【理の王女】として世界のモラルリーダーを担うヴァルダが開会を宣言するなり、
【アルテナ】が独占する【サミット】の議長権と、そこから派生する一極支配の現状について
反対派の急先鋒、【ローザリア】から糾弾の声が上がった。
臨時に開催された【サミット】が急務すべき議題は、実害をもって【フォルセナ】を焼き討ちにした
『【マナ】と【革命】について』の筈だが、主題などには一切触れられず、
議長権を巡る【アルテナ】“属国”派と反対派の激論が延々と続く。


「………そもそも議長を専任する事こそ、
 【未来享受原理】に反する考えではありませんか?
 【アルテナ】が掲げる【未来享受原理】の根本は平等社会。
 しかし実質的にはどうか? 民主と平等を美徳とする【アルテナ】自らが序列を引き、
 ヒエラルキーの頂点に君臨しているではありませんか」
「異議あり。【ローザリア】側の主張は過度の思い込みを背景とした誇大妄想に過ぎません。
 【アルテナ】がいつ格付けを働きかけたと言うのですか」
「【ローバーン】公は保身めいた擁護に必死のようですな。
 その曇り眼では事実を見抜けないのも無理はありませんね」
「ぎ、議長ッ! ナイトハルト皇太子の今の発言の撤回を要求します」
「【ローザリア】代表、ナイトハルト君。
 貴方がそのように極めて不適切な表現を用いる理由をお聞かせ願えますか」
「私はこう表現しましたね。“実質的”と。“実質的”。意味がお分かりですか、コルネリオ公。
 【アルテナ】が序列形成に働きかけたなどと、私は一言も発言していないのです」
「ど、どういう事だ………ッ!!」
「首脳会議【サミット】の議長を専任するとなれば、世論はおのずと【アルテナ】に権力の頂を見るでしょう。
 他国を率いる磐石のモラルリーダーとしてね。
 そうなってしまえば、働きかけなどしなくとも権力は【アルテナ】へ集中する。
 何も難しい事は無い。これで一極支配の完成です」
「異議ありッ!! ナイトハルトの弁論は何ら私の要求を満たすものではないッ!!」
「【ローバーン】公、コルネリオ君。
 貴方は【バファル帝国】皇帝の名代として出席している身です。最低限の敬意をお忘れなく」
「………くっ!」
「結論は最後まで聞いてからにしていただきたいですな。
 つまりはね、よろしいですか、コルネリオ公。
 民衆の錯乱と、卑しくも隷属を願い出る弱国の“長い物には巻かれろ”理論が
 既成事実的に一極支配を生み出した、というわけです。
 自ら手を下せば恣意的。自然と権力が集まれば実質的。
 私の言っている意味、お分かりになりますか?」
「侮辱しているのか!! 当然だろうッ!!」
「では噛み砕いてご説明ください。発言している私も頭が混乱してしまいましてね。
 第三者の意見があれば、きっと乱麻も解けることでしょう」
「そ、それは………」
「まことの【民主社会】を志す皆さん、これが実情です!
 本来は会議の進行係以外に何ら権限を持たない筈の議長国へ
 このような蒙昧な鼠輩がまとわりつき、祭り上げ、挙句、実質的な一極支配へ結びついたのです!!
 本当の意味で質の高い【社会】を目指すならば、今こそ議長制度を撤廃し、
 まことの平等たる円卓を築く時でありますッ!!
 保身と利己のみに囚われる愚者は、この際、篩にかけて落とすべきではないかと箴言いたしますッ!!」
「い、異議ありッ!! 議長、この発言は明らかな侮辱ですッ!!」
「………異議を却下します」
「ヴァ、ヴァルダ王女………」


北の小国【バファル】代表を威風堂々と論破した【ローザリア】代表、
ナイトハルト皇太子の弁舌に反【アルテナ】派の列国から拍手喝采が飛ぶ。
なるほど、相手に一切の隙も与えない見事な辣腕だ。






(………くだらねぇな………)






しかし、極めて冷めた瞳で動向を見据えるデュランには、そんな弁舌も白々しく聞こえて仕方が無かった。
どこかの誰かが失態を曝したように、雄弁は、大仰であれば大仰であるほど嘘臭く響く。
片手を挙げて喝采に答える目の前のナイトハルトの背中に同じ白々しさを感じ取ったデュランは
「殿下が本気を出せばもっと凄いですよ」と胸を張るアルベルトを無視して天上を仰いだ。


『パラッシュさん、どうです?
 たまには【フォルセナ】を離れた位置へ立ってみては?』


デュランが補助参加人として【ローザリア】の側へ就いた理由は、
言ってしまえばアルベルトに誘われただけ。
もともと【フォルセナ】の補助参加人として参加する運びになっていたところを
同道中のアルベルトに誘われ、何の気なしにOKしてしまったのだ。
”祖国を離れて【サミット】へ参加する”という立場としてはアンジェラに近いが、
敢然な決意を持って臨む彼女とは比べるまでもなく適当な理由だった。






(………ったりぃ見世物なんざもう飽き飽きだってんだよ)






【フォルセナ】襲撃以来、デュランは不思議な虚脱感に包まれていた。
まるで、何か、生きる目標を失くしてしまったかのような、
全身から力が抜け出ていくような、止め処ない虚脱感だ。
気力を感じない、けれど端々に修羅を感じる無表情が証明する虚脱感を
仲間たちが気遣い、声をかけてくれたが、今の彼にはそれがたまらなく不愉快だった。


『悩むなんてデュランらしくありませんよ。
 ………他の人に話しにくい事でも、私が全部受け止めますから、
 胸のモヤモヤ、吐き出してください』


別段親しくもないアルベルトの誘いに乗り、恩義も思い入れも何もない【ローザリア】を選んだのは、
耳障りで煩わしい声から離れたかったからかもしれない。
しかし、どの場所へ身を置こうと為政者たちの水掛け論を観劇する退屈さが変わる事は無く、
厳しい場というのも弁えず、デュランは傍若無人な欠伸を一つ漏らした。


「政治論争の場はお好みでは無いようですね。
 まぁ、遊説垂れるデュラン君はゾッとしますが」
「………お前………」


慇懃無礼な苦笑を噛み殺すのは隣席のアルベルトではない。声は背後からかけられた。
声の主はデュランが予想した通りだ。
振り返ると、いつの間にかヒースがデュランの後ろの席へやって来ていた。
口元に手を当てて冷やかしめいた微笑を噛み殺している。


「いいのかよ、勝手に抜け出してきて。
 シャル一人にしといたらマズいんじゃねぇのか?」
「おや? 何か不具合がありますかね?」
「………ケヴィンだよ。野生の勘っつーのか、あいつ、ヤケに鋭いからな。
 あいつが睨んだ矛盾にカールが食いついたら、お前ら、おしまいだぜ」
「………気が付いていたのなら、
 少しくらいはフォローしてくださってもいいじゃありませんか。
 こっちは寿命が縮む思いだったんですから〜」
「手前ぇらの目的くらい、手前ぇらでケツ持てよ。俺を巻き込むな」
「ははは…、なかなか手厳しい」


ケヴィンの追求にさらされてたじたじになってしまった自分たちを見捨てたばかりか、
自分を巻き込むなと言い放つデュランの心無い仕打ちにヒースの苦笑は更に深まっていく。


「………シャルの目的は達成できそうなのか?」
「それは肉体的な意味で、ですか? それとも精神的な?」
「おいおい、いつからお前らの目的は二本柱になったんだ?
 俺が知ってるのは一つだけだぜ」
「―――………せめて、【人間らしく生きる】。」
「お前らがそいつをどうやって達成するかはわからねぇが、
 大方【マナ】を使って何かやらかそうってんだろ?」
「そりゃそうですよ、その為に私は父の研究を継いだのですから」
「………親父…か………」
「………お互いに父親で苦労するな、みたいなお決まりの文句、
 言わないでくださいよ、サブイボが出る」
「お前にそんな気を使う義理は無ぇ」
「義理も何も私は貴方と違って自分の父の覇業を尊敬していますから。
 一緒にされたくないという、ほんのささやかなプライドですよ」
「………言いにくい事をサラリと言ってくれるぜ、てめぇは」
「付き合いだけは長いですからね。
 ………お父上のご変貌に失望して腑抜けてしまった貴方と
 一緒にされるのはいかにも腹立たしい事ですので、ね」
「―――――――――てめッ…!」


振り向き様に肘鉄の一発でも加えてやろうと思った時には、
既にヒースは椅子から離れた後で、最寄の出入り口の前に腕組みして立ち、
デュランを翻弄するようにケラケラと笑っていた。


「こんな場所で暴力沙汰はご法度でしょう?
 それじゃ、デュラン君の逆鱗に触れない内に私はこれで失礼しますよ。
 ………【コイツ】も完成させなきゃですしね」


言いにくい事をサラリと、残酷なほど正確に当てこすられる付き合いの長さを煩わしく思いながらも、
立ち去る直前に懐からチラリと覗かせた【コイツ】を、
大破して使い物にならない、自分たちが唯一所持する【マナストーン】を見せられると、
それ以上デュランにはヒースへ追及の手を出す事は出来なかった。


「………随分と長い間お話に興じていらっしゃいましたが、
 どうかなさったのですか?」
「あぁ? …お前には関係ねぇ事だよ。気にすんな」


密談を察して席を外していてくれたアルベルトが再び隣席へ戻ってくる。
視線で会場を出て行くヒースを不思議そうに見送っており、
どうやら今の密談の内容は少しも漏れていないようだ。
加えていかにも怪しげな二人のやり取りへの興味も薄いらしく、内容を詮索される事も無かった。


「それより【サミット】にも注目してくださいよ。
 いよいよ壮絶な舌戦へ突入してきました」


気付かない内に議論はだいぶ白熱の領域へ入ってきた模様で、
ナイトハルトも玉を結んだ汗を散らせながら熱弁を振るっている。
それでも本題へ入らず、未だに【アルテナ】の議長権を巡る論争に停滞しているあたりを
普段なら馬鹿馬鹿しいと鼻で笑ってしまうところだが、
正面からナイトハルトと衝突する相手の顔を確認するや―――――――――


「………ランディ」


―――――――――この一週間、微動だにしなかった修羅の無表情へ
ほんの少しだけ薄い微笑みが宿った。













今回の臨時サミットはアンジェラが初めて臨む政治の席だったが、
それについては【アルテナ】兵団の教頭職に就任したランディにとっても同様の事が言える。
初めての公の場だが、緊張に肩を震わせるアンジェラと異なり、ランディの姿や威風堂々。
教頭とは言えまだまだ見習いの域を出ないランディではあるものの、
伝説の英雄【ジェマの騎士】の雷名とあいまって発言に強大な威力を誇り、
ナイトハルトの攻勢にたじろぎかけた【アルテナ】派の抗弁は「異議あり」と申し立てた彼の一声で
たちまち盛り返した。


「ナイトハルト皇太子が仰る事にいささかの間違いもありません。それは認めます。
 されど、貴方の言葉を鵜呑みとするわけには行きませんな。
 言葉の背後に隠しようのない悪意を感じる以上は」
「悪意と申されますか、平等なる【社会】への私の善意を。
 さすがは噂に名高い【ジェマの騎士】殿。歯向かう相手はすべからく【悪】となるわけだ」
「皮肉ではありません。真実を話しているのみでございます」
「では噛み砕いてご説明ください。
 貴方のように世相を確かに見極める慧眼を持たぬ私めにも理解できるように」


【バファル】公をやり込めたのと同じ策を用いて逆襲を図るナイトハルトにも
ランディは微塵も傾がず、「その態度こそ悪意」と言ってのけた。


「貴方は議長を承る当方へ異論を唱えられた。
 しかし、糾弾の先にあるものは何です? 貴方がたが望むものとは?」
「まことの平等社会に他なりません」
「それはどうでしょうか。
 貴方は【アルテナ】の失墜のみを画策し、いささかも【社会】の平等など考えていない」
「一方的な決め付けでございます」
「大国の権威を貶め、【ローザリア】が【アルテナ】に取って代わろうとしているだけではないか」
「異議あり…!!」
「…この異議を受けて、【ジェマの騎士】にお伺いします。
 貴方が我々を、【アルテナ】を擁護し、【ローザリア】を非難する理由をお聞かせください」
「【ローザリア】は【アルテナ】を議長席から引き摺り下ろす事のみを掲げ、
 議長制度に成り代わる具体的な打開策を何ら発表していない」
「それが何か気に障りましたか?」
「過去の歴史を紐解けば、なるほど連邦制度等、発言権を分散させる立法は数多くございました。
 ご聡明であらせられるナイトハルト皇太子にはあるまじき見落としではございませんか」
「………………………」
「なぜならば、それは見落としてではなく意図的な隠匿であるからです。
 議長席を獲得してから、その事を盾に弾劾される危うきを回避するため。
 貴方はあえてそうした議長制の打開策を口にしなかった。
 ………違いますか?」
「買い被りが過ぎますな、私の不勉強以外の何物でもございません」
「不勉強…でございますか?」
「…いかにも」
「―――明確な立法も模索しない方が【社会】の在り方を説くなど言語道断ッ!!
 上に立つ者がそのような体たらくでは、
 議会へ安穏を委ねる民衆の信任も揺るぎましょうぞッ!!」


強く叱責するランディの表情には、
凍て付いたデュランとはまた違う意味合いの修羅が宿っている。
デュランが氷雪の修羅なら、ランディは灼熱を纏う烈火の修羅だ。
政治の場で堂々たる発言をしてのける姿からは、
どこか頼りなげな、柔和な輪郭はどこにも見当たらなかった。
対するナイトハルトとて自他共に認める反【アルテナ】派の急先鋒。負けてはいない。
烈火の糾弾を涼しげに受け流すと、報復とばかりにランディが内包する弱点を突いてきた。


「権力の分散とは考えもしませんでした。叱声されても仕方のない私の不徳です。
 ………しかし、【ジェマの騎士】であるはずの貴方が、
 民衆の味方であるはずの貴方が【アルテナ】に依存している事については、
 どう申し開きするおつもりです?
 公権に囚われてはならないはずの貴方が、何ゆえ大国の枝葉と化しているのか。
 権威の走狗が権威の分散を説くなど全く異な事」
「そもそも【アルテナ】が権威を有していると、なぜそこだけに固執するのですか。
 無自覚ならご指摘を差し上げます。それは、貴方が権威に妄執しているからなのです。
 貴方は、貴方が糾弾する権威そのものだ。
 そして更に付帯するならば、我々が権威の分散を説けるのは、
 つまり権威に固執などしていないからです。発言権ならば好きなだけ分散させればいい。
 ………まことに平等的な【社会】とは、そうした世の中ではございませんか?」
「………………………」
「平等な【社会】の象徴とも言える【サミット】で
 これ以上、権力を巡る論議は無用と存じます」


見事な【政治】だった。
民衆の立場に立つ発言をしておけば世論の好感は著しく【アルテナ】へ集中し、
逆に権力へ固執する形となった【ローザリア】の心証は悪化に転落するだろう。
ともすれば【アルテナ】は現状の権力を維持・向上する事ができる。
ランディの見事な【政治】手腕と評価するより他無い。


「それではこれより30分の休憩に入ります。
 休憩後は速やかに本会の議題『【マナと革命】』へ議論を移行させます。
 ―――以上っ!!」


ナイトハルトを始めとする反【アルテナ】派が沈黙するのを見計らったヴァルダの宣言により、
【サミット】はしばしの休憩へ入った。













休憩が宣言されるとようやく張り詰めた空気が砕け、
アンジェラは肺一杯に呑んだままの息を吐き出す事ができた。
ランディとナイトハルトの丁々発止の衝突を目の当たりにした緊張のあまり
いつの間にか握っていた拳からはじっとりとした汗が零れ落ちる。
生まれて初めての政治の舞台は、発言すらしていないと言うのに
アンジェラの精神をひどく疲弊させた。


「………入り込む余地もナシってカンジね。
 意気込んで臨んだのに、言い方悪いけど、なんだか拍子抜けよ」
「私も代表として何度か【サミット】へ出席したけど、大抵の場合はこうよ。
 権力大好きな狸と狐の化かし合い」
「予想してたけどやっぱ納得行かな―――って、
 プリム、あんた、今回が初めての代表担当じゃないの!?」
「言っていなかったかしら?
 父が【パンドーラ】国王と親睦の深い豪商だから、その繋がりでね」
「だって【サミット】なのよ、いくら臨時と言っても!!」
「先に言ったでしょう? “大抵の場合はこうよ”…と。
 この意味、貴女にもわかるでしょう?」
「………要するに『誰でもいい』ってこと?」
「発言の機会すら与えられない会議に出席するよりも自国の政治が大切。
 賢明な政治家ほど、適当に代理を立てて相手にしないものよ」
「………………………」


今のプリムの話が本当であれば、
再びの結集まで人心地をつこうと会場の外へ出て行く偉人の多くが首脳の代理という事になる。
国王よりも明晰な者が代表を任される、という例外こそあるものの、
適当に見繕われた代理の人間が氾濫する【サミット】では、首脳会議として機能していないと言える。


「元気なのは【アルテナ】から議長席を返上させようと張り切る反対派や、
 さっき自滅していった【バファル】のような“属国”くらいなものよ。
 【パンドーラ】みたく中立を保つ国は風見鶏を決め込むだけね」
「………………………」


権力を欲する者たちの骨肉の争いだけが横行しているというのか。
何のための円卓会議なのか。
初めて間近に見た【サミット】の実情に、アンジェラは改めて【アルテナ】の影響力の強さと、
【社会】の在り方よりも権力闘争を優先させる為政者たちの愚かしさに耐えかね、頭を振った。


「あんまりバカらしくて、ショックが大きかった?」
「………それもあるけど、一番ショックだったのは、ランディよ」
「ランディが、どうかしたのかしら?」
「ちょっと見ない内に仲間が政治家の顔になってるって、相当衝撃強いのよ…。
 いつも隣にいたプリムじゃ神経がマヒしちゃってるかもだけど」
「ランディは何も変わってないわよ」
「どこがよ? ヘボい顔ばっか見せてたあいつが、今じゃ立派な政治家サマよ?
 あんたの前で言うのもなんだけど、あたし、ちょっと背筋が寒くなっちゃったわ」
「………あいつはこれまでと何も変わっていないわ。
 これまでと同じように、何事にも一所懸命に取り組んでいるだけ」
「一所懸命………」
「自分を認めてくれたヴァルダ女王の恩義に報いようと懸命なのよ。
 軍の教頭として恥じない働きをするために寝る間も惜しんで勉強して、
 今回は女王の顔へ泥を塗らないよう政治家としての顔を必死で張り詰めてる。
 どう、これまでと少しも変わらないでしょう?」
「………なるほど………」


【三界同盟】と激しい戦いを繰り広げてきた日々のランディはどうだった?
深く思い返すまでもなく、追想の中の彼は常に一所懸命に生きていた。
【草薙カッツバルゲルズ】のために多くの策を練り、
時には意見の対立からデュランと衝突するまでに加熱したではないか。
厳しい態度で政治を繰り広げた見慣れぬ修羅の姿も、
そうだ、あの日の衝突に既に片鱗が見えていた。


「あんたにイジメられてる情けない恰好が真っ先に浮かぶから、
 どうも厳しい顔が違和感あるのよねぇ」
「人を鬼嫁のように例えないで欲しいわね。
 私がいつランディをイジメたと言うのよ」
「はいィッ!? 自覚ないのアンタッ!?」
「私ほどの良妻タイプはそうそういないわよ」
「………………………」
「だからどうしてそこで黙るのよ!!」


【三界同盟】との戦いの中で結束を結んだランディの背後には、
いつでも必ずプリムの容赦ないシバキがあったように思えるのだが、
どうも本人の自覚は皆無のようだ(そしてそれが最もタチが悪い)。


「いや、なんていうか、こう…、惚れた腫れたは人それぞれっていうか………」
「それはそうよ。私はいつでも、何があってもランディへ随いていく。
 ………良妻の鑑でしょう?」
「………おノロケご馳走サマ………」


爽やかに、そして決然と断言したプリムの、珍しくも清々しいお惚気話も、
永い眠りに就いたままのブライアンと、今も【ケーリュイケオン】を駆けずり回るヴィクターを思えば、
アンジェラは複雑そうに短く返す事しかできなかった。






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