「【“旧”草薙カッツバルゲルズ】、【パロ】の前衛部隊を撃破との報せが入りました」
「………わざわざ正式な名称に変えなくて結構です。【賊軍】は賊軍。
 反逆の徒に礼儀を用いる必要はありません」


【最後の合戦】の幕が開いた頃、決戦場から遠く離れた【ケーリュイケオン】の私室で
開戦の報告を受けたヴァルダは【官軍】の旗色の悪さに深く重い溜息と共に、
苛立ち紛れの皮肉を吐きかけた。


「たとえ逆賊であっても、私にはかけがえの無い友人なのです。
 友人を本来の名前で呼ぶ事まで【悪】と断じるのですか」
「………貴方自身の為にならない発言は控えた方がよろしくてよ、ヴィクター。
 放蕩娘と同じ境遇へ身を窶すのを忌避したいのならばなおさらに」


報告者に、ヴィクターに皮肉を皮肉で返されたヴァルダは、ますます憮然の色合いを強め、
それに比例して眉間の皺が深まっていく。
【“旧”草薙カッツバルゲルズ】を離れた後、彼はホセの秘書官に復帰し、
【アルテナ】へ残留して内務に励んでいた。
もちろん内務励行というのは隠れ蓑で、実際には濡れ衣同然で友人たちが着せられた【逆賊】の汚名を
雪ぐ手立てを模索すべく、本国内外の反【アルテナ】派への呼びかけ等、文字通りの東奔西走。
ヴィクターは、彼にしかできない戦いを孤立無援の中、懸命に繰り広げていたのだ。


「ただでさえ貴方はアンジェラやブライアンとの関わりから政界での信用を失い、
 微妙な位置に立たされているのでしょう?
 ………あまり目立つような動きは謹んでいただかないと困ります」
「お心遣いは感謝します、女王様。
 ………されど、貴女から頂戴する恩義は今日限りに致したく存じます」
「………………………」


しかし、【サミット】での活躍を足がかりにより強固となった【アルテナ】の権勢に
わざわざ逆らおうとする者は少なく、腹に一物こそ持ちながらも、
皆が皆、恭順を貫く慎重路線へ切り替えていた。
どれだけ熱心に説いても、どれだけ政治的な旨みをチラつかせても一向に動じず、
ついに味方を得られないまま、武力衝突の日を迎えるに至ってしまった。


「私は、私の【革命】へ参ります」
「………ヴィクター、貴方は前途を嘱望される身。
 聡い貴方は、軽率な行動で自らの未来を潰す愚かさを誰よりも知っているでしょう」
「………愚かな私が友人から受け取ったものは、
 信念に基づく行動で自らの未来を切り開く勇気のみにございます」
「貴方一人が駆けつけたところで大勢を覆すなど望むべくも無いことではありませんか。
 よろしいですか、ヴィクター。貴方は【社会】の一翼を担う者なのです。
 将来の【アルテナ】を」
「大国の呪縛によって先行きのわからない未来よりも、
 私は愛しき友と生きる現在にこの命を燃やす事を望んでおります。
 ………それではこれにて。来客中に失礼いたしました」
「ヴィクター…っ!!」


ランディを篭絡せしめた甘言に心を微動だに揺るがせなかったヴィクターは無言で一礼し、
そのままヴァルダの私室を出て行ってしまった。
向かう先は一つ。友が命を燃やす決戦の【ローラント】。この命を燃やすに足る戦場。
迷い無きその後姿を、また一人自分のもとを離れていく英才を、ヴァルダは呆然と見送るしかなかった。


「………フン、見た目からしてどんな青瓢箪と思えば、一端の口を利くではないか」


豪華な調度を施されたソファへゆったりと腰掛けていた“来客”が、
決然と戦場に向かったヴィクターの勇姿へ野太く重低で満足げな笑い声を上げた。
自分の感情とまるで正反対の笑い声に、ヴァルダは子供のように歯軋りして抗議する。
【サミット】の円卓でロキを打ちのめした【世界のモラルリーダー】とは思えない姿だが、
それは目の前の“来客”がどんな姿も見せられる、気の置けない友人であるという証拠だろう。


「あの小僧、お前のところで手に余るのならウチで引き取っても構わんぞ。
 ドラ息子とも知己のようだから、すぐに打ち解けられるだろうよ」
「………【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】は
 いつから普通の人間を受け入れる採用体制になったのよ」
「ニンゲンの形に普通も亜種も無い―――と人種差別の廃絶を呼びかけたのは
 果たしてどこの国の方だっただろうな?」
「もう皮肉はウンザリよ。勘弁して欲しいわね………」


女王として畏まった丁寧語ではなく、打ち解けた口調でヴァルダが話す“来客”の正体とは、
意外と言うか不思議な取合せと言うか、【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】を率いる獣人王、ガウザーだった。
否、以外でも無いか。彼らは、かつて世界を共に旅して回った旧友なのだから、
厳ついガウザーが【ケーリュイケオン】へ招かれたとして何も不思議な事はない。
腕組みして笑うガウザーの破顔と幼稚に頬を膨らませるヴァルダの様子は、
初めて見る姿だけに一種異様な趣はあるが。


「………【ローラント】、行かなくていいわけ? 部下も息子も戦っているのよ」
「ワシが出向く必要はあるまい。この戦いは、未来の可能性を試す戦いでもあるのだからな。
 ならば老兵は死なずにただ去るのみ。次の世代を担う若い者に趨勢を委ねてみるべきだ」
「………老けたわね、ガウザー。昔の貴方なら、何を置いても自分で出向くクセに」
「人を鉄砲玉のように例えおって………。
 ワシがいつそのような短慮を働いたと言うのだ」
「覚えてないの? ほら、大昔に【スコーピオン団】とやり合った時―――」
「記憶違いも甚だしいわ。無謀に突っ込んだのはロキとフレイムカーンのバカ二人だ」
「私が話しているのは、その後の事よ。
 捕まった二人を助けに行くって、貴方、作戦も立てずに行ったんじゃあいつらの二の舞だって言って止める
 私とリチャードの意見に耳も貸さなかったでしょう? 十分な短慮よ」
「………な、【仲間】の危機へ駆けつけるのと若者へ未来を託すのでは例えに大きな隔たりがあるだろう!?」
「そうね、【仲間】………だものね」
「………………………」
「………………………」


【仲間】と呟いたきり黙りこくってしまったヴァルダの胸中を、ガウザーも察しているのだろう。
共有する想いを抱いているのだろう。痛切とも、不穏とも異なる静寂の沈黙が暫し二人の間に漂った。


「………ヴァルダ、お前はロキを本当に愚かで無知な男と恥じているか?」


沈黙を打破したのはガウザーの方からだった。
ロキ。ロキ・ザファータキエ。【社会正義】の剣たる【黄金の騎士】にして、世界を滅ぼさんとする【黒耀の騎士】。
かつて共に笑い、傷付けあい、悩みを分かち合えた、背中を預けられる最高の旧友(とも)。
最後に再会した時、ヴァルダは彼と一対一で果し合い、あらん限りの侮辱をもって打ちのめした。
ガウザーは、その時に発した言葉の全てを、【社会悪】と切り捨てた事を問い質しているのだ。


「まさか! ロキが真っ直ぐなのは誰よりも私たちが知っている事よ。
 今更軽蔑するわけないじゃない。
 ………それに、あいつが指摘した【アルテナ】の暗部は何一つ間違っていないのだから」
「それにしては随分な叱声を浴びせかけていたではないか。
 ワシもリチャードも、背筋が凍る思いでいたのだぞ」
「一度政治の舞台に立った以上、私は私で無くならなければならないのよ。
 例え自分が間違っていると解っていても、【社会】を率いていくには、
 泥と共に個人の感情を飲み下さなければならない」
「その為になら娘の命を奪っても良いのか………?」
「私は今日から息絶える最期の瞬間まで、未来永劫悪夢に苛まれるでしょうね。
 ………いいえ、今日なんてものじゃない。あの娘たちを【逆賊】にしてしまった日から、
 ずっとずっと、アンジェラの笑顔がちらつくの。
 何をしていても、どれだけ強くあろうと考えても、ママ、ママって笑いかけてくれるあの娘の顔が………」
「そこまで思いつめているのなら、救ってやればよいではないか。
 【アルテナ】の女王よ、お前の権威はそれほど脆くは無いだろう?」
「言ったでしょう、個人の感情は呑み込まなければならないって。
 【アルテナ】王女が謀反を企てていると疑念が垂れ込めれば【社会】は不穏に包まれる。
 アンジェラを許せば、【社会】の均衡は崩れる。
 ………【モラルリーダー】として世界を統率する者が個人の感情で動くわけには行かないのよ。
 同じ様に…、同じ理由で私は自分の産みの親も抹殺したのだから………っ!」


それは、【社会】を率いるモラルリーダーが初めて見せる、旧友以外の誰にもさらしてはならない本音だった。
幾多の甘言を弄し、ありとあらゆる手段を用いて【イシュタリアス】の全権を手中に収めようと
不気味に暗躍する大国の女王ではない、ヴァルダ・ユラナス・フォン=アルテナ個人の弱音だった。


「娘の命よりも【社会秩序】を採択したわけだな、お前は」
「【社会秩序】を護る者の務めなのよ、これが………!
 最低の最悪に間違った道だけど、私が歩むのはそんな捩れた悪路なんだ………っ!!」
「………そこまでの覚悟でいるのならば、ワシも最早何も言うまい。
 お前は今歩むこの道を突き進め」
「………ガウザー………」
「お前が誤った道は、いずれ次世代を継ぐ者たちが覆し、糺してくれる。
 よりよい世界、新しき国の礎を築くだろう真の【モラルリーダー】たちが、な」
「………………………」
「だからお前は新たなる世代へ役目を引き継ぐまで、
 せいぜい高い壁となって立ちはだかってやれ。
 蹴倒して行かなければ未来は拓けないと誰もが思えるほどの壁となってやれ」
「………………………」
「あの日に誓った約束は、『光あふれる世界』とは、
 きっとそうやって築かれていくのだとワシは考える」
「私たちの後を継ぐ世代………か」
「我が子を愛しく思う気持ちと同じだ。世界の可能性は、常に若き力と共に在る」


政治家として、母として、人間として葛藤するヴァルダの背中へガウザーの厳つい掌が置かれる。
【最後の合戦】を迎えた今日、娘が命を落とすだろう今日に限界を迎えた苦悩を受け止め、
それでも生きて【社会】を率いていかなければならない旧友の小さな背中を押してやる。


「―――と言ってみたものの、子供の危機とあっては、
 いても立ってもいられなくなる連中も中にはいるようだがな」
「それこそ、我が子を愛しく思う気持ちってヤツじゃないの」
「………過保護は良くないと言っておるのだ。
 手を差し伸べ過ぎれば可能性は低く収まってしまうと言うに………」
「ここで説教しても、遠いあいつらの耳には届かないけど?」
「届かないからこその愚痴なのだ。今度はお前がワシに付き合え」


軽口を叩いてみても、背中を押されてみても、
やはり「ママ、ママ」と自分を慕う愛娘の顔を消すまでには至らない。






(………リチャードもおんなじなんだろうな………)






遥か遠くで剣を振るうあの男の瞳にも、
きっと自分と同じような幻影がチラついているのだろう。
けれど、ヴァルダのように【政治】として割り切れず、
ガウザーのように可能性を委ねられるほど【大人】にもなり切れず、
自ら名乗りを上げて剣を抜いたのではないだろうか。想像に難くない。






(フレイムカーンも苦労してそうね。史上最強の親バカに付き合わされるんだから………)






砂漠の義賊を束ねる棟梁はどうだろう?
アンジェラたちとの協力関係や正義感も左右しているだろうが、
もしかしたら、そんな親バカの逸る気持ちを察して、暴走の止め具を引き受けたのではないだろうか。
お互いの性格を熟知する仲なのだから、これも想像に難くない。






(………………………ロキ………………………)






最後に脳裏へ浮かぶのは、同じ夢を語りながらも信じられないくらい遠くへ離れてしまった剣士の横顔。
明るく一本気な若き日と、憎悪に歪む【サミット】での黒衣とが交互にフラッシュバックし、
少しだけ持ち直したヴァルダの表情も暗くトーンを落としていく。


「………見届けよう、全て。挽歌を唄うワシらにできる事はそれだけだ」
「ええ………、痛みも、可能性も、そこに産み落とされる全てを見届けましょう」


遥かに遠く決戦の大地に起つ愛しき友へ想いは巡る。
巡りて翔ける思いが降り立つ【ローラント】の空は、夜を焦がして燃えているだろうか。
10年前の、全てが始まった運命の夜のように―――――――――………………………













陥落した【パロ】から【ローラント】の廃墟へ入るには【風音(かずね)哭く道】と呼ばれる
標高にして5kmもの峠を越えなくてはならない。
傾斜が厳しく足場も悪い峠を踏破するのは日中でさえ難しいというのに、今は月も星も無い曇天の夜。
更には道中の迎撃兵も加わり、電撃的なスピードを要する中央突破の動きを重く鈍らせていた。


「………月並みな科白だが、ここより先へは一歩も通さぬ」


思い通りに進まぬ作戦にジワジワと焦燥が起こり始めた頃、
【官軍】の迎撃兵を突破していく【賊軍】の前へ最悪の障壁が現れた。


「………パパッ!!」
「リチャードかッ!!」


僅かばかりの共連れを従えた英雄王が【風音哭く道】の中腹に陣取り、
仁王の如く立ちふさがっていたのだ。
身を包むミスリル銀の甲冑と腰へ携えた秘剣【ブライオン】が只ならぬ威圧を発し、
それまで快進撃で攻め上ってきた【賊軍】の勢いを撥ね退ける。


「ったくもーッ!! どこまでママの尻に敷かれてんのよッ!!
 あたしとあのバカ共のどっちが正しいのか、パパならわかるでしょっ!?」
「………わかっていないのはお前だ、アンジェラ。
 正しさ、間違い…そのような観念は問題ではない。
 【社会】の調和を壊し、民衆の心をいたずらに乱す行いが【悪】なのだよ………ッ!」
「【悪】ッ!? いつあたしたちが【社会】の調和を乱したってのさッ!!」
「【サミット】での不穏な現行の数々………最早私にもフォローし切れぬあの行動は、
 民衆に社会の不安を駆り立てた。わからないのか?
 お前たちの行動は立派なテロリズムなのだ」
「じゃあ聴くけど、【サミット】に参加したのはどこのどなたさんたちなのかしら?
 パパの言う民衆なの? あんたらお偉いさんでしょッ!?
 自分たちに都合の悪いコトを民衆の声に変えちゃってさ!
 そうやって責任転嫁するのやめてくれないッ!?」
「………お前の言い分は最もだ…が、為政者が【社会】を動かしているのもまた事実なのだよ。
 為政者に都合のよい筋書きが【社会】を円滑に動かしていく事もまた然り………ッ!」
「そいつはちぃとばかし手前勝手が過ぎるんじゃないか、リチャード。
 民衆の声を無視する政治の行き着く先は袋小路だけだぜ」
「………フレイム………!」
「【官軍】の話を聴いてるか? 【ローバーン】あたりから参加した連中の話を。
 【アルテナ】の権威をカサに着て、奴さん、好き放題に暴れまわってるそうじゃねぇか」
「………否定はしない。我ら【官軍】はいわば烏合の衆。
 大義を持たぬ末端の兵卒が威を借り狼藉を働いた事実も認めよう。
 しかし、【ジェマの騎士】を始めとする司令部は彼らを厳しく処罰して………」
「そいつは当然の落とし前だ。胸張って誇れるもんじゃねぇ。
 問題は【社会】の正義であるはずの【官軍】サマが乱暴三昧を働いたって事だ。
 法外な金策、豪遊の末の無銭飲食…権力者のやる事にロクなもんは無ぇって民衆に思われちゃあ、
 それこそ政治不信。直さなけりゃならねぇ【社会悪】なんじゃねぇのか?」
「………【社会】の構成には、時として民衆の声は斬り捨てねばならんのだ。
 気ままな自由を生きるお前には見えぬ世界よッ!」
「こりゃまた“英雄王”のお言葉とは思えねぇな。いや、ある意味最もお前らしいんだけどさ。
 だがよ、今のお前は【社会】じゃなく、大国の権威を護ろうと足掻いてるようにしか見えねぇぜ?
 娘さんもそこんとこを指摘してんじゃないのか?」
「ヒゲのオジさまが良いコト言った! そーよ! あたしが言いたいのはそーゆーコト!!
 【社会】の全部を政治家が動かしてるなんて思って欲しくないってのッ!!
 民衆の声を大事にするパパにそれがわからないなんてウソでしょッ!!」
「………それでも俺は、俺の信じるモノのために戦うまでだ」


平素は柔和な微笑みを浮かべる顔立ちには、夜目にもはっきりと判るくらいの戦意と覇気が漲っている。
その様子からは、旧友のフレイムカーンの説得も、最愛のアンジェラの懐柔も
効果を得られそうにないと見て取れた。


「ったく、融通の利かないヤツだな、相変わらず。
 ―――おい、こいつは俺が相手するから、お前たちは先へ進め」
「オヤジ………ッ!!」
「強気に出たな、フレイム。
 俺とて生涯現役を貫く男。腕を頼りに無法を渡るお前にも遅れを取るつもりはないぞ」
「付き合いだけは古いんだ。お前を侮るつもりも無ければ、お前に打ち負ける不安も無いッ!!」
「愚問だったな―――ゆくぞッ!!」
「応ぉッ!!」


無言のまま鞘から【ブライオン】を抜き放つ英雄王に臨戦を見たフレイムカーンは、
カットラスを構えて応じ、ホークアイたちへ先に進むように促した。
とは言え、それを黙って見過ごすほど英雄王とて甘くはない。


「突破を許すなッ、取り囲んで死守せよッ!!」
「ならばこの者どもは俺が引き受けるッ!!」
「イーグルッ!!」
「オヤジを一人置いていくわけにもいかないだろうッ!
 その代わりいいか、ここからは半歩とて引くな、臆すなッ!!
 全速力をもって一気に駆け抜けろッ!!」


英雄王との激しい剣劇を開始したフレイムカーンの傍らでは、
イーグルが共連れの近衛兵を【夢影哭赦】一つで相手にすると宣戦し、これも死闘の幕を切った。
近衛兵の手勢は9人。いずれも剣に槍にと【フォルセナ】を代表する屈強の戦士たちだ。


「ったり前だろッ、もうちょっとで【ローラント】だってのに、
 こんなとこでグダグダ休んでられるかよッ!!
 ………イーグル、オヤジ、ここは任せるぜッ!!」
「言っておきますけど、父様も、兄様も、ちょっとでもヘマしたら今夜のお夕飯抜きですからね!」
「そうと聴いては一層負けられんぜ…ッ!」
「今夜の献立は牛鍋だったな。おう、食いっぱぐれるにはいかにも惜しいッ!!」


だが、共に凄絶な決戦を掻い潜ってきたイーグルとフレイムカーンが彼らにやられるなどと、
【ナバール魁盗団】を始め、リースたちの誰一人も思っていない。
【剣聖】ステラに勝るとも劣らない腕前の英雄王とその側近を向こうに回す死闘も安心して任せられる。
【結束】から生み出される信頼が、一行を逡巡する事なく先へと進ませてくれるのだ。


「【社会】ってのは限られた人間が背負うもんじゃねぇんだよッ!!
 あるがままを感じて、みんなで修正していくもんだッ!!」
「律する者のいない【社会】は無政府と変わらぬッ!!
 そして、無政府とは悪徳に世界を滅するのみッ!!
 律する側に立つ人間は、忌諱なる蛇蝎へ堕ちようとも【悪】を処断せねばならぬのだッ!!」
「善悪の定規が傲慢だな、オイッ!! 娘さんのがよっぽど【社会】ってのを見えてるぜッ!?」
「あれはまだ幼い…!! 理想論で【社会】を動かせるなどとは夢想も良いところッ!!
 権力の狡猾が導かねば民衆は路頭に迷うのだよッ!!」
「そうかいッ!! それじゃ俺たちゃどうなんのかなッ!? 路に迷ってるように見えるかい?
 【社会】に縛られない生き方が俺たちを路に迷わせてるかいッ!?」
「皆が皆、お前のようにはなれないんだよ、フレイムッ!!」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ、リチャードッ!!」


【風音哭く道】の先を急ぐ【賊軍】の背中を見送ったリチャードとフレイムカーンの接戦は、
近衛兵を仕留めたイーグルが加勢へ入る糸口を見出せないぐらいに凄まじく、
一合、二合と斬り結ぶたびに小高い峠を揺るがした。


「こうやってガチ張るのも何年ぶりだろうな…ッ?
 昔はよく互角稽古をやったもんだッ!!」
「勝手知ったる仲だけにやり辛いがな…ッ!
 互いの太刀筋まで手に取るようにわかってしまうッ!!」
「そーいや、戦績は俺の98勝97敗2引き分けだったよな」
「なぜお前が勝ち越しているんだ! 逆だろ、逆! 俺の98勝だッ!!
 日記帳にもきちんと記してあるッ!!」
「いちいち几帳面だな、お前はッ!! だから頭固ぇんだよッ!!」
「(精神的に)脳軟化寸前のフリーマンに言われたか無いわッ!!」


電光の速さでカットラスが打ち下ろされれば、
それに勝る反応の【ブライオン】が鍔元で斬撃を受け止め、
そのままの状態で肩口から体当たりし、フレイムカーンの体勢を崩そうと襲い掛かった。
もちろん英雄王の―――リチャードの技巧を見抜いているので直撃は受けず、
ホークアイやイーグルにも伝授された軽やかな動きで体当たりを回避。
甲冑を纏うリチャードでは追いかける事も難しい敏捷性で背後を取ったフレイムカーンの逆襲の刃が
一撃必殺を狙える首筋へ横薙ぎに繰り出されるも―――


「ステップからのバックスタッブはお前の十八番だったなッ!!」


―――やはり勝手知ったる仲。
後ろを向いたままフレイムカーンの動きを的確に予測したリチャードは僅かに身体をズラし、
硬く固められた肩アーマーで強引にカットラスを弾いた。


「………………………」


あのイーグルが息を呑んで見入ってしまうほど、英傑同士の剣劇は峻烈なものだった。
流派を同じくするデュランに似た剛剣で猛襲されれば、フレイムカーンは軽妙な動きで巧みに躱わし、
鋭敏な技巧で攻め立てられれば、リチャードはその全てを剛剣でねじ伏せる。
―――【剣劇】としか形容のしようが無い、壮絶にして流麗な立ち回りはあまりに鮮やかで、
最初から打ち合わせして段取りを組んだものでは無いのかと見るものを眼を疑わせた。


「………なぜ行かせたッ!」
「親が子供に未来の可能性を託すのは当たり前だろうッ!?」
「俺はそんな事を言ってるんじゃない!
 ………【ローラント】本陣に何が待ち受けているか知らないから、
 お前はそうやって呑気に構えていられるんだ………ッ!!」
「何ィ…?」


いよいよ死闘も極まり、鼻先まで近接しての鍔迫り合いが鎬を削る中、
眼前のフレイムカーンにしか聞こえない声でリチャードが話を始めた。


「俺たちのような白兵戦の騎士団ならアイツらにも撃破できたかもしれない…ッ!
 だが、本陣に大口を広げる部隊は、そんな甘っちょろいもんじゃないんだ…ッ!!」
「鉄砲隊でも編成したってのか? それくらいは予測済みで突貫したんだけどな!」
「ただの鉄砲隊じゃない…! 【マナ】の研究で一歩先を行く【バロン】謹製の最新鋭…!
 弾込めの動作も不要の最新型だッ!! 連射にも対応しているッ!!」
「まさか、【マナ】のレプリカ………!」
「そのような武装にあの子たちがさらされれば一たまりも無い…ッ!!
 矢面に立たせる前に、ここで何としても止めておかなければならなかったのに、
 ………畜生、お前、どうするんだよ…ッ!!」
「どうするもこうするも、俺は子供たちを信じてる。
 何があっても信じてやるのが親の務めだろ」
「むざむざ死地へ送り出すのが親の仕事では―――」


【ローラント】へ本陣を張った【官軍】の火力から愛する我が子を護るべく、
自ら前線へ赴いたリチャードの親心をリチャードのカットラスがついに凌駕した。
競り合う鍔元の下…ギリギリの均衡を懸命に保つ柄尻を膝で蹴り上げるというフレイムカーンの奇策によって
バランスを崩されたリチャードは、怯んだところを狙った喉への手刀、
その続けざまに鳩尾へ叩き込まれたカットラスの柄打ちでとうとう膝を折ったのだ。


「なっちゃいねぇな、リチャード。
 子供たちが未来に拓く可能性ってのは、俺たちが心配するよりずっともスゲェもんなんだよ。
 【マナ】? 【官軍】? ………温い温いッ! 若いパワーがそんなもんで止められるかッ!!」
「………楽観が過ぎるんだよ、お前は、昔から………」
「まぁ、そこで見ててみな。
 ヴァルダの虚栄も、ロキの暴走も、朝日が昇る頃には無限の可能性が塗り替えてるだろうぜ」
「………………………」
「そいつを親が信じてやらなくて、誰が信じてやれるってんだ」






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