「………参ったね、俺らもとうとう死んじまったわけかい?
 ていうか、この流れだと、世界人民まるっと巻き添えか?
 俺ら、とんでもなくトチッちまったんかな?」
「見渡せど見渡せど真っ白の地平ではなんとも言えぬが、………いや、何も無い地平だからこそ、か。
 最悪の事態を想定せねばならぬやも知れぬぞ」
「だから俺ぁ言ったんじゃねぇか。ヘタ打ちゃこうなるって。
 ザマぁ無ぇぜ。俺たち、まじで世界を滅ぼしちまったんだからよ」


声が、声として相手に届くのが不思議に思えるくらいだ、とロキもガウザーもフレイムカーンも
辺りを見回しながら異口同音の感想を述べた。
何分という長い時間では無かったものの、一度完全に意識を持っていかれたロキだったが、
再び瞼を開く機会を得た幸せを喜ぶ間も無く、その眼は驚愕に塗り潰された。






(………絵にも描けないナントヤラってのが世の中にはあるらしいが、まさにこれがそうじゃねぇか。
 ………本当に“世の中”―――この世のコトなら、な………)






―――――――――【無】。
一切の物質が存在するのを赦さない真っ白な【無】がどこまでもどこまで広がっていた。
勿論、先程の衝撃波によって粉砕された水晶の浮島のカケラ一つも【無】い。
強いて言えば、【無】だけがそこには在った。
そんな虚ろの空間に放り出されたからこそ、三人は未だ存在を保っていられる互いの顔を見合わせ、
“声が、声として相手に届くのが不思議に思えるくらいだ”と感想を漏らしたのだ。


「………皆さん、被害妄想に浸るのが大好きですね。
 マッスルメンズが雁首揃えて悲劇のプリンス気取るのは見苦しいので今すぐやめてください。
 やめてくれないと、実力行使で見臭いそのツラ、穿り返しますよ………?」


三人同様に中空を漂う“ジョン・スミス”の舌は、たとえ【無】の懐に放り出されていようと毒一杯で健在だった。


「ここぞとばかりに毒吐くてめぇもどうかと思うんだけどなぁ、ええッ!?
 おっ死んじまってからも、てめぇ、俺をコケにするつもりかよッ!!」
「………それが悲劇のプリンスだと言っているんです。
 私たちは、世界はまだ【無】に還ったわけではありません………」
「何ィっ!?」
「………右手の方をプリーズ………」


右の人差し指をロキの鼻先へ突き出して彼の注視を引き付けた“ジョン・スミス”は、
追いかけてくる視線を引き連れ、およそ45°旋回した空間へ皆の意識を向けさせた。


「―――あれはッ!!」
「………フン、忌々しい碑めッ! 未だ健在であったかッ!!」


そこには封印の石碑が、“滅びの獣”の種子たる邪気の塊が獰悪なまでに鳴動を続けていた。


「けど、ちょいと様子がおかしいぜ? あれ、ホントに石碑か?
 なんか、石にしちゃグニャグニャしちゃてない?」
「………厳密には石碑であったモノです。今のあれは、石碑の形を模しただけの純粋なエネルギー体………」
「魔力の塊みたいなもんか。まあ、この場合、魔力っつーか邪気だろうけどよ」
「フン、そう説明されれば、ようく納得が行くものよ。
 心臓を這い回るこの不愉快な気配、未だに晴れてはおらぬからな………ッ!!」


フレイムカーンの見立て、“ジョン・スミス”が説明した通り、石碑は炎のように揺らめいており、
およそ実体を持っているようには思えない。
生ある存在全てを呪う亡霊のようにも見える碑(―――の形を取っているエネルギー体)は、
肥大の一途を辿っていた邪気が縮小し、球状へ収まりつつあるのだろうか、
角張った表層が少しずつ丸みを帯び始めていた。


「………この空間は“滅びの獣”が設けた、言わば復活の舞台。
 常世とは境界ギリギリの一線ですけど、まだ現世である事に違いはありません………っ!」
「“設けた”………ねぇ。その言い方だと、奴さんには既に“意識”が覚醒してるって事にならない?」
「………Yes,Sir………」
「たはは………個人的にはNo,Sirでお願いしたかったんだけどねぇ………」
「………フン、さしずめあの姿は碑の縛鎖から解き放たれた証拠というわけか。
 それで次はどうなる? 栄養になるとも知れぬワシらを食い散らかし、
 その後はどうなるのだ、“ジョン・スミス”?」
「………【イシュタリアス】を喰らい尽くすでしょう………」
「グダグダやってんじゃねぇよ、そんな解りきった事をよぉ。
 後には引けねぇッ! 俺ら自身で責任持ってブッ倒す―――これだけ確認しときゃいいんだよッ!!」


こうなる事を予測し、再三再四に亘って制止を繰り返してきたロキにしてみれば、
図らずも復活の手助けをしてしまった“滅びの獣”と相対する事自体が良い迷惑なのだが、
だからといってここで匙を投げるわけには行かないし、また、そのつもりも無い。
仲間たちが調査の意思を固め、それに従う以上、彼らの身を預かるリーダーとして誰よりも先んじて進み、
護りの太刀を振るう覚悟をロキは肝(ハラ)の中で決めていた。






(ヴァルダの悪態が聴こえてくるみたいだぜ………けどよ、男には、不評買うってわかってながら
 でしゃばらなきゃならねぇ時もあるんだよ………ッ!!)







―――やがて邪気は完全な球体となって律動し、蠢き、のたうち、更にメタモルフォーゼを続けていく。
復活の舞台として選んだ【無】の空間を激震させながら、球状に凝縮された邪躯を
醜悪にして獰猛なる“滅びの獣”へ造り替えていく。


「………来ます…これが“滅びの獣”の完全復活………! 【イシュタリアス】へ芽吹く災いの産声………ッ!!」


【ノートゥング】が、【交叉槍(ツインランス)】が、剛拳が、カットラスが、
それぞれ決戦へ逸る武者震いの音を立てた。
誰もの緊迫が最高潮に達し、そして、現れたのは――――――――――――――――――









































「………うきゅ?」









―――――――――“滅びの獣”などという仰々しい忌み名を使って毛嫌いしては、
ファンシーショップの店員にスリッパで引っ叩かれるくらい、見るも愛らしい一匹の小型モンスターだった。


「―――――――――ちっさッ!? ていうか、これ、ラビじゃんッ!?」


“ラビ”と言うのは【イシュタリアス】の各地に生息する小型のモンスターで、
外見はその名の通りウサギと近似し、ファンシーグッズのモチーフとして人気が高い。
他のモンスターに比べて性格も凶暴とは言えず、こちらから危害を加えようとさえしなければ
決して襲い掛かっては来ない臆病者だった。
小さな身体を一杯に使って感情を表現する仕草は見ているだけで世知辛い世の中に荒む心を癒し、
特にコロンと無防備に寝転がる姿は、そのスジのマニアには鼻血モノだと専らの評判。
小動物と同じ扱いで人間たちからも愛玩されていた。
体毛の色こそ草原等でよく見かける種と違って鮮やかに真っ黒だが、それ以外は何の変哲もないラビが
クリクリとしたつぶらな瞳で「うきゅ?」とこちらを見つめていた。


「………………………………………………………………………………………………」


あまりのギャップの激しさに呆けに取られたロキは寸でのところで武器を取り落とすところだった。
【トレジャーハンターズG】を名乗った【化身(ミニオン)】の悪辣さはどこへ行ったのだ。

『………………………―――――――――………我………目醒………タリ………―――――――――………………………』

とか言うあのいかにもなおどろおどろしい産声は何だったのだ。
丸っこい生き物は屈託なくコロンコロンと回りながら、撫でて欲しそうに「うきゅぅ、うきゅぅ」。
世界の未来を賭けた一戦だと覚悟を決めてきたというのに、この愛らしい仕草を見ていたら、
急に自分の物々しさがバカのように思えてきた。


「………現世へ甦ったか、神喰らう大魔よ………ッ!!」


今時英雄伝説でも珍しい悲愴な決意が表情から滲み出した“ジョン・スミス”の本気加減はどうだろう。
小さな生き物相手に本気で干戈を構える姿はせつないくらい滑稽で、傍目には何とも言えない哀しさが感じられる。
思わず「もう、もういいんだよ、もう頑張らなくていいんだよ」と生温かい声を掛けそうになってしまった。


「か、可愛いではないか………っ!!」
「………え? ガウザー?」
「………見た目に騙されてはなりませんっ! “滅びの獣”ブラックラビは、
【イシュタリアス】の生態系を食い潰す有史以来最凶の悪夢なのです………っ!!」
「やっぱラビなのかよっ!」
「やはりラビなのか! 亜種か? それともこれが貴種なのかッ?
 ………フンッ、フンフンフンフンフンッ!! だ、抱かせてもらっちゃっても構わぬのだろうかッ!?」
「ちょ、待…、え? お前、ホントにガウザー?」
「黙っておれ、フレイムッ!! この子が警戒してしまうであろうがッ!!」
「この子って………」
「つーか怯えてんのはお前のツラだろ? 泣く子がひきつけ起こしそうな、その厳ついよぉ」
「シッ! ロキ、シィ〜ッ!!
 ………驚かせちゃったねぇ、うんうん、お〜、ほぉ〜〜〜、ちっちっちっ! よ〜しよし、いい子、いい子♪」
「………俺、なんか、もう、吐き気催してきたよ」
「奇遇だな。フレイム、俺もだよ。
 こんなおぞましい結果になるってわかってたら、エチケット袋の一つも用意したってのに………」
「………おのれ、妖魔ッ!! さっそく一人篭絡せしめたかァッ!!
 気をつけてください………これがブラックラビの悪しき業が一つ、テンプテーションッ!!
 油断すれば心の隙間を埋められ、墜とされます………ッ!!」


見た目に寄らず小さな物が好きなガウザーに至っては、いきなり明かされた衝撃の事実に仲間たちが驚き、
汚物を見るような視線を向けてくるのも構わずに“滅びの獣”ことブラックラビへにじり寄っている。
毛むくじゃらの大男が両手をワキワキ、鼻息をハァハァさせて近付いてくる光景は筆舌にし難い不気味さで、
ブラックラビも最初は耳を逆立てて威嚇していたが、ガウザーに敵意が無い事を悟ると、
むしろ積極的に懐の中に身を預け、辛抱たまらん彼を大いに悶絶させた。


「柔らか〜い♪ 羽毛みた〜い♪」


………断っておくが、この溜め息を漏らしているのは“ジョン・スミス”でもヴァルダでもなく、
後に霊長類最強と名高い【獣人王】の異名を取るガウザーその人だ。
町にたむろするギャルめいた歓声をガウザーが(しかも頬擦りしながら)上げる姿は
不気味を通り越して恐怖以外の何物でもない。


「ま、まぁ、でも、相手がラビだってんなら、ビビり入っちゃう事はねーよな」


完全なるトリップ中の為にフレイムが回り込んだ事さえ気付かないガウザーの背後で
丸い球体目指してカットラスの刃先が鈍い輝きを発していた。
刃先を鈍く光らせているのは、“滅びの獣”の後頭部を一撃で仕留めるという絶対の自信と
普段の陽気さのどこに潜めているのか解らないくらい剣呑な、隠し切れないまでの殺意だ。


「………不用意に近付いては………ッ!!」
「大丈夫、大丈夫って。ちょいと軽くひねって終わらせっからよ………!
 ………『矢車草』か、『影一文字』か………。
 どっちもどっちで、世界を救う一手には持ってこいの取っておきばっかりだ」


おそらくは剣術の技の一つと思われる単語をフレイムカーンが呟き、
いよいよ鈍く凍った刃先を“滅びの獣”へ突き込もうとした瞬間、悲劇は起きた。


「うきゅ―――――――――」
「―――――――――ひょぷんっ!?」


殺意を察知したブラックラビがガウザーの胸元から飛び出しつつ
フレイムカーンの放った必殺の剣を上空へ回避し、そのまま三角蹴り気味に彼の顔面を小さな足で打ち据えた。


「い、い、今ッ! 今ッ!! ボキッつったッ!! 鳴っちゃいけない場所からボキッて鳴って、
 曲がっちゃいけない方向へ曲がっちまってるゥッ!!」


ロキの説明以上に描写してしまうとグロテスクになってしまいそうなくらい
足蹴一発でメチャクチャに粉砕されたフレイムカーンの顔を例えに引用するのは心苦しいが、
あの丸い球体が、愛らしい風貌のブラックラビが一発蹴りを入れただけでカットラスを携えた暗殺者は
大量の鼻血を滴らせながら意識もろとも吹き飛び、白目を剥いてその場にひれ伏している。
ちょっと踏み込んだだけでフレイムカーンの首が背中にコンニチハする程の威力。
“滅びの獣”の異名と、“ジョン・スミス”が緊張を解かないまま臨戦体勢を取りつづけているだけの事は
あると言えるだろう。どれだけ暴悪な攻撃力をその小さく愛らしい姿の中に潜めているのか。
“ジョン・スミス”がフレイムカーンを【エンパワーメント】で癒す間、再びガウザーの胸元へ戻っていった
愛らしい瞳を見つめ続けてはみたものの、全く推定できなかった。


「………やっぱり【敵】は敵ってコトか………ッ!!」


これがある意味、良い薬になったのだろう。
起爆剤と呼ぶにはあまりに映像がショッキング過ぎたフレイムカーンのダメージを受けて
気を取り直したロキが改めて愛剣【ノートゥング】の切っ先をブラックラビに向けた。


「………回復、攻撃、ドーピング………私が魔法でフルパワー援護します。
 なのでロキさんは何の気兼ね無く攻め続けてください………ッ!」
「フレイムは………ケガは治療できたが使い物にゃならねぇか………。
 ―――チッ! まさか土壇場で頼れるのがお前しかいねぇなんてよぉ」
「………聞き分けの無い愚民に限って思ってもない事をのたまうモノですね。
 土壇場で下等種族を使わなければならない朕の気持ちこそ、貴様は考―――――――――」
「―――――――――無駄口はここまでだッ!
 俺はこれから攻めに攻める。せいぜい」
「………場を和ませようっていうジョークですのに一切無視とは鬼畜のする事です………」
「そいつぁ悪かったな! なんだっけ、物の本? ………ンなもんいちいち聴いてられっか!
 ―――とまぁ、こんな具合に、お前の扱いにもいい加減、慣れちまったぜ」
「………先程いつまでも慣れないと言ってたくせに………」
「OK、お互いの事をそこまで理解できてりゃ上等だなッ!!
 ………俺の背中、預けんぜッ!!」


足に触れただけで人間を殺傷し得るだけの破壊力を備えた“滅びの獣”を野放しにはしておけない。
しかし、そこまで激烈なブラックラビを向こうに回すのであれば、一人きりでは勝利は難しいだろう。
仲間との連携が命綱になる。

ところが、だ。ガウザーは骨抜きにされ、フレイムカーンは骨断たれ(骨接ぎ済み)、
色ボケバカップルなど行方すら解ったものじゃない。
そうなると、いがみ合ってばかりいた“ジョン・スミス”だけが連携を取れる仲間という事になるのだが、
消去法で最悪の相性の人物が残った場合、普通はこの時点で諦めるだろう。
大概の場合、相性の悪い人物とは接触すら図らずに通り過ぎるものではあるが、
ロキと“ジョン・スミス”、この二人の場合は、苛立ちや不満を本音で、直球でぶつけ合ってきた。
これが功を奏すと誰が思ったか。会話1:9口論という喧喧諤諤な道のりの中で、
むしろ相手の本音や考え方を理解できる迄になっていたロキと“ジョン・スミス”の連携はなかなかサマになっており、


「ガウザーッ!! いつまでも寝ボケた事やってんじゃねぇッ!!」
「ボケておるのは貴様らだッ!! 見てみろ、このクリックリとした眼をッ!?
 これのどこに戦意があるというのだッ!? 戦意なき者を根絶せしめようなど、騎士の風上にもおけぬ悪行ぞッ!?」
「あれほど殺る気まんまんでいたクセして、今更翻すんじゃねぇよ、お前らしくもねぇッ!!
 フレイム、見てみろ! 鍛えに鍛えたアイツですら一発でコレだッ!!
 こんな破壊力持ったヤツを地上に出すわけにはいかねぇだろうがッ!?」
「友愛をもってすれば共存の道もッ!!」
「………“滅びの獣”は外(と)つ世界より現れし外来の異種。
 【イシュタリアス】に生きる我々とは決して相容れないのです………」
「そういうこった。戦る気が無ぇならせめて離れてな。
 離れてねぇとケガする――――――ぜェッ!!!!」


またまたガウザーの胸元を飛び出して抗戦の意思を示したブラックラビの、
敵をミンチにしてしまうような肉弾を相手に一進一退、相手の吐息が顔に掛かるくらい互角の攻防へと持ち込んだ。
フレイムカーンの惨敗と比較すれば、目が醒めるほど戦況が好転している。
ロキの【ノートゥング】が鋭く突き込まれ、これに反撃するブラックラビが千年杉すら薙ぎ倒すタックルをぶちかましてきたなら、
クリーンヒットを被る前に“ジョン・スミス”が風を招来し、
彼を安全圏まで運ぶという二人がかりのヒット&アウェイ戦法も功を奏しており、
満足に反撃をヒットさせられない事にブラックラビも右往左往するばかりだ。


「うきゅきゅっ!」
「気の抜けた鳴き声がうぜぇんだよッ!! そのイラつく声帯ごとツブしてやらぁッ!!」
「………外ツ国より飛来せしかの命は、現世に在ってはならない存在。
 封印でなく、ここに滅して葬します………ッ!!」


つぶらな瞳から殺人ビームを正射するなどバリエーションに富んだ攻撃力や
ロキの秘剣が思うままに貫通しない防御力、そして何より、何度刃を打ち付けても一向に倒れる気配の無い生命力の
どれ一つ取っても化身たる【トレジャーハンターズG】の比ではないものの、
いかんせん今度の戦いは数の上ではロキたちに有利。
一人がサポートに回り、一人が威力攻撃に徹するという一所懸命の連携が成立していれば、
“滅びの獣”とて付け入る隙が見つけられないだろう。
もしもブラックラビが数十メートルもの巨体であったなら話はまた違ってくるが、その心配も無い。
【ミニオン(化身)】にはさんざん手を焼いたロキと“ジョン・スミス”も今度は余裕を持って戦えていた。


「―――ガウザー・マクシミリアンッ!! 『義』によってブラックラビに助太刀致すッ!!」


対象の身体へ急激に静電気を流す事で動きを封じてしまう【スパークリング】の魔法がブラックラビを捉え、
“ジョン・スミス”のその活躍に乗るように必殺の一刀両断【断界】がロキから振り落とされた。
そこまでは良かったのだ…が、しかし、ガウザーが彼らとブラックラビの間へ横から割って入り、
兜割り気味に縦一文字を斬る【ノートゥング】を真剣白刃取りで掴み上げたところから事態は変調し始めた。


「ロキ………動物愛護法を知っておるか………ッ!?」
「ガウザー………愛護法ってのはモンスターにゃ適応されねぇって知ってっか………ッ!?」
「勉強不足で申し訳ないが初耳だ」
「つまり、てめぇのやってる事は愛護法遵守どころか、人間社会への反逆ってワケだ。
 ………退けッ!!」
「退かぬッ!! 相手に災いを振り撒く意思が無いと理解できた以上、
 無駄に命が散る様をワシは座して見物など出来ぬわッ!!」
「情を移すんじゃねぇッ!! あくまで邪魔するってんなら、お前も一緒にぶっち斬るぞッ!?」
「情ではない―――これは人道………ヒトとして護る摂理………―――であるッ!!」
「ヒトが護るべきは、ヒト………―――だァッ!!」


縦に一文字を斬る為に下へ、下へと力を入れるロキとそんな斬撃を防ぐべく上へ、上へと力を込めるガウザーの、
流れる汗すら弾け飛ばすような剛力の鬩ぎ合いがギリギリと音を立てて続く。
殺るか、殺られるか。肉体をぶつけ合う極限の一進一退である。


「うきゅぅ………うきゅっ!!」


―――その時、ガウザーの背後で蹲っていたブラックラビの瞳が妖しく、激しく輝きだした。
極太のビームを眼から放つ前兆だ。






(やべぇッ!! この位置だとガウザーが………ッ!!)






鍔迫り合いにも似た接戦をロキと演じている今、ガウザーはブラックラビへ背中を向ける恰好にある。
これでは狙い撃ちにしてくれと言っているようなもので、直接生命の危機に関る。


「ガウザーッ!! とりあえず退けッ!! 今は退くんだッ!!」
「退かぬよ………例え背中から撃ち抜かれようとも一歩とて微動だにせぬ。
 命を賭けて貫かねば、誠の友愛は相手に届かぬのだッ!!」


獣の血を持つ者同士のシンパシーなのか、はたまた個人的な小動物フェチが悪癖を出しているのか、
あくまでもガウザーはブラックラビを庇うつもりのようだ。
両の掌が白刃取りにした【ノートゥング】は、まるで万力に挟み込まれてしまったかのように動かない。
一度腹を決めたら頑として動かないガウザーの精神をそのまま反映させた行動だが、
こうなっては力ずくで振りほどく事も、その勢いでもってガウザーを脇へ押し退ける事も出来なくなってしまう。


「うきゅーーーーーーーーーっ!!」


エネルギーの充填を120%完了したブラックラビの瞳が膨大な熱量を発して周辺の空間を歪めていく。
―――来る。せめて出鼻を挫くべく“ジョン・スミス”が習得した限りの中で最大の攻撃力を持つ
【カルネージドグマ】の魔法を発動させるよりも早く、ブラックラビの魔眼が死の燐光を宿らせた。


「ガウザァーーーッ!!」


ブラックラビを封印した者たちが【ワンダフリャ=ギガデス】と名付けた災厄の破壊光線が
ついにガウザーの肉体を背中から消し飛ばした―――――――――


「―――なッ!? ………―――は…ッ…ぐあああぁぁぁぁぁぁッ!?」


―――――――――否、ガウザーの肉体へ触れる寸前で四方へ拡散すると、
彼だけを避けてロキと“ジョン・スミス”目掛けて幾重にも降り注いだ。
不自然な拡散は、まるで【ワンダフリャ=ギガデス】からガウザーを護るかのような軌道を描いて
ロキたちに壊滅的なダメージを及ぼしたのだ。






(………まさかと思うが―――――――――こいつ、“敵意”に反応してやがる………ッ?)






数発も連続して痛手を被る事にはなったものの、拡散した事で総合的なダメージが減殺され、
即死だけは免れたロキは、同じく生き延びた“ジョン・スミス”を抱き起こしながら、
今の【ワンダフリャ=ギガデス】の不自然な歪曲について軋む身体を押して分析する。


「………“ジョン”、こっから先は横槍入れんじゃねぇぞ。
 そんでもって、誰にも横槍入れさせんな。………奴とはサシでケリを着ける」


―――そうして推理を進めていく内、自分を庇ってくれるガウザーを護ったブラックラビの行動に対して
ある一つの仮説が浮かんだロキは、この閃きが真か、的外れかを見極める為、
杖の代わりに身体の支えとしていた【ノートゥング】を水平の構えへと持ち替え、再びブラックラビに挑む。


「………連携を考えてください、と何度説教すればわかるんですか、ロキさんは………」
「連携を考えて指示出してんだぜ、こちとら。
 “誰にも横槍入れさせるな”―――お前の連携プレイが無けりゃ、サシの勝負もままならねぇだろ?」
「………連携プレイと使いパシりは異なると思うのですけど………?」
「人を底意地悪い番長か何かと一緒にすんじゃねぇ。
 ………お前の腕を見込んで頼んでんじゃねぇか」
「………見かけに寄らず口がお上手だこと………それで何人の女性を泣かせているのやら………」
「それこそ心外だ。ジゴロなんざと一緒にされるなんてよ」


まさかここで個人技のみで勝負するなどと言い出すとは夢にも思っていなかった“ジョン・スミス”は眼を丸くして驚き、
一対一など無謀だと諌めようとしたところ、かえって言いくるめられてしまった。
もしもロキが玉砕覚悟の無謀を挑もうとしていたなら、さすがの彼女も実力行使で止めに掛かっていたのだが、
「一人で戦う」と宣誓した彼の瞳はどこまでも強く煌いていて、死を賭して活を求めるという後ろめたさなど
微塵も見受けられなかった。
勝機を見出せたこの戦いに勝ち、生きて駆け抜けるという希望に燃え盛るロキの瞳は眩いばかりで、
感情に起伏の無い“ジョン・スミス”ですら危うく魅了されるところだった。
だからこそ、魅了こそ免れたものの、素直に彼の無謀とも言える指示に従ってしまったのだ。


「………ラーメン………」
「ラーメン?」
「………タダで人を使おうなんて甘過ぎます。
 無理に見合うだけの報酬を頂かない事には割に合いません………」
「………それが、ラーメンってか?」
「………チャーシューメン特盛りにあんかけ炒飯、ギョーザは5人前で蟹シュウマイとサラダ春巻も付けてもらいます。
 それからデザートは杏仁豆腐とフルーツパフェと………」
「あァあァッ! わかったッ!! 全部まとめて面倒見てやっから、今はお前が俺の面倒見やがれ。
 報酬に見合うだけの無理をしろよ!」


猛き灼火の瞳に説得された“ジョン・スミス”も満身創痍を押して立ち上がり、【交叉槍(ツインランス)】の構えを正した。
矛先を向ける相手はブラックラビ―――の正面に仁王立ちするガウザーである。
“誰にも横槍を入れさせるな”。この場において、ブラックラビへの攻撃を仕掛ければ確実に反応し、
反撃してくるだろう人物を封殺しろと、ロキは暗に頼んでいるのだ。
従ってやろうではないか。アレやコレやを奢れと迫ってやるのは、さんざん喧嘩してきた相手へ
素直に従う事に対する照れ隠しだけども、勝機を見出したのであれば、そこに活を賭けてやろうではないか。


「………フン、足止めを狙うとは小癪な………ッ!
 だが、甘いッ!! 貴様のその細腕で受けきれるほど、我が拳法、底が浅くなど無いわァッ!!」
「………今時の男女こそ、腕力で勝敗が決まるほど浅いモノではありませんよ。
 このワンちゃんは心の機微というものがまるで解ってはいませんね………」
「ワンちゃんと言うなッ、ワンちゃんとォッ!!!!」


後は自分に任せられた任務を精一杯こなすだけだ。
先んじてブラックラビへ駆け出したロキの広い背中を追い掛けながら、
珍しく感情を揺らがせる“ジョン・スミス”の口元から微笑がこぼれた。


「―――ヌぅンッッッ!!!!」
「………いかにも………浅い………っ!」


気合一喝、全霊入魂の正拳突きを駆け寄ってきたロキの顔面に向けてガウザーが打ち込んだと見るや、
“ジョン・スミス”が水の精霊【ウンディーネ】の魔力を解き放った。
するとロキの目の前に水の障壁が沸き起こり、まともに決まっていれば鼻骨を粉砕したであろう剛拳を遮断する。
粘性の強い障壁は拳を引き込んだまま強いバネのように跳ね返り、ガウザーの巨体をブラックラビよりも
遥かに後方へ弾き飛ばした。
【モダレイション】と呼ばれるこの防御魔法の特徴は、物理的接触を跳ね返す効力にあるが、
打ち込まれた際の衝撃が強ければ強いほど弾き飛ばす際の威力が増幅される部分にその真価が眠っている。
その点、ガウザーの正拳突きは威力に関しては申し分なく、岩だろうが鋼の板だろうがブチ抜くだろう。
これを計算し、ロキがサシの勝負を挑む邪魔にならない後方までガウザーの攻撃力を利用して弾き飛ばした
“ジョン・スミス”の作戦勝ちだが、いくら彼女でもここで全てが終わるとは思っていない。


「いかにも浅いとはこちらの台詞ぞッ!! 獣人にのみ伝わる常勝無敗が武芸の真髄、とくと見せてくれようッ!!」
「………御免被りたいところなのですけど………」


ロキをも追い抜いて電光石火に駈け、今もなお体勢を万全に整えきれていないガウザーへ
トドメと言わんばかりに【交叉槍(ツインランス)】の連撃を浴びせ続けた。


「―――――――――【ムーランルージュ】………っ!!」


【交叉槍(ツインランス)】を駆使した連続突きはいつしか軽やかにステップを踏む舞踏へ変幻しており、
緩急自在に独特の軌道で襲い掛かる戦慄のダンスは、懸命に固められたガウザーのガードの隙を抜け、
岩のような巨体へ着実にダメージを重ねていった。
“ムーランルージュ”とはなんと相応しい技名だろうか。“ジョン・スミス”が戦いの舞を踊れば踊るほど、
ガウザーは赤黒い血潮で濡れそぼっていく。
軌道が一定しない連撃では相手の息遣いを見極める事も難しく、そうなると防御も回避も難しい。
それだけならまだしも、軌道が一定しないようで確実に急所を狙ってくるこの精確さの恐ろしい事と言ったら無い。
一瞬でも気を抜けば、たちまち蜂の巣にされてしまうだろう。


「フンッ!! ワシに手数で勝とうなどとは笑止ッ!! 無限の恐慌が如何なるものか、その身で味わえィッ!!」
「………くっ………ッ!?」


ブラックラビとの一対一の対決を望むロキは“ジョン・スミス”へ足止めを頼んだのだが、
彼女の働きは間違いなく頼まれた以上の活躍である。
しかし、だからと言ってこのまま黙って敗れるのをガウザーが良しとする訳もない。
勝ちを確信した瞬間、“ジョン・スミス”へ生じた微かな油断を見逃さなかったガウザーが
鋭さのブレた【交叉槍(ツインランス)】の一本を引っ掴んで受け止め、剛力に物を言わせて振り回し、
槍を持った彼女の左手首を挫いた。
―――これによって乱舞は途切れ、そこに紛れも無い無防備が発生した。


「―――【ジャイロジェット・ティーガー・バルカン】ッ!!!!」


左右の拳を交互に、そして、無数に繰り出す乱打――後に彼の息子が十八番とする奥義だ―――
―――【ジャイロジェット・ティーガー・バルカン】で攻勢に出たガウザーの猛反撃を前に
今度は“ジョン・スミス”が守勢に回る番だった。
【ムーランルージュ】をも上回る手数は既に乱打や連続攻撃というレベルを超越しており、さながら暴風雨だ。
横殴りの嵐にさらされた“ジョン・スミス”は懸命に【交叉槍(ツインランス)】の短い柄を盾に直撃を凌いでいるものの、
左手首を痛めている今、完全とは言い難い。徐々に、徐々に、ジリジリと押され始めていた。


「………根性ォーーーーーーーーーォッ!!!!」
「な―――にィッ!?」


いよいよ競り負ける―――かに思われた“ジョン・スミス”だったが、ここでガウザーも予想していなかった
脅威の巻き返しを図る事に成功する。
なんと雨霰のように降り注ぐ拳の嵐の真っ只中を彼女は後退するどころか正面きって前進し始めたのだ。
意識を持っていかれるような顔面や胸部への直撃のみを防ぎ、足や腕に容赦なく襲い掛かるダメージを度外視して、
ただ一撃を打ち込む為に右の短槍を腰溜めに構えて突貫を試みる“ジョン・スミス”の気迫たるや凄まじく、
若年にして既に“武神”の誉れ貴きガウザーですらたじろいでしまう程である。


「………うあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
「む…ッ…ぐぅォ―――ッ!!!」


死中に活を求めた“ジョン・スミス”は攻撃が届く間合いに入ると即座に構えを変え、
全身のバネを総動員して強弓の射撃よりも鋭い一文字突きを繰り出した。
【スラスティング・ジョスト】と呼ばれる槍技はついにガウザーの発する嵐を突き破り、
【ジャイロジェット・ティーガー・バルカン】の要の一つたる右腕を貫いた。
攻勢を逆転させる程の威力を誇った暴風雨を自らの技量一つで堰き止めたのだ。


「………背中を任された以上、私にも意地がございます………っ!」
「………フン、思った以上に楽しませてくれるではないか、“ジョン”」


技対技、力対力の真っ向勝負はまだまだ終わりそうに無く、両者はそのまま相手の出方を窺いつつ膠着状態へ陥った。
一見すれば戦局が固まる悪い兆候だが、これこそ“ジョン・スミス”の狙った『足止め』である。
目の前の猛者へガウザーの意識を釘付けにしてしまえば、ロキは今後、彼の妨害を気にする事なく
ブラックラビとのサシの戦いへ集中する事が出来る。
果たして彼女の目論見は成功を収め、肉食獣めいた笑みを浮かべるガウザーの背後ではロキとブラックラビが、
こちらも負けじと互いの全力を出し切る総力戦を演じていた。


「―――あんま好き放題に暴れられちゃたまらねぇ。そろそろ本腰入れて行くぜぇッ!!」
「うきゅきゅきゅっ!!!!」


誰にも手出しさせるな、とロキは戦いへ入る前に“ジョン・スミス”へ依頼していたが、
わざわざ釘を刺されるまでもなく、ブラックラビを向こうに回した死闘は
既に誰にも手出しできない凄絶な領域にまで達していた。
通常のブロードソードよりも刃渡りが長い上、幅広に拵えられている【ノートゥング】は
見た目の質感以上の重量を誇っており、昨日今日剣術を習いだした者には到底扱いこなせない玄人好みの一振りである。
その熟練者向けの刃を軽妙に払い、次から次へと大技を繰り出していくロキの力量たるや一向に底が知れない。
【ワンダフリャ=ギガデス】の集中砲火によって満身創痍であるにも関らずの身のこなしだ。
剣豪の血に火が点いたのかもしれない。明らかに【トレジャーハンターズG】との対決時よりも動きが鋭くなっていた。


「オラオラオラオラァ―――ッ!!!!」


脇に構えた状態から放たれる横薙ぎが、鋼鉄の兜すら縦に割る一文字の稲妻が、足元を掬う脛打ちが、
ありとあらゆる剣術の粋が凝らされた剣の舞は【ムーランルージュ】や【ジャイロジェット・ティーガー・バルカン】に
勝るとも劣らない連続攻撃を流麗に打ち込んでいくが、前述二つの技との大きな違いは、
一撃一撃が必殺の威力と重みを兼ね備えている事である。
【ムーランルージュ】等は手数を増やすあまり、一撃ごとの威力は分散がちになってしまっているが
それに対してロキが踊る剣の舞は一つ太刀を払うごとに空気が割れ、切断面から弾け飛んでしまいそうな猛威を振るっていた。
惜しむらくはブラックラビの硬質な防御力の前には一刀両断にまでは届かないが、
世界に災いを振り撒く“滅びの獣”へダメージを重ね、追い詰めていくには十分だった。


「ぅきゅぅ〜〜〜………っ!!」


後にロキが【雹武(ひょうぶ)】と名付ける実戦式剣舞の前に後退を余儀なくされるブラックラビは
苦し紛れに口から五千百度の大火炎を吐きかけてきたが、対処するロキも力技。
少しでも触れれば瞬間蒸発してしまう地獄の高熱が寸前に迫る中、目の前で炸裂させた【爆陣】の衝撃波で
なんと荒々しくも大火炎を揉み消してしまった。






(―――さぁて、仕込みに移るとするかよ)






ロキの太刀捌きが微妙に形を変えだしたのはその時だ。
石頭の頭突きを仕掛けてきたブラックラビをロキが受け止め、元いた場所へ蹴り返したのだが、
そこから先の追撃に大きな変化が訪れた。


「う………きゅぅ?」


依然としてロキは【雹武】を舞い続けているが、それまで的確に漆黒の血肉を捉えていた太刀筋が狂い始め、
ブラックラビから反れた刃は風を切るのみとなってしまっていた。
轟々と乱舞しているにも関らず掠める事すらなくなり、わざと打ち込みを外しているとしか思えないぐらい
少しも当たらないのだ。


「………まさか、眼をやられた………っ!?」
「―――フン………果たしてそうかな………?」


やはりまず想定できるのは視覚を潰されたのではないか、というところだろう。
ロキの行動に何故か訳知り顔で口元を歪めたガウザーと干戈を交える“ジョン・スミス”も
やはり真っ先に目潰しの線を心配したが、ブラックラビの反撃を一つも漏らさず防いでおり、視界自体は良好のようだ。
いや、だからこそ、“ジョン・スミス”は混乱するのだ。
ロキの手元が狂い出した原因が目潰しでないとすると、ブラックラビが周辺の空間を歪曲させる障壁でも
展開させているのかと推理は続くが、刃の弾かれた形跡が見られないどころか、
太刀筋のブレは段々と大きくなり、今では標的のいない空を斬るだけになっていた。
最初から当てる気が無いような動きである。これでは実戦式ではなく、本当にただの儀礼剣舞だ。


「………あ………あの人は一体何を考えて………………………」
「何かを考えての行動であるのは間違いなかろうな。
 さもなくば、露骨に刃先を外すような真似はすまいよ」
「………私はそれが不可解だと―――」
「まあ、黙って見ておれ。答えはすぐに返される」


“ジョン・スミス”は例芸に漏れず、当のブラックラビも驚きに見開かれた眼をぱちくりと瞬かせ、
呆けたように反撃の手を止めてしまった。


「―――今です、ロキさんっ!! トドメをっ!! “滅びの獣”へ鉄槌を………ッ!!」
「言われなくてもわかってらぁ―――――――――」


―――そうか、これを狙っていたのか。
奇行とも言えるロキの剣舞を訝っていた“ジョン・スミス”の脳裏へ閃きが走った。
硬質な皮膚組成に阻まれた状態では致命傷を与える事は難しく、
何より小さな身体をフルに生かした反撃の嵐に遭いながらでは、決定打を加えるのもままならない。
そこでロキが凝らした工夫というのが、一見、無意味にしか思えない儀礼剣舞なのだ。
命懸けの戦場で急に儀礼の舞を踊れば、相手が闘争本能を昂ぶらせていればいるほどそれに比例する驚愕を与え、
相手の油断を誘う事が出来る。
世界の命運がかかった大一番でそうまで思い切った策を打ち出す事の出来るロキの胆力には感服するしかあるまい。
さしもの“ジョン・スミス”も、この時ばかりは素直に感じ入った―――







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