―――――――――主不在の折には私事を殺して領国を護るべき立場にある身でありながら、
無断で勝手を振舞う事、まずはお詫び申し上げます』」


――――――『………今しがた、部下からこんな手紙が届いた………』
『………………………』
『一体何を企んでいる? 返答次第ではタダじゃ済まさねぇぞ………』
『………………………天下安寧の為です』――――――


「『騎馬軍が【ウェンデル】へ向けて出陣した直後の事です。
 僅かな護衛しか残っていない【ローラント】を突如【賊軍】が一万騎でもって奇襲し、
 私、リース・アークウィンドに人質として【ファーレンハイト】へ下る様に恫喝して参りました』」


――――――『安寧だとッ!? 人の女房を餌にして安寧が釣れるってのかッ!?
 平和ってのはそんな安っぽいもんだってのかァッ!?』
『貴方が考えている以上に【ローラント】の血筋は、【逆賊】の汚名を着せられながら再起した
 英雄の一族の名は【イシュタリアス】で重きを成しているのですよ。
 いいえ、リースさんだけじゃない、貴方もそうだ、デュランさん。
 【黄金の騎士】の後継者を気取るでなく、己の正義を貫いた貴方の存在は、今や【社会】の盾たる守護神の様なもの。
 そんなお二人だからこそ、大戦の要となる価値があるのです』――――――


「『男児から女児に至るまで、武を修めし軍勢は、皆、【ウェンデル】への旅路の最中。
 救援を求めようにも到底間に合いません。
 即答願えない場合には、領民を焼き討ちにすると敵将はなおも脅しを掛けてきます。
 ………そこで私は断腸の思いで賊徒の軍門へ下る決心を致しました』」


――――――『人を飛車みてぇに言うんじゃねぇッ!! ………最初からこのつもりだったんだなッ!!
 リースをかっさらう時間稼ぎに俺を無理やり同行させてッ!!』
『今頃気付いたのですか? ………デュラン・アークウィンドともあろう御方が鈍ったものですね』
『て………めぇッ!!』
『天下安寧の二本柱とも言える存在を【賊軍】は崩しにかかった。
 卑劣な手段を講じて人質に取った―――領主として一国を治める貴方にはこの意味が解るはずだ。
 風聞がいかに効力を発揮するものなのかが。
 見ていてください。世論は一挙にこちらに傾き、全軍の士気も飛躍的に跳ね上がる』
『それはてめえの作り話だろうがッ!! バクチみてぇな策略が通じると本気で思ってんのかッ!?』
『死人に口無し。【賊軍】が釈明する前に悉く殲滅せしめれば、偽装は証言者不在につき真実となる。
 情報戦略なのですよ、これはっ』
『もう一度言ってみやがれッ!! ああッ!? このペテン師がッ!!』
『いくらでも蔑んでいただいて結構だッ!! 大乱を鎮めるには、奇麗事では済まされないんですよッ!!』――――――


「『これにしたためました密書は信認の置けるディーンへ託します。
 ………もし、両軍決戦へ及びし最中、逆上した賊徒の手にかかろうと
 決してお嘆きにならない様、くれぐれもお願い申し上げます。
 地方領主が妻の犠牲など、世界平和と比べれば瑣末な事でございます。
 天下分け目の一戦でこそ、万全の働きをなさいませ』」


――――――『そこまでしなくちゃ勝てねぇのかッ、【官軍】はッ!!』
『勝った後に得られる物が無ければ、士気はあがりません。
 この度の戦は、正義の戦。侵略で無い限り、討ち取った敵軍の領地にまで手は出せない。
 領土を拡張できる旨みが提供できないのなら、それに代わるものを―――
 ―――【社会】における揺ぎ無い名誉を授与するしかないんだッ!』
『リースを犠牲にすりゃそれが可能だってかッ!!
 女を戦の道具みてぇに使う【賊軍】を打ち破った側こそ正義ってわけかッ!!』
『解りきった事をいちいち復唱させないでくださいませんかッ!?』
『てめぇッ!!』
『リースさんだってそれを把握したからこそ、こちらの説得に応じたんじゃありませんかッ!?』
『―――――――――ッ!』――――――


「『女性を人質に取れば【官軍】の勢いを削げると目論む下卑た【賊軍】を
 必ずや撃滅なさいます様、伏してお願い申し上げます』」


――――――『貴方の気持ちはお察しします。僕を恨むならいくらでも恨んで欲しい。
 ですが、ここで僕を斬れば、貴方はリースさんの決意まで踏みにじる事になるんですよッ!?』
『………………………』
『………これより【ウェンデル】で評定を開きます。決戦へ臨む直前、最後の全体軍議です。
 僕はその場で今度の事を【賊軍】の誘拐事件として発表します』
『………………………』
『デュランさんには、そこで全軍の指揮を高めるスピーチをして頂きたい。
 もちろん原稿はこちらで用意します。貴方はそれを朗読するだけで良いのです。
 ………まかり間違っても、リースさんから届けられた手紙を読む事など無い様にお願いしますよ』
『偽の手紙を………でっちあげるのか………ッ? どこまで味方を騙そうってんだ………ッ!!』
『………全ては大乱を鎮める為です………』―――――――


「――――――長々と失礼いたしました。
 以上が、我が妻が【賊軍】に誘拐される直前にしたためた密書の一部始終です。
 恥を忍んで朗読させて頂きましたのは、決して皆様の同情を引く為ではございません。
 際限を知らない【賊軍】の悪辣をつまびらかにし、正義の刃を抜く決意表明と思っていただきたい。
 ………当【ローラント】は地方自治領。お歴々の所領と肩を並べるのも本来ならおこがましい事です。
 しかし、事がここに至った以上、我らアークウィンドは、
 夫婦ともに命を賭して死闘する事をこの密書と、【社会正義】にお誓い申し上げるッ!!」


様々な想いを噛み潰しながら、囚われの妻より届いた手紙を、
ディーンから受け取った物とは明らかに文面の異なる“原稿”を読み終えたデュランは高らかに宣戦布告した後、
居並ぶ歴々に深く会釈をして割り当てられた自分の椅子に腰掛けた。
その表情はどこまでも硬質で、ワッと挙がった万雷の拍手を受けるほど深まっていく苦渋を懸命に噛み殺している。


「アークウィンドさん………」
「………何も言うな。………これは、俺とリースの二人で選んだ道だ」
「………………………」


隣に着席するアルベルトの心配そうな声を横顔で受けたデュランだったが、決然と前を向いたまま返事だけを静かに吐く。
傍らで聴いている人間の背筋まで引き伸ばしてしまうくらい、その声は威厳に満ちており、
こんな大変な状況であるにも関らず、心は苦渋に潰されそうにも関らず、不思議なくらい落ち着き払っていた。


「………【ローラント】公の決意表明、このランディ・バゼラード、心に響きました。
 皆様、如何かッ!? 許すまじきは【賊軍】の横暴ッ!!
 戦場にて相克するは武門の倣いなれど、爪牙を武器無き一般民へ向けるは目に余る卑劣ッ!!
 最早【社会悪】と呼ぶのもおこがましい、畜生の働きとは思いませんかッ!?」


かくして、和平交渉の礎という形でリースの身柄は【賊軍】へ、【ファーレンハイト】へ移されたわけだが、
【バハムートラグーン】への行軍を目前に控えた諸侯の意思統一を図る為に
【ウェンデル】にて開かれた大規模な軍議の席で、ランディは当初の予定した通り、
【賊軍】が【官軍】の戦意を殺ぎ落とす為に画策した誘拐事件として今回の一件を発表した。

―――――――――リースの身柄が引き渡されてから三日後の事である。


「これこそ【悪】が悪と断ぜられたる所以ッ!!
 卑劣極まりなき【賊軍】を蹴散らし、必ずや正義の御旗を打ち立てましょうッ!!」
「我ら一丸となってぶつかる事が何よりの大事と心得ます。
 正義の刃を振り落とした時が勝利の機(とき)と存じます。
 リース・アークウィンド様の偉大な勇気に恥じぬ様、死力を尽くして戦うが道理ッ!!」


【ローザリア】全軍を率いて駆けつけたナイトハルト皇太子と、
【英雄王】の名代として【黄金騎士団】の全権を任されたブルーザーがまず真っ先に激烈な怒りを吼え、
以降、我先にと諸侯、一丸となって右に倣う。
ルサ・ルカの厚意で特別に開放された【パルテノン】の衆議堂は、たちまち轟然。
ランディが意図した期待そのままに【官軍】の士気は一枚岩となりつつあった。


「今すぐ兵を挙げて総攻撃を仕掛けようじゃねぇかッ!!
 全軍で奇襲を仕掛ければ【賊軍】だろうが何だろうが、一ひねりだぜッ!!」
「まあ、お待ちなさい。軍勢の中には今日やっと到着した者もあるのです。
 人馬ともに疲弊したまま攻め入れば、行軍の途中で落伍するでしょう。
 ここは一旦休息を取り、万全を期してから討ち入るが必定というものですよ」


代々名君が揃い踏むと謳われるタイクーン王国の中でも珍しい武断派にして、
【将軍女王】とまで比喩される女だてらの猛将ファリスが血気に逸って総攻撃を呼びかける。
同じ女性を人質に取る【賊軍】の卑劣を腹に据えかねる眼は既に赤々と血走っていた。

それを諌めるのは【官軍】最高齢のバロン王国セシル国王だ。
【マナ】の研究・開発の分野で一歩先んじる軍需産業の国家【バロン】の国王でありながら、その人柄は温厚そのもの。
【アルテナ】や【バレンヌ】に比肩するだけの戦闘力を有しながらも領土拡大の侵略を許さず、
あくまで“一所懸命”を旨とする国政が人望を集め、国内外からも【聖王】の呼び声が高い。
【イシュタリアス】の最後の良心とまで慕われるセシルが真っ先に参加を表明した事が、
【社会悪】討伐を目的として結成された【官軍】を勢いづける要因になったとも言われている。

穏やかながらも力強い【聖王】の制止を受けては、ファリスも振り上げた拳を下ろすしか無かった。


「ちょっと、待ったッ!!!!」


【フォルセナ】に勝るとも劣らない騎士の国【ガルディア】の王、クロノ――デュランたちとは浅からぬ、
そして不思議な因縁のある――が自国に蓄えた兵糧や武具一切を提供すると提言して評定を
大いに鼓舞した時、一つの喚声が賛同の渦へ異議を唱えた。


「………獣人王殿………?」
「【賊軍】が、どれだけ、卑怯かは、【ローラント】公のお言葉で、わかりました。
 死に物狂いで、戦う事に、少しの躊躇いも、無い。
 でも、【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】には、一つだけ、疑問が、あります」


周囲の瞠目を浴びながら立ち上がったのは、全身をしなやかな筋肉で固めた獣人の青年―――
―――隠居を宣言した父に代わり、獣人王二代目を世襲した【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】総大将、
ケヴィン・マクシミリアンだった。


「【ローラント】公は、ご夫妻ともに、命を捨てて、戦うと、宣言されました。
 しかし、解らない。今の言い方だと、奥さんが、犠牲になるのを、前提にしているのでは、ありませんか?」


【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】は【官軍】の中でもとりわけ大きな存在感を成しており、
いち早く採用し、実戦の中で徹底的に鍛え上げられた銃砲部隊の威力は、獣人特有の拳法とあいまって、
決戦の行方を左右するとまで下馬評されている。
名実共に最強の部隊【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】の大将が異議を唱えたのだ。
楽観としたムードは一瞬にして凍り付き、若き獣人王・ケヴィンの一挙手一投足を誰もが注視する。


「リース・アークウィンド様の命を犠牲にして全軍の士気を高めている様にも思える。
 獣人王はそう仰りたいのですよ、【ジェマの騎士】殿」
「そして、【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】は、人命の犠牲を前提にした作戦には力を貸せない、とね。
 何故って、それは我々の尊ぶ【義】に背く戦いだからさ」


揃いの隊服に身を包んだ副官二人も立ち上がり、ケヴィンの発言を補足する。
古参としてケヴィンを支え続けてきたルガー・S・A・ウェッソンと
特殊な成り行きを経て参入しているエルフ、ポポイ・ヘイエルダールの二人である。
三人共にランディとは盟友の間柄で、【ローラント聖戦】を勝ち抜いた歴戦の英雄だ。
しかもポポイとランディはかつて主従関係。単純な意見の衝突とはまた違う、独特の緊迫感が諸侯の間を吹き抜けた。


「獣人王殿………お気遣いは在り難いが、我ら夫婦、既に次なる決戦場で果てる覚悟を決めております。
 死を前提に乾坤一擲をぶつける決意でいるのです」
「憚りながら、副長・ウェッソンより言上仕る。
 玉砕覚悟の心中は察して余りあるも、だからと言って人命が失われる様を、
 それも直接決戦に関与していない筈の妻女が犠牲となる様をみすみす許しては、
 我ら【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】は貫くべき【義】を見失う………部隊の士気に関るのです」
「戦いに巻き込まれた一般人を、これも戦の無情だとばかりに切り捨てて良いのかって
 聴いてるんだよ、オイラ―――じゃない、私たちは」
「………我が妻の覚悟を侮辱なさるおつもりか………ッ?」
「我らの尊ぶ【義】を愚弄なさろうとされておるのはお手前ぞ………ッ?」


ついにはデュランも立ち上がり、互いの信念に対して「侮辱、愚弄」と激し、ルガーを正面に据えて睨み合う。
意見が衝突するのは軍議の常だが、これは、無敗を誇る【ローラント】の騎馬軍団と
銃砲・徒手空拳双方に通じる最強部隊【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】が真っ向から戦っている様なもの。
よもやここで双方が仲違いでもしようものなら、【官軍】の中央戦力が崩壊する事に繋がりかねず、
見守る諸侯は生きた心地もしない。この時ばかりは誰もが肝を冷やした。


「………【ジェマの騎士】様の、ご意見を、伺いたい」


一触即発の様相を呈してきた衝突の動向を怜悧に観察していたランディへ
ケヴィンから要請が差し向けられた事で、諸侯が一にする注視の矛先は彼に移った。


「命を費やす覚悟で、決戦に、臨まれる、【ローラント】公ご夫妻のご意志は、解りました。
 それと同じ様に、我々、【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】の【義】も、ご理解、いただけたと、思います。
 その上で、お尋ねします。【ジェマの騎士】様は、どんな考えをもって、誘拐事件を、治めるつもりなのか?
 戦場の悲劇として、割り切って、このまま総攻撃を、仕掛けるおつもりなのか?」
「………………………」
「確かな返答、貰えないなら、【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】は、
 天下分け目に先駆け、この【ウェンデル】にて、一戦、仕る………ッ!」


この発言にどよめかない人間はいないだろう。
事と次第によってはこの場で反旗を翻すと暗に迫っているのだ、ケヴィンは。
獣人王と【ジェマの騎士】、歴史上にも重きを成す両巨頭が視線をぶつけ合う無言の戦いの果てに
ランディが誤った判断を下せば、誇張でも何でも無く、全ては終わるのだ。


「―――【ジェマの騎士】の手筈は万全です。
 【ファーレンハイト】には既にバゼラードの差し向けた密偵が潜入しており、
 いざと言う時にはリース・アークウィンドを救出する段取りになっています」


並々ならない重苦しい緊迫に埒を開けたのは、男性ばかりの軍議の席には素っ頓狂に響く歳若い女性の一声。
右と左に二人の部下を従えて軍議場へ姿を現した麗嬢の一声だった。


「アンジェラ………―――王女」


驚きに揺れる諸侯の前に颯爽と現れたのは、【アルテナ】王女にして次代のモラルリーダーと目される
アンジェラ・ユラナス・フォン=アルテナ………なのだが、サプライズな登場よりもその出で立ちに
皆は唖然呆然としているようだ。


「だから俺は止めたんだ………なのにお前が甘やかすから………ッ!」
「………ごめん、ちょっと私もマズッたと反省してる………皆さん、ドン引きだ、こりゃ」


眉間に皺を寄せる仏頂面のブライアンと理知的な微笑を称えるヴィクターも相変わらず彼女の秘書を務めているようだ。
諸侯の驚愕を引き摺りながら首座に向かう彼女の後を、何やら困った様子で随いていく。
秘書官の二人の風体にも驚きが集まり、中には大仰にのけぞる者まで出ている。
一体、何をそう驚いているのか―――――――――


「………アンジェラ王女………そのお姿は………」
「あ、これ? オーダーメイドで拵えさせたんだけど、なかなか良い色にキマッたと思わない?」
「………………………」


諸侯と向き合い、これを見渡せる首座にいたランディがアンジェラへ席を譲りながら、一同を代表して当惑の疑念を問い掛けた。
この問いに対して自慢げに胸を張り、クルリとステップを踏んで見せたアンジェラは、
パッションレッドの塗料でカラーリングされた甲冑を身に纏っていた。
気まずげにしている脇の秘書二人も、もちろん揃いの甲冑姿。
極めつけは三本の角が大きく張り出した兜だ。ゴテゴテしたフォルムと言ったら悪目立ち以外の何物でもない。
―――――――――皆が口を開け広げて驚愕したのは、この赤揃えの甲冑姿だったのだ。


「え、えと、【官軍】結成の責任がある【アルテナ】から出向なされたアンジェラ王女も
 皆さんと志を一つにする為に、軍装一式で固めてみたのですけど………やっぱり、ダメ…ですかね?」
「いちいち拝聴すんな、そんなもんッ!! みっとも無さに拍車が掛かるだろうがッ!!」
「みっともないって何よッ!! アンタが一番赤のカラーリングにこだわったんじゃないの!
 アタシはピンク系でキメたかったのにさっ!」
「アホかッ!! パッションピンクで戦場に踊り出てみろッ!! 士気向上どころか、呆れてズッコケだぞッ!!」
「………この様子を見る限り、お前のこだわった赤揃えも相当キてるだろ、これ」
「なッ!? お前にはハイソなセンスが理解できないのか、ヴィクター!?
 赤という色はだな、紅蓮の炎が如きパッションを象徴するシンボルで風水の見地からも………」
「「聴けば聴くほど胡散臭ッ!!!!」」


“三人寄らば文殊の知恵”という諺があるが、この三人の場合に限っては寄れば寄るだけ
ボケの暴走特急が生まれ、どんな議題も本題から凄まじい勢いで横っ飛びしてしまう。
今回もどうだ。まず赤揃えでもって出オチ気味に張り詰めた緊張を破綻させ、物の見事にコントへの大脱線をブチかましてくれた。


「………………………」と皆が皆、絶句している。


これがもし【アルテナ】の王女とその側近のトリオでなかったら、
人質の安否を間に挟んだ【ローラント】対【ビースト・フリーダム】の一触即発という剣呑な空気を
少しでも良いから読めッ!! と諸侯異口同音にして総ツッコミを入れたところだが、
相手が【官軍】主導国となるとそう言うわけにも行かない。


「………密偵とは、一体どういう事なのですか、王女?」
「大体アンタ、私服だって原色の赤が―――って、え? あ、何? ゴメン、今なんて?」
「密偵」
「あー、あーっ! それね! 密偵! 任せて安心の万全よっ!!」


とは言え、このまま傍観していれば、いつ終わるとも知れないボケ殺しの永久連鎖に陥り兼ねない。
長年の経験からこのピンチを熟知しているデュランが――自分から切り出すのも妙な話なのだが――
途絶えてしまっていたアンジェラの“本題”へ向けて助け舟を出した。


「誘拐事件をいち早く察知した【ジェマの騎士】は、予め潜入していた工作員に救出の段取りを
 すぐさま通達してくれたから、貴方は何の気兼ねも遠慮も無く全力を傾けて大丈夫。
 工作員も一人や二人じゃないし、人質に危害が及ぶ可能性は皆無と思ってもらっていいわ―――
 ―――そうよね、ランディ・バゼラード?」
「………御意」
「奥さんを人質に取られている【ローラント】公も、人命を第一に思慮される獣人王様も
 これで一安心じゃないかしら?」
「………お心遣い、痛み入りましてございます」
「懸念が、無くなった、今、全身全霊、傾けられると、言うものです」
「本当なら未然に防げれば一番なのだけど、我々もそこまで完璧じゃない………。
 その代わりに起きてしまった事態には全力全速で対処させてもらうわ。
 これは、【ローラント】公だけでなく、【官軍】へお集まりいただいた全ての皆さんにも同じよ!
 もしも【賊軍】が更なる卑怯を講じてきた場合には、皆さんを招集した責任のある【アルテナ】と、
 世界の守護たる【ジェマの騎士】が何を置いてもアフターフォローを入れますッ!!
 天下分け目の決戦に全神経を集中させられる様、万全の状態を整えますッ!!
 ―――全ての力と全ての絆を一つに束ね、皆で【賊軍】に立ち向かいましょうッ!!」


また突拍子も無い姿恰好で登場した時にはどうなる事かと思ったものの、
アンジェラたちが闖入さえしてくれなければ、デュランたちは本気で衝突していたかも知れない。
もしかしたらサプライズな登場も、諸侯を前にしてのボケ殺しも、
全て不穏な空気を破壊する為の計算だったのではないだろうか。
なにしろ当代きっての知恵者が集結したトリオである。あり得ない話ではない。






(あいつらほど食えねぇ政治家は、世界中のどこを探してもいねぇもんな)






ひとまずは剣呑至極を鎮めてくれた感謝を込めて軽く目配せ。
するとそれに気付いたアンジェラが、茶目っ気たっぷりにウィンクを返してくれた。


「―――それではこれより、【バハムートラグーン】における
 各隊の配置についての話し合いに移らせていただきます」


慄然たるランディの号令が飛ぶ中、二人のやり取りへ不思議そうな眼を向けてきたアルベルトの脇腹に、
気にするなとデュランが肘鉄砲を一つお見舞いした。






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