親友の心情を気遣ったホークアイの秘め事は、その日の内にデュランの知るところとなった。
ランディ配下によるマサル襲撃―――信じられるべくも無く、容認しがたい悲報には
胆力の厚いデュランですら息を呑み、困惑のあまり唇を震わせた。


「それは…ガセじゃねぇのか?」
「現在は調査の段階なので断言はできませんが、状況証拠や前後背景から推理すると、
 ………信憑性は高いものと思われます」
「………信じられねぇよ、そんなん………」


人目を忍ぶ話がある、とアルベルトに持ちかけられたデュランは、
彼をこれから向かうところだった酒場へ促し、
行きつけの特権を利用して誰の声にも妨げられない個室を用意させた。
いわゆるVIPルームという代物だが、場末の酒場にどんなVIPがやって来るというのか。
渋々了承といった風に店主は勿体つけていたものの、
その部屋は、世に言うVIPが見れば鼻で笑いそうな簡素な造り。
居酒屋の個室の域を出てはいない。
それでも“誰の邪魔もされない”という点では、この上なく利便に機能していると言えた。


「………………………」
「心中お察し申し上げます………」


なにより、困惑のために歪みに歪む表情(かお)を
地元の知人や飲み仲間に見せずに済むのは、今のデュランには大きかった。
見栄や体裁を取り繕っていられるだけの余裕を、乱れた心に期待するのは不可能だ。


「【アルテナ】は逆賊の追討へ本腰を入れるつもりのようです」
「………仲間を逆賊呼ばわりされるのは、
 あんまり気持ちのいいもんじゃねぇんだけどよ」
「これは失敬。
 ………しかし、状況を鑑みれば、これは目を逸らす事もできない現実。
 この度は切り抜けられたようですが、
 そう遠くない内にタカマガハラ氏への包囲網は強まっていくでしょう」
「………マサル………ランディ………」
「【ジェマの騎士】が何を思って逆賊追討の令旨を願い出たのかまでは
 私たちにもわかりません。
 しかし、一つだけ確かなのは、彼が【アルテナ】へ取り込まれた事」
「あいつがそんな軽い男なわけねぇっ!」
「【アルテナ】への仕官はヴァルダ女王直々のお声がかり。
 そして、その女王は稀代の政治家。世界の支配者を自負する者です。
 大恩ある女王の甘言で取り込まれたと見るのは穿ち過ぎですか?」
「アンタがランディの何を知ってるってんだ? 勝手な推理で悪党にするなよッ!!」
「私は第三者の眼で推察しているのみ。
 そこに悪意を感じ取られるのは、貴方自身が【ジェマの騎士】に対して
 浅からぬ疑念を抱いているからに他ならない!」
「なにぃ………っ?」
「現実を見据えるのです。【ジェマの騎士】は大国の陰に志を覆われ、
 勇者の雷名を振りかざす走狗と成り果てている。
 逆賊とはいえ、かつて仲間だった者を討とうと決起したこの現実こそ、紛れも無い真実ッ!!」
「………………………」
「【アルテナ】の存念は一つ。
 【社会正義】の名のもとに逆賊を討ち取る事でモラルリーダーたる威光を強めようと―――」
「―――もう、いい………」


短くそれだけ言い残すと、デュランは力ない足取りで個室を出て行ってしまった。


「逃避したところで事態が好転するわけではありません。
 【アルテナ】と【ジェマの騎士】の陰謀、今こそ見極めるべき時なのです」


ドアを開けようとした時、残されたアルベルトから陰鬱を担ぐ背中へ
痛烈な現実が更に吹きかけられたが、反論するだけの気力も失われている。


「ど、どした、デッちゃん、顔色悪いぞッ!?」


蒼白の顔を心配する馴染みの顔へ、満足に返事を返す事もできない。






(………なんだよ…、なんだってんだよ………………………)






ロキの呪縛だけでも考えがまとまらないと言うのに、
ここに来て受け止め切れるはずもない異常事態が勃発し、
デュランの許容量は限界値を大きく振り切っていた。


「………………………」


今も左腕に宿る約束のバンダナへ目を落とした時、たまらなく悲しい気持ちが込み上げてきて、
デュランは思わず空を見上げた。
見上げなければ、悲しみと共に込み上げてきたものが零れて落ちてしまうから、
必死に、懸命に、空を見上げた。


「どうして…、こんな事になっちまったんだ………」


【草薙カッツバルゲルズ】として活動したのはほんの僅かな期間だけだったが、
デュランの胸の奥では、今もかけがえの無い想い出として輝き続けている。
馴れ合いを好まないデュランですら輝く想い出として感じられる、最高のチーム。
それが【草薙カッツバルゲルズ】だった。
成り行きで結成したチームではあったが、背中を預けて戦い、大いに食べて呑んで、
最後には人類の命運を賭けた決戦をも勝ち抜いた。
今は離れ離れにそれぞれの道を進んでいるが、いつまでも最高の仲間だと信じていた。

それが、なぜ、このような事態に陥ってしまったのか。
ヴァルダの甘言に篭絡されようとしたランディを殴ってでも止めておけば良かったのか、
そもそもチームなど組まずにいれば良かったのだろうか。
考えれば考えるほど張り巡らされた糸に絡め取られ、
考えても考えても答えを導き出す事は出来なかった。


「………………………」


苦悩と葛藤に沈むデュランの思考には難しい注文だが、
迎えた事態の深刻さの前に、この状況に疑問を感じる事ができていれば、
もしかしたらもう少し違う考えに頭は向けられたかも知れない。
―――例えばそう、“アルベルトは偽の情報をさも真相のように語りかけ、
【草薙カッツバルゲルズ】を引き裂こうとしているのではないか”…と。
商店街での再会からして不自然だ。
通りかかるのを待ち受けていたとしか考えられないほど、偶然にしてはあまりに出来すぎている。


「―――さて、次なる一手はどう打つ………か」


たった一人になった酒場の個室で、不気味に漏らすアルベルトの呟きも、
柔和な顔立ちのどこにこのようなモノを隠していたのか、心臓すら凍てつかせる冷徹な表情も、
空を見上げるデュランに届くはずも無い―――――――――













強烈なインプレッションを撒き散らす家人はともかくとして、
パラッシュ家自体は、至ってシンプルな木造家屋である。
ログハウス調の落ち着いた外装が醸すように、内装も木の温かみに包まれ、
住む人、訪ねる人に安堵感を与えてくれる(家人が加わると途端に打ち消されてしまうが)。
無駄一つない暖色の癒しの中へ盛り込まれた飾り気のあるカーテンなどはウェンディのチョイスだ。
ステラもデュランも装飾や観葉植物などには無頓着で、屋根があって雨風凌げればOK程度にしか考えていない。
年頃の女の子であるウェンディがそれを許すはずもなく、置物から家具に至るまで、
パラッシュ家のインテリアコーディネーターを一手に引き受けていた。
ウェンディがいなければ、まず間違いなくこの家は生活臭皆無の、
殺風景極まりない掘っ立て小屋と化していた事だろう。


「おや、どこほっつき歩いてたんだい、ホーク。
 残念だけど午後のティータイムは終わっちまったよ。アンタの分のサブレも無しだ」
「えぇ、マジすか!? 俺、ウェンディちゃんのお手製サブレ、楽しみにしてたんだけどなぁ〜」
「お出かけしてる人がいけないんですよ。
 それに今日のおやつは私じゃなくて、リースお姉ちゃんのお手製です」
「………悔恨の極みが九死に一生スペシャルへ大逆転したね、こりゃ」
「そっ、それはどういう意味ですかっ、ホークアイ!!
 私だって日々努力、日々成長していってるんですからっ!!」
「そうだよ! 最初ご飯のお手伝いしてくれた時は、
 その…、ちょっとアレかなとは思ったけど、今じゃ立派なパティシエだよっ!!」
「あとちょっとベーキングパウダーの分量を見極められたら、
 パティシエになれるかもしれないねェ」
「お義母さんもそこで茶々入れないのっ!!」


適度に調度の施された暖色の家には、笑顔と喧騒がよく似合う。
密会を終えて帰宅したホークアイをいきなり巻き込んで、
あーでもないこーでもないとパラッシュ家は大騒ぎだ。


「―――っと、アレ? デュランは?」
「デュランさんでしたら、先ほどお出かけになりましたよ」
「事実を歪曲させて伝えるのはよくないわね、ヴィクター。
 きちんとおばさんに追い出されたって教えてあげなくちゃ」
「………また何やらかしたんスか、あいつは」
「はっはっは。これも親子のスキンシップさね」
「窓から見とったけんど、アレぁスキンシップですまされんのやないですか?」
「はっはっはっはっは。死んだら死んだでそこまでってコトさ、剣士としてね。
 時に親子のスキンシップは命懸けの綱渡りでないとね」
「聴きようによったらネグレストまっしぐらやないかッ!!」
「なんか一人いないだけで急に静かだな。正確には三人なんだけど」


驚愕のツヴァイハンダー二刀流で追い出されたデュランがいないのは当然の事ながら、
こういう時、必ず首を突っ込んでくるシャルロットの姿がどこにも見当たらない。
「三人」というホークアイの表現通り、ヒースの姿もだ。


「【エランヴィタール】の最終調整がどうとか言っとったから、
 きっとまた【ペダン】あたりにお篭りなんやろ」
「あらやだ、【ペダン】とやらがどんな場所かは知らないけど、
 若い夫婦がお篭りなんて、どうにも淫猥なフレーズじゃないか。
 イカンよ、公然わいせつ罪に引っかかっちゃうよ。後ろに手が回っちゃうよ〜」
「おばさまの発言が最も公然わいせつ罪です」
「…? インワイって何?」
「ウ、ウェンディさんはまだ知らなくてもいいことですっ!!」
「よっし! 一宿一飯のお礼に俺がレクチャーしてやるよ、ウェンディちゃん。
 いいかい、淫猥ってのはだね、キミのお兄ちゃんとリースが夜な夜な―――」
「や、やや、やってません、そんなことッ!! セクシャルハラスメントで訴えますよッ!!」
「おかしいねぇ。昨夜も二階からギシギシ物音がして眠れなかったんだけどねぇ」
「お、おばさままでっ!!」
「ギシギシ…? なんで木の揺れる音がするといけないの?
 ていうか、なんでそんなにリースお姉ちゃんが慌ててるの?」
「そっ、それは、その…せ、説明というか、
 こういうセンセーショナルな問題をいたいけな子に釈明していいものでしょうか………」
「てゆーか、その慌てっぷりを見る限り、リースは淫猥とかギシギシとか、
 センセーショナルな単語の意味をよ〜くご存知ってコトになるわよね」
「ア、アンジェラ………」
「いやん、リースのえっち♪」
「………もう許しません。今回の事、全部ジェシカさんに手紙書いておきますからっ。
 無間地獄を味わってくださいっ!!」
「………うぅ〜、なんだかすっかり置いてけぼりにされてるよぉ」
「安心して、ウェンディ。オイラも、何言ってるか全然わかんないから」


それまで目を落としていた分厚い本を閉じながら、小首を傾げたウェンディを慰めるケヴィン。
純粋無垢なお子様二人には、少々難しい話題だったようだ。


「その本、また読んでたんですか?」
「またって言うか…、オイラ、ご本を読む事、
 慣れてないから、少しずつしか、読めないんだ。
 だから、人の何倍も、時間、かかっちゃって………」


照れくさそうに苦笑いするケヴィンが小脇に抱えるのは、
謙遜でも何でもなく、大人ですら読み解くのに膨大な時間を要するような、
果てしなく分厚く、気の遠くなるくらい難解な内容の専門書だ。
表紙には表題の『カラクリ技術の概要と体系』と、【ワッツ・アストナージ】なる著者名が印刷されている。


「このところずっと読み込んでますよね、カラクリ関係の本」
「ちょっと前に会ったお姉さんに、なんだか刺激、受けちゃって。
 この間、【マナ】って言う、カラクリの、スゴいバージョン、見てきたんだけど、
 それ見てたら、なんだか、オイラも、作ってみたくなったんだ」
「シャルロットさんやヒースさんに色々な質問してたのも」
「うん、それ関係の、質問。シャルもヒースも、【マナ】の専門家だから。
 シャルに言わせると、カラクリと、【マナ】は、全然別物、らしいんだけどね。
 でも、機械って点では、根っこは、一緒のハズ。
 それなら、専門家に、教えてもらうの、一番だと思ったんだ。
 ………あんまり、質問、くどかったから、最後には、シャル、呆れてたけど」
「お勉強に熱心なのって、いい事じゃないですか。リースお姉ちゃんもそうでしたよ」
「リースが?」


そういえば、とケヴィンは思う。
この三ヶ月間、リースがパラッシュ家で過ごしてきた時間について自分は何も知らない。
ケヴィンが記憶しているのは、旅の中でのリースだけ。
怒って、怒られて、悲しんで、それでも負けず、一生懸命に頑張るリースしか知らなかった。
パラッシュ家での生活でも、そうした基本的な部分は変わらないだろう。
しかし、ここは日常。戦い逆巻く非日常の旅とは違う。
戦士として銀槍を振るう以外の日常を、もしかしたら見出したのかもしれない。


「リース、この家では、どんなだった?」
「この家ではって言うか、私はこの家で暮らしてるお姉ちゃんしか知らないんですけど、
 そうですねぇ………何事にも一生懸命でしたよ」
「あー…、うん、すっごく想像、できる」
「お料理も最初ホントに苦手だったけど、一生懸命レシピ見て勉強したり。
 リースさんが台所に立って、私が横から教えてあげる方が多かったかな。
 最初の一ヶ月は真っ黒炭焼き。二ヶ月目で生焼けで、三ヶ月経った今では、
 ちゃんと食材を生かせるくらい上手になりました」
「リースには、ゴメンナサイだけど、オイラ、それが信じられなかった。
 旅してる時は、そりゃもう、すンごかったから」
「一つだけ付け加わった“ン”に想像を絶する凄みを感じますね」
「………………………靴底を溶けた鉄で半年煮込んだような味だった」
「でも、今日のサブレ、美味しかったでしょ? めきめき上達してる証拠ですよ」
「うんうんっ!! 美味しかったっ!! 頑張り屋さんの、リースらしいっ!!」
「エリオットクンと違って、たくさん勉強してましたから。
 最近は建築とか地学とか、ちょっと難しい関係のお話を読んでたみたい」
「…? お家を建てたいのかな、リース」
「前にちょろっと聴いたんですけど、形としてお見せできるまで秘密です、
 って教えてくれませんでした。
 かと思えば法律の全書とか図書館から借りてきたり」
「………??? ますます、わかんないや」


旅の途中でも、リースは暇さえあれば読書に耽っていた。
しかし、読むのはもっぱらラブロマンスやハーレクインのライトノベル。
いずれもケヴィンには解らない世界の小説だったが、
それでも専門書めいた物をリースが読んでいた記憶は思い当たらない。
建築、地学、法律………日常の中で興味を持つにしてはいささか仰々しいラインナップに
ケヴィンは首を捻るしかなかった。


「………今帰ぇった………」


リースへのハラスメント攻撃が風雲急を迎えていた時、玄関口からデュランの声が聞こえた。
アルベルトから持ちかけられた密談から帰宅したのだ。


「あっ! お、おかえりなさい、デュランっ!! 遅かったですねっ!!」


ややトーンの沈んだ彼の声も、今のリースには救世の福音にしか聞こえない。
出迎えにかこつけ、一目散にセクハラ現場と化したリビングから大脱走するリースの背中へ
「もうすっかりお嫁さんだねぇ」と茶化すような視線が一斉正射された事を、
リビングへ戻れば更なる冷やかしにさらされる事を知るべくもない。


「…ま、お勉強云々以上に私が思うのは、すっごい所帯染みちゃったってコトですね」
「所帯染みる…、って、なに?」
「リースお姉ちゃんが、ずっとずっとこの家にいてくれるってコトです」


地雷原へ足を踏み入れようとする足音二つを耳に捉えて笑いながら、
ウェンディは何か布めいた物を胸に抱えて立ち上がった。


「どこか出かけるの? 師匠、帰ってきたばっかなのに」
「エリオットクン、探してきます。
 あの子、ヘンにプライド高いから、女装を見られるなんて生き恥だって、
 きっとどこかに隠れてると思うから」






←BACK     【本編TOPへ】     NEXT→