“【マナ】の樹”の下で繰り広げられる運命の交錯は、
戦端切られるた瞬間に血で血を洗う死闘の極致へ登り詰めた。


「デュランっ!! 私の用意は出来ていますっ!! いつでも合わせられますっ!!」
「ぶつけ本番の大技だが、お前とならなんとか出来そうな気がするぜッ!!」
「心を一つにッ、手と手を合わせてッ………!!」
「―――高まれッ、掌握の鼓動ッ!! ―――【ライジングフォース】ッ!!!!」


ありったけの魔力を込めた【ピナカ】を【プレーンランチャー】の奔流へマウントし、
【マナ】で言うところのミサイルのように急速射出する【ライジングフォース】は
着弾と同時に凄まじい炸裂を引き起こし、致命的なダメージを与える一撃必殺の合体技だったが、
肉体を堅牢な【マナ】の装甲へ換装したロキの防御力の前には、カスリ傷一つ負わせる事はできなかった。


「【ファイアーウォール】の防護を施したこの身には、最早【グレムリンパルス】は通じぬぞッ!!
 先の戦がように容易い局面と思うてくれるなァッ!!」


【フォルセナ】と【ケーリュイケオン】の戦いの折に機関停止という失態を犯したロキは、
【エランヴィタール】を形成する【グレムリンパルス】の電気的接触を防ぐ善後策を周到に整えていた。
【ファイアーウォール】と呼ばれる術式の施された甲冑鋼身【シュワルツリッター】は
【グレムリンパルス】はおろか、極めて酷似するDNAを持つ人間の命令をもシャットアウトする。
遅れを取った弱点を解消したこの身に死角は無い―――魔力の炸裂に揺さぶられながらも、
ロキの泰然たる構えには少しの乱れも無い。


「ハナからそんなもん頼りにしちゃいねぇんだよッ!」
「口では何とでも取り繕えるッ!! 世界の命運をかけたこの一戦、
 悪辣な卑怯打ちすら常套の一手となるだろうよッ!!」
「世界? 命運? ………知った事かよッ!!
 そんな重たっくらしいモン、いちいち背負いきれるかッ!!
 ………俺はアンタとケリを着ける。俺の【信念】を貫くだけなんだよッ!!」
「【信念】………ッ!!」
「【過去】に囚われて先に進むのやめちまったアンタを超えるッ!!
 “自分”の持ちうる全てをぶつけて、アンタを踏み越えてやンだよッ!!」
「―――面白いッ!! 」


【ディーサイド】から振り落とされた【撃斬】を二刀の防御で受け止めたデュランには、
最初から機関停止の切り札に頼るつもりは毛頭無かった。
ただ、殺す―――それだけに取り憑かれた修羅の頃とは異なり、
今のデュランには【未来】への突き進む希望がある。ウェンディとの約束がある。
ロキが【ファイアーウォール】などという予防策を弄するまでもなく、
デュランは正々堂々と純然たる力と技の激突へ挑む覚悟でいたのだ。


「今度はこっちの番だ―――【繚嵐】ッ!」
「ぬかせッ、【殲風】ッ!!」
「なんのッ、【靂双】ッ!!!」
「【谺閃】ッ!!!!」
「【断界】ッ!!!!!」
「「【爆陣】―――ッ!!」」


【エランヴィタール】のエネルギーと【ディーサイド】の殺戮剣が火花を散らす戦いの最中にあって、
ロキはデュランの成長に刮目する思いだった。
感情の昂ぶりから剣も乱れ切っていた【キマイラホール】の戦いにおいて
完膚なきまでに叩きのめされたデュランが、最強の敵を相手に互角以上の力と技で切り結んでいる。
流派最強の型である二刀流を用いているとは言え、たったのそれだけで補えるほど、
あの決戦の際の技量差は浅いものではなかったはずだ。
その歴然たる差を、今や乗り越えようとしている。敵うべくも無かった父を圧倒しようとしている。


「どうした? それで終いかッ? 俺が憶えてるアンタはもっともっと強かったぜッ!?」
「………小童が…言ってくれるッ!!」


真っ向から激突した【爆陣】に競り負けた事で圧倒の予兆は確信へと変わった。
家族を棄てた父親へ浴びせかけ、そして跳ね除けられた憤怒とは違う何かが、
デュランの裡へ新たに灯った強き何かが、【過去】から這い出た亡霊の絶対脅威を超越しようとしていた。






(何かが違う………これまでとは………だが、何が違うというのだ………ッ!?)






デュランを強者たらしめるモノの正体を看破しない限り、勝ちを得るは難しいと悟ったロキだったが、
それをゆっくりと見極めさせてくれる猶予など、相対する者たちが、
【未来】へ向けてひたすらに突き進む若者たちが足踏みして待ってくれるわけがない。


「【ジャイロジェット・バルカン・ティーガー】ァァァッ!!」
「地平線の向こうまでブッ飛べッ!! 【エノラ・ゲイ】ッ!!」
「分からず屋のトーヘンボクがッ!! 思っクソいてこましたるぁぁぁあああッ!!」


無数の拳が、灼熱の猛禽が、吐き出された極太の光線が、
デュランへ追撃の魔手を伸ばすロキの威容を吹き飛ばした。






(デュランだけでなく…ッ、こやつらまでも………異なっておるのかぁ………ッ!?)






【キマイラホール】で加えられた際には身じろぎ一つせず耐え切れた攻撃なのに、
これはどういう事か。なぜ、今になって同じ攻撃を受けて気圧されるのか。
依然としてダメージは皆無………だが、物理的な威力を突き抜けて襲い掛かる衝撃の方がロキには脅威だった。


「今日の大玉はいつもよりちょっと多目に詰め込まれてるからな!!
 咲いて爆ぜるだけじゃ済まないぜッ!!」
「さぽーとなんてこざいくしてるばあいじゃないでちっ!!
 きょうはしゃるもぜんりょうぜんかいでちよっ!!
 べっこんべっこんのぎったんぎったんにしたあげく、まっくろなすりみにしてやるでちっ!!
 ずっころしなんてらくなしにかたできるとおもうなってんでち、このはげちゃびんがっ!!」


ニンゲンを遥かに凌駕はずの【マナ】の駆動力が、なぜ圧し返されるのだ。
彼らの力が、忌まわしき【女神】に縁る【偽り】の先駆者が、【発展】の頂たる【マナ】を超越しようと言うのか?
全身へ仕込んだ火薬を一斉に爆破させるホークアイの忍術にも、気の魚雷を打ち出す【ホローポイント】の魔法にも、
ロキは反撃の糸口すら見出せないまま、ことごとく後ずさりさせられた。
【グレムリンパルス】や機関停止命令の影響を受けていないにも関わらず、
力負けする信じ難い事実にロキは思わず頭を振った。


「―――ここでボクの【撃斬】だぁッ!!」
「ぬ…く………ゥッ!?」


極めつけはエリオットの未熟な【撃斬】が打ち込まれた瞬間。
咄嗟に防いだ篭手に亀裂が走り、重々しい破壊音を上げて崩れ落ちた瞬間だった。
デュランの【爆陣】を皮切りに連携の流れ出した5つの集中攻撃に気を取られた隙に
攻め込まれた油断は悔恨すべきだが、己の油断よりも、未熟な太刀に鉄壁の装甲を破られた衝撃が平常心を苛む。






(これが…【過去】を振り返らぬ者の…【未来】…ッ!? 何物も恐れぬ…前進………ッ!!
 だがッ!! それだけでまかり通れるほど、【世界】は易しきモノではない…ッ!!
 ………ならば、負けぬッ!! 断じて負けられぬ―――)






エリオットの太刀が直接篭手を破砕したわけではなかろうが、亀裂に決定打を与えたきっかけに変わりは無い。
それはつまり、全てを弾いたと思い込んでいた集中攻撃によるダメージが、
実際には装甲の防御力を貫いて蓄積されていたという証明。
無敵無敗であるはずの【マナ】が、【女神】に縁るニンゲンの力に突き崩されたという事だ。


「―――負けるわけにはいかぬのだ………ッ!!!!」


二の太刀を加えるべく腰だめに刺突を構えたエリオットを掌底で突き飛ばしたロキは、
弟の危険を察し、割って入ったリースの銀槍をも【ディーサイド】で振り払うと、


「今こそ新世紀請来の祝詞を上げよッ!! ―――【トラウィスカルパンテクウトリ】ッ!!!!」


両手を“【マナ】の樹”が鋼の枝葉へと翳し、おそらくは【マナ】の一種と思しきモノ、
【トラウィスカルパンテクウトリ】へ起動命令を下した。


「【とらうぃすかるぱんてくうとり】っ!! 【しんじゅう】のはっしゃそうちでちねっ!!」
「発射装置やてッ!?」
「そうだッ!! 【トラウィスカルパンテクウトリ】とは、八基からなるミサイル発射台ッ!!
 【真世界】の福音を打ち鳴らす正義の銅鑼なのだッ!!」


ロキがその号令に応じるかのように、“【マナ】の樹”を囲むように聳えていた八本の鋼柱が、
―――戦術核ミサイルの発射台【トラウィスカルパンテクウトリ】がけたたましい鳴動を始めた。
電子音にも地響きにも聴こえる鳴動を引きずりながら、
八本の鋼柱は都市を包み込むドームの天井をも突き破って上方へ垂直に伸びてゆく。
今ほどの会話から推察するに、【トラウィスカルパンテクウトリ】の伸びゆく先は間違いなく地上だ。


「あんにゃろうッ!! 手前ェで卑怯打ちがどうとかのたまったクセに
 自分は勝負もつかない内から切り札使うってのかッ!!」
「がなったって仕方無いだろ、ヘタレ。
 このままじゃ別働隊が【聖域(アジール)】征圧する前にオジャンだ。
 ………こうなりゃボクらでやるしかないんだッ!!」


【イシュタリアス】に【神獣】を降臨させるべく、幾重もの地層を貫いていく悪夢の鋼柱を阻止するには、
命令者であるロキを倒すより他に手段は無い。


「みなしゃん、よくみるでち。【とらうぃすかるぱんてくうとり】はきどうしまちたけど、
 それにしては、あるべきものがあるべきばしょにないとおもわないでちか?」
「在るべきモノ………? どういう意味なのよ、それッ?」
「かんじんのかくみさいるがどこにもみあたらないんでち。
 はっしゃだいはあるのに【しんじゅう】がないってことは、
 つまり、まだまだはっしゃまでにじかんがかかるってことっ!!」
「それなら、今、ロキさんを、押さえ込めば、オイラたちの………」
「―――勝ちだ、と千載一遇の好機を見出すか、正しき【義】に集いし獣人の少年よ。
 それはあまりに浅はかというものよッ!! 【神獣】は既に命脈始めておるわッ!!」
「息があろうと無かろうと、今この場に存在しない以上、私たちに有利は変わりませんっ!!
 ………それならば、最大の攻撃力で一気に征圧するまでッ!!」


なおの事、今征圧しなければ取り返しのつかない事態(コト)になる。
【トラウィスカルパンテクウトリ】の起動に陶酔するロキめがけて、
デュラン、リース、シャルロット、アンジェラ、ケヴィン、カール、ホークアイ―――
―――エリオットを除いた7人が一斉に最強の攻撃を仕掛けた。


「あ、兄貴っ!!」
「エリオット、そこでしっかり見てなッ!! ―――これが俺たちの全身全霊だッ!!!!」


自分も一太刀を、と追いすがってくるエリオットを押しとめたデュランは、
交叉させるようにツヴァイハンダーと【エランヴィタール】の二刀を高く勇往と翳した。


「リースッ!! 引き金はお前に預けるぜッ!!」
「―――はいっ!!」


傲慢な正義で世界を滅ぼさんとする死神へ打ち立てる十字架にも見える二刀の交叉面へ、
【エランヴィタール】に勝るとも劣らない莫大なエネルギーを帯びた銀槍の穂先が合わせられる。


「人間一人じゃ大したパワーは出ないけど、一つに合わさりゃ倍率ドンッ! 更に倍ッ!!
 友情っていうご祝儀まで含めりゃ一気に無限大だッ!!」
「人間だけやないでッ! 魔獣も、ハーフエルフも、獣人も、みんなが力を合わせるんやッ!!
 ものごっついパワーになるんは自明の理っちゅうやっちゃッ!!」
「持てる力、全部、出し尽くしてッ!! オイラは、オイラの【義】を、貫くッ!!
 機械を、みんなを、幸せにできる、技術を、悪い事なんかに、使わせたりしないッ!!」
「デュランしゃん!! あんたしゃん、これだけおぜんだてたっぷりでぱすされるんでちから、
 とちりでもしたらしょ〜ちしないでちよっ!! いや、じょうだんでもぼけのまえふりでもなくて!
 シャルたちのいのちも、みらいも、あんたしゃんにあずけるんでちからねっ!!」
「心配ないわよ、シャル。みんなの心が一つに合わさる事が【社会】を築く源なんだからさ。
 ………手前勝手な行き詰まりで【社会】へ絶望するようなダメ大人に
 あたしたちが負けるもんかっ!!」


銀槍【ピナカ】を構えるリースの肩には、ホークアイを始めとする仲間たちの手が添えられていた。
肩口から託された5つの力が、リースの身体を通して銀槍の穂先へ収束しているのだ。


「受け取ってくださいッ、デュランッ!! 虹を架ける天恵の及持雨をッ!!」


リースの力も織り込まれて無限大に増幅されたエネルギーが銀槍の穂先から放出され、
デュランが掲げる十字架を一飲みに包み込んだ。
やがて6条のエネルギーはデュランの力とも合わさり、彩り鮮やかな虹へと変貌する。
虹の形を借りて発現したものは、今日から未来へと駆け抜ける若者たちの熱き思いそのもの。
世界の端から端まで、虹がどこまでも伸びていくように、無限に可能性を秘めた思いが留まる事は無い。


「7条の未来、虹となりて過去から呪う鎖を断つッ!! ―――名付けて【アルジェントレインボゥ】ッ!!!!」


二刀へ宿った強い思いは、何物をも超越する光牙となって黒耀の死神を圧倒した。
剣先から迸る奔流は、地上数千メートルはあるだろう【聖域(アジール)】の天井へ届かんばかりに増幅され、
高く強く、美しいまでに渦巻いている。


「―――行っけぇぇぇぇぇぇッ!!」
「―――だが、負けぬッ!!!!」


魂魄の芯から湧き出す全霊を込めた虹の光牙【アルジェントレインボゥ】は
デュランが二刀を振り下ろすのと同時に解き放たれ、
バリアフィールドを展開させて直撃に備えるロキを防御壁ごと貫いた。
7条の虹に束ねられたデュランたちの全霊は、ロキの身体を破壊するだけには留まらず、
彼の背後に聳え立つ“【マナ】の樹”の幹をも貫き、更にその向こう側に広がる都市部へも甚大な崩壊を及ぼした。
【アルジェントレインボゥ】―――7人の全身全霊を合わせて放つ最大規模の合体技は、
【最強】の称号を冠するに相応しい威力を発揮し、これまで満足なダメージも与えられずにいた
ロキのどてっ腹を貫通し、その左上半身を凄絶に吹き飛ばす事に成功した。


「やったッ!! これなら………ッ!!」


吹き飛んだ左上半身からは機械化された表面が露出し、
断ち切られた無数のコードが激しいスパークを散らしている。
エリオットだけでなく、誰がどう見てもこの一撃でもって勝敗は決した―――


「………ヌン………ッ!!」


―――かに思われたが、さすがはロキ。核放射で死滅した世界をも転生させんと目論む【マナ】の魔人。
吹き飛ばされた左半身を瞬時に再生させ、元の通りに復元してしまった。


「ふん、なるほどね。
 かんきょうふくげんゆにっと【けつぁるこぁとる】をからだんなかでかってるってわけでちか。
 あんたしゃん、ひゃっぱー、ぎょうちゅうけんさにひっかかるでちね。
 からだをそんなもんのすあなにするなんて、およそまともなにんげんのすることじゃないでち」
「それは己自身への皮肉ではないか? ゲイトウェイアーチの系譜を継ぐ者よ?
 ………貴様らの全霊は感服に値する。生身であったならば、私とて圧していた事だろう。
 しかし、所詮はヒトの浅き力ッ!! 【女神】の呪縛に依るヒトの限界ッ!!
 いかに脆弱な小石をぶつけようとも【マナ】の頂を崩すなど、もって不可能なのだッ!!!!」


最強の切り札が破れた衝撃と困憊に体力を削ぎ落とされた一同へロキの反撃が襲い掛かる。
体内へ組み込んでおいた【ケツァツコァトル】の恩恵により、
再生と同時にダメージをも快癒させたロキの【ディーサイド】は戦闘開始直後と同等のパワーでもって猛り狂い、
仲間たちと殺戮剣との間に割って入ったデュランの二刀を易々と押し返してしまった。


「足掻くなッ!! 奥義を破られた以上、貴様らに勝機は無いッ!!」
「腕を生え返させたくらいでいい気になんなよ、蜥蜴オヤジッ!!
 俺たちの本気ってのはなぁ、追い詰められてから爆発すんだよッ!!」


しかし、それで競り負けてしまうデュランではない。
体力の限りを、気力の全てを振り絞って二天の豪剣を繰り出し、【ディーサイド】を押し返した。
かつては【黄金の騎士】として勇名を馳せたロキの剣腕が宿る殺戮の刃は
デュランの技量を遥かに凌いでいるが、臆する事のないツヴァイハンダーは、【エランヴィタール】は、
未来への前進を続けて止まらない。


「我が太刀筋に随いて来れるようになったか………ッ!!」
「いつまでも同じ場所になんかいるかってんだッ!!」
「―――笑止ッ!!」


致命傷となるダメージだけを避け、軽度の負傷には目もくれず斬撃を打ち込むという捨て身の戦法で
ロキと接戦を繰り広げるデュランだったが、
僅かに触れた殺戮の旋輪に太ももの肉を削がれた事で隙が生じ、膝を付いてしまったところを
掌底で打ち据えられ、ガレキの中へ張り飛ばされてしまった。


「………チッ…、なんだこんなガレキ………ッ!!」
「大丈夫ですかッ、デュランッ!?」
「………心配すんな。これぐらいじゃ死にゃしねぇよ」
「でも…、でも………」


ガレキの山から這い出したデュランは、おそらく今の一撃で肋骨に相当な深手を負ったのだろう。
ひびれたアスファルトへ喀血を吐き出し、駆け寄るリースの顔を蒼白にさせる。
涙眼になって狼狽するリースの頭を「大したケガじゃねぇ」とデュランは撫でてやるが、
彼女を落ち着かせるには、吐き捨てた血の量はあまりに多過ぎた。


「―――そうだッ!! ガレキだッ!! 世界とは、崩れ落ちたガレキなのだッ!!」


デュランのダメージを案じたシャルロットが【エンパワーメント】の詠唱に入った時、
“【マナ】の樹”へ【ディーサイド】の剣先を掲げるロキの演説が口火を切った。


「貴様らも【マナ】の都市を眼へ焼き付けてきただろうッ!?
 愚鈍な統治者による隷属を許せば、そこに待つのはあの通りの災厄のみだッ!!
 貴様らも【マナ】の神秘をこれまで身に覚えてきたであろうッ!?
 人類が【発展】の証をッ、【進化】を簒奪せし【女神】を許してはならぬのだッ!!
 ―――ヒトの手による【進化】をッ!! 人々の意思が行き届く【社会】をッ!!
 私はッ! ヒトの往く正道ッ!! 打ち立てるためにッ!!! 笑顔で迎える【未来】のために戦うのだッ!!!!」
「しつこいんだよ、てめぇはッ!!
 【未来】ってのは【過去】の過ちを清算した先に無理矢理おっ立てるもんじゃねぇッ!!
 昨日に残したダメな後悔とッ!! 今日を分かち合う仲間とッ!!
 【自分】を作る全部を受け入れた先に、手前ェの手で切り拓くもんだっつってんだろッ!!
 誰かに敷いてもらった路の上に乗っかるのは【発展】なんかじゃねぇッ!!」
「これを見ても同じ事が言えるかァ―――――――――………………………











































「なん…だ………ここは………」


「これを見ても同じ事が言えるか―――ロキがそう宣言した事までは覚えているが、
その後の記憶がどうも判然としない。
断片的に焼きついたピースを組み合わせていっても、“【マナ】の樹”が激しく蠢き、
側面に設えられた扉のような物が開け放たれたところまでしか思い出せなかった。





(確か、そう、シャッターみてぇな扉が開いた瞬間、カッと光に包まれて―――)






そして、光が消失した途端に現れたのは、無限の闇の中に数字の“0”と“1”が泳ぐ、不可思議な世界。
大地は存在せず、遍く物体はその闇の海を漂白するのみ。






(―――そうか、どっかで見たことあると思ったら、こいつぁ………)






「これは、【ニルヴァーナ=スクリプト】………ッ!?
 【エルヴン=セイファート】へ行く際に【ランプ花の森】で使った………ッ!?」
「リースも気付いたか。………今でもハッキリ覚えてるぜ。
 【エクソダスアーク・システム】とか言う機械使った時にも
 これと殆ど同じような空間に引き込まれたよな………」


デュランは、アバラに走る鈍痛も忘れて、突然広がった理解不能な光景に眼を見開き、
傍らで身体を支えていてくれるリースも、離れた場所で固まっている仲間たちも、
塗り替えられた世界に呆然と立ち尽くしている。


「【レインツリー】の裡に広がるバイナリィ次元が第65536階層目の地平線…通称【INDICUS】。
 旧き眠りから醒めた【神獣】が【偽りの夢(せかい)】を喰らい尽くす草創の領域だ」


第65566階層目の地平線の彼方から無限の闇を掻き分けてロキが姿を現した。
相変わらず【マナ】に精通していない人間にとって意味不明な羅列だが、
それだけに人間界と異なる別次元へ引きずり込まれたのだと却って理解できた。


「【レインツリー】………?」
「今ほどまで貴様らを見下ろしていた“【マナ】の樹”の正式な名称だ。
 【聖域(アジール)】を席巻する【マナ】の全てを産み出したプラント―――
 ―――解りやすく説明するならば、機械を産み落とす母体、と言ったところか。
 その裡へ、終わりと始まりの集う場所へ貴様らを招来してやったのだよ」
「………それがお前さんの力の源っちゅうわけかいッ!」
「―――勘違いしないでいただこう。あくまで宿願達成が手段のための生産ラインだ。
 我が力の熾りは、あくまで民主への正義なのだからな」
「―――!!??」


黒耀の甲冑を身に纏う眼前のロキと全く同じ声質の、けれど少しばかり若さの乗った声が
急に背後から掛けられ、カールは仰天に飛び上がって振り向いた。


「お、【黄金の騎士】………ッ!?」
「ど、どういう事よ? なんでロキが二人いるわけッ!? あんたら、双子ッ!?」
「………違う、これは、まさか、【マナ】の力、なのか………ッ?」
「良い読みだ、獣人の少年よ。これも【ケツァルコァトル】が為せし秘儀が一つ」


果たしてそこには、【ローラント】征伐の折に炎の中へ失踪した時のままの、
10年前のままで黄金の甲冑に身を包む精悍な騎士の姿があった。
若き日のロキ。世界中の尊敬を一身に集めた【黄金の騎士】の姿があったのだ。
今の今まで目の前の当人と対峙していたのだから、不意の驚愕へのショックは激しく、
突如として現れたもう一人のロキが【マナ】を用いて形成された罠だと気付くまで
多大な時間がかかってしまった。


「「復元ユニット【ケツァルコァトル】は、記憶に残る存在を修復するナノマシンの一種。
 死滅後の世界を浄化する広域散布型は汎用性を考慮してフナムシの形状を取っているが、
 そもそもは貴様らが【インビンジブル】で体験した【アムリタ】と何ら変わらぬ。
 滅んだ世界を癒し、新たな形として再生させる【マナ】の神秘の真髄………、
 ナノマシンの集合体なのだ」」


現在と過去の、二人に分裂したロキに挟まれた一行の前で、
極小のナノマシン群が次々と擬似生命を形成し、逃れられない【過去】の遺産を産み落としていく。


「「―――そう、記憶に残る存在は、例外なく再現させられるのだよ………ッ!」」


老若の二人に分かれたロキが同時に指を弾いた途端、擬似生命は人の骨格を形作り、
ニンゲンを模した肉を骨格へ填め込む事によって姿を整えて―――――――――………………………






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