「【ジェマの騎士】に守護されての検分の旅の中、
 わたくしは世界のありとあらゆる国を、町を、村を巡りました。
 いずれもが美しく、優劣の付けられないほど素晴らしかった。
 そこで、ふと疑問が浮かびました。
 『わたくしの【イシュタリアス】を平穏たらしめているのは何か?』と。
 【イシュタリアス】が平穏でいられるのは、揺ぎ無き福音の思想が流布されているからです。
 すなわち、【未来享受原理】。より素晴らしい世界を一人ひとりの手で築いていく思想です。
 隔世する追憶にもこれほどまでに完成された【社会】とその通念を私は知りません。
 【女神・イシュタル】が後継者のわたくしが認めましょう。
 わたくしの授与せし【魔法】を誰よりも研鑽し、【未来享受原理】の旗頭を担う【アルテナ】こそ、
 わたくしの【イシュタリアス】を束ねる長であると!
 【アルテナ】無くして【イシュタリアス】に平穏はあり得ません!!」


議長というモラルリーダーの土台を揺るがそうと執拗に迫る【ローザリア】を牽制し、
権力の地盤をより強く固めるべく【アルテナ】が打ち出した一手は、
伝説の英雄【ジェマの騎士】を従え、世界の命運を導く創造の女神【イシュタル】の正統後継者である
フェアリーを後光に背負い、自分たちが【女神】に選ばれた究極の強国であると
天下に対して宣言するという、何者をも恐れぬ所業だった。
【イシュタル】は唯一にして絶対の創造女神。今なお世界中で愛され、厚い信仰を集めている。
その【イシュタル】は、【ローザリア】ではなく【アルテナ】を選んだのだ。
【アルテナ】こそ【社会】の中心となるに相応しい、と人々は神威のもとに平伏するだろう。






(………全ては思いのままに………)






フェアリーの啓示へスタンディングオベーションの喝采が向けられる只中、
ヴァルダの口元に不穏な笑みが浮かんだ。
ヴァルダが【ジェマの騎士】であるランディを【アルテナ】へ引き込んだ最大の理由はここにあった。
【ジェマの騎士】の雷名も軍備を強化し、統率していく上で重要なファクターとなるが、
なにしろランディには【イシュタル】の後継者であるフェアリーが漏れなく随いてくる。
【ローザリア】を筆頭に忌々しい反対勢力が台頭する情勢を跳ね飛ばし、
【アルテナ】を富強するのに【女神】の後継者という威光は、まさしく渡りに船。
いくら反対勢力が抵抗しようとも、世界総人口に比例する膨大な世論の後押しが
それを封じ込めてくれる事だろう。「【女神】に歯向かう【社会悪】共め」と。
そうなれば【アルテナ】の天下は磐石だ。逆賊として【ローザリア】を討つ大義名分も立つ。
【理の王女】を畏怖されるヴァルダらしい、緻密に計算された政治手腕は恐ろしいくらいに完璧だった。


「………フェアリーも哀れなもんだな。あれじゃ見世物だ。
 言わされてる感が見て取れるぜ」
「ひねくれた目で斜に見過ぎというものですよ。
 皆が皆、【女神】の後継者が降臨された感動を純粋に享受しているのです」
「それを言うならお前らは贔屓目だ。いや、眩んだ欲目か。
 ………あいつは大仰な台詞を吐くようなヤツじゃねぇ。
 【女神】って事をカサに着た、高慢ちきで鼻持ちならねぇ野郎だったけど、
 小難しい理屈じゃなく、もっとストレートに感情表現してたよ」
「しかし、【女神】の後継者ですよ? 普通は厳しいものではないですか」
「【女神】の名が付くモノ全てが霊験あらたかなわけねぇっつってんだよ」


一時的にとは言え、共に戦ったデュランにしてみれば、
好奇心の塊のように天真爛漫に振舞うフェアリーに周囲が言うほどの神々しさを全く感じない。
隣席のアルベルトが涙を流して感動している様など鼻で失笑してしまうほどだ。
離れた場所へ座るアンジェラとプリムも同じ思いでいるらしく、眉間へ複雑な皺を寄せている。


「【女神】がご降臨なされたと言う事は、
 つまり【サミット】の議長はもう不要と言う事になりますね」


しかし、ナイトハルトはフェアリーの降臨にも少しも心揺るがさず、
【女神】の威光に跪く周囲の誰もが考えもしなかった反撃の一手で切り替えした。


「何を仰るのです、ナイトハルト。
 わたくしは【未来享受原理】を貫く【アルテナ】へ世界を託したのですよ」
「恐れながら申し上げます。
 そもそも【未来享受原理】とは、【民主】を第一に掲げし社会理念。
 民意の一つひとつが政治を動かす理念である―――べきところを
 一国の発言力が支配的に強まっては道理に適いません。崩れた道理は万民の心を乱す火種となります。
 安穏の【イシュタリアス】へ必ずや災禍が及びましょう」
「政治には【サミット】のような議会が不可欠ではありませんか。
 わたくしはヴァルダこそ議長の任を託すに値すると評価したのですが?」
「女神が降臨された今、どうして人間如きに議長などどうして務まりましょうか。
 今後の【イシュタリア】を従え、導けるのは【女神】の後継者たる貴女様をおいて他におりません!」
「―――――――――!!」


たったの一言が勢いに乗る【アルテナ】派へ戦慄を走らせる。
ナイトハルトの主張はヴァルダの計算を覆すだけの威力を持ちながら、
しかも人口に比例する世論の大きさを納得させるだけの正当性を帯びていた。


「同種の人間が議長を専任しては軋轢も生まれます。
 されど、我らが大いなる母、【女神・イシュタル】が先導されるのならば、
 幾億の民意も納得し、絶対の名のもとに付き従うでしょう」
「で、ですからわたくしはその権限を【アルテナ】へ―――」
「我らは国という柵に囚われた悲しき迷子。
 それゆえ、一国へ発言権が集中する事で不平が産み落とされてしまうのです。
 【女神】が采配を振るわれるより他に【イシュタリアス】を恒久の安穏へ導く術はございません。
 私の意見は【イシュタリアス】の総意とお聞き届けくだされば光栄の極みにございます」
「………さすがは今をときめくナイトハルト皇太子。
 人間へ可能性を委ねるとご決断あそばされた、
 寛容なる【女神】に対して異論を唱えられるのは
 地上広しと言えどお手前をおいて他におりますまい」
「御仁の言葉の意味は申し訳ありませんが、理解に苦しみますね。
 私がいつ【女神】へ異論を申し立てたと言うのです?」
「貴方には自覚が無いようですが、会場の皆様に伺えばすぐに解かる。
 今、貴方は【女神】へ謀反を宣言したのです」
「私が? まさか!」
「大いなる母と論っておきながら、自らの主張の正当性を押し付ける不遜こそ叛意の表われ。
 そもそも【女神】に対して意見する事など、我ら土塊たる人間風情にどうして出来ようか」
「意見ではない。民衆の総意をお伝えしたまでですよ、ホセ師父。
 万民の言葉は【女神】が未来を導く礎となると、私は固く信じておりますので」


ナイトハルトの言葉を黙して聴いていたホセが、好々爺の仮面を付けたまま、
しかし氷雪のように冷たい口ぶりで彼の主張を斬り捨てた。
貴様の主張は【女神】への反逆であると暗に突きつけ、
人々の【ローザリア】に対する意識を逆賊への怒りに転化させようとなおも詰め寄る。


「………わかりませんね」


フェアリーを挟んで衝突するナイトハルトとホセを見守っていたヴァルダが
静かに、けれど凛とした、円卓中を駆け抜ける声で、一言そう漏らした


「わかりませんね、ナイトハルト皇太子。本会の議題は【マナと革命】についての筈。
 いつまでもそこから逸脱し、議長席に拘泥する貴方の考えが私にはわかりません」
「おかしな事を申されますな、ヴァルダ王女。
 ではなぜ、このタイミングで【女神】の後継者よりお言葉を賜ったのです?
 貴女こそ議長の座を護る事へ懸命になり、進行を停滞させているではありませんか?」
「【マナと革命】の双方へ言及するために不可欠だったからです。
 しかし貴方はどうでしょう。反論も主張も、全て【アルテナ】、
 そして、我が国へ啓示を下されたフェアリー様への叛意に終始している。
 【社会】の足並みを乱す事を目的に【サミット】へ参加されているのであれば、
 私は【女神】より託された【未来享受原理】の名のもとに
 【ローザリア】を【悪】と認定せざるを得ませんが、それでもよろしいのですね?」


急進が過ぎるゆえに足元を掬われる形となったナイトハルトだったが、
彼はヴァルダのこの言葉を待っていた。


「―――よろしい。それでは【アルテナ】が真に世界の主導を握るに相応しいか否か、
 今よりフェアリー様直々に判別いただこうではございませんか」
「判別………?」
「フェアリー様、私めに証人喚問の時間をお与えください。
 【アルテナ】の政治へ非常に興味深い証言を行う準備のある者が
 我々【ローザリア】を頼って参りましたゆえ」






(証人喚問だと………?)






「おい、【ローザリア】が証人喚問やるなんて聴いてねぇぞ」
「申し訳ありません。
 なにしろ事が事だけに外部へ漏らすわけには行かなかったのです」


突如ナイトハルトが宣言した証人喚問にデュランが呆気に取られていると、
フェアリーの返答を待たずに重要証人が威風堂々と【サミット】の会場へ姿を現した。
甲冑姿のその人物によく見覚えのあるデュランは、氷のような無表情を激しく歪めて絶句した。


「どっ、どういう事よッ!? なんでそいつがここにいるわけッ!?」


思わず立ち上がって絶叫したアンジェラの隣では、プリムも言葉を失っている。
言葉を失ったのはデュランやプリムだけではない。
英雄王も、エリオットも、…いや、兜を脱いだその顔は誰もが見知っており、
会場中の全ての人々が驚愕にどよめく事すら出来ずに凍りついた。


「てめぇ………………………ッ!!」


ナイトハルトへ促され、自分の真隣へ着席したのは、
かつて世界中の尊敬を一身に集めた【黄金の騎士】。
つい先日【フォルセナ】を焼き討ちにした【黒耀の騎士】―――


「フェアリー様、議長。
 これより【ローザリア】はロキ・ザファータキエ君を証人として喚問いたします」


―――殺戮の【マナ】を統べる死神、ロキ・ザファータキエだった。













誰一人予想だにしていなかったロキの登場によって【サミット】へ激震が走る頃、
ポポイとケヴィンは【ケーリュイケオン】の廊下を興味深げに監察しながら歩いていた。
しかも、【サミット】会場とは異なる階の廊下を、だ。


「そういえば、ポポイは、最初から、【サミット】にいなかったね」
「当たり前だろ。最初からつまんないってわかってる場所へ
 どうして好き好んで行かにゃあならないんだよ」
「かく言うケヴィンも、ヒマを持て余したから、
 こうしてお前さんの誘いに乗ったわけやがな」
「それは、カールだって、同じでしょ」
「アホ抜かせッ! お前ら二人がもうちっとしっかりとしとれば、
 身震いしてまう政争劇を拝聴してたかったわッ!!」
「またまた〜、ムリすんなって。
 あんなつまんないモンのどこに興味を抱くわけ?」
「………ちっとはエリ坊を見習ったらどうや。
 自分らよりもずっともちっさい子供が政治の勉強しとるんやぞ」
「うん、すごいよね、エリオット。オイラには、ぜったい、ムリ」
「そないなところで素直にならんでええねん!!
 ウソでもええから、もちっとキバらんかい!!」


【サミット】が再開されても違う階の廊下を散策しているのは、つまりはそういう理由だ。
生まれて初めて参加した政治の席にいたたまれなくなったケヴィンは
休憩時間になったのを幸いにエスケープし、そのままサボタージュするつもりでいたのだが、
そこへそろそろネを上げる頃と踏んでいたポポイが【ケーリュイケオン】を散策しようと持ちかけ、
二つ返事でOKを出した次第である。
パーティのブレーンでもあるカールとしては、首脳陣が結集する政争の舞台に後ろ髪を
引かれる思いもあったが、野生児二人を野放しにしておいて無事で済むか? …答えは断じて否。
お目付け役を買って出た時は断腸の思いだったに違いない。


「お二人とも、そんなに廊下を走ってはいけませんよ。
 特に上階では衆議が執り行われているのですから」
「…衆議!? くあぁ〜、やめてやめて!! サブイボ出ちゃうね、そのフレーズ!!
 リキ入りまくりのランディの兄ちゃんたちが信じらンないよ、オイラ!!」
「珍しいよね、リースが、オイラたちに、付き合ってくれるなんて。
 ああいう、ちょっと、難しい話し合い、好きそうなのに」
「そんな事はありませんよ。私も畏まった席は苦手です」
「礼儀に通じる人間全てが、必ずしも儀礼的な場を好んどるわけやない―――
 ―――っちゅーこっちゃ」


珍しいとケヴィンが目を丸くするように、野生児コンビ発案の【ケーリュイケオン】散策には
お目付け役のカールの他にリースも同行していた。
今でこそ落ち着いているものの、【“旧”・草薙カッツバルゲルズ】では、ヤンチャな野生児コンビを超える、
最強のトラブルメーカーだったリースだ。
野生児コンビ+かつての最強トラブルメーカーがトリオを組んで無事に済むか?
…答えは断じて否―――どころか、少しでも結果を想像しただけで怖くなる。
なおの事、大事件を起こす事前に睨みを利かせておかなくてはならず、
人一倍の苦労を背負い込むハメになったカールの胃はキリキリと悲鳴を上げてやまなかった。


「お♪ 見ろよ、あっち!! あれ、宝物庫なんだよッ!! 前から忍び込みたくてさ〜!
 って、うほッ! しかも扉開けっぱだし!! ちょっと行ってみよ〜ぜッ!!」
「だ、大丈夫かなぁ。忍び込んだの、バレたら、すっげぇ、叱られるんじゃ………」
「と言いつつ足はしっかりこっち向いてる素直さが、ケヴィンのステキなトコだわな♪」


偶然見かけた宝物庫らしき部屋へ意気揚々とスキップしながら走っていく野生児コンビ。
よほど厳粛な【サミット】の空気にストレスを感じていたのか、
ケヴィンに至っては開放感に任せて尻尾を元気よく振り回している。


「…ま、お前さんの立場からしたら、【アルテナ】のご高説を拝聴しとるんは、
 精神衛生上大変によろしゅうないわ、な」
「カール………」


その場に残されたカールが、リースが【サミット】を抜け出した理由をずばりと言い当てた。
いくら過去の悲劇として胸に収めたとは言え、【ローラント】征伐を主導した【アルテナ】の、
それも征伐の引き金となった【未来享受原理】の主張を聴いているのは気分の良い物ではない。
熱心に社会勉強に励むエリオットには申し訳ないが、
リースもケヴィンに倣って休憩時間へ入ると共に会場を抜け出していた。


「それに、一つ気にかかる事もある。ちゃうか?」
「………はい」
「………デュランの事、やな?」
「………………………」


もう一つの理由をも言い当てられ、リースは困ったように眉を顰めた。


「普段はまとめ役買うくらい冷静にしとるのに、ロキが絡むと途端に頭に血が昇ってまう。
 どうもあいつは親父さんにえらいコンプレックスを抱いとるようやな」
「…お父上と騎士が大嫌い、と以前に話してくれました」
「子は親父を蹴倒してくもんや。そうして初めて【大人】になったと実感でける。
 せやのにデュランの場合は、永遠に超える機会を失ってもうた…ハズやった」
「でも、実際は戦火を免れて生き延びていた………」
「最大のコンプレックスがひょっこり姿ぁ現したんや。
 そら平常心じゃいられんわな」
「………………………」
「………せやからわからんねん。そこまで激しい反感持っとった親父に、
 あいつ、とんでもない冷めた目ぇ向けたやろ?
 それからや。あいつが鬼みたくおっかのうなったんは」


【フォルセナ】焼き討ちの最終局面を境にデュランは豹変した。
あれほど激しい憤りをぶつけ、掴み掛かっていった父親へ
見ている人間すら凍りつくような冷たい視線と見下した罵声を浴びせ、
足蹴にまでした挙句、何の躊躇いもなく斬首までしようとした。
ウェンディが制止していなければ、感情の無い瞳で本当に首を跳ね飛ばしていただろう。
それ以来だ。それ以来、デュランは修羅宿る無表情を纏い、
何者も寄せ付けず、何者も顧みない氷魔の【鬼】と化してしまった。


「…反感を持っていたからこそだと思います」
「持っとったからこそ…やて?」
「うまくは云えないのですが…、デュランはお父上を尊敬されていたはずです。
 少なくとも【ローラント】征伐までは」
「反感を抱く言う条件は、それまでに好意的な感情がなくちゃ成立せんっちゅう事か。
 尊敬しとった親父が民族虐殺に手ぇ染めたんが許せんで」
「そして、それだけお父上を強く意識していたに違いありません。
 大嫌いな父を超えるために、あの背中よりも強くなろう、と」
「反動…やな。尊敬がひっくり返った時の憎たらしさったら目ぇも当てられへんし」
「デュランにとっては、ロキ・ザファータキエの生存は、むしろチャンスだったのかもしれません。
 今度こそコンプレックスを超えて、【大人】になれる。
 そう思えたのではないかと」
「そこでまた反動が角を出すわけや」
「………【比例贖罪】………」
「自分が手をかけた民族に償うため、自分の故郷を滅ぼす…か。
 昔と同じ…いや、もっとえげつない過ちを犯そうとしとるオヤジさん見て、
 デュランの奴、失望してもうたんやろうな」
「追いかけたかった背中は、もうどこにも無い。
 ある意味において人生の指針でもあったコンプレックスのやる瀬を失くして………。
 ………デュランは、今、迷子なんですよ。
 自分は今後どこへ向かえばいいのか。やり場のない憤りをどこへぶつければいいのか」
「さらにそないな感情を塗りつぶす失望感………ごっつ厄介やな」
「マイナスな思いが堂々巡りして、困惑しているのです」


修羅宿る無表情は、感情が壊れてしまったのでなく、
許容し切れない混乱の渦に巻き込まれ、余裕を無くしている証拠なのだ、とリースは分析する。
ロキの暴走が引き金となってデュランが【鬼】と化していった事まではカールにも推察できたが、
あの無表情から奥底に根ざす葛藤までは看破できなかった。
鋭利な洞察力か。はたまた“乙女”のなせるワザか。
確信を持って話すリースにカールは心からの拍手を送りたいほどだった。


「………そういや、ワイらの誰よりもお前さんはデュランの傍におったんやったな」
「ど、どうしたんですか、急に?」
「いや、リースはホンマにデュランをよう見とるんやな、と思うてな」
「もちろんです。誰よりもデュランの事を理解してるって、自信を持って断言できます」
「なんや遠まわしにオノロケかまされた気ィするんやけど」
「カ、カールまで冷やかさないでくださいよっ!」
「そやない、そやないってって。
 もしかしたら、いや、間違いなく、デュランのモヤモヤを受け止められるんは、
 お前さんをおいて他におれへんのやろうな、と思ってな」
「もちろんそのつもりです。これまで助けてもらった分、今度は私がデュランを助けます」
「………ええか、リース」


素直な決心を表明するリースの肩を伝い、頭の上へと乗ったカールは
声質を神妙に正し、諭すように語り始めた。


「本気でデュランを受け止めるつもりでおるんなら、
 あいつがどないな暴走を起こしても、
 どないな手ぇ使ってでも止める覚悟、マジに決めなあかんで」
「………はい」
「結果として、あいつと縁が切れるやもしれん。
 それでも耐え切れるか? 本気でぶつかる言うんは、そういうこっちゃで?」
「本気でぶつかる覚悟はあります。
 でも、縁が切れる事は万に一つもありませんよ」
「甘えやで、そいつは。
 ええか、ヒトの縁っちゅうんは、そないに簡単なモンやあらへんねん」
「甘えでなく、確信です。
 だって、本気でぶつかってくれたデュランと私の縁は、今でも切れていないでしょう?」
「………………………」
「………たとえ一時離れてしまっても、いつか、きっと道は交わる。
 【本気】の結果は、いつでも結び合わさるものですから」


甘っちょろい正義感を振りかざして問題を起こし、
その都度デュランに叱られてはぶつかってきたリースならではの言葉だった。
生の感情を丸出しにして衝突してきた彼女の言葉は、確たる説得力に満ち溢れ、
「甘い」とのカールの反論を思わず飲み込ませてしまった。






(人間の感情を理屈で量ってしまう、ワイこそ甘ちゃんなのやもしれんな………)






「お前さんには敵わんわ。
 そうや、やっぱしデュランを受け止めてやれるんは、リースしかおれへん」
「受け止めるのは私の役目です。
 でも、そこから先は、激励して新しい道の向こうへ導くのは私だけでは力不足。
 その時はみんなで手を繋いであげましょうね」
「………ますます敵わんわ」


決然たる微笑を浮かべるリースに己の未熟を痛感したカールは、
頭を振りながら自嘲と苦笑交じりの溜息を一つ吐いた。


「―――あッ!! コラッ、貴様らッ!! いや、貴様ッ!! そこで何をしているッ!?」


とその時、廊下の向こう側から何かを見咎める大音声が叩き付けられた。
声と共に数人の足音が軍靴を鳴らし、こちらへ急速に接近してくる。
何事かと相手の顔を窺うと―――


「うげッ!! 誰かと思えばルガーじゃん!!
 参ったなぁ…、いっちゃん煩わしいのに見つかっ―――いってぇッ!!
 おい、なにすんだよ!? オイラは猫じゃねーぞッ!!」
「うるさいッ!! 貴様ッ!! 今度という今度は許さんぞッ!!
 よくも、よくも………ッ!!」
「ま、待って、ルガー、ポポイ、誘ったの、オイラなんだ。
 だから、叱られるのは、オイラ。ポポイは、離してあげて?」
「バッ…、なに言ってんだよ、ケヴィンッ」
「ごめんなさい、ルガー! 全部、オイラが、いけないんです!!」
「………………………―――」
「ルガー伍長…、ケヴィン組長もああ仰っている事ですし、
 そろそろ離してやりませんか?」
「―――黙らっしゃい!! お前たちが口を挟む問題ではないのだッ!!
 むしろ今のやり取りで余計にカチンと来たッ!!
 許さん!! 地獄の底まで許さんッ!!」
「意味不明だからその例え―――ぁいってッ!!
 バカ、コラ、てめッ、爪立てんなよッ!!」
「貴様………、いつからだッ!? いつからそんなに親密になったぁッ!?
 どれだけ汚い手を使ってケヴィンを落としたんだぁッ!?」
「はぁッ!? 何言ってんだ、お前は!?
 まじで頭おかしいんじゃないか!?」
「俺とケヴィンの間に割って入りおって………くっそぅッ!!
 俺だってケヴィンに庇ってもらったコト、無いんだぞッ!!」
「またえらいはた迷惑にお盛んな発情期だな、このイヌ野郎ッ!!
 軽犯罪でしょっぴかれるならいざ知らず、
 ジェラシーなんかに付き合っていられるかッ!!」
「き、き、貴様、ケヴィンと、つ、つ、つつ、付き合っているのかぁッ!!」
「人の話は正確に脳へ伝達しろ、ボケェッ!!」


大音声の発生源は、ルガーだった。
ケヴィンがリーダーを務める【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】八番組を率いて
野生児コンビが悪さを働く宝物庫を取り囲んだかと思えば、
突然の包囲網に驚いて姿を現したポポイの首根っこを掴んで引きずり出し、
私怨丸出しの尋問を彼一人だけに開始した。


「…? なんで、ルガーは、ポポイだけに、あんなに、キレてるの?」


ルガーの怒りの原因がわからないケヴィンは首を傾げ、八番組の部下たちは呆れ果てている。
【黄金騎士団第7遊撃小隊】の部下数名を共連れにするブルーザーも
(もちろんルガーに)呆れたように口元を歪めて彼の後を追ってやって来た。


「もうよせよ、ウェッソン…。警護する立場のお前が一番迷惑だぞ」
「ええい、ジャマダハル、離せッ!! これはッ、これは愛のための戦いなのだッ!!」
「愛って………………………」


【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】と【黄金騎士団第7遊撃小隊】も
今回の【サミット】の警備に当たっている。
特にブルーザーの隊は【フォルセナ】襲撃の際に【マナ】相手に随一の働きを見せた戦功もあり、
【アルテナ】直々のお声がかりで【ケーリュイケオン】の巡邏を任されていた。
そこに獣人最強の部隊【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】が加われば鬼に金棒。
【三界同盟】をも下した最強とも言える組み合わせを混合編成して巡回中だったのだろう。


「怪我の具合はもうよろしいのですか、ブルーザーさん?」
「ん? いや、怪我はどうでもいいんだが、なにしろ一緒にいるのがこんな連中ばかりでね。
 気苦労ばかりが増してるよ」


ポポイには申し訳ないが、こうなったら気が済むまで恨みつらみを吐き出してもらわない限り、
ルガーを止められないだろうと判断したブルーザーは、掴んでいた腕を離して肩を竦めた。
そこへリースは声を掛けたわけだが、よほど精神的に苦労しているのか、
振り向いたブルーザーの顔には相当な疲弊が滲んでいる。


「気苦労…か。悪いがお前さんの悩みの種はも一つ増えそうな予感やで」
「………おいおい、こっちゃこのところ休む間も無いんだぞ。
 そう苦労を背負い込まされたら身が保たな―――」


そこまで言って、ブルーザーはカールの言わんとしている事に気が付いた。


「―――――――――!!!!」


振り返った瞬間、廊下の向こう側…自分たちが今しがた巡邏して来たT字路を
マント姿の一団が横切るのを捉えたブルーザーは緊張に顔を強張らせる。
付属のフードを深く被っているために顔貌までは見えないが、
その事がかえって彼に言い知れぬ恐怖を与えた。
マントの一団からは、息が詰まるほど凄絶な、狂犬じみた殺気が滲み出していた。


「………あれだけわかり易い不審人物も珍しいな」
「どうします? 取り押さえますか?」
「まずは尾行やろ。…ほいでおかしな動きを見せたらその場でゴチンや」
「―――なに悠長な事言ってんですか!! 怪しいヤツは問答無用でひっ捕まえる!!
 何か起きてからじゃ遅いんですよッ!!」
「お、おい、ユリアンッ!! 相手の正体も分らんうちに………」
「天下の【サミット】+不審者!! イコールするところはテロリストに間違いナシッ!!
 ―――うおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
「待てっつってんだろ、このバカッ!!」


額へ包帯を厚く巻いた一人の青年騎士が、
慎重を期すとの決定を無視して単身マントの一団めがけて斬り込んだ。
ロキによる【フォルセナ】襲撃の際にも我武者羅に戦った、
【黄金騎士団第7遊撃小隊】の新入隊員だ。


「ど、どうするの、ブルーザーさん!? オイラたちも、行く!?」
「行くしかないだろうッ…!! 総員あのバカに続けッ!!
 いいな、くれぐれも確保する事だけを考えろッ!! 決して殺すなッ!!
 いつかのような失策を繰り返したら、今度は減俸では済まさんぞッ!!」
「………お前さんの苦労が知れるエピソードやなぁ」
「苦労で済めば反省文もいらないんだがね!!
 あいつのせいでペンだこだらけだよ、俺の掌ぁッ!!」


事態の急変にも気付かず今だに痴話喧嘩を繰り広げるポポイとルガーを捨て置いて、
無謀に突貫する新入隊員の後を全速力で追いかける。
【ガルディア】では統率力の不足から痛恨の斬死を許してしまったブルーザーは
同じミスを繰り返さないように、総員へ生きたままで確保しろと徹底的に指示を下した。


「あらら〜、なんだかパニックなシチュエーションになってるようですねェ♪
 ま、ドタバタしていてもらった方が、ワタクシには好都合ですけどね♪」
「―――――――――ッ!!」


ギリギリまでポポイとルガーの仲裁を図っていたリースは
突如目の前に飛び出してきた人物の突拍子の無さに、
槍を構えるのも忘れて唖然呆然と立ち尽くした。


「あなたは【三界同盟】の―――死を喰らう男ッ!!」
「記憶に留め置いていただきまして僭越至極にゴザイマスよ、リース様♪」


いつかの戦いと同じく、湧き出したかのように急に姿を現した道化師の振る舞いは、
いつも通りに飄々と軽やかだが、その声にはガラにも無く焦燥が混ざっていた。


「………アナタ様にお伝えしなければならないコトがゴザイマス」






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