(………【未来】………だと? 【未来】を伝えるだと………?)






これのどこが【未来】の形だと言うのか。
新世界への【革命】に大義を唱えるロキに言わせれば、彼らの戦いなど、
往生際を弁えぬ負け犬の悪あがきにしか見えない。
どれほど現実を突きつけようと、どれほど絶望を強いろうと諦め悪く喰らい付く負け犬だ。






(―――だと言うのに、これは何だ………?)






見苦しくてかなわない負け犬の咆哮に強い息吹を感じるのは何故なのか。
ガラスの破片のように微かに胸へ突き刺さる揺らぎは、言い知れぬ恐れは何なのか。
悪あがきと罵る彼らの愚直な戦いに、まことの【未来】を司る自分がどうして心を動かされる?
彼らが絶望を乗り越える度に心の奥底で灯っていく熱い熱情をどう説明する?






(【未来】などと呼ぶには、あまりに醜く、脆弱なこの息吹………。
 ―――………されど、この息吹…、私はどこかで………)






『穿って見れば茶番でしかない熱血パワー勝負に心震わされるとは、
 あなたも随分なおセンチ様ですねぇ』


この息吹を、私はどこかで感じている………。
不意に脳裏を吹きぬけたセピア色の風を、若き日の想い出を微かに甦らせる古い風を、
………【革命】への意思へ波紋を落とす風を心の裡から強引に追い出そうと己の胸を叩くロキの耳元へ
この上ない厭味がたっぷりが込められる声が飛び込んできた。


『私としても熱血パワー勝負は好みの範疇ですが、何分これは世界の命運がかかった大一番。
 もっと効率のよいスマートな方法で勝ちを取らせていただきますよ』


突如、降って涌いた闖入の声に何事かと【情報の海】を見回すロキの目の前に
声と比例して表情にまで憎々しい嘲笑を浮かべるヒースが
【デジタル・ウィンドゥ】へ投影される形で姿を現した。


「卿………、ヒースッ!!」
『相変わらずの俺様理論を拝聴させていただきましたが、全くもって温いですねぇ。
 私の思考を読んだ? 貴方が? ハッハハハ………、お笑い種も良いところですよ』
「バイナリィ領域へ入り込んだ程度で何を勝ち誇る?
 貴様が目論見は、システムジャックは………―――………ッ!? まさか………ッ」
『―――そう、外部からは接触不可能なはずのバイナリィ領域。
 そこへ私が介入している事が何よりの証拠ですよ』
「………………………」
「どういうこっちゃ!? お前さん、いったいどこで何しとんねんッ!?」
『私はね、ロキ氏が私の思考を読んで善後策を練るという事を読んでいました。
 私の指示を受けた者が、中枢管理センターから仕掛けるハッキングを防ぐとね』
「裏を掻いたってわけか………。てめぇらしく狡賢い策だぜ」
『誉め言葉と受け取っておきますよ、デュラン君。
 ………それでね、私も一つ芝居を打たせていただきましたよ。
 私が直接【レインツリー】へシステムジャックを仕掛ける間、敵の目を引き付けておく道化を、ね。
 【黒耀の騎士】ともあろう方が実に面白く踊ってくれました』
「………まさか、お前………」
「ランディさんたち、囮に、したっていうの!?」
『敵の目を欺くには、まず味方からというわけです。
 何も知らないランディさんたちは、全身全霊で【セワンナク】攻略に当たってくれましてね。
 ダミーの【エデン】が起動しないと連絡してきた時のポポイ君の顔と言ったら………くくっ…!』


最初からこのつもりだったのか。
ロキの自信の裏を掻き、ランディたちを囮に敵の目を引き付けている内に
悠々と自分は自分の仕事を、【レインツリー】へ直接攻撃を進めていたというのか。
しかも、ポポイに手渡したものは【エデン】のダミー。
本物はヒース自身の手元で【レインツリー】を攻撃しているというのだから余計にタチが悪い。


「おのれ………、どこまでも狡猾な………ッ!!」
『もう間もなくシステムの書き換えが完了します。
 貴方もろともバイナリィ領域をクローズして【神獣】の永久冬眠もハイ完了。
 ………貴方の負けですよ』
「ていうか、ヒース、あんたしゃん、なんか、かおがいがんでないでちか?」


忌々しげに歯軋りするロキに対して「全ては掌の上♪」と高笑いするヒースの頬は
シャルロットの言葉にもあるように、【デジタル・ウィンドゥ】越しに見てもハッキリ分かるくらい変形していた。
よくよく目を凝らすと顔中青あざ擦り傷だらけ。右の瞼の上などは明らかに腫れている。


「………何やってんだ、お前」
「おい、ビル、ベン、こりゃあ、どういうこっちゃ?」
『ホークの兄ィ、いやね、こいつはですね、………なぁ、ベン』
『オ、オウさ………』


だいぶテンションが乗っているのか、勝ち誇ったまま周囲の声が耳に入らなくなっているヒースに代わり、
【デジタル・ウィンドゥ】の隅で居た堪れない様子でいた護衛のビルとベンが
デコボコな顔面についてのあらましを明かし始めた。


『ダミーの【マナ】とは知らないポポイくんが起動しないと緊急連絡を寄越しましてね、
 そん時になってようやく事の真相を知らされて、
 騙されてる事を知ったランディの兄ィたちが、ねぇ………』
『………オウさ』
「………はぁ、なるほどな。ブチ切れてヤキ入れてきたっての―――………
「「「「「当たり前じゃボケェェェェェェェェェッ!!!!!!!!!!」」」」」


事の仔細に納得したデュランの呆れたような溜息は、
それを吐き出す寸前に割り込んできた怒号で無理やり飲み込まされた。
怒号の主は、この【INDICUS】に存在する筈もない声。
だからこそデュランは驚きに目を見開いて息を呑んだのだ。


「お前ら………」


微かに開いた外界との穴から飛び込んできたのは、ランディたち4人とマサル。
【草薙カッツバルゲルズ】の仲間たちだった。


「こんな風にコケにされたら誰だってキレるっつーのッ!!
 【女神】への冒涜だよッ!! ジョークでも何でもなく、あンのペテン師、確実に報復してやるよッ!!
 ワタシが【女神】になった暁には、ありったけの不幸をお見舞いして生き地獄ッ!!
 ポックリ逝ったらポックリ逝ったで、地獄へ落として魂のシンまで激痛の走る拷問にかけてやるッ!!
 死んでも生きても絶望の日々をプレゼントしてやるぁぁぁッ!!」
「温いッ!! 真綿で首絞めて通じる相手ではないわッ!!
 ここは薄皮を剥ぎ取った肉へ焼けに焼けた火かき棒を直接押し当てるが定石ッ!!
 気絶したら魔法で気つけ、痛みで悶死するまで永久に肉を焼き続けて差し上げようじゃないのッ!!」
「そん時ぁオイラも混ぜてもらわなきゃなッ!!
 オイラが一番バカ見てんじゃんッ!! てかバカ丸出しだったじゃんッ!!
 ビビッて震えちゃって、『そいじゃ、ちょいと世界ってヤツを救ってみますかぁっ!!』だってッ!?
 紛いもん掴まされたクセにすっごいカッコつけちゃったッ!! すっごい間抜けじゃん、オイラッ!!
 火かき棒なんて甘っちょろいッ!! オイラが地獄の業火を吹きつけてやんよッ!!」
「まぁ、待て、落ち着けよ、三人ともッ!! 物理攻撃より社会的制裁のがよっぽど効果があるってッ!!
 複数の詐欺を刑事告発して長い永い拘置所生活を味わわせてやるのさッ!!
 誰の救いもない、外界との接触もない孤独と裁判による糾弾の日々ッ!!
 それが終われば懲役ン十年の服役がお待ち兼ねッ!!
 自己顕示欲の強いあの大天狗の鼻っ柱をへし折るにはこれっきゃないッ!!」
「………うへぇ〜、かしまし三人組はともかく、ランディも意外と言うじゃねぇの………」


最強の援軍―――というよりは、「愚痴を聞いてくれッ!!」と言った風情で
口々にヒースへの鬱憤不満・罵詈雑言を吐き捨てている。
囮に利用されたのが相当頭に来ている様子だ。状況を考えれば無理も無い話だが………。


『―――というわけだ。ヒース博士へ思いの丈………というよりも報復をぶつけると、
 お前たちのいる異次元空間へすぐさま援軍に走った、という次第だ』


相変わらずハイテンションのヒース、怒り狂う5人の援軍に代わって
【デジタル・ウィンドウ】の向こう側にいる伯爵が言葉を繋いだ。
伯爵の胸の中では、疲弊しきったイザベラが今も安らかな寝息を立てている。
その様子にリースが満足げな微笑を浮かべた。


「………貴方も目的を果たせたようですね」
『お陰様で一先ずはな。………しかし、まだまだこれからだ。
 【新しき国】への礎は一歩を踏み出したところ。こいつの為にも【新しき国】を築かねばならん。
 しかし、【黒耀の騎士】を止めねば、我らの【夢】は水泡に帰す。
 ………戦い鎮まりし遠き外界にて愛しい者抱く私に云えた言葉ではないかもしれぬが―――』
「………………………」
『―――………託した!』


かつては憎んで恨んだ宿敵からエールを送られていると言うのに
不思議と昂ぶっていく自分の気力の高揚を、リースは皮肉と共に感じていた。
リースだけではない。デュランも、エリオットも、皆みんな、援軍に駆けつけた五人も含めて、
こうして【未来】の道へ集まった【絆】の不可思議さに、ほんの僅かな皮肉と大きな高揚を感じていた。
人間も、魔族も、獣人も、エルフも何もない、まだ誰も見た事の無い【未来】の扉が開かれようとしている。
これほど【希望】への勇気が沸き立つものはない。


「…さぁて、覚悟決めてもらおうか、黒いおっちゃん。
 【レインツリー】に格納されたマザーコンピューターがジャックされるって事は
 動力供給もストップするってこった。ここまで踏ん張ってもらって残念だけど、オイラたちの勝ちは確定だぜ」


ポポイから勝敗の趨勢を突きつけられたロキは、悔しさのあまり身体をくの字に折って震えているかに見えたが、
よくよく観察すると、なにやら笑いをかみ殺しているようだった。


「な、何がおかしんですか? 僕らの勝ちだと言っているのに………」
「頭おかしくなっちゃったんじゃない?
 偉ぶってる重役に限って、いざって時に壊れやすいし★」
「この世で最も偉そうな貴女が言う台詞じゃないでしょう………」
「―――………これが笑わずにいられるか、【ジェマの騎士】よ。
 せっかく貴様らが折った骨も無為な損よ………ッ!!」
「何っ………!?」


しつこいほど【デジタル・ウィンドゥ】の向こうで続いている
勝ち誇ったヒースの高笑いへロキも高笑いでもって返す。


「これを………見よォッ!!!!」


有利から一転して劣勢へ追い込まれたというのに、なぜ、高笑いを返すことができるのか。
気でも触れたのではないかと訝るデュランたちの目の前で、
何を思ったのか、ロキは、突然自分の胸を自分自身の手で貫いた。
貫き、胸部の装甲を剥ぎ取り、左胸から何か球体めいた物体を抉り出し、高く高く、掲げる。


「【マナストーン】………ッ!!」


ロキの手の中で輝きを放つそれは、肉体を機械化した彼の心臓とも言えるモノであり、
デュランたちにも大いに見覚えのあるモノ―――【マナストーン】だった。
それも、【常闇のジャングル】で手に入れた物より遥かに大きく、
剥き出しになった左上半身の殆どを占めていた。


「………動力は機械化された私にとって生命線。
 万が一を想定して独立した動力源を、都市動力型の【マナストーン】を備えておいたのでな。
 こちらこそ残念だったな、小さき勇者よ。
 貴様らの奸計如きでは【革命】の炎を吹き消す事は出来ぬ………ッ!!」


ロキの手に在る【マナストーン】の放つ激光が凄まじさを増していき、
それに鳴動して【INDICUS】の亜空間が震え、捩れ、歪曲する。


『あ、兄ィ!? どうし――――――………………』
「な、なんやこりゃッ!? なにが起こっとるんやッ!?」


強制的に【デジタル・ウィンドゥ】がシャットアウトされ、
ランディたちが飛び込んできた大穴も閉ざされた。


「………とは言え、【聖域(アジール)】の機能を征圧された以上は、
 【神獣】を解き放つ事は不可能………こちらの不利も認めようではないか………」


烈震する亜空間の全方位から無数のコードが張り出し、ロキの身体へ巻き付く。
無数のコードの次は、【マナ】の群体だ。鋼の装甲、巨大な兵装………幾つもの巨大な【マナ】が
【情報の海】から飛び出し、ロキを飲み込んだ。
飲み込んで、【レインツリー】を模したような大樹へと組み上がっていく。
………何かは分からない。だが、何かが、何かとてつもなく恐ろしい変化がロキの身に起きているは確かだ。


「………クソオヤジ………ッ!!」


【禁咒】の忌み名を持つ滅びの【神獣】―――八基のミサイルを取り込んだ時には、
ロキの肉体は既に人間の域を超越し、【レインツリー】が畸形に肥大化されたような、
一塊の極大な【マナ】と化していた。


「―――【聖域(アジール)】が機能、死に絶えたならば、我が身を破壊の業火と燃やし、
 【イシュタリアス】へ【革命】の旭日をもたらすまでッ!!!!」


極大の【マナ】群体を【シュワルツリッター:カテドラル】と自称したロキは、
血管のように無数のコードが絡みついた右腕を、幾つもの砲身が迫り出した右腕を、
威容への変貌にも動じない【草薙カッツバルゲルズ】へと向けた。
太陽さえも覆い隠してしまいそうな巨躯は天を貫く魔塔を思わせ、
背後に取り込まれた八基のミサイルは放物線を描きながら突き出しており、
どこか神仏から差し込む後光にも見える。
世界中のどこへでも速射できるように狙いを定めた核ミサイルは後光と尊ぶにはあまりに禍々しいが、
大樹を模した圧倒的なまでの威容からは、なるほど【カテドラル(大聖堂)】を名乗るだけの
荘厳さを感じ取る事が出来た。

だが、その荘厳とは、あくまで極刑を振り落とす執行官と同じ終末の威力を宿したものであり、
生命を慈しむ神仏のそれとは大きく異なっているのだ。
何があっても、どのような大義名分が立とうとも、決して受け入れるわけにはいかない。


「ヘッ…、文字通りの剣林弾雨を掻い潜ってきた俺たちだぜ?
 今更そんなトンデモ兵器に変身されたくれぇでビビるかってんだッ!!」
「おんなじ失敗繰り返しても懲りない人種をバカって言うんだよ★
 御託御高説並べ立ててくれたけど、こんな初歩的な宇宙の大原則を
 理解してないなんて、キミってば、図体だけはでっかいクセして、
 脳ん中はまるでガキんちょだねっ!!」
「フェアリーの言う通りだわ。これまで一度たりとも私たちを圧倒できなかった【マナ】を、
 敗れた力をいくら結集させようと無意味の極みね。
 試行錯誤もせず強大な力へ溺れた者に待つのは破滅のみよっ!!」
「アンタに【夢】があるように、オイラにも【夢】があんのさッ!!
 ………わかってないようだから教えてやるよ。
 【夢】ってのは、誰かを踏みにじって叶えるもんじゃないッ!!
 誰かの、みんなの【夢】と結んで初めて花開くもんなんだッ!!」
「【ジェマの騎士】とか、【社会正義】とか、肩書きもお題目も関係無いッ!!
 【イシュタリアス】に生きる一人の人間として、貴方を止めてみせるッ!!」


【聖剣・エクセルシス】を携えたランディを筆頭に、援軍へ駆けつけた5人が一歩前へ出る。


「ッしゃあ!! お前ら、【イシュタリアス】きっての未来ッ子、
 エリオット・アークウィンドに随いて来いよッ!!
 置いてけぼりになったって、ボクは責任持たないからなぁッ!!」
「ナマ言ってんじゃねっつのッ!!
 【未来】ってヤツは、足並み揃えてやっと追いつくもんなんだからな!!
 ………なぁ、モラルリーダー?」
「いいんじゃない? 向こう気が先に飛んでるくらいでさ。
 ナヨナヨクヨクヨしてたら、このデカブツみたいに【未来】を見失っちゃうものッ!!」
「元気だったら、オイラの、得意分野だっ!!
 誰にも負けない、誰にも止められない、かけっこ、元気全開で走り抜けてやるッ!!」
「若いもんの全力疾走が、コケて疲れてバテてしもうた時に手ぇ差し伸べるんが【大人】の仕事や。
 ………さっきも言うたやろ? 【大人】の領分履き違えて、子供の歩みにまで手ぇ出す無粋な輩は
 ワイが尻ブッ叩いて矯正したるわッ!!」
「―――んま、こっちもこっちでごたくごこうせつならべさせてもらいまちたけど、
 はやいはなし、じだいおくれなおっさんはすっこんでろってことでち。
 たすけがひつようになったらこっちからあたまさげにいくでちから、
 それまでえんがわでちゃでもすすってるでち、このくたびれたくわんがっ!!」


プリムの【エンパワーメント】で傷を治療された先発隊も負けじと彼らに肩を並べた。


「しゃあねぇな。ここはリースの言う通り―――」
「―――えぇ、私たちの【未来】を示しましょう、デュランッ!!」


デュランの二刀とリースの銀槍【ピナカ】がロキの砲門と正面から突き合わせる。
その構図は、そのまま【未来】へ向かう者と【過去】へ拘泥する者との決戦の構図。

【草薙カッツバルゲルズ】が選んだ【偽り】か、ロキが狂妄する【消失】か。
明日に迎える【イシュタリアス】の命運は、この交錯にて決する―――――――――。






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