東方の帝国【バファル】のちょうど真ん中には、
一時期、広大なプランテーションとして注目された高原が広がっている。
【ベイル高原】と名付けられたその草原地帯は、草原の国【フォルセナ】に勝るとも劣らない
豊富な天然自然に恵まれ、確かに農耕目的で開拓するには最適の地だろう。

だが、高岩(ハイ・ロック)と緑の他には何も無いと思われた【ベイル高原】の調査を進めていく内に
開拓者たちは広大な草原のあちこちに大穴が点在している事を発見した。
古文書にも【グレート・ピット】と記される大穴は、いずれも地の底で繋がっており、
一種の巨大な地下道であると判明。
しかも、【グレート・ピット】には凶悪なモンスター共が棲息している事も確認され、
農耕地とするには余りに危険が過ぎると開拓は計画半ばで頓挫してしまった。


「や、やっぱり引き返そうよ…っ。今からでも遅くないからさぁ、ねぇ、エリオットクン…っ」
「ここまで来て引き返せるかよ! だから言っただろ、【バーレーン】の町で待ってろって!」
「だ、だって、それは………」
「………ったく、今更だけど反対くらい素直に聞けっての。
 ドンパチやってる中にお前を連れてきちゃうなんて、ボクも判断甘かったけどさぁ………」


【バファル帝国】管轄のもとで封印された危険地帯は、現在、これまでの定義とは
異なる意味合いでの“危険地帯”と化していた。
軍事国家【バロン】から提供された【マナ(但しレプリカの)】の重火器を奪って離脱し、
暴徒となった【官軍】の一部軍勢が【バファル帝国】の転覆を狙い、
帝都を睨んでこの【ベイル高原】へ布陣したのだ。


「なぁ、ポポイ、本当にこの辺りで合ってんだよな?」
「オイラだって下調べくらいするって! この近辺で間違いない…ハズ」
「ハズって何? ハズってなんだよ! そこは間違いないって断言しろよ!
 足探りで動き回ってる内に囲まれてたなんて事になったらシャレになんねぇぞ!?」
「うっせぇなぁ、ヘタレ。少し黙ってろよ。ボクまで気が滅入るだろぉ…」


【バファル】軍勢と反逆軍が正面衝突するその戦場を、エリオットたち4人は匍匐前進していた。
匍匐前進なのは、遠くで十とも百とも分からない銃声が上がっているからだ。
うかつに棒立ちしようものなら、流れ弾の犠牲になる危険性も大きい。
そればかりか、戦時下においては、どちらの軍勢に発見されても厄介で、仮に発見されようものなら、
敵方の放ったスパイだと見なされ、その場で射殺される事は眼に見えている。


「【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の旗を見つけるまでの辛抱だ。
 それくらいならヘタレにも我慢できるよな?」


そんな危険まで冒して4人が戦場を進む理由はこの一点だ。
ランディに裏切られ、ヒースに見捨てられた今、頼れるのはケヴィンしかいない。
ケヴィン率いる【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】八番組が【バファル】軍勢に協力し、
ここ【ベイル高原】で反逆軍と向かい合っている事を聞きつけた4人は、
デュラン救命への助力を直接交渉すべくケヴィンのもとへ急いでいた。


「―――――――――………………………!」


なまじ銃器の威力を知っているだけについつい情けない弱音ばかりを吐いてしまい、
年下からヘタレヘタレと小突かれていたホークアイの目付きが急に鋭くなった。
何か不穏に感付いた様子で、視認できる範囲を見渡したり、地面に耳を押し当てて足音を探るなどして
周囲へ警戒を張り巡らせている。


「ど、どうかしたん、ホークの兄ちゃん?」
「………いや、気のせいかな。どこか遠くで軍靴を打ち鳴らすような音がした気がして―――」
「―――あッ!!」


緊迫した面持ちのホークアイを怪訝そうに見やるポポイの集中は
急に素っ頓狂な声を上げたエリオットによって途切れさせられた。


「【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】………ッ!」


安堵と感嘆が入り混じった溜息を吐いたポポイの視線の先には、
殊更大きい高岩(ハイロック)へ陣を張り、ライフルを肩から提げて反逆軍の動向を警戒する
【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の隊士たちの姿があった。















すり鉢状に大きく抉れた高岩(ハイロック)へ布かれた【獣王義由軍】の陣内は
さながら野戦病院の様相を呈していた。
従軍する医師が陣内へ運び込まれた者たちの銃創を慌しく手当てし、
その他の隊士たちは、反逆軍と同じく【バロン】から提供されたライフル、拳銃への弾込めや
交戦時の切り札とも言える大砲の用意に追われている。


「………………………」


戦いの形が変貌していた。
超人的な身体能力を生かした体術を武器として戦ってきた【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】が
銃砲を主戦力に据えて戦略を練っている事が、エリオットにはかなりのショックだった。
【ローラント】での合戦において初めて実戦投入された重火器の威力は凄まじく、
それによって改めて【マナ】の兵装の価値が注目される中、【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】でも
対【マナ】戦闘に備えて銃器が採用されたのだ。

これは、重火器が主導を握るだろうこれ以降の時代は、剣や槍、体術に頼る白兵戦では太刀打ちできまいとの
獣人王のトップ判断だったのだが、己の腕一つで切り抜ける剣の道を志すエリオットには、
自分の技量を武器に闘ってきた【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の戦法が
銃に頼る物へ変貌していた事が、苦々しくて仕方が無かった。


「どうして、こんな場所へ、来たんだッ!!」


いつもの明るく一本気な顔を歪めてエリオットを叱りつけるケヴィンの腰にも
44口径のリボルバーが差し込まれており、肩にはスナイパーサイト付きのロングライフルを担いでいた。
戦闘の最中に被弾したと思しき腹の包帯が叱声する表情の険しさの凄みをより強調させている。
こんな場所へ、一瞬でも油断すれば即座に銃殺されるような戦場へ
どうしてノコノコやって来たのかを、ケヴィンはエリオットに問い詰めた。


「ボ、ボクはただ兄貴を助けて欲しくて………」
「それなら、書簡を送るとか、いくらでも、手は、あっただろうッ!!」
「こ、事は一刻を争うんだよ! 兄貴の処刑までもう日にちも無いし………」
「そんなの、言い訳に、なるかッ! しかも、ウェンディまで、連れまわしてッ!!
 エリオットみたく、この子は、戦う力、持っているわけじゃ、ないッ!!
 もしも、弾を、受けたら、どうするつもり、なんだッ!?」
「………………………」


初めてケヴィンが見せる怒涛の剣幕の前にエリオットは完全に萎縮してしまい、
傍らで彼の銃創を気遣うカールもルガーも言葉を失っている。


「なぁ、ケヴィン。ひとまず話だけでも聴いてやっちゃくれないか?
 確かにコイツのやった事はガキ以外の何物でも無いけど、
 デュランを助けたいって気持ちは本物だからさ」
「そうでなきゃ、ドンパチやってるような戦場くんだりまで来たりしないって。
 こいつの気持ち、考えてやってくれよ、な?
 ………それにウェンディちゃんの事だって、随いてくるのを最後まで反対したのは
 エリオットなんだぜ?」
「………例え、どんな理由が、あっても、今、オイラたちが、ここを、動くわけには、いかない」
「………………………」
「………帰れ。今すぐに、ここを、去れ………ッ!!」


ここまで歯を食いしばってやって来たエリオットの心意気を汲んだホークアイとポポイが
せめても、と助け舟を出してやるが、ケヴィンは聴く耳を持たずに突っぱねた。


「な、なんで力を貸してくれないんだよ………?」
「反逆軍と向かい合っとる状況では、ワイらも迂闊に動くわけにも行かんのや。
 今回の戦は、【バファル】との共同戦線でもあるしの」
「大方、ポポイのクソチビが妙な事を吹き込んだのだろう?
 俺たちの軍勢でもって【グランスの牢城】を襲撃してパラッシュを奪還するとかなんとか…。
 いかにもクソチビが考えそうな姦計だ」
「………なんでそこでオイラの名前が出てくんだよ。
 いい加減、的外れにジェラしるの、やめてくんない?
 てか、そこまで行くと疑心暗鬼っつーか、被害妄想だぜ? 告訴するよ、まじでさぁ」
「お前ら、よくもまぁこんな状況でコントなんぞやろうと思えるな。
 ええから、ちと黙っとき」
「―――襲撃とかそんなんじゃなくていいんだよ!
 【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の名前使ってさぁ、口をちょっと利いてくれるだけでいいんだッ!!」
「………罪人の手助けをしたって噂、広まれば、今度は、オイラたちに、疑いの目が、向けられる。
 そうなれば、これまで築いてきた、【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の信頼も、壊れる。
 ………オイラには、そんな危ない橋、渡る事は、できない………だから、帰るんだ…ッ!!」
「………………………」


エリオットの瞳に絶望の色が浮かぶ。
ランディに裏切られ、ヒースに見捨てられても、自分と同じようにデュランを慕うケヴィンだけは
必ず力を貸してくれると信じていたからこそ、危険を承知で戦場に赴いたのだ。
しかし、最後に残った一縷の望みも、今、脆く崩れ去った。


「………こんな戦いの方が兄貴より大事だってのかよ………」
「なんだと………今、何て言ったぁッ!?」
「え―――――――――」
「この戦いの意味を、知らないお前が、軽々しく、天秤に、かけたりするなぁッ!!」


ポツリと漏らしたエリオットの言葉が逆鱗に触れたケヴィンが
逆上のあまり彼の胸元へ掴みかかった。


「【マナ】を悪用する人間を、倒す事の意味が、お前には、わからないのかッ!?
 ロキさんと同じように、【マナ】で、世界を乱そうとする軍勢と、戦う事の、意味がッ!?」
「………………………」
「師匠がッ! 身動きの取れない、師匠がッ!! 今のこの現状を、知ったら、どうしたと思うッ!?
 第二、第三の、ロキさんが、あちこちで生まれてる、この悲惨な現状をォッ!!」
「………ケ、ケヴィン………」
「誰かが、戦わなくちゃ、ならないんだッ!! 戦って、戦ってッ!!
 【マナ】の悪用、食い止めなきゃ、ならないんだよッ!!
 師匠の気持ちも、この戦いの意味も、考えないで、自分勝手に、動いてるお前が、
 軽々しく重みを、語るんじゃないッ!!」


毛むくじゃらの尻尾を逆立て、血走った眼でエリオットの胸元を上下に揺らすケヴィンを
誰も止める事が出来なかった。
デュランの代わりに【マナ】を悪用する者との戦いを決意した絶叫の裏側に見え隠れする
ケヴィンの本心が胸に突き刺さって、誰も彼も慟哭めいた怒りを黙って見ている事しか出来なかった。


「ケヴィン、それくらいにしとき。お前さんの身体にも触るよってに………」
「ダメだッ! 誰かが、ちゃんと、叱りつけなきゃ、また、同じ失敗を繰り返―――


怒りに力むあまり、被弾した腹部の銃創から血が滲むのを気遣うカールが諌めの言葉を掛けるが、
それすらケヴィンは聞き入れず、怯えるエリオットへなおも叱声を掛けようとする。
調度その瞬間だった。


「敵襲ッ! 反乱軍の敵襲ーーーッ!!」


【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の陣内へ八番組の隊士が転がり込んできた。
斥候として周辺の状況を探っていた隊士だ。


「バカなッ!! そんなワケがあるものかッ!!
 奴ら、向こう正面に布陣したまま動いていない筈だろうがッ!?」
「陣内へ大将と僅かな護衛を残してこちらの警戒を引きつけ、
 本隊は【グレート・ピット】を抜けて我らの背後に回った模様ですッ!!
 現在、前衛部隊が先行して交戦をッ!!」
「―――奇襲かッ!!」


突然の動乱に緊張走る高岩(ハイロック)の陣を地響きが揺るがす。
独特の風切る落下音、続けざまの爆発音、そして、最後に迫り来る衝撃波(オーバーバースト)。
エリオットの背中に隠れて怯えるウェンディは知りえないこの激しい音を、
彼女以外の誰もが知っていた。


「地の利を生かして回り込むとは考えたもんだな。
 モンスターがうじゃうじゃと蔓延る大穴を抜けてきたってんだから、
 度胸も大したもんだと誉めてやらなきゃな…ッ!」
「余裕ぶっこいてる場合じゃないだろ、ホークの兄ちゃんッ!!
 ヤバいぜ、このまま戦ったらウェンディが危ないッ!!」
「こうなる事が、どうして、分からなかったんだッ!? どうして、非力な子を連れてきたッ!?」
「わ、私はただエリオットクンが心配で………」
「だからボクは反対したっつってんだろッ!! えぇい、こんな押し問答やってる場合じゃないッ!!
 ウェンディ、いいか、ボクから離れるんじゃないぞッ!!」
「心意気や良し―――やが、こりゃちぃとアカンで!
 奴さん、あの手持ち式砲台まで奪っちょったとはなッ!!」


【ローラント】での合戦の折、ナイトハルトが得意満面に繰り出した携行式ランチャー、
【ハウザーEz-RateD】だ。
爆発が複数同時に炸裂する中、山鳴りめいた怒号・怒号・怒号の波が
空を劈いて草原地帯に轟き渡る。
軍靴を打ち鳴らしながら、反逆者の軍勢が【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の陣へ
背後から攻め込んできたのだ。


「片意地張ってる場合じゃねぇッ!! ケヴィン、俺らも加勢するぜッ!!」
「クッ…、こうなったら、仕方が無い………ッ!! これを、使ってッ!!」
「―――って、ライフル使えってかッ!?」
「セーフティレバー解除して引き金を引くだけやッ!! 習うより慣れてくれッ!!」


岩壁へ立てかけてあったライフルを投げ渡されたエリオットたちは、
本来の得手が近接戦闘だけに、初めて手のする銃器に戸惑いを隠せなかった。
使い方の手短な説明を受けてもまともに使いこなせる自信は無いが、
だからといって戦が待ってくれるわけではない。敵はすぐそこまで迫っていた。


「………総員丙種戦闘配置ッ!! ライフル部隊はポイントB、Cの高岩(ハイロック)を死守し、
 高所から敵影を狙撃せよ!! 流れ弾が味方に当たっても構わんッ!!
 銃身が焼け焦げるまで撃ちまく―――ぐぅッ!?」


奇襲で攻め入られた戦場へ飛び出し、全軍に指揮を出すルガーの左の太腿を
敵の銃弾が撃ち抜いた。
幸いもルガーの銃創は致命傷にはならなかったものの、不意打ちで錯綜した戦場は混沌を極め、
おっ取り刀で応戦するライフルの照準は定まらず、あらぬ方向へと逸れていった。
それだけならまだしも、相手の銃弾は精密にこちらを狙い撃ちし、
【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の隊士たちが続々と斃れていく。


「クソッ!! うまく、命中、させられない!! それに、耳が、痛いッ!!
 これなら、【アグレッシブビースト】で、特攻かけた方が、ずっとも、戦いやすいよッ!!」
「かと言ってこの弾雨や! 銃撃以外に戦う手立てはあらへんッ!!
 無闇に突っ込めば蜂の巣にされてまうッ!!」
「くッ………ええい、構うなッ!! 着弾など気にも留めず撃ちまくれッ!!
 下手な鉄砲を認めるは屈辱だが、気取っていられる状況ではないッ!!」


リボルバーといった短銃の有効射程外からの狙撃に対し、こちらも負けじとライフルで応戦するが、
扱い慣れない武器の為に命中精度は絶無に等しく、敵が身を隠す岩石の表面を舐めるだけで
まるで直撃してくれない。
ルガーが指揮するまでもなく、着弾を確認せず遮二無二撃ちまくる戦いとなっていた。


「なッ、なに言ってんだッ!! 無駄撃ちってのは得する事なんて何一つ無いんだぞッ!?
 確実でなくてもいいッ!! ちゃんと狙って撃つんだッ!!」


銃器と同じ原理で敵を撃つ弓矢を得意とするポポイは、
そんな無茶苦茶な戦い方を窘めようとするも、この状態では誰に聞き入れられるべくもなく、
諌めの言葉は絶え間なく弾け続ける発砲音に噛み砕かれていく。


「落ち着けッ!! コツさえ掴んじまえば難しくねぇッ!!
 どっしり腰を据えて引き金を引くんだッ!!」
「誰もがお前みたいに器用じゃないんだよッ!! そう上手くいくもんかッ!!」
「エ、エリオットクン、腕から血が………っ!!」
「バカ、ウェンディ、伏せてろッ!! こんなんカスリ傷だッ!!」


迫撃を続ける大砲を土嚢に見立て、その陰へ身を隠しつつライフルを発射するエリオットの肩から
血が滲んでいるのを見つけたウェンディがたまらず悲鳴を上げる。
ところが、逆に悲鳴を上げたのはエリオットの方だった。
迂闊に身じろぎしただけで風穴を開けられる状況でウェンディに顔を上げられては肝が潰れて仕方が無い。
コツを掴んだホークアイに倣い、片手でライフルを正射しながら慌てて彼女の頭を地面へ押し付けた。


「………く…あああぁぁぁッ!!」
「エリオットクンッ!」
「だから伏せてろっつってんだろ! ボクを誰だと思ってんだ!
 お前は自分の兄貴が鍛えた弟子を信用できないのかよッ!?」
「でも、でも………」
「デモだろうがストだろうが、後でゆっくり聞いてやるからッ!
 ボクがいいって言うまで頭上げんなよッ!!」


しなやかな筋肉を纏うホークアイならいざ知らず、
骨格も成長しきっていないエリオットにはライフルの片手撃ちは厳しかったらしく、
凄まじいブローバック(発射時の反動)が襲い掛かるたびに銃身を支える掌が痺れ、
最初のマガジンラックを発射し尽す頃には、照準が少しも合わなくなっていた。


「気を付けろッ!! 抜剣隊が来るぞォッ!!」


鉄砲と大砲の応酬による銃撃戦で発生した硝煙が濃霧のように視界を遮る中、
白兵武器を携えた敵方の第二陣が、総崩れとなった【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】へ
容赦なく追い討ちを掛ける。
ルガーが指揮を執る前衛を突き崩した“抜剣隊”の勢いは凄まじく、
扱い慣れないライフルで援護射撃するエリオットたちが身を隠した高岩(ハイロック)まで到達し、
いよいよ【ベイル高原】は【生】と【死】が薄皮一枚の狭間で交錯する乱戦の場となった。


「―――くそッ!! ウェンディ、じっとしてろッ!!」
「エ、エリオットクン!?」
「頭上げんなッ! 見たくもないもんを見る事になるからッ!!」


使い物にならないライフルを投げ捨てたエリオットは突然の狂乱に呆然となるウェンディを
うつ伏せに押し倒すと彼女を庇うように仁王立ちし、抜き放った『加州清光』の二刀を
猛然と襲い掛かってくる“抜剣隊”へ向けた。


「チッ、まずいな…、女子供の区別もつかねぇのかよ、こいつらッ!!」
「これまでの戦場がむしろ異常なくらい恵まれ過ぎていたのだ。
 本来の戦とは、女だろうが子供だろうが容赦なく吹き付ける死の旋風なのだッ!!」


狙撃された太腿を引きずり、満足に身動きの取れないルガーをホークアイがフォローし、
雪崩れ込んでくる敵軍勢と斬り結ぶ。
確かに恵まれていたのかもしれない、とクナイで一人、二人と斬り捨てながらホークアイは述懐する。
これまでの戦は多士済々のエキスパートが揃う【草薙カッツバルゲルズ】だからこそ
常勝で切り抜けて来られたが、今度ばかりは勝手が違う。


「ケヴィン、無茶したらアカンで!! お前さんはどてっ腹に一発貰っとるんやからな!!」
「オイラもフォローするからさ、そんな一人で気張るなよ! 先に身体のが参っちまうぞ!!」
「無茶しなくちゃ、勝てる戦も、勝てやしないッ!!」


【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】も共にあの死線を潜った仲間である事に違いは無いものの、
戦術の中枢を担っていたランディの智謀は無く、リースを筆頭に並んだ優秀な術師もいない。
なにより、強烈なカリスマ性で大人数をしっかり求心していた大黒柱のデュランの不在は痛打だった。
ケヴィンも八番組のリーダーとして懸命に張り詰めているが、狂気宿る戦場を取りまとめるだけの技量を
備えるには残念ながらまだ到達しておらず、目の前の敵をたたき伏せるのが精一杯である。






(それに………クソッ! 俺たちが切り抜けた戦場からどえらく様変わりしちまってて
 何がなんだかわかんねぇッ!!)






そもそも銃撃戦というもの自体を初めて経験するホークアイには、
敵味方入り乱れて斬り合う乱戦の最中を弾丸が飛び交うような状況を覆す策は考えの及ばない領域だ。
【キマイラホール】の戦いでは銃器自体が無い完全な力勝負だったし、
【ローラント】では敵方の銃をいかにして無力化するかで頭を捻りはしたが、
戦力として銃砲を組み込む術をホークアイは知らなかった。

そしてそれは、訓練こそ受けたものの実戦で銃器を用いる事に
不慣れな【獣人義由群(ビースト・フリーダム)】の隊士たちにも共通しており、
咽るような硝煙で視界が霞む事に戸惑い、超人的な身体能力を普段の二割も生かせていなかった。


「もう、ダメだッ!! 鉄砲は、使えないッ!! 体術で、叩き伏せるしか、無いッ!!」
「チィッ………、どうなっても知らんで、しかしィッ!!」


そこを銃砲の扱いに手馴れた部隊へ狙い撃ちにされ、抜剣隊に斬り込まれるのだから、
総崩れになるのは当然の筋運びと言えるのかもしれない。
直面した事のない最大の危機に、ホークアイも、ケヴィンも、皆が焦っていた。


「デュラン・パラッシュが二番弟子、エリオット・アークウィンドッ!!
 この程度で討ち取られるほど甘くは無いぞッ!!」


デュランに授けられた『加州清光』の二刀と技で獅子奮迅の活躍を見せるエリオットの腕前は、
【聖域(アジール)】での最終決戦の折にロキをして未熟と一笑に付された時よりも数段に飛躍し、
敵と見れば形振り構わず斬殺と強襲する“抜剣隊”の猛刃を脇差で捌いては
もう一方の大刀で鮮やかに討ち取るという、二天で一を成す攻防一体の連携を
鮮やかに完成させていた。


「これで終いかッ!? ………―――さぁ、さぁさぁさぁさぁッ!!!!」


この上何が凄まじいかと言えば、並み居る屈強の大人たちを相手にしながらも、
足元に倒れこんだ誰一人の命も殺めていないという事だ。
これだけの乱戦にあっても峰打ちで手心を加えるという神業をやってのけた天賦の才に
恐れ戦いた“抜剣隊”を、エリオットが威勢の良い啖呵を切って更に圧倒する。

今までのエリオットであれば、この啖呵も己の技量を弁えない子供の囀りとして失笑を買っていただろうが、
優秀な戦士の血を引き、【剣聖】として名高いステラにも比肩するデュランに教えを受けた事で開花した
サラブレッドな潜在能力に気圧される“抜剣隊”には何に勝る脅威だ。


「良い気になってる、場合じゃ、無いだろうッ!?」


勝ち目が無いと解っていながらも斬り込んできた兵卒の一人を
『加州清光』が捉えようとした瞬間、横から割って入ったケヴィンの蹴りが無謀な男を吹き飛ばし、
当初の気概を殺がれた一団へ更なる恐怖を与えた。


「怯んだ隙を、逃す手は、無い。お前は、このまま、【ベイル高原】を、離れるんだッ!!」
「ケヴィンッ!!」
「戦場を、抜ける道は、カールが、案内してくれる。早く、行けッ!!」
「でも…ッ!!」
「お前は、足元で震えてる、ウェンディを、このままに、しておけるのかッ!?」
「―――――――――………ッ」


戦いの変貌に戸惑うホークアイと異なり、己の剣腕に勝機を見出そうとしていたエリオットだが、
それも彼一人で戦っていればの話である。
ケヴィンの言う通り、乱戦の余燼を浴びないよう地面に突っ伏して震えているウェンディを見れば、
このまま踏み止まって戦い続けるのが上策ではない事は一目瞭然だ。
エリオットの奮戦で被弾は防げても、戦場を知らない普通の少女では精神が持たないだろう。


「そういうワケだ。ここはオイラたちが食い止めるから早く逃げな!」
「ポポイもかよッ!?」
「これでも【アルテナ】きっての隠密だからね、オイラは。
 反社会的な連中を目の当たりにしちゃあ捨て置くわけにもいかないんだよ」
「………お前まで脱落すんのか………」
「しょぼくれとる場合や無いで! 今しかチャンスは巡ってこんのやッ!!
 全速力で駆け抜けるでッ!!」
「………………………」


エリオットたちを狙撃しようと【ハウザー】の照準を合わせていた兵卒を
逆に魔弾で返り討ちに落としたポポイがケヴィンの隣に立って逃亡を促す。
最後までデュランの救命に助力してくれると思っていたエリオットは、
ウェンディの手を取る事も忘れて、ポポイの離脱に悄然と首を振った。


「ボサッとしてんなよッ!! 行くぞッ!! ………行くんだッ!!」


腰を抜かして歩く事もままならないウェンディを背負ったホークアイは
ショックに打ちひしがれるエリオットの腕を引くと「お前がしっかりしなくてどうすんだッ!!」と
激しい口調で一喝した。


「………………………」


いつもなら「ヘタレに言われたくないね」と減らず口の一つも返って来るものだが、
それでも腑抜けたように肩を落とすエリオットの心へ火を点ける事は適わず、
歯噛みしたまま彼の腕を引っ張るホークアイは、カールの案内のもと、
【ベイル高原】を脱出できる抜け道へと駆け込んだ。






(死ぬなよ、みんな………ッ!!)






追っ手を振り切れるまで自分たちの退路を守ってくれるケヴィンたちへ
ホークアイは無事を案じて目配せしたが、視界を閉ざすかのような硝煙と乱戦に紛れては、
その想いも霞んで潰えていく。


「………ポポイ、本当に、いいの? オイラたちに、力、貸してくれて………」
「当たり前だろ。親友のピンチを見過ごせるかってんだ」
「だけど………」
「それに、デュランの兄ちゃんの事で動揺してるケヴィンを放っておけないだろ?
 エリオットの手前、無理してるの、バレバレだぜ?」
「………ポポイには、敵わないな」
「なッ、なな、何を二人で甘い空気を醸しているのだッ!?
 俺だってケヴィンが本調子じゃない事ぐらい見抜いておったわッ!!」
「はいはい、良かったネ………っと、遊んでられるのもここまでみたいだな」


先行して斬り込んできた“抜剣隊”は辛くも全滅させられたが、
反逆軍の攻勢は激化の一途を辿り、遠方に布かれた敵本陣から援軍の怒号が聞こえてきた。
判然とはしないものの、兵の数は奇襲してきた部隊の倍はあると見ていい。


「…ケヴィン、ちゃんとカールに“あれ”は託したのか?」
「………うん」
「“あれ”…って、何だよ?」
「………師匠に、渡そうと思ってた、オイラ、お手製の、カラクリ人形だよ………」
「………………………」
「また師匠と会った時に、きちんと笑っていられるよう、オイラは、全力を、尽くす!!
 【マナ】を、悪用する輩を、やっつけるって、心に、決めたんだッ!!」
「ああ、そうだったな………」
「………安心しな。オイラもルガーも手助けしてやっからさ」
「………それに、人を、悲しませるだけの、機械を、許したら、ルッカさん、きっと、悲しむしね」
「………ケヴィン………」
「天国でまで、ルッカさんに、悲しい思い、させたくないもんッ!!」
「―――ケヴィン、お前………ッ」


ケヴィンの口から飛び出した意外な言葉をポポイが聞き返そうとした時、
新たな銃声が【ベイル高原】に響き渡った。
最初の交戦を切り抜けた【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の隊士は半分を切り、
伝令を走らせた【バファル】からの援軍も未だ到着の気配を見せない。


「そろそろ参るか、ケヴィン」
「いっちょ親友パワーを見せ付けてやろうじゃん!」
「………うん、皆が、いてくれるなら、あんなヤツらに、負けっこないよ………ッ!!」


ランディの智謀や、デュランのカリスマ性ばかりか、相棒のカールすら不在のまま、
十倍近い手勢の敵を相手にする戦いへ恐怖を感じないわけではない。
絶体絶命の窮地に怯える気持ちには、今にも挫けてしまいそうだ。


「―――進めェッ!!」


それでもケヴィンは銃火吹き荒れる戦場へ踏み出した。
見捨てる形となったエリオットへ微かな蟠りと哀しみを抱えながら、
ロキの様に、いや、彼のような理想を持たず、ただ利己の為だけに【マナ】を悪用せんとする輩と
最後まで戦うというデュランの意思を携えて、
ポポイ、ルガー、頼れる【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の仲間と共に
荒れ狂う戦場へ猛き拳を振り上げた―――――――――






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