「明日、意を決してヴァルダに告白してみようと思う」
「「「―――フラれるぞ」」」


神妙な面持ちで重大な決意を発表した彼は、
三人の仲間たちから即座に返された異口同音の否定的意見に思わず卒倒しそうになった。
さすがにこれは酷い。ただ玉砕すると突きつけるならまだしも、たったの一人のフォローも無く、
事前に打ち合わせでもしたのではないかと訝ってしまうくらい見事に声をハモらせた、
混成三部合唱による合掌。こんな凄絶な死刑宣告は酷いってもんじゃない。


「す、少しは持ち上げてくれてもいいんじゃないかなぁっ? 俺たち、仲間だろっ!?
 もう、なんか、一気にテンション下がったんだけどっ!」
「フンッ、下がったのなら萎えたままでいるがよいわッ」
「ガウザー………」
「ていうか、お前、何度目だよ、意を決するの。
 俺が知る限り、今度の旅ん中だけでも20回は決してるでしょ、意を。
 いい加減さぁ、脈が無いコトに気付いたらどうだよ?
 お前もさぁ、素材は悪くないんだから、転がってるチャンスを逃しちゃうぜ?」
「し、失敬なコト言うな、フレイム!
 脈が無いんじゃないッ! 脈が無いわけじゃッ!
 ただ、ヴァルダは恥ずかしがり家さんなだけだッ!!」
「おい、誰かこのバカに良い精神カウンセラーを紹介してやってくれッ!
 こりゃ末期だッ! 相当な手遅れだッ!!」
「親友捕まえて可哀想なヒト扱いか、ロキッ!!」


―――ロキが【フォルセナ】の我が家へ帰宅する少し前の事である。
彼はこの日、旅の仲間4人と【ガラスの砂漠】と呼ばれる不毛な砂漠地帯のオアシスへ宿を取っていた。
先ほどからロキと告白だ玉砕だと騒いでいるのは、その内の男仲間3人だ。
百獣の王を思わせる威容と達観した物言いから実年齢より老けて見られるのが
実は悩みのタネである獣人の武道家――後に【獣人王】と畏怖される――ガウザー。
ほどよく日焼けした褐色の肌といたずらっぽい顔立ちが乙女心をくすぐらせる、
自称“恋愛王”な『ニンジャシーフ』の青年――後にこの砂漠地帯で勇名を馳せる――フレイムカーン。
そして、仲間たちからさんざんにこき下ろされて項垂れた、このナイーブそうな彼は、
肩を落とした情けない姿からは想像ができないものの、れっきとした【フォルセナ】の王位継承者。
後の世に『英雄王』と称えられるリチャード王子その人だった。


「なんなんだよ、なんなんだよ、みんなしてッ!!
 そりゃ確率としちゃ低いかも知れないけど、俺はそこに賭けてみたいんだよッ!!」
「最初から結果が見えてるギャンブルを賭けとは言わないんだよ。
 カジノへ辿り着く以前の問題。タネ銭をな、ドブに捨ててるようなもんだぜ?」
「ほれ、見ろ。フレイムも言ってるじゃねぇか。
 彼女イナイ歴年齢そのままなお前よりも経験豊富な“恋愛王”がよ」
「もうよい、ロキ、そこまでにしておけ。
 ………そもそもワシは色恋に現を抜かす貴様の腑抜けた根性が気に食わぬ。
 元を正せば、己を律する気骨が無いから相手に低く見られる。恋愛対象に認められんのだ。
 他者よりの感情というものは、己を高めて始めて付随してくる。違うか?」
「うっわーっ、理詰めで来たよ、このワンコ! えっぐ〜ッ♪
 ―――さ〜、どうする、リチャード?
 お前の勝率、内から外から攻め立てられて限りなくゼロに近いぜ?」
「おい、待て、フレイムッ!! 貴様、今、どさくさに紛れてワシをまたケダモノ扱いしおったなッ!?」
「何言ってんだよ、ケダモノ扱いなんかしていないって。
 俺はただお前をペットとしてだなぁ〜」
「き、き、貴様という男はいつもいつもワシをからかいおってッ!!
 ………えぇい、今日と言う今日こそ我慢の限界だッ!! そこへなおれィッ!!」
「バカ、落ち着け、二人とも! 夜中だぞ、今ッ!
 フレイムもガウザーも、他の客の迷惑考えろッ!!」


些細な揶揄から諍いを始めたフレイムカーンとガウザーの間へ慌てて仲裁に入った。
この二人はいつもこんな調子で小競り合いばかりをしている。
背中を預け合う仲間として長年チームを組んできたので、もちろんいがみ合っているわけではないのだが、
なにしろ人をおちょくる事を生き甲斐にしているようなフレイムカーンは口を開けばガウザーをからかい、
本気になって怒った彼と時に取っ組み合いを興じる事もしばしばなのだ。
スキンシップと言えばスキンシップではあるものの、いちいち仲裁に入らなければならないロキにとってみれば
命懸けのふれあいなど勘弁して欲しいというのが本音である。


「―――うるさい、うるさいッ!! お前らに加勢を求めた俺がバカだったッ!!
 俺は俺自身の力でヴァルダをオトしてみせるッ!!」
「―――うるっせぇのはてめぇだぁッ!!」


今日も今日とてステゴロなスキンシップを始めた三人には、最早助力は望めない。
自分だけの力でなんとかしなければ、とリチャードが決意を新たに咆哮した時―――


「ヴァ、ヴァルダ…っ!」


―――リチャードが想いを寄せる5人目のチームメンバー・ヴァルダが
壊れるのではないかと心配になるくらい力任せにドアをこじ開け、
大股にズカズカと男部屋へ乱入してきた。
驚きながらもどこか恍惚としているリチャードと対照的にその表情は羅刹を彷彿とさせるほど怒りに歪み、
【アルテナ】の王位継承者にはあるまじき汚い言葉の応酬で目の前の色ボケ野郎を痛罵する。
後年、世界中の反対派を相手に一歩も引かない怜悧な勇姿を見せると誰が想像できるだろうか。
明記すれば電波法にひっかかるような罵詈雑言を喚く形相から
【社会】のモラルリーダーたる勇姿を思い描けなんて無茶も無茶―――
―――と誰もがお手上げするぐらいの激烈なキレッぷりだ。


「安普請のホテルにただでさえお腹立ちだってのに、
 アンタの耳障りな声が聴こえてきたんじゃ眠れやしなねぇわッ!!」


時刻にして深夜0時。誰もが夢の世界にいる時間だ。
ヴァルダもご他聞に漏れず薄壁一枚隔てた向こう側で休んでいたに違いない。
違いないが、それをどうやらリチャードの咆哮が台無しにしてしまったようだ。
石臼のような歯軋りと共に怒りで震える手には、
普段護身と魔力制御の媒介に使っているヤドリギの枝杖が握り締められていた。
よほどムカついているのか、握り締めた拳に伝わった怒りが歯軋り以上に大きな音で
木製の柄に悲鳴を上げさせている。


「………そうかッ! これは女神が俺に与えてくれたチャンスなんだなッ!!
 よし、わかったッ!! ヴァルダ、俺は【イシュタル】が導くままに、
 今、この場にてお前への愛を誓おうッ!! 俺はお前を―――」


恋は盲目―――とは得てして妙な諺だが、対面で話していて、
安眠妨害への激怒に燃えるヴァルダの様子が、普段とは明らかに異なっていると気付けないのは、
恋は盲目とかそういう問題ではなく、頭がどうかしていると訝るしかあるまい。
人間社会の常識からしてまずおかしいのだが、どうもヴァルダを見つめるリチャードの眼には
なんでもかんでも美化されるフィルターがかかっているらしく、
醜く歪んだ鬼女の形相も、大きく振りかぶられたヤドリギの枝杖の殺気も、
軽妙にステップを踏む煌びやかなダンスとして彼には認識されるようだ。


「うぜぇっつってんのがわからねぇのか、この青ナスッ!!
 上唇と下唇をワイヤーで縫い付けてやろうかぁッ!!」
「―――ぐびょッ!?」


それくらいダメなリチャードだから、陶然と語り始めた愛が枝杖のフルスウィングで張り飛ばされても、
今頃は「本当に可愛いな、ヴァルダは。みんなの前だからって照れちゃって」と
頭の中で都合よく変換されている事だろう。
ロキの言葉はそっくりそのまま当てはまる。ここまで来ると病気(それも非常に非情な末期)だ、と。


「いいね、次にまた騒いだら、今度はアバラの二、三本覚悟しなさいよッ!!
 ていうか、二度と朝の生理現象を迎えられない下半身にしてやるからなッ!!」
「………ふふっ………、脈が無いだと? バカめっ、こんなに可愛く照れてくれるヴァルダが
 俺を嫌っているわけが無いだろう………むっふふふ………っ!」


………見紛う事なき真性の予後不良だ。


「わかった! わかったよ、俺が悪かったって! 訂正するよ、ガウザー。
 お前はワンコじゃないよな、バウワウだもんな♪」
「根本的なところ、何一つ変わっておらぬわッ!! 許せぬッ!! 断じて許さぬッ!!
 人権団体へ訴追するまでも無いッ!! 即時処断してくれるわァッ!!」
「………もういい、俺はサジ投げた。勝手にやれ、お前ら。
 勝手に騒いで、勝手に迷惑かけて、勝手に砂漠へ追い出されちまえッ!!」


―――――――――【草薙カッツバルゲルズ】が活躍する時代においては先駆の偉人として列挙される彼らも、
この時はまだまだ、恋とか愛とか、大きな夢をダベるのに夢中な青臭い若造たち。
主義も、主張も、立場も考えずに気兼ねなく付き合っていられた、無垢な頃の仲間たち。

ロキがシモーヌへ語って聴かせる今度の冒険――あるいは珍道中――は、
やる事なす事チグハグなこの凹凸チームへ、ちょっと変わった新しい風が吹き込まれるトコロより幕が開く。














「あの…、なんかよくわかんねぇが、ちょいと手ぇ離してくれねぇか?」
「………冒険者さん」
「あ? 冒険者? 俺の事言ってんのか?」
「Yes,Ok」
「“Yes,Ok”って………」


―――「犬コロ」だの「殺すッ」だのと結局夜通しで騒いだ為に他の客から苦情が飛び出し、
その事を宿の主人にこっぴどく咎められるはめになったガウザーとフレイムカーンを
部屋へ残したロキは、一人朝食の席に着こうとしていた。
すこぶる朝に弱いヴァルダは今日も今日とて寝坊のようだ。
そんなヴァルダを起こしに行くのがリチャードの朝の楽しみで、今頃は彼女が取った個室へ
愛をささやきに忍び込んでいる事だろう。
当然、ヴァルダが頼んだのでなく、リチャードが勝手に行っている事である。
ともすればド変態以外の何物でも無いが、女性の寝室へ忍び込むという不埒に対し、
ヴァルダが猛攻撃→結果的に良い目覚めの運動なっているようだ。
………ボコボコにされたリチャードの顔面から腫れが引いて元通りになるまで半日はかかるが。


「冒険者さん………?」
「まあ、冒険者っつったら冒険者だけどよ。
 ていうか、アンタ、誰だよ? なんで勝手に俺らのテーブルに居座ってんだ?」
「冒険者さん、絶賛募集中」
「なんだ、藪から棒に。俺たちゃ別に同業者なんざ募集してねぇぞ。
 ていうか、なんで俺らのテーブルに潜り込んでんだって?」
「Non,Me」
「………普通に喋れ。いちいちワケわかんねぇから。
 それよりいい加減こっちの質問に答えやがれ。勝手に座ってんなよ」
「………行軍の共連れたる持ち駒として我に追随せよ、先導されねば蒙昧に踊るしか能の無い愚民が」
「どこが“普通”の喋り方だ、今のどこがッ!?」
「………? 交渉にはこれがいちばんって、物の本に書いてあった。
 実体験ものの参考書に」
「極道絵日記でも読んだのか、アンタッ!?」
「???」
「………………………」


ガウザーたちが叱られるのも、リチャードがヴァルダにボコられるのも日常茶飯事と化しており、
大抵の場合、朝食はロキ一人だ。
ご他聞に漏れず、凹凸チームの為に用意されたテーブルには今朝もロキ以外誰もいないハズだったが、
どうも今日の朝食は奇妙な闖入者と向かい合って摂る事になりそうだ。


「お、どしたどした、朝っぱらからナンパたぁ、お前も案外隅に置けねぇなぁ」
「ロキを貴様のような不埒者と一緒くたにするでないわ」


マイペースと言うか、天然と言うか、不思議空間からやって来たとしか思えない意味不明な語彙で
ロキを煙に巻く珍客を発見したガウザーとフレイムカーンが、追っ付け朝食のテーブルに着いた。
どうやら宿の主人のお説教から解放されたようだ。


「………エクスタシー。一気に捨て石が増えた」
「エクスタシーってなんだ、エクスタシーって!
 つか、さっきよりも酷くなってんぞ、俺らの扱いッ!! 捨て石にすんなッ!!」
「物の本に―――」
「だからどんな本なんだよ、そりゃ!? ここに持ってきてみろッ!!」


「お前らの知り合いか、またフレイムが引っ掛けたんじゃねぇのか?」とロキが
フレイムカーンとガウザーへこの珍客の身元照会を求めるが、
二人も二人で顔を見合わせるばかり。
歳の頃は16〜17歳といったところか。セミロングに伸びた煌びやかなブロンドを襟足のところで束ねた少女を、
あどけなさの残る端整な顔立ちにあまり感情の起伏が見られない少女を
フレイムカーンもガウザーも見覚えが無かった。


「ま♪ でも、こうして知り合えたのも何かの縁だ♪
 より深〜くお近づきになろうじゃないの♪」
「おい、フレイムッ! 朝っぱらから何をしておるッ!?」
「見りゃわかるだろ? 向こうさんから声かけてくれたんだもん。
 親睦を深めなきゃ失礼ってもんだろ?
 見たところ、ロキのステディってワケじゃないみたいだし、
 なかなかどうして俺のストライクゾーンだしさ♪ いいよな、ロキ?」
「………何でつい数分前に知り合ったヤツと恋仲にならなきゃならねぇんだよ。
 好きにしな。そんでもってこの不法侵入者をどっかへ引っ張ってってくれや」
「よォ〜っしゃ♪ リーダーのお墨付きも出たところでまずは自己紹介だなぁ♪
 可憐なお嬢さん、俺の名前はフレイムカー―――――――――」


自分好みの女性であれば誰彼構わずアプローチを仕掛けるフレイムカーンは
早速珍客の真隣へ陣取り、「不埒なッ」と憤慨するガウザーを無視して口説きにかかった―――――――――


「―――――――――ッ!?」


―――――――――のだが、彼女の細い肩へ腕を回そうと無用心に近付いた瞬間、
予想だにしていなかった壮絶な結果が彼を襲う事となる。


「フレイムッ!?」
「け、蹴り上げたのか、今のはッ!?」


ドゴン、という凄まじい衝突音が食堂内へ轟いた時にはフレイムカーンの身体は
重い樫のテーブルごと上空へ垂直に跳ね飛ばされており、
その非常事態にロキとガウザーが唖然とする向かい側では
カモシカを彷彿とさせるスラリとした細身の美脚を天高く突き上げて披露する珍客の姿があった。


「………エクスキュ〜ズミ〜。急に近付かれて驚いた………」
「どっちかっつーと、何かする前に使う言葉だからな、エクスキューズミーってのは」
「………スカートの中、見ましたね………………………えっちっ」
「会話の脈絡を少しは考えろッ!! てめぇはッ!!」


勿論彼女は自分の美脚を自慢していたわけではない。
セクシャルハラスメントさながらの行為で口説きに迫ったフレイムカーンを、高く、鋭角に蹴り飛ばしたのだ。
蹴り上げた足を慌てて下ろし、気恥ずかしそうに若草色のプリーツスカートの裾を押さえた珍客へ
動揺のあまり毒にも薬にもならないツッコミしか投げれずにいるロキを尻目に
ガウザーは一分の隙もない彼女の身のこなしに驚愕していた。






(………冗談では無いぞ。このワシが…ヒトより動体視力に優れたワシの眼が捉えきれぬ蹴りだと…ッ!?)






獣人は常人離れした身体能力を生かした体術を得意とする。
ガウザーもその流れを汲む武術を会得しており、現在は数多くの門弟を率いるほどの腕前だ。
そのガウザーが、だ。あまりに鋭敏だった為、彼女の動きを捉え切れなかった。
しかもただ速いだけではない。大人の腕力でも一人では持ち上げられない重量を誇るテーブルを
いとも容易く蹴り上げたかと思えば、人体急所の一つである顎を精確に突いて一瞬で相手の意識を奪っている。
相当の手練であるのは間違いない。






(………この娘、戦士としての技量は一流以上………何者だと言うのだ…ッ?)






付け入るスキすら見いだせない完璧な攻め手に思わずガウザーは唸った。
唸りながら、とばっちりが来るのを恐れて即座に股間を両手でガードしていた。
優良男児にとって、コレばかりは何があっても死守しなくてはならない。割と必死の形相だ。


「ちょ、ちょっと、朝っぱらから何してんのよっ!?」
「………ヴァルダ」


テーブルがひっくり返った事で折角用意されたマフィンやボイルドソーセージが床へ飛び散り、
ディッシュもメチャクシャに砕けてしまった食堂の騒然を見るや、
今朝もボコボコなリチャードを引きずってやって来たヴァルダの口が呆れに開け放たれた。


「い、いや、それが………」
「………ナイス。可愛い下僕がより取り見取りのバーゲンセール。
 朕にかしずいて働くが良いぞ、虫けら共………」
「―――何? 出逢った瞬間、殺意を覚えるこの非情な運命の出会いは?
 またフレイムが頭の足んない現地妻を連れ込んだのかしら?」
「………もう説明すんのも面倒くせぇよ………」


だんだんと発言が過激になっていくこの珍客と周囲の好奇を集める現況を
どう説明すれば良いものか考えあぐねたロキは、お手上げとばかりにとうとう放棄した。
それはそうだ。自分たちの為に誂えられた朝食の席へ突然乱入したかと思えば、
天然な発言を繰り返してこちらの調子を狂わせ、挙句の果てにはこの乱暴沙汰。
相手の正体すら判然としていない内に巻き込まれたトラブルをどう説明すれば良いと言うのか。


「………説明はとてむスリムではないですか。
 私とこの人はスカートの中身を見せ合った仲です」
「事実を曲解して伝えるなッ!! ていうか俺は何も見せてねぇだろうがッ!!」
「………デラ好色。やっぱり覗いてましたね」
「あー、黒と白のストライプが………って、バ、バカヤロウッ!!
 い、今のは、あれだ、その、あ、当てずっぽうだよ、当てずっぽう」
「………今日は上下ともにシマウマさんカラーです」
「てめぇ、もう黙れッ!! ―――お、おい、ヴァルダ!?
 なんだよそのビックリするぐらい冷てぇ眼は?」
「アンタがそういう人間とは思わなかったわ………」
「なッ!?」
「友人としてシモーヌに檄文を送るとするわ。
 現地妻を調達するような色狂いとはスッパリ手を切りなさいってね」
「ヴァルダッ!!」


狙っているとしか思えないトラブルメイカーっぷりを発揮し続ける珍客だったが、
恐ろしく抑揚のない表情(カオ)で天然な暴言を繰り返している為、
ウケを狙った冗談なのか、人間関係をメチャクチャにしようと企む本気なのか判別が付けられない。


「………お客さん………」


関われば関わるほど傍迷惑を振りまくこの少女をどうやって自分たちから切り離すべきか、
頭をフル回転させて考えに考えまくる涙ぐましいまでのロキの努力は、
残念ながら実を結ぶコトは無さそうだ。
目の前にはカンカンに怒った宿の主人とスタッフたち………笑えないくらいの剣幕からして、
ただで済ませてくれる雰囲気ではない。


「………ご主人、ロイヤルミルクティーを一つ………」
「だからてめぇは空気を読めッ!! ………こッ…のぉッ!!!!」


一触即発の状態を作った張本人は、自分が悪いとちっとも理解していないような口調で
鼻息荒く真っ赤になっている主人へ飲み物を注文する。当たり前だが主人から返事は無い。
頭のネジが数本飛んでいるのではないかと訝ってしまうほどのマイペースには
さしものロキも腹に据えかねるものが煮えたぎり、一発張り飛ばしてやろうと拳を固く握り締めた。


「今すぐ荷物まとめて出てけーーーーーーーーーッ!!」


しかし、鉄拳制裁へ及ぼうと拳を振り上げた瞬間、ロキの怒りはそれ以上の迫力を爆発させた主人の激昂によって
有無を言う間もなく押し流されてしまった。


「………お…れは…最後まで…無視…か………」


―――金的を抑えつつ泡を吹く足元のフレイムカーンは、やれ「追い出せ」やれ「勘弁してくれ」と
揉みくちゃになって押し問答する誰からも忘れられていた。
抵抗空しくとうとう仲間たちが玄関から締め出されても(合掌)。













『【ガラスの砂漠】にぽつねんと角出してる【ピラミッド】ってぇ遺跡があるじゃろ?
 お前ら、ひとっ走り行ってアレの調査してきてくれ』


―――途方に暮れざるを得ない状況の中で思い起こされるのは、
【聖都ウェンデル】の象徴たる荘厳な大神殿【パルテノン】へ招かれた時の出来事。
いつもの凹凸チーム揃って【光の司祭】ことルサ・ルカに呼びつけられ、
そこで言い渡された依頼の事だった。


『【ピラミッド】ってアレだろ、あの、石造りで三角形っつーわけわかんねぇ遺跡だ。
 調査も何も、あそこって中には入れねぇじゃんか。
 半獣半人の像が睨み利かせる入り口の扉はぱったりシャットアウト。
 テコでも魔法でもビクともしねぇと来たもんだ。
 あれかい? バ〜さんは俺らに地質調査でもして来いってかい?』
『フン、フレイムもたまには役に立つ事を言うではないか。
 師母、野ざらしのまま風化を待つのみの遺蹟を調査する意味が見出せませんな』
『砂漠のど真ん中ってだけで私はパスしたいわね。前にも行ったコトあるけど、
 暑いわ、砂嵐がスゴいわ、流砂に振り回されるわでさんざんだったもの』
『ヴァルダがそう言うなら私も遠慮させていただきますよ、ルカ様』
『―――だとよ。砂漠にゃ手強いモンスターが多いから、俺はやぶさかじゃねぇんだが、
 みんな、ノーっつってるし、さすがに一人で突っ込む気にゃなれねぇしな。
 今回はパスしとくわ。他の連中にでも振ってくれ』


武者修行・見識の拡張・世直し………と各々様々な目的こそ秘めているものの、
ロキたちはアテも無く旅をしているわけではない。
数千年の悠久を生きるエルフの末裔でもあるルサ・ルカは、その豊富な知識を人々に分け与え、
“歴史の生き証人”として時代を導く役目を果たしている。
救いや精神的な充足を彼女の助言に求め、貧富遠近問わず【パルテノン】を訪れる者は後を絶たない。
中にはモンスター等の超常的な困難に窮する人々から相談を持ちかける者までいるのだが、
これについて対処すべく、ルサ・ルカは時折冒険者を募って各地へ派遣していた。


『たわけィ、小童どもッ!! 話は最後まで聞かんかァッ!!』


彼女に言わせると『PKO(平和維持)活動』に当たるそうで、
事件の規模によって国家の垣根や法律を越えた結果になろうと諸侯は基本的に黙認し、
状況に応じては助力すら買って出ている。


『その扉がッ! ワシがこっち(人間界)に来てから一度も開いてるとこを見たコトのない
 【ピラミッド】の入り口が解き放たれたから問題なんじゃッ! 調査してこいと申し付けておるんじゃッ!!
 ワシとて耄碌はしとらんッ!! 何も無ければお前らを呼びつけるものかィッ!!』


ロキをリーダーとする凹凸チームも数多の冒険者と同じく、ルサ・ルカの依頼で各地へ飛んでは
指名手配を受けたモンスターの討伐や山賊の逮捕などを請け負っていた。
彼らに対するルサ・ルカの信頼は殊のほか篤く、「おヌシらは王族だのなんだのが集まっておって
そこいらの有象無象とは格式が違うでな。余計に頼んじゃぞ」などと鼓舞しては、
他の冒険者では太刀打ちできないような難題を押し付…もとい、任せている程だ。







(………信頼とは違う気がすんだけどなぁ………)






『近隣のオアシスでは、【ピラミッド】から這い出た未知のモンスターに襲われる被害も起きておるッ!
 可及的速やかに現状を調査し、これに対処すべしッ!! 以上ッ!!!
 ワシがお前らを呼びつけた意味が理解できたか? できたらとっとと回れ右せい、小童どもッ!!!!』


良いように使われているだけじゃないか、とロキが溜息を吐く暇さえ与えない剣幕で
5人の尻を引っぱたくルサ・ルカ。どうやら倦怠な態度が逆鱗に触れたようだ。
こうなった彼女は、もう何があっても決して折れてくれない。
どれだけ理不尽な依頼であろうと引き受けるしかないのだ。


「………思えばあん時からおかしかったんだなぁ、今度の冒険はよぉ………」


―――途方に暮れざるを得ない状況を発端から思い返せば、そこからして既に問題ずくだったように思える。
二千年以上も生を長らえているルサ・ルカですら初めて目の当たりにするところから考えるに
数千年は閉ざされたままだった【ピラミッド】の扉が開き、
いつもは激励の一つも掛けて送り出してくれる慈愛の象徴【光の司祭】が、この日に限ってご立腹。
こうまで“まさか”が続くとなると、傍迷惑な珍客にまとわりつかれるのも、
今日迎えるべき必然の運命だったとすら思えてくる。最悪な運命の必然など願い下げだが。


「ごめんねぇ〜、ウチのゴクツブシ共が常識ってネジを締めこんでいたら
 もうちょっとまともなご飯を食べさせてあげれたのに。
 ホンット、役に立たないコトだけは次から次へとしてくれちゃうんだからさァッ!!」
「………仕方ないです。この人たち、顔から体からダメ人間のオーラが滲み出てますから」
「………そんでなんでヴァルダはこいつと仲良しこよしになってんだよ。
 昔馴染みの知り合いか? 前世から不思議な繋がりでもあんのか、お前ら?
 ていうか、てめぇが暴れてくれたせいで追い出されたんだろうがッ!!
 ダメ人間はてめぇじゃねぇのかよッ!!」
「いかんぞ、ロキ。自分より目下を捕まえて叱りつけるなど。
 それにほら、私たちは多かれ少なかれ全員ダメ人間の要素を備えてるじゃないか」
「予想通り懐柔されてやがるしよぉーッ!!
 リチャードもよぉ、ヴァルダの言う事に右倣えじゃなくてよぉ、ちったぁ自分の意思ってモンを持てよッ!」
「何を言う! 私は自分の意思で右倣えをしているんだッ!」
「………情けないと思わんのか、貴様………いや、思っていれば、もう少しまともな生き方も出来るか。
 ロキ、脳に合併症を住ませているこの男に何を言っても無意味だ。
 関わるな。お前のような男へ雑菌を移らせるはあまりに惜しい」
「………いや、股間押さえながら威厳たっぷりに言われてもなぁ………」
「む、むぅッ、これは、その、なんだ………」
「へ…、へへ…、お前の気持ちはわかるぜ、バウワウ………。
 あのお嬢ちゃん、なかなかいいモン持ってる………………………ドSだぜ」
「フレイム………」
「ドSはいいから、お前ら、二人とも股間から手ぇ離せ」


宿屋を追い出された凹凸チームは、砂漠の生命線である湧き水の泉がほとりに
設けられた自然公園で微妙に時間帯をズラしてしまった朝食にありついていた。
といっても干し肉や缶詰といった保存食だ。
宿で出されるはずだった朝食を食いっぱぐれ、しかも、早朝なので店はまだどこも開いていない。
そこで仕方ナシに遭難した際に備えての保存食へ手をつけたわけだが、
状況の理不尽な流れと朝食のあまりの侘びしさの複合技に打ちのめされたロキは
先ほどから干し肉を飲み込む量を溜息が上回っている。


「ん〜♪ 可愛いわぁ、ホント。なんか、ホントに妹が出来たみたいよ。
 ね、ね、ね、私のコト、お姉さまって呼んで? 呼んで♪」
「………お姉さま………?」
「あーーーーーーーーーッ!! もうッ!!
 この大きくてクリクリな瞳で首傾げられちゃうとたまんないのよねぇっ♪
 もうちょっと、こう、上目遣いにして、今の、もっかいやってくんない?」
「―――お姉さまぁッ!!」
「誰がてめえにやれっつったボケェッ!! 汚物の分際で割って入ってくんじゃねぇッ!!
 目が腐るだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


微かに残るあどけなさがツボだったのか、ヴァルダはすっかり珍客に心をメロメロ。
自分の隣へ招き寄せ、あれこれと世話を焼いており、相変わらず表情に抑揚がないものの、
珍客の方も満更でない様子でそれに応じていた。
事情を知らない者が見れば仲の良い姉妹に見えなくもない。
そこへなんとか割って入ろうとするリチャードの(偏執的な)努力は、
目覚ましに続き、今度もヤドリギの枝杖のフルスウィングで跳ね飛ばされたが、
大の男が上目遣いで「お姉さまぁッ!!」と気合い全開に割り込んできたら誰だって張り倒すだろう。
それが半分ストーカー入っている野郎であればなおの事である。


「………誰一人、異常には思わねぇのか、この理不尽な筋運びをよぉッ!!」


哀れ意識ごと弾き返されたリチャードへ意見を求めようとは最初から考えていなかったが、
凹凸チームの重石でもあるガウザーまで股間を押さえつつフレイムカーンと
意味不明に何度も頷き合っている状況では最早どうしようもない。
もともと頭で考えるより身体が動く自分一人で現状を打破するアイディアを捻り出すのは
不可能だと言わんばかりに絶叫し、不貞腐れたようにまばらな草地へ身を投げ出した。


「大体、今の俺らにそんな小娘、相手にしてるヒマなんかねぇだろ!!
 町の連中に話を聴きゃあどうだ!? 【ピラミッド】の入り口が開いたからって
 モンスターが急激に増加した事実なんかねぇそうじゃねぇか!!
 あのババァ、ガセネタに踊らされたんじゃねぇのか? ええ、この行き詰まりをどう解消すんだよッ!!」


ロキの苛立ちにはもう一つ原因があった。
ルサ・ルカに調査を依頼されてやって来たは良いものの、幾つか砂漠の民の集落やオアシスで聞き込みを行った
現段階の結果としては、【ピラミッド】から凶悪なモンスターが流れ込んできたという事実は発見出来なかった。
古の時代からやって来た異形のモンスターたちが暴虐の限りを尽くしているというから
渋々依頼を引き受けたというのに、これでは砂漠くんだりまで赴いた苦労が水の泡だ。
彼はこの事に苛立っているのだ。
そこに来てこの事態。ただでさえ進まない調査を更に足止めする珍客のすまし顔が
ロキには親の敵のように憎たらしかった。


「さっきから何イジケてんのよ、あんたは。
 一緒に【ピラミッド】へ行ってくれる冒険者を探してただけだって、
 この娘、さっきから何度も説明してくれたじゃない。まだ何が必要なわけ?」
「人間社会を生きる上での常識を疑ってんだよ、俺はッ!」
「………いい加減にシャラプなさい(※訳:黙りなさい)。
 大の男がグチグチねちねちとしつこいですよ。ウザがられますよ。
 といいますか、実際、ウザいです」
「ウゼぇのはこっちだッ!! 勧誘するにしたってなぁ、やり方ってもんがあるだろッ!?
 勝手に俺らのテーブル占領して、それからなんだ、宿から追い出されるマネしくさりやがってッ!!
 そんでもって出てきたのが謝罪じゃなくて勧誘ってッ!!
 今時そのテの宗教ですらここまで常軌を逸っした勧誘活動なんぞしねぇっつのッ!!
 おまけにてめぇ、宿帳勝手に盗み見て俺らの職業調べたっつーじゃねぇかッ!!
 てめぇな、人としての常識どころか、軍隊に突き出されても仕方無ぇんだぞ、コラァッ!」
「………お気に入りのショーツ凝視したくせに………」
「ぎょ、凝視はしてねぇッ!!」
「凝視“は”ってコトは、結局、見たんじゃない。あ〜、やだやだ、男ってのはコレだからヤね。
 イイ思いするだけしといてボクは何も知りませんヨだもん」
「………責任取ってください。
 告訴か、【ピラミッド】攻略か、キサマに残された選択肢は二つしかありません」
「………………………」
「事が法廷に及んだ時は、モチロン、私は証人席に立って証言するわ。
 あんたが犯した“淫らな行為”ってヤツをね」
「………………………………………………」


遅々として進展しない調査への憤りを珍客の理不尽への鬱憤に込めて大仰に喚くロキだったが、
コレを盾に取られてしまうとグゥの音も出なくなってしまう。
身に覚えのない言いがかりならまだしも、偶然とはいえ糾弾される内容をやらかしてしまっている以上、
強気には返せないのだ。ロキの実直な性格がにじみ出る微笑ましい一端だ…が、
今この場においては、嘘を吐けない自分の生真面目さを恨めしく思っているに違いない。


「いいじゃない、どうせ目的地は同じだったんだし。人数は多い方が楽しいって。
 ねぇ―――――――――………って、アレ?」
「………お姉さま?」
「そういや、まだアナタの名前も聞いてなかったわよね」
「名前も聞いてなかったヤツに俺らは振り回されてんのか………」


不貞寝したまま横槍を入れるロキの無粋を黙殺した珍客は、
俯き加減で何事か少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「………ジョン」
「ジョン?」
「………“ジョン・スミス”………」


―――“ジョン・スミス”、と彼女は名乗った。静かに、どこか密やかに。


「へぇぇ、こんなに可愛いのに、ずいぶん男っぽい名前してるわねぇ」
「………バ〜カ」
「なっ、バ、バカですってっ!?」
「“ジョン・スミス”ってのは、普通に聞けば有りがちな名前だけど、
 実は別な意味があるんだよ」


男性的な名前の響きを驚いていただけなのにバカ呼ばわりされたヴァルダが
ヤドリギの枝杖を投げつけようとロキへ狙いを定めたところで
フレイムカーンから絶妙なフォローが入った。
………局部を蹴り上げられたダメージがまだ強烈に残っているのか、立ち居振る舞いがモジモジしずしずと小さい。


「―――ああ、“ジョン・スミス”か。
 それならワシも聴いたことがあるな」
「ガウザーまで?」
「“ジョン・スミス”という名前は、一般的によく見かける男児の名前であろう?
 長じて、ありふれた響きを隠れ蓑とする偽名の代名詞でもあるのだ。
 極東では“山田太郎”なる類義語があると聞くな」
「偽名っ!?」
「………Yes,Own Goal」
「“はい、自殺点”って………最低限会話として通じる辞書使えよ………」
「………バレると分かっていて使った偽名だから、オウンゴールです。
 ………ボキャブラリーが貧困ですね。読みの浅い男はもっと嫌われますよ」
「うるせぇ、今はそんなコトを話してる場合じゃねぇ」


“John Smith”。
名乗った本人ですら抜け抜けと胸を張ってしまえるようにこの名前は
ポピュラーであるが為に古くから偽名として引用されてきた。
事情があって実名を明かせない人間にとっても“ポピュラー”というわけだ。
同様の名前には、先ほどガウザーが話したような“山田太郎”の他にも
“アラン・スミシー”や“アーカード”と言ったものが代表例にある。


「本名も出せないような曰く付きの爆弾を俺らに背負えってのか?
 そんな人間を信用して連れてけってか?
 ………フザケんのも大概にしとけよ、小娘」
「………………………」
「あ? なに急に黙り込んでんだ? お得意の不思議語録も底尽いたんか? あ?」


冒険者を募り【ピラミッド】へ向かうとは明かしたものの、珍客…もとい“ジョン・スミス”は
何の為に危険な遺跡を挑むのかという理由や目的を依然として伏せている。
もしかすると冒険者を【ピラミッド】におびき寄せて追い剥ぎを企む強盗の一味かもしれない。
フレイムを一発でのした技量を見る限り、あながち有り得なくもない話だ。
実名を明かさない=実名を明かせないような不穏な人間が相手ともなれば、
例えそれが行き過ぎであると解っていても用心するに越した事はないのだ。

リーダーとして凹凸チームを引率する立場にあるロキは、全体に及ぶ危難を回避すべく、
気まずげに顔を伏せた“ジョン・スミス”へ容赦なく厳しい誰何を続けた。


「うっわー…、ジョンちゃん、タチ悪いのに目ぇ付けられちゃったわねぇ〜。
 でも安心しなさい、お姉さまがしっかりばっちり守ったげるからね♪」
「ヴァルダッ、口挟むんじゃねぇッ!」
「丁重にお断りするわ。大体あんたに指図される覚えも無いしね」
「俺はチームを預かるリーダーとしてだなぁッ!!」
「名前を名乗れないのも、【ピラミッド】へチャレンジする理由を話せないのも、
 それなりの事情があるって言う風に、どうしてアンタは考えてあげらんないわけ?
 そーゆー繊細さに欠ける器のクセしてリーダー云々を振り翳さないでくんない?」
「ン…だとぉッ!!」
「もうその辺りにしておいたらどうだ、ロキ。
 ヴァルダじゃないが、目下の、それも女の子をいじめても仕方無いだろう?」
「てめぇ…、ヴァルダ………、聞き捨てならねぇぞ、オイ…ッ!」
「わッ、私の意見は無視かぁッ!?」


“ジョン・スミス”との間に入ってヴァルダが彼女を庇い立てるものだから
ますますロキは面白くない。
表情こそ動かないものの、明らかに動揺した様子で二人の口論へ
目を行ったり来たりさせる“ジョン・スミス”を押しのけ、
ロキは眉を厳しく吊り上げてヴァルダに詰め寄った。


「氏素性の知れねぇ輩ならまだマシだ。こいつのこの暴力性を見てみろッ!
 いくらフレイムが無用心だったっつっても、一発で熨せるなんざ只事じゃねぇぞ!」
「あんた、まさかフレイムの金玉を蹴り上げたってだけで
 この娘を危険視してんじゃないでしょうね? ………だとしたら大したリーダー様だわ。
 鍛えられた男を一撃で粉砕できる戦闘力を歓迎こそすれ否定するなんて、ぶっちゃけあり得ないわね」
「俺が行ってんのは異常な行動についてだ!
 勝手にテーブルを占領するだの、暴力沙汰起こしといて悪びれてねぇだのっていう―――」
「―――占領占領って、あんた、さっきからバカの一つ覚えみたいに連呼してくれちゃってるけど
 手近にあった椅子を使っただけの事でしょ。目くじら立てる方がイカれてんのよ。
 暴力沙汰だって、そもそもフレイムがちょっかい出したのが原因じゃない。
 金玉蹴られたぐらいで済んで、むしろお礼を言わなきゃならないわ―――ねぇ、フレイム?」
「………まぁ、ありゃあ、俺が悪かった、かなぁ。ちょいと悪ノリし過ぎたし。
 つーか金玉金玉連呼すんなよ、あんまり」
「フフフ…、そんなヴァルダもたまらんよ、私は…ッ!」
「デタラメな行動ばっかりのコイツだぜ? いつ寝首掻かれるかわからねぇだろうがッ!」
「………あら? あんた、偉そうにブツクサぶっこいてる割にビビッてんの?
 目下の、それも女の子に後ろからブスリとされんのが怖くてビビッてんだ!」
「てめ………ッ」
「あーあーあー、な〜るほど。
 それで困ってるジョンちゃんを見捨てようって躍起になってんのね。
 ………冗談じゃないわ! よくもまぁそんなヘボ根性でリーダーを気取れたもんねっ!」
「慎重になるのは当たり前じゃねぇのか!? 実は徒党を組んでて、待ち伏せしてるとかよぉッ!!」
「一端にリーダーを気取るなら、そういう危険も全部呑み込んで見なさいな。
 メンバーの過半数が同行に賛成してる以上、あんたの負けは確定しているわけだしさ」


―――後年、ロキとヴァルダは世界各国の首脳陣を集結させた【サミット】の卓上にて
激しい舌戦を繰り広げる事になるが、今、この光景は、やがて来たる将来のビジョンを
十分に予測させてくれた。
この時からして既にロキはヴァルダ相手に口では勝てていなかったのである。


「だ、誰と誰が賛成してるってんだッ!?」
「私はもちろん大賛成。はい、一票」
「ははは、おかしなコトを言うな、ヴァルダ。私とお前は一心同体。
 つまり、お前が一票投じた時点で自動的にもう一票入る事は確定しているじゃないか。
 お茶目さんだな、本ト―――ぅぎゅぶッ!?」
「次にナメた口利いたら問答無用で金玉握りつぶすからね。
 覚悟しときなさいよ、この銀バエが………ッ!!」
「俺も賛成、かな。いや、だって、セクハラで気分を悪くさせちゃったのは事実なわけだし、
 このまま何もしないままじゃ、俺の気が納まらないわけよ。
 ほら、俺って、紳士だから」
「バ、ガウザーまでこいつらの味方なんて事ぁ無ぇよなッ?」
「ワシとて別段反対する理由は見当たらんぞ。
 事情や背景はどうあれ、ワシらを頼ってきたのだ。頼られたからには『義』をもって尽力する。
 これもワシらの役目ではあるまいか、ロキ」
「………………………………………………」
「民主性に則った結果で実に晴れがましいじゃない。
 それともま〜だ独裁政権を断行するつもりなのかしら、リーダーサマ?」


多数決による敗北はもちろん、ガウザーから言い諭されたのが決定打だった。
納得せざるを得ない正論を努めて冷静に語られれば語られるほど、ロキの立場は無くなる。
困っている人がいたなら分け隔てなく援けるというのは、
市井の護民官たる『騎士』を標榜するロキ自身が心がけている事だ。
だから、その事を指摘されてしまうと、余計にロキの立場が崩れてしまうのだ。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜……………………―――――――――好きにしやがれッ!!」


完膚なきまでに論破されて立つ瀬の無くなったロキに残された選択肢は、
破れかぶれに大声を張り上げ、全部放り出す事のみ。
どうなっても知った事か。勝手に騙されて野ざらしになりやがれ。
喚き散らしながらそう吐き捨てると、わざわざ大きな音を立てて地面を踏み鳴らし、
肩を怒らせて自然公園から出て行ってしまった。

“この親にしてこの子あり”―――爆発の仕方がデュランそっくりだった。


「………………………………………………」


凹凸チームの意見はまとまったものの、浮かない風に俯くのは、
同行を勝ち取った筈の“ジョン・スミス”だ。
自分が同道を募ったせいで亀裂が生じてしまったのではないか、
争いの火種を持ち込んでしまったのではないかと危惧すれば、手放しに勝利を喜べない。
ロキにはさんざんに詰られたものの、彼女とて人間界を生きる為の最低限の常識は備えていた。


「そう落ち込む必要は無いのだ、“ジョン・スミス”。
 ワシらにとってこの程度の諍いなどは日常茶飯事よ」


気まずげに佇んでいる“ジョン・スミス”の頭へ何か温かな物が押し当てられた。
何事かと驚いて彼女が頭上を探ると、そこにはいかつく大きな掌。ガウザーの掌だった。
急な事にきょとんとなった“ジョン・スミス”の頭をガウザーがガシガシと撫で付ける。
自分のせいで…と落ち込んでしまった彼女を、ガウザーなりに励ましてくれているのだ。


「身内の恥をさらすみたいでみっともないけどね。
 俺らみたいに目的も立場もバラバラなメンバーが集まりゃ、口喧嘩なんてしょっちゅうさ。
 ていうか、喧嘩してない日のが少なくね? …みたいな」
「ちょっと待ちなさいよ、私までそんな危なっかしい面子に加えられてるわけ? ………冗談!
 こっちは好きで喧嘩してんじゃないわよ。あんたらが次から次へと問題ばかり起こすからでしょうが。
 ―――と、まぁ、こんな具合に、ね。
 だから、ジョンちゃんが気に病む事は少しも無いのよ?」
「それにな、ロキもああして悪ぶってはいるが、根は真っ直ぐな男でね。
 本当はキミみたいに困っている人を見つけたら、理由も聞かずに手を差し伸べられるヤツなんだ。
 ただ、今日はちょっと虫の居所が悪かったというか、タイミングが悪かったというか………」
「いいのよ、リチャード。あんなバカ、ムリにフォローしなくたって。
 引っ込みがつかないだけよ、一回強気に突っぱねちゃったもんだから」
「………………………」
「………という次第に相成った。この上はワシらを気兼ねなく頼ってくれ」
「ヨロシクな、ジョンちゃん―――っとと、迂闊に近付くと、また、蹴り上げられちまうな。
 スキンシップは愚息にダメージの無いやり方で頼むぜ」
「なに、危険が及べば私の剣で斬り払ってみせるさ。これでもちょっとは腕に覚えがあるんでね」
「あーらあら、みんなスイッチ入っちゃったんじゃない?  こうなった私らは無敵よ、無敵。
【ピラミッド】だろうが何だろうが簡単完全最速攻略できちゃうわ。
 安心してお姉様たちに任せときなさい♪」
「………………………」


なんて爽やかな若者たちだろうか。
ガウザーの励ましに続いた他の面々も、ロキをして氏素性の知れない自分を優しく受け入れてくれた。
そればかりか、理由も聞かずに力を貸してくれるという。
厳しく糾弾されたばかりと言う事もあって、正直、彼らの協力を得られないと半ば諦めていただけに
拓かれた光明への喜びは計り知れない。


「………………………」


やはり表情に抑揚は無いが、いや、顔に出る表情以上に“ジョン・スミス”の心は
四人への感謝と感動に包まれていた。
ヴァルダから差し出された手を引っ掴むように握り締め、「ちょっと痛いかな」と苦笑されてしまうあたりに
溢れんばかりの感動の大きさが見て取れる。


「………ようよう朕に跪き、獣畜のように粉骨砕身して働くが良いぞ、蒙昧なる豚どもよ」
「「「―――でもそのボキャブラリーだけはどうにかしないとマズいなぁッ!!」」」
「そう? 可愛い顔して毒舌ってギャップがイカすじゃない♪」


………【仲間】として行動を共にするには、まだまだ改善すべき点は多そうだが。






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