いくつかの懸念を残しつつも【三界同盟】を降して凱旋した【草薙カッツバルゲルズ】に
大きな転機が訪れたのは、残党を打ち破ってからすぐ後のコトだ。


「今日、ここにお集まりいただきました全ての勇士に、まず心からの感謝を述べたいと思います。
 私たちの【イシュタリアス】をお救いいただき、本当にありがとうございました。
 貴方がたが命懸けで戦ってくださったからこそ、私たちは今日の生を喜ぶ事ができるのです」


残党狩りに一段落がついた頃、【アルテナ】の王城にあたる堂塔【ケーリュイケオン】にて催された
【三界同盟】打倒の祝賀パーティーで“【社会】のモラルリーダー”ことヴァルダ女王が
こう口火を切ったところから、ワタシたちの歯車はギシギシと音を立てて狂い始めた。


「特に【草薙カッツバルゲルズ】の皆様には感謝のしようもありません。
 貴方がたの勇気が多くの心を繋ぎ、ついには大きな悪を討ち取るまでに至ったのです。
 その勇気、その力、なによりの誇りにしてください。
 純潔たるその魂こそ、世界を【社会悪】から護る絶対の盾となるのですから。
 なによりの僥倖は我らに【ジェマの騎士】が味方してくれた事ですっ。
 聖剣と女神の化身のもとに【草薙カッツバルゲルズ】が集ったからこそ、
 勝利を切り拓く事が叶ったのですっ」
「そ、そんな僕…、い、いや、私めには身に余るお言葉にございますっ!」
「ランディ・バゼラード。そして、【草薙カッツバルゲルズ】の皆様。
 以降は我が【アルテナ】に仕官し、今後も【社会悪】と戦い続けていただきたいっ!
 世界に平和の福音を打ち鳴らす【未来享受原理】の護りとしてっ!!


元来いじめられっ子オーラでも醸し出しているのか、今日の今日までさんざコケにされ続け、
人に認められるとゆー経験が皆無なランディは、ちょっとでも世慣れした人間であれば、
あからさまな口説き文句とわかるヴァルダ女王のささやきに一発でノックダウン。
あんまり簡単に跪いちゃうから、一瞬ギャグかと吹き出しそうになっちゃったくらい。

………リスキーな道を知っているデュランと異なって、ランディは根っからの善人。
人を疑うという術を知らないから、なんでもかんでもホイホイ受け入れちゃう。
コレだって、結局ランディの出世にはつながったけど、
ヴァルダ王女が【ジェマの騎士】の名前欲しさで誘いかけてきたって見え見えじゃないのっ。


「あ、ありがたき幸せにございますっ!
 我ら【草薙カッツバルゲルズ】一同、
 身命を賭して【社会正義】の礎となりましょうッ!」


―――ここが、運命の別れ道。
ランディは全員で【アルテナ】へ仕官し、引き立てられるのを望んでいたみたいだけど、
そもそも体制派に良い感情を抱いていないデュランがその軍門に下るわけもなく、
まして、禍根を乗り越えたとはいえ、思うところの多いリースに至っては返答を待つ事自体が失礼だ。
案の定、みんながみんな眉間がしわっくちゃ。ホントさぁ、ダメでもダメなりに空気くらい読めよ★


「俺なんかいなくても、お前は一人で十分やっていける。
 自信持って行ってこい」


―――とデュランに背中押されたランディと、それに従うワタシたち以外は全員ドロップアウトし、
【草薙カッツバルゲルズ】は事実上の解散を迎えた………。


「それは…ガセじゃねぇのか?」
「現在は調査の段階なので断言はできませんが、状況証拠や前後背景から推理すると、
 ………信憑性は高いものと思われます」
「………信じられねぇよ、そんなん………」


デュランとランディが袂を分かったのと同じ頃………イヤ、正確にはこの機を待っていたと言うべきか。
【アルテナ】の誘いを蹴ったデュランに急接近する影がこの頃からチラつき始めていた。
世界中の首脳陣が一堂に会する円卓会議【サミット】の議長として【社会】を引率する
【アルテナ】の専横に反目し、反対勢力を形成しつつある【ローザリア】王国の騎士隊、
【インペリアルクロス】のリーダー、アルベルト・I・スクラマサクス。
いかにもオ貴族サマみたいな、軟弱そうな上っ面してるクセしてお腹の中は真っ黒くろスケで、
なんとしてもデュランを反【アルテナ】勢力へ引き込もうとあの手この手を駆使してくるストーカーだ。
ストーカーっつっても差し支えナイでしょ?
さも昔から仲間ですよと言わんばかりにデュランの脇を固めて随いてくるんだもん。

―――え、もしかして、ストーカーじゃなくて、僕たちずっと一緒だよネのおホモだち希望!?
Oh★ そのテの人々が悶絶しちゃいそうなシチュエーションじゃん★
かたや素直じゃない無骨者で、もう一人が甘〜いのプリンセス顔!
なんだ、キミたちは、ワタシをその筋の異世界へ引きずり込むつもりっ!?
いいだろうッ! 受けて立ってやるよ★ 美男と野獣の組み合わせはむしろ好物の範疇ッ★
ご飯三杯がっつがつイケるさッ! 好きなものは好きなんだからしょ〜がナイッ!!


「【アルテナ】は逆賊の追討へ本腰を入れるつもりのようです」
「………仲間を逆賊呼ばわりされるのは、
 あんまり気持ちのいいもんじゃねぇんだけどよ」
「これは失敬。
 ………しかし、状況を鑑みれば、これは目を逸らす事もできない現実。
 この度は切り抜けられたようですが、
 そう遠くない内にタカマガハラ氏への包囲網は強まっていくでしょう」
「………マサル………ランディ………」
「【ジェマの騎士】が何を思って逆賊追討の令旨を願い出たのかまでは
 私たちにもわかりません。
 しかし、一つだけ確かなのは、彼が【アルテナ】へ取り込まれた事」
「あいつがそんな軽い男なわけねぇっ!」
「【アルテナ】への仕官はヴァルダ女王直々のお声がかり。
 そして、その女王は稀代の政治家。世界の支配者を自負する者です。
 大恩ある女王の甘言で取り込まれたと見るのは穿ち過ぎですか?」
「アンタがランディの何を知ってるってんだ? 勝手な推理で悪党にするなよッ!!」
「私は第三者の眼で推察しているのみ。
 そこに悪意を感じ取られるのは、貴方自身が【ジェマの騎士】に対して
 浅からぬ疑念を抱いているからに他ならない!」
「なにぃ………っ?」
「現実を見据えるのです。【ジェマの騎士】は大国の陰に志を覆われ、
 勇者の雷名を振りかざす走狗と成り果てている。
 逆賊とはいえ、かつて仲間だった者を討とうと決起したこの現実こそ、紛れも無い真実ッ!!」
「………………………」


―――な〜んて割とギリギリなジョークが飛び出すのも許されないくらい、
事態は悪化の一途をたどっていた。
何をトチ狂ったのか、【三界同盟】崩壊の寸前、【セクンダディ】の一人である“邪眼の伯爵”なる野郎と
友情だか交誼だかを結んで逃亡したマサルは、この時、反逆者として国際指名手配を受けていた。
そのマサルを、ランディの私兵が急襲したというのだ。


「【アルテナ】の存念は一つ。
 【社会正義】の名のもとに逆賊を討ち取る事でモラルリーダーたる威光を強めようと―――」
「―――もう、いい………」


ホンット、【アルテナ】しかり【ローザリア】しかり、
お偉方ってのはやる事なす事あからさまだから手に負えないよ。
物的証拠をなんも提示してない嘘八百をデュランに吹聴してランディと切り離そうなんて、
古典的過ぎて笑えないよ。笑えなくって、すっごい、ムカつくっ!
これまでずっと戦ってきた相手と逃亡するからには、マサルにもよっぽどの理由が―――
―――いや、あの脳味噌筋肉人間にはそんなオツムは無さそうだけどさ、
だけど、何らかの考えがあったんだろうし、いくらランディがど〜しよ〜もないゴクツブシだっつっても
それくらいは察してるんだ。なのに、それを踏みにじるようなマネすると思う!?


「どうして…、こんな事になっちまったんだ………」


………もっとも、死んだハズのロキと再会した事で半分錯乱状態だったデュランじゃ、
いかにもウソにもコロッと騙されちゃうか。
頭の回転も錆付てたし、なにより、父親のコトになるとブッ壊れるデュランに
矢継ぎ早で起こる事件を整理する余裕なんか無かったしね。


「………使い勝手の良い駒になってくれそうだよ、デュラン・パラッシュ………」」


あーッ、もうッ!! これ、このにくったらしい悪人顔ッ!!
デュランがいないと見ればすぐに本音を漏らすこのツラがムカついてムカついてッ!!
よく冗談で「未来永劫ボウフラ人生」とかブチあげてっけど、コイツらに関しちゃ冗談外だよッ!!
お前らなんか、輪廻転生しても逃れられない未来永劫マリモ呪縛に大・認・定だ、この腐れ外道ッ★















ロキの生存やらランディの凶変(これは嘘っぱちなんだけど)やらと
色々な事が重なり過ぎたデュランの許容は既に限界点。
次に何か起きたら本当に壊れちゃうくらい精神的に疲れ果てていたみたいで、
リースもみんなも、この時期のデュランは見てられなかったって苦々しく振り返ってたっけ。

そして、そういう時に限って最悪の事態がやって来るのが世の常、運命の不思議。
信じられない変事をアルベルトから突きつけられたその夜、
デュランにとっておよそ考えられる最悪の事態が【フォルセナ】を標的に牙を剥いた。


「この炎は、【アルテナ】への宣戦布告の狼煙だ。
 【悪の枢軸】とは言え、腐っても【アルテナ】はモラルリーダーを自負する大国。
 【社会】を相手に事構える狼煙として、これ以上に望ましいものはなかろう


【マナ】という名で知られる古代の科学技術が粋を結集して創造された空中戦艦を駆ったロキが
宣戦布告も何も無く、突如【フォルセナ】を、自分の子供たちが住む故郷を急襲したのだ。
空中からの凄まじい艦砲射撃じゃ飽き足らず、城下にはヤクトパンサーとかいう戦車を走らせ、
英雄王を守るべく奮戦する【黄金騎士団】にはD・T・Wなる機械兵団を投入、
圧倒的な武力でもって【フォルセナ】を炎で包み込んだ。
城下の混乱といえば無かっただろう。荒れ野を徘徊しているモンスターとはまるで異なる、
鋼の巨体をうねらせる脅威が襲い掛かってくるんだもん、パニックになるなってのがムリな話。
初めて目の当たりにする機械の化け物を相手に、住民も、【黄金騎士団】も成す術もなく血の海に沈められていく。
【アルテナ】に対する決起の意思表明として加えられた熾烈な攻撃は、
英雄王が自ら出陣し、采配を取るまで【フォルセナ】側に付け入るスキすら与えなかった。
………対処の仕方すら解らない【マナ】の機械兵団には、文字通り刃が立たなかったわけだ。


「世界にあるべき未来をもたらすため、
 …ウェンディよ、お前の命を【比例贖罪】に捧げてくれ」


―――狂乱に紛れて地上へ降り立ったロキが真っ直ぐに目指したのは、
デュランの妹…つまり自分の娘であるウェンディだった。
あろう事かロキは、自分自身の心の蟠りを取り除くべく、実の娘の命を奪おうとしていたのだ。
【社会正義】の威光に騙される形で10年前に滅ぼしてしまった【ローラント】への罪悪感にさいなまれていたロキは、
このままでは【革命】へ専心できないと考え、【ローラント】攻めと同じように【フォルセナ】を攻撃し、
遺族の無念を…いや、自分の蟠りを断ち切るための【比例贖罪】を実行した。
かつて滅ぼしてしまった村落と同じやり方で自分の故郷を壊せば、きっと迷いも晴れるハズって………、
天才とナントカは紙一重なんてレベルじゃなく、本気でアタマおかしいんじゃないのッ?
総仕上げには自分の娘を血祭りにあげようってッ!? 狂ってるとしか思えないッ!!


「それ以上、寄るなぁッ!!」


人類史上最低最悪な自分勝手のワガママに幼い激昂が待ったをかける。
簡素な胴鎧を身に纏い、右手には脇差と言う名前の短刀を構えたこの少年こそ、
【三界同盟】に捉えられていたリースの弟、エリオット・アークウィンドだ。
獅子身中の虫として【三界同盟】へ潜入していたライザの手引きを受けて合戦のドサクサに脱出、
戦後はリースと共にパラッシュ家へと身を寄せていた。
オトコノコ的に剣術へ憧れるものがあったのか、そのままデュランに弟子入りして稽古に精進する毎日。
そんな中で鍛えられた剣術でもってロキとウェンディちゃんの間に立ちはだかったんだけど………


「………少年、私にお前を殺す事はできぬ。
 殺してしまえば【比例贖罪】の大義を外れる………」
「だからなんなんだよ、ヒレイショクザイってのはよぉッ!!
 家族殺していいなんて話があるわけないだろッ!!」
「私に家族を殺されたお前や姉はどうなのだ? 【フォルセナ】へ恨み抱いているだろう。
 因果応報の鉄槌を下したいと根底に負の怒りを滾らせているのだろう」
「はあ…っ!?」
「しかし、お前たちは国家を滅ぼすにはあまりに微力。よってこの私が因果応報の理のもと、
【ローラント】の怒りを【フォルセナ】へ振り下ろす代行の剣を執る」
「あ、あんたは………」
「町を焼いた人々の棲処を焼き払い、家族を奪った者の家族を殺す。
 これぞ【比例贖罪】ッ!! 等しき公平な刑務ッ!! 【革命】へ至る禊であるッ!!」
「そんな…、そんな事のためにウェンディを狙うのかよ…!」
「私はお前たち姉弟から家族を奪ってしまった。
 ならば私は私の家族を【比例贖罪】の贄へと差し出す。
 でなくば生命の重みに公平さを欠くではないか」
「く…、狂ってやがる………」


青くもなるよね、そりゃあ。
常識も理性もカッ飛んだ、イカれてるとしか思えない奇行の大義名分に
自分らの因縁を持ち出されちゃあね。
子供相手に押し付けがましく迷惑極まりない暴力を平然と説いてのけるこのオヤジの頭の中身さ、
いっぺん解体して覗いてみたいと思うのはワタシだけ?


「戦災者が望むのは、当事者への復讐ではありませんっ!!
 誰も同じ過ちを繰り返さない、争いの無い世界ですっ!!」
「何を…、何を言うのかッ? なぜ、己の真意を偽るのだ…ッ?」
「そこがアンタの限界だよ、ロキ。
 ねじくれちまったアンタにゃわからない、負の感情を超えた人間の強さだ」
「ステラ…、貴様………!!」
「やられたらやり返す。子供の内はコレでもいいんだ。
 喧嘩から生まれる絆や価値観ってもんは大切だからね。
 でも、アンタは【社会】を引っ張ってく大人だろ?
 大人がお子様次元に退行してどうすんだいッ!!」
「黙れッ!! 黙れぇッ!!」
「しかもアンタは他人の報復を代行すると言い出したッ!!
 【比例贖罪】? 禊? …ゴタクばかりが上手くなったもんだね。
 アンタ、今の自分の状況が飲み込めてないだろ?」
「俺の理想に異論を唱えるつもりかッ!?」
「今のアンタは正義のヒーローでもなんでもない、
 報復の代行で免罪符を受けたと勘違いしてる、どうしようもない暴れん坊のロクデナシさッ!!」
「―――――――――ッ!!」
「悪だの正義だのと言う前に自分の―――………」
「もういい、おばさん。言葉なんかこの男には届かねぇんだ。
 ………力づくで叩き潰す。ケリをつけるにはそれしかねぇんだよ」


リースに呆れられて、かつての同門(ステラさんね)にまで詰られて、
どんどん正体を無くしていくロキの落ちぶれっぷりっていったら、
【黄金の騎士】の雷名がウソみたいなもん。
薄っぺらで自己満足な理想しか持ち合わせちゃいない男の末路は大抵惨め多らしいけど、
ほらご覧よ、足りない頭でひり出してた大仰な台詞が、最後には意気消沈だ。
ステラさんの罵詈雑言にもあったように、これがロキの限界ってトコだね。


―――そこでブチギレちゃったのが、デュランだ。
強烈なコンプレックスを感じる=心の底では認めていた父親が
底の浅い小悪党に成り下がっていた………だなんて、シャレにもなってないよ。
ロキの堕落は、ずっとその背中を追い越そうともがいてきたデュランへ相当なショックを与えて、
限界ギリギリだった理性をついに弾き飛ばしてしまった。

どん底の失望は感情を凍てつかせた鬼気となってツヴァイハンダーに宿り、
殺意の赴くままに吼える修羅へとデュランを塗り替え、突き動かす。
対するロキも同じだ。【イシュタリアス】に【革命】をもたらす大義を踏みにじられた憤激は脳を焦がし、
【マナ】の魔人と化して現世を破壊せしめようと暴走の一途を辿っていく。


「俺が憎むのは、いつでも俺の前に立ちはだかる忌々しい【クソ親父】。
 てめえは親でも何でもねぇ。………倒すべき【敵】だ」
「ならば俺とて同じ事よッ!!
 貴様らの根絶を【革命】の階梯への足がかりとさせてもらうッ!!」


燃え盛る【フォルセナ】で激しく剣を交えるデュランとロキの姿は、互いを認める親子ではなく、
目の前に蠢く【敵】の血肉を貪るために荒らぶる狂戦士さながら。
躊躇なく命を奪い合う修羅の血闘が戦火に咲いて爆ぜた。
親子の絆を完全に断ち切ったデュランとロキの、血で血を洗う負の戦いは
この先ずっと、様々に姿を変えて正面から激突する事になる。



………。



………………。



………………………。



ホントはね、エリオット奪取後の【フォルセナ】でのお話って言ったら、
デュランとリースの共同生活とかドキドキワクワク盛り沢山だから、
そっちをピックアップしたかったんだけど、………これから先に待ち構えるドロドロした局面は、
どうも初々しい路線を許してくれないみたい。






(………ヤダな、こんなの………)






【女神】を継ぐ者として【イシュタリアス】に起こる全部を見届けるつもりではいるのだけど、
楽しいコト最高★ ―――なワタシには、どんどん悪い方向へ、悪い方向へ落ちていく様子を直視するのは、
辛くって苦しくって仕方無いや………………………。







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