イカれ腐ったロキを目の当たりにしたデュランの失望は
その後も留まるところを知らず、迷走に姿を変えて前途に暗い影を落とした。
「………鬼にでもなったつもりかい?
お前は父親を存在ごと受け入れないつもりかい?」
「受け入れたも何も、死んじまった人間にこれ以上何の感慨を持てってんだ?」
「―――………はっきり言うよ。
手前勝手に見切りを付けちまった今のお前じゃ、ロキは倒せない」
「倒す? …俺はあの男を倒すつもりは無ぇ。………“殺す”。
俺は過去から這い出た亡霊を打ち祓う。それだけだ」
ロキによる【ローラント】襲撃を境に様子のおかしくなったデュランに対して
ステラさんから諌めの言葉をかけられてもこの返答。
父親を超えるとか、止めるとかってんじゃなく、殺して潰して、それで全部終わらせちゃおう―――
―――この時のデュランの頭には無かった。
よっぽど精神的な余裕が無かったのか、こうしてブチギレてる最中のデュランって言ったら、
見てるこっちの背筋が寒くなるくらい冷たい表情(カオ)してたっけ。
………妹に追い掛け回されてる今のコイツからは想像もできないのが幸いだね。
仲間を引っ張るのをヤメて、他人を寄せ付けるコトさえなくなった孤高の【鬼】とか書くと
そりゃヤンキーとしちゃハクがつくかもだけど、そんなん色ボケ妄想ヤロウにゃ似合わないもん。
『―――理の女王ヴァルダの呼びかけにより、臨時サミットの開催、決まる!!』
もがけばもがくほど【草薙カッツバルゲルズ】を取り巻く状況が悪くなっていく………そんな時だ。
【マナ】を用いて世界を滅ぼそうと画策するロキの脅威に対抗すべく
ヴァルダ女王が臨時【サミット】の開催を呼び掛けたのは。
「………そもそも議長を専任する事こそ、
【未来享受原理】に反する考えではありませんか?
【アルテナ】が掲げる【未来享受原理】の根本は平等社会。
しかし実質的にはどうか? 民主と平等を美徳とする【アルテナ】自らが序列を引き、
ヒエラルキーの頂点に君臨しているではありませんか」
「異議あり。【ローザリア】側の主張は過度の思い込みを背景とした誇大妄想に過ぎません。
【アルテナ】がいつ格付けを働きかけたと言うのですか」
「【ローバーン】公は保身めいた擁護に必死のようですな。
その曇り眼では事実を見抜けないのも無理はありませんね」
「ぎ、議長ッ! ナイトハルト皇太子の今の発言の撤回を要求します」
「【ローザリア】代表、ナイトハルト君。
貴方がそのように極めて不適切な表現を用いる理由をお聞かせ願えますか」
「私はこう表現しましたね。“実質的”と。“実質的”。意味がお分かりですか、コルネリオ公。
【アルテナ】が序列形成に働きかけたなどと、私は一言も発言していないのです」
「ど、どういう事だ………ッ!!」
「首脳会議【サミット】の議長を専任するとなれば、世論はおのずと【アルテナ】に権力の頂を見るでしょう。
他国を率いる磐石のモラルリーダーとしてね。
そうなってしまえば、働きかけなどしなくとも権力は【アルテナ】へ集中する。
何も難しい事は無い。これで一極支配の完成です」
「異議ありッ!! ナイトハルトの弁論は何ら私の要求を満たすものではないッ!!」
「【ローバーン】公、コルネリオ君。
貴方は【バファル帝国】皇帝の名代として出席している身です。最低限の敬意をお忘れなく」
「………くっ!」
「結論は最後まで聞いてからにしていただきたいですな。
つまりはね、よろしいですか、コルネリオ公。
民衆の錯乱と、卑しくも隷属を願い出る弱国の“長い物には巻かれろ”理論が
既成事実的に一極支配を生み出した、というわけです。
自ら手を下せば恣意的。自然と権力が集まれば実質的。
私の言っている意味、お分かりになりますか?」
「侮辱しているのか!! 当然だろうッ!!」
「では噛み砕いてご説明ください。発言している私も頭が混乱してしまいましてね。
第三者の意見があれば、きっと乱麻も解けることでしょう」
「そ、それは………」
「まことの【民主社会】を志す皆さん、これが実情です!
本来は会議の進行係以外に何ら権限を持たない筈の議長国へ
このような蒙昧な鼠輩がまとわりつき、祭り上げ、挙句、実質的な一極支配へ結びついたのです!!
本当の意味で質の高い【社会】を目指すならば、今こそ議長制度を撤廃し、
まことの平等たる円卓を築く時でありますッ!!
保身と利己のみに囚われる愚者は、この際、篩にかけて落とすべきではないかと箴言いたしますッ!!」
「い、異議ありッ!! 議長、この発言は明らかな侮辱ですッ!!」
「………異議を却下します」
「ヴァ、ヴァルダ王女………」
―――ホーント、この時ほど無責任に有象無象の肉塊どもを創造すんじゃねーよって
先代がたにムカついたコトは無かったね。
【イシュタリアス】の命運がかかった重大な席だっつーのに、
政治家連中と来たら、ロキの進撃を止める妙案をアレやコレやと意見出し合うわけでなく、
議長権を譲れだのなんだのと利権争いしかしやがらない!
ある意味、究極の呑気だよね。切羽詰った状況であるにも関わらず、平然と自分の国の利益しか考えてないんだもん。
ここで一致団結して食い止めなきゃ、手前ぇらの欲しがる権威も滅びの嵐にあおられて吹っ飛ぶってのにサ。
それとも武力制圧した事後を見越しての政治的手腕ってヤツ?
ちゃんちゃらおかしいね! 今ある脅威にぶつかっていけないヤツに語れる未来なんか無いんだよ★
「―――あたしはね、ママ、新しい国を作ろうと思う」
「………………………」
「具体的には説明できないんだけど、そう、たとえば国の垣根を取り払って、
議長とかそんなのも無くて、けれどみんなが平和でいられる国の仕組みを作るわ。
権威を中央へばかり集中させるんじゃないの。村や町単位の地方へ分権していくのよ」
「【地方分権】を行えと?」
「難しい話じゃないわよ。要は隣組の人達ともっと話し合いすればOKってワケ。
話し合いの輪がブワッと世界規模で波及してけば、
権力に統率される事のない【平和】の明るさが差すんじゃないかな」
「……………………」
「これがあたしが貫こうと決めた【未来享受原理】なの。
ホントの【民主】じゃないかなって、自分でも胸を張って言えるわ。
そこまで思い切って仕組みを変えないと、第二第三のロキが生まれるのは明白ね」
「……………………」
「このままじゃ、【アルテナ】も先が長くないわ。だったら喝を入れなきゃダメッ!
変わる事で痛い目見るとか、ツマラナイ理由で足踏みしてたら何も変わらないもん。
―――あたしは、行き詰った【アルテナ】を【革命】してみせるわ」
そんなアホゴボウ共を見兼ねて大胆発言をブチ挙げたのが、アンジェラだった。
仲間たちと苦楽を分かち合う旅の中で培った経験は、アンジェラを何倍にも大きく成長させ、
利権争いにこだわるのでなく、隣同士手を携える事で世界に平穏をもたらす【革命】を
提唱させるまでに飛躍していた。
【イシュタリアス】に生きる一人の人間として、また、次の世代のモラルリーダーを担う者として、
これ以上の決意表明…ううん、狸の化かしあいに凝り固まった【社会】全体に対する宣戦布告は無いでしょ★
「アンジェラ・ユラナス・フォン=アルテナに謀反の嫌疑あり―――。
―――よって、かの者とそれに追随する郎党を逆賊―――すなわち【社会悪】と承認し、
ただちにこれを討つべし―――――――――ッ!!」
当然この発現はヴァルダ女王を始めとする各国首脳陣の逆鱗に触れ、
アンジェラは【社会】を不穏に陥れる逆賊として指名手配。
デュランたちもそれに手を貸す反逆者と見なされてしまった。
―――ま、いっくらお尋ね者にされちゃったからっつって、
アンジェラ一世一代の啖呵へケチをつけるつまんない仲間はいないんだけどね。
むしろ「よくやった、グッジョブ!」ってな具合に拍手喝采★
うんうん、どんな困難に立たされても諦めずに友情パワーで頑張るってのが
コイツらの長所(ときどき短所)だよ★
「【官軍】ゆうたら、時の権勢を象徴する軍隊みたいなもんや。
見たところ、【フォルセナ】だの【アルテナ】だの【ローザリア】だの、
軍事国家の精鋭共がまるでキメラみたくわんさか集まっちょる。
たかだか8人相手に大仰なこっちゃ」
「ていうか! なんでボクらが逆賊にされちゃってるわけ?
【サミット】ん時だって、ボクら、ヴァルダのオバちゃん守ろうとしたじゃんか!
………もしかして、母さんがムチャやらかした皺寄せが来ちゃってるとか?
ボクらにとっちゃ最大の縁者なわけだし………」
「………アンジェラのせいだろ」
「はぁ? いきなり何くっちゃべってくれるかと思えば、なんだそりゃ。
アンジェラの勇気をけなそうってのか、お前ッ!?
いくらリーダーだからって、言っていい事と悪い事があるんじゃねぇのかッ!?」
「………なにがリーダーだ。いつまでもくだらねぇ仲間ごっこやってんじゃねぇよッ!
てめぇらみたいな甘っちょろい連中に構ってたら、
いつまで経ってもロキん所まで辿りつけやしねぇッ!!」
「おいッ、デュランッ!!」
―――――――――………………………。
………………………約一名を除いて、ね。
「悪いけど! あたしはアンタにどれだけ詰られても、自分の信念曲げるつもりはないから!!
みんなだって、あたしの迷惑を理解してくれてるわ!!」
「当たり前や! ワイらはアンジェラの気持ちを大事にしてやりたいからな!」
「それがくだらねぇ仲間ごっこだっつってんだよッ!!
目先のカッコつけ優先させやがって、挙句がこのザマじゃねぇかッ!!
逆賊になっちまって、それじゃてめぇ、どうやってこの逆境から這い上がるってんだ?
器用に立ち回る事もできねぇハンチクが口先だけデカくしてんじゃねぇッ!!」
「―――――――――いい加減にしてくださいッ!!
余裕が無いのは解りますが、明らかにおかしいですよ、デュランッ!!
どうしてしまったと言うんですかッ!? こんなの、全然貴方らしくないッ!!」
「知った風な口叩くんじゃねぇッ!!」
「デュランッ!!」
「煩わしいんだよ、てめぇはッ!!」
【アルテナ】の勅命によって結集された討伐部隊はご大層にも【官軍】を冠し、
デュランたちへの包囲網を強めていた。
世界中に散らばる【アルテナ】属国の参画する軍勢が押しつぶすように攻めてきちゃあ、
さしもの強豪チームもたまったもんじゃない。
ただでさえ数の上で圧倒的不利なのに、ランディが総大将まで務めるもんだから、
軍鬼めいた知略と相まって最大のピンチ!
命からがらホウホウの体で逃げ出すのもざらだった。
………それがデュランの神経を逆撫でしたんだ。
なかなか殺害標的のロキへ辿り着けない苛立ちがピークに達したデュランは、
意趣返しにアンジェラへぶつけてしまった。結果はご覧の通りの大ゲンカ。
いくら余裕のヨの字も無いとはいえ、正常な判断ではとても思いつかない仕打ちを投げつけた責任は
デュラン本人にある。アンジェラのせいだとか、そんなワケはない。
【ローラント】襲撃からこっち、段々と仲間たちとの溝が深まりつつあったデュランだけど、
ここに来て決定的な亀裂が生じてしまって………………………。
「………もう仲良しこよしはお終いだ。
俺たちはデュラン・パラッシュに惚れ込んでここまでやって来た。
自分勝手な連中を本気で叱ってくれるお前に惚れて随いてきたんだ」
「………………………」
「お前が何かに悩んでるのは知ってる。それを受け止めてやるのが一番だって事も解ってる。
だけどよ、そいつをしてやりたいと思えるのはデュラン・パラッシュだ。
デュランの皮を被ったお前なんかじゃないッ!!」
「………………………」
「仲間でも何でもないお前にこれ以上付き合ってやる義理は無ぇ。
俺たちは俺たちの道で【ローラント】へ行く」
「………………………」
「………今日限りでおさらばだ」
それは、仲間を顧みなくなった報いなのか。
不協和音が頂点に達した瞬間、とうとうホークアイはデュランを見限り、去っていってしまった。
ホークアイだけじゃない。デュランを師と崇めて一行に随いてきたエリオットを除く仲間たち全員が
デュランと袂を分かつ事を決心し、軽蔑を吐き捨てるホークアイの後に続いた。
「………お前は行かねぇのか」
「行きますよ。私だってこんなところで足を止めるわけには行きません」
「………………………」
「今の貴方は最低です、デュラン。
貴方に悩みがあるのは解りますし、仲間へぶつけるのは決して悪い事じゃない。
でも、誰かに蟠りをぶつけるのと、優しさを踏みにじるのではまるで違います」
「………お前もお説教かよ」
「お説教なんかしなくても、そんな事、貴方には解っているじゃないですか。
不器用なくせに誰よりも優しい貴方には」
「解ってるヤツがこんなブザマな恰好曝すわけねぇだろ………ッ!!
見事に俺たち家族を裏切ってくれたクソ親父を踏み越えてやるために
強くなってみりゃ狂犬呼ばわりされて、今じゃ【黄金の騎士】の面汚しと鼻つまみ者だ。
目一杯強くなって、ようやくクソ親父をブッ潰せると喜んでてみろ、
あいつはゴミタメのド真ん中にいやがった。
自分でも笑っちまわぁ。さんざ追いかけてた背中が、無様に情けなく丸まってやがったんだぜ?
それだけじゃねぇ。今度は手前ェ勝手な行き詰まりで実の娘を殺そうとしてやがった。
………死にたいくらいに憧れた親父の成れの果てだ」
「………………………」
「そんなクソ親父へ一旦振り上げた拳を下ろす場所が、俺には見つけられねぇ。
今でもな、俺の頭のてっぺんへ振り上がったまま、どこへ下ろすか迷子になってんだよ」
「………………………」
「自分でもどうすりゃいいかわからねぇ。
わからねぇからイラついて、腹が立って、でも殴りつける親父は、もうどこにもいねぇ。
………笑えよ、傑作だろ? 俺はお前らをケリつけられなくなった親子喧嘩のはけ口にしたんだッ!!
その結果がこのザマだ。お前の気持ちも、ケヴィンの気遣いも踏みにじって、
あれだけ嫌ってた親父と同じ状態になっちまったんだよ、俺は」
「………………………」
「仲間だって誰もいねぇ。みんないなくなっちまった。
手前ェ勝手な行き詰まりでお前らに当り散らして、無様に情けなく背中丸めてよぉ」
「………………………」
「どうしようもねぇカスなんだよ、俺―――」
去りゆく仲間たちを見送り、最後までその場に留まっていたリースは、
デュランの口から苦々しく吐き出される自嘲の全てを押し黙ったまま受け止める。
ひん曲がった根性が邪魔をして素直に吐き出せなかった想いがそこにあった。
誰より一番心を開く相手のリースだからこそ、デュランも死ぬほど見苦しい遠吠えを打ち明けられたんだろうし、
そんな悲壮な想いを誰より理解するからこそ、リースは醜い洪水にフタをしたんだと思う。
「………やっと本音を話してくれましたね」
「………………………」
「それでいいんですよ、デュラン。
いつだって、誰にだって生身でぶつかるのがデュラン・パラッシュなんです。
みんなが慕い、私が好きになった貴方なのですから」
「………………………」
「………だから、私は先へ進みます。一足先に進んで、貴方をずっと待っています。
私を支えると誓ってくれた約束へ、私たちへ追いついてくれるまで待っています」
「………………………」
「たとえ他の誰もが貴方を見捨てたって、私は貴方を信じています。
………だから、今は、さよならです、デュラン」
「待っている」と最後の希望を示唆したまま去っていく背中を見送るデュランの胸には
どんな想いが去来していたのだろう。
いくらワタシだって、個人の心までは見通せない。
でも、間違いなくハッキリと言えるのは、サイテーなブザマをさらしたデュランは、
一人ぼっちになって初めて自分の行いを後悔したんじゃないかってコト。
仲間たちの信頼を裏切り、“大事な約束”を踏みにじってしまったと
ようやく気付いた喪失感っていったら筆舌に尽くし難い。
苦しくて、悔しくて、でも、全部自分のせいだからどうしようもなくて、
ホント、辛いとかそんな甘いレベルじゃない。ある意味、生き地獄だ。
そして、唇に残った甘くて熱い感触が最も触れたくない追い討ちを、
デュランに“大事な約束”を交わした日を思い出させる―――………。
・
・
・
「【三界同盟】が潰滅した後、私たちのもとを離れた母様は、
ずっとここで…、【ローラント】を負われたあの日から私たちが暮らしてきたこのロッジで、
戦いによって損壊した箇所を独り修繕してきたそうです。
………また、家族三人で暮らせる日を想い、一心不乱に、コツコツと………」
「………それだけじゃねぇだろ、こさえてたモンは」
「………………………」
「エリオットから聴いてたが、予想以上にぶきっちょみてぇだな、お前のお袋さんは。
スカートの丈、左右の端と端を見比べると、どうにも釣り合ってねぇように見えるんだけどな」
「似合いませんか?」
「………つか、見慣れねぇ。いつも黒いコート着てたからか」
「喪服はもう着ません。忌が明けましたから」
「………そうか」
………―――デュランたちが【逆賊】の烙印を押される直前のコト。
リースとエリオットの養母であり、我が子を支援すべく【三界同盟】に潜入していたライザが
【ローラント】を滅ぼされた恨みを果たすべく【サミット】へ斬り込むという
前代未聞の事件を起こした。
「………母様が【ケーリュイケオン】へ切り込む直前です。
突然姿を現した【三界同盟】の道化師が、全てを打ち明けてくださいました」
「………死を喰らう男だったな、確か」
―――事件自体は「どんな不条理も許し、受け止め、その上で平和を紡いでいく」という
リースの必死の説得によって未然に防がれ、標的と目されたヴァルダ女王は事なきを得たのだけど………。
「【三界同盟】との最初の交戦の折に落命した母様の無念を感じ取ったかの男は、
死者にかりそめの命を与える外法を用いて、母様に再び魂を吹き込んだのです」
「抵抗空しく連れ去られたエリオットの救出と、
お前たち二人の成長を見届けられなかった無念を………か」
「かりそめの命は、言ってみれば泡沫の夢。そして、夢は必ず覚めるもの。
母は、己の命の限界を道化師に告げられると、その足で【アルテナ】へ向かったそうです」
「………将来、お前たち【アークウィンド】の前に【アルテナ】が立ちはだかる事のないよう、
禍根を断っておくってか………親バカも、そこまで行き着けば芸術だぜ」
説得の先にリースとエリオットを待ち受けていたのは、かりそめの命を与えられたライザの最期………
………母の死だった。
将来、我が子の前途を【アルテナ】が阻むと確信し、行動を起こしたライザだったのだけど、
皮肉なコトに…ううん、皮肉なんかじゃないね。
彼女の教えは正しかった。破壊によって事態を収束しようとするライザを向こうに回したリースは
小さい頃に彼女から教えられた戦士としての信念で仇敵のヴァルダ女王を守り抜いた。
「………ライザ、貴女は私たちに教えてくれましたよね。
全て奪い取る力でもって復讐を成したところで、
そこに残るのは、また、不条理。それでは恨み抱く【社会】と同じだ、と」
「………………………」
「私は今日までその教えを指針に生きてきました。
どんな不条理も許し、受け止め、その上で平和を紡いでいく事を人生の糧に」
「………リース様………」
「時には叱られる事もありました。でも、最後には貴女の言葉を信じて貫いた。
………見てください。貴女の教えは、こんなにも素敵な人たちを私に与えてくれました。
貴女の言葉が、かけがえの無い絆を与えてくれたんです」
「…………………………」
「犠牲の上に築いていく未来は、もう私たちだけで終わりにしましょう、ライザ。
未来の可能性を変革するのは、大国の傲慢でも、
それを許さない【復讐】でもありません―――」
「…………………………」
「―――貴女が授けてくれたこの言葉が、未来なのです」
敗北とも違う、降参とも違う。ライザは、きっと、リースが自分を越えてくれた事に満足して、
無念を晴らし、安らかな内に逝ったんだ。
そうでなくちゃ、あの言葉は出てこない。
悔恨の中で崩れていったなら、あんなに綺麗な顔は出来やしない。
「………一つだけわがままを言ってもいいですか?」
「初めてじゃありませんか、リース様がわがままなんて………」
「………私を、“リース”と呼んでください」
「………………………」
「………ズルいぞ、姉様。ボクだって呼び捨てにしてもらった事ないのに」
「―――――――――リース、エリオット………」
「………………………母様っ!」
「お母さん………っ!」
「………………………だ………い………………す………き………………―――――――――」
世界で一番愛する我が子たちに胸いっぱいの幸せを貰ったライザの最期は
荘厳だけど、どこか優しくて、とびっきり微笑ましくて、………どうしようもないくらい切なかった。
「………デュラン様………」
「………………………」
「私の役目は、ここで終わりになります。
私の後を、リース様をお守りする役目を、貴方様へ託してもよろしいですか………?」
「………………………俺は――――――――――俺は、リースを守らねぇ」
「………デュラン様………?」
「………リースは、もう一人前の戦士だ。俺が守る必要はどこにも無ぇ」
「………………………」
「―――………俺は、リースを守ったりしねえ。
………………………ただ―――」
“―――ただ”に続く言葉は途中で飲み込まれちゃったけど、
無言に込められたデュランの誓いは、しっかりとライザへ伝わっていた。
託す想いに応えてくれるだろうと確信したライザのどこに未練が残る? ………どこにもありゃしないよ。
最期の最後まで我が子の為に戦い、そして、生き終えたライザの人生は、
断言してもいい。世界中の誰より幸福なものだった。
「―――なぁ、リース。俺が、お前のお袋さんに約束した事、覚えてるか?」
「“俺はリースを守らねぇ”…でしたっけ?」
「それじゃねぇよ、その後だ」
「………………………」
「………結局途中でブツ切になったまんまで、まだ伝え切れてなかったからな。
せっかくの【忌明け】だ。ちゃんと全部話しとく」
「………………………」
「お前は一人前だ。だから俺はお前を守るようなヤボな真似はしねぇ。
でもな、俺はお前を―――――――――」
「―――今のあなたに、その言葉を言ってもらったって、ちっとも嬉しくありません。
人の弱さはつっつくクセに、自分の弱さはさらけ出してくれない薄情者のド鬼畜なんかに、
そんな言葉は口にする権利もありませんから」
「………えれぇ言われ様だな」
「どんな言われ様でも、本当の事に変わりはないですよね?」
「………………………」
「だから、今のあなたにその言葉を言って欲しくないんです。
………全部が終わった時に、もう一度、お願いします。
それまでずっと待っていますから」
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