「だからオイラ言ったべ? 過度に期待したら痛い目見るってさ」
「うっさいッ!!」
「ポポイに噛み付いてやんなよ、せっかく一緒に来てくれるってのにさ」
「こいつだってあの【ジェマの騎士】の一味なんだ!
 いつ寝首かかれるかわかったもんじゃない!! そもそもスパイなんじゃないか!?」
「コラッ! エリオットクンッ!! 人の厚意をそんな風に言っちゃダメでしょッ!!
 ―――ごめんなさい、ポポイさん。エリオットクンが酷い事を言ってしまって」
「お前もお前でうざったいんだよ! 何様のつもりだッ!?」
「なッ、なにソレッ!! 私はエリオットクンの代わりに………」
「カノジョでも無いクセして知ったような口叩くなって言ってんだよッ!!」
「なんですってぇッ!!」
「なんだよッ!!」
「―――あ〜、はいはい。オイラ、なんとも思っちゃいないからさ。
 このまま行くと痴話喧嘩確定でま〜たややこしくなるから抑えよう、な?」


貴賓室を出たその足で【ケーリュイケオン】を辞した一行は、
ポポイを加えた4人で城下町のとあるユースホステルに今晩の宿を取った。
現在は夕食も済んだ夜更けになるが、ランディとの衝突から2時間以上経過したにも関わらず、
エリオットの憤りは鎮まる気配を見せない。


「―――けどさ、一つだけわからないんだよな」
「あぁッ!? 何がだよッ!?」


何かを閃いたようなホークアイへ示す反応すらこの調子。
いつになれば憤怒が鎮まるのか、見通しすら立てられず、ウェンディは頭を抱えた。


「―――お客様、他にも宿泊されている方がいらっしゃいますので、
 もう少しお静かにお願いできますでしょうか?」


………と、その時、思った以上にエリオットの声が大きかったらしく、
ユースホステルの主人が注意しにやって来た。
どうやら隣室から苦情の声が上がっているらしく、次に騒いだら廊下に正座させると厳しい警告を受けてしまった。
今日びエレメンタリーの学生でも受けないようなお叱りを受けた事が、ウェンディの頭をも一つ抱えさせる。


「【官軍】の敗退についてランディが責任取らされるって事は明らかに軍事機密だよな?
 ………なぁ、ポポイ、普通はそういう情報って外に漏らさないだろ?」
「【アルテナ】はここのところ特に情報流出に神経尖らせてるからね。
 外部へ漏れるような事は無いと思うけど」


気を取り直してミーティング再開。
今一度「一つだけわからない」とホークアイが口火を切った疑問は、
軍事機密の流出についての勘繰りだった。


「それがなんだよ? 兄貴を助けるのにそんな重箱の隅突くようなモンが必要なのか!?」
「だっておかしいじゃんか。
 いくら【聖域(アジール)】での戦いの功労者っつっても、デュランは一介の傭兵だ。
 しかもアンジェラやランディみたく政治的な場所へ参加するでなく、
 ここ半年は【フォルセナ】に留まってお前の稽古を付けてた。
 一体誰からそんな機密情報仕入れられたんだ?」
「………なぁ、それって、密告者がいるってコト?」
「ランディの置かれた状況を知った誰かがデュランへ耳打ちして
 身代わりになるよう仕向けた―――こう考えるのは穿ち過ぎか?」


最初は聴く耳を持っていなかったエリオットも、ホークアイの推理が進むに連れて次第に聞き入り、
密告者の存在を仄めかす下りに差し掛かった頃には、推理を推し進める彼を固唾を呑んで見守っていた。


「ポポイ、デュラン処刑の機密を知らされてるのは誰だ? わかる範囲でいいから教えてくれ」
「ヴァルダのオバさんやランディの兄ちゃんに責任問題を突きつけた連中は別枠として、
 オイラたち【ジェマの騎士】だろ、それから、多分ルカ婆も知ってると思うよ。
 最近【ケーリュイケオン】に訪ねてきた―――」
「―――ルサ・ルカッ!!」


指折り記憶の糸を手繰っていくポポイをエリオットの素っ頓狂な大声が妨げる。


「な、なんだい、急に大きな声出しちゃって………」
「なぁ、兄貴がいなくなる前の日なんだけど、珍しくヒースが家に訪ねてきたんだよ。
 それも独りきりでさ。
 ―――で、なんか長い事兄貴と話し込んでたみたいなんだ。
 これって、何か関係あるんじゃないかッ!?」
「………ルカのバァ様が知ってるって事は、そこからヒースに伝わって、
 更にデュランへ………って事は十分に考えられるだろうな」
「―――じゃあ、アレかッ!? ヒースがろくでもない入れ知恵さえしなけりゃ、
 兄貴がこんな目に遭う事も無かったって事じゃないかッ!!」
「ま、そうなるかな」
「ッざけんなよ、あの性悪博士ッ!! どこまでもナメた真似しくさりやがってッ!!
 あんな話聴かされたら、兄貴が動かないわけないっての解ってるクセにッ!!」
「エ、エリオットくん…?」
「よしッ!! 決めたッ!! 次はケヴィンと合流しようと思ってたけど、そいつは後回しだ!
 先に【ウェンデル】へ行こうッ!! つかヒースのバカにヤキ入れなきゃ気が治まらないッ!!
 明日は【ウェンデル】だぁッ!!!!」


―――と大音声を張り上げた瞬間、部屋のドアを開けてユースホステルの主人が乱入し、
エリオットの襟首を掴んで廊下へ引きずっていってしまった。
「えぇッ!? まじで!? に、二時間正座ッ!? ボク、明日早いんだけどッ!!」………などと
閉じられたドアの向こう側から悲鳴が聞こえてくるあたり、
比喩でもなんでもなく、本当に正座させられているのだろう。
まさに問答無用。接客業の風上にも置けないバイオレンスな待遇だが、
大声を上げて迷惑をかけたのはこちら側だけに反論のしようもない。


「修学旅行でついついハメを外しちゃうバカ学生か、アイツは」
「なんかマサルの兄ちゃんを思い出すね。
 ………って、あん時の宿も【アルテナ】じゃん。正確には【エルランド】だけど。
 うっわ〜、方々でバカやってんだなぁ〜。オイラたち、そろそろ入国禁止になったりして」


以前に温泉宿で似たような光景を眼にしているホークアイとポポイは別段驚きもせず、
慌てるウェンディに「こってり絞られて帰ってくるから、これで少しは静かになる」と
あまりフォローにもなっていないようなフォローを入れ、備え付けのベッドへ身を投げた。


「そういや、エリオットを止める一手、よく思いついたねぇ〜」
「んん〜?」
「ランディの兄ちゃんにキレまくってるアイツの怒りをうまい具合に第三者へ誘導したでしょ?
 ヒースの兄ちゃんには悪いけど、あれは見事なもんだと感心しちゃったよ」
「このままにしといたら、今夜にでもランディへ闇討ち仕掛け兼ねないだろ?
 ………ここは一先ず【アルテナ】から意識を引き離すのが吉なのさ」
「ナルホド、ね………」


ヘタレ、ヘタレと年下からも小馬鹿にされ、フェアリーからはビチグソ呼ばわりのホークアイだが、
こうした細かな機転に頭が回る明晰さは誰にも真似できない。


「………いつも、こんな風に作戦とか立てていたんですか?
 なんか、ディスカッションみたいな………」
「あぁ、ゴメンね。こういうバトルって、女の子には刺激が強過ぎたかな?」
「いつもはランディの兄ちゃんとホークアイの兄ちゃんの二人で意見出し合うんだけどね。
 っていうか、大抵あーでもないこーでもないって喧嘩してるけど」
「ランディが陣形とか戦法とか大まかな枠組みを作って、俺はそいつを具体的に細かく詰めてく。
 そこへご意見番的に口を挟むのが、お兄ちゃんことデュランさ。
 勿論、エリオットを含めた15人分全員の意見も取り入れるけど、
 基本的には俺たち3人でディスカッションしながら作戦を立ててたよ」
「頭の回転だけは人一倍だからね、ホークの兄ちゃんは」
「………誉めてないよな、微妙に。バカにしてるよな、絶妙に」
「………………………」
「―――って、どしたん? ウェンディちゃん?」
「………………………ごめんなさい、ホークアイさん。
 これから私、一回だけ貴方に酷い事を言います」
「は? え?」
「………ヘタレが図に乗ってんなっ!」
「………………………」
「―――ぶっ…ぶっしゃしゃしゃしゃッ!!
 と、とうとうウェンディちゃんにまでヘタレ呼ばわりされてやんの!!
 ぷっくくくくくく………は、腹! 腹がよじれるぅっ!!」
「ど、どしたの急に!? どうしちゃったのさ!?
 ウェンディちゃんだけは最後の良心でいて欲しかったんだけど………」
「あ、あの、ごめんなさい………ホークアイさんを見ていたら、
 その…、どうしてかわからないんですけど、すっごいムカついてきちゃって、それで………」
「………………………」
「やめろーッ! やめ…駄目…も、ダメ…ッ!! 息できね………ッ!!
 年下にまで…生理的に…くはは…嫌われてるよ…おい…ッ!!
 し、しかも、うわ…、年下相手に涙目だし………くふ…ぶしゃしゃしゃしゃしゃッ!!!!」
「くわぁぁぁあああんッ!! キミたち、兄妹そろって鬼だぁぁぁあああッ!!!!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいッ!! 本当にごめんなさいッ!!
 癪に障っただけで悪気は無いんですってばッ!!」
「「まるでフォローになってねぇッ!!」」


―――自分には真似出来るべくもない能力でエリオットを助けるホークアイが
何故だかウェンディにはちょっとだけ(?)妬ましかった。













伸ばしっぱなしの長い髪を束ねている若草色のリボンが気になって仕方がない様子のロイドに
さしものデュランも辟易とさせられていた。
追及を無視して禅を組もうにも、鉄格子に顔を擦り付けて来られては無我に浸る事すら難しい。


「恋人の物か?」
「………恋人っていうか…まあ、似たようなモンだけどよ」
「想いを告げてはいないのか」
「っせぇな、人のプライベートにまで口出してくんじゃねぇや」
「ならばお前は幸せだ。死地へ赴く前に想いを告げてしまえば、
 それは大きなしこりとなり、遺された者の心へ永劫の楔となって食い込む」
「随分含蓄に富んだ物言いだな」
「………経験から出た言葉だからな」


自分の身の上を昨日今日出会ったばかりの他人へ語るのをデュランは好まないが、
不気味どころか完全にホラーの領域へ入ってきたロイドをやり過ごせるならやむを得まいと考え直し、
少しずつ語ろうという姿勢に入った途端にこれだ。
座禅を組もうと集中すれば横槍を入れ、こちらが話し始めようとすれば自分から語りだす。
相手の気持ちをことごとく覆す、生理的に嫌われるような真似ばかりしてくれる男だった。


「で、その経験とやらは一体全体どうなったってんだい?」


とはいえ、ロイドの話に興味が湧いたのもまた事実だ。
どうせ集中が途切れてしまったのだから、ここは彼の昔語りに付き合うとしよう。


「………………………………………………」
「おい、そこまで話しておいてダンマリすんのかよ!」
「………過去帳にのみ形跡を残す色恋を人に語るのも詮無い事だ」
「………………………」


………またしてもこのザマだ。
一筋縄では行かない曲者というよりも、こちらの混乱を観察して悦んでいるのではないかと
邪推してしまうくらいに彼のテンポは独特で、こういう回りくどい人間が嫌いなデュランは
歯軋りして苛立ちを表した。


「………あれは戦場での事だった………」
「結局話すのかよッ! 支離滅裂だな、オイ!」
「詮無い事を話すのも色を失った人生を食い潰す道楽の一つ。
 それに同じ匂いのする人間と色恋を語らうのは悪いものじゃない」


独特なテンポで相手を煙に巻くロイドだったが、話す内容は意外にも深く、
最初は我慢して付き合っているといった風だったデュランも、
いつしか彼の語り口に引き込まれていった。


「………当時の俺は荒くれ者ばかりの傭兵部隊を率いるリーダーだった………」
「奇遇だな。俺も傭兵稼業を営んでるんだぜ」
「………それもな、生まれも育ちもバラバラな【エトランジェ(外人部隊)】のな………」
「(こっちが話しかけるのは無視かよ………)
「………いつだったか、どこだったかは壊れたあの日に置いてきてしまって覚えていないが、
 ある戦場へ赴いた時、悲劇は起きた………」
「………………………」
「………その傭兵部隊には、俺の長年の恋人も参加していてな………。
 名はカレンと言う。………文字通り美しく慎ましく可憐な女性(ひと)だった………」
「恋愛の話題にオヤジギャグ盛り込むなよ。大恋愛史が一転、落語に変わっちまうぜ?」
「………思えば彼女こそ、俺にとって世界を彩る画材だったのかもしれない………」
「(例の如く俺のツッコミは無視か、コノヤロ………)」
「あいつと共に語らった情景たるや黄金郷のように輝き、俺たちの周りは薔薇色…だった………」
「ンな無表情でおノロケされても、こっちは困っちまうんだけどな」
「………だが、しかし………………………あいつがいなくなってからというもの、
 世界はいっぺんに彩色を失い、味気も感動も無い、ただのモノクロな空間と化した………。
 ………以来、何を見ても何も思わず、何を口に含んでも何も感じなくなった………。
 ………俺の中の全ての【現在】が、終焉した【過去】へ変わったのだろうな………」
「………………………」
「………あの戦場で、あの戦地で、たった一度対人地雷を踏んだだけで全ては終わった………。
 ………地雷よりももっと恐ろしく強大な兵器に恐れを覚えた事も無い俺たちが、だ………。
 ………皮肉なものだよ。取るに足らぬと考えていたモノに文字通り足元をすくわれた………」
「………………………」


自分で自分の業を平然と【悲劇】と言い切れてしまうロイドへ、デュランは複雑そうな視線を向ける。
“何も感じなくなった”とは彼自身の弁だが、昔語りはあくまで淡々としており、
燃え上がるような恋に焦がれ、非業の結末を遂げた恋人たちの想い出というよりも、
まるで、見ず知らずの他人の碑文を朗読しているかのようだった。
自分にも、かつて愛した相手にも、語る口に何の感情も含まないロイドが不気味で仕方が無かった。


「………想いを告げず、結ばれる事も無ければ、今日すら【過去】へ終わらせるような生き方を
 しなくて済んだのやもしれない………背負うがゆえに壊れる生き方をな………。
 ………その点でお前はツイている。結ばれてもいない人間の【死】ならば、
 相手はいつか振り切れる。お前も何の気負いもなく逝ける…果報者だな、お前は………」


それは違う―――と口から出掛かった反論を、デュランは慌てて飲み下した。
それは違う。想いを告げ、結ばれるからこそ、そこにどんな悲しい出来事が待ち受けていようと
受け止め、背負い、人は生きていけるのだ。
否、想いを告げなくとも、結ばれていなくとも、誰かを愛するというのは、つまりそういう事ではないだろうか。






(………このオッサンには何言っても無駄か………)






だが、“生きているのに死んでいる”ロイドにその事を伝えたところで
まともな(というか人間らしい)反応が返ってくるとは思えないし、
共有する事の出来ない感情に、自分もロイドも空しくなるだけだ。


「―――さて、俺にここまで語らせたのだ。次はお前の番だぞ………。
 ………そのリボンについて、聴かせてもらおうじゃないか………」
「チッ、覚えてやがったかよ………」


一人語りに付き合っていればロイドの気も済んで解放されると踏んでいたデュランだったが、
残念ながらその目論見は脆くも崩れ去ったようだ。
若草色のリボンにまつわる昔語りを披露しろ、と再びロイドが鉄格子へ顔面を擦り付け、にじり寄って来た。


「―――悪いが、こればっかりは教えられねぇな」


ガッシャンガッシャンと鉄格子を揺らして抗議するロイドには申し訳ないが、
この若草色のリボンとは、終わってしまった【過去】さながらに饒舌でもって語りつくせるものではない。
まだまだこれから。始まったばかりの物語を話せる口をデュランは持ち合わせていないのだから。


「アンタと違って俺はまだ道の途中にいるんだ。
 そんな中途半端な場所で人生を大いに振り返れるほど、ガキでもジジィでも無いんでね」


未来予想で膨らませるよりも、もっとずっと大きくて素晴らしい世界が【明日】に待っている。
その【希望】を誰よりも知り、【未来】へ期すデュランが立ち止まって振り返る【過去】は何一つ無かった。






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