―――デュランたちの戦いが【INDICUS】なる異次元へ舞台を転換した頃、
【セワンナク】にて勃発したもう一つの決戦も重大な局面を迎えようとしていた。


「止すんだ、イザベラッ!!
 憎悪を叩きつけたところで黒の貴公子様が黄泉返るわけではなかろうッ!?
 ならばッ! 怨嗟を飲み込んだ上で新たな道を模索するが―――」
「貴様が私をイザベラと呼ぶなッ!!!!」


鋼の巨身をうねらせて中枢管理センターを蹂躙するイザベラへ
人間との共存に【新しき国】を見出した伯爵が体当たりの説得を試みるが、
復讐の想念に支配された彼女の耳へ届く言葉は無い。


「くたばれ! くたばれッ! くたばれぇーーーーーーーーーッ!!!!」


右アームに搭載されたロケットキャノンを、左アームと一体化したバルカン砲を同時に速射しつつ
胸部へごっそり積み込まれたミサイルポッドを一斉に激発させ、
伯爵を狙い打ちにするイザベラの瞳には、ただただ眼前の物体を消滅させる事のみを指向する
破壊衝動以外の感情は浮かんでいなかった。


「さぁぁぁせるかああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」


降りしきるミサイルの嵐に対抗すべく、マサルが【超激怒岩バン割り】を繰り出して鋼の床板を巻き上げた。
無数に巻き上がった床板は一種の防壁となってミサイルを防ぎ、地上への着弾前に空中で爆発四散する。
その際に生じたオーバーバースト(爆発によって生じる衝撃波)で床板の接がれた地面へ叩きつけられるが、
爆発によってミンチにされるよりはずっともマシだろう。


「賢しいわッ、虫けらがぁッ!!」
「―――ぐがッ!! ………ンにゃろぉッ!!」


しかし、ミサイル群の一斉射出程度では収まらないイザベラの狂気は
精密動作用に備え付けられたマニピュレーターへ宿り、着弾を免れたマサルと伯爵を
力任せの横薙ぎに殴り倒した。


「無知でッ、蒙昧でッ、どこまでも浅はかなニンゲン共がッ!!
 【イージーエイト】が獰猛を見よッ!! アークデーモン様と同じ、
 いや、それ以上の苦しみ味わわせ、嬲り殺し、崩れた遺骸を亡き御方の墓前へ添えてくれるわッ!!!!」
「………イザベラ………」
「同じ事を何度も繰り返させるな、裏切りの痴れ者がァッ!!
 手のひらで踊るだけの人形ごときが図に乗りおって………!!
 次に私を名前で呼んだ時が貴様の最期の瞬間と思えェッ!!!!」


背筋が寒くなるほどに重火器を内臓したパンツァーユニットの【マナ】、
【イージーエイト】の激発よりも、伯爵にとっては叩きつけられた言葉の方が
数倍もダメージが大きかった。


「………フッ………私は………、
 私は、どうやら飛んだ思い違いをしていたようだな………。
 二人で一対の毒蛇と焦がれていたのは私だけであったか………」


自分の置かれた立場、イザベラの本心へここに来て気付かされ、
ガクリと膝を折った伯爵の精神的ダメージは計り知れない。
終生の伴侶と想い、【三界同盟】崩壊後、離れ離れに行動しようと片時も忘れなかった最愛の女性(ひと)が
実は己を利用していたに過ぎないとの辛辣な現実を突きつけられたのだから、
最早自らを愚鈍さを嘲笑するより外に、伯爵には引き裂かれた心をやる瀬が無い。


「やだやだ、男ってのはコレだからイヤなんだよねぇ。
 女はもれなく自分に惹かれて随いてくるなんて、一体いつの時代の亭主関白なんだよってハナシ」
「女にも選ぶ権利があるという事を失念しているのよ。
 顔が良ければ持てはやされるなんて思春期の恋愛観をいつまでも引きずられても、ねぇ?」
「そんなんだから良いように弄ばれるんだよ。
 そこに気付くか気付かないかで男のバカさ加減が伺い知れるんだよねぇ〜」
「“男にとって都合の良い女”というモノが存在するとしたら、それは全て虚偽の計算でしかないからね。
 いるじゃない? 女性の上目遣いの仕草や甘え上手がたまらないと宣うソレ系の男性が。
 騙す側も悪いけど、むしろ騙される側の責任が重大よ。
 自分に甘えてくれてるんだって思い込んでいるから、また手に負えないわ」
「そこ行くと打ちひしがれてる“昔ホスト今フリーター”のお耽美クンは完全無欠なダメ男かな。
 思い込みでしか恋愛のできない一人上手は見苦しいだけだよ★」
「女性の腹黒さを垣間見ただけで幻滅してしまうところもマイナスよ。
 本当の女性なんて大抵はこんなものじゃない。暗部もまとめて愛せないようじゃ、
 まだまだおつむは恋に恋する童ね」
「「さり気に濃ゆい恋愛よもやま話をしてる場合かぁッ!!」」


【フェイルセイフ・イージス】と魔弾によるミサイル迎撃の防ぎ矢で
絶え間ない砲火へ対抗するランディとポポイから、
戦いそっちのけで恋愛話に花を咲かせるプリムとフェアリーにサラウンドでツッコミが入った。


「いや、だって見るに耐えない落ち込み方をしているから………」
「ワタシたちなりの励ましのつもりなんだけど?」
「すっげッ!? この人たち、傷口に塩と辛子を塗り込みゃ治ると思ってるよッ!!
 どんだけスパルタなリハビリ療法なんだよッ!! オイラ、もうビックリだッ!!」
「あーッ、コラッ、ポポイまで参加しないでくれよッ!! 僕ひとりじゃ太刀打ちできないッ!!」


弾幕の間隙を縫って襲い掛かるマニピュレーターの打撃を
なんとか【エクセルシス】で斬り返すランディだったが、数十メートル先から遠隔攻撃されている以上、
斬撃が届く間合いまで近付く事もままならない。
かと言って、迂闊に接近すればミサイルの餌食になるだけだ。






(―――? ………あれは………)






歯がゆい思いを噛み殺して防戦に徹するランディは、横跳びでミサイルの狙撃を回避した際、
ユラリと立ち上がる伯爵の姿を目端に捉え、その不可思議な様子に小首を傾げた。


「カッちゃん………?」


縦横無尽に飛び交う砲火の前に、ランディと同じく歯噛みしていたマサルも
パートナーの変貌に疑問を持ったようだ。
立ち上がっては蹲り、小刻みに震わせた身体をくの字に折り曲げる伯爵へ慌てて駆け寄ろうとしたその時―――


「ごっ………おぉ………がああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッ!!!!」









―――メキメキメキメキメキメキ………―――









肉と骨を変質させる不気味な音を立てながら伯爵は妖光へ包まれ、
次の瞬間には、全身に百眼を張り巡らせる異形の魔獣へとシェイプシフトしていた。


「かっ、カッちゃんッ!?」
「以前に話したろう、マッちゃん。
 我ら【サタン(支配階級魔族)】は人型と魔獣型の両方の姿を有するとな。
 ………これが我が異形、【カトブレパス】と忌まれし真の姿よ………ッ!!」


二回りも肥大した伯爵の異形は魔獣というよりは怪獣と呼称した方が正しいと思えるほど
雄々しく、そして禍々しく、フェアリーをして“昔ホスト今フリーター”と言わしめた
壮美な姿は見る影も無くなっていた。
筋骨隆々な四肢が脈を打つ巨躯は【イージーエイト】に勝るとも劣らず、
羊のそれへと変貌した上半身、そして頭部へ張り出した幾つもの角が頼もしい半人半獣の百眼妖魔、カトブレパス。
それが、邪眼の伯爵の正体だった。


「―――いや、そうじゃなくて、なんでそんなカッチョイイ切り札を
 披露してくんなかったんだよッ!!
 ハイパーモードに変形なんて男のロマンじゃねぇか、ロマンッ!!」
「いいよな、怪獣ッ!! オイラの中で“抱かれたい怪獣”のトップランカーに躍り出たよ、それッ!!
 今度…っていうか、これ終わったら背中に乗せてくれよ、な、な、な?」
「ず、ずるいぞ、ポポイ! あの、じゃあ、僕は一緒に写真撮って貰いたいな、と。
 かっこいい怪獣と同じフレームに収まるのは男の子の永遠の夢だし………」
「ランディまで興奮しないの! ………まったく、男というのは本当にどうしてこうなのかしら?
 ―――ま、力押しでグイグイ引っ張るタイプが最後には印象に残るのも事実なのだけれどね。
 いいんじゃない? それくらいパワフルでなければ、離れた心を引き戻す事は出来ないのだから」
「そうそう! 人も魔族も外見じゃないんだよっ!
 綺麗な仮面を脱ぎ捨てたキミは、今、ホントの大人になったんだっ!
 当たって砕ける確率のが高いけど、やるだけの事をやっちゃいなさい★
 ………ま、ワタシはゴメンだけどね。爬虫類みたいなのと並んでデートなんて、想像だけでゾッとするし」


魔族の中でも一際グロテスクな外見を持つ姿を衆目に晒す事を嫌う伯爵だが、
どうやら仲間たちは、この変貌に何らマイナスな感情を持つ事無く
すんなりと受け入れてくれたようだ(一部物言いが悪い者も含まれているが)。






(………これだからニンゲンは面白い………ッ!!)






同胞の魔族からも忌まれる姿を受け入れてくれる仲間たちの存在が伯爵には何より嬉しく、
ただそれだけで【新しき国】目指して前に進む勇気が湧き立つから不思議なものだ。


「………そう言う訳だ、イザベラ。狂妄の変質者にまで身をやつすつもりは無いが、
 私は私の愛をもってお前と相対する………お前を止めてみせる………ッ!!」
「警告はしたぞッ!! 二度と私を名前で呼ぶなと―――――――――ッ!!!!」


確たる決意を秘めた伯爵の宣言はイザベラの逆鱗に触れ、リロードの完了したミサイルポッドが
数限りない白煙を巻き上げて激発を再開した。
しかも、バルカン砲、ロケットキャノンの正射に加えてランドセル部分(背面パーツの一種)のパイロンへ
搭載されたレールキャノンまでも投入し始めたのだから、先ほどまでとは比べ物にならない破壊力が襲い来る事になる。
電磁波を利用して砲弾を速射する兵器“レールキャノン”は、重火器に分類される兵装の中では最強クラスの武器。
まともに直撃を受ければ、それだけで肉体は弾け飛ぶだろう。


「またしてもミサイルとやらか………!
 だが、【魔族】が妖気の真髄、知らぬお前ではあるまいッ!!」


恐るべき重火器にどう対抗する―――ランディたちが固唾を呑んで見守る中、
伯爵は全身から張り出した百眼を妖しく輝かせ、そこから一斉に【石化の呪い】の光線を放射した。
全方向へ飛び交う光線はミサイル群を迎え撃ち、爆裂する前に内蔵の火薬ごと石のオブジェへと変質させてしまった。
原理としては、ポポイが先ほど試みた防ぎ矢………つまり、こちらから飛び道具による射撃を仕掛け、
中空で爆発させてしまおうというものだった。
必殺の【石化の呪い】でこの技法を応用した伯爵の工夫勝ちか、一斉射撃されたミサイルは
ことごとく伯爵の眼前で石へと変わり、ゴトリ、と爆発もなく地面へ墜落して果てた。


「今よりこの場でミサイルは通用せんぞ、イザベラッ!!」
「ほざけ…裏切り者がッ!! ならばこの手にて八つ裂きにしてくれるわぁッ!!」


防ぎ矢の工夫としては最良の策を取った伯爵へ、今度はマニピュレーターが伸びた。
精密可動する先端からは鋭いドリルやレーザーブレードが飛び出し、
文字通りに伯爵を八つ裂きにすべく強襲を仕掛けてくる。
しかし、伯爵は一歩も引かなかった。引かないどころか、自らマニピュレーターへ挑み、
勇敢にも両手の握力でもってその進行を食い止めた。


「掴んだ………だとぉっ!?」
「………今日まで離れ離れでいたのだ。
 再び会えたこの日から、私は二度とお前を離しはしない………ッ!」
「くッ、色情魔風情がッ!!」


マニピュレーターを掴んだ伯爵と、掴まれた側のイザベラの攻防が一進一退のままジリジリと続く。
だが、【マナ】のモーターから生まれるマニピュレーターの馬力は伯爵の握力を徐々に押し始め、
滲んだ血に濡れる掌を少しずつ、少しずつ、焦れるような緩やかさで滑り、
マニュピレーターは、あと少しで伯爵の心臓を貫いてしまう距離まで突き詰められていった。


「ぐ…ぬ………ぐうぅぅ………ッ!!」
「く…くくっ…、こうも追い詰められては、
 怖気の出るような悪言を吐く余裕もあるまいッ!?」
「………何を言う。お前へ捧ぐ愛は、いちいち口に出すまでもない事。
 ………否ッ! 語り草では到底伝えきれぬのが我が愛よ………ッ!!」
「………へ…、減らず口ばかり…をぉッ!!」
「―――が…ぐああああぁぁぁッ!!」


パワーとパワーの持久戦はとうとう【マナ】の駆動力へ軍配が上がり、
伯爵の腹部のど真ん中をマニピュレーターが穿った。


「カッちゃんッ!!」
「案ずるな、マッちゃん………!!
 これしきの軽傷で灯火消えるほど、私の命数は安くないつもりだッ!!」


だが、肉を削ぎ、骨を砕く精密可動に腹をブチ抜かれようとも伯爵は諦めず、なおも前へ出ようと踏ん張る。
己の愛を貫くため、豪胆なる気迫でもって敢然と踏ん張る。
鋼の気迫に慄いたイザベラが、たじろいでマニピュレーターを引き抜いた瞬間を見極めた伯爵は
後退する機械腕を脇で挟み、ガッチリと寸分の隙間もなく押さえ込んだ。


「貴様…、カトブレパス…!! どこまでも往生際の悪い………ッ!!」
「お前を取り戻すまでは何があろうと生きる事を諦めぬさ。
 ………それに【新しき国】が私を待っているのだ。こんな場所で死ぬわけにはいかぬよ」
「【新しき国】…ッ!? アークデーモン様を裏切った貴様が世界の何を語る口を持つッ!?」
「無論、【共産】だよ、イザベラ。
 黒の貴公子様が描いた【共産】の夢は、【新しき国】にこそ在るッ!!」
「………………………」
「私はな、イザベラ、人間と触れ合う事で今まで想像もしなかった世界を知る事が出来たのだよ。
 ………おかしくば嘲ってくれ。下等と侮ってきた人間に、様々な事を教授されたのだからな。
 これほど滑稽な愚者、そうはいない」
「情にほだされた愚か者ではないかッ!! 嘲る声の方がよほど惜しいわッ!!
 人間などという魔族に弄ばれるだけの猿に謙るとは、なんと恥知らずな事よッ!!」
「イザベラ、なぜ、我ら魔族は人間との間に序列を引いて一線を画したのだ?」
「なに………?」
「種族の隔たりから、我らは人間を理解しようとせず、
 【女神】に縁らねば魔法も行使できぬ人間を下等種族と見下してきた。
 ………よく考えてみてくれ。技術の有無のみで序列が付くものなのか?
 生命とは、それほど軽薄なものなのか?」
「………………………」
「人間と魔族、種族が異なるというだけで我らは争ってきた。
 ………しかしな、触れ合ってみて解ったのだよ。人間はそれほど悪いもんじゃない、と」
「………………………」
「人間も魔族も、みな、生けとし生きる者は、皆、平等なのだ、イザベラ。
 魔族が人間から教わるものもあれば、魔族が人間へ教えられるものもある。
 ………平等であるなら、争う理由はどこにも無くなる」
「だからなんだッ!? 貴様の世迷い事にアークデーモン様が理念を引き合いに出すなど、
 おこがましいにも程があるぞッ!! あの御方の理念から外れた貴様が語ってくれるなッ!!」
「それは違うッ!! 黒の貴公子さまが【共産】の理想、忘れた事は片時とて無いッ!!」


咆哮に呼応して、掻き抱いたマニピュレーターへ込められる伯爵の腕力が一層強まる。
ガッチリと万力で固定されたかのようなマニピュレーターから絶え間なく上がっていた摩擦音は、
いつしか亀裂が走る悲鳴に変わっていた。


「人間と魔族が幸せを共有し、笑顔でいられる【新しき国】こそ、まことの【共産】だッ!!」
「なにを言う………!?」
「【共産】とは、【社会】の財産を共有する理念を指す言葉ッ!!
 なればこそ、志半ばで倒れたアークデーモン様の後継となりて【共産】を成し遂げるが我らの本懐ッ!!
 【新しき国】の樹立を盟主への供養と変えるのだよッ!!」
「綺麗事で誤魔化そうとするなッ!!」
「当然だ。私は、愛しいお前には綺麗なものだけを見ていて欲しいのだから………」
「―――な………………………っ」


【マナ】の駆動力をも上回った伯爵の剛腕を忌々しげに睨み付けるイザベラの視線へ
真摯な想いの込められた眼差しが重ねられ、彼女は言葉を失った。

別な男を立てるための道具として利用されていたと言うのに、愛など無いと切り捨てられたはずなのに、
伯爵が投げかけてくる眼差しはどうだ。別れたあの日と何ら変わらない愛情に満ちた眼差しは何なのだ。
利用されていた事への怒りで歪んでもおかしくないのに、どうして変わらずに愛を囁ける?
考え得る限り最も醜い本性を見せ付けられたのに、どうして綺麗なものを見せたいと優しくなれる?

理解のできない程に深い愛情で包み込んでくる伯爵の眼差しがイザベラを釘付けにし、
続く怨嗟の言葉を飲み込ませた。


「………それでは貴様は………私に…許せというのか?
 私から全てを…、アークデーモン様を奪った人間を………ッ!!」
「今すぐに割り切れと言うつもりは無い。だが、イザベラ、いま少し待ってはくれないか。
 私と共に人間と触れ合い、彼らの綺麗な姿を見つめてみないか?」
「………………………」
「そうすれば、私の言葉の意味がお前にも通じると思う。
 憎しみに支配されそうになったら私を殴ればいい。信じられなくなった時は私を罵ればいい。
 ………だが、結論を出すのだけは待ってくれ。
 イザベラ、私はお前に綺麗な物だけを、綺麗な【新しき国】を見せてやりたいんだ」
「………………………」
「アークデーモン様亡き今、暗夢に彷徨うお前の支えになりたいんだ。
 だから………」
「…せる……んか…!!」
「イザベラ………?」
「許せるもんかッ!! 許せるわけがあるもんかぁーーーッ!!!!」


子供が癇癪を起こしたような絶叫を弾けさせたイザベラが
無茶苦茶にトリム(操縦桿)を暴れさせた拍子にマニピュレーターがへし折れ、
反動を受け流しきれずに【イージーエイト】ごとひっくり返った。


「アークデーモン様の御心を踏みにじったお前が【共産】を謳うなッ!!
 アークデーモン様が滅ぼさんと苦心された人間へ迎合したお前が大口を叩くなッ!!
 アークデーモン様の【共産】を己の都合よく捻じ曲げるお前が―――――――――………ッ!!」


無様に転がりながらもなんとか体勢を整え直し、もう一度ミサイルの嵐を降らせるべく全砲門を
有効射程範囲へ向けた時には、伯爵はもう眼前まで迫ってきていた。


「それでも私はお前に愛を囁き続けるよ、イザベラ」


―――殺られる………と思った瞬間、急に伯爵の、カトブレパスの巨躯が小さく縮み、
いつの間にか、フェアリーをして“昔ホスト今フリーター”と言わしめた、
耽美な人間型の姿に戻っていた。
そして、呆気に取られるイザベラがトリムを握るコックピットに素早く乗り込み、
彼女の耳元で再び愛を囁く。


「………――――――………ッ!!」


その瞬間のイザベラの表情を言葉で例えるのは難しい。
耐え難い羞恥に怒っているようで、それでいて小さな女の子のように泣き出しそうで、
そうやってくるくる変わっていく内、好きな相手から思いがけず告白を受けた乙女のように
初々しく頬を朱に染めて、最後に、本当の最後に、どこか救われたような安堵の涙を一粒溢した。


「今は、今だけは、しばし恨みを忘れて眠れ、愛しき君よ………」


壊れた万華鏡のようにくるくると移ろう感情の波へ押し流されたイザベラは
許容し難いココロの起伏に疲れ果てたのか、落涙の後、カクンと伯爵の胸の中へ倒れこんだ。
糸の切れた人形を思わせる脱力だったが、彼女をいとおしげに抱き締める伯爵の様子から察するに、
生命に別状は無さそうだ。


「今世紀最大のキザ男を、ワタシは目の当たりにしているっ!?
 ………っかぁー!! イボ! サブイボ出ちゃうよっ!! クサ過ぎてっ!!
 怪獣大決戦から一転メロドラマなんて反則技までかましてくれちゃってさ!!
 観てる側はどうリアクションすりゃいいかわかんないじゃんかっ!!」
「聴きようによっては偏執的な発言ばかりよね。あれこそ男の思い上がりの権化よ。
 女性の敵よ。なんだったかしら、………『それでも私はお前に愛を囁き続けるよ』?
 あれで堕ちない女性がいるとすれば、よほど脈が無いか、極めて特殊な恋愛嗜好を有する人間ね」
「だから言ってるじゃん、“昔ホスト今フリーター”ってサ。
 フリーター感覚で飄々と渡り歩いておきながら、いざとなったら現役時代のカリスマっぷりを発揮!
 コロッと女の子をオトすなんて、さすがは外道畜生ならではの力技だよ」
「あのテの顔は一途と見せかけて、外に愛人を囲うタイプではないかしら?
 しかも本妻と愛人の双方をうまく切り盛りして二重生活を楽しむような」
「【女神的】には、もう永遠の呪縛をふっかけて、輪廻転生してもつがいのまんまにしときたいね。
 あンの腐れホストを野放しにしたら、そこら中に魔族の子孫がポコポコ量産されちゃうし。
 ―――うッわッ!! メーデーメーデー!! 人間界の生態系が乱され壊されるぅっ!!」
「そうね、未来永劫の足枷で縛り付けてあげなさい」
「………なんでそう無理矢理良いシーンをぶち壊しにするかなぁ………」


見事な伯爵の決着に滂沱の涙を流して感動するマサルの傍らに立って
女性陣の会話へ耳を傾けていたランディは、そのあまりにブラックな内容に
口元をドン引きの形へ歪めて溜息を吐いた。


「でもさ、あんだけ恨み節全開だったってのに、なんで急に攻撃やめちゃったんだろ?
 プリムの姉ちゃんたちが言うように、ホストばりのゴールドフィンガーでも解放させちゃったんかね?」
「それは、だって、ねぇ、プリム★」
「ええ、そうよね、フェアリー」
「………いや、二人で納得されても、オイラにゃわっかんないからさ」


あくまで利用する道具としてだが、昼も夜も一蓮托生に行動を共にし、
愛を囁いてくれる男性に対してイザベラがどんな感情を抱いていたのか、
それは誰にも解らないし、もしかするとイザベラ本人にすら理解し難かったかも知れない。
人のココロに答えを求めるのは詮の無い事だが、それでもプリムとフェアリーの二人は
イザベラへ宿ったココロの揺らぎがどんな物か看破し、顔を見合わせて頷きあう。
推理された予想は、おそらく間違いではないだろうから。


「ま、キミみたいなネンネにもいつか解る日が来るよ★」
「な、なんだよ、それ!! こんなところで子供扱いすんなよなぁっ!!」
「―――他人の色恋に首を突っ込むよりも、
 ほら、貴方には貴方の役目が残っているでしょう?」
「………むぅ〜、なんかうまい具合にはぐらかされた気がすんだけどなぁ〜………」


イザベラと伯爵のやり取りを今一つ理解できず、ポケーっと佇んでいたポポイの背中を
中枢管理センター内のコンソールへとプリムが促した。
そう、【エルフ】として生まれ、専門職では無いにせよ【マナ】に精通するポポイには
やらなくてはならない仕事が残っているのだ。


「さすがは【マナ】ってトコだね。
 あれだけの砲撃に曝されたってのに、コントロールパネルにゃ傷一つ付いちゃいない。
 バリアフィールドでも自動展開したかな?」


ヒースが破損した【マナストーン】を基に製造したシステムジャッカーの【マナ】、
通称【エデン】を使用して【聖域(アジール)】の機能を掌握するという大仕事だ。
これが成らなければ、最終決戦に勝利を掴む事は出来ない。
失敗の許されない戦いを直前に控え、ポケットから【エデン】を取り出すポポイの指先は微かに震えた。


「………へ、へへ………っ、なんだよオイラ。ガラにも無くブルッてやんの」
「ポポイ………」
「ちょっとくらいビビり入ったっていいよな、兄ちゃん。
 なんてったって世界がどうなるかって瀬戸際なんだしさ。
 ―――その代わり、カッコ悪いとこ見せちまう汚名は、最後にゃキチッと返上すっからっ!」


気遣わしげに見守るランディにサムズアップして笑顔を見せたポポイは
両手で自分の頬を引っ叩いて気合いを入れ直すと、
世界の命運を握ると言っても過言ではない【エデン】を小脇に端末へと手を伸ばした。


「そいじゃ、ちょいと世界ってヤツを救ってみますかぁっ!!」






←BACK     【本編TOPへ】     NEXT→