「………なんでお前らがココにいるんだよ。それも俺より先によォ………」


目的としていた場所へ到着したロキは、そこでふてぶてしくも待ち受けていた面々を見るや、
大きな大きな溜息を吐き捨て、ガックリと肩を落とした。
肩の力が抜けるのと同時にガチャリ、と背中で何か金物が擦れ合う音が鳴った。


「しっかしまぁ、随分と色々買い込んできたみたいだなぁ〜」
「しかもどうしたその傷は。さてはオアシスからの道中、サンドワームにでも襲われたか?」
「大口叩いて出て行った威勢はどこへやら、だな。
 ………ったく、お前の無鉄砲は幾つになっても変わらないな」
「………顔突き合わせるなりイヤミ三連発たぁ、
 てめぇら、俺に喧嘩売ってるもんと受け取って構わねぇんだろうな?」
「四連発の間違いよ♪ えらくお疲れのようね、ロキぃ?
 そんな状態で【ピラミッド】を単身攻略できるのかしらぁ?」
「………………………」


寄りかかっていた半獣半人の彫像から近付いてくるの影は、改めて確認するまでもない。
イヤミ以外の何物でもない高笑いのヴァルダを筆頭に、フレイムカーン、ガウザー、リチャード、
そして、新たに【仲間】入りした“ジョン・スミス”の五人だ。


「………無軌道な行動は身を滅ぼしますよ?」
「お前にだけは言われたくねぇんだけどなぁ、お前にだけはよぉッ!!」


イヤミ四連発に加え、最も神経を逆撫でしてくれるトドメの一撃を喰らわされたロキが
せめて反論を、と身を乗り出した瞬間、今度は背中で雪崩が起こった。
………雪山でこそ起こりうる雪崩が、なぜ、砂漠のど真ん中で?
この疑問に答えるならば、正確には、独りで【ピラミッド】へ潜入する為に準備してきた
保存食やらカンテラやらの種々様々な用品がロキの背中で荷崩れを起こし、
バラバラに散らばったというわけである。
大きなリュックサックがパンパンに膨らむまで詰め込めば、何かの拍子に決壊するのは火を見るより明らかだが、
親友のリチャードが言うところの“無鉄砲”では、そこまで気が回らなかったのだろう。
その上、頭に血が昇った状態ではまともな判断が出来たかすら疑わしい。


「………最悪だ………」


顔を覆いたくなるような醜態を、よりにもよって最も見せたくない人々に晒してしまった
ロキのショックは大きく、散乱した用品を拾う事すら放棄してその場にへたり込んだ。






(………情けねぇったりゃありゃしねぇぜ………)






人手さえあれば、無駄な出費を叩いてまで迷宮へ潜るための用品を買い求める必要も無かった。
しかし、チームメイトを置き去りにし、自分独りで【ピラミッド】へ向かうと決めた以上、
そういうわけにもいかない。
どんなに獰猛なモンスターが潜んでいようと遅れを取る気はないものの、
迷宮へ挑むという事は、単に剣術が強ければ全てを押し通せるものではないからだ。
食料や水に始まり、暗所へ対応する為のランプ、要所要所で活躍するロープなどのサバイバル用品など
欠いては事を仕損じる物品をどれだけ的確に確保できるかだ。
散策と帰還、双方の時間をおおよそ算出して整えなければならないし、量が嵩張ればその分だけ身動きが鈍くなる。
とかく体力勝負に思われがちな“冒険”とは、実は高度な計算力を要求されるものなのだ。

共に潜入する【仲間】さえいてくれれば、この無間地獄とも言うべき作業を手分けできるし、
何より、灯りは【ウィッチ(女魔法使い)】のヴァルダが、
サバイバル用品とそれを使いこなす技術は【ニンジャシーフ】のフレイムカーンがそれぞれ備えている為、
普段はここまで事細かに考えを巡らせる必要は無かったのだが―――


「ひとりぼっちで粋がってみてこのザマだもん。ちょっとは自分のアホさ加減が身に沁みたかしら?」
「………返す言葉も無ぇのが、悔しいったりゃありゃしねぇ………」


―――ひとりぼっちになって初めて解る【仲間】の有難みというヤツである。
剣術一筋かつ“無鉄砲”なロキに高度な計算力とやらを求める事からしてまず無謀。
結局、重量が肩に食い込むまで消耗品を買い込んでしまい、
案の定、道中の戦闘で満足に身動きが取れずに大苦戦を強いられ、
ホウホウの体で辿り着いた時には全身傷だらけという有様だった。
これにイヤミ五連発でトドメを刺されれば、誰だって落胆するだろう。


「ヴァルダもその辺にしとけって。そろそろロキのヤツ、まじで泣いちゃうかもだし」
「泣くかッ!!」
「泣きっ面のロキだって? おいおい、勘弁してくれよ、フレイム。
 そんな不気味な物体が一緒にいたんじゃ、こちらも調子まで狂ってしまうじゃないか」
「行くかッ!!」
「意固地になるな。現に独りではここまでやって来るのが精一杯だったろう?
 例のオアシスからたった数kmしか離れておらぬと言うに、どうだ、今のお前は。
 手勢の多いワシらなど、二時間も前に到着しておったわ」
「………………………」


どうやらロキが大荷物と格闘している内にまんまと先を越されていたようだ。
もっとも、店が開くまで待った時間+戦闘に要した時間+砂塵に迷った時間と
ロスばかりを重ねたのだから、先を越されない方が却っておかしいか。


「………【エンパワーメント】………」
「―――ンなッ!?」


色々ともうイヤになってへたり込んだロキの身体を温かな光が包み込んだ。
回復魔法の浄光だった。今唱えられた【エンパワーメント】とは傷と疲労を癒す回復の白魔法であり、
それ自体は一般に普及している為ポピュラーだが、この凹凸チームには馴染みが薄い。
マイナスの相(=攻撃)へ魔力を指向する【黒魔法】は【ウィッチ】のヴァルダが修めているものの、
プラスの相(=治療)へ魔力を指向する【白魔法】の使い手は誰一人いないからだ。

ダメージを負った際、いつもは【まんまるドロップ】や【ぱっくんチョコ】といった
体力と自己治癒力を増強させる消耗品で対処しており、ロキが大量に買い込んできた荷物の中でも
この二つが顕著に目立っている。
そんな馴染みのない魔法を、一体誰が―――と光の先を目で辿ったところで回復の御手をかざしている人物と
視線がぶち当たり、ロキの眉間に再び深い皺が寄った。


「………なんだ、あんたかよ………ッ」
「ちょーっと、ちょっとちょっと!
 治療してもらってるってのにその態度は無いんじゃない?
 いくらアンタが捻くれてるからって、義理と人情忘れちゃダメなんじゃない?」
「………誰も頼んでねぇ」
「ちょっと、ロキぃっ!!」
「………ノープロブレム、お姉様。お腹を見せたがらずにきゃんきゃん吼えるのは負け犬のやる事。
 広い心で接すれば可愛いものだと物の本に書いてありました。
 ………ちっちっち、ポチ、お手、お手。ほれ、おまわり。こら、おちんち―――」
「―――ここまでボロカス言われて、なんで有難がらなきゃならねぇんだよッ!!」
「いいじゃないのっ! 這い蹲りなさいよっ! お礼を兼ねて靴の砂でも舐め取ってやんなさいよっ!!」
「ざけんじゃねぇッ!! じゃあ何か? 俺は犬か? 優しくされて尻尾振る犬になれってか?
 俺は犬だってのか、あァッ!?」
「………犬じゃなくてポチ」
「お前は黙ってろっつってんだよッ!!」


さすがに女性の口から飛び出すとあらゆる場所から問題の噴出しそうな単語を噛み砕くかのように
絶叫したロキとヴァルダが再び睨み合う。


「―――ちょい待て、ストップッ!!」


まさに一触即発。火花を散らすべく二人が身を乗り出した瞬間、鋭い制止の声が割って入った。
反射的に声が飛び込んできた方を確認すると、なにやらフレイムカーンが耳を砂地へ押し当てている。
【ニンジャシーフ】特有の技術の一つだ。常人の何倍も研ぎ澄まされた五感をフルに活用し、
物音や気配を敏感に察知する事をフレイムカーンは得意としており、
彼のこの技術には何度も助けられてきた。


「砂を掻き分けて走る独特の怪音―――こいつぁ、サンドワームだッ!!」


察知した襲来へ警告を発せられたのと殆ど同時にピラミッドが大扉の近くで
間欠泉のような砂埃が巻き上がり、地鳴りを引き摺りながら3体の巨躯が地中から
その異形を這い出した。


「フンッ、これはまた随分と肥え太った大物ではないかッ!!」
「リチャードくらいウザいわね、この筋運びッ!!
 いざ突入って盛り上がった出鼻挫くんじゃないわよッ!!」
「そいつぁ全くの同感だが、四の五のブー垂れてても始まらねぇッ!! とっとと片付けんぞッ!!」
「………フォローは無いんかい、親友っッ!!」


フレイムカーンが予見した通り、砂を割って這い出したのは“サンドワーム”と呼ばれる
砂漠独特のモンスターだ。
外見だけ見るならばミミズを肥大させたような長大な体格をしているが、
顔面と思しき先端の部分には数十とも数百とも判然としない牙が張り出す大口を開いており、
砂の粒子で薄汚れた肌は硬質そのもので、ちょっとやそっとのダメージは通さないほど強健だ。
化け物と呼ぶに相応しい全長20m以上のサンドワームと遭遇してしまった一行だったが、
何分にもピラミッドへ突入する目前。
余計な消耗を考えると脇を抜けてやり過ごしたいところであるが、
前途を塞いでうねる巨体は3匹という事もあり、戦闘は避けられそうにない。


「リチャードとガウザーはそれぞれ散開して威力攻撃ッ!!
 フレイムはフォローに回れッ!! ヴァルダはそのアホッ娘を守りながら黒魔法をッ!!
 一匹は俺の方で責任持ったらぁッ!!」


サンドワームは砂漠を行き交う生命を食料としており、隊商などを組む人間は
格好のご馳走だった。舌なめずりの代わりに嬌声を上げるや、
コンビネーションを組むロキたちへ猛然と牙を襲い掛かってきた。
丸呑みにするハラなのだろう。大口で吸い付くように巨体をうねらせて来る。


「ハッ!! 単細胞な化け物なんぞに遅れを取るほど俺ぁ甘チャンじゃねぇぜッ!!」


身体の一部分でも巻き込まれればそのまま圧殺されてしまいそうな突撃を
ロキが上空へ跳躍する事で回避するのを見て取ったサンドワームは
ぐにゃりと無脊椎の上体を捻じ曲げ、上空に舞った餌へと改めて不気味な大口を向けた。
相手は満足に身動きを取れない“鴨葱”だ。じっくり味わってやろうとでも
考えていそうな素早い切り替えしだが、歴戦の剣豪にその程度の浅知恵が通用すべくも無い。


「―――【撃斬】ッ!!!!」


ロキが収めた流派の奥義の中で最もポピュラーな【撃斬】の太刀が
憐れなサンドワームへ振り落とされた。
身動きの取れない上空から果敢にも大口めがけて急降下していったロキは
丸呑みにされるよりも早くサンドワームの1体を正面から両断し、断末魔の絶叫を上げる間すら与えず撃滅。
凄まじい胆力だ。まかり間違って大口に呑み込まれでもすればたちどころに消化されてしまうにも関わらず、
怯えの一つも無しに死地へ飛び込み、成果を得る勇往は、
後に【英雄】と尊ばれる片鱗を見せ付けるかのようだった。


「同門としては、ロキにばかり良い恰好をさせられないな………ッ!!」
「惰弱なッ! 姿恰好の問題ではあるまいにッ!!」
「いや、私は気構えの話をしただけで………本当にガウザーは頭が固いな………」
「ム、ムぅ………」
「ダーメダメ。リチャードもいい加減理解してやれよ。
 繊細さとは無縁のワンコロにセンシティブな回答求めちゃダメダメ!
 ある意味、高度ないじめになっちゃうから気を付けろぉ♪」
「外野は黙っておれッ!!」


戦闘中にも関わらず軽口を叩き合う三人は、何も頭がおかしくなっているわけではない。
サンドワームの巨体へ組み付き、数メートルはあろうかと思われる胴回りを豪腕で締め上げ―――
―――否、押し潰すと言った方が正しいかも知れない。
左右両側から剛力で押し付けられたサンドワームの首元はその部分だけ不恰好に縮め込まれ、
全身を循環する体液も行き届かないのだろう、干からびたミミズのようになってしまっている。
体液の循環不全か、はたまたショック死か。背筋が寒くなるほど常人を離れた筋力で
首元を潰されたサンドワームは、ついに生命活動を停止させた。


「よぅし…次は私の【谺閃】を披露してや―――」


真空の刃を遠方の敵へ打ち出すという秘剣中の秘剣を放つべく構えに移ったリチャードの背後を
巨大な火球が追い越して降り注ぎ、最後に残ったサンドワームを周辺の黄砂ごと
爆炎で包み込んだ。


「…あら、アンタ、何かするつもりだったの? あんまチンタラチンタラやってっから
 やる気が無いかと思って先に攻撃しちゃったわ」
「………………………」


爆発と炸裂を無数に伴う地獄の魔炎で標的を炭クズになるまで燃焼し続ける
黒魔法【ヘレティックマサカー】を放ったヴァルダは、
決め技の構えを取ったまま固まってしまったリチャードを皮肉以外の何物でも無い嘲笑でこき下ろした。


「………ワ〜ォ、ヴァルダってば真性のドSだな、オイ。
 こっちとしちゃ無駄な体力使わずに助かるけど、いくらなんでもそいつはやり過ぎじゃない?」


剣士としてこれ以上無い華々しい活躍の場まで踏み躙るとは………。
そこまで嫌いかと見ているフレイムカーンの顔が引き攣るくらい、
リチャードに対するヴァルダの攻撃は苛烈だった。


「やり過ぎ? どこが? やる気のないバカにはさっさと退いてもらわなきゃ。
 いつまでも置物になられちゃ邪魔で仕方無いわ」


――――――この言い様である。
普段の奇行が奇行だけに爪弾きにされても同情は出来ないが、
哀愁の風に晒される背中は今にも吹き飛んでしまいそうな憐憫を誘った。


「―――っと、これで3匹全部片付いたみてぇだな」
「フン、ワシらにかかればこの程度の化け物なんぞ小石を握りつぶすようなモノ―――」


戦闘終了の安堵から、身体に掛かった返り血をタオルで拭うロキにもガウザーにも
少なからず油断が生じていた。
気を張っている状態であったなら、目前まで切迫している危機を気取り逃す事は無かった筈だ。


「―――――――――ッ!!!!」


安心した直後、離れた位置で戦闘の動向を傍観していた“ジョン・スミス”の背後で
新たな砂埃が噴き上がった。


「なッ!? もう一匹いやがったのかッ!?」
「こンの能無しッ!! アンタ、何の為にここにいんのよッ!!
 気配も察知できない【ニンジャシーフ】なんか、種の無い牝馬と同じじゃないッ!!」
「牝馬って、オイ、どんな例えだよッ!?」


サンドワームだ。仕留めた3匹とは別に砂中へ潜んでいたもう1匹のサンドワームが、
勝利に油断したのを好機と見て取り、一番戦闘力に乏しそうな“ジョン・スミス”の背後から
襲いかかってきたのだ。
なんという悪知恵か。知能が低いとされるモンスターにしてはあまりに狡猾な手口である。


「リチャード、今だッ!! 出しそこなった【谺閃】を今ッ!!」
「きゅ、急に言われても準備ってもんがあって………ッ!!」
「ホンッッッッッットに役に立たないわね、アンタはぁッ!!
 まじでいっぺん死んでみるッ!? ていうか死なすッ!! もーちょっといい加減に死なすッ!!」
「やってる場合かっつってんだろ―――――――――………チィッ!!
 横に飛べ!! 逃げろ、“ジョン・スミス”ッ!!」


間に合うか………否、間に合わせてみせる。油断して納めてしまった剣を走りながら抜き放ち、
今にも大口の餌食となりそうな“ジョン・スミス”のもとへロキが飛び込もうとした―――


「な…にぃッ!?」


―――その時だった。
衣服の中に忍ばせてあった2本一対の短槍………【交叉槍(ツインランス)】を
瞬時に両手へ携えた“ジョン・スミス”の姿が霞の如く掻き消えてしまった。
今一歩のところで格好の餌に逃げられたサンドワームが巨体を激しく左右に律動させて
“ジョン・スミス”の姿を探るものの、周辺のどこにも彼女の姿を見つける事はできない。
それはロキたちにも同じ事で、突如幻のように消え去ってしまった“ジョン・スミス”に
困惑するばかりだった。


「………マジか………―――――――――」


ようやく“ジョン・スミス”の姿を見つけたロキは、その余りの光景に思わず絶句した。
彼女はいつの間にかサンドワームの頭上(正確には頭上と思われる大口の上部)へ跳躍しており、
餌を求めて巨体をうねらす醜い化け物を睥睨していたのだ。


「………人界にあってただ仇を成すのみのケダモノであらば、
 せめて末期は華となりて咲き乱れろ―――」


………一体いつの間に、どうやって?
考えあぐねればキリが無い“ジョン・スミス”の鋭敏が再び動く。
残像すら後を追えない超速でサンドワームの周囲を縦横無尽に駆け巡り始めた彼女は
当惑する化け物の巨体へ一つ、二つ、三つ………と【交叉槍(ツインランス)】を突き立てていく。
それもアトランダムに攻撃しているわけではなく、何某かの法則に則っとるかのように、
この攻撃が決まれば、次はあの箇所へ、その次は更にこの箇所へ…と打点を等間隔に定めていた。


「―――【レーシング・ベラドンナ】………」



サンドワームに変化が起きたのはこの時だった。
何がどうなったのかは不明だが、サンドワームが誇る巨体のあちこちに亀裂が走り、
硬質な筋肉が弾け飛んだ。
しかも、よくよく観察すれば、【交叉槍(ツインランス)】を打ち込まれた傷痕に
沿って亀裂が走っているではないか。
突き立てられた痕跡を“点”とすると亀裂は“線”である。
無数に穿たれた“点”と直線が結び合っては壊れ、筋肉の破裂は留まる事を知らずに加速していく。


「筋肉を極限まで膨張させて『ボンッ!』か………フン、実に特異な武芸を備えておるようだな」


物理ダメージ等によって刺激を受けた筋肉は急速に緊張し、硬化する。
それが極限まで緊張すれば、やがて自壊に至る寸法だ。
等間隔に槍を突き入れた理由はここにあるとガウザーは読み、果たしてこれは正解だった。
全身へ穿たれた痕跡は互いに干渉し、増幅し合うように筋肉を緊張させる。
この筋肉硬化を極限まで瞬時に増幅し、内部から組成を破壊するのが
【レーシング・ベラドンナ】なる絶技の特性である。


「………これでおしまい………」


現世に生を受けてから今日まで感じた事の無い恐怖にさらされたサンドワームは
自壊を抑えきれない巨体を文字通り四散して果てた。


「………出迎えご苦労じゃ、下賎の者よ。ようよう朕を敬ってたもれ………」
「………………………………………………」
「………無言で流されたら、ツッコミ待ちとしては非常に辛いのですけど………」


傍若無人に吐き散らかされる暴言へのツッコミを内心では楽しみにしていた“ジョン・スミス”は、
いつもは真っ先に反応してくれる筈のロキから何のリアクションも返ってこない事に眉を顰めた。
が、彼女の寂しさを察するよりも、血みどろになった【交叉槍(ツインランス)】へ衝撃を受ける一同には
あまりに凄惨で激烈な“ジョン・スミス”の戦闘スタイルを受け止め、
心を整理するので精一杯だったのだ。

現に、自らが手を下した残骸を抑揚の無い表情で踏み越えやって来る“ジョン・スミス”には
思考回路を凍て付かせる言い知れない恐怖があった。


「『コルナゴの壺』………か」


ただ一人、サンドワームの群れが飛び出したピラミッド入り口近辺を
調査していたフレイムカーンだけは冷静な思考を保っていた。


「『コルナゴの壺』? なんじゃ、それは?」
「モンスターを封じ込めておくためのアーティファクト(魔法具)だな。
 予め封印しておいたモンスターを今みたいな感じでけしかける事が出来る」
「そんなものが偶然落っこちてるわけ―――ナイわよね、しかもこんな砂漠のど真ん中に」
「私たち以外にもピラミッドに眼を付けた者がいるのか。
 罠を張って競争者を引き摺り下ろそうと考える悪辣な輩が………」
「だろうね。しかもコイツはデタラメに改造されたシロモノだ。
 一定のエリア内に侵入者が足を踏み入れたら自動開封するように仕掛けられてたよ」
「………地雷、みたいなものでしょうか………」
「さしずめトレジャーハンター………いや、タチの悪ィ盗掘人の仕業じゃねぇのか?
 ナメた真似してくれやがるぜ………ッ!!」


フレイムカーンが拾い上げた陶製の筒は、砂埃で薄汚れてはいるものの、
確かにそう古い年代の物には見えない。フタが開いた際に付いた疵も新しく、
封が切られて間もないのは明白だった。


「入り口にゃ出来て間もない足跡もあったし、先に誰かが入り込んでんのは間違いナイね。
 真っ当な冒険者が相手じゃないからな………俺らもちょいと腹括らなきゃマズそうだ」


挑戦者を昏く果てない迷図へ手招きするピラミッドの入り口には、
盗掘人たちの不気味な足音が聴こえてくるかのような錯覚を覚えた。






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