突如として上空へ姿を現した悪夢に城下町は混沌の様相を呈していた。
ある者は漆黒の巨体に「冥府の箱舟」と恐れ慄き、またある者は命を刈り取る悪魔の死者と怯えた。
反応は十人十色だが、異口同音に共通するのは恐怖。
見た事も聞いた事も無い存在の飛来に、【フォルセナ】は恐怖に塗りつぶされた。
「なんでだよ、ボクも連れていってくれよッ!!」
逃げ惑う阿鼻叫喚を耳に捉えながら武装を整えるデュランたちへエリオットが詰め寄った。
【キマイラホール】の合戦で用いた、鎖帷子などの武装だ。
ロキとの戦いで防具を破損させてしまっていたデュランは同様の鎖帷子を馴染みの兵具屋で誂えていた。
その時、ついでにエリオットが身に着ける胴丸(※胴鎧の一種)も調達していたのだが、
それを纏って息巻く彼の声にデュランも誰も耳を傾けようとはしない。
「遊びではないのです、エリオット。ここからは戦です…!」
「姉様に言われなくてもわかってるよ、そんなのッ!!」
「子供は子供らしくガタガタ震えてりゃいいんだよ」
「ヘタレと一緒にすんなよっ!!」
「悪いな。子供と違ってこのヘタレは戦場で震えるのが性に合ってんだ」
【フォルセナ】上空へ姿を現した空中戦艦は間違いなく【インビンジブル】だ。
ヒースが離反し、ブライアンが倒れた今、あれを駆り出して来るとするなら、
【黒耀の騎士】として【マナ】に精通するロキ以外には考えられない。
【キマイラホール】の延長…決戦の続きが迫っていると誰もが直感した。
「ボクだって戦えるんだッ!!」
「聞き分け無いことを言うもんやないで、童」
「エリオットは、十分、強いと思うよ。でも、戦は、強いだけじゃ、ダメなんだ。
今の君、戦に出したら、間違いなく、………命を落とす」
【ペダン】での戦いとは比較にならない危地へ飛び込もうという時に
幼いエリオットを連れていけるわけが無く、一人として同行の嘆願を取り合わない。
白いハチマキを締めて意気込みを表すエリオットは、いきなり挫かれた出鼻に不満を爆発させた。
「皆さんを困らせちゃだめだよ、エリオットクン」
「困ってんのはボクの方だッ!!
せっかく用意したってのになんでボクだけ置いてけぼりなんだよッ!?」
「エリオットッ!! 聞き分けのない事を言うんじゃありませんッ!!」
「エリオット―――」
弟の我儘を厳しく叱りつけるリースを押しのけ、デュランがエリオットの前へ進み出た。
片膝をついて視線を合わせると、エリオットの眼には悔し涙まで滲んでいる。
痛々しいほどの気合いが伝わってきた―――
「―――お前の気持ちはよくわかる。
でもな、この戦いに連れていく事はできねぇんだ」
―――だからと言って、情に流されて同行を許可するわけにはいかない。
「ボクが、まだ弱いから…?」
「違う。ケヴィンも言ったろ? お前は強いよ。
大の大人が逃げ回ってるってのに、お前だけは戦うと勇気を振り絞った。
俺がお前くらいの時には、そんな台詞、ビビッちまって出せなかっただろうぜ」
「だったらさぁ、連れてってくれよッ!!」
「焦るなよ、エリオット。お前にもちゃんと戦ってもらう」
「ちょっと待った、デュラン。
弟子が可愛いのはわかるけど、そいつを連れていく事は俺が許さねぇ」
「お前も焦るな。………エリオット、お前にはこの家の護りを任せる」
「そうやって誤魔化すなよッ!!
都合の良い事言ってさぁ、それでボクが納得すると思うわけッ!?」
「都合なんかちっともよくねぇ。いいか、これから始まるのは戦だ。
城下町を巻き込むくらいデカい規模のな。そうなればこの家も危険にさらされる。
…だからこそ、お前には護りを任せたいんだよ」
「………………………」
「ウェンディを護れ。お前にしか出来ない戦いだ」
「おいおい、デュラン、大事な大事なお袋サマは無視かい?
不孝者の息子を持ったんだねぇ、あたしゃ」
「殺しても死なねぇゾンビババァがしおらしくなってんじゃねぇよッ!!
…いいな、ウェンディ、お前はエリオットが護ってくれる」
「ひゅ〜♪ よかったじゃん♪
好きな子に護られるなんて、いわゆる一つのヲトメの憧れでしょ?」
「ちょっ、なっ、なに言ってんですかっ!!
べ、別に私はエリオットクンなんか………」
「―――うらぁッ!!」
「―――って、あ、あぶねッ!! 何すんだよ、チビ助ッ!!」
「ボクはボクの役目を果たしただけだッ!!」
悪趣味にも年下の女の子を冷やかすホークアイの脳天めがけて抜き身の脇差が鋭く振り下ろされた。
完全に油断していたところを狙った斬撃だったので、回避するには危ういところ。
鋭い閃きをかわした際に前髪を何本か刈り取られたホークアイは
「坊ちゃま、ご乱心!?」とわめいてエリオットに抗議した。
「―――約束するよ、兄貴。ウェンディには指一本触れさせないッ!!」
この剣閃は、乱心でもなんでもない、デュランとの誓いの証だった。
ウェンディに害をなす者には身を挺して立ちはだかるという、無垢な少年らしい、
勇気と決意を込めた一撃だと悟ったホークアイは、
いつもセットに時間をかけている前髪こそ惜しかったものの、それ以上、エリオットへ叱声を飛ばす事は無かった。
「アンジェラとヴィクターはまだ戻らんようやな」
「王城へ人を訪ねたのですから、おそらくは」
「っするてぇと、ブルーザーあたりが一緒にいるんじゃないか?
一応、一緒にドンパチやった戦友だしさ」
「シャルも、ヒースも、間に合いそうに、ないね」
「これまでだって少数で切り抜けてきたんだ、今更手数にケチつけたって始まらねぇよ。
………行くぜッ!!」
―――「応ッ!!!!」と、デュランの号令に仲間たちから一斉に気合いが迸る。
幾つもの死線を越えてきた戦士たちの号砲だ。
初めて間近で見る勇ましい行軍に、エリオットは【ペダン】の戦いとも違う高揚を、
ウェンディは怖いながらも一杯の頼もしさに不思議と胸が躍った。
「―――あいつも大きくなったもんだね」
「え………?」
「いや、こっちの話さね」
家を出る直前、“ある思い”を込めて目配せしてきた息子の背中を
ステラは頼もしそうにいつまでもいつまでも見送っていた。
†
パラッシュ家から出陣した一行が商店街へ入る頃には、
【フォルセナ】は腥風吹きすさぶ修羅の巷と化していた。
人体骨格を模倣したような機械兵が手に持った銃器で町に火を放ち、ありとあらゆる物質を蹂躙する。
機械兵たちの数は一個小隊にも及び、上空へ停止した【インビンジブル】からは
吐しゃ物のような勢いと夥しさで増援が次々と送り込まれてくる。
「あれも【マナ】の一種なのかッ!?」
「シャルかヒースでもいればわかったんだろうが、生憎のお留守だ。
なんだろうがやるしかねぇぜッ!!」
人々は機械兵の襲撃へ武器をもって反抗するが、
鋼鉄の肉体を持つ【マナ】の人形に非力な一撃が通用するはずもない。
モーター仕掛けの重い攻撃で骨と肉を押し潰され、断末魔を上げる前に絶命していった。
「行っくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
先陣を切ったのはケヴィンだ。
誰よりも先駆けて修羅場へと駆けつけ、機械兵から逃げ惑う町民を庇った。
重い一撃とて直撃さえ回避できれば痛打を受ける事も無い。
獣人特有のしなやかな動きで見事に捌き切ったケヴィンは、間接の継ぎ目へ渾身の拳を叩き込んだ。
「―――〇?$#дг―――!!??」
渾身の拳は精確に間接を打ち抜き、理解不明なエラー音を発しながら機械兵は崩れ落ちていく。
人体骨格を模倣したような機械…つまり、頚椎や腰骨など人間にとっての弱点を突けば、
より効率的にダメージを与えられるかもしれないというケヴィンの読みが的中したのだ。
弱点さえ判明すればこちらのものである。
掌底、足刀、胴回し回転蹴り………素早く繰り出される乱舞によって、
突入した一角の機械兵たちはたちまちの内に全滅。
別の区画から援軍に駆けつけた機械兵の群れも、ケヴィンに倣って間接を狙ったデュランたちが
一網打尽に薙ぎ払った。
「関節狙うなんてよく思いついたなッ!!」
「おい、もしかして俺の介者剣法、パクッた?」
「それも、ちょっとあるけど、【カラクリ】の勉強、していて、閃いたんだ!
人間型の、カラクリ人形と同じなら、首とか、腰とかに、
ケーブルって言う、血管みたいなの、あるはず。
それ、機械にとって、ライフライン。狙えば、きっと、大きなダメージ、繋がるかもって!!」
「デュラン、お聴きになりました? やはり武術は学問ですね!」
「古い話持ち出してる場合かよ…」
「デュランの言う通り、和んどる場合やないで!
お人形サンども、金魚のフンみたくまだまだひり出されとるッ!!」
「物量作戦たぁ、いよいよ侵略だな、おい!!」
「………………………侵略………………………」
「…おい、リース、お前、まさかまた立ち止まるつもりじゃねぇだろうなッ!?」
「い、いえ、そうではありません。もう迷ったりしませんから。
………でも、これは―――」
息をする度に肺が焼け付く熱波を感じる戦火の只中にあって、
デュランは【キマイラホール】の時のようにリースがトラウマのフラッシュバックで
立ち止まってしまう事を恐れたが、どうもそうでは無いらしい。
周囲の状況を観察するリースの眉間には、トラウマのショックではなく、何かを訝る皺が寄っていた。
「―――そうだ、この既視感ッ!! 【ローラント】が攻め入られた時と同じですッ!!」
モヤモヤと心に湧いた疑念の正体を掴んだリースの叫びに、
今度は仲間たちが眉間に怪訝の皺を寄せる番だった。
「なにさそれッ!? それじゃ何かい、お空の大将は、
【ローラント】のキャットコピーをやらかそうってのかッ!?」
「そこまでは私にも解かりませんけど…。ただ、状況的には酷似しています。
………突然の奇襲、町に火をかける非道、数に物を言わせる物量作戦………。
全てあの日に【ローラント】が受けた攻撃にそっくりですっ!!」
「ちょう待った!! ワイの記憶が間違っておらんなら、物量作戦の次に来るんは―――」
カールの声は、けたたましい轟音によって吹き消された。
何事かと周囲を見回せば、網膜を焼き付けるのは、信じられない光景だった。
天空から裁きの雷が降り注ぎ、英雄王の座する王城を打ち貫いていく。
一筋光が走るたびに城壁が吹き飛び、楼門は崩れ、嘆きの炎が立ち上った。
【インビンジブル】の船体から角を出す幾つもの砲門が滅光を解き放ち、
完全なる破壊をもたらさんと英雄の牙城を削り取っていく。
「―――砲撃ッ!! そうだ、【ローラント】征伐、
決定打は、四方からの砲撃って、聞いてるッ!!」
「どういうこっちゃッ!? 光の矢を射掛けとるんはロキ・ザファータキエやろッ!?
だとしたら、なんやこれッ!? 自分で犯した罪を履行しとるだけやないかッ!!」
「なぜ…、どうしてこんな自虐を………」
「動機なんか後で考えろッ!! 今は城へ急ぐ時だッ!!
………アンジェラたちが危ねぇッ!!」
しかし、運命とはいつも逸る気持ちを嘲笑う物だ。
燃え盛る王城へ急ぐ一行の行く手を独特の金切り音を巻き上げながら、
鋼鉄の棺が真っ向から遮った。
「あれ…、【エキスポ・マナ】で見たことあるぜッ!!」
「―――【ヤクトパンサー】ッ!! 厄介なもん、持ち出してきやがってッ!!」
「しかもこの数ッ!! どうします、デュランッ!?」
デュランとリースが【インビンジブル】内部で戦った【マナ】の戦車だ。
圧倒的な火力を前に一台だけでも梃子摺ったと言うのに、
今回は視認できるだけでも前方から10台、後方からは8台もの【ヤクトパンサー】が
重低音を引きずって出現した。
機銃の正射に備え、リースは即座に【チャフ】の魔法で風の護りを固めるが、なにしろこれだけの数。
一斉に狙い撃ちされたとして、果たして防御し切れるか確証は無い。
「…チッ!! ここで立ち往生してたって変わりはしねぇッ!!
危険は百も承知だが、中央突破で駆け抜けるぞッ!!」
臨戦態勢に入った一同の頬に幾筋もの汗が伝う。
こうなれば一か八かだ。覚悟を決め、中央で道を塞ぐ戦車目指して焦げた土を蹴り出した―――
「玉砕覚悟とは、あまり評価できない戦い方ですね」
―――その瞬間、聞き覚えのある声が戦火を割って響き、
直後、目の前の【ヤクトパンサー】が横っ腹を捉えた光の刃で一丁両断に斬り裂かれた。
光刃を皮切りに、商店街の軒並みから七つの影が一斉に飛び出し、
それぞれが最も得意とする武器、魔法で包囲攻撃を仕掛けた。
「アイシャ、行っきま〜す♪」
中でも戦火と同化するほど鮮やかに赤い髪をたなびかせた女性の威力は、
底抜けに明るい声と裏腹に凄まじく、儀礼用と思しきレイピアを地面へ突き刺すや、
大地に大きな亀裂が走り、回避行動の間に合わなかった戦車を一挙大量に飲み込んだ。
亀裂から逃げ遂せた戦車とて末路は同じ。
矛先から放たれる雷撃に、強烈な戦斧の猛撃に、グシャグシャの鉄くずへと徹底的に破壊されていく。
「す、すげぇ………」
不意を突く戦塵に一行が呆然と固まっている内に【ヤクトパンサー】部隊は壊滅。
あっという間の攻防には、手練手管の一行も息を呑んで見入った。
「逗留していたのが幸いしましたね。
我ら【インペリアスクロス】、助太刀いたします」
「バビッとサポート決めちゃうから、感謝してよね♪」
鮮烈な陣形戦術で【ヤクトパンサー】を蹴散らし、援軍に駆けつけたのは、
アルベルト率いる【ローザリア】の気鋭、【インペリアルクロス】だった。
タイミングの良過ぎる逗留ではあるが、助けられた事に違いはない。
「恩に着る」と、アルベルトの申し出にデュランは素直に頷いた。
「何やらお急ぎの様子ですが………」
「ああ!! 城ン中に仲間がいるんだ!! そいつらを今から………」
「事情は大体飲み込めました。
ここは私たちに任せて、真っ直ぐに王城を目指してくださいッ!!」
「け、けどよ………」
「ほーら、もう! 偶然遭遇した戦場で活躍するなんてカッコイイ見せ場、
私たちが譲っちゃうわけないでしょ! 早く行って、行って!」
「こら、アイシャ。それだと私たちが戦好きの蛮族に思われてしまうじゃないか」
「え〜、大差ないよ〜? バトるのって、スカッとして嫌いじゃないし♪」
「キミに野蛮なイメージを付けさせたくないんだよ、私は」
「やんもう、アルベルトのジェントルさん♪」
「………よくわかんないけど、味方、なんだよね?」
「もちろんですよ、獣人の小英雄さん。【マナ】の兵団、我々が受け持ちます。
貴方たちは一刻の早くお仲間の所へッ!!」
「すまねぇ、任せるぜッ!!」
今しがた見せ付けてくれた戦闘力であれば、彼らに背中を預けても問題無いだろう。
心強い援軍に後続の討手を任せた一行は、期せずして拓かれた道を
王城目指して一気に駆け抜けた。
「………なんや気にかかるんか、ホーク?」
「………いや、タイミングが良過ぎるなってさ。
たまたま奇襲の日に逗留していえ、たまたま俺らの戦いに遭遇した。
運命の女神サマが気まぐれ起こしたとしか説明がつかないよ、これ」
「………せやな。それにあいつら、一目であの機械を【マナ】と見抜きよった。
正直、世に出回るカラクリ人形と見分けつかんで、あんなもん。
【マナ】に対して知識があると言えばそれまでやが、不自然に引っかかるな………」
「ああ。………【インペリアルクロス】…、
食わせ者でなければいいんだけどね………」
勇んで走るデュランとは異なり、この状況へ奇妙な疑問を鋭く察知したホークアイとカールは、
遠ざかる後方で激闘する【インペリアルクロス】へ渋い思いを募らせていた。
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