―――その頃、フレイムカーンの確信とは裏腹に、
開戦から【賊軍】優勢に進んでいた【最後の合戦】は初めて難局を迎えていた。


「放てぇッ!!」


焦土と化した十年前から草木は生えず、荒涼とした大地へ煤に汚れた神殿の廃虚が僅かに立ち並ぶだけの
【ローラント】へついに突入した【賊軍】だったが、リチャードの危惧した通り、
【官軍】の備える圧倒的な火力の前に立ち往生を余儀なくされていた。


「こんちくしょうめがっ!! やつらのもってるてっぽう、
 あれ、ヒースのとほとんどおなじしろものでちっ!!」
「するってぇと先込めの必要も無いんだよな!」
「しかもれんぱつしきっ! まともにきりこんだらまちがいなくはちのすでちっ!!」
「折角パパをやり過ごせたってのに厄介ね、まったく………ッ!」
「【官軍】の使ってる、ライフルって、ホントに、厄介!
 直撃されると、それだけで、肉も、骨も、やられちゃうッ!!」


突入間際は【官軍】の混乱に付け込んで前衛の護りを一網打尽に薙ぎ払う事も出来たが、
やはりランディの仕切る本陣。【パロ】攻略のように容易くは陥落できない。
【賊軍】の強襲にも屈しない【アルテナ】直轄の銃士隊が【バロン】から譲り受けた最新型のライフルを
持ち出してきた事によって中央突破に不可欠の勢いは大きく減殺されてしまい、
今では嵐のような銃撃から身を護るべく、神殿廃虚の石柱を土嚢代わりに伏せるしか出来なくなっていた。
威力も精度も旧式の鉄砲とは比べ物にならないばかりか先込めの動作も不要。
その上、連発まで可能な【マナ】のレプリカが相手では反撃の機会を拾い上げる事すら難しく、
命綱とも言える石柱とていつまで持ってくれるかわからない。


「原理は【ヤクトパンター】に備わっていた物と同じなのですよね?
 ………それなら、なんとか出来るかもしれませんっ」
「弾丸除けに【フレアー】の魔法、か。
 そういやリースは【インビンジブル】の腹ン中であのバケモノと
 正面から戦った経験があったんだよな」
「せやけど、【フレアー】ったって完璧に防げるわけとちゃうんやろ。
 奴さんのあの仰山な数や。効果薄いんとちゃうやろか」
「【イーサネット】の秘儀と併用すれば、おそらく数分は持ちこたえられるかと。
 その数分に全力を傾けて中央突破するしかありません」
「何一人で気張ろうとしてんのよ。リースだけに無茶はさせないわ」
「そーゆーせりふはさぽーとできるすきるをもってからはくべきでち。
 でなけりゃはっぽうびじんのぺてんしよばわりでちよ。
 ………そこいくとシャルはひとあじちがうでち。
 【アンプリフィケイト】でリースしゃんをしっかりばっちりさぽーとするでちから!」
「【アンプリフィケイト】? オイラ、初めて聴くよ、その魔法」
「まりょくをぞうふくしてまほうのこうかをたかめる、
 このなんかんにはおあつらえむきのいっぱつでちよ」
「おし、じゃあシャルはまず俺にそいつを掛けてくれ」
「………成程。マッちゃんのエミュレーションでアークウィンドへ
 二倍がけするという寸法か」
「ここまでパワーを集中させれば、短い時間でも完全防御できるでしょう。
 ………もちろん、防御が切れるまでに【聖域(アジール)】への入り口を見つけられなければ
 全てが水泡へ帰してしまいますが………」
「それよりもリースへの負担が心配よ! パワーを集中させるのはいいけど、
 無茶したら身体にかかる負担もハンパじゃなくなるわよ?」
「私は大丈夫ですよ。…それに、万が一、倒れそうになっても、
 アンジェラが支えてくれるのでしょう?」
「あら、私だってリースさんを支えるつもりですよ。
 なんてったって命の恩人ですもの。全力で背中をお守りしますっ!」
「………いや、お前の場合さ、ジェシカ、
 ヘタに守りに入るよりもデストロイヤーと化してくれた方がずっとも効率いいからさ」
「ホ、ホークは失礼よっ!! いつ私がそんな物騒な事したと言うの!?」
「あれ? なんだこれ、18年目の驚きの真相ッ!?
 お前、今まで自覚症状ナシだったんかいィッ!?」


窮地に追い込まれたはずの黄昏の戦場にドッと笑い声が上がった。
攻め立てる側の【官軍】から見れば、気でも触れたかと怖気の立つような光景だが、
明るい余裕は、まだまだ【賊軍】が希望を捨てていない証拠だ。


「………それでは、方々、抜かりなく………ッ!!」


中央突破の算段を仕上げたリースの掛け声に「応ッ!!」と力強く答えた仲間たちが、
それぞれ己に課せられた役割へ向けて一斉に散開した。
散り散りに飛び出した【賊軍】へ追討のライフルの照準が合わせられる―――


「呪いの葉を散らせる清風の庇護よ、陰鬱の戦場を吹き抜けよッ!!
 ―――【エスト・フレアー】ッ!!」


―――だが、一斉に正射されたフルメタルジャケットの銃弾が【官軍】を貫く事は無く、
狙いを大きく反れて予想外の方向へ飛んでいってしまった。
シャルロットとマサル二人からの【アンプリフィケイト】による援護と【イーサネット】が
リースの【フレアー】を極限まで増幅し、完全防御へ達した成果だった。


「おぐわぁッ!?」
「な、なんだッ、これはッ、銃弾が跳ね返っ…うぅわッ!!」


信じられない光景に愕然とする【官軍】陣営を次なる恐怖が襲った。
見当違いの方向へ反れていった銃弾が急カーブを描いて【官軍】へと降り注いだのだ。
これには【賊軍】も驚き、何が起きたのか周囲を窺うと、
【アポート】の瞬間移動によって発生した粒子を足元へ燻らせたままのヴィクターが
得意満面の表情で何がしかの魔法を発動させていた。


「ヴィクターッ!?」
「こういうアドリブはアリだろう、アンジェラ?」


駆けつけに【シャフト】の魔法を応用させた反撃で【官軍】に一泡吹かせたヴィクターへ、
今度は逆に敵方の術士隊が狙いを定めた。


「【賊軍】の外法輩にこれ以上勝手をさせるなッ!! 【ジャミング】で無力化を―――」
「本気で出来るとお思いなら、ま、精々努力してみる事です。
 足掻いた結果に悲嘆する貴方がたの無様を、私はお腹を抱えて笑うでしょうがね」


優秀な術士が戦力の中核を担う【賊軍】にとって、魔法を封じ込める【ジャミング】は天敵だ。
現に【禁断の坑道】では【ジャミング】の被害によって手酷い痛手を被っている。
しかし、この男が二の轍を踏むなどという不用意な失態を犯すはずは無い。
【エスト・フレアー】の反撃で混乱している隙に先手を打って【アルテナ】が誇る術士隊へ
逆に【ジャミング】の呪縛をかけていたヒースが、厭味たっぷり高らかに嘲笑しながら
慌てる敵方を【スパークリング】で狙い撃ちにした。


「いったいぜんたいいつこっちにとうちゃくしたんでちか、このあおだいしょうはっ!?」
「デュラン君に頼まれていたブツが仕上がったのでね。
 急いで駆けつけてみたのだけど………、
 やれやれ、主役は遅れてやって来るという定説を律儀に守るとは、
 ほとほと彼は正直バカだね」


―――思いも寄らない援軍はなおも続く―――


「【黄金騎士団第7遊撃小隊】ッ、これより【賊軍】…いや、
 【草薙カッツバルゲルズ】に助太刀いたすッ!!」
「同じく【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】一同、
 八番組長ケヴィン・マクシミリアンへこの命お預け申すッ!!」


【官軍】の背後からは、自らの隊に宛がわれた錦旗へ炎をかけたブルーザーとルガーの二人が
大勢の部下を引き連れて造反を宣誓。
リースたち正面部隊と【官軍】を挟み撃ちに攻め入る形となった。


「っしゃあぁぁぁッ!! それでこそ俺たちの隊長ッスッ!!
 よぉしッ、デュランさんが駆けつけるまで、この場は俺が引き受けたぁッ!!」
「おい、待て、落ち着け、ユリアン!!
 お前はいつもいつも先駆けては返り討ちに遭ってるだろうッ!?」
「ルガーッ、オイラたちに、協力、してくれるのかッ!?」
「協力も何も、俺たちはずっと仲間だろう?
 ………さぁ、この勢いに乗じて一気に畳み掛けるぞッ!!」


【黄金騎士団第7遊撃小隊】と【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の参画によって
【ローラント】の決戦場は修羅の躍る乱戦の舞台へ様変わりし、
全軍正面から激突する、肉弾相打つ白兵戦へと雪崩れ込んだ。


「ぞ、賊軍輩などに怯むなッ、かかれッ、かかれぇッ!!」
「見よッ、敵方は臆病風に吹かれているッ!! これこそ勝機だッ!!
 乾坤一擲でもって撃破するのだッ!!」


―――これがブルーザーとルガーの狙いだった。
乱戦に持ち込めば銃士隊は攻撃力を失う。ライフルの威力は確かに半端では無いものの、
敵味方が入り乱れる状態では相打ちになる危険性が格段に跳ね上がるからだ。
最大の攻撃力を奪ってしまえば、勝負は最早数ではない、兵装でもない。
戦意漲る火勢へ乗った側の勝利である。


「やれやれ、こうも戦いに夢中になられては、
 せっかくゲストをお招きしたというのに注目が集まらないじゃありませんか」
「オッホホホ、イイんですよ〜♪ ワタクシなどは既に舞台を降りた道化師。
 目立たぬくらいが調度イイのデスから♪」
「………その衣装では淑やかを気取ったところで無意味でしょう?」


【官軍】の陣営が【黄金騎士団第7遊撃小隊】らの連合軍に蹂躙されていく様を
楽しげに傍観しているヒースと“ゲスト”の物言いへ、リースが呆れたように返した。


「【ケーリュイケオン】以来ご無沙汰しておりましたね、リース様♪」
「………今度は一体何の御用なのです? またよからぬ企てを?」
「これはこれは手厳しい………♪」


決戦の【ローラント】へヒースが招いた“ゲスト”とは、
このフザけた口調でもお馴染みの道化師こと、死を喰らう男だ。
リースにとってみれば、もう一度ライザと再会させてくれた恩人でもあるのだが、
やはり生き死にをも操作する外法の使い手。
生ある者として、相容れない存在に対して無意識に警戒を強めてしまうようだ。


「ライザさんへの義理を通すと言いますか、最後のお役目を果たしに参った次第ですヨ♪」


言うや指先をパチンと鳴らした道化師の周辺に、いや、道化師の周辺だけでなく、
【ローラント】廃虚の至るところから丸く淡い燐光が無数に浮かび上がった。


「これは………」
「この地に眠る魂たちですヨ。つまり、貴女のご同胞と言う事になりますかね」
「………………………」


世界の全てを覆いつくすかのような無数の光珠が、
ふわりひらりと舞い踊る幻想的な光景を目の当たりにしては、敵も味方も戦う事を忘れて立ち止まる。


「【聖域(アジール)】を目指すにしても、場所がわからなければ霞を掴むようなモノ。
 その手助けを、貴女の家族がしてくださると言うわけです」
「………この導きは、あなたの魔力による強制なのですか?」
「まさか! ワタクシには死者に鞭打つようなアブノーな趣味はゴザイマセンから!
 ………貴女を【聖域(アジール)】導くのは、彼らの願いなのですよ」
「………………………」
「今は亡き貴女のご両親が、友達が、過酷な運命へ向かうリース様を導きたいと願っているのです。
 ワタクシはチョイチョイ、とそのお手伝いをしただけのコト」
「………みんなが………」
「つまりは、皆さんが貴女の未来と幸福を願っている、というワケでゴザイマス」


やがて光の珠は舞い躍るのを止めて整列し、一本の路を作り出した。
行く先もわからず右往左往するの目の前に、【聖域(アジール)】へ続く一本橋を架けた。
10年前の悲劇によって散華した【ローラント】の魂が、リースを、最後に残った希望を
【聖域(アジール)】へと導いているのだ。


「ここまでお膳立てされたら、負けるに負けらんないじゃんか。
 たはは………、純正ヘタレには荷が重過ぎるぜ〜」
「皆さん、気を付けてくださいね、ホークがこういう風に自分を卑下する時は、
 後で自分の勝ちをカッコよく演出するための前フリですからね。
 ホントは余裕のクセして逆転劇に仕立て上げようとするペテンの合図ですからね」
「ええって、ジェシカはん。ワイらもこいつとはいい加減付き合い長いさかいな。
 負ける気がしてないゆう事もちゃんとわかっとるよ」
「そうさ、負けるもんかッ!! 機械を、悪用するヤツなんかに、オイラ、負けないッ!!
 ロキさんも、【官軍】も、必ずやっつけて、食い止めてみせるッ!!」
「その通りだ、ケヴィン。そんなお前だからこそ、
 俺たち【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】は随いていけるんだ!」
「なによ、その言い方。ケヴィンにしか力貸さないみたいなカンジじゃないの。
 戦ってるのはあたしたちもおんなじなんだけど?」
「しょうがないでちよ、アンジェラしゃん。
 どうもこのけむくじゃら、ケヴィンしゃんへちょっとくちじゃいえない、
 いまはやりのあれやこれをいだいてるみたいでちからねぇ」
「首ったけってワケかい。そうそう、確か【旧人類(ルーインドサピエンス)】の時代には、
 彼みたいな人間は薔薇を背負ってるって迷信があってねぇ―――」
「えぇぇッ!? ウェッソンってば、そんな趣味があったのかッ!?
 ………付き合い、考え直そうかな」
「ま、またしても大幅に脱線し始めたな。ここ一番の正念場だと言うのに、
 かくもニンゲンの図太さというか、猛々しい強さというか………」
「ハッハッハ〜、これよこれ。これなんだよ、カッちゃんッ!!
 いつだってどんな時だって元気一杯ッ!! これぞッ、これこそ人間だものッ!!」
「元気に満ちているという事は、皆が進むべき道に迷っていない証拠でもあります。
 ………アンジェラ、ブライアン、私たちの目指す【革命】は、
 どうやら間違ってはいなかったみたいだよ………ッ!」


みんなの想いが一つになろうとしている。みんなの想いが明日を切り拓いていく。
最早敵では無くなった【官軍】を踏み越えて、今こそ未来へ翼を広げる刻だ。


「行きましょう、私たちの未来へ―――――――――………………………









―――――――――ゴッ………ガァァァァァァアアアアアアアアアン………ッ!!!!!!!









未来を指向する力強いリースの鼓舞は、
獰悪なまでの凄まじさで荒らぶる轟音一発によって無残にも咬み砕かれた―――――――――………






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