忌明けを宣言し、いつも着用してきたブラックレザーの【喪服】から
ライザお手製の若草色のワンピースに着替えたリースとの約束がなければ、
もしかしたらデュランは不貞腐れたまま舞台を降りていたに違いない。
誰かを信じる心を、誰かに信じていてもらえる勇気を忘れてしまったなら、
仲間たちのもとへ戻ってくる事も無く、道端で負け犬の人生に行き倒れていたハズだ。


「【神獣】と通称される、【ローラント】最後にして最大の【マナ】…、
 八基の戦略核ミサイルを【イシュタリアス】全土へ一斉に叩き落す!!
 一度世界を完全に消滅させ、その上に【魔法】などという澱を廃した真の桃源郷を築くのだッ!!」


【ローラント】地底に眠る【マナ】の都市遺跡【聖域(アジール)】へ封印された【禁咒】―――
―――人類史上最悪の兵器『核ミサイル』を全8本同時発射して【イシュタリアス】を一度完全に破壊、
更地に戻した上で新世界を築くという、ブッ壊れるにも程がある【革命】を宣言したロキを止めるべく、
リースたちの決死行は続く。
デュランを置き去りにしてきて戦力・統率力共に大きな不安が残る上に、
【逆賊】として指名手配されている一行に協力者は望むべくも無い危機的状況にもめげず、
決戦の地【ローラント】をただひたすらに目指した。


「放てぇッ!!」


最大の危機が最悪のタイミングでやって来たってヤツだ。
ランディを総大将に据えた【官軍】はリースたちの動きを早々に察知し、
あろう事か最終目的地の【ローラント】へ1,000もの軍勢を布陣させて迎撃体勢バッチシに
一行の到着を待ち構えていた。
「放て」の号令もダテじゃなく、レプリカではあるけれど、【マナ】の自動小銃まで総員装備。
数に物を言わせた【三界同盟】との合戦とは相対する武力の質が違いすぎる。
これも最小の労力で成果を上げようと頭を捻らせたランディの指示らしいんだけど………
………うん、ワタシ的には微妙な気分かな。

普段からこれくらい頭働かせなよ、うだつが上がらない負け虫根性でいるから付け上がられるんだって
たまにはランディの鋭い読みを誉めてやりたいとこだけど、今回ばかりはフクザツでさ………。
最も信頼の置ける仲間の動きだから、予測し易く見えみえってのはね………。
ある意味、信頼が成せるワザには違いないけれど、………仲間同士の殺し合いなんか、誰が喜ぶってのサ。


「ぞ、賊軍輩などに怯むなッ、かかれッ、かかれぇッ!!」
「見よッ、敵方は臆病風に吹かれているッ!! これこそ勝機だッ!!
 乾坤一擲でもって撃破するのだッ!!」


―――つっても、泣き言垂れてたって戦火が避けてくれるワケじゃない。
途中合流したマサルや【ナバール魁盗団】、最初こそ敵方に属していたけど、
土壇場で寝返ってくれた【黄金騎士団第7遊撃小隊】と【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】の援護で
一個大隊クラスの軍勢を得たリースたちは、10年前の侵略で廃虚と化した【ローラント】を合戦場に
とうとう【官軍】との武力衝突へ至った。


「行きましょう、私たちの未来へ―――――――――………………………」


予想通り、今度の戦いは【三界同盟】とやり合った時とはまるで様相が異なっていた。
子飼いのモンスターによる爪と牙の原始的な攻撃や呪術師の攻撃魔法であれば、
リースたちは何度も潜り抜けてきているし、怯む事なんかありゃしない。
けれど、自動小銃や長距離ライフル、携行式のミサイルランチャーといった重火器が
実戦投入された戦場は、これまでの戦いとは勝手があまりに違いすぎる。
最小限の労力とはよく言ったもんだよ。引き金引いたら相手は粉々になってんだもんね。
体力ガリガリ使う剣術や面倒くさい手順を踏む魔法をバカにしてんのかってくらい、
【マナ】の銃器は扱いやすい。苦労つったら弾数数えるくらいだもんね。






(それがたまらなくイヤなんだよ………人の命を軽々しく扱ってるみたいでサ………)






肉迫して戦うからこそ相手の息遣いや志を感じられる白兵戦と違って、
【マナ】の重火器を使った戦闘は、言ってしまえばジェノサイド専門。
遠方から弾丸バラ撒いて相手がくたばるのを待つなんて、そんなの“戦い”って言える!?
………ワタシが【マナ】を思っクソ邪険にする理由、わかるでしょ?


「―――………ったく、ちょっと目ェ離したすぐムチャしやがるな。
 砲撃相手に真っ向からタンカ切るなんざ、命の投げ捨てとおんなじだぜ?
 糸の切れた凧か、お前は―――」
「―――性分ですからね、私の。それはデュランだってよくご存知でしょう?
 文句を言うのであれば、風に吹かれて暴れないように、しっかりと糸を掴んでからにしてください」
「………チッ、反論できねぇからって好き勝手にイヤミ言いやがって」
「イヤミではありませんよ。乙女心と言うものです。
 ………今度は二度と離さないようにしっかり掴んでいてくださいね」
「当たり前だろ。今日から凧糸はワイヤーロープに付け替えだ」


ま、そんな考えもちっとは変わったケドね。
結局、【マナ】だろうが魔法だろうが、要は人の手にあるチカラに変わりナシ!
最終的にはそれを使う人間の心で善し悪しが決まるだってね★
こういう使い方だったら【マナ】の反則な爆発力も許してあげていいかな。


「こいつめ、リーダーのクセしてどんだけ遅刻してんだよ、コノヤロ〜」
「ああッ、待たせたな…ッ!」


対ロキ戦用にとヒース博士(このヒト、【三界同盟】はロキに近づいといて、
腹の底じゃ【マナ】の悪用を阻止しようと画策してたんだよね)が
用意したレーザーソード【エランヴィタール】をカッ飛ばして上空から奇襲してきたのは、もちろんデュランその人!
リースや仲間たちと紡いできた絆を手繰って戦線に復帰したデュランなんだけどさぁ、ちょっとカッコ付け過ぎ!
キザとキメポーズしか能の無いチンカスホークアイじゃないんだから、
そこまでカッコ良く登場しなくてもいいんじゃない?


「ばッ、ばばば、化け物だぁッ!!!!」
「権力に威を借りてに勝手三昧のてめぇらのが、よっぽどバケモンだろうがッ!!
 くだらねぇコトほざいてっと真っ先にシメんぞコラァッ!!」
「う、うわッ、わあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


ご都合主義だろーが、カッコ付け過ぎだろーが、リーダーが復帰した事で
ぐんぐん士気を取り戻した【逆賊】側を止められるだけのパワーが
寄せ集め風情の【官軍】輩にあるわきゃない★
隠れるのが精一杯の防戦から180度、攻勢に打って出たデュランたちは
爆撃的な大逆転で【官軍】の有象無象を蹴散らし、
【聖域(アジール)】へ続く道があるとされる大神殿へ一挙に駆け上った。

………と、まあ、小説やコミックなら起死回生すりゃ一気に勝ちまで飛んでくもんだけど、
このままスンナリ行かないのがリアルな人生ってヤツなんだわ。


「【官軍】の総大将として【逆賊】の台頭を見逃すわけにはいかない。
 今、この場にて貴方たちを食い止める。
 それが僕の、ランディ・バゼラードの務めだ………ッ!」
「けっきょく、あんたしゃんもどぶくせぇせいじかのはしくれってことでちかっ!!
 せかいのぴんちよりもじぶんらのたいぎをゆうせんさせるッ!!
 あんたしゃん、それでも【じぇまのきし】でちかッ!? えぇッ、ランディ・バゼラードッ!!」
「………ゴメン。これだけは曲げる事はできない」
「しゃるたちのくびをぶっちぎって、ヴァルダのくそばばぁにささげるわけでちね!!
 あぁ、あぁ、うざってぇッ!! しゅっせかいどうをひたはしるわけでちかッ!!
 おえらいさんはこれだからきらいなんでちよッ!! ひとのこころをなくしたどぐされがぁッ!!」
「―――もういいだろ、シャル。それくらいにしといてやれよ」
「なにいってんでちか、デュランしゃんッ!? これはしゃるたちにたいするはいしんで………」
「こいつは出世だの保身だの、くだらねぇモンなんざ考えちゃいねぇよ」
 ………一軍の将として、何より男としてつけるべきケジメをつけてぇだけなのさ」
「え………」
「………男前になったじゃねぇか、ランディ。最初にあった頃がウソみてぇだ。
 流れに任されるだけだったお前が、自分からハラぁ括る度胸を身につけるたぁな」
「今、こうして地に根を張っていられるのは、全部デュランさんのお陰ですよ。
 憂鬱に逃げない魂に鍛え上げてくれたのは貴方です」
「………よしてくれ。さっきのさっきまでイジけてた俺にゃ毒な言葉だ」
「それについては僕も安心しましたよ。
 【サミット】からこっち、見かける度に元気を無くしていたようでしたから………」
「あぁ、もう心配はいらねぇよ。………その代わりに覚悟を決めな。
 今の俺たちを止める事は誰にも出来ねぇ。
 たとえお前だろうと、立ちはだかるからには容赦しねぇで踏み越えていくッ!!」
「僕にも責任があります。【官軍】総大将として兵を預かる責任が。
 ………デュランさん、お覚悟を。貴方が僕を踏み越えると言うのなら、
 足さえかけられぬ高き葦となって聳え立ち、必ず食い止めてみせるッ!!」


10年前、リースの父親で史上最大の謀反人と目される【ローラント】族長、
ジョスターとロキが激しい死闘を演じ、相討ちとなって炎に消えたという大神殿には
【官軍】の総大将を任ぜられたランディが待ち受けていた。
もちろんこの時はワタシもプリムやポポイと同じくランディの傍。
何? 今じゃプラプラ遊び呆けてるのに、何でこの時だけ傍にいんの?
―――とか考えちゃってる? 考えちゃってる人はケツバットだかんね。
それも釘バット―――いや、それじゃフツーだな。うん、釘角材でケツの穴まで抉ったげる★
大体ねぇ、天下分け目の合戦を前にして遊び歩けるわけないでしょっ。
【イシュタリアス】で起こる事件、浄不浄と隔てなく全部見届けるのがワタシの役目なんだ。
今こそその時ってヤツ★ ワタシが見届けずに誰が見る!?


「俺の【撃斬】、お前の細腕に受け止めきれるかッ!?」
「受け止めきれない重さならば、それ以上の敏捷をもって避け切るのみッ!!
 貴方の攻撃は一つ一つが二の太刀を不要とする一撃必殺だ。
 掠めただけで致死の重みを帯びているからこそ、相対する者はそこに勝機を見出せるッ!!
 一度避けられてしまえば、一太刀果断の【撃斬】も鈍らの“死に剣”に他ならないッ!!」


デュランとランディの、事実上の師弟対決もワタシは一部始終を見守った。
プロレス観戦が趣味なオトコって、血湧き肉躍るベストバウトを見るとその気になっちゃうって言うよね。
くっだらね〜、超・単細胞〜♪ とかそれまでは鼻で笑ってやってたんだけど、
この時になってよ〜やくワタシにも野蛮原人どもの気持ちってのがわかったね。


「………何笑ってんだよ、てめぇ。俺をバカにしてんのか、コラ」
「笑ってるのはデュランさんも一緒でしょう?
 ………破顔してしまうのも解りますけどね」


一進一退の攻防を見てる内に、こう、魂がフツフツと燃え盛ってくるってカンジ?
闘争本能と破壊衝動がバチバチと脳内で火花散らしてさ、
思わず代々【女神】に伝わる【ハルマゲドン(直訳すると【イシュタリアス】どっかん)】の禁じ手を
発動させたくなっちゃったよ〜★ なんでもいいや、とりあえずブッ壊そうみたいな瞬間、
誰にでもあるっしょ?


「………さて、そろそろタイムオーバーのお時間だ。
 こちとら先へ進まなけりゃならねぇんでな………次でケリをつけるぜ………ッ!!」
「………だから、そういうセリフは僕を倒してからにしてくださいってば。
 最初に云ったでしょう? 僕は貴方を食い止める、と」


ハダカの命をぶつけ合う戦いって言うのかな、それは、見る者の胸を熱くさせる決斗だった。


「―――勝負ありッ!! マサル・フランカー・タカマガハラ、しかと見届けたッ!!
 デュラン・パラッシュ、ランディ・バゼラード、両雄共に天晴れ也ッ!!!!」


男と男の意地、未来へ向かうべく現在に反逆する者と、現在の秩序を司る者の戦いは、
気迫で師匠超えを果たしたランディの勝利で決着。

………なんか、感慨深いもんがあったね、やっぱ。
デュランの励ましで一人前の気構えを持ったランディが、その気構えで最後に兄貴分を超えたんだもん。
【逆賊】になってまで踏ん張ってきたデュランたちには悪いけど、ここはランディが勝たなきゃウソでしょ★


「―――【賊軍】を制圧した僕らが次に目指すべきは、世界に災厄をもたらす滅びの化身、
 【神獣】を食い止める事ッ!!
 【ジェマの騎士】として、【イシュタリアス】に生きる人間として、
 これだけはなんとしても阻止しなくちゃならないッ!!」


―――この発言が自分の責任問題に発展するのもランディは承知していたハズ。
それでもランディはデュランたちと手を携えていく道を選んだ。
ていうか、こーでなくっちゃやっぱウソでしょ? ウソだよね★
ま、「じゃ、【官軍】潰したんで連行してください」とかシケたコト抜かしてたら、
いくら温厚かつ清楚なワタシでも首根っこブッ千切って折檻入れてたけどさ。
生きてる事自体が世間的にリスクなダメ男もよ〜やく真人間へ一歩前進したカンジ★


「デュラン………」
「………行こうぜ、【未来】ってヤツを切り開きによ」


ランディの粋な計らいで再結成の運びとなった【草薙カッツバルゲルズ】は
ロキが虎の子の核ミサイルに頬擦りしてるだろう【聖域(アジール)】へ
一致団結して飛び込むコトに大決定★
―――これだよ、これこれッ! デュランん家のバカ親父が一人でグチグチ企んでても、
たくさんのチカラを一つに結んで勝ち抜けてきたワタシたちに怖がるものなんぞあるもんか★

ここに辿り着くまでにデュランの暴走やら政治家どもの駆け引きやらと
ヤになる事件が多かったから、みんなの顔に希望が灯ってるのは嬉しくって眩くって………………………






(やっぱちょっと結構しどかったけど………逃げ出さずに全部見届けてきて、ホントに良かったな………)






凝り固まった自分を自分で慰めるくらいしか頭を働かせらんないロキには見えないだろうけど、
これがワタシの、…ううん、【イシュタリアス】の選んだ【未来】の形なんだ。













「………いかように詰られようと、蛇蝎の如く軽蔑されようと私の【信念】は揺るがぬ………ッ!!
 進化を絡め取る【女神】の一切を排し、【マナ】によるまことの【未来享受原理】を打ち立てるッ!!
 ―――次代を担う者であろうと、我が志、妨げるのであれば………………………斬るッ!!!!」


話して聞くような相手とは思ってなかったけど、最終決戦はもう真正面からガチンコ一本勝負!
【ローラント】で触れた超技術によっぽどハマッたのか、
【女神】だろうが二つに断って分けるチェーンソーをぶん回すわ、
果ては核ミサもろともそこら中の機械取り込んでスーパーロボットに変形するわ………。
ご執心な【マナ】をこれでもかってくらい前面に押し出してくる物量戦法は
見てて吐き気がするくらい執拗かつ他力本願! 途中からムカついて仕方無かったね。
仮にもかつては【黄金の騎士】と謳われた英雄だったら、
旧人の智慧を借りただけの【マナ】に頼らず、身一つで立ち向かって来いってのッ★


「なぜ圧倒されるッ!? 脆弱なる【偽り】の御使如きに、なぜ気圧されるッ!?」


ミサイル・レーザー砲・加粒子波動砲…ことごとく切り札を破られたダメ人間の台詞として
これ以上相応しいものは無いね。だからお前はダメなんだってカンジだよ★


「………貴様らの全霊は感服に値する。生身であったならば、私とて圧していた事だろう。
 しかし、所詮はヒトの浅き力ッ!! 【女神】の呪縛に依るヒトの限界ッ!!
 いかに脆弱な小石をぶつけようとも【マナ】の頂を崩すなど、もって不可能なのだッ!!!!」


このヒト、「なぜ圧倒されるッ!?」の前にこんな風に勝ち誇ってくれやがってねぇ。
恰好ってのは、つければつけるほど後に醜態晒したときに
ダサダサとして返ってくるもんなんだよ。
そこら辺、うちの“チンカス”見てりゃよくわかるっしょ?
体裁取り繕う前に、ホラ、もっと大切なものに目を向けてみたらどう?


「………信じられぬ………核融合の…粒子砲だぞ? なぜ無事でいられる?
 【イシュタリアス】を滅亡させる力を浴びて、なぜ………ッ!!」
「どえらくかっちょばしぃねーみんぐでちたけど、ぶつりげんしょうであるかぎり、
 こっちにもてのうちようがあるってもんでちっ!」
「最初の弾丸は【フレアー】。次なる大技は【シェルター】と
 防御手段を使い分ければ受け流す事とて不可能ではないわ」
「魔法使いが何人いると思ってんだよ?
 シャルとプリムの姉ちゃんが【フレアー】で手一杯でも、
 オイラとアンジェラの姉ちゃんがタッグ組めば【シェルター】くらいなんとかならぁよッ!!」
「もひとつおまけに俺のエミュレーションを忘れてもらっちゃ困るね。
 【アンプリフィケイト】でこいつらのパワーをブーストさせる事もできんだぜ、俺」
「極限まで高められた魔法を私の【イーサネット】で拡大・強化して絶対防御の完成。
 さきほどの合戦で用いた戦法のアレンジですが、………うまく行ってくれたようですね!」
「貴様らは心見通す未来見かッ!?
 あの一瞬でそこまで細かき算段を付けられるわけがないッ!!」
「これだから夢想者はイヤなんだよな。
 信じられない状態に陥ったら、すぐに超常現象やら何やらにこじつけて、
 みっともない自分理屈で持ち直そうとしやがる。見苦しいったりゃありゃしねぇぜ。
 ………心を通わせる仲間ってのはそういうもんなんだよッ!!」


一番難しいようで、実は一番易しかったりする大切なもの………
………【未来】とは、誰か一人の手で切り拓けるほど安いもんじゃない。
たくさんの人の手で築いていくもんなんだ。
千年、二千年………もっとずっと前から――たとえその結末が文明の終末であっても――、
【世界】はたくさんの人間の想いが折り重なって出来ている。
誤解、衝突、和解、ふれあいを何度も何度も繰り返して、ようやく結ばれていく絆があるから、
【世界】は今日も輝いてるんじゃないか。

保証してあげるよ、哀しい英雄サン。
未来へ突き進む若者たちだって、ドブ臭い為政者だって、
みんなみんな、世界を形作るかけがえのないピース。
希望も欲望も………人間から【未来】へ期する勇気が消えない限り、
【イシュタリアス】はこれからも発展を続けていくってッ!!


「………最も単純で、最も重大な事に、ここまで堕ちねば気付けぬとはな………。
 ………さんざん息子に罵倒されてきたように、俺は、どうしようもない愚か者だ………」
「愚かではありませんよ」
「………何をバカな………」
「確かに貴方のやり方は許されるものではありません。
 暴力で【革命】を成そうとし、己の勝手で家族にまで手をかけようとした。
 私は貴方を許すことはできません」
「………………………」
「けれど、誤ったやり方であっても、それは利己の為では無い。
 【社会】の為に、【イシュタリアス】の為に悪鬼と化した事、
 許せなくても、愚かとは思いません」
「………お前たち姉弟から家族と故郷を奪った俺が愚かではないと?」
「愚かと言うなら私こそです。
 幼い頃、私は貴方たちを心の底から憎み、報復を試みようとも考えたのですから。
 ………貴方たちが、【大人】がどんな想いで戦っていたのかも知らず、
 復讐に身を焦がした私こそ愚か者です」
「………………………」
「当事者がこう言ってんだ。これ以上、無様に食い下がるんじゃねぇよ」
「………………………」


ホント、【三界同盟】崩壊からこっち長い長い戦いだったけど、
どうにかこのカタブツにも【未来】へ向かうチカラと意味が理解できたみたいだね。


「………………………俺の………負けだ………………………」
「戦いの結果で【未来】が変わるものではありませんよ。
 今日までの過ちを改めてこそ、【未来】に繋がるんです」
「実際、【アルテナ】にだってメチャメチャ問題があるんだもん。勝てば官軍なんて言わないわよ。
 ………アナタがどうして暴走したのか、何が原因だったのか、
 未来の【モラルリーダー】としてちゃんと聴いておきたいわ」
「………………………」
「だからワタシ、言ったっしょ?
 ワタシたちが先代から記憶の一部しか継承しないのは、人間と一緒に歩いていく為だって。
 こんなにスッゲェバカどもの面白い生き様とたくさん、たくさん出会えるんだもん。
 独り善がりの考えなんてヤメにしてさ、もうちょっと肩の力抜いてみ?
 なんなら物理的に脱臼させたげるからさ」
「………………………」
「一緒に生きて、一緒に学んだ【世界】は、そう捨てたもんじゃなかったよ★」


どれだけ辛い試練にブチ当たっても、捨てたもんじゃないから、明日が楽しみになる。
楽しくないなら、楽しくなるように自分の周りから一歩ずつでも変えていけばいい。
それが、きっと、世界を【革命】するってコトなんだからさ。
だって、力ずくで言うこと聴かせたって楽しくないじゃん。なにより後味悪いしさ★


「こいつはッ!? てめぇ、この期に及んでまだろくでもねぇ事企んで―――」
「【神獣】を融合させて戦う力に変えた負荷が限界点を超えたのだろう………」
「な………」
「はやいはなしが、このくうかんがぶっこわれようとしてるんでち」


―――ま、どこかでそんな気はしてたんだけどね。
事態が収まった直後に決戦の舞台が自壊するのは世の常ってさ。
核ミサイルなんて物騒極まりないモノを取り込んで戦っていたんだから、
余計にこのままあっさり終わってくれるわけないって、さ。


「―――ようやく見つける事のできた【未来】を失うわけには行かぬよ。
 ………ここに果てるは、【過去】へ潰えた堕落者だけでいい………」


………欲を言えば、みんな一緒に還れるのがベストなんだけど、どうもそうはいかないみたいだ。
崩壊を始めた決戦場からワタシたちを強制転送させたロキは
費えた野望と運命を共にする道を選んで粛々と―――――――――


「………チッ、やっぱり考えた通りのカッコつけかよ。
 てめぇはホント、どこまで行っても大バカ野郎だなッ!!」
「デュラン………!? お前、何故ここに………ッ!? 何故強制転送から漏れたんだッ!?
 い、いや、そんな事は関係ない…!! 何をしているんだッ!?」
「あぁ? 解らねえのか?」
「わ、解るも何も………」
「―――………親子の語らいってヤツだよ」


―――――――――粛々と終われないのも世の常ってヤツかな。
余裕ぶって大人ぶってたロキも、こればかりは予想できなかったみたいだね。
【マナ】を用いた強制転送から逃れ、デュランは自分の意思で父のもとに残った。


「なぜ残った? なぜ仲間と元の世界へ戻らなかったのだッ!?」
「なんでか? …決まってるじゃねぇか。
 勝ち逃げされたままで終われねぇんだよ、俺は」
「バカな………」
「バカもクソもあったもんか。俺はアンタとケリ着ける為に残ったんだぜ」
「ますますバカ者が…ッ! 戦いは既に終焉し、お前たちは勝利した!
 それでもまだ戦おうと息巻くのはバカ者の考えだッ!!
 お前は生きて還らねばならないッ!! 既に終わった存在の俺とお前は違うんだッ!!」
「―――いいや、このままじゃ終われねぇ。
 俺はアンタが大嫌いだ。今も昔も、この世で一番嫌いだ。
 手前ェ勝手の【正義】とやらで家族を犠牲にして、
 それでもまだ飽き足らず、遺した思想でたくさんの命を奪いやがる」
「………………………」
「アンタが遺した思想のせいでな、俺は目の前で二人も死なせちまってる。
 アンタさえ母さんに負担かけなけりゃ、ポックリ逝っちまう事も無かった。
 アンタの息子に生まれてから今日までロクな目に遭わなかった。
 どんだけ俺の人生に土足で入り込んで来るんだよ、アンタは」
「………………………」
「【英雄】の息子だからシャキッとしろだのなんだのと周りもいちいち小煩ぇ。
 ………もう一度言うぜ。俺はアンタが大嫌いだ。
 大嫌いなアンタを踏み越える為に俺は強くなろうとしたんだよ」
「………………………」
「俺の人生に土足で踏み込んできやがるアンタって【過去(そんざい)】を振り切って、
 あいつらと同じ【未来(あした)】に立つためには、
 【現在(いま)】、アンタとケリ着けなきゃならねぇ………ッ!!
 ―――アンタには踏み台になってもらうぜッ!!」
「―――最初で最後の親子喧嘩………か」
「そいつは違うぜ。俺たちはよ、最初から最後まで親子喧嘩してんだ!」


―――――――――今度こそ、本当の意味で父との決着をつけるために。


「―――時も無い。勝負は一手、一瞬だな」
「―――上等。もとからアンタに時間をかけてやるつもりは無ぇ」
「ここに死力を尽くす………。
 出来るというのであれば、応じて超えてみせろッ!! 我が豪剣の境地をッ!!」


【社会正義】の名のもとに振るわれた暴力によって断たれたままでいた親子の縁(えにし)が、
10年の空白を経て、もう一度、繋がろうとしていた。
親子の語らいなんて例えられるほど可愛げもないし、言葉でなく刃先をぶつけ合う物騒なもんだけど、
デュランとロキ、この親子が和解できるとするなら、ずっとずっと戦ってきたこの二人が
互いの心情を解り合えるとすれば、手段はコレしかない。


「最終奥義………【創世御那(キズヨミナ)】………ッ!!」


結果だけを見ると、デュランの放った最終奥義で最強技を弾き飛ばされたロキの完全敗北。
けれど、バトルの勝ち負け以上のモノを二人は得ていた。
10年前に置き忘れた、人として生きる為に最も大切なモノを。


「………チッ、全部が全部はうまく行かねぇもんだ。
 もちっとスキッとするかと思ったんだがな」
「こらこら、親父を清涼飲料のように言うなよ」
「いざ気張ってケリ着けたはいいけど、あんま冴えねぇんだよ。
 アンタを超えたって実感もありゃしねぇし、ケリの着け方もこれで良かったのか、
 後回しに飛び込んだ割には【答え】も出ちゃいねぇや」
「【答え】が出ないんなら、つまりここはお前にとって通過点って事だ。
 ………それでいいんだよ。親ってもんは、子供の踏み台なんだからな。
 どんどん踏み越えて、忘れるぐらいに遠くまで過ぎてきゃいい」
「ケッ………………」「ドン臭ぇオヤジだな………ったく………オラッ!」


知らないヒトが聴けば口論と間違えてしまいそうな乱暴な言い合いだ。
なのに、二人とも表情は抜けるように爽やか。
憑き物が落ちたみたいに清々しくボロボロなお互いの顔を見合わせて笑っている。
一閃に極まった決着を経て、こんな風に素直に笑い合える関係に、デュランとロキは戻れていた。


「ドン臭ぇオヤジだな………ったく………オラッ!」


………けれど、もう戻らないものもある。
それは、息子から差し伸べられた手をロキが握り返さなかった事が何よりの証だ。


「てめ、この………」
「まあ、そう怒るな。………気持ちだけ受け取っておくよ。
 その手を取れば、俺は、俺の【先】へ進めなくなる」
「………………………」
「俺は今から俺の進む【先】へ………【神獣】の熱量が異常膨大を来している事故炉心へ向かう。
 【レインツリー】の外壁を食い破って【イシュタリアス】を汚染してしまう前に俺は全ての核融合炉を撤去する」
「………………………」
「誰かがやらねばならない事なんだ。
 だから、俺は行く。お前たちの【未来】を守り、己の暴走に清算を果たすのが俺の進む【先】だ」
「………………………」
「いつ果てるとも分からない作業だ。撤去の間にもエネルギーは膨張し続けるのだからな。
 ………そして、全てを清算できたなら、必ずお前たちのところへ帰って来る。
 これまで父親を放棄していた償いを目一杯させてもらうよ」
「………………………」
「………そうだ、帰りにはウェンディにぬいぐるみを買って帰るとするか。
 あの娘、クマのぬいぐるみがお気に入りだったろ?」
「………………………」
「………だから、【約束】だ、デュラン………」
「………そんなムチャな約束があるかよ………」


確かにムチャだ。
放射能汚染の惨たらしさをデュランが知るわけも無いが、
己の命を犠牲にしてようやく果たせる解体である事だけは彼にも察知できた。
これをムチャと言わずに何をムチャと言うのかな。
………………………守られる可能性の無い約束を交わせだなんて、サ。


「………またな」
「………あぁ、またな」


だけど、父の想いを受け止めてもなおゴネるほど、今のデュランは子供じゃない。
守られない約束にどんな意味があるのか、哀しみと一緒に飲み込んで、
父に背を向けて歩き出す。それが、自分たちの【未来】を託してくれたロキへの
何よりの餞になると知っていたから。


「―――――――――………ありがとな、父さん」


託された【未来】に、ありがとうを。【未来】を託してくれた父に、ありがとうを。
決して振り返らずに呟いた万感の想いはちゃんと届いたのだろうか―――


「ありがとう、デュラン………―――――――――」


―――大丈夫。ほら、大丈夫。
頼もしく成長した息子の大きな背中を見送るロキに届いていた………………………。






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