「さっき計った時、熱は何℃あった?」
「………38℃………」
「はい、永遠の夢、終了ー。
お前はここで安静にしてろ。パレードを見るなんて無理だ」
「そ、そんなっ! ひどいですっ、デュランのド鬼畜っ!」
「ド鬼畜って………」
「シャルに教わりました。
デュランがひどい事してきたら、ド鬼畜と言いなさいって」
「………多分な、“ひどい事”の意味がすれ違ってるぞ、お前。
シャルロットが言いたいのは、もっとこう肉食的っつーか…」
「肉食的…って、どういう意味ですか?」
「劣情の赴くままにっつーか………」
「………?」
「あー、もーッ、いいから寝ろ、お前はッ!」
「あう………、デュランはやっぱりド鬼畜です………」
「お前、それ、絶対に他のヤツらがいる前で言うなよッ!?」
行く先々に刺客を差し向けてくる【三界同盟】との戦いは熾烈を極め、
それに伴ってメンバーの疲弊が徐々に蓄積されるのは自明の理。
中継地点にと【ガルディア】なる国へ立ち寄った時には、
疲弊がピークに達したリースがとうとう熱を出して寝込んでしまった。
折りしもこの時、王国では姫の結婚式典の真っ最中。
「女の子の永遠の夢」だからと結婚祝賀パレードを見たいと熱望するリースを
あの手この手で押さえて寝かしつけたデュランの心情は察するにあまりあるよ。
―――同情じゃないけどな、決してッ!
むしろ呆れと軽蔑だけどな、あのおピンク男の心情=スケベ心に対するッ!!
…え? 「風引きを看病してるのにあんまりだ」だって?
よーし、言ったなッ!! ワタシがわざわざ“歩く桃色リビドー”と呼ぶ由縁を目の当たりにして、
キミは同じコトをもう一度言えるかなッ!?
しかと見届けよッ!! 以下ッ!! “歩く桃色リビドー”の羞恥プレイだぁーーーッ!!
「ま、真っ黒クロ助のバカもケヴィンたちと
祭り騒ぎへ出かけてったっきり帰ってこねぇから、
せめて今日くらいはシャルもお前もゆっくりできるだろ」
「デュランはこれからどうするのです? また軍議に戻られるのですか?」
「…カンベンしてくれ。
俺は休憩時間にまで議論を尽くそうとする連中とは根本的に違う人種なんだからな。
もう机上の空論はコリゴリだ。あいつらだって俺の意見なんか求めちゃいねぇよ」
「そうでしたね。思い立ったらまず行動。
考えるだけの情報は後から随いてくる、というのがあなたですものね」
「好意的に解釈してくれんのはお前くらいだよ。
他の連中なんざ、人を猪呼ばわりときたもんだ」
「ふふっ………」
「笑い事じゃねぇっつーの。
またあの場所に戻らなけりゃならねぇ俺の身にもなってくれよな………」
「それならいっそサボッちゃいましょう」
「………おいおい、お前も言うようになったじゃねぇか」
「たとえばそうですね………、病人の看病というのはどうでしょう?
正統な理由として通ると思いますよ?」
「それじゃ俺は今日一日、お前のお供か。
………ま、それも悪かねぇか。
でも、お前、しゃべってばかりじゃ養生にならねぇだろ?」
「無理におしゃべりとかしなくてもいいんです。
ただ………」
「ただ?」
「ただ、こうしてこのまま傍にいてくれるだけで、それだけでいいですから。
私が眠りに落ちる、その時まで…」
「………風邪、移さねぇってのが条件だぞ。
もし破ったら正座させて説教コースだからな」
「それは気をつけなくてはいけませんね。
デュランに叱ってもらうの、私は好きだから苦になりませんが、
病人に無茶をさせてはいけませんものね」
「お前な、今のも人前で言うんじゃねぇぞ………」
………。
………………。
………………………。
――――――――――――――――――死ね★
………おォっとぉッ! あまりの吐き気についつい思ったままを口に出しちゃったよ。
ごめんごめん、ヒトに見届けろっつっといて、ワタシ、途中で目ぇ逸らしちゃったよ。
だってさ、この色ボケ共、この会話中、ずっと手ぇ繋いでたんだよ?
いつの時代のバカップルかと。そこでなんでガーッと行ってゴーッとウルフにならないのかと。
好きな女の子が弱ってる時こそチャンス! 言葉攻めでオトして、おもむろに圧し掛かったりとか、
なんでここ一番の度胸見せないかねぇ。据え膳食わねば男じゃないッ★
いいじゃん、成年向けに指定されたって、隠しページに秘匿するとか適当にサーバーさん騙くらかしてサ、
ポルノ作家も裸足で逃げ出す病人陵辱白書を綴ればいいじゃんッ★
―――と、普通の男相手ならこうした憤慨爆発させるトコなんだけど、
無骨な清純派を装って相手を油断させるのがデュランの十八番! ていうか本番ッ!!
“歩く桃色リビドー”の猛攻はなおも続くッ!!
「あ、デュラン、髪もだいぶ伸びましたね」
「もう伸びるトークは勘弁してくれや………」
「だから言ったじゃないですか。
私たちみたくこまめに散髪しなくちゃダメですって」
「ホークじゃあるまいし、美容院なんか行けるかよ」
「床屋さんだっていいじゃありませんか。
そういう事に無頓着そうなケヴィンですら、
二月に一度は散髪へ出かけているのですよ。
なのにデュランときたら、伸びたら伸ばしっぱなしじゃないですか」
「うっせぇな、趣味だよ、趣味。
伸ばしてんだよ、今」
「物ぐさな人に限ってそういう言い訳をするものです。
これ以上髪を伸ばすようでしたら、私のリボンをお貸ししますよ?」
「いらねぇよッ!!」
「いるとかいらないとかでなく、これは強制です。
後ろ髪にちょこんと結んであげますからね♪」
ちなみにコレ、【三界同盟】との最終決戦を翌朝に控えた夜の出来事ね。
出兵する誰もが極度の緊張と焦燥に焼け焦げるのを尻目に
この二人と来たらデュランの長い髪の毛をまな板に載せて恋話(コイバナ)にお料理お料理★
砂肝か、お前らは。ていうかワタシたちをそこまでして砂まみれにしたいか。
―――そうさ、これも計算なんだよッ!!
わざと髪の毛を長く伸ばしてリースが食いつくのを待っていたデュランの狡猾ッ!!
ワタシたちに砂を吐かせるのを目的とした悪意ある計算なんだッ!!
だって、そうとしか考えられないでしょ? ヒトに見せ付けたいが為としかッ!!
イチャつくならもっとそっと静かにやればいいのに、
どうしてコイツらはおおっぴらにスキンシップ取りたがるんだよ。
これはもう周囲におピンクな空気を撒き散らして自己顕示したいという願望以外に考えられないッ!
これぞ“歩く桃色リビドー”が“歩く桃色リビドー”たる由縁ッ!!
センセーショナルなリビドーが服着て練り歩く事の桃色の如しッ!!
思わずワタシが死ねと口走った気持ちが、今のキミなら、きっと理解してくれるハズだよね★
「変わったな、お前。
ちょっと前まではそんな風にもったいぶらずにぶつかって、
その度にベソかいてたのによ」
「泣かせてくれたのは、あなたじゃないですか」
「………それに、そんな風に明るく笑う事も無かったよな」
「私も成長したという証です」
「自分で言っちゃおしまいだろ」
「みんな、みんな少しずつ前進しているのですよ。
ホークも、アンジェラも、ケヴィンも、シャルも、みんな、みんな…。
だって、デュランもすごく変わったじゃないですか」
「―――はぁ? 俺がッ?」
「最初に会った時のデュランったら、行儀悪く背中を丸めていたのに、
今はシャキッと背筋を伸ばしているじゃありませんか」
「―――って、なんだよ、変わったって、そんなトコかよ!!」
「何を怒っているのですか。一番大事な事ですよ。
デュランはどうして背筋を伸ばすようになったのですか?」
「禅問答みたく深く考えた事なんか無ぇよ。
周りの連中が背筋伸ばして歩いてんのに、俺だけ丸まってたら不恰好だろ。
それでいつの間にか引っ張られちまってな」
「不恰好で見るに耐えないから、背筋を伸ばしていると?」
「俺だけならいいけどよ、ほら、お前らにも悪ぃだろ?
折り目正しい中に独りだけヤンキーがいたら、お前らも悪く見られちまう」
「そうなのですか?」
「だからよ、お前、俺一人ん時ぁ、結構背中丸めて―――」
「―――そこが変わったと思うところです、デュラン。
以前は誰の目も気にしていなかったのに、今は違うのですよね」
「他人に媚び売る事覚えたってか?」
「誰かと手を取り合う事を覚えた、という事だと思います」
「………………………」
「デュランは私たちのチームメイトの事を、
いつでも本気で考えてくれています。
誰かのために本気になる事、私たちと出会うまでありましたか?」
「………いや、無ぇな」
「だから、きっと、デュランも変わったんですよ。
私たちのために背筋も伸ばしてくださいました」
「………………………」
このお惚気の前後にはこんなやり取りがあったんだけど、
コイツをくっ付けると途端に純粋な“イイオハナシ”になっちゃうから、
ひとり面白探検隊のワタシにとっちゃ無性につまらない。
よって前後関係は一切無視! 時間軸をズラしてでも隔離閉鎖!
見る人が見れば砂を吐いて喜ぶけど、ある層の人が見たら包丁もって襲い掛かってきそうな
お惚気暴走(ていうか“妄走”)にエクスチェンジ★ 世界中のある層の人々を敵に回しちゃえ★
宿の一室だろうが、決戦の直前だろうが構わずイチャついてる方が悪いんだよ。
†
―――――――――さて、腑抜けた惚気話はここまで。
各地でギリギリの駆け引きを繰り広げてきた【草薙カッツバルゲルズ】と【三界同盟】に
決着の時が迫っていた。
苦難の旅の果てに敵の本拠地である【キマイラホール】の場所を突き止めた【草薙カッツバルゲルズ】が、
連携を取る【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】らと共に大挙して討ち入ったのだ。
「―――――――――いざッ!!!!」
雷鳴よりも鋭く猛々しいデュランの檄を号砲に、
【イシュタリアス】の命運を賭けた最終最大の【合戦】が幕を開いた。
前夜にリースとイチャついてた色ボケ男と同一人物とは思えない獅子奮迅で
血路を開こうと立ち回るデュランに負けじと、仲間たちも持ちうる限りの力を、技を、魂を振るい続ける。
奈落を彷彿とさせる大穴の底での合戦にひっかけて≪アビス事変≫と後に呼ばれる事なるこの戦いは
【キマイラホール】のあらゆる回廊へ血風を呼び込むほど凄まじく、至る場所にて生と死の極限が交錯した。
「―――――――――………………………ッ」
押しては引き、引いては押し返しの繰り返しが剣戟相打つ轟音に合わせて続く中、
血の匂いに支配された戦場でリースが立ち眩みを起こしたのも
無理からぬ事だったのかもしれない。
リースは、数年前に一度、≪アビス事変≫と同様の惨状を目の当たりにしているのだから。
「だ、大丈夫です。少し眩暈がしてしまっただけなので………」
「眩暈って、そんなの、大変じゃないッ!!
ここはアタシたちに任せて、リースは隅っこで少し休んでて!」
「でも………」
「いいから休みなさいっ!
そんなんじゃ弟さんと再会する前に倒れてしまうわッ!!
―――デュラン、リースのガードに回ってちょうだい!!」
「―――あぁッ!? リースがどうかしたのかッ!?」
ツヴァイハンダーによる荒っぽい斬り捨てだけでなく
我流の体術も織り交ぜて激闘するデュランが気付いた時には、リースの顔面はもう真っ青。
見ていられないくらい生気を失くしていた。
『――忘れない』
燃え盛る山河を瞳の奥に刻みながら呟いた言葉が、この時のリースには圧し掛かっていたのだと思う。
【アルテナ】指揮のもとで決行された民族虐殺の憂き目に遭ったリースは
まだ10歳にも満たない頃に血腥い風に当てられ、親しい人たちの命が理不尽に奪われていく無念を
心の奥底へトラウマとして抱えていた。
その時の葛藤と恐怖が合戦という壮絶なデジャヴによって反復され、
リースから前へと進む力を削ぎ落とした。
「………何やってんだよ、お前はッ!! こんな時に凹んでんじゃねぇッ!!」
トラウマなんていうどうしようもない心の傷痕に苛まれる人間には、
誰もが優しい言葉をかけるものだけど、彼は、デュランだけは違っていた。
「お前は、今、何のためにここにいるんだ?
えぇ? 何しにこんな穴倉へやって来たんだよ?」
「………………………」
「一丁前にトラウマなんか引きずってやがんのか?
………クソくらえだ、バカ野郎ッ!!
命懸けてここまで来たクセに、手前ェでつんのめってんじゃねぇッ!!」
「ちょ、ちょっと、デュラン、いくらなんでもそれは言い過ぎじゃ………」
「黙ってろっつってんだよッ!!
こいつにはこれくらいでなけりゃ効かねぇんだッ!!
―――わかってんのか、リース。
手前勝手なトラウマで立ち尽くしちまったら、
弟にも同じトラウマ味わわせる事になんだぞッ!?」
「―――――――――ッ!?」
「幽閉されてるから安全だとか、物理的なモンじゃねぇんだよッ!
一刻も早くこの泥沼から引っ張り出してやらなけりゃ、
お前は弟にまでこの泥沼を一生引きずらせる事になんだぞッ!!
振り切れだの、乗り越えろだのとムシのいい話はしねぇ。
でもな、これだけは言っとくぜ―――」
「………………………………………………」
「―――命懸けた目的を邪魔するようなトラウマだったら、
頭ン中からどっかへ蹴り出しちまえッ!! グダグダと考えるのは後にしろッ!!
ギリギリの限界で踏ん張って、今は目的だけ見つめて走れッ!!
それができないんだったら、この場で死ねッ! 死んじまえッ!!」
アンジェラやプリムが気遣わしげに労わるのを一喝したばかりか、
あえて厳しい叱声を浴びせるデュランは、ともすれば人の心を顧みない
サイテー野郎のレッテルを貼られてしまいそうなものだ。
ていうか、実際、こん時はワタシもちょ〜っとカチンと来てたし。
誰も彼もゴキブリ並の図太さを地で行くお前みたいな神経してるわけじゃねーんだよ、って。
「命懸ける覚悟で弟助けるつもりでいるんだろうがッ!!
なのに挫けちまう程度の覚悟だったら、
ここで俺が首根っこ掻っ切って―――」
「―――死にませんっ! 死ぬわけにはいきませんっ!!」
………でもさ、結局さ、リースのコトをイチバン理解してんのは、デュランなんだよね。
慰めの言葉では効き目の無かったリースの活力を元気にしちゃうあたり、
立ち入れない二人の世界ってヤツが透けて見えちゃうよ。
「苦しい想いをするのは私だけで十分ですっ!!
エリオットにまでこんな想いをさせたりはしないッ!!」
「なら今すぐ立ち上がってみせろッ!!
―――本当の戦いはこれからなんだッ!!」
「言われなくたって、駆け出す準備は既にできていますっ!!」
何度も何度も本気でぶつかってきた二人だからこそ、
お互いが最も望む言葉を、お互いに最も効果のある言葉を掛け合える、みたいな。
サイテーにしか見えなかった叱咤が、一番リースに大事だったと見抜けたかったのは、
悔しいけれど、あの娘のイチバン深いところまでワタシたちが入り込めていなかったってコトだもん。
さんざバカップルとかコキおろしてやったけど、ただのバカには真似できない、
“支え合える”強さと絆がデュランとリースの間には結ばれていた。
「単騎での不意打ちとは短慮が過ぎるな………早死にするぞ、デュラン?」
「るせぇんだよッ!! 気安く名前で呼ぶんじゃねぇッ!!」
そんな風にみんなを引っ張ってきたデュランが豹変したのは、
【三界同盟】側の総大将として兵権を執る【セクンダディ】のリーダー、
【黒耀の騎士】と正面から激突した時だった。
「激昂するな。冷静さを欠けば欠くほど剣が乱れるぞ」
「てめぇを相手にして、冷静でいられるわけねぇだろうがッ!!
こっちゃ、てめぇが存在してるだけでどうしようもねぇんだッ!!
どうしようもなくキレちまうんだからよォッ!!」
「………実の息子に存在を否定されるのは、なかなかに心苦しいものだな」
「るせぇっつってんのが聴こえねぇのか、クソオヤジッ!!
家族を顧みなかったてめぇが、いまさら父親面すんじゃねぇッ!!」
「息子? 父親…っ?」
人間離れした戦闘力で立ちはだかる【黒耀の騎士】に対して壊れたように罵声を吼えかけながら
デュランは暴れ狂う。
荒っぽいけど実は沈着な普段を知っているワタシたちだからこそわかるけど、
接敵から戦闘まで、【黒耀の騎士】と相対した際のデュランは明らかに様子がおかしかった。
「………えっ? し、師匠が、二人?」
「よう見てみい、ケヴィン。あのデカブツのがちぃとばかし老けとる」
「―――ッ!? な、なんで…?
だって、あいつ、あの顔、確かに死んだはずだって………」
「ちょっと待て、あの顔、見覚えあるぞッ!!
あいつ、あの黒騎士、まさか、………ロキ・ザファータキエッ!?」
「そのロキ・ザファータキエが、
デュランと………親子だっちゅうんかい!?」
………そして、狂気を宿した切っ先が【黒耀の騎士】の顔面を覆う兜を跳ね飛ばした瞬間、
ワタシたちはデュランの激昂の正体を知るコトになる。
「こないだもよぉ、てめえのせいで一人死んじまったよッ!!
てめえが【社会正義】の象徴なんてクソみてぇなもんに
祭り上げられてくれたお陰でよぉ、また一人殺されちまったッ!!
なんでテロになんか手を染めたのか、尋問も何にも無ぇままよォッ!!
女一人に集団で斬り付けやがったんだぜ!? てめぇが残した【黄金騎士団】の連中がぁッ!!」
「【社会悪】は即座に征伐する。
それは【社会】の秩序を護る上で欠かす事のできぬ思想ではないか」
「大法螺吹く前に足元見てみやがれッ!!
てめえの理想ばっかに目ェ向けて、自分のカミさん見殺しにするのは、
それじゃあ、てめえ、【悪】じゃねぇってのか、ああッ!?」
―――ロキ・ザファータキエ。
【ローラント】の民族虐殺の尖兵を務め、【社会正義】の雄として畏敬された“黄金の騎士”が
炎に包まれた戦場の黄昏から現世へと甦り、屹然と立っていた。
「謀反の疑いあり」という理由だけで人を斬って捨てるという外道に手を染めたばかりか、
デュランの母…つまり自分の妻が病に苦しむのも顧みずに遠地への出征を繰り返し、
ついには夭折させてしまった悲劇の【英雄】が立っていた。
「………まだ戦うつもりか、デュラン」
「戦うんじゃねぇ…、俺は…、てめえを………殺す…それだけだ…ッ!!」
この世で最も憎むべき存在が、最悪の戦場で命を落としたはずの英雄が実際には生き延び、
あまつさえ世界を未曾有の危機に陥れようと企む悪の結社へ与していたコトが
デュランにはどうしても耐え切れず、どれだけ手酷くやられてもお構いなしに突っ込む、突っ込む。
いくらホークアイやカールが制止にかかっても振り払って挑んでいくあたり、
よっぽど【黒耀の騎士】…もとい、ロキに深いコンプレックスを持ってたみたいだね。
「―――我らは【アルテナ】とその属国および【女神・イシュタル】を奉じる
愚かな殉教者諸君に対し、ここに宣戦を布告するッ!!
失われし人間の秘術【マナ】をもって、世界に【真実】の【未来享受原理】をもたらすのだッ!!」
しかも、あろう事かロキは【セクンダディ】の一部と手を組み、合戦のドサクサに紛れて三盟主らを暗殺、
【三界同盟】を内部から崩壊させてしまった。
………さすがは【社会】の防人を気取る英雄サンだけあるね。
どうも最初からコレが狙いで【三界同盟】へ入り込んだみたい。
もちろん、世界を【革命】し得るだけの力を手に入れる踏み台に利用したって打算もあったんだろうけど、
この狡猾さが後にデュランのコンプレックスを余計に掻き毟るコトになるんだ………………………。
(………………………俺は…戦えるのか………………………)
内部崩壊という如何にも大きな組織にありがりな幕切れとなった【三界同盟】の残骸を
睨み吸えるデュランの瞳には、きっと、ワタシたちには見えないモノが映っていたに違いない。
「まだ“あいつ”もブッ倒してねぇってのに
牙を折るようなマネが出来るかってんだ」
人間でありながら【三界同盟】へ取り入り、甘い汁を吸おうとしたタナトスなんとかっていうバカと、
ヤツらの残党をまとめて荒海で追い詰めた時にもそんな風に口走っていたくらいだし、
小さな自分の尊敬と母の信頼を踏みにじった父親への恨みは相当根深かったように思える。
そうした背景を踏まえて振り返ってみると、長期に亘った【三界同盟】との戦いは、
ロキ・ザファータキエという【革命者】を向こうに回す本当の戦いへの伏線だったのかもしれない。
こうして≪アビス事変≫は、混乱と恐慌の内に終焉を迎えた―――――――――。
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