【アルテナ】での決起から程なくして【ウェンデル】へ到着したエリオット一行は、
その足でヒースを【パルテノン(唯一女神の大聖堂)】に訪ねた。
なすべきは一つ。【グランスの牢城】へ出頭する前にデュランが最後に対面したヒースから
当時の事情を聴取するためである。


「なにをむくれたかおひっさげているかとおもえば、
 そんなことでふてくされてたんでちか、あんたしゃんは」
「そんな事って………その言い方はあんまりじゃないですか………」
「男というのは一度気を許せば付け上がるものじゃからな。ガツンと言ってやるのも妙薬ぞ?
 要は“あげまん・さげまん”のバランスの取り方じゃよ」


エリオット、ホークアイ、ポポイの三人は意気込みも猛々しく
ヒースの私室へ乗り込んでいったが、ウェンディだけは彼らと別行動を取り、
現在は【ピュティアの庭園】と呼ばれる部屋でルサ・ルカやシャルロットとティータイムを楽しんでいる。
………男4人が離れたところでの会話は、昼下がりの貴婦人めいたお茶の嗜みどころか、
オバちゃんたちの井戸端会議のような、オンナの本音をズバリ穿った実に内容の濃ゆいモノだが。


「いいおことばがでまちたね。ウェンディしゃん、ここ、てすとにでるから
 あかぺんようちぇっくでちよ。とくにエリオットのじゃりたれみたいなのは
 ゆだんしてあめをあたえつづけるとまちがいなくずにのるたいぷでちからねぇ。
 きちんとけつにしいとかなきゃあとあとくろうするでちよ」
「かと言って厳しく躾け過ぎるとカドが立つから要注意じゃな。
 カドが立てば喧嘩別れの危険性も出てきよる。
 この辺りのさじ加減が微妙というか、男の願望が煩わしいというか、難しいところじゃが、
 きちんと見極められるようになれば面白いぞ。男なんぞ掌で転がる小玉のようになるわい」


ちょうどティータイムへ入るところだったシャルロットが、
久しぶりに対面したウェンディの浮かない様子を見て取り、ウサ晴らしにと【ピュティアの庭園】へ招いたのだが、
そこへ齢2,000歳のルサ・ルカも混じれば、たちまちティータイムはオバちゃんの世界一色。
テーブルの上には香ばしい匂いで食欲をくすぐるプチフールやサブレが用意されいるものの、
内容の濃ゆいオバちゃんワールドには、むしろ塩煎餅と緑茶の取り合わせの方こそ似合う気がする。


「いや、もう、ホントにそうなんですよねぇ。
 今回の事だって、お義母さんがやめろって止めてるのに一人走りしちゃって………。
 正直、首輪でも付けておこうかって本気で考えちゃいましたよ」
「くびわっ!! おぉう、ウェンディしゃんってば、なかなかおつなしゅみをおもちじゃないでちか。
 それであれでちか? くさりでつないでまちなかをひきずりまわしてのしゅうちぷれいでちか!
 ひゃっひゃっひゃ…、これはみものでちねぇ。はなっぱしらのたかいばらがきが
 さいていさいあくのくつじょくでぷらいどをずたずたにされるさまはかいかんでち」
「当然歩行は四つん這いじゃろうな? 調教する上でこればっかりは譲れぬぞ?
 ヒトでなく獣畜として扱う事で絶対的な服従を刷り込むには四つん這いが一番じゃ」
「やだもう〜、お二人ともえっちな話はよしてくださいよぉ。
 私、これでもお年頃なんですからぁ」
「ほぅ! 今の会話がおピンク系であると理解できておるのか!」
「ということは、それなりのよびちしきがあるってことでちよねぇ?」
「いつの時代も女の子は耳年増でしょう?」
「「こいつぁナットクだ♪」」


不老長寿の二人と精神年齢が近い義母を持つウェンディだからこそ、このように対等に渡り合えているが、
これがもし他の思春期の少女であったなら、あまりに肌と合わない空気に辟易して逃げ出していた事だろう。
誰彼問わず好まれるウェンディの人付き合いの良さのルーツが垣間見れて面白い。


「………にしても、あのじゃりたれのばいたりてぃっていったら
 あつくるしいったりゃありゃしないでちね。
 ちょくせつ【ぐらんすのろうじょう】へでむいたかとおもえば、【あるてな】でたんかきって、
 こんどは【うぇんでる】! よくもまぁいきぎれもせんとつっぱしってられるもんでち」
「振り回される私の身にもなって欲しいですよ、もうっ」
「ストレスを溜めてしまうくらいであれば、【フォルセナ】に残っていても良かったのではないか?
 彼には仲間が二人も同道しておるのじゃから、そなたも息切れしながら随いてく必要はあるまいて?」
「エリオットクンとあの二人の珍道中を安心して見ていられます?」
「………あんたしゃん、じゅんじょうそうにみえてけっこういうじゃないでちか………」
「しかし、まあ、なんじゃな、非常に納得できるお言葉じゃ」
「何を勘違いしてるのか、エリオットクンってば妙に大人ぶってるし気取ってるし、
 すぐにトラブルへ突っ込んでいくんですよ、これが腹立つくらいっ。
 私が抑えておかないと何をやらかすのか見当もつきませんし!」
「確かにヘタレと悪ノリ大好きっ子には任せられんの」
「そこがおもしろいんじゃないでちか。あんたしゃんがたはわらいのつぼがわかってないでち。
 うけねらいをとおりこして、しゃかいてきにもじんめいてきにもぎりぎりのでっどひーとまで
 てんらくするあほうどもは、かんさつするがわにすれば、
 これいじょうないくらいおもしろおかしいもるもっとでちよ」
「身内からすればたまったもんじゃないですって!
 ホント、エリオットクンってば、私がいなきゃ何も出来ないんだもん!
 そのクセ、カッコつけたがるんだから、ヤになっちゃいますよ〜!」


―――と、ぷりぷりと文句を吐き連ねながら紅茶を呷ったウェンディの様子から
“ある事”に感づいたシャルロットとルサ・ルカは顔を見合わせて首を傾げた。


「あんたしゃん、さっきからじゃりたれのしんぱいばっかしてるみたいでちけど………」
「実の兄の心配はせんでも良いのか………?」
「………………………」


そこまで訊いてから、初めてこれが愚問だったと気付いたシャルロットとルサ・ルカが
再び顔を見合わせる。「しまった」と地雷を踏んだようなやるせない顔を見合わせる。


「………………………」
「………………………」
「………………………」


ウェンディはデュランの窮地を忘れていたわけではなかった。
一度入ったら処刑されるまでは出られない【グランスの牢城】へ押し込められた兄の安否が、
世界にたった一人の兄の事が、本当は誰よりも心配で仕方が無いのだ。
エリオットへの不満をぶちまけるという空元気にも似た行為で、その心配を霧散させていたのだが、
二人に投げかけられた愚問で穿り返され、懸命に抑えていた憔悴の波が押し寄せてきてしまった。
バツが悪そうな二人の目の前で、ウェンディは言葉を無くして俯いた。


「………あの、ウェンディしゃん………」
「………心配じゃないって言ったらウソになります。このままだと本当に危険だという事も」
「………………………」
「―――でも、きっと大丈夫です。エリオットクンがなんとかしてくれます」
「え………」
「どうしようもないくらい自分勝手で周りを巻き込む傍迷惑な子だけど、
 それって、周りを掻き回すくらいスゴイパワーがあるって事ですよね?
 だから、きっと大丈夫。エリオットクンなら、お兄ちゃんと助けてくれる。
 ―――私はそう信じて随いていくんです」
「ウェンディしゃん………」
「そなた………」
「エリオットクンがお兄ちゃんを助けてくれるなら、私はエリオットクンを助ける。
 あの子が暴走しないように見張るのが、結果的にお兄ちゃんを助ける事に繋がると思うから」
「………………………」


肉親を失う恐怖と不安で蒼白になっているものと思っていたウェンディの表情は
――ほんの少しだけ焦りはあるけれど――どこまでも青く広がる晴天のように澄み切っており、
エリオットへ【希望】を視る瞳には、力強い輝きが宿っていた。


「………そなたは強い娘じゃな………」
「なまいきばかりがとりえのじゃりたれに、
 あんたしゃんのつめのあかをせんじてのませてやりたいぐらいでちね」
「爪の垢なんて要りませんよ。だって、私がずっと傍にいるんですもん」
「ひゃっひゃっひゃ、これだからわかいってのはみていてきもちがいいんでちよね。
 ずばりこっぱずかしいことをいいきっちゃえるのは、わかさのとっけんでち」


そうしてひとしきり笑った後、シャルロットはウェンディの肩へ手を置き、
励ますように鼓舞の言葉を繋いだ。


「―――あのこぞうっこは、ほんとうにあぶなっかしいくそがきでちよ。
 むかしもいまもまるでふりかえらないてっぽうだまみたいなもんでち。
 けれど、そのぶん、あのこにはまばゆいばかりの【みらい】がみえてる。
 あのこは、いつでも【きぼう】とともにあるんでち」
「シャルロットさん………」
「エリオットをしんじるあんたしゃんのいまのきもち、さいごまでわすれちゃだめでちよ。
 あきらめないところから【ゆめ】のだいいっぽははじまるんでちから。
 いいでちね、ウェンディしゃん」
「………はいっ!」






―――バァン………ッ!!!!






―――その時、【ピュティアの庭園】からそれほど離れていないヒースの私室から
突然何かを壊すような大きな音が上がり、三人は何事かと飛び上がって驚いた。


「な、なんでちか、いまのはっ!?」
「わからぬ!! 守護結界は張ってある故、よもやモンスターの襲撃ではあるまいが…ッ!!」


今の音は尋常な物ではない。
音がした瞬間、弾かれたように駆け出したウェンディの後を追うシャルロットとルサ・ルカにも
さすがに焦りの色が見えた。
仮にモンスターの襲撃であれば、相当に厄介だ。破邪の結界を施した【パルテノン】へ入り込めるモノともなれば、
【支配階級魔族(サタン)】レベルのモンスターという事も考えられる。
なにしろここは人類の導き手とまで謳われる【光の司祭】の御所。魔の存在にとって最大の鬼門だ。
悪意ある襲撃は決して少なくない。


「―――エ、エリオットクンッ!?」
「あぁ、ちょうどいいトコに来てくれたよ! アンタのダンナ、ちょっと様子見てやってくれ!
 だいぶ手酷くやられたみたいでさ!」


最悪の事態を想定し、攻撃態勢を整えながら激音の上がった場所へ、
ヒースの私室へ駆けつけた二人とウェンディが見たものは、
左の頬を青く腫らせて気を失い、ポポイに背負われるエリオットの姿だった―――













―――――――――遡る事、およそ30分前になる。
ホークアイとポポイを両脇に従えたエリオットは、勢い勇んで乗り込んだ書斎にて、
鷹揚さを滲み出させる体勢でソファへ身を預けるヒースと対峙していた。


「兄貴が【ジェマの騎士】にハメられて捕まったのはもう知ってるよな」
「ええ、人並み以上にはね」
「………単刀直入に訊くぞ。兄貴の逮捕にアンタは関係しているのか?」
「デュランくんの逮捕に私が関係………ねぇ」


夥しいまでの数で迫る書庫に囲まれたヒースの私室は、
エリオットが口火を切った直後から張り詰めた空気に包まれ、
対峙する者たちの間には不穏な火花が散って爆ぜた。


「参考までに聞かせてくれないかな。それを訊いてどうするんだい?」
「………アンタともあろう人間が、わざわざ訊かなきゃわからないか?」
「成程―――斬るか、私を」


ホークアイとポポイは動向を静かに見守っているが、エリオットは違う。
もしも事実が自分の想像したものと一致すれば、抜き打ちに裏切り者を処断できるよう
腰に差した『加州清光』へ手を掛けている。
何より、ヒースを睨み据える瞳には怒りと敵意が昏く鈍く燃え盛っていた。


「キミが知りたいのは、つまり誰がデュランくんへランディさんの境遇を密告し、
 身代わりにさせたのかという事だろう?」
「………そうなるな………」
「だったらキミの読みは正解だ。デュランくんを唆したのは他ならぬ私だよ」
「………………………」


あまりに軽々しく、平然と言ってのけたヒースの悠然たる態度に呆気に取られてしまい、
自白を受けた瞬間には彼の言葉を認識できなかったエリオットだったが、数秒の後に全てを理解すると、
薄ら笑いすら浮かべながらソファから起居し、こちらに背を向けるようにして窓辺に立った彼へ
炎怒宿る『加州清光』の刃先を向けた。


「兄貴を売ったって事か………!」
「これまた大正解だ。そう、その通り。
 私はね、デュランくんへ『ランディくんの窮地を救うにはキミが身代わりになるしかない』と
 吹き込んであげたわけさ」
「………………………」
「それで次の日には行方知れずになったと聴いてね。ちょいと調べてみたら、
 案の定、出頭していたって次第さ。
 デュランくんも可愛い弟分を見殺しにはできないものねぇ」
「………お前ッ!!」
「まあ、そう急がなくてもいいだろう?
 どうせ私を斬るつもりなら、躊躇いなく斬れるように恨みを増幅させてはどうだい?」
「話に付き合えってか………ッ!」
「私の話は間違いなくキミの神経を逆撫でするからねぇ。
 最後まで聞けば、よりスカッと殺せるはずだよ? キミだってその方が気持ちがいいだろう?」
「………………………」
「はっはっは………、この場合は踏みとどまった事を賢明と褒めるべきか、サディストと引くべきか、
 評価に迷ってしまうところだねェ」
「………余計な前置きはいらないから、さっさと話を進めろよ」


本音を言えば目の前で無防備にしている裏切り者を今すぐにでも斬り捨ててしまいたいところだが、
何を考えてデュランを売ったのか、それを確かめなければ意味が無い。
いつでも突き刺せるように刃先で背中を捉えたまま、エリオットはヒースに弁証を促した。


「キミはデュランくんを是が非でも助けたいようだがね、
 そもそも彼の命にそれほどの値打ちがあるものかい?」
「は………?」
「意味が通じないのなら言い方を変えようか。
 彼の命とランディくんの命、どちらに価値があるか、その辺りを考えてみたかい」
「ちょっと待てよ! なんだよ、その言い方は!? 命の価値はみんな一緒だろ!?」


これまで押し黙って動静を見守ってきたポポイがたまらずに声を荒げる。
ランディもデュランも、ポポイにとっては大事な【仲間】であり、
どちらが優れ、価値があるかなど比較出来るものではない。
まして命の重さに優劣があってたまるものか。
唖然呆然するエリオットと入れ替わるようにしてポポイが反論に出た。


「残念だけどね、ポポイくん。それは道徳の観念であって現実では違うんだよ
 ランディくんは押しも押されぬ天下の【ジェマの騎士】。
 今後も【アルテナ】傘下のもとで民衆を率いていくだろう。
 それはつまり、ひいては【アルテナ】の専横を抑止するストッパーにもなるという事。
 【アルテナ】と民衆の善きパイプラインとなって【社会】の均衡を保てるのは彼しかいない」
「そんな事を話してるんじゃないだろ、今はッ!」
「かたやデュランくんはどうだい? 【草薙カッツバルゲルズ】のリーダーを標榜しちゃいるが、
 チームが解散した今となっては社会的立場は皆無に等しく、発言力も限りなくゼロの一介の傭兵だ。
 社会貢献など臨むべくもない」
「アンタが持ち上げる【ジェマの騎士】だって、デュランの兄ちゃんありきじゃないか!
 あの人がいてくれたからこそランディの兄ちゃんだって………」
「そこが問題なんだよ、ポポイくん」
「何………」
「確かにデュランくんはランディくんの恩人だ。
 彼の言いつけならランディくんはどんな要求でも呑んでしまうだろう」
「いけない事かよ?」
「いけない事だね。一介の傭兵が【女神】の権威を左右する権利を有しているという事実は
 それだけで【社会不安】を煽るものだよ。
 政治思想も教養も無い平民が、それも傭兵仲間から【狂牙】と恐れられる札付きのワルが
 最強の権限を持っているんだ。何を仕出かすのかわかったものではないと民衆は恐怖する」
「そんな突拍子も無い話があるもんか!」
「民衆とは得てしてそういうモノさ。だからこそ政治家が存在するのだからね。
 自分たちよりも優れた人材に国の舵を取る権力を委ねる事で【社会】のバランスを保っている。
 それがどうだ? 自分たちと同じ水準の平民が最強の権限を持っているのだよ?
 気まぐれ一つで世界が支配される可能性も考えられる。
 ………自分たちは権力へ取り憑かれやすいものだと平民は理解している。
 だから恐怖が生まれるんだ。同じ平民が権力を持つ事にね」
「………ンなムチャクチャな………」
「現に【聖域(アジール)】での戦いの折、ランディくんはデュランくんの指示で動いている。
 首脳陣の中にはそれを問題視する者も多くてね。
 【ローザリア】などは、未だにデュランくんを擁立しようと画策しているとか」
「………………………」
「ハッキリと言おうか。デュランくんは【社会】にとって癌なんだよ。
 【ジェマの騎士】を傀儡として弄する事のできる最悪の病巣なんだ。
 ………もう一度繰り返そう。人の命は必ずしも等価ではない。
 ランディくんは【社会】の将来の為に生きる値打ちのある命であり、
 それを食いつぶすデュランくんは切り捨てられるべき命………無用物なのさ」
「―――………それでアンタは兄貴を唆したってワケか?」


冷然とデュランの命を切り捨てたヒースに対してエリオットが同じく冷たい声で聞き返した。


「天秤にかけるまでも無い事だね。
 生き残るべきランディくんが窮地に立たされた今を好機と見るより他は無い。
 身代わりに据えれば、体よくデュランくんを葬る口実にもなるし、
 処刑という形で公然と罰すれば、【聖域(アジール)】での事態を問題視する首脳陣も納得するだろう。
 そうなれば、総大将でありながら【官軍】を放り投げたランディくんの責任問題も安泰だ。
 この世に生きていてはならない毒も使いようで薬になるというワケさ」
「………………………」
「我ながら正しい取捨選択だと思うのだけどね」
「………アンタの理屈はわかった。
 確かに【社会】ってデカい枠組みで考えたら、命の取捨選択もアリだよな」
「お、おい、何言い出すんだよ、エリオット!?
 お前までデュランの兄ちゃんを見捨てるってのか!?
 ホークの兄ちゃんも何とか言ってくれよッ!!」


急に肯定の意思を見せたエリオットに驚くポポイだが、ホークアイはこの期に及んでも沈黙を決め込んでおり、
彼一人だけが孤軍奮闘でヒースと対峙する状況となっていた。


「デュランくん自身、自分の価値がわかっていたんじゃないかな。
 でもなきゃ【死】を簡単に受け入れるわけが―――」
「―――兄貴は死ぬ事を受け入れてなんかいないッ!!」


味方も無いままどうヒースへ対抗するか逡巡していたポポイの隣から突然吼え声が上がる。
誰何するまでもない。ヒースの意見に従うかに見えたエリオットが、
突き出していた『加州清光』を上段に構えながら再びヒースと相対する意思を見せたのだ。


「ボクとウェンディは直接【グランスの牢城】で兄貴に会ってきたんだ。
 そのボクが言うんだから間違いない。兄貴は【死】を受け入れちゃいないッ!
 何も話しちゃくれなかったけど、あの眼は生きる事を諦めた人間にはできない眼だ!
 生きる意志が輝く眼をしていたんだッ!!」
「………それで? キミは生きる意志のあるデュランくんをどうする?」
「アンタのお陰で改めて気が引き締まった。………ボクは兄貴を救い出すッ!
 誰かの犠牲が無ければ成立しないような【社会】なんか、こっちから願い下げだッ!!
 ボクは、ボクの道徳(こころ)に従って兄貴を助けてみせるッ!!
 アンタや【ジェマの騎士】と同じ穴の狢になんかなるもんかッ!!」
「それはちょっと見逃せないねぇ………。
 【社会】の平定の為にはデュランくんには生きていてもらっちゃ困るんだよ」
「それならどうする?」
「キミならどうする? あくまでデュランくんを消そうと企む私を、キミならどうする?」
「………手前勝手な理屈の為に友達を売るような奴は―――斬るッ!!」
「私も同じさ。手前勝手な正義感の為に【社会】を乱す者は消去する」


振り向き様に愛銃【ハイゼンベルグ】を懐のホルスターから引き抜いたヒースと
上段から振り下ろす【撃斬】の構えを取るエリオットが正面から対峙する形となり、
ディスカッションの席から一転し、書斎は死闘の修羅場と化した。


「デュランくんと戦り合った日の事を思い出すよ。
 彼もキミのように理屈で論破された腹いせに牙を剥いて襲い掛かってきたんだ」
「兄貴がボクと同じ気持ちでいたのなら、それはきっと腹いせじゃないね。
 ………アンタの事が心底ムカついたんだろうよッ!!」
「ハッハッハ………、奇遇ですね。私もね、キミたちのような猪武者が大嫌いなんですよ。
 見ているだけで吐き気を催します」
「―――アンタの忠告を守っておいて良かったぜ。これで心置きなく叩き斬―――」


ヒースの理論武装にとうとう我慢の限界に達したエリオットが
【撃斬】を打ち込むべく裂帛の気合いと共に踏み込んだ瞬間の事だった。






―――バァン………ッ!!!!







「ホ…、ホークの兄貴………ッ!?」


それまで微動だにせず腕組みして二人の対立を傍観していたホークアイが、
雷鳴の如き速度でエリオットの進路上へ回りこみ、彼の顔面を掌底で張り飛ばしてしまった。
突き飛ばされたエリオットは、瞬間的な出来事に驚くポポイの目の前で宙を舞い、
そのまま書庫の一角へ叩きつけられた。


「なッ………ぐ…ぅ………………………―――――――――」


【撃斬】を振り下ろさんとしていた直前にカウンターで叩き込まれた掌底は深刻なダメージをもたらし、
立ち上がる事すら出来ないまま、エリオットは意識を失って崩れ落ちた。


「なにやってんだよ、ホークの兄ちゃんッ!!
 攻撃すんならエリオットじゃなくて向こうの方だろッ!? なのになんでエリオットを………」
「あのまま戦ってたら、間違いなく殺られてただろうが」
「………兄ちゃん………」
「………ポポイ、エリオット連れて早くこの部屋出ろ。
 今、意識を取り戻しちまったら今度こそ歯止めが効かねぇ」
「け、けどさ………」
「早く行けッ!!」


クールを気取るホークアイが珍しく荒げた大音声で肝を抜かれたポポイは
意識の無いエリオットを慌てて背負うと、一目散に書斎から駆け出していった。


「………お前、バカだろ」


ポポイの背中が書斎から出て行くのを見届けたホークアイは視線をヒースへ戻し、
嘲りを孕んだ微笑を浮かべる彼を刺すような眼光で睨み付けた。


「もう少し言い方ってのがあるだろ。エリオットをデュランから遠ざけるにしたってさ。
 あれじゃ、お前、逆効果じゃねぇか………火に油注いでどうすんだよ………」
「私は勉強不足のお子様へ現実を説いて差し上げただけですよ。
 間違った事は何一つ話していないでしょう?」
「ご高説の通り、ヒース先生のお話は何一つ間違っちゃいませんよ。
 ………でもな、これでエリオットが変に燃えちまったら、あの【計画】に支障を来たすのは明白だぜ?
 どうすんだよ、万が一、しくじりでもしたら………」
「ハッハッハ………、
 アンジェラさんやヴィクターさんが包丁振りかざして追ってくるのが眼に浮かびますね」
「ハハハって、お前、笑い事じゃないっつの!
 あいつらだけじゃなくて、デュランにも何されるかわかんねーよ!」
「安心してください。そのような事態にならない事は保障します」
「自信満々に言ってくれるじゃん。軌道修正できる範囲なのかよ、これは?」
「あの【計画】は既に発動しました。発動した以上、成功までは誰にも止められません。
 どんな輩がいかなる干渉をしてきても、私の敷いたレールが歪曲する可能性はゼロですよ」
「………言うと思った。それじゃエリオットが助けに入っても大丈夫だってのか?
 あいつがおかしな横槍入れて、処刑自体がしっちゃかめっちゃかになりでもしたら
 マズいんじゃないのか?」
「貴方も大概しつこい男ですね。ヘタレの次はビビりのチキンですか?
 エリオットくんが行動を起こす事も、私の計算の内に含まれているのですよ」
「………まじ?」
「磐石だと胸を張る所以がご理解いただけましたかね?
 【計画】の外側で動き回る彼こそ、想定外のイレギュラーを駆逐する役割なのですから、
 ハッパの一つもかけなければ息も上がらんでしょう」
「………それにしたって、もう少し言い方考えてやれよ、お前自身の為にもさ。
 ハッパと知らないアイツには恨まれるぜ、あんな風に突き放したら」
「憎まれ役結構! 恨み辛みは人間を最も突き動かす原動力!
 私を憎む心が【計画】の進捗を促進する推力となるのなら、
 どんどん憎んで恨んでもらおうじゃありませんか」
「………やれやれ、お前さんも大概不器用な生き方しか出来ない人間だねぇ………」


――――――エリオットが気を失い、ポポイが去った書斎に
たった二人残されたホークアイとヒースの交わす密談の意味とは?
………………端々で浮かび上がった【計画】の正体とは―――――――――






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