「なぁ、これ、途中で止まったりしないよな?」
「ま〜たこのへたれはきぶんがなえることをいってくれるもんでちねぇ。
どたんばにきてびびるやつほど、あとになってぶゆうでんをかたるんでちよ。
『あのとき、おれがいなけりゃとどめはさせなかったな』とかなんとか、
かどがたたないようにきをつけて、けっしてじぶんをしゅやくっぽくせず、
ぜつみょうなあしすとでしゅやくにはなをもたせてやったてきな。
ほんっとごみためでちね、いきてるいみがあるんでちか?
ちょっとひかえめにかたってこうかんどあげようとするそのこすっからさが
よけいにはなにつくでちよ、このびせいぶつがっ!!」
「………あれ、おかしいな。まだ、俺、武勇伝も何も語っちゃいないのに、
どうして叱られてんだろう? どうして眼から汗が溢れてくるんだろう?」
「何が汗だ。泣かされてるクセにカッコつけてんなよ、ヘタレ」
「おい、お前ら、そこまでにしといてやれよ。
あんまりそいつにかまうとヘタレとビビリがいっぺんに感染るぞ」
「嘘ッ、トドメ刺すのッ!? ここはフォローするとこでしょ、親友ッ!!」
「ホレホレ、余裕しゃくしゃくなんは結構やけんど、あんまり気ィ抜かんほうがええで。
なにしろここは、紛れもない敵地なんやから」
【アクシス=ムンディ】と呼ばれる重力エレベーターへ乗り込んだデュランたちは、
特殊なガラスから眺望できる【聖域(アジール)】の全景に度肝を抜かれていた。
―――都市。一言で【聖域(アジール)】を表すならば、まさしくそこは都市。
アスファルトに固められた大地へビルが立ち並び、その間隙に【マナ】が敷き詰められている。
「なんて言えばいいのか、うまい言葉が見つかんないけど………、圧倒的な光景よね、これ。
今更ながら【旧人類(ルーインドサピエンス)】の凄さを目の当たりって言うか………」
「でも、なんでだろう、オイラ、見てるだけで、気持ち、重くなるよ。
都市に、少しも、命の息吹、感じられない。
大昔に、滅びてるとか、そう言うんじゃなくて、ヒトが、暮らしてた跡が、感じられないよ」
【ペダン】のラボで垣間見た【旧人類時代】の都市と殆ど変わらない光景だが、
立ち並ぶ建造物のいずれもが、今にも崩れ落ちそうなほど破壊され、
アスファルトの大地にはクレバスが亀裂し、あちこちで【マナ】と思しき機械群が大破した残骸を晒していた。
永久の曇天で光を遮られたかのように、彩りの全てが鈍色に塗り固められている。
【死】を迎えて眠りに就いた地―――【聖域(アジール)】と美称するには、
その都市はあまりに無機質で、カトンボ一匹の生命の脈動さえ失われていた。
「ヒースが言ってたアレだろ、あのでっかい球体。
あれが【聖域(アジール)】のお天道様みたいなもんなんだから、
機能が止まってりゃ都市が死んでるようにも見えるわな」
「もじどおり、この【あじーる】をささえるちゅうすうでちからね。
みためにもぶつりてきにも、あれがしんだら、いこーる【あじーる】のごりんじゅうでち」
都市が途方もなく巨大なドームに包まれているのも目を引いた。
まるでドームの中へすっぽり都市を持ち込んだような構造となっており、
頭上に広がる天井中央部にはこの世界の太陽を思わせる巨大な球体が設えられている。
「………まだ生きてるヤツもあるみてぇだな」
「すげぇよ、アレ。ボク、あんなキモいモン、初めて見るよ………。
あんなん、まるで“【マナ】の樹”じゃんか………」
もう一つ、一行の視線を釘付けにしたのは、都市の中央…ちょうど天井の球体の真下へ位置する場所で、
瓦礫が寄添い合い、融合して組み上がった様にして伸びる【大樹】。
エリオットをして“【マナ】の樹”とでも形容できそうな機械の大樹が
隆起したアスファルトへケーブルの根を張り、都市に残存した僅かな生命を搾取しているようにも見えた。
遠目にも解るほど、根が、幹が、樹皮がドクン、ドクンと明滅と共にのたうち回っている。
(いよいよわけのわからねぇキワモノになってきやがったな………。
クソオヤジが………。手前ぇのやろうとしてる事を、手前ぇの頭で理解できてやがんのか………?)
そして、“【マナ】の樹”を取り巻くように、ビルよりも高くその周辺に屹立する八本の鋼柱。
どういう構造の物体なのか、血管めいた隆起が鋼の表層を稲妻のように駆け巡り、
グロテスクな脈動で見る者の直視を強制的に逸らさせた。
「こんなモノが【ローラント】の地底に封印されていたなんて………」
想像を絶する【聖域(アジール)】と“【マナ】の樹”の威圧に当てられたリースは
生まれ育った故郷の深淵に秘された存在の衝撃に肩を震わせている。
見れば唇から顔面から真っ青だ。
「………父は、こんなおぞましい存在を解放させようとしていたのでしょうか………」
悪夢とも言える光景に感じるのは、10年前の父の選択。
父、ジョスター・アークウィンドは10年前、【ローラント】へ封印された【禁呪】―――
―――【マナ】と【神獣】を復活させ、社会に対して宣戦布告を試みた。
滅ぼされた当初は父の英断を弁明の余地なく蹂躙した【アルテナ】に対して恨み抱いた彼女だったが、
父の成そうとしていたモノに触れるにつけ、民族虐殺こそ行き過ぎではあったが、
本当の正義は、むしろ征伐軍にあったのではないかと思い始めていた。
生ある者の心臓を鷲づかみに締め付ける異様な存在、【聖域(アジール)】。
このような存在が明るみに出てしまえば、間違いなく【社会】は未曾有の危機に陥るだろうと想像に難くない。
「さぁな、俺はお前のオヤジさんでもねぇし、オヤジさんの立場になろうとも思わねぇ。
………だがよ、俺もろくでなしをクソオヤジに持ってっからよ、
お前の蟠りもちっとは理解してやれるつもりだぜ?」
「………そういえば、デュランもお父様の事で悩んでいましたよね。
ファザコンみたいに」
「一言余計だッ!! っていうか、誰がファザコンッ!?
首削ぎ落とすのは愛情表現とは違ぇぞッ!?」
「それだけお父様を強烈に意識していたという証拠じゃないですか」
「だったら最初からそう言えよ………。ファザコンなんて言わねぇでよぉ。
怖気が走っちまったじゃねぇか………」
「―――それで、理解あるデュランは、お悩みな私に何をしてくれるのです?」
「そうさな………、ま、いつもの事だが、“頭で考えるな、まずは飛び込め”ってトコだな。
鬱憤をどう消化すりゃいいのかわからなくなったら、とにかく身体動かせ。
ガムシャラに突っ走れば、答えは後から随いてくらぁ」
「なんだか、それ、自分に言い聞かせているみたいですよ?」
「おう、その通りだ。俺もまだ答えの出せねぇ半人前だからな。
………だから、まずはクソオヤジの懐に飛び込む。
あの野郎から答えを引きずり出してやるつもりだぜ」
「………………………」
「………ンだよ、まじまじ見んなよ」
「デュラン、見違えるほど素直になりましたね」
「―――あぁッ!? 誰が素直だってッ?」
「少し前までの貴方なら、そんな風に自分の弱さを曝け出してはくれませんでした。
………ちょっと嬉しいかも」
「るせぇな、ほっとけよ………。
………お前らの前で突っ張ったってしょうがねぇと思っただけだよ」
「でも、根っこの部分と言いますか、デュランらしさは変わってない。
―――今でもはっきり覚えています。
“頭で考えるな、まずは飛び込め”。旅の始まりの頃、同じような事を仰っていましたよね」
「いつまで経っても成長しねぇイノシシ娘への復習ってヤツだ。
………これから始まるのはこの旅の総まとめみてぇなもんだからな。
暗くなってるヒマは無ぇぜ。気ィ引き締めてけよ」
「―――はいっ」
ともすれば暗く気持ちが落ち込みそうになるリースを救い上げるのは、
「守らない代わりに支える」と約束を交わしたデュランだ。
いつも、いつでも彼に支えられてきたリースは、今回もたった一言で負の想念を振り払う事ができた。
「長々とまぁ二人の世界に入ってくれちゃってサ。
デュランもリースも、これから最後の大一番だってコトを忘れちゃいない?
シケこむ相談は全部終わってからにしろよな〜」
「ていうか、何、今の兄貴のデレっぷり。
数時間前まで般若みたいな顔してたのと同一人物には思えないんだけど。
もしかして、兄貴、今流行りのツンデレってヤツ?」
「あ、オイラ、それ、聴いたこと、ある。正確には、本で、読んだこと、だけど。
たしか、カラクリ関係の本に、載ってた。
普段、ツンツンしてる人が、好きな人の前だと、デレデレになるってヤツ、だよね」
「あぁ、しゃるがかしてあげた【るーいんどさぴえんす】のごらくぼんにのってたあれでちね。
………あれをぜんぶよみこんだんでちか、ケヴィンしゃん?
あれ、【ぱそこん】っていう【まな】であそぶそふとうぇあのほんなんでちけど、
ぜんぶじゅうはっさいみまんきんしのおぴんくなざっしじゃなかったでちっけ?
そのうちのいっさつに『つんどれとくしゅう』ってのがあったきが………」
「えーっと………、それ、オタクってヤツ? 今、流行の。
なんか、いかにもな人種が『ツンデレ萌え〜』とか『罵って欲しい』とか言って
ゲョゲョゲョと笑ってるの、あたしも雑誌で見た事あるわ。
見出しは『オタクの欲望108連発』で―――って、ちょっと!!
ケヴィンをオタクの道に引きずり込む気なのッ!?」
「なッ、なんちゅーもんをケヴィンに見せとんねん、チンクシャッ!!
おま…、純粋無垢なケヴィンに何か間違いが生じたら、どないしてケジメつけるつもりやッ!!」
「おたくのみちなんて、おーばーでちねぇ、アンジェラしゃんも、カールしゃんも。
おとしごろなケヴィンしゃんにはひつようなちしきでち」
「せやからそれがまだ早い言うてんねんッ!!」
「それって、あれっしょ、女の人が表紙のヤツでしょ?
ボク、ケヴィンに見せてもらったよ」
「うん、エリオットと、二人で、勉強したんだよね。
オイラ、よくわかんなかったけど、エリオット、なんか、息荒くなってなかった?」
「何と言うものを読んでいるんですかッ!! いくらなんでも貴方には早すぎますッ!!」
「っていうか!! なんで俺を混ぜないんだよッ!! 呼べよ、素敵なお兄さんをッ!!
もっとスッゲェ秘蔵のビニ本を振舞ってやったってのによぉ〜!!」
「ジェシカに言いつけとくからね。
おたくの宿六、教育上とてもよろしくない汚物を隠し持ってますよって」
「はっは〜ッ、そのへん女子は甘ぇんだよな、アンジェラッ!!
俺はニンジャシーフだぜ? 誰にも見つけられないデッドドロップに
大切に大切に秘蔵してるに決まってんだろ!! 鼻の利くジェシカにだって見つけられないぜ!!
これくらいパーペキにこなせなくちゃ、隠すのに使われるニンジャシーフの名前が泣くってもんよ!!」
「………エロ本隠しの自慢なんぞに使われる名前は泣かねぇのかよ………」
「デュランだって一冊や二冊隠してんだろ?
リースやウェンディちゃんに見つからない仕掛けとか凝らしちゃってさぁ?」
「お前みてぇなドスケベと一緒にすんじゃねぇ」
「―――あッ!! そっか、うん、そうだよな〜♪
一番近くにリースがいるんだから、グラビアなんかにゃ見向きもしないわけだわな♪」
「………なッ!? て、てめぇッ、また根も葉も無ぇ与太話を………ッ!!」
「おやおや〜♪ 否定するクセして顔は真っ赤で声もどもっちゃってますよぉ〜♪」
「だッ、黙りやがれッ!! この野郎ォッ!! な、なんで俺がリースの………」
「―――だってさ、リース。デュランはリースにこれっぽっちも興味なんか無いってさ♪」
「だ、誰もそんな事………」
「………あの、デュラン、私、確かに胸とか控えめですけど、
その、小ぶりな分、か、形は綺麗だから、あの、触り心地は―――」
「バッ、な、何ブッ壊れた事言い出すんだよ、お前ッ!?
別に俺は胸とか大きさとかそんなもん………」
「ひゅ〜♪ 近年稀に見る刺激的な告白じゃん♪ よかったねぇ、リース♪」
「―――こッ、殺すッ!!!!」
デュランだけじゃない。仲間たちが支えてくれる。
その感動が前進への勇気を推進してくれるから、不意に差し込む陰りがリースを食いつぶす事は出来なかった。
世界の命運を賭けた最終決戦へ向かう勇者たち………にしては、あまりに緊張感を感じられないが、
それは互いを強く信じ、このチームなら何者にも負けはしないという絶対の信頼と【結束】ゆえ。
若者たちが【未来】へ期する力と絆が、あらゆる恐怖と焦燥を跳ね除けているのだ。
「―――ところでさぁ、ずっと前から気になってたんだけどさぁ………」
「あ?」
「それ、さっきからチリンチリン鳴ってっから、気になってしょうが無いんだけど」
「前も鳴ってたわよね、それ。確か………そう、ロキと直接対峙した時」
「そうだった、そうだった! 【ローラント】でやり合った時も鳴ってたの、ボクも覚えてるッ!!」
「―――あぁ、こいつか………」
暴走した野牛のように顔を真っ赤にして胸倉を掴んで来るデュランの腰の辺りを指差すホークアイ。
彼の指摘した通り、ベルトに差し込まれた直径数十センチの布切れが、
先ほどからチリン、チリン…と鈴を転がしたような音を立てている。
どうやら布に包まれた金属と思われるモノが何かに共鳴しているようだ。
「ンなに食い入って答え待つようなもんじゃねぇって。
―――………こいつはな、………形見の品なんだよ」
「形見………ですか?」
「………あぁ、過去に潰えたハズの亡霊が忘れてったモンさ。
今はもう使い道も無ぇ代物だが、………墓前へ添えてやらなけりゃ、
満足に成仏も出来ねぇだろうからな」
「………………………」
―――【形見】と聴いたリースは、思わず身に纏う若草色のワンピースをかき抱いた。
デュランの【形見】の正体まではわからない。
けれど、それが“誰の【形見】”なのかは即座に察しが付いた。
「………その時は私もご一緒してよろしいですか?」
「………出来ればお前には傍にいて貰いてぇな。
いざとなったら血が昇って、また同じ間違い繰り返しそうだ」
紛れも無い“二人の世界”へ埋没しそうになるデュランとリースを
再びホークアイが冷やかそうとした時、重力エレベーターが【聖域(アジール)】の地上へ
到着した事を告げるアラームをかき鳴らした。
「………呑気にダベッてられる時間はここまでみたいね」
「………とうとう、始まるんだ、とうとう………」
「ここまできたらもうあとにはひけないでちよ。
あとは【しんじゅう】のふところへかっとんでくだけでちっ!!」
「マジで? 俺ってばこう見えて知性派じゃん?
いつでも逃げ道は残しとくんだけどなぁ………。
―――ま、一生に一度なら、やけっぱちの出たとこ勝負もOKかねぇッ!!」
「安心せぇ、ヘタレ。ワイの眼ぇが黒い内は、誰一人とて死なせへんでッ!!
みんな、元気に、あのくそったれた世界へ還るんや………ッ!!」
「古いオッサンにはとっとと道を開けてもらわないとねッ!!
【未来】を切り開くのはボクたち、若者の務めだッ!!」
「―――デュランッ!!」
「これがラスト・ランだッ!! ――――――行くぜッ!!!!」
ランディたちは別行動を取っているため、この場にはいない。
【聖域(アジール)】への先陣を切るのは、旅の始まりに集った6人と1匹にエリオットを含めた計8名。
重々しい音を立てながら重力エレベーターのドアが開き、最終決戦の地へ、失われた墓標へ、
【未来】に期する先駆者たちがついに足を踏み入れた。
「………ようこそ、“【マナ】の【聖域(アジール)】”へ。
待ちわびたぞ、【偽り】の先駆者たちよ………」
―――――――――僅かな隙も無い臨戦態勢のまま戸外へ飛び出した8人を出迎えたのは、
意外と言うより他ない人物―――――――――
「―――クソオヤジ………ッ!!」
【神獣】を統べ、世界へ傲慢な【革命】をもたらさんとする最後にして最大の反逆者、
【黒耀の騎士】ロキ・ザファータキエその人だった。
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