮圧の実績によって強大な発言権を確保、
 事実上の一極支配を執り行う【アルテナ】の体制は大昔から不動のものでした。
 【パンドーラの玄日】以降、ヴァルダに世代交代してからの隆盛は
 特に目を見張るものがありますね」
「………………………」
「世界を主導する【魔法】の研究に一歩抜きん出るのは、
 学者たちの努力の結晶として認められる範疇です。
 しかし、ここで疑問に思っていただきたい事があります。
 それは―――」
「―――国際テロ事件鎮圧の実績…か」
「そうです。わかってきたじゃないですか、デュランくん」
「わかったもなにも、そいつは俺が【アルテナ】を毛嫌いする一番の理由だからな」
「これは愚問。
 そう、反社会的なテロ事件を数限りなく取り締まった実績が世論を掴み、
 【社会正義】の象徴として祭り上げられています。
 それこそが【アルテナ】を大国たらしめる最大にして不可欠の要因です」
「民主主義謳っときながら、一極支配なんてふざけた体制にふんぞり返っていても、
 【社会正義】の英雄だったら、誰も何にも言わねぇわな」
「そう、【アルテナ】は市民の防人。だから権力が集中しても民衆は不満を抱かない。
 実に巧みな政治戦略です。世論を味方に付ければ磐石となりますから」
「せやから【黄金の騎士】も迷い無く【社会正義】の道を邁進しちょったんやろうな」
「何の疑いもなく突き進んでいた事でしょう。
 しかし、彼はある時、気付いてしまった。
 【アルテナ】が隠蔽していた忌むべき権謀術数に」


そこで一旦話を区切り、パチンと指を鳴らす。
広い室内へ弾く音が共鳴するなり、数十にも及ぶ【デジタルウィンドウ】が
一行の眼前へ、背後へ、左右へ縦横無尽に展開した。


「現在【イシュタリアス】で使用されている言語に翻訳してあります。
 論より証拠。しばしこちらをご覧ください」


【デジタルウィンドウ】には何事か文字の羅列が表示されており、
少しずつ目で追って判ったが、ここには【アルテナ】にまつわる記録が書き記されているようだ。
長い文章の合間には、時折記事に関係した写真が掲載してあり、
触れると見やすいように拡大表示された。


「なんなの…、なんなんのよ、これ………」


手近の【デジタルウィンドウ】に目を落としていたアンジェラは
そこに記されたあまりに衝撃的な内容に息を呑み、閉口した。
【デジタルウィンドウ】には、過去百年近くに上る【アルテナ】の黒い歴史が
逐一詳細に掲載されていたのである。
アンジェラが今目を通していた物には、かつて【アルテナ】が鎮圧した、
魔力の有無に起因した序列差別にまつわる記事。
表向きには【アルテナ】の取り締まりによって撲滅した序列差別だが、
真実を映し出す光の板には、その影に隠された真実の闇。


「………『【アルテナ】本国より派遣された諜報部員、各地へ散開、情報工作を開始する。
 経過日数はおよそ一年。各地で序列差別、始まる。
 こうした風潮を【社会悪】として毅然鎮圧する事により、
 【アルテナ】の威信、より磐石な物となる』」
「これってまさか………」
「いわゆる一つの自作自演ってヤツですね。
 【アルテナ】はさも英雄的に差別を撲滅したように振舞っていますが、その実は何てことはもない。
 あらかじめ放っておいた工作員によって民衆を扇動し、
 それを踏み台に【社会正義】の名を騙っただけの事ですよ」
「そんなんばかりやないか! さっき読んだ【パンドーラの玄日】もそうや!
 【パンドーラ】の若手将校へ出資しとったのは、
 よりにもよってア、【アルテナ】のペーパーカンパニーやないか!?」
「で、でもそれは理論的におかしいです!
 アンジェラのお婆様はっ、先代女王はそのクーデターで亡くなったのでしょう!?
 自分の命を奪う事件に出資するなんて………ッ!」
「ち、ちゃうんや、リース! そのペーパーカンパニーっちゅうんは、
 ヴァルダが、アンジェラのおっかさんが用意したもんなんやっ!」
「………う……そ………」
「残念ながら真実ですよ、【アルテナ】のご息女様。
 支配力を高める策謀には、親をも生贄にする。
 それが貴女の知りえない祖国の真実です」
「そんな…、そん…な………………――――――」


国際テロ事件の、偶然にしては出来過ぎな頻出の背景にあったのは大国の陰謀。
自作自演的なテロ取締りを土台に国力を極めた大国の策略だったのだ。


「―――アンジェラっ!」
「リース、アタシ…、アタシ………」


一極支配を苦々しく感じていたアンジェラも、
まさか栄光の全てが自演であったとは想像もしておらず、
祖国が歴史の影で成してきた悪行の数々をまざまざと見せ付けられ、
ショックのあまり膝から崩れ落ちてしまった。


「お…い、ちょっと待て、これ、まじなのかッ!?」
「………【三界同盟】へ出資………だと………ッ!!」


震えたまま言葉も無いアンジェラを慌てて抱きしめるリースの隣で
またしても信じられない真実が暴かれる。


「【三界同盟】への出資というよりは、
 私たち【マナ】の研究者への警戒に言い換えられますよ。
 封印された【マナ】を開放する事で造反せんと企んだ【ローラント】の征圧以降、
 【アルテナ】は【魔法】に成り代わる技術として【マナ】の存在を危ぶんでいましたからね。
 その研究者が集う【三界同盟】を囲い込むつもりだったのでしょう」
「…『諜報部所属工作員、ブライアン・ドゥルーズ、【三界同盟】へ潜入。
 ロキ・ザファータキエの手引きにより幹部へ引き立て』…って、お、おい…!」
「ブライアンが…、工作員………っ?」
「【アルテナ】はブライアンくんを潜入させる事で
 出資の見返りに【三界同盟】の内情を入手していました。
 あわよくば自作自演に利用し、更なる国力増強の足がかりとするためにね」
「それよりも問題なのは、ロキ・ザファータキエの事だろッ!?
 今の記事読む限りじゃ、デュランの親父さんが生存していた事、
 【アルテナ】は掴んでいたみたいじゃないかッ!?」
「―――その通りだッ!!」


【草薙カッツバルゲルズ】にとって不倶戴天の宿敵である【三界同盟】にまで
介入していた【アルテナ】の見えざる手に茫然自失する一行の背後から
灼炎の如き熱を帯びた鋭い声が突き立てられた。


「ロキ・ザファータキエはそれを目の当たりにして、
 【アルテナ】に、自らの信じた正義に絶望したのだッ!!
 【テトラポリトカ】が捉えた、歴史の真実を目の当たりにしてなッ!!
 そして、今、虚栄の大国に裁きの鉄槌が振り下ろされようとしているッ!!
 黒い【英雄】による裁きの鉄槌がなッ!!」
「て、てめぇは………」
「デュラン・パラッシュッ!! 貴様が狙うは【英雄】の首ただ一つと聞くッ!!
 しかし、それは今日を限りに叶わぬ夢と諦めろッ!!
 【英雄】の刃、俺たちが抱いた【革命】の夢ッ!! 阻む者は容赦なく焼き払うッ!!」
「ブライアン………ッ!!」


激烈な戦意にアンジェラが振り返った時には、
煮えたぎる怒りに渦を巻く紅蓮の災炎が眼前まで迫っていた――――――






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