陽が沈んで久しく、夜も更けた陣内に腰を下ろすブルーザーの表情は、
見る者を居た堪れない気持ちにさせるほどの憂色に染め上げられていた。

全てが始まった地、【ローラント】。
【黄金の騎士】が炎熱の中へと消え、【アルテナ】の【社会正義】が磐石となった地。
地図上から形跡が消えても、【ローラント】は大罪の忌み名として人々の記憶に今も刻み込まれ、
敢然と【悪】へ立ち向かった【黄金の騎士】の遺伝子は、今なお自分たちの胸に生き続けている。
様々な意味で、ここは伝説的な地だった。
【社会悪】の枢軸として忌み嫌い、同時に【黄金の騎士】の勇姿へ憧憬を馳せる【ローラント】の廃墟に、
伝説の地に自分は今、足を着けている。
それを考えれば考えるほど、ブルーザーの憂色は増していった。






(皮肉なもんだな…。10年前とまるで正反対の仕様になってやがる………)






【社会正義】の先鋒を務めた【黄金の騎士】は冥府魔道へと堕落し、
今もこの地のどこかで世界を滅ぼさんと蠢き這いずっている。
逆に【社会悪】として民族虐殺の憂き目に遭った【アークウィンド】の末裔が世界を救うべく、
逆賊の汚名を着せられながらも最後の決戦へと赴いている。
何が【正義】で、何が【悪】なのか、逆転に次ぐ逆転で解からなくなってしまいそうだ。


『隊長、やっぱ俺、こんなのおかしいと思うッス!!
 どうしてデュランさんが逆賊にされるんスかッ!? なんで俺らと戦わなくちゃならないんスかッ!!
 いくら上層部(うえ)の命令ったって、従えないモンは突っぱねたっていいじゃないスかッ!!』


親友の命を奪おうとしてしまった呵責を、新入隊員から浴びせられた憤激が更に苛む。
一軍の将として【黄金騎士団第7遊撃小隊】を率いるブルーザーの苦悩を察していない、
身勝手な意見にも取れるが、それだけに真理を的確に突いている。


『【黄金騎士団】の信条は、許せない【悪】をぶった斬る事ッ!!
 隊長、本当に悪いのはデュランさんたちなんスか、【官軍】なんスかッ!?
 俺たちが戦う相手は誰なのか、隊長だってホントはわかってんでしょ!?』


新入隊員だけじゃない。他の部下も同意見だった。
【ガルディア】ではイザコザが起きたものの、【三界同盟】との決戦の折には誰よりも勇敢に戦い、
仲間を鼓舞し続けたデュランを、【黄金騎士団第7遊撃小隊】の皆が尊敬していた。
そのデュランが濡れ衣に近い形で逆賊となったのだ。誰しも納得がいかない。
英雄王の意向で【官軍】へ組み込まれた今では、不満と憤りは最高潮。
ブルーザーでも抑えきれないほど膨れ上がってしまっている。






(ユリアンの阿呆………。
 そんなのはお前ェに言われなくたって解ってんだよ………ッ!)






無論、他の誰よりも不満と憤激に激しい怒りを覚えているのはブルーザー本人だが。


「随分と冴えない顔色だな、ジャマダハル」


頭を抱える自分を呼ぶ声が聞こえ、応じて顔を上げると、
戦支度を整えたルガーが呆れをはらんだ瞳で見下ろしていた。


「………ウェッソンか………」


【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】も【官軍】へ参加しており、
ルガーの腕には錦旗と同じく【アルテナ】の紋章を意匠化した腕章が付けてある。
考えてみれば、【キマイラホール】の決戦に始まり、【サミット】での警護を挟んで、
ブルーザーとルガーは殆ど行動を共にしている。今では互いにかけがえのない戦友だ。


「逆に聴くが、お前はどうして快活にしていられるんだ?
 これから始まるのは親友との殺し合いだ。
 ………また、あいつらと殺し合うなんて、俺には耐えられそうもない………」


部下の前では口が裂けても言えない弱音を、隣に腰掛けた戦友へ漏らすブルーザーへの返答は、
【官軍】に属する人間が公言するには、これ以上に不適切な物は無いというくらい不穏な発言だった。


「言っておくが、戦になったら【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】は
 全軍でケヴィンに加勢するぞ」
「―――――――――はァッ!?」


他の誰かに聴かれれば只事では済まされないルガーの過激な発言に驚き、思わず周囲の様子を警戒する。
幸いにして誰の耳にも入らなかったようだが、【社会正義】へ弓引くような事を隣で言われては、
ブルーザーも生きた心地がしない。


「………なんだ? お前は違うのか?
 てっきりパラッシュに味方するとばかり思っていたが」
「出来るわけが無いだろう!? そんな事をしてしまえば、俺たちも逆賊に………」
「ならば、【正義】はどこにある?」
「………………………」


【正義】は、どこにあるのか。
部下たちに問われ、己に問うても見つけ出せない【正義】の在り方。
大国の掲げる【社会正義】がそれなのか? それとも―――


「己の信念が赴くままに戦う。
 これを【正】しき【義】する事に何の躊躇がある?」
「………………………」
「俺たちは、俺たちの【義】に基づき、友を護りて戦うまで。
 何のために今日まで怒りを抑え、奸賊の腸で静かにしてきたと思うのだ」
「………………………」
「………ジャマダハル、お前の【正義】はどこにある?」


―――拳を震わせ、今にも愛しき友の為に踏み出そうと逸るこの胸の衝動か。


「俺は………俺の【正義】は………………」


―――その時、斥候に走っていた兵士から号令のラッパと通達が鳴り響いた。


「伝令ッ!! 伝令ーーーッ!!!!
 【ナバール魁盗団】と合流した賊軍、【パロ】の廃港より襲来ッ!!」


【パロ】の港とは、かつて【ローラント】の民のお膝元として栄えた漁村で、
10年前の征討の犠牲となって今では、焼けた家屋に苔を生やす廃墟と化していた。
また、【ガラスの砂漠】にも隣接しており、サンドシップによる交易も盛んだった場所だ。


「随分と遅いご到着だ」
「………デュラン………みんな………」
「………最後の合戦だな」


中央突破で【ローラント】へ討ち入るのに避けては通れない【パロ】。
伝令の報せによれば、そこから突入した【賊軍】は、港の護りに付いていた部隊を撃破し、
破竹の勢いで【ローラント】本陣へ攻め上って来ているという。






(―――………【正義】の赴くままに剣を取る………。
 それが【黄金の騎士】の………―――――――――)






始まりと終わりが集う【ローラント】を舞台に、【賊軍】・【官軍】相打つ【最後の合戦】が始まった。













「これが最後の戦となるでしょう」


死に絶えた【パロ】の港を目前に控えたリースは、戦支度を整えた仲間たちへ
極めて穏やかに宣言した。


「【パロ】から上陸した後は見渡す限りの敵しかいません。
 けれど、これだけは忘れないでください。
 私たちは【官軍】が烙印するような悪徳の輩では無いという事を。
 ………私たちは、最後まで信念を武器に戦うのです」


【オアシス・オブ・ディーン】の甲板には、【草薙カッツバルゲルズ】の仲間たちを始め、
【ナバール魁盗団】の好漢たちが集結している。
彼らに向けてリースは―――今は不在のリーダーに成り代わって―――【最後の合戦】への檄を発しているのだ。


「―――だから、誰一人殺さないでください。
 ………そして、誰一人死なないでください」


故郷を再び戦場へ帰る事について、思うところはある。
故郷に眠る家族や友を再び戦火にさらす事について、胸も軋む。
けれど、立ち止まってはいられない。痛みに涙して立ち止まる子供ではいられない。
誰にも望まれない戦いだとしても、最後に待ち受けるのがこの身を貫く剣戟だとしても、
もう誰にも同じ悲しみを味わわせたくないという己の信念に従い、【最後の合戦】へ挑む。


「サラッと無茶な注文つけてくれるで。死なんのも難しいけど、やり過ぎんのも難しい」
「せっかくじまんの【あすてーるあるごす】でねこそいでやろ〜とおもってたのに、
 なんでちか、このかたすかし! ひとりやふたり、やっちまったってかまわないでちよね?」
「ボヤかない、ボヤかない。あたしたちは殺し合いしに行くんじゃないんだから。
 世界の危機を救う前に手を汚しちゃったら縁起も悪いしね」
「その代わりにさ、ホラ、シャル、死なない程度に手加減して生き地獄見せてやりゃいいじゃん」
「そうですよ! 私も【ゴールデンネックブリーカー】で頑張っちゃいますッ!
 首の骨がヤッちゃったくらいじゃ、人間って意外と死んだりしないものですしッ!」
「………ホークもジェシカも、笑顔でサラリと怖い事を言うんじゃない」
「よーしッ、わかったッ!! 誰も、傷つけない、戦い、オイラ、やってみせるッ!!
 それが、オイラの、オイラたちの戦いなんだッ!!」
「………フッ、人生とはわからんものだな。
 以前は決戦で見えたお前たちと、こうして死地に背中を預け合う事になるとは」
「ガチンコ張った仲だから信用できる腕もあるってモンだぜ、カッちゃんッ!
 とっととケリつけて、ちゃっちゃとイザベラ見つけて、
 そんで【新しき国】を作ろうじゃあねぇかッ!!」


これから飛び込むのは絶望の戦場だと言うのに、少しも恐れを感じないのは、
きっと、いや、絶対に、誰にも真似のできない固い【結束】で繋がっているからだ。
みんなとなら、戦える。生きて、また、還る事ができる。
この【結束】が、今日に終焉する絶望を拭い去り、未来へ続く希望を拓いてくれるのだ。


「準備は済んだようだな。………ではこれより【パロ】へ突入するぞッ!!」


錨を下ろす【パロ】は、もう眼と鼻の先。いよいよ決戦の刻限だ。
フレイムカーンがカットラスを振り下ろすのを合図に【オアシス・オブ・ディーン】は速度を上げ、
焼け果てた廃墟の港目掛けて一直線に突貫した。






―――――――――ドォンッ。







船着場も焼けて久しい浅瀬へ殆ど乗り上げる形で入港した【オアシス・オブ・ディーン】が
地擦りの轟音を上げ、港を守護していた【官軍】の尖兵を戦々恐々と震え上がらせた。


「いざッ!!!!」


【賊軍】の突然の襲来に混沌とする闇夜を、リースの宣戦布告が劈く。


「てッ、敵襲ッ!! 敵襲だぁーーーッ!!!!」


騒ぎに気付いた周辺警備の別働隊も駆けつけ、【最後の合戦】の火蓋は壮絶な乱戦によって切られた。


「ケヴィン、景気付けに一発大きいの打ち上げちゃう?」
「オイラ、いつでも、準備、OKだよッ!!」
「私たちの力を一つに合わせれば、きっと誰にも負けませんッ!!」


【ナバール魁盗団】と共に50名近い兵が固める港へ斬り込んだリースとケヴィンは、
アンジェラの掛け声を合図に得意の合体技へ連携を取る。三人協力の大技だ。
リースの銀槍へ宿った【ジン】が天空へノックアップする突風を発生させ、
ケヴィンがそれに乗って遥かに高く跳躍すると、
アンジェラは【サラマンダー】の力を借りた爆炎を彼に目掛けて撃ち放った。
もちろん乱心してケヴィンを攻撃するわけではない。


「行けぇぇぇぇぇぇッ!! 【カーネリアンブランド】ォッ!!!!」


アンジェラから撃ちかけられた炎を身に纏ったケヴィンは、
港に座する【官軍】尖兵の中心へ急降下キックを蹴りこんだ。
風と炎と体術を巧みに整合させた三人合体技【カーネリアンブランド】だ。
ケヴィンの着地と共に爆炎は火勢を巻き上げて炸裂し、凄まじい白熱と衝撃で【官軍】の陣営を跳ね飛ばした。


「そんでもってシメは―――」
「ワイらにお任せやッ!!」


体勢が総崩れになった兵士たちをホークアイが痺れ薬を塗布した吹き矢と
カールの手心パチキが順繰りに沈めていく。
続くイーグルの【夢影哭赦】(当然峰打ちだ)も、ジェシカのラフファイトも【官軍】には止められない。
開戦の狼煙と変えるにはあまりに鮮烈で強烈な篝火を上げた【賊軍】の勢いは
留まる事を知らずに燃え広がっていった。


「【官軍】何する者ぞだッ!! 一気に踏み進めぇッ!!!!」


乱戦の様相を呈した【パロ】だが、ホークアイの目論見通りに居眠りしていた【官軍】に
満足な戦闘力が発揮できる筈も無い。
数こそ劣るものの勢いと【結束】で突き進む【賊軍】を力任せにも押し返せず、
フレイムカーンの号令そのままに組み伏せられ、【パロ】の防衛は10分にも満たない短時間で
撃破させられてしまった。


「油断するなッ、こんなものは序の口だぞッ!! ここはまだ地獄の淵なのだからなッ!!
 無間地獄はここより始まるッ!!」


改めてイーグルに諌められるまでも無い。戦いの激化は誰もが心得ていた。
これより突入する【官軍】本営にはこの数百倍もの干戈が待ち構えているのだ。
しかも、本営が布かれた【ローラント】の里へ向かうまでの道のりは険しく遠く、
容赦なく体力と気力を奪っていく。当然、そこにも兵団は配置されているはずだ。
討ち入る側にとって最も過酷な戦いが続く。『地獄の淵』とは言い得て妙の表現だった。






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