【サミット】が一時の休憩を取っている頃、【ケーリュイケオン】の外周を
大小二つばかりの影が探りを入れるように窺っていた。
「参っちまったな〜、本格的に。
ランディの兄ィを探れって言われたのに、この警護じゃ手も足も出ねぇわ………」
「オウさ………」
スカーフで覆面し、気配を消して木立へ息を潜めるのはビルとベンだ。
ホークアイから指示されたランディの身辺調査を始めたのだが、折り悪く今は【サミット】の真っ最中。
世界の首脳陣をテロの脅威から防ぐべく、
平素の10倍以上に増員された兵力が取り囲む強固な警護に立ち往生を余儀なくされていた。
「ホークの兄ィもひでぇよなぁ。こんなクソ寒い中、ランディの兄ィを張れなんてよォ。
しかも【サミット】の真っ最中! 自分らのがよっぽど中へ潜り込めてるじゃねェの」
「………オウさ」
「俺たちゃ、マサルの兄ィの捜索もしなくちゃならないのにさぁ、
人使い荒い上に放置プレイだぜ、これじゃまるで―――って、あッ!!」
「オウ…さ?」
「も、ももも、もしかして、兄ィのこのマゾっぽい仕打ちってば、
俺たちの愛を試すための試練だったりなんかしちゃったりして!!」
「オ、オウさッ!!」
「アレか、アレなの!? 好きな人ほどいじめたくなるっていう、微妙にして絶妙な男心!?
な、ななな、ならばむしろ大歓迎!! 寒さよ来い来い、バッチ来いッ!!」
北の大地特有の万年雪に包まれる【アルテナ】の気温は痛切に寒冷で、
ついついビルの愚痴(?)も多くなる。
「きっとこーゆー筋運びだよ、うん。
俺たちが寒さに凍えているところを颯爽とホークの兄ィが駆けつけて、
『いつも辛い仕事ばかり任せてすまねぇな』
『な、何をおっしゃいやす!!
俺たちゃ、兄ィのためなら火の中水の中エンヤコラサでさぁ!!』
『オウさッ!!』
『つっても、凍えた身体はどうしようもないだろ?』
『まぁ、ちょっと鼻水は垂れてますけど』
『待ってろ、今、温めてやるよ』
『ありがてぇ!! スープでもこさえてきてくれたんスか!?』
『オウさ?』
『バカだな。温めるっつったら、人肌だろ』…とかなんとか言っちゃって、
お子様禁制のムフフ路線へバッチGOってなわけよ!!」
「うっひゃ〜! 聴いてる方がむず痒くなる乙女思考だね〜!
あ、キミたち、男の子だから、乙女じゃなくて男思考?
ん〜、イマイチしっくり来ないナ〜」
「甘酸っぱくも塩じょっぱい男闘呼(オトコ)思考に決まってらぁ!!」
「オウさッ!!!!」
「甘酸っぱいっていうよりか、汗の臭いが酸っぱいだけじゃないの〜?」
「恋するヒトは誰でもストロベリ―――って、な、なんだぁ、お前ッ!?」
「オ、オウさッ!?」
急に会話へ割り込んできた、いつの間にか背後へ立っていた怪しい人影に
ビルとベンのご陽気は即座に霧散し、木立を震わす戦慄が走る。
「誰かと聴かれたら素直に答えましょう♪
【アルテナ】御預【ジェマの騎士】直属部隊、【鳳天舞】!
こッこに大・参・上〜ッ♪」
構成員こそ一人足りないが、見覚えのある七つのローブを間違うはずも無い。
マサルや自分たちを襲撃した、ランディが差し向けたとされる討手たちが
再び音も無く気配も無く、闇から這い出したのだ。
「チンケなシーフと思ってたら、キミたちも意外に大胆だよね。
大将首狙って本拠地に乗り込んでくるんだからさ♪
見上げたバカさ加減だよ♪」
「ほ、誉めるか貶すかどっちかにしろいッ!!」
「オウさッ!!!!」
すかさず斬馬刀を抜いて臨戦態勢を整えるベンだが、
自慢の豪剣を披露しようにもローブの暗殺団は俊敏な動きで自分たちを取り囲んでおり、
目の前の者へ斬りかかれば、その瞬間に背後から刺し殺されるだろう。
うかつに手が出せず、また、トラップ使いのビルも罠を仕掛けていなければ
満足に全力を出す事が出来ない。
しかも相手は手練7人。対する全力未満の2人では、多勢に無勢も加わって絶望的状況だ。
「あはは♪ ニンゲン、諦めも肝心だよ♪ おとなしく終わっちゃいなさい♪」
「―――言われて散華するほど人の命は軽いモノではないッ!!」
万事休す―――かに見えた瞬間、襲い来る【鳳天舞】と二人の間を
巨大な飛来物が旋回して薙ぎ払い、彼らの距離を大きく隔てた。
一度周回しただけでは収まらず、超速回転する飛来物はビルとベンを護るように
追撃の第二波を【鳳天舞】へ繰り出した。
「こッ、こいつぁ、【夢影哭赦】ッ!?」
「オ、オウさッ!?」
「待たせたなッ、親友(とも)よッ!!」
縦横無尽に暴れ狂う飛来物―――巨大手裏剣【夢影哭赦】の第二波で
完全に【鳳天舞】の体勢を崩し、ビルとベンを救ったのは、
砂塵の彩(サンドベージュ)をトレードマークに覆面する【ナバール魁盗団】の猛鷲、
イーグル・ザ・オアシス・オブ・ディーン。その人だった。
「くぉん!? ちょっこざいな〜」
なおも追いすがる【鳳天舞】へ、
ここぞとばかりにビルが忍者道具の一つである【煙玉】を放り投げた。
サッカーボール台の【煙玉】は地面へ触れるなり灰色のガスを撒き散らして
半径500メートル内の全ての視界を遮り、文字通り煙に巻かれた討手どもは
三人の行方を見失ってしまった。
「逃げられちったか〜。さっすがニンジャシーフってトコだねェ」
緊張感というモノが皆無な討手の負け惜しみを、
滑り込んだ【ケーリュイケオン】上部の出窓から聴いたビルとベンは、
戦いや暗殺を楽しんでいるかのような【鳳天舞】の態度に
これまで味わった事の無い恐怖を感じて絶句した。
「………あれがお前らの話してた【鳳天舞】か。
選りすぐりの暗殺部隊に違いは無いみたいだな」
「ホ、ホークの兄ィ!!」
イーグルの手引きで【ケーリュイケオン】の物置部屋に活路を見出したビルとベンを
難しい顔で腕組みするホークアイが出迎えた。
休憩時間を見計らって会場からエスケープしてきたのだ。
「も、もしかして一部始終見てたんですかい?」
「今更取り繕ってもしゃあないから白状するよ。
悪い、お前らを撒き餌にさせてもらっちまった」
「いくらホークの兄ィでもひでぇじゃないですかい!!」
「オウさッ!!!!」
「だから俺が助けに入っただろ?」
「っていうか、そもそもなんでイーグルの兄ィがここにいるンですか!?」
「オウさッ!!!!」
「【サミット】へ出席して身動き取れなくなる俺に代わって、
色々探りを入れてもらってたんだよ」
「せっかくの大役だが、成果は今ひとつだったがな」
「だからそーゆー大事な事をなんで黙ってるんスかい!?
イーグルの兄ィも動いてるなら連携とか取れたでしょうに!!」
「オウさッ!!!!」
「事が事だけに内々に進めなくちゃならなかった。
ホント、お前らには悪い事したと思ってるよ………」
「人が悪いにも程がありまさぁッ!!」
「オウさッ!!!!」
「まぁまぁ、ホークの人の悪さは今日に始まった事でも無いだろう?
ここは抑えてやれ」
「イーグルの兄ィは黙っててくだせぇ!!」
「オ・ウ・さぁッ!!!!」
誰よりも仲間想いのホークアイが自分たちを見捨てようと撒き餌にしたとは
ビルもベンも考えていなかった。
ホークアイなりの考えがあっての行動とも理解している。
だが、危うく命を奪われるところだった事に変わりは無く、
困ったように割って入ったイーグルのフォローを隅へと押しやり、
激しい憤りを迸らせてホークアイへ詰め寄った。
「ホントにすまなかったって! 必ずカリは返すから、勘弁してくれ!」
「ホ、ホントですかい?」
「俺がお前らにウソついた事があるか?」
「オウさ………!」
「で、でも具体的にどうやってカリ返してくれんですかい?」
「そうだな、命まで張らせちまったんだから、一杯オゴって済ますわけにも行かないよな…。
―――うし、決まった! お前らの願い、なんでも叶えてやるぜ!」
「そいつはまた大判振る舞いだな、ホーク。
いいか、ビル、ベン。口約束で済ませないように、ちゃんと念書を作って保存しておけよ?」
「いらない入れ知恵すんじゃないよ、お前は………」
喉で笑うイーグルの脇をホークアイが小突いているが、
ビルとベンにはそんな二人のやり取りなど既に眼中に入っていない。
「き、ききき、聴いたか、ベン?」
「オ、オオオ、オウさッ!!!!」
「こりゃあ、このシナリオぁ、まさかまさかの大逆転ッ!?
お子様禁制のムフフ路線へバッチGOぉッ!?」
「オ、オウ…、オウさッ!!!!」
「………やっべッ!! 俺ぁ、俺ぁ、想像しただけでもうビンビンだぁッ!!」
「オウさぁぁぁあああッ!!!!」
彼ら曰くするところの『男闘呼思考』へ飛んでいってしまったおピンクコンビを
黙殺したホークアイとイーグルは、ランディの刺客を名乗る【鳳天舞】についての考察を進めていた。
「おおっぴらに仕掛けてくるとは驚きだね。
前回と同じように闇討ちで来ると思ったんだけど」
「あるいは、闇討ちをする理由が無い…か」
「それってビルとベンが雑魚と思われたってコトか?」
「………はぐらかすな。
闇討ちを行う必要が無いと推理したセンテンス、お前なら既に気づいているはずだ」
「………わーってるよ。地元の【アルテナ】で襲うなら、
わざわざ闇討ちする必要も無いって言いたいんだろ」
「しかも【ジェマの騎士】の大義名分を後光に背負っている。
ならば堂々と炙り出し、誅滅せしめればよい。
【サミット】中という事を考慮した、とも考えられるが………」
「どうかな。理の女王サマなら、【サミット】中だからこそって判断しそうだぜ?
これぞ【社会正義】の象徴だーってさ」
「ランディ・バゼラードの判断、とは言わないのか」
「………………………」
「ここに来て幾つもの条件が成立し始めている。
【ジェマの騎士】のホームグラウンドとなった【アルテナ】で彼の刺客が白昼堂々襲来した。
これはランディ・バゼラードの仕業であると考える他―――」
「―――【インペリアルクロス】の動きが妙なんだよな」
「………ぬッ?」
近しい人物に疑いを向けられないホークアイの目を覚まそうと
あえて厳しい口調で詰め寄るイーグルの言葉を、当のホークアイ自身が突拍子も無く遮った。
「【サミット】の会場には隊長しかいなかったんだ。じゃあ、他の連中は?」
「警護に当たっていたのではないのか?
これだけの警護では駆り出されてもおかしい話ではあるまい」
「警護に当たってるハズの【インペリアルクロス】と
まるっきり同じ集団戦法で襲い掛かってきた連中はどうする?」
「………………………」
「【インペリアルクロス】の戦い方を【フォルセナ】で見たんだけど、
不自然なくらい今の【鳳天舞】と被るんだよね」
「偶然………ではないのだな?」
「も一つプラスすると、あのうっせぇギャル声、聞き覚えがアリアリなんだよ。
覆面してるみたいでくぐもってたけど、隊長のカミさんの声そっくり」
「………………………【ローザリア】と【アルテナ】。
反目する国家同士が繋がっているというのか?」
「あるいは、【ローザリア】が【アルテナ】の名を騙ってる、とかな………」
デュランに接近を図る、柔和な、けれど底知れない何かを秘めた青年隊長の笑顔が
ホークアイの脳裏へ不気味さを伴い浮かび上がっていた。
†
「そして、誰もいなくなった…か」
「―――はィ?」
「いや、【フォルセナ】の列席者が、だよ。
賑わいも華々しかったと言うのに、今では補助参加人は君だけだ。
………このような醜い権力争いを見せ付けられれば、
興味が冷めるのも無理は無いがね」
「そんなもんスかねぇ。ボクは楽しんで拝見してますけど」
「その歳で政治に興味があるとはな。うんうん、将来が楽しみだ」
「政治っつーか、大人たちのバカさ加減が楽しいだけね」
「言ってくれるよ。
民衆が考えているよりも遥かにバカバカしいものだがね、政治の内実というものは」
休憩時間終了間際であるにも関わらず、
【フォルセナ】側の補助参加人席に開会から引き続いて座っているのは
最年少のエリオットだけになっていた。
席へ戻るのが遅れているのか、はたまた長々とした寸劇に飽きての雲隠れか。
おそらくは後者が正解だろうと踏んだ英雄王は、
誰もが飽きた(あるいは呆れた)大人たちの寸劇に最年少が留まっている事がおかしくて、
公の席という事も憚らず盛大に噴き出した。
「ボクもそのバカバカしいマツリゴトの犠牲にされた人間の一人なんスけど?」
「………おっと、すまぬ、失言だったな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。
軽いジョークのつもりなのに、まじで返されるとボクの方が困るってば!」
「ジョーク………?」
「そ。そもそも【ローラント】が滅ぼされた時、ボクってば、まだ赤ん坊だったしさ。
犠牲とかネガティブ思考を感じてないんだよね…って、この口上使うの何度目だよ!?」
「―――それはいかんな…!」
犠牲への弔意に欠けるサバサバとした物言いのエリオットへ、
陽気な大笑いをピタリと止めた英雄王から厳しくも静かに叱声が浴びせられる。
「加害者が言うべき言葉では無いだろうが、あえて言わせてもらう。
過去の犠牲と悲劇を忘れぬ事は、すなわち生き延びた者の務め。
たとえ実体験として原風景に悲劇を刻まぬとも、いや、悲劇を知らぬ人間こそ、
痛みを感じぬ、などと軽々しく悲劇を扱ってはならないのだ」
「………………………」
「君は幼い。それゆえ戦争の悲劇に見る意味と重みへ意識が薄いのも仕方が無い。
しかしだな―――」
「―――その辺りのゴチャゴチャも飲み下した上でのジョークなんスけどねぇ」
「………ん?」
幼い我が子へ戦争体験を語って聞かせる教育パパのような威厳で
懇々と説き続ける英雄王の高説は、エリオットの意外な反論で遮られた。
「ボクが感じてないって言ってんのは、あんたの仰る通り、実体験としての悲劇ね。
【ローラント】が征伐されるまでの経緯とか、…残された人間の悲しみとか、
その辺りの深〜い部分は飲み込んでるわけよ、ずっと前に。
………なんてったって、こっちゃ犠牲者なんスから」
「………………………」
「だから、楽しいんスよ。
人にこれだけ迷惑かけといて、まだ同じ場所で足踏みしてやがる。
こんなバカな大人にどんな【社会】が作れるもんかなって」
「呆れるようなやり取りではあるが、いつの世も、どんな権力者でも理想は共有だ。
より良い【社会】を築く。自分たちが幸せならそれでいいわけではない。
自分たちの後へ続く世代も永劫に幸せでいられる【社会】を築きたいのだ」
「だからそれがあんたらに出来るのかって皮肉ってるわけよ。
【子供】から見ると、すっげー不安になってくるんスけど」
「【大人】たちの永遠の命題だよ、これは」
「いや、だから最近思うんだけど、未来を作るのって、【子供】の役目じゃない?
ロートルは黙って援助だけしてくれてりゃいいのに、
なんでこうも出しゃばってくるンかねぇ?」
「またまた言ってくれるよ。【子供】を心配するのが【大人】の役目なのだ」
どうやらこの小さな“犠牲者”の方が、加害者よりも一枚上手のようだ。
相手は被害者。こちらは加害者。不謹慎は百も承知の上だが、
エリオットへ未来の希望を見た英雄王は、その小さな頭をガシガシと撫で付けながら大いに笑った。
周囲のお歴々から避難の視線が突き刺さろうともお構いなしに、愉快痛快とばかりに笑い続けた。
「―――っと、いよいよ第二幕の始まりのようだな」
「………つか、結局ボク以外はリタイアなのかよ。根性ナシのヘタレどもめ…!」
いくら愉快痛快でも、【サミット】が再開されてまで笑っていられるほど
英雄王も常識を弁えない愚か者ではない。
一時退席していたヴァルダが補佐の三人を引き連れて会場へ姿を現すと、
それまでざわついていた会場が水を打ったような静寂に包まれた。
―――が、次の瞬間、静けさが激しいどよめきに変わる。
「あれは、伝説に名を聴く【女神の後継者】………!?」
「一度、【ジェマの騎士】の行軍を拝見した時に見た事がある!!
フェ、フェアリー!! フェアリーに間違いないッ!!」
ホセを筆頭に、ランディ、ヴィクターと続いた補佐たちの最後尾には
開会の折には姿を見せなかったフェアリー。
魔力の粒子を散らして飛翔する、小さくも神々しい【女神】の後継者が現れた事によって、
【イシュタリアス】を創造した唯一絶対の【女神】が降臨した事によって、
権力闘争の場と化していた【サミット】は大きなうねりを迎えようとしていた。
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