数々の苦闘を乗り越えて辿り付いた【ナイアラトホテップ】の最深部は、
これまで足場にしてきた浮島よりも遥かに奥行きがあり、円形に広い構造は擂鉢を重ねさせた。
円周をグルリとガーゴイルの彫像の群れが取り囲んだ浮島の中心には
古めかしい石碑が無造作に埋め込まれており、そこから膨大な邪気が染み出していた。
長年冒険を続けているロキですら、かつて感じた事が無いくらいの邪気だ。






(まず間違いなくあの碑の下に“滅びの獣”とやらは封印されていがやるな………)






白銀の鎖で幾重にも封印されているにも関らず、闇の王が上げる産声のような邪気が
現世へ染み出すその石碑には、何行にも亘って神代文字が刻まれていた。


「………我、万物が理の滓より産み落とされし負の写身(うつしみ)と相対し、
 現世と常世の狭間にてたゆとう禁の門へこれを封ずる。されど、これを常しえに眠らせるには至らず。
 数億数兆の夜を経て縛鎖が綻びし朝にこそ、これを根絶せしめる者が現れたる僥倖を
 我、希(のぞ)むものなり―――――――――“闘神”スペッキオ………」


―――――――――と“ジョン・スミス”が解読した通りではないだろうか。
意気込み勇んで“滅びの獣”打倒へ乗り出してはみたものの、
自分たちが“根絶せしめる者”と胸を張れるほど、ロキは自惚れてはいないし、
己の若輩な技量をわきまえていた。
慢心の無い剣士の魂を宿しているからこそ、自分たちを“根絶せしめる者”と定義づける仲間たちに
諌めの言葉を投げたのだし、その思いはこの碑文を目の当たりにしてより一層強まった。






(………やっぱりこのまま立ち去るのが良いんじゃないだろうか………)





大型のモンスターを数え切れないほど屠り、苦労に苦労を重ねて最深部まで到達したロキだったが、
やはり資格を持たない自分たちがいたずらに封印を刺激し、世界に危難を振りまくのは避けるべきと考えを改め、
碑に先制攻撃を仕掛けるべく早くも戦意を高める“ジョン・スミス”に撤退を促そうと試みた―――


「あ〜らら、おとなしく帰ってくれてりゃ、手荒い歓迎しなくて済んだのにさぁ」
「―――――――――ッ!?」


―――のだが、“ジョン・スミス”の肩へ手を掛けようとした瞬間、
不意に乱入してきた鋭い紫電によって説得の言葉は揉み消された。


「不意討ちたぁ小賢しいマネしてくれるじゃねぇかッ!!」


縦に一文字を描いた紫電は“ジョン・スミス”を突き飛ばしながら身を捩ったロキの前髪を
わずかに掠め斬ると水晶の地面へそのまま打ち落とされたが、それで打ち止めとなったわけではなかった。
残像と共に耳を劈く硬質な音を奏でる紫電はそのまま着地する事なく軌道を変え、
弧を描いて再びロキへと襲い掛かった。
鋭角に胴を狙っている。轟々と迫り来る紫電は一撃でロキを薙ぎ払うつもりのようだ。


「―――………っつのッ!! ナメんなぁーッ!!」


無理な体勢で身を捩った為に足元がおぼつかないロキだったが、流石歴戦よって練磨されてきた剣士だ。
愛剣を咄嗟に身体の前へ押し当てて鉄壁のガードとし、見事胴を薙ぎ払いに掛かる紫電の直撃を凌ぎきった。
一応、ブレストプレートだけは着込んでいるものの、受け止めただけで骨身が軋むような紫電相手では
紙切れと同じくらいの効力しか発揮しなかっただろう。
ちょっとやそっとの衝撃では決して曲がりも折れもしないミスリル銀で拵えられた愛剣【ノートゥング】を
盾の代わりに用いたロキの機転は正解だった。


「うっわ、マジかよ、あんた。今のをやり過ごしちゃうわけ? たまげたねぇ〜こりゃ!」
「お前………お前が盗掘人かッ!!」


いずれの紫電にも付きまとっていた野太い声が、初めて耳にする男の声が
驚異的なロキの身体能力に口笛と賞賛を送った。


「………この地に足を踏み入れる資格も無いおぞましき愚者め………去れ………っ!!」
「否定はしねーけどな。人様から誉められるよーな道は歩んじゃいねーし」


本音を言えばこうした戦闘を避けて踵を返し、仲間たちを回収しながら地上へ脱出するのがロキの望みだったが、
しかし、これを実行するにはあまりに障害が多過ぎた。
紫電となって身体ごとロキにぶつかってきた影の首筋へ突き出し、あえなくスウェーバック避けられてしまった
“ジョン・スミス”の【交叉槍(ツインランス)】には明確な闘志が宿っている。
不意討ちに紫電を発した野太い声の主を仕留めなければ止まりそうにない、真っ赤に猛り、盛って燃える真紅の闘志が。


「あーあ、あんちゃん、ふいうちならやれるってゆだんしちったみたいだねぇ。
 だからもうちょいたんねんにやっといたほうがいいっていったのにさ」
「キーキキーキギョヴェギャッ!! ミョキーーーッ!!」
「ポンガも言ってますよ。『てめえはホント、何やらせても役に立たねぇな、この低脳がッ!!』って」


【ノートゥング】と【交叉槍(ツインランス)】が連携を組んで反撃してくるより先に
バックステップで間合いを離した野太い声の主のもとへ二人と一匹が駆けつける。
ロキも“ジョン・スミス”も油断なくそれぞれの武器を構えながら相手の容貌を伺うが、
小柄な男の子も、リボンが愛らしい少女も、生意気そうな小猿も、いずれも初めて見る顔だった。
当然、紫電を走らせた張本人である野太い声の主の顔にも見覚えが無い。






(真っ当な冒険者にはとても見えねぇが………こいつ、相当に戦い慣れていやがるぜ………)






バンダナをトレードマークにバスタードソード(両手持ちの剣)を構えた大柄な男――小柄な少年は
彼を“あんちゃん”と呼んだ――は、初対面でありながらロキに言い知れぬ緊迫を与えた。
最初の紫電、あれは、渾身の力を込めた縦一文字の不意討ちだった。
それを回避されたと見るなり力ずくで無理やり軌道を変えて二撃目を繰り出した。
一度振り落とされた軌道を無理に曲げれば両腕へ想像を絶する負荷が掛かり、間違いなく筋肉が壊れる。
百戦錬磨のロキにも出来ない技術だが、それをこの男は事も無げにやってのけたのだ。


「………ロキさん………」
「ああ、わかってる………油断できねぇぜ、こいつら」


野太い声の主だけではない。あどけなさを残す少年からも、リボンの愛らしい少女からも、
キーキーと小うるさい小猿からすら血の匂いが漂ってくる。
戦いという物に慣れ、命のやり取りを食らう修羅の者のみが醸す、独特の香気だ。


「自己紹介が送れちまって悪かったな。なにせ俺たち、冒険是バトルなチームなんでよ。
 ―――俺ぁ、レッド。レッド・ジャドプラーテってんだ」
「ぼくはそのおとうとの、ブルー・ジャドプラーテ。
 ほんのちょっぴしのおつきあいですけど、よろしくです♪」
「キーキキームキキャキャー! ムッキャッキャッ!!」
「『俺様は霊長類の真の酋長・ポンガだ。頭が高ぇ! そこになおりやがれッ!!』と
 この子も自己紹介してます。そして、通訳係は私、レイン・コラゥドでお送りしています」
「俺たち四人揃って冒険チーム【トレジャーハンターズG】ッ!!
 ちなみに末尾の『G』ってのは、“グレイトフルデッド”の『G』だから、そこんとこよろしくなッ!」
「冒険チーム………? ………笑わすな。
 どこの世界に後続のチーム蹴落として、あまつさえ不意討ちかまそうとしてくる冒険チームがいるってんだよ。
 てめぇら、オブラートに包んでようやくギャング団が関の山だぜ」
「ギャング団ってのはひでぇな、せめて盗掘チームにしてくれや」
「………自覚あるんじゃねェかよ」
「えらいこわいめぇしてるっすねぇ。あんちゃん、なんかうらまれるよーなことしたの?」
「もしかして罠を仕掛けて霍乱したのを怒っているんじゃないですか?」
「え、まじ? あんなんで怒るの? だとしたら冒険者失格だぜ?
 【コルナゴの壺】仕掛けんのは横入りを防ぐ時の定石だし、罠使って混乱させんのは基本中の基本!
 後続のチームを蹴落とすくらいの気合いがなくちゃ、冒険者のチームとして失格だろ」
「盗人猛々しいとは良く言ったもんだ………ありゃあ、全部てめぇらの仕業かよ………ッ」


【トレジャーハンターズG】を名乗った盗掘人のチームは、メンバー全員が総じてヘラヘラと
軟派な態度を取っているが、それは間違いなく確かな実力に裏打ちされた自信と言うものだろう。
手強い。全員が自分よりも年下と思われるこの一団は、自分よりも格段に手練れている。
“ジョン・スミス”とタッグを組んだところで太刀打ちできるかも解らないほど、実力差が開いているように見えた。
加えて数の上でも不利と来てはどうしようもない。
せめて凹凸チームが全員揃ってさえいれば対処の仕方もあるのだが、離れ離れのまま音信不通の現状では
増援に期するのも絶望的だった。


「あんたらも【ピラミッド】に隠された秘法を掘り起こしにきたクチだろう?
 世界の法則すら捻じ曲げる【ルドラ】ってヤツをさ」
「【ルドラ】………?」
「………私も初めて聞きました。
 ………【ルドラ】………確かに古文書の中には同じ名前が出てきますが、
 この地に封じられているモノとは異なるはずです………」
「まさか、知らねぇので潜り込んできたのかよ?
 ………酔狂だねぇ、この世とあの世の境目みてぇな場所に物見遊山で入り込むなんてよ」
「あんちゃん、そいつはたんりょってもんじゃない? このひとたち、しらぬぞんぜぬしらばっくれて
 ぼくたちをゆだんさせよーとはかってんだとおもうよ」
「だとしたら、顔に似合わず狡猾な男性ですね………」
「ウぃキッ!!」
「別にいいんじゃねーの? 【ルドラ】ちゃんを掘り起こすまで邪魔さえしないでいてくれたら、
 俺らも手ぇ出す必要ねーんだし」
「ウキキキキャキャッ!! ムキッ!! ウッキャキャキョッ!!」
「『見てみろ、そこのデカブツ、俺様たちに敵わないのがわかってんのか、ブルッて冷や汗かいてやがんぜ』と
 ポンガは言っていますけど………ふむふむ………どうやらその通りみたいですね」
「だったらぼくもなんもいうことないや。おなじもくてきできてくれたあなたたちにはわるいけど、
 【ルドラ】はぼくらがちょうだいするッスよ!






(………………………最悪だ………………………)






重ねて言っておく。
本音を言えばこうした戦闘を避けて踵を返し、仲間たちを回収しながら地上へ脱出するのがロキの望みだったが、
しかし、これを実行するにはあまりに障害が多過ぎた。


「………つまり、貴方たちはその碑を掘り返そうと考えているわけですね………」
「モチのロン! この下にお宝が眠ってるってもっぱらのウワサだかんな。
 掘り起こさなきゃここまで苦労してきた意味ねーよ」
「………シャラップッ! ノータリンのトーヘンボクがッ!! 朕が覇道の前に立ちふさがるとはなんたる狼藉ぞッ!!
 貴様には恩賞の代わりに永遠の地獄をくれてやるわァ―――ってなカンジです………ッ!!」
「バカ、お前、語彙がイカれてんのはもう十分わかったから、これ以上無駄に刺激すんじゃねーよッ!!」
「―――お? なになに? お嬢ちゃん、面白い事言うじゃないの。
 無謀と知ってて俺らと戦おうっての? おたく、もしかして極度のドM? 死にたがり症候群?」
「………シャラプれと言ったでしょうが。頭の腐った愚民とは、これほど程度の低い会話も成り立たないのか………」
「ハッハハハッ!! 傑作じゃん、ちょっと!
 ………面白ぇ。メインディッシュの前にちょいと弄んでやろーじゃんか」






(………………………信じらんねーくらい最悪だ………………………)






“ジョン・スミス”が闘争本能を剥き出しにし、【トレジャーハンターズG】なる盗掘チームが
有史以来最悪の災いを封じ込めた石碑を掘り返そうとしている以上、“滅びの獣”の覚醒を助長させないよう
なんとしても食い止めなければならない。
この場を離れられる要因がロキには何一つ残されていなかった。
戦うしかない。戦って【トレジャーハンターズG】を退ける以外に活路を見出す術は残されていないのだ。


「………てめぇって野郎は、そこまでして俺に苦労かけてぇのかよ」
「………私は、私の成すべき使命を全うしたいだけです………」
「独りで背負いきれねぇ使命を全うするつもりならな、ちっとは協力者の顔色ってもんを窺えよ。
 手前ぇ独りで全部決めて、後から俺らを引っ張るようなやり方すんな。
 具体的には空気を読みやがれッ」
「………おっしゃってる意味がわかりませんが………」
「わかんねぇようなら、お前は一生社会不適合者だよッ!!」


おしゃべりしていられるのはここまでだった。
「Ready GOッ!」というレッドの号令を受けて散開した【トレジャーハンターズG】が
明確な殺意を灯して襲い掛かってきた。
まず、レッドのバスタードソードがロキの顔面をかち割るべく再び縦一文字に振り落とされ、
【ノートゥング】でそれを凌ぐと、今度は鍔迫り合いの最中へ何本もの炎の矢が降り注ぐ。
【ファランクス】の魔法だ。


「―――チッ! あのアマ、【ウィッチ(女魔法使い)】かッ!!」
「おぉーっと! やっかいなのはまほうだけじゃないッスよッ!」
「―――――――――クッ!?」


直撃を蒙る寸前にレッドの脇腹へ蹴りを叩き込み、これを反動にその場から緊急離脱したロキは
炎の洗礼こそ免れたものの、次なる刺客の凶手にまでは反応しきれなかった。


「ンの野郎ぉ………ッ!!」
「おうおう、立派なのは自慢の一振りだけかい?
 よぉ、ブルー。嬲り殺しにするならするで、あんま見臭くすんなよぉ?
 せっかく【ルドラ】ちゃんを手に入れたって、その前に挽肉が転がってちゃ夢見が悪ィからよ」
「ナメんじゃ―――――――――………ッ!!??」


身のこなしも軽くスケートボードに乗って急接近してきたブルーが懐から繰り出したのは
パーティーの座興に用いるようなクラッカー。何の変哲も無いクラッカーだった。
バスタードソードによる重い一撃、【ファランクス】と致命傷狙いの連携が続いた事から
ブルーもそれと同じく威力攻撃を仕掛けてくると踏み、咄嗟にロキは身を硬くして防御の体勢を取ったのだが、
予想は外れに外れ、取り出されたのはオモチャのクラッカーである。
パン、という軽い音と火薬の匂いに中てられたロキの目が一瞬、点になってしまうのも無理はない。


「なぶりごろしにすんのは、あんちゃんのしごとでしょ? ぼくはひきにくをあじつけするかかりだもん♪」
「さっすが俺の弟! 目上を立てる気配りはまさに俺譲りだぜッ!!」
「あなたの口から気配りなんて言葉が飛び出すとは思ってもみませんでしたけど?」
「レインは俺の何を見てきたんだ? これほど丁寧に始末を付ける奴が、気配り上手でなけりゃなんなんだい?」
「いんしつっていうんじゃないかな」
「さっすが俺の弟ッ! 俺が一番腹立つ切り替えしってもんを心得てやがらぁッ!!
 てめえ、今日のおやつは抜きだかんなッ!!」


それこそが【トレジャーハンターズG】の狙いであると気付いた時には既に遅く、
バスタードソードと【ペネトレイト】の雷撃魔法が両サイドから同時に撃ち込まれた。
いかにも一撃必殺のパワー攻撃で緊張を誘っておいて、張り詰めたものを後になって急速に突き崩す。
その後に待っているのはトドメの一撃だ。
強烈なトドメを刺し込む為に相手の心理状態まで計算に入れて霍乱行動を取るなど、
やはり並みの盗掘人チームではない。ロキが睨んだ通り、彼ら【トレジャーハンターズG】は
様々な意味で手練手管だった。


「なろぉ………ッ!!」


勢いよく横薙ぎに振り抜かれるバスタードソードの刀身へ
自らも渾身の【ノートゥング】を叩きつける事でレッドの豪腕を弾き飛ばしたロキだったが、
幾筋もの【ペネトレイト】までは対応しきれなかった。
半身を捻って回避を試みたものの、追いすがってきた雷撃に足を撃ち抜かれ、
とうとう膝を屈してしまった。


「―――へい、一丁上がりッ!!」
「―――させるか………よォッ!!」


微塵の躊躇も容赦も無く繰り出されたレッドの刺突を、持ち前の瞬発力を総動員して【ノートゥング】の鍔元で受け止め、
どうにか押し退けようと踏ん張るも、撃ち抜かれた軸足から気力が流れ出してしまい、
徐々に徐々にロキは押し戻されていく。


「さっきからいってんじゃんか、あんちゃん。つめがあまあまだよ」
「いつもこうではないですか。殺す死なすとカッコつけているクセして最後は私たちに丸投げ。
 無様な死体を処理する身にもなってくださいな」


力点を少しでもズラしたら喉元を刺し貫かれる緊迫感に震えるロキをブルーとレインの追撃が捉えた。
レインは冷気を呼び込む【パーマフロスト】の魔法でロキの体力を急速に奪い、
ブルーもブルーで両手の指から幾つもぶら下げたヨーヨーで【ノートゥング】を握る手から腕から
執拗に殴打し続けた。連携技と呼ぶにはあまりに醜く、集団リンチも良いところだ。






(………こういう時こそ、なんで空気を読まねぇんだ、あのアホ女はッ!!)






1VS3でなく、せめて2VS4の構図にまで持っていけさえすれば、
最大の危機を打破する道も開けるのだが、いつまで経っても“ジョン・スミス”が加勢に割って入る気配は無い。
“滅びの獣”の碑を掘り返そうとする連中を相手に、まさか敵前逃亡するわけは無いだろうと思いながらも
どこで何をしているのか、と周囲を見回したロキは、期待した加勢が絶望的である事をその時になってようやく知った。


「お前………―――“ジョン”ッ!! 大丈夫かぁッ!?」
「………めがっさプロブレム…ッ! 自分の尻は自分で拭いておいてください…ッ!
 ………残念ながら、サポートへ行けるほど、私も余裕はありません………ッ!」


激しさを増す攻防の真っ只中にあって、“ジョン・スミス”もその場に留まり夜叉の如く奮戦していた。
………が、相手が悪過ぎた。見た目こそ小猿のポンガだったが、
戦闘力は【トレジャーハンターズG】に属する他の誰よりも凄まじく、
ロキの危機を見るや駆けつけようとする“ジョン・スミス”の前に立ちはだかって猛攻し、着実に彼女を追い詰めていった。


「………ここでこんな下郎相手に消耗しては………ヤツと相対するまでに力尽きてしまう………」


“ジョン・スミス”にとって最大の一番は【トレジャーハンターズG】などではなく、
碑の下に封印され、今にも地上へ飛び出してきそうな負の存在―――“滅びの獣”なのだ。
にも関らず想定外の盗掘人チームに目的を妨げられ、あまつさえ温存しておいた体力・気力が浪費されてしまうのは
腹立たしくて仕方が無い。

しかし、敵は強い。途方もなく、強い。
相手が障害物である以上、小猿と思って甘く見るような手心は一切加えない“ジョン・スミス”は
次々と【交叉槍(ツインランス)】や【シャフト】の攻撃魔法を放つが、
ポンガはそれを何倍も上回るスピードで飛び回って自分から照準を外し、
逆に敏捷性を生かした奇襲で彼女に引っかき傷、噛み傷を増やしていった。
真っ白な雪のようだった手の平や太腿が血に染まっていく様は見るに耐えない。


「ウキッ!? ウキキッ!? ウキャーキャキャキャッ!! キャッキャキョォォォーーーッ!!」


しかもこのエロ猿、ただでさえ抑揚のない“ジョン・スミス”の表情が疲弊と痛みに歪むのを
観察して喜んでいるらしく、ダメージを与える度に意味不明な嬌声を上げた。ご丁寧にも盛大な拍手付きで。
誰がしつけたのかは知らないが、このどてらい小猿は、性根の底から腐り切っていた。






(………ガタいの良さそうなヤツから三人がかりで仕留める腹か………ッ!!
 だからあんな小猿に“ジョン・スミス”を―――――――――)





“ジョン・スミス”を非力と見なして小猿に相手を任せ、他の三人の威力攻撃で主力を叩いていく作戦かと
推理したロキは、そこまで考えてある事にはったと勘付いた。






(―――――――――いや待てよ………こいつはおかしんじゃねぇか………ッ!?)






剣豪を自負するロキにとっては悔しい事だが、彼と“ジョン・スミス”の戦闘力は
トータルから割り出すと殆ど互角だった。
もちろん剣技や槍術に魔法と細かい部分を突付けばキリが無いものの、突き詰めて考えれば、
お互い勝るとも劣らない実力を秘めていると言えるのだ。

だがしかし、三人がかりでまだ致命傷らしい致命傷を受けていないロキに対して、
ポンガを相手にする“ジョン・スミス”は全身のあちこちに重傷を負ってしまっていた。
実力伯仲同士にも関らず、襲撃者の数が少ない方がダメージが大きく数箇所へ及ぶとなると答えは一つである。


「気をつけろ、“ジョン”ッ!! そのエテ公が一番の曲者だッ!! こいつらん中で一番手強いぞッ!!」
「………雑魚相手に遊んでいる貴方に言われなくても、それくらい戦っている私が大変存じています………っ!」


つまりそれは、ポンガの爪牙がレッドのバスタードソードよりも殺傷性に優れ、
スケートボードで縦横無尽に駆け巡るブルーをも軽く追い越せるくらい素早いという事―――
―――【トレジャーハンターズG】内で最強の称号を得ている事に他ならない。
非力な者へ最大の攻撃力をぶつけ、頭数から着実に潰していく腹づもりなのだ。
“ジョン・スミス”の実力を『非力』と見誤る辺りにこの者たちの限界は感じられるが、
弱者を仕留めてから主力を取り囲んで撃破する戦法は機転に富み、悪辣ではあるものの理に適っている。


「ウキャキャキャキャッ!! ムキウキッ!! ムキャウキキョキャーッ!!」
「おッ、ノリノリだなぁ、ポンガ!
 『最初の威勢はどこ行った?』か? ウジ虫風情が束になっても踏み潰されるだけなんだよ』か?
 なんにしてもロクな事喋ってる気はしねぇけどな」
「『ひゃっはははッ!! 好い声で泣きやがる! グッと堪えた感じもたまらねぇぜ!!』の間違いですよ」
「ほんと〜にろくでもなかったね〜。きもちはわからないでもないけど。
 なきごえだけじゃなくって、いっぽーてきにやられてんのにまだきょせいはるかおもおつなもんだよ。
 にんげんって、ここまでみっともないつらさらせるんだってしんせんにおどろきさぁ〜♪」


それ以上に悪辣なのは【トレジャーハンターズG】の面々で、三人と一匹が繰り出す猛攻の前に
苦難を強いられるロキや“ジョン・スミス”が傷一つ作るごとに口元を歪め、くぐもった笑いを漏らしていた。
【トレジャーハンターズG】の面々は、この卑怯とも言える戦法完遂へ非常に慣れていた。
自分より年齢が下な筈なのに背筋が寒くなるくらい緻密かつ悪辣な戦法を考案し、相手を抹殺するまで攻撃の手を緩めない。
このように闇の部分へ慣れて親しむ少年たちがロキには怖かった。






(―――――――――おかしい………)






と同時に冷静な部分で疑問と違和感が沸き起こる。
それぞれに目的がある中で集まり、ルサ・ルカの要請を受けて派遣されるという、
言ってしまえば兼業冒険者のロキたちではあったが、長い間片足を突っ込んでいただけあって
それなりに冒険者の世界――こと、イリーガルな層――の情報には詳しくなっていた。
腕の立つ同業者や悪徳を振り翳す危険なチームなどもよほどのモグリで無い限り把握している。

まず最初に違和感を感じたのが、そうした情報網に一切引っかからず、今日までモグリとして潜り抜けてきた事だった。
結成間もない冒険者ならいざ知らず、戦い方やトラップの仕掛け方へ驚くほど慣れている事から
ルーキーという線はありえない。
ありえないのだが、ロキは『トレジャーハンターズG』なる彼らのチーム名を知らなかった。
ここまでの戦闘力と智謀を兼ね備え、あまつさえ同業者を踏みにじる非常さを兼ね備えた冒険者と来れば、
悪名なり功名なりで名前が通り、裏社会の情報網には、それこそ名うてとしてリストアップされている筈である。






(………こいつら、本当にただの盗掘人か………?)






低年齢かつ異常な戦闘力を発揮する悪名高いチームとして注目されるべき筈の彼らの存在を、
裏社会の情報に詳しいロキが一度も耳にした事が無いというのは、やはり不自然としか思えない。
不世出のモグリなのか? 何者かが子飼いにしておいて、危険な冒険にのみ派遣する者たちなのか?
それとも、本当に実力だけは一人前の素人ルーキーなのか?
自称というだけ正式な身分ではない彼らが本当に盗掘人なのか?
―――悪辣な目下を打ち仕留めない限りは真相が明かされる事は無さそうだ。

この疑念がロキの早とちりであればそれで丸く収まるものだが、一度穿たれた違和感は収まる事なく渦巻き続け、
レインの魔法を避けながらバスタードソードと鎬を削る真っ最中にも
きつく硬く握り締められた【ノートゥング】からは猜疑の芽吹きが見え隠れしていた。


「な〜にしんきんぐ・たいむにふけってるんスか? おはかのしんぱいとか、せいめいほけんのしはらいとか、
 そんなもんはいぞくにまかせとけばいいんスよぉ〜」


芽吹いた迷いは、集中力を乱し、バスタードソードを受ける刀身へと宿った闘気を散らしてしまう。
凹凸チームを体よく引き離す程に【ナイアラトホテップ】のトラップの仕組みに詳しい
【トレジャーハンターズG】の正体を訝るあまり意識が散漫になっていたロキの鼻先を何か鋭利な物が掠めた。
ガリガリガリ………、と水晶の盤面を掘削するような耳に痛い音がした直後の事だ。






(―――チッ!! 頭ン中でグチグチやってる場合じゃねぇかッ!!)






水晶の盤面へ、ロキの鼻先へ鋭い切り傷を付けたのは、スケートボードから降りたブルーが
新たに持ち出したローラーブレードだった。
ご丁寧な事に丸みを帯びたローラーの部分は鋼鉄製のエッジ。これを履いて繰り出された蹴りが
万一クリーンヒットでもしていたら、間違いなくロキの鼻は殺ぎ落とされていただろう。
高速移動と斬撃の両立を可能にした自慢の特注品らしく、ロキの鼻先から付着した鮮血を指差しながら、
「これこれ、いまはやりのぺいんとっていったら、やっぱりわいんれっどっスよね」などと
両手を叩いて喜んでいる。幼い顔に似合わず、なんとも末恐ろしい。


「こいつらが誰だろうと関係ねぇ………要はブッ潰せばいいんだからよ………ッ!!」


そうだ、それに見合うだけの実力と悪辣さを備えながらもブラックリストに見覚えの無い顔がいたとして、
だから何だと言うのだ。
世界へ災厄を振りまく禁忌の柩とも知らずに盗掘目的で石碑を破壊しようと
【トレジャーハンターズG】が企むのなら、不本意であれ、食い止めなければならない。
目の前に在るのは、【敵】なのだ。利己に拘る愚かな【敵】へ懸念を掛けてやる筋合いは無い。






(―――――――――迷いも、悪意も、全部まとめて斬り捨てるのみだぜッ!!)






戦いの最中にも関らずあらぬ方向へ意識を飛ばしてしまった不覚を恥じた【ノートゥング】の柄尻で
自分の額を小突くと、ロキは改めて目の前の【敵】を睨み据えた。
相手を傷付ける行為に快楽を感じるような者どもが相手であれば、遠慮も懸念も要らない。
悪意に満ちた哄笑を高鳴らす【敵】は、誰であろうと、修羅になりて薙ぎ払うまで。


「………ブッ潰すおつもりでしたら、少しは連携と言う物を考えてください………」
「“ジョン”ッ!」


迷いを断ち切った両手で強く【ノートゥング】の柄を握り締めるロキの背中合わせに
“ジョン・スミス”がいつの間にかやって来ていた。
依然として苦戦こそしているものの、感覚を掴めてきたのか、巧みに操る【交叉槍(ツインランス)】で
正面に捉えたポンガの猛襲を少しずつ押し返し始めている。


「―――………【シャフト】………ッ!!」


【交叉槍(ツインランス)】を繰り出しながら準備を済ませた烈風の魔法が
“ジョン・スミス”の足元から吹き荒び、痛恨の一撃を食らわすべく飛び掛ってきたポンガの身体を捕らえた。
烈風はやがて竜巻と化して渦を作り、ポンガの自由を完全に拘束。
そのまま“ジョン・スミス”は、レッドたちが固まる陣営へ身動きの取れない小猿を放り捨てた。


「………これで分散されていた戦力が元に戻りました。
 さすが朕。勇んで突っ走って戦力を分散させるような猪武者のバカとは頭の出来が違うぞな、もし………」
「………別に俺は突っ込んでったわけじゃねぇじゃねーか」
「………背中を預けると言っておきながらパートナーを孤立させるあたりにYOUの限界を感じますね。
 朕自ら出向かなければ、いつまで経っても4対2の構図にカムバックできないなんて、
 ハァ…、甲斐性ナシもいいトコです………」
「がァーーーッ!! 慣れねぇなぁ! その喋り方にゃいつまで経ってもよぉッ!!
 死なすッ!! これ終わったら、最低三分の二は死なすッ!!」
「………死なす? 私が虚を突かなければ、三分の三全殺しされていたのはどこの愚物でしょうか………?」
「あッ、揚げ足取りを、てめ………ッ!」
「………揺ぎ無いトゥルースでは?………」
「………………………」


怪訝を振り切り、歴戦の剣豪たる気概を取り戻したロキの出方を窺っていたところへ仲間を、
それも竜巻のおまけ付きで打ち込まれた【トレジャーハンターズG】の面々は、一時大勢を崩して騒然となった。
相手の予測を上回るサプライズな攻撃は、決まりきっていた戦局を変えるには打ってつけの妙策だろう。
防戦に回らざるを得なかった戦いの流れが、これで変わる。
聞きようによっては屈辱的なまでにコケにしてくれる“ジョン・スミス”ではあったが、
大勢を崩した隙を見過ごす手は無いと素早くロキの隣へ回り込みながら
【エンパワーメント】で自分たちの回復まで図る彼女の機転に助けられた以上、
どれだけ悪し様に言われようと反論は許されない。
ロキには、得意げに鼻を鳴らす“ジョン・スミス”を不貞腐れたように横目でそっと睨みつける権利しかなかった。


「わーったよ、わぁーったよッ!! カリぃ返せばいいんだろ、ええ!?
 そこでよぅく見てろよ、てめぇッ!! 俺にだってなぁ、こいつらブチのめす事ぐらいできんだよッ!!」
「………そうですよね、諦めないで信じるハートは大切ですものね………」
「なんだその『お手並み拝見』みたいな口調は? なんだその可哀想なヒトを見るような眼はッ!?
 上等だ、コラッ!! 目にもの見せてやらァッ!!!!」


渾身の力を込めた【ノートゥング】を高く翳すロキ。
身体中から滲み出した闘気は、昂ぶるあまり大気を振動させ、ブルーがローラブレードで削り取った水晶片などは
この振動に煽られて粉々に砕け散っていった。


「まとめて消し飛びやがれッ!! 【爆じ―――――――――ィいッ!!??」


凄まじいまでの闘気(プラス、さんざんコケにされた鬱憤)を爆発させる秘剣【爆陣(ばくじん)】を
今まさに振り落とさんとした瞬間の出来事である。


「―――――――――にょぴぇッ!!!???」


突如上空から急降下してきた重み在る二つの影に踏みつけられたロキは
身も世も無い声を上げて水晶の盤面へ顔面をめり込ませた。
大の字になって倒れこむ姿はどこか干からびたカエルを思わせ、なまじ直前まで恰好を付けていただけに
痛々しい憐憫を誘うほどに情けない。
“ジョン・スミス”などはその情けなさ過ぎる醜態を見るなり、「………ちょーイケてないんですけどォ〜。
まじ近く寄らないで、みたいなァ〜………」と無残にも吐き捨てたくらいだ。


「――――――ここで真打ち登場よぉッ!!」
「――――――ガウザー・マクシミリアン、助太刀致すッ!!」


決めのポーズと啖呵を切りつつ上空から舞い降りたのは、誰もが待っていた心強い援軍、
ガウザーとフレイムカーンの二人である。
件の油地獄から脱出する為に下層へ飛び降りる最中、ロキたちと【トレジャーハンターズG】の戦いを
視認していた二人は着地した時には、拳を握り、カットラスを抜き、油断なく臨戦体勢に入っていた。


「―――こんなに味方へ損害を及ぼす助太刀なんざ聴いた事ねぇよッ!!!!」


戦力差の著しい危機へ駆けつけ、ビシッと見せ場を飾った二人の足の裏から聞こえてきたのは、
待ってましたの賞賛ではなく、なぜかブチギレ寸前の怒声。というか、半分以上キレている怒号。
確かに着地した時に何か踏んだ感触はあったけれど、モンスターか何かの遺骸だろうと考えた二人は
怒号が上がるまで特に気にも留めていなかったのだが、改めて足元を確認すると………


「なにをやっておるのだ、お前は。人の足の下に隠れよって」
「だとしたら、えらい余裕だなぁ。新手のかくれんぼ? それともドMプレイに目覚めたとか?
 すまねぇな、俺ら、野郎だからハイヒールとか用意してねぇんだわ」
「童心にせよ、不埒にせよ、ワシらの足裏を使って遊んでおる場合ではあるまい。
 見ればお前たち、この者どもと一戦交えておった様子。決戦の最中ではないのか?」
「てめぇら、眼ン玉腐ってんのかッ!? 脳か!? 脳みその方が腐ってやがんのかッ!?
 どこをどう見れば遊んでるように見えんだよッ!! 踏・ま・れ・て・ん・だ・よッ!! てめぇらにッ!!
 着地ン時、てめぇら、足元確認してねぇのかッ!?」


ガウザーとフレイムカーンの足の下では、精悍な顔立ちを歪めて絶叫するロキが下敷きになっていた。
したたか顔面をぶつけたのか、各所が青痣に晴れ上がり、だくだくと鼻血まで噴き出している。
後世の人が見れば即座に【黄金の騎士】との畏敬を取り下げると目に浮かぶくらい無様な恰好だ。
着地の瞬間に自分たちが踏みつけたとは微塵も考えず、「なに勝手に足の裏に潜り込んでんだよ」と
まるでロキに非があるとでも言いたげなわざとらしさに、ますます彼の頭へ血が上っていく。


「………信じても報われないナチュラルボーン・ダメ人間っているものなんですね。
 また一つ社会勉強になりました。南無南無………」


おまけに“ジョン・スミス”の白けた視線と来たものだ。
名誉挽回の機会を文字通り踏みにじられたロキが大激怒するのも無理は無かった。


「―――して、あやつらは一体全体何者なのだ?
 単なる同業者であったなら、人格者のお前が喧嘩を売るような真似はすまい?」
「いや、空気読めよ、お前。あれだろ、俺らの邪魔してくれたのって。
 大方盗掘人か何かじゃねーのか」
「【トレジャーハンターズG】って聴いた事あるか?」
「センスのカケラもねぇネーミングだな、それ。
 もうちっとボキャブラリーってもんを養えよ、ロキ。
 これからの時代の剣士ってもんは、センスもあってナンボだぜ?」
「俺が考えたんじゃねぇよッ!! あそこで蹲ってる連中の事だッ!!」
「………初めて聴く名だな。中空より傍観させてもらっていた中では、
 お前たちも相当苦戦を強いられていたようだから、
 ワシらはてっきり名の知れたチーム相手かと思っておったのだが………」
「ガウザーも初耳か………これはいよいよわかんねぇな、ヤツらの正体………。
 つーか、いい加減、足を引け、てめぇらッ!!」


なおも足を退かそうとしないガウザーとフレイムカーンを引っ繰り返して起き上がったロキは
手短に事の経緯を二人に説明した。
…滅びの獣が封印される石碑の事…【ルドラ】なる秘宝が眠っていると勘違いし、その石碑を掘り起こそうとする
【トレジャーハンターズG】の事…そうして迎えた決闘での、常軌を逸した彼らの戦闘力―――


「………思い込みと勘違いはオバタリアンの特権じゃあ無かったのかよ。
 タチが悪すぎるぜ、あの連中………っ!」
「………フン、欲に眼が眩んだ愚か者というのは、えてしてそんなものであろうよ。
 素行の悪逆さも目に余る以上、このまま捨て置くわけにはいかぬな」


―――説明が進むにつれて、二人の表情が段々と強張っていくのがわかる。
フレイムカーンも、ガウザーも、先行していたチームとの間に起きたいざこざ程度に考えていたのだが、
事態は思ったよりも深刻なようだ。


「………フルパワーで仕留めなければ、私たちに未来はありません。
 邪な心を持った者があの石碑に触れでもしたら、何が起こるか解ったものでは………」
「リチャードとヴァルダは欠いちまってるが、だからって文句は言ってらんねぇ。
 ちょうど4対4のトントンだ。正々堂々とブッ潰してやるとしようぜッ!!」
「………醜態しかさらしてないアレな人にハッパかけられても息があがりません………」
「てッ…めぇは、どうしてそうイチイチ俺に突っかかってくんだッ!?」
「………人生単位でツッコミどころ満載なロキさんがいけないのではありません?
 私がいなきゃ犬死していたようなロキさんが………」
「………ぐ………ッ!!」
「ヤダ、ロキちゃん、ダサぁ〜い♪ 女の子に手玉に取られちゃってるぅ〜♪」
「だ、誰がッ!!」
「………ロキちゃん、ダッメダメぇ〜。女の子一人守れぬようでは終わってるではないかぁ〜」
「気持ち悪い物真似すんじゃねぇ、ガウザーッ!! サブイボ出たぞ、今ッ!?
 お前までなんなんだよッ!!」
「たまのお茶目ではないか、そう目くじらを―――――――――………………………

































――――――――――――………………………ドクン………………………――――――――――――

























緊張感溢れる場面にも関らずいつものコントショーに陥りかけたロキたちの鼓膜へ、
唐突に、鮮明に、心臓の脈動めいた異音が直接響いた。
慌てて胸に手を当ててみるものの、自分たちの動悸ではない。誰かの心臓の脈動が、鼓膜を震わせているのだ。


「なんだ、これは………?」
「………………………まさか………………………」


一度鼓膜を震わせた脈動は、その後も止め処なくドクン、ドクン、ドクンと続き、
耳を跳ねるごとにその異音は大きく、高く、昂ぶっていく。
たまらず耳を抑えるまでに大きくなった時には、
脈動に合わせて地面が揺らいでいるのではないかと錯覚を覚えるほどだった。




「―――――――――はい、お勤めご苦労さん………っと」


三半規管を揺さぶられて立つに立てないロキたち四人を見下ろすレッドが大仰な拍手をしながら封印の碑へ近付いていった。
レッドに追随する三人の顔には、いや、拍手を鳴らすレッド本人も含めて、
それまでの殺傷を愉悦するような感情は宿っておらず、ビスクドールのようにどこまでも無機質。
凍てついた表情は生というモノをまるで感じさせず、それを見る人間全てに言い知れぬ不安を与えた。


「てめぇ………これもてめぇらの仕掛けた罠か!? 超音波か何かの………ッ!!」
「罠? ………いいや、違うね」
「これは超音波などという物理的な現象ではありませんよ………。
 そう………これは、この鳴動は、在るべき世界を呼び覚ます福音………っ」
「あまねくやみをすべしおう………ゆいいつむにをもたらす、くらきこんじんがごこうりんされる………」
「ウゥゥウゥゥッキョキェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」


輪を作るように碑を取り囲んだ【トレジャーハンターズG】の面々は
精一杯気力を振り絞って激昂を投げてきたロキをせせら笑う事さえしない。
決闘に興じる最中の彼らであったなら、立ち上がろうとして平衡感覚を失い、そのまま横倒しになった彼を
嘲笑していた筈なのに、なんだというのだ、この急速な落差は。


「おいぃ〜ッ!? ナニ、あれ!? 新手の宗教!? 凄い勢いでアッチの世界にイッちまってねぇ!?
 近付くと自動的に悟り開く仕組みにでもなってんのか、あの石っころッ!?」
「………フン、どうもそこまで遊び心のある筋運びでは無さそうだぞ。
 ―――のぅ、“ジョン・スミス”………ッ?」
「………私の予想が正しければ………」


恍惚と瞳孔を開かせる【トレジャーハンターズG】四人の両手が碑に添えられた直後から
封印の碑が鈍く、淡い明滅を発し始めた。









―――――――――ドクン…ドクン…ドクン…ドクン………―――――――――









脈動する異音は明滅と共鳴して更に増幅され、とうとう三半規管を突き抜けて脳漿へ直接響く段階まで到達し、
激痛に苛まれたロキたちの状態は、片膝を突いて姿勢を保持する事すら出来ないまでに悪化していた。
右も左も、前後さえも把握できないような状況では、自分がどこに向かって言葉を放っているのかさえ解らないが、
それでもロキは吼え続けた。
世界に災厄が振り撒かれる瞬間を少しでも遅らせたくて、喉が潰れるほど大きな声で吼え続けた。


「て………めぇらは一体………何者だ…ぁぁぁあああ………ッ!?」
「こっちが恐縮するくらい素直に踊ってくれて助かったぜ。
 数億年かけてようやく扉を開いちゃみたが、俺たちに出来るのはそれが精一杯だったんでね。
 『【ピラミッド】からモンスターが大量発生して困ってる』…なんて、
 今日びガキでも信じなさそうなガセネタまで流した甲斐もあったってもんだ」
「何を………言ってやがる………ッ!?」
「“滅びの獣”を再び現世へ呼び覚ますには、それ相応の“餌”が必要でした。
 途切れかけた封印を壊し、錆付いた鎖を引き千切る為に必要な活力が、です」
「“ほろび”をかんむりにつけてるだけあって、ぼうりょくてきなえねるぎーがだいこうぶつなんスよ。
 なにしろはらぺこでしょう? “ほろびのけもの”をこんなあなっぽこにふういんしくさりやがったれんちゅうが
 ぼうえいもくてきではなったもんすたーどうしがね、ともぐいするときにはっするえねるぎーとかね、
 とにかくこの【ナイアラトホテップ】でおこるすべてのたたかいのえねるぎーを
 もりもりきゅうしゅうしちゃったりして」
「吸………収だぁ………ッ!?」
「………やはり、貴方たちは………………………っ!!」
「ウィッキーッ!!」
「ポンガも『大正解』だって言ってくれています」
「よかったじゃないッスか! ポンガがたにんをほめるなんて、まずないことッスよ!」
「答え合わせと行こうか。………そこのお嬢ちゃんがニラんだ通りか、どうか、よ。
 ま、仮に正解だったとしても、賞品は“この世の終わり”一万年分相当ってトコだがな」
「………………………」
「礼を言うぜ、俺たち、“滅びの獣”の【ミニオン(化身)】に付き合ってくれてよ。
 あんたらとの戦いで発生したエネルギーが決め手になって、ようやくウチの大将もお目覚めみてぇだ」


それまで漂うように碑を取り巻いていた邪気が一点に集中していく。
行く中ても無く彷徨う亡者たちが冥府へ引き摺られるかのように碑の内部へと急激に吸い込まれていく。


「てめぇ………ッ!!」
「ハハハッ………!! めたくた笑えるツラしてくれるじゃねーか、あんた!
 ………どうだい、卑劣な手段でいたぶられる気持ちは? やられて初めて解る痛みもあるだろ?
 ちったぁ俺たちの気持ちが解るってもんだろ? えぇ、どこまでもずる賢いニンゲン共よォッ!!」
「何を言ってやがるッ!! てめぇらは………ッ!!」
「―――っと、そうだったな。あんたらに愚痴っても仕方ねぇわな。当事者はドえれぇ昔におっ死んじまってんだし。
 ま、そいつらのツケが回ってきたと思って我慢してくんな」
「さっきから何を言っておるのだ!? 当事者? 貴様らを封印した者たちの事か!?」
「………悪ィな、そろそろタイム・リミットみてぇだ。後はウチの大将直々にお相手してもらってくれ―――
 ―――つっても、こっから始まるのはお遊戯じゃ済まねぇんだけどな―――――――――」


ドス黒い球状の実体を伴うまでに凝縮され、肥大した邪気に巻き込まれた【トレジャーハンターズG】は、
いや、“滅びの獣”の【ミニオン(化身)】たちは自らの肉体が負荷に耐え切れずに崩壊する事を
無上の喜びとして高笑いし、ついに肉塊と化して爆ぜ、潰えた。


「―――――――――コの…覚醒ハ…星に定…マりシ…必定ノ………理ィィィ………ィ………ぃ………ッ!!」


消えゆくレッドの高笑いを合図に空間を歪曲させながら、天へ、天へとうねり始めた邪気の塊は
その余波をソニックブームとして辺り構わず吐き散らし、これによって【ナイアラトホテップ】を漂流する無数の浮島が
次々と墜落されていった。


「まさかリチャードとヴァルダまで巻き込まれていないだろうな!?」
「いや、そりゃ、巻き込まれてんだろうよッ!!
 全方位へのソニックブームを全部回避しましたなんてコトになったら、
 奇跡っつーか既にヤラセの域だぜッ!!」
「………仰りたい気持ちは大変よく解りますが、無駄口叩いてると、舌、噛みますよ………」
「舌噛もうが関係なくねぇか、この際ッ!! こんだけ派手に足場壊されて、
 俺たち、どうやって地上に戻るんだよ?
 “ジョン”ちゃんが脱出に使えそうな魔法を習得してんなら話は別だけどよ!」
「取り乱すな、フレイム。事後の心配よりも、直前の苦難へ当たるべきであろう?」


血が滲むくらい必死になってやっとその場にしがみ付いていられるような衝撃波にさらされながらも、
ガウザーは水晶の盤面の脇を抜けていく落下物の中に今もまだはぐれたままの仲間の姿が無いか、
懸命に眼で追おうとするが、崩壊の粉塵が舞い上がって止まないこの状況では眼を開けている事もままならない。


「………【ルドラ】? 【トレジャーハンターズG】? ………ハッ! 笑わせてくれるぜッ!!
 どいつもこいつも作り物だったってわけかッ!!
 傑作だ! 傑作じゃねーかッ!! 傑作過ぎて笑い声も出てこねぇよ………ッ!!」


滅多に感情を昂ぶらせないルカの、珍しい激憤に始まってからここへと至る一連の流れの全てが
おかしいと訝っていた今回の冒険、どうやら最後までこの苦々しさを噛み潰して終わる事になりそうだ。

【ピラミッド】から流れてきたモンスターに対する被害届などオアシスの人間は出していなかった。
まずここで不審を疑い、潜入を見合わせるべきだったのだ。
それなのに意地になって調査へ乗り出し、挙句の果てに辿り付いた結末は“まんまと担がれた”。
滑稽過ぎて涙が出てくる。自分たちをここまで誘ったそもそもの原因ですら、
“滅びの獣”の【ミニオン(化身)】たちが流した誤情報。担がれたとしか言いようがあるまい。
仕組まれ、陥れられ、望んでもいないのに“滅びの獣”なる物騒この上無い存在と関るハメになった筋運びが
滑稽で仕方なく思えたロキは、如何ともし難いこの状況を、自嘲を込めて鼻で笑った。
笑って、目を血走らせて、悲鳴を上げるまで【ノートゥング】の柄を強く握り締めた。


「ナメんじゃ………―――ねえええぇぇぇッ!!」


積もり重なった憤り、焦れた怒りを【谺閃】の一振りに込めたロキが
ふらつく身体を押しながらも【ノートゥング】をフルスウィングすると幾重にも連なる真空の刃が刀身から次々と迸り、
今まさにはちきれようとしていた封印の碑へ一直線に吸い込まれていく。


「―――――――――………………ッ!?」


―――その瞬間だった。
軌道上の空圧と融合する事で巨大な大気の渦にまで膨れ上がった真空の刃が、
同じく肥えに肥えた邪気の側面を一撫でにした瞬間、ロキたちの鼓膜を震わせていた脈動がピタリと止み、
自壊寸前まで揺らいでいた水晶の盤面までもがシン、と静まり返った。
大気の渦によって邪気を押し流されてしまったのか、封印の礎はそれきり明滅しなくなった。


「やった………のかッ!?」


誰ともなく、口に出す。
ロキの奥義が邪気を薙ぎ払い、碑から漏れ出そうとしていた“滅びの獣”を押し止めたのだ。
誰もが、そう思った。封印の地が静けさを取り戻したという事は、つまりそういう事である筈なのだ。
餌を求めて脈動を、震動を発する“獣”が再び眠りに就いた、と。


「………いいえ、これが、始まりです………………………っ」
「始まりったって、“ジョン”ちゃん、これ、どう見たって俺らの勝ちでしょ?
 あの4人組にゃ悪いけど、奴さん、またおネンネじゃない?」


そう思ったからこそ、フレイムカーンも呑気に“ジョン・スミス”へ「目的果たせたじゃん」と声を掛けたのだが、
ただ一人、当の彼女だけが緊張を解いていなかった。
解くばかりか、緊張の度合いは益々強くなっている。あれほど抑揚の無かった表情が苦悶に歪み、
怒りと、恐怖と、悲しみをない交ぜにした瞳を向けている。


「………………………ッ!!?? なんだ、このプレッシャーはッ!?」
「まるで心臓を鷲掴みにされるような………ッ!! これは………この重圧の、出所はァ………ッ!!」


不気味な静けさに包まれた封印の碑には、未だに微塵も動きは見られない。
だが、どうだ。これは何だ。脳を直接震わされていた時とは比較にならないほどの邪気が
何の前触れも無く静かに垂れ込め、ロキたちの心臓を凍てつかせた。
物理的な怖れを産み出す衝撃波を伴ってはいないものの、透明な恐怖感はそれ以上に凄まじく、
少しでも気を緩ませれば意識を持っていかれる。
言葉にならない怖気が精神を消し飛ばそう魔手を伸ばしてきていた。


「………………………来るっ!!」


彩りをも蝕む恐怖感に縛られ、早鐘を打ち始めた心臓を抑えるロキの耳へ、
その早鐘に掻き消されそうなくらい小さな“ジョン・スミス”の宣告が飛び込んできた。















………………………―――――――――………我………目醒………タリ………―――――――――………………………















そこから先の事をロキは良く覚えていない。
ヒトの声とも覚束ない何者かの囁きは、その背後から迫ってきたガラスを割るような炸裂音に掻き消され、
何事かと顔を上げた時には、眼で追える世界の全てが彩色を喪失(なくし)しており、
天涯すら視て取れない【無】に還っていた―――――――――………………………







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