「デュランの奴ぁ、もうオヤジさんと対面できたかねぇ?」
「今はデュランの心配をしている場合では無いでしょうっ!
 己の窮地を切り抜けてから他所へ余裕を回しなさいっ!!」
「んな目くじら立てるコトでも無いっしょ、プリムの姉ちゃん」
「ホントは自分が一番心配してるくせにさ。今流行のツンデレ? ツンデレでも気取ってるの?
 似合わな過ぎてゲロ吐きそうだから今すぐそのキャラ、やめてくれるかなぁ。
 我慢しないでゲロッてもらった方が見てるこっちも気が楽なんだしさ。
 うわ、乙女ぶってんじゃないよってお腹抱えて笑えるしぃ★」
「ど、どうして私があいつらの心配をしなくてはならないのっ!!
 ………心配なんかしてないわ。生きてまた逢えると信頼しているからこそ、
 今、自分たちの窮地へ集中しなくてはならないんじゃないっ!!」
「こらッ、そこッ、隊列を乱すのではないッ!! 集中するならまず戦力を一点に束ねよッ!!」
「マサルさんやプリムの気持ちも解るけど、そうだ、今は目の前の目標に全力を傾ける時なんだっ!!」


別働隊として動いているランディ・プリム・ポポイ・フェアリー・マサル・邪眼の伯爵の6人は
“【マナ】の樹”が根を張る都市部とは違う【聖域(アジール)】の区画をひた走っていた。
―――“走っていた”。過去形だ。首尾よく目的地の屋内へ入り込んだランディたちだったが、
突入間もなく警備の機械兵団に発見され、激しい乱戦を切り結ぶ事になった。


「中枢管理センター【セワンナク】………。
 【聖域(アジール)】の機能を司る、人間で言えば脳に当たる場所なんだよな。
 そこまで辿り着けば勝機があるってヒースさんは言ってたけど………」


ランディたちは現在、【聖域(アジール)】を覆うドームの天井に設えられた球体の内部にいる。
【聖域(アジール)】とは、すなわち一つの巨大な【マナ】集合体であると仮説したヒースは
運動の一切を管理するマザーコンピュータを抑える事が勝利への鍵と提案し、ランディたち別働隊にその分担を任せた。
―――【セワンナク】。それが、マザーコンピュータを内包する中枢管理センターの名称であり、
ドーム天井から【聖域(アジール)】を睥睨する球体の正体だった。


「正直、アタシたちだけじゃ何をどうすればいいのかわかんないけど、
 あの“インキン博士”が寄越したヤツでなんとか出来そうなんでしょ?」
「私に振らないで頂戴。いくらなんでも【マナ】の知識まではカバーしていないわ」
「プリムもお手上げのここで重要になンのがポポイってワケだ! 期待してるぜ!!」
「あぁ、専門職じゃないにしたって、オイラも【エルフ】の一員さ。
 コレがどんな物で、どう使えば【聖域(アジール)】を潰せるのか、ちゃんと解ってるよ」


対マザーコンピュータにおいて重要となってくるのが、デュランの依頼でヒースが開発を進めていた物。
【常闇のジャングル】で入手しながらも破損の為に使い物にならなかった【マナストーン】をレストアし、
本来とは異なる機能を持つモノへ作り変えられた、ヒース謹製の新型【マナ】。
形状自体は【マナストーン】から何の変化も見られないものの、ヒース曰く、
「【聖域(アジール)】」と嘯いていたが本当だろうか?
【マナ】について知識の浅いランディとプリムは、顔を見合わせて首を傾げるしかない。


「あの男、性格は極めて陰湿だが技術力は確かだ。
 かつて共に任務へ当たった私が成功を保証しよう」


伯爵にとってヒースとは【魔界】の盟主であったアークデーモンを滅ぼした男。
本来なら付け狙うべき仇敵なのだが、ここまでの旅路の中で受けた支援へ恩義を感じているようで、
【セクンダディ】時代に目の当たりにした彼の技術を冷静に評価こそすれ、
憎しみも蔑む口調も見られなかった。


「―――にしてもヒースの兄ちゃんはどこへ行っちまったんだろ。
 オイラたちに【聖域(アジール)】のシステムジャック任せるっつったっきりドロンだ。
 デュランの兄ちゃんたちを追ってったみたいでも無さそうだよな?」


ロキと対峙するデュランとも、【セワンナク】を目指すランディとも離れたヒースは
護衛にビルとベンを伴って更に別行動を取っている。
最終決戦は三手に分散して挑む形だ。


「極めて陰湿ではあるものの、敵前で逃げ出すような臆病者では無い。これも保証する」
「都合が悪くなるとすぐに凹んじゃうどっかの軟弱ダメ男に爪の垢煎じて飲ましてやりたいね。
 “インキン博士”、話のネタもなかなかシュールで面白いし。
 ―――あ、だからか! 同じ粘着キモ系でも、ただ暗いだけの“THEダメんず”と
 話題豊富なヒースじゃ勝負にもならないか! だったらなおさら爪の垢貰いなよ。
 そうすれば夜中に独り自画自賛の文章書いて自分を慰めるなんて、根暗な習慣から卒業できるだろうから★」
「自画自賛じゃないッ、あれはポエムだっ!」
「………夜中に独りでポエム書いてる方が病的だからさ、兄ちゃん………」
「夜中に何やってるかと思えば、本当に悪趣味ね、ランディは。
 どうせ何かに打ち込むのなら、もっと健康的にスポーツとか楽しみなさいな。
 引きこもれば引きこもるほど頭に黴が生えていくわよ?」
「うっさいな!! そうだよ、僕は病気だよ!! ていうか病気にもなるよ!!
 毎日毎日口の悪い仲間を三人も一人で相手しなくちゃならないなんて、
 慣れっこの僕だからいいものを、普通の人なら三日で精神異常が出るっての!!
 だったらもうポエムの世界へ逃げるしか無いだろうッ!? 違うか? いや、違わないッ!!」
「………こんな風に開き直った人間を、私は初めて見るわ。
 こういう時ばかりは、自分の選択を疑いたくなるわね」
「へへッ、あいつらからは避難轟々だけど、自分の世界が欲しくなる気持ち、俺にはわかんぜ、ランディ!!」
「わかりますか!! わかってくれますかッ、マサルさんッ!!」
「………もういい。貴様らに協調性を求めるのは選択肢から棄てる事にしよう。
 各人、それぞれの得意で構わん。とにかく持てる力を出し切るのだ!!」


先発部隊に遅れる事数刻、総大将として【官軍】へ退却命令を下してから
【アクシス・ムンディ】に飛び乗ったランディたちは、
首尾よく【セワンナク】への経路を確保できたわけだが、先ほど説明した通り、そこから先は困難に次ぐ困難。
【セワンナク】内部へ突入してからと言うもの、無尽蔵に送り込まれる機械兵団に妨げられ、
歩みを進める事さえままならない状態が続いている。


「くっ…、いくら一撃で切り伏せられるとは言え、
 こうも数勝負でゴリ押しされるとさすがに溜息の一つも吐きたくなるわね」
「何言ってやがんだよ。お前らが連れてきた【官軍】の軍勢だってこんなもんだったぜ?
 弱い+しつこい=面倒くさいの佃煮ってカンジ?」
「思考回路まで筋肉質な“コワレモノ注意”にしてはユニークな例えだね。
 ………偉そうに皮肉言う余裕があるってことは、
 キミはこの佃煮どもを一発撃破できる作戦をもう考えついているって事だよね?
 常識ある人間だったら、切り札の一つもナシに余裕ぶっこけるワケないもん。
 ほら、早くアタシたちに教えてよ。ほら、早く、早く★」
「それこそ何よりの皮肉だろ。
 マサルの兄ちゃんがそんな高等なギャグをやれると思ってんのかよ」
「よーし、お前ら、後で体育館裏来いッ!!
 今時レトロな制裁方法でバッチリお仕置きしてやっからなァッ!!」
「………体育館裏ってどこよ………」


頭部が弱点だと言う事を【フォルセナ】襲撃の際にブルーザーらによって暴かれている
人型兵士【DTW】はそれほど苦戦せず組み伏せられるものの、
倒しても倒しても延々と投入されてはさすがに辟易させられる。
なにしろここは【マナ】の【聖域(アジール)】。無尽蔵を武器に数で押されれば、
体力にも手数にも限界のあるこちらがジリ貧に競り負けるのも明白だ。


「厄介なのは【ヤクトパンサー】だな。
 デュランさんもあれには苦戦したと話していたよッ!!」
「図体が巨大ゆえに通路内へ複数投入する事は出来ぬようだが、
 しかし、文字通りの一騎当千。確かに厄介極まりないなッ!!」
「装甲がカテェのなんのってッ!! 簡単にはダメージも与えられねぇし、
 あいつら、よくこんな鉄の棺桶を潰せたよなぁ。尊敬しちまうぜぇ…!」


虎の子の【ゾディアックポゼッション】や【超激怒岩バン割り】を放てば、
鉄壁を誇るさしもの【ヤクトパンサー】も木っ端微塵に粉砕できるが、
共に体力・気力の消耗も激しい大技だけに乱発は出来ない。
この先にどれほどの敵勢が待ち構えているか解らない以上、
ある程度のパワーを温存しつつ前進していかなければならないのだ。
ともすれば猪突猛進へ走りがちなマサルには、非常に難しい戦いを要されていた。


「何を消極的な事を吐露しているの。
 ここまで警護が厳しいと言う事は、あの扉の先にはそれ相応の機密が隠されていると言う事。
 行く手遮る苦戦は活路への前途に言い換えられるわッ!!」


死闘続く通路の先―――直線状に鉄の大扉を構える通路へ入り込んでからと言うもの、
突如として警護の数が増員されたのだ。それもこれまでと比べ物にならないほどの格段に。
となれば間違いなくあの大扉の先には何かがある。
プリムの鼓舞は単なる虚栄ではなく、きちんとした根拠に基づいての確信だった。


「罠ではない、とは言い切れぬぞ。
 あえて手勢を増員し、更なる死地へ我らをおびき寄せているとも考えられる―――だが………」
「あぁ、前へ出なくちゃ勝ちは収められないッ!!」


前へ、前へ。【未来】を信じて、ひたすらに前へと突き進んでいく。
今もこの【聖域(アジール)】のどこかで仲間たちが戦っている時に後ずさりなどしていられない。
聖剣の閃きが、唸る鞭が、束ね撃ちされた魔弾が最強の威力を取り戻し、
侵入者を排除せんと迫り来る機械兵団を次々と爆散させていった。


「人間相手には禁忌として封じてきたが、貴様らは人の手にて産み落とされし機巧の戦闘人形。
 ならば容赦せぬ。今一度黒き魔の力、【新しき国】への礎として解放させてもらおうぞッ!!」
「っしゃぁッ!! カッちゃんのGOサイン、待ってたぜッ!!
 究極無敵のツープラトンッ、たっぷり食らわせてやろうじゃねーかッ!!」


【ジェマの騎士】が奮い立てば、【ギョロ眼de鬼不動】のコンビも負けてはいない。
和解へ至った人間に対して使用する事を禁じてきた【石化の呪い】を
伯爵の双眸から矢の如く照射されるのに合わせて、
彼のその能力をエミュレーションしたマサルも同じ怪光線を放った。
四つの瞳から解き放たれた怪光線はやがてひとつに合わさり、
一束ねの巨大な奔流となって機械兵団をまるまる飲み込んだ。


「「くたばれッ、【ギョロ眼theオプティックペトリファイド】―――ッ!!」」


人間と魔族、種族を超えた友情の合体技が炸裂した後には、石のオブジェが立ち並ぶばかり。
【DTW】も【ヤクトパンサー】も、あれだけ破壊に梃子摺った【マナ】の兵団は
累々たる石像と化して完全に沈黙した。


「ひゅ〜ひゅ〜★ 頭のネジが飛んだウスラバカにしちゃ上出来じゃん★
 それとも、体力温存無視のバカにしかできない芸当って誉めた方がいいのかな。
 キミたち、こんな大技でグググーッとパワー使っちゃって、後半保つと思ってんのかなぁ?」
「ヘッ、バカとハサミは使いようって言うじゃねーか。
 俺たちゃ二人で一人のハサミにして史上最強の大バカだからよ、
 出し惜しみなんてちまちましたマネ、いつまでも我慢しちゃいらんねーのさッ!!」
「同じ莫連バサミでも、このような使い方なら文句はあるまい?」
「ま、ね。【女神】直々に誉めてあげるから、有難く平伏するよーに★」






(………ヒトと魔族が本当に理解し合えるってところ見せてもらったし、
 花丸くらいはプレゼントしちゃおうかな)






これまでさんざん命のやり取りをしてきた人間と魔族の間に友情が芽生えた事が、
創造主を継ぐ者としては嬉しくて仕方が無いのだろう。
ガッツポーズで大金星を分かち合うマサルと伯爵を見つめるフェアリーの口元は
高飛車な口調とは裏腹に敬意と感嘆に綻んでいた。


「よーしッ!! このまま一気に突っ切るぞッ!!」


一時だが敵軍勢の一掃に成功した今こそ勝機。この好機を逃す手は無く、
ランディの掛け声を合図に廊下の先の大扉へ全速力で駆け出した。


「プリム、ポポイ、フェアリーッ!! アレで扉を突き破るぞッ!!」
「今さっきフェアリーが体力温存を釘刺したばかりでしょう。
 大技は控えるべきじゃない?」
「おっしゃ、オイラはランディの兄ちゃんに乗るぜ。
 せっかくの晴れ舞台なんだ、景気よく行かなきゃ損だよ、損ッ!!」
「【ゾディアックポゼッション】、いつでもOKだよ★」
「フェ、フェアリーまで………っ!」
「ほら、プリムっ!」
「………ランディ、貴方、最近デュランに似てきたわね。
 乱暴かつ強引になられては【ジェマの騎士】も名折れよ。
 ………コレが終わったら教育してあげるから、首を洗って待っていなさい…っ!」
「後悔するのはその時まで預けておくよ。
 ―――今は僕に力を貸してくれッ!!」


やる気全開で待ち受ける三人へ賛同するのを最後まで渋っていたプリムだったが、
ランディに促された事でようやく意を決し、両手に【ウィスプ】の魔力を発現させた。
その傍らでは、ポポイが相反する【シェード】の力から形成した魔弾を弓引いている。
二人が発動のプロセスへ入ったのを見計らったフェアリーは、中段に構えられた聖剣へ憑依し、
【エクセルシス】に秘められた潜在能力を解き放った。
【キマイラホール】で敵将ジュリアスを打ち破った秘義【ゾディアックポゼッション】だ。


「………いつでも行けるわよ」
「こっちもOKだッ!!」
「―――よしッ、プリム、ポポイ、【エクセルシス】を神剣の域へ磨き上げてくれッ!!」


【ゾディアックポゼッション】の秘義を発動させた事によって輝きを増した【エクセルシス】の刀身へ
プリムとポポイが同時に相反する二条の魔力を射掛けた。
刀身へ吸い込まれた光と闇は、やがてランディの全身を包み込むように白熱し、
明滅を繰り返す浄化の饗炎となって燃え上がった。


「―――光と闇を仰ぎて神剣の領域まで高まった【エクセルシス】が最終絶義………ッ!!
 【ウムラウトフェニックス】だぁ―――――――――ッ!!!!」


【エクセルシス】に吸収された魔力は、【ゾディアックポゼッション】の恩恵によって際限なく増幅されていく。
膨大な熱量がスパークを繰り返す光と闇のエネルギーを纏ったランディは、
不死鳥の如き饗炎を羽撃かせながら魚雷のように旋輪し、そのまま大扉へと真っ直ぐに突貫した。
4人の力を結集させた【エクセルシス】が突き立てられると同時に
蒸発した大扉の向こうに待ち構えていたのは、プリムが読んだ通りのモノ―――


「―――ィよしッ!! 狙い通りのドンピシャッ!! ここがオイラたちの目的地………ッ!!」
「【セワンナク】中枢管理センター………ッ!!」


―――数え切れないほどのコンピューターが【マナ】特有の電子音を上げる、
【セワンナク】中枢管理センター―――最終決戦の勝敗を分ける運命の区域だった。


「ポポイ、ここからはお前に任せたっ!!」
「あいよッ!! いよいよお披露目、この【エデン】のシステムジャック機能で―――」
「―――そうはさせるものかぁッ!!!!」


しかし、意気揚々と中枢管理センターの端末へ向かおうとしたポポイの前途は、
鋼の壁を突き破って横から飛び込んできた正体不明の闖入者によって遮られてしまった。


「ここに来てボスキャラ登場かよッ!! スパイスが利いてるじゃねーかッ!!」
「だから言ったじゃんか、体力温存しとかなくて保つのかって。
 ここまで考えナシだと呆れを通り越して笑えてくるね。キミの人生の縮図がここにあるよ。
 太く短くパッと消える野垂れ死にコースの人生がな★」
「うっわー………、自分じゃもっと凄い大技出したクセして、
 マサルさんにはボロカス言ってるよ………」
「こんな時までコントに持っていく必要は無いでしょうがッ!!
 よく見なさいッ、あれはッ、あの者は………ッ!!」


粉塵を踏み越えて姿を現した闖入者は、都市制圧型の砲台に始まり速射式の機銃、
有線式のドリルアーム等、全身を【マナ】の兵器で固める、
“自走する武器庫”とも言える恐るべき存在。


「愛しきアークデーモン様が仇ッ、【草薙カッツバルゲルズ】………ッ!!
 これ以上貴様らの好き放題を許しはせんッ!!
 ―――まずは【ジェマの騎士】ッ!! 貴様から復讐を果たさせてもらうッ!!
 我が血涙をもってして、魂の一片も残さぬほど滅尽してくれるわぁッ!!!!」


その気になれば一国を焦土にしてしまえるほどの火力を内蔵する巨身を引きずりながら、
呆然と立ち尽くすランディたちへ憎悪と怨念の眼光を叩きつけるその顔は―――


「イ………イザベラ………」


―――伯爵が探し求めて止まなかった愛すべき女性(ひと)、
【美獣】の名を冠する魔族、イザベラだった。






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