三時間に及ぶ軍議の結果、【ローラント】が誇る騎馬部隊2,000は決戦場【バハムートラグーン】深く、
【賊軍】最後の砦たる【ファーレンハイト】と向き合う形で最前線に配置される事が決定した。
【アルテナ】の主力部隊や【ビースト・フリーダム(獣王義由軍)】と肩を並べる配置は
殆ど先鋒と言っても差し支えなく、一軍の将としてこれほど誇らしい事は無い。
大国に比べて少数ながらも無敗を誇る騎馬軍団の戦闘力や、リースを人質に取られている事などを
熟慮した上でのランディの采配だった。


「我らは【バハムートラグーン】の最前線、【ファーレンハイト】と直接対峙する布陣を仰せつかったッ!!
 先鋒と勇んでも良い配置であるッ!! 【ローラント】が誇る2,000騎でもって堂々と先陣を切り、
 全軍を勝利へと導くのだッ!! 武人としてこれほどの名誉があるものかッ!!」


エリオットとウェンディの取りまとめによって無事【ウェンデル】へ到着した自軍に
この配置を発表したデュランは、併せてリースの心配はするなと申し付けた。
【アルテナ】の厚意によって身柄の安否は確保されている。気を病むな、と再三に亘って繰り返す。
最大の激闘が予想される先鋒ともなれば、一瞬の気後れがすなわち死へ直結し、
一人の討ち死にが新たな悲劇を呼び、また次の潰走へ連鎖していくのを経験で知っているからだ。


「安否が約束されたからと言って満足するなッ!! 我らの手でリースを救うのだッ!!
 弾が切れれば銃を捨てて槍を取り、槍が折れれば太刀を抜き、太刀が欠ければ肉弾をぶつけッ!!
 全軍死力を尽くして攻めに攻めよッ!! そして、良いかッ!? 一人も欠く事なくッ!!
 誰一人として欠ける事なくリースと再会するのだッ!!
 俺を憐れと思うのならば、慰めは要らんッ!! 無事の再会で心を示せッ!!」


精神的なコンディションを整える事を主題に考えたデュランの判断は正しく、
不安げに表情を曇らせていた兵たちが、リースを救出する手立てを聞く内にみるみる明るさを取り戻し、
通告を締める檄が飛ばされる頃には普段以上の闘志を2,000騎総員が漲らせていた。


「――――――此度の決戦、我ら風林火山の烈光となりて、一陣、駆け抜けようぞッ!!!!」
『応ォォォォォォォォ―――――――――ッッッ!!!!!!!!!!』


隣だって兵の士気を鼓舞していた諸侯から羨望の溜め息が漏れるほど【ローラント】の挙げた呼応は凄まじく、
天をも貫かんばかりに剣を槍を、2,000の干戈を一斉に突き上げた。
まさに意気衝天。この揺ぎ無い結束力を見れば、【ローラント】の騎馬軍団が怒涛の強さで勝ち進むのも頷ける。

――――――――と、ここまでがおよそ30分前の出来事である。


「よォ、滞りなく合流できたみたいだな。いや、何より何より♪
 つか、エリオットとウェンディちゃんってすげーのな。てきぱき動くし指示も的確!
 俺ってば後見頼まれたのになんもやるコト無くってビックリだったぜ」


兵たちの様子を確認し終え、諸侯に宛がわれた特別宿舎へ戻ろうとしていたデュランへ、
どこに行っていたのか、これまで姿を見せずにいたホークアイが声を掛けたところから………全ては始まった。


「ンだよ、俺ぁ、もうクタクタなんだからほっとけって………。
 何日間くだらねぇ茶番に付き合わされたと思ってんだよ」
「何日間も茶番に付き合わされて相当鬱憤溜まってんだろ? だったら余計に付き合えってッ!!
 ガス抜きでもせにゃあ、決戦前にブッ倒れちまうぜ」
「………いかがわしい店だけはカンベンしろよ。
 前にシオンたち連れて興味本位でそーゆー店入ったら、これがリザに目撃されたらしくてよ、
 ―――ああ、シオンとかリザってのは、俺んとこの若いのな? 一応、面識はあったよな?
 ンでよォ、リザの奴、黙ってりゃいいのにわざわざリースへ告げ口しやがってよォ………。
 お前、それからはもう思い出しただけで身震いしちまう地獄の折檻コースが―――」
「はいはい、甲斐性ナシなお父さんの愚痴は後でいくらでも聞くから、まずは足を動かせって。
 ほれ、一、二、一、二。お兄さんが健康的で元気の出るトコへ連れてってやるからさ♪」
「一時間いくらとか、そういう類の“健康的”は要らねぇからな」
「いい加減、そっち方面から離れろってのッ!!」


人前でスピーチするという慣れない大仕事に疲弊した頭を休めたくて仕方が無いというのに、
無理やり腕を引っ張ってどこかへ連れていこうとするホークアイ。
デュランもデュランで抵抗するだけの気力が残っておらず、どうにでもなれ、とされるがままを許していたのだが、
辿り着いた目的地を見た時には流石に顔を顰めた。
【パルテノン】―――そう、つい先程まで軍議が開かれていた場所であり、今のデュランにとっては、
最も頭から切り離したい空間である。


「いつまでまたせんでちか、このみくだりはんやろ〜がっ!!
 リースしゃんをとられたのがあんまりしょっくで、どこぞでしみったれてないてたんじゃないでちかぁっ?
 へっけっけっけっ! そ〜ぞ〜しただけでもわらいがこみあげてくるでちっ!
 もんどうむようにだめにんげんのしゅくずでちねっ! いきてるかちもみあたらないでちっ!!」
「………着くなりなんて言い草だよ、てめぇ………」


【光の司祭】ルサ・ルカが執務と居住の両方に使っている【パルテノン】の中でも最も奥まった区画に位置し、
高位の神官ですら立ち入りを許可されていないプライヴェートルーム【ピュティアの庭園】へ通されたデュランは、
一歩足を踏み入れた瞬間に圧し掛かってきた金切り声に鼓膜をやられて思わずのけぞった。
続け様にはハリセンだ。薄い鉄板を仕込んであるハリセンが顔面を狙って投げ付けられる。
身を捩り、寸でのところで回避したデュランだったが、真後ろにいたホークアイは残念ながら直撃し、
本人曰く「俺が恋愛王たる所以はこの甘いマスクだから♪」などとハミングしてみせる鼻頭をしたたか強打した。


「投げるんならちゃんと投げろよッ!! なんで俺が痛い目見てんだよッ!?」
「こまかいことをいちいちきにするひとでちねぇ。とっさによけられないあんたしゃんがわるいんでち。
 【ニンジャシーフ】ってかたがちはにせものでちか? ていうか、にせものでちね。
 きょうこのしゅんかんから、こそどろにくらすちぇんじでち。
 あきすにはげんでとっつかまって、せいぜいみじめなじんせいをさらすがいいでちよ、このへたれがっ!」
「相変わらず容赦無いわねぇ、シャルは。ま、本当のコトだから反論できないでしょ〜けど」
「ナマイキにも反論なんかしてきやがったら、女神特権で本当にこそ泥にしてやったのに………惜しいっ!
 反論してきなよ! ワタシに女神特権使わせなよっ! お茶の間に笑いを振り撒きなよっ!
 ホンット、この【ビチグソ】は空気読めないよな〜」
「そこまで身体張ってボケれるかぁッ!!」
「「「リアクション芸も出来ないなら、アンタにゃもう何にも使い道無いじゃん」」」
「………………………デュラン、俺、ちょっと雑貨屋言ってロープ買ってくるよ。
 首周りにフィットしたサイズのをさ………」
「縁起でも無ぇ事を、洒落で流せない表情で言うなよ。
 せっかくあいつらに加勢しようと思ってたのに台無しじゃねぇか」
「お前、なんか俺に恨みでもあんのかオイッ!?」


本人も自慢する端整な顔立ちを滝の様に滴り落ちる鼻血で無様に濡らしたホークアイは
フォローも謝罪もあったもんじゃない言葉の暴力で徹底的にやっつけられ、
トドメを刺された時には殆ど半泣き状態に陥っていた。
一部始終を傍観していたデュランは、このやり取りを止めるでも呆れるでもなく、
懐かしげに口元を綻ばせている。


「うっわー、キんモ〜ッ! いいトシこいてマジ泣きだよ、マジ泣き。
 ワタシも長年【ビチグソ】呼ばわりしてきたけど、そんなレベルにも達して無かったんだね。
 よーし、キミの名前は今日から【チンカス】に大承認だっ!
 町行く人みな立ち止まって【チンカス】呼ばわりする様に女神特権で変えとくから♪」
「へっけっけっ! あんたしゃんにぴったりのよびなじゃないでちか。
 ふさわしいなまえをもらえてよかったでちね、【チンカス】」
「念の為に明日の朝刊で発布してもらうかしら。ホークアイは【チンカス】に名前が変更されました〜って。
 そんな名前の男にナンパされたって誰も随いてかないだろうし、むしろジェシカには感謝されるかもね。
 あ、ジェシカにも見放されるか! ゴメンゴメン、ドン底人生まっ逆さまだわね」


背中に生えた翼で飄々と空を遊泳しながら、相変わらずの猛毒を吐き散らすフェアリーに、
パッと見はキンダーガートゥンの園児でしかないものの、実際には200歳という長い年月を生き、
酸いも甘いも噛み分けてきたハーフエルフ、シャルロットの毒舌コンビは、
その超常的な経験から培われた捻りのあるウィットでいつもホークアイを弄んできたし、
よほど気に入ってのか、赤揃えの甲冑を着たままのアンジェラも二人に混じって
情け容赦なく【チンカス】をいびり倒してきた。

一つ間違えば、いや、間違わなくても人権問題になり兼ねない過激なスキンシップは
数年前まで日常茶飯事と化していた出来事で、当時はこれを見て何度となく腹を抱えたものだ。
最近めっきりご無沙汰していた事もあり、三人娘の発言がどれだけ凄惨なモノになろうと、
どれだけホークアイが鼻水をすすろうと、まだ見ていたいという期待を優先させ、一向に止めようとしない。
見方によってはデュランが最もタチが悪かった。


「ちょ、ちょっと待ってください、王女! 女性がそんな下品な単語を喋っちゃいけませんって!」
「何よ、邪魔しないでくれる、ヴィクター? 何が下品なのよ? 【チンカス】ってヤツ?
 ………っていうか、【チンカス】って何なわけ?」
「知らずに使ってたのか、お前………。人間としての常識を疑われるぞ」
「そこのヒョロいのと赤いのッ!! アンジェラの前に俺の人権蹂躙を心配しろよッ!!」


そうそう、次の世代のモラルリーダーでありながら、下品極まりない暴言を発しつづけるアンジェラを、
どうにかして抑えつけようとするヴィクターとブライアンの青ざめた顔も、
懐かしいかな、雪の町で初めて出会った時と同じ取り合わせ。当惑した表情までそっくり同じなのが、また可笑しい。


「師匠〜♪」


―――と、その時である。
いつまで経っても変わらない仲間たちの様子を満喫していたデュランの背後へ何かが横殴りに突撃し、
強い衝撃に煽られた彼は、たまらず腰砕けに倒れこんでしまった。


「おいおい、オイラと違ってお前は前よりずっと大きくなってんだから、
 そんな風に飛びついたらデュランの兄ちゃんも防げないってば」
「………ったく、さっきの会議でちょいと見直したと思えば、またすぐこれかいな。
 いつになったら、ワイはお目付け役から離れられるんやろかのう」


シャルロットのハリセンと同じ様に上手くは行かず、今度こそ後頭部を痛打してしまい、
花火を弾けさせたデュランの視界には声の主の姿はおぼろげなシルエットでしか映らないが、
少年の明るさをいつまでも保つ溌剌とした声と独特の訛りがある溜め息は
すぐさま彼の脳裏にある顔と直結した。
そうなると、腹の上でマウントを取る人物は彼以外には考えられない。


「………ポポイの言う通りだぜ、ケヴィン。お前、タッパじゃ俺とそう変わらねぇだろ?
 見ろ、潰されちまったじゃねぇか」
「あ、ご、ごめんなさいっ! オイラ、久しぶりに、師匠と、お話できるって、思ったら、
 テンション、上がっちゃって………」
「そらもうわかったさかい、そろそろ退いたれや。このままやとホンマにデュラン、潰されてまうで」
「久しぶりついでに助けてもらって助かるぜ、カール」


【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】が誇る四天王の内、ケヴィン、カール、ポポイも
【ピュティアの庭園】へ招かれていた様だ。
部下を鼓舞した帰りに捕まったデュランと同じく、ケヴィンとポポイも軍議の時に纏っていた隊服姿のままである。
【草薙カッツバルゲルズ】として活動していた頃から外見的な変化が乏しいカールとポポイに対して、
ケヴィンはデュランと殆ど変わらない身の丈へ成長を遂げており、
隆々たる筋肉もあの頃より格段に鍛え上げられていた。
180cm近い肉弾に飛び掛られれば、デュランが腰を砕いてしまうのもムリは無いだろう。


「さっきは立派だったぜ、ケヴィン。二代目獣人王の貫禄十分だな」
「師匠に、そう言ってもらえるの、一番、嬉しい! 生意気に反論、しちゃったから、叱られると、思ってたし………」
「叱るもんかよ。お前はお前の考えをちゃんと持って堂々と反論できた。俺にはそれが嬉しいよ。
 ………後は、もうちょいこういう行動を改めてくれれば、一人前の大人なんだけどな」
「え? あッ! そうだ、オイラ、師匠に乗っ掛って! ―――す、すぐに、退くねッ!!」


余談だが、この場にいないルガーが目撃したら血涙を流しそうなマウントポジションには、
「BLッ!?」と嬌声を上げて鼻血を吹いたフェアリーが彼に代わってリアクションを返してくれた様だ。
方向性や趣味の違いも含めて、ろくでもないリアクションではあったが。


「招いた顔はこれで全員か? 急に騒々しくなったもんじゃのう〜」


ケヴィンが降りてくれた事でようやく自由を取り戻したデュランを見るなり、
「ヒースがおったら良い笑いのネタにたじゃろうに…あやつもタイミングが悪いのう」とルサ・ルカが、
幼い顔立ちに似つかわしくない古めかしい物言いでカラカラ笑い声を上げた。
不老長寿のエルフとして数千年を生き、そこで得た知識や経験で人々を導く偉人である筈の【光の司祭】が
何と下品な笑い方を―――と初めて会った人間は閉口するものだが、親交の深いデュランたちにとっては
ギコ笑いも大口も既に慣れたものである。
むしろ、この人間的な温かみこそ、ヒトを導くルサ・ルカには不可欠なのかもしれない、と
思い始めているくらいだ。


「そういや、ヒースがいねぇな。今みてぇにみっともないザマをさらしたら
 真っ先に飛びついてきそうなもんなのに」
「あやつもあやつで忙しくてな。今も【マナ】の拡散を防ぐ工作に東奔西走しておるよ」
「ぎじゅつのまえだおしがかっせいかするのはよろしくないでちからねぇ。
 あんたしゃんのくそおやじがやっかいなことしてくれてからこっち、
 ぎじゅつかいはつにはくしゃがかかってしかたがないんでちけど?」
「………あー、うぜぇな、またそれかよ。
 だから、オヤジが帰ってきた時にきつく言うって話したじゃねぇかよ。
 いつになるかは知らねーけど」
「あのおやにしてこのこありでちねっ! あんたしゃんはことのじゅうだいさがちっともりかいできてないでちっ!
 ぎじゅつってもんは、そもそもぎゅうほではってんしていくのがただしくて―――」
「―――シャルもその辺にしておかんか。今日は折角の同窓会なのじゃろう?
 だのにお前が火を吹いては始まるものも始まらんじゃろうて」
「くそばばぁはくちをはさまないでほしいんでちけどっ!」
「ここはワシの私室じゃろう? 私室である以上はワシに最強の発言権があると思うが、どうか?」
「ぐ…ぬぬぬぬぬぬっ! こしゃくっ! こしゃくでちね、このわかづくりっ!!」
「人の事を詰れたクチかの、200歳?」


シャルロットが危惧する通り、人目に付かない様に封印されていた【マナ】を物量的に取り入れた
ロキの反乱勃発からここ数年間の内に機械技術は著しく発展し、こと軍事兵器に関しては、
かつての霊長【旧人類(ルーインド・サピエンス)】が備えていた超技術の域を目指して際限なく突き進んでいる。
機械技術自体は前々から【カラクリ】という形で存在こそしていたものの、やはりこの飛躍のスピードは異常だ。
ロキの目論んだ【革命】が皮肉な形で結実したと言えなくも無い現状に歯止めをかけるべく、
シャルロットとヒースは、【マナ】の技術発展が人類の精神的な成長を追い越さない様に
歴史の裏から表から工作活動へ勤しんでいるのである。

歴史的にも重大な局面―――とは言え、そんなお堅いハナシを持ち込まれても、
私室を開放したルサ・ルカには迷惑でしかない。
更にデュランへ詰め寄ろうとするシャルロットを一枚上手の口撃で沈黙させると、手を叩いて侍従を呼びつけた。
一礼して入室してくる侍従たちはティーポットやお茶請けの菓子が盛られた皿を乗せたトレイを持っている。
どうやらルサ・ルカからお呼びが掛かるのを部屋の外でずっと待機していたらしく、
純銀のトレイを持つ腕がプルプルと震えている。
話が長時間に亘る原因を作ったシャルロットをギロリと睨む者もいた。


「同窓会って何だよ?」


これはデュランの声ではない。彼の後ろで誰かが発した疑問符だ。
誰かと振り返ってみると、お茶会のセットを終えて退散していく侍従たちと入れ違いに
エリオットが【ピュティアの庭園】へ足を踏み入れたところだった。
彼の後ろではやや遠慮気味にウェンディが顔を覗かせて様子を窺っている


「なんだ、お前らも来たのか」
「ホントは宿に戻って休むつもりだったんだけどねぇ、こいつらがしつこく腕を引っ張るもんだから
 とうとう根負けしたよ」
「わ、私まで随いてきちゃって良かったんでしょうか?」
「もちろんじゃありやせんか! デュランの兄ィの御妹君と来たら、俺たちの仲間も同然でさぁ!
 しかもエリオットの坊ちゃんとは特別親しい間柄とか! こりゃもうファミリーですよ、ファミリー!」
「オウさッ!!!!」
「ビル! ベン!」


エリオットたちの更に後方からは、またまた懐かしい顔。
【草薙カッツバルゲルズ】時代には地味ながらも的確に仕事をこなし、ある意味、兄貴分のホークアイよりも
目覚しい成果を見せたビルとベンのコンビもお茶会の場へ姿を見せた。


「そ、同窓会。俺らが一箇所に集まる機会なんて、そう滅多にあるもんじゃないだろ?
 そこで俺! 【草薙カッツバルゲルズ】の宴会部長ことホークアイが
 一計を案じて同窓会の幹事を買って出たってワケさ!」
「何が幹事だ。事前の連絡も打ち合わせもナシの無責任野郎がよく言うぜ。
 長旅で疲れてんだぞ、こっちは。休む間もなく引っ張りやがって………」
「だーかーら! 同窓会なんじゃんか。疲れを癒すクスリは、睡眠だけじゃないんだぜ?
 カリカリしないで楽しめって」


確かに【草薙カッツバルゲルズ】のメンバーがこうして一堂に会するのは解散式以来になる。
あの日以来、一人ひとりがそれぞれの進路に邁進し、今ある現実に精一杯立ち向かっていた。
精一杯。そう精一杯に生きるしかない日々は、再会の機会すら与えてくれないほど慌しいものだった。
もちろん【モバイル】を通じての通話やメールのやり取りは欠かしていなかったので疎遠にはならなかったが、
それでも実際に会って話すのとではまるで違う。
宴会部長の面目躍如と言ったところか。こうして皆が顔を付き合わせる事自体が奇跡に思える同窓会だった。


「お、紅茶だけじゃなくて酒も用意してあるじゃねーか。
 さっすが親子二代の付き合い。解ってるぜ、ルカのおババ様」
「―――な、ちょっ、兄貴までっ!?」


最後に【草薙カッツバルゲルズ】へ参加したエリオットも、
背中を預けた仲間たちと久闊を叙すのは吝かでは無かったが、それも全て平時の場合に限って、だ。
明後日にも【官軍】は決戦場へ向けて出陣する。天下分け目の決戦が間際まで迫っているのだ。
しかも、敵対する【賊軍】には実の姉であるリースを人質に取られた状況でウフフアハハと談笑なで出来るものか。


「なんでそんなに余裕で構えてられるのさ? 心配じゃないのかよ、姉様の事!?
 つか順応早過ぎない!? いかにもイヤイヤ連れてこられたみたいな顔してたじゃん、今の今まで!」
「さっきも説明したじゃねぇか。向こうに潜り込んだスパイが随いてんだ。
 いざって時に逃がす算段もついてるとくれば、何も心配する事は無ぇ。
 最悪の事態は免れるだろうよ」
「それはそうだけどっ! でも、だからってリラックスし過ぎじゃねーのか!?
 腑抜けてちゃ勝てるもんも勝てなくなるぞ。向こうは死に物狂いで来るんだしッ!!」
「そう言うお前はどうなんだ?」
「………何が?」
「ガチガチに緊張しちまってる今のお前が、“死に物狂い”ってのを切り抜けられるのか?」
「………………………」
「焦る気持ちも解る。俺だってカミさんを盾に取られてんだからな。
 だがよ、精神コンディションを整えられねぇ軟弱な弟子を持った覚えは無ぇぜ」


それだけに、少しの気負いも無くバーボンを煽るデュランの余裕ぶりがどうしても見過ごせず、
溜まりかねて噛み付いたエリオットだったが、相手は師匠。やはり一枚上手だった様だ。
タンブラーを傾ける右手でもって指差され、鋭角に核心を突かれては何も言い返せない。

確かにエリオットは焦っていた。
自分の不手際から――誰もエリオットのせいとは思っていないが、彼自身はそう考えている――リースを
敵に奪われた汚名を必ずやこの一戦で返上しようとする気負い、
かつて【草薙カッツバルゲルズ】の同朋として背中を預け合ったにも関らず、【官軍】勝利を導く生贄として
リースを敵へ売ったランディへの怒り………多くの要因がエリオットを苦しめ、焦燥へ駆り立てている。

そんな精神状態で満足に戦えるのか、汚名返上が出来るのかとデュランは指摘していた。
エリオットとて今や一流の剣士。自分の技量がメンタル面のコンディションによって
どの程度左右されるのか冷静に把握できる洞察力を備えている。
焦りが生む油断、気負いが生む攻撃の画一化、怒りに染まれば視野も狭窄するだろう。
実力の半分も発揮できないに違いない―――冷静に判断できるだけの技量を備えているからこそ、
核心を突かれたエリオットは反論の言葉を失ったのだ。

しかもエリオットはデュランの側近として兵に指示を下す立場にある。
判断を誤れば大勢の命を無駄に散らせ、戦局すら劣勢に追い込みかねない。
誰よりもメンタル面を万全にしておく必要があった。


「………だとしてらボクは破門だな。こんなに焦ってちゃ真っ先にやられちまう」
「そこまで分析できりゃ上出来だ。だから―――」
「―――だから、その焦りはここで解消しちまえって話さ。
 お前、ちゃんとメシは食ってんの? 腹減ってりゃストレスも溜まるもんだぜ」
「てめ、ホーク! 俺の株を奪うんじゃねぇッ!! 折角師匠として渋くシメようとしてたのに………」
「しょせんあんたしゃんのじつりきじゃ、やくにたりてないってことでちよ。
 なにがしぶく、でちか。あごひげはやしただけでいぶしぎんになれるんなら
 よのなか、せんにんであふれかえってるでち。おこがましいわ、このへなちんがっ!」
「リースの事はお姉様に任せなさいって。身の安全はバッチシ保証するからさ!
 焦らず、どもらず、君は君の出来る事をやればいいの」
「………明日は雨だな、ブライアン」
「いや、槍だ、槍が降るぞ。アンジェラがまともな事を言うのは天変地異の前触れだ」
「そんな事、無いよ。アンジェラ、いつも、すごく、いい事、言ってくれるもん。
 今日だって、アンジェラがいなくちゃ、オイラたち、ホントに、師匠と、ケンカしてたかも、しれないし!」
「いや、あれは多分、この秘書ズが書いた台本通りなんじゃないの?
 アンジェラの姉ちゃんの講演会に呼ばれた事があるけど、講演会っつーよりはアイドルのコンサートだったぜ。
 歌って踊る政治討論会なんて、オイラ、後にも先にもアレだけだ。
 ―――ほれ、頷いてんじゃん、秘書ズ」
「大丈V! 実際に動くのはコイツじゃなくて工作員の皆様なんだからさ!
 いくら神輿がヘボでも担ぎ手が優秀なら何とかなるってもんでしょ。
 それにホラ、まかり間違ってアレな事になっちゃったら、ワタシの権限でイイ感じに事後処理しとくからさ。
 ………まあ、せいぜい女神の祝福やら何やらで華々しくお葬式を演出してあげるくらいだけどね」
「ボソッと何物騒なコト言うてんねん! まるでフォローになってへんわッ!!」


ただでさえ騒がしい【草薙カッツバルゲルズ】の面子がゾロゾロと集まって、静かなまま済むわけがない。
デュランとエリオットのシリアスなやり取りを一気に脇へと押し退けて、たちまち同窓会は酣。
あーでもないこーでもないと至る場所で大騒ぎが始まった。


「ほら、エリオットクン」
「一旦参加しちまったからには、どうせ今夜は徹夜覚悟なんです。
 だったら呑まなきゃ損ですぜ、エリオットの坊ちゃん?」
「オウさッ!!」
「ボクは別に………」
「酒に頼るのはみっともない男のする事じゃが、酒で気分をリフレッシュさせるのは賢い男のする事よ。
 騙されたと思って試してみぬか?」


仏頂面して固辞しようにも、ウェンディ、ビル&ベン、ルサ・ルカの4人にズズーッと迫られ、
とうとう進退窮まったエリオット。
こうなるともう観念して紅茶の注がれたティーカップか、アルコールの注がれたタンブラーのどちらかを受け取るしかない。






(………ええい、ままよッ!!)






どうせ呑まざるを得ないのなら、酒を煽らずにやっていられるものか。
ルサ・ルカに突き出されたロックのバーボンを半ばヤケクソ気味に受け取ると、これまた捨て鉢気味に一気呑み。
アルコール度数の高い酒を一息に煽ったエリオットは、焼けた喉がヒリつく痛みも一緒に苛立ち紛れで飲み下した。


「お♪ いい呑みッぷりじゃねーの。男の子はそうでなくっちゃダメだなぁ♪」
「うるせぇ、ヘタレッ!! オレンジジュースしか飲んでないお前は黙ってろッ!!」


【草薙カッツバルゲルズ】が初めて経験した合戦、【アビス事変】の折にも
盟友の一人、マサル・フランカー・タカマガハラが鍋パーティーを開き、今度の同窓会の様に大騒ぎをした事を思い出す。
もしかしたら、天下分け目の決戦を直前に控えた仲間たちの緊張を看破したホークアイが、マサルのそれを模倣し、
皆の気負いを解き解そうと考えたのかもしれない。
そういう男なのだ、ホークアイとは。ヘタレを演じている様でちゃんと仲間たちの状況を観察し、
臨機応変にフォローできる彼がいたから、【草薙カッツバルゲルズ】はチームとして成立していたのだ。
奇跡の同窓会も、あながち推察でなく、仲間に対するホークアイなりのフォローに思えた。

何も変わらない笑顔、何も変わらない絆。それは、膠着した心の緊張を解き解してくれる最高の薬ではないだろうか。
その証拠に、ほら、文句を垂れていたエリオットも、たちどころに笑顔を取り戻している。
大騒ぎから数多くの勇気を生んできた【草薙カッツバルゲルズ】の精神は不滅だった。


………あの時、今のエリオットの様にただ一人反発した自立心の強い顔は、もうこの場にはいないのだけど―――――――――






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