先鋒に続いて出撃したデュラン隊は【ナバール魁盗団】の協力もあって出だしこそ好調だったものの、
やはり統率の行き届いたレオ隊の壁は固く、激闘する事およそ3時間、進撃に行き詰まっていた。
【魔導アーマー】と呼ばれる主力兵器さえ無力化させれば、歩兵部隊の戦意は大幅に殺ぎ落とされ、
後は勢いで押し切れると読んだデュランの考えは甘かった。
ビルが得意とするトラップで足元を崩落させる、機械の駆動部に不具合を発生させる【エランヴィタール】の特性で動きを止める、
鋼を編みこんだワイヤーで両足を締め上げ、それを騎馬に引かせて横転させるといった奇策を弄して
全ての【魔導アーマー】を無力化させる事に成功したのも束の間、それが罠だった事に気付き、デュラン隊は瞠目した。
「1対3ではどうやっても組み伏せられるッ!! 散り散りになるなッ!! 各隊固まって押し退けろッ!!」
【魔導アーマー】へ集中を向け過ぎた為に歩兵部隊への注意が散漫となり、気付いた時には2,500の兵力は
完全に分断されてしまっていた。
レオの講じた戦略は至ってシンプルだ。1騎に対して3人がかりで攻めかかり、機動力が自慢の身動きを封じてしまう。
これは高い機動力を奪うだけでなく、3人で1人を包囲する事によって各人を孤立させ、連携をも断ち切る追加効果があった。
4倍近い兵力を物量的な力押しに用いるでなく、合理的に動かす術を識る百戦錬磨のレオならでは。
デュラン隊の勢いを大きく減退させたこの作戦は、シンプルながらも抜群の成果と言える。
第1陣にデュラン、エリオット、ウェンディと【火】隊及び【山】隊、第2陣に【林】隊、
最後尾の第3陣に魔法攻撃主体の【風】隊という三段構えで臨んだ陣形は悉く乱された。
(それにしても………―――――――――)
それにしても、と感心してしまうのはレオのクレバーな戦い方だ。
本来であれば主力兵器となる筈の【魔導アーマー】を囮に使うとは、何とも大胆不敵である。
いつまで待つべきか、どこで攻めるべきか、剃刀の様に鋭い洞察力で見極め、いざ攻勢に回れば鉈の様な剛さで斬り込む。
対面で話した事は無かったが、おそらくホークアイと同等か、もしかするとそれ以上に頭の回転が速い男なのだろう。
攻守の機転を見極める明晰さ、合理的な攻撃の為ならば惜しむべき主力をも切り捨てる大胆さ。
これは、只者では無い。追い縋る歩兵を跳ね除けながら、デュランは密かに感嘆の思いを馳せていた。
「どうするよ、デュラン!? 前門の虎、後門の狼だぜ、こりゃッ!!」
「数が何だってんだッ!! 俺たちが数に屈した事が一度でもあったかッ!?
【アビス事変】はどうだ? 【ローラント聖戦】は? ほれ見ろ、全部に勝ってるだろッ!!
しかも、今日は一騎当千の【ローラント】と【ナバール魁盗団】が揃ってんだッ!! そう簡単に潰れるかよッ!!」
二挺拳銃を巧みに操るホークアイは、かつて得物にしていたクナイと同じく正確無比にレオ隊を狙撃していくが、
倒しても倒しても3人一組で攻めかかられ、牛歩を踏む事さえ出来ずにいる。
それはデュランにしても同じ事で、一度疾走させれば千里を軽々と駆け抜ける【ドラゴンバスター】の自慢の足が
まるで発揮されない状況に陥っていた。
繰り返すが、激闘する事3時間、デュラン隊の進撃は完全に息詰まっているのだ。
「エリオットクンッ、前に出過ぎだよッ!! 矢弾の的になるつもりッ!?」
「当たる弾ならどこにいたって当たるんだよッ!! 前も後ろもあるかってんだッ!!
行き詰まりをブチ破るには根性据えるしか無ぇッ!!」
「エリオットが良い事言ったぜッ!! おう、【火】隊の野郎ども、聴いたなッ!?
ド根性だぜ、ド根性ッ!! こう言う時に発揮しねぇで何が火事場のクソ力だッ!!
真っ赤に燃えて燃えまくれえええええええええぇぇぇぇぇぇッ!!」
「暑苦しいわねッ、どこにいてもッ!! イヤでも安否が確認できて何よりだわッ!!」
「それは貴女も同じですよ、リザ。あまり金切り声を上げられては、貴女も良い的になります」
「冷静にツッコミを入れてる場合かッ!! お前の部隊が一番押されてるだろうがッ!!
―――クソッ! 【山】隊の誰でも良いッ!! 可能な限りで良いから【風】隊の支援に向かえッ!!」
エリオットもウェンディも各隊の長も全身全霊を傾けて戦い続けているものの、活路は遅々として拓かれない。
「なんでぇ畜生ッ!! 戦局が乱れてきた時こそ、俺の出番でィッ!! 落とし穴にワイヤー仕掛けッ!!
何でもござれのトラップ使いに死角があると思うなよッ!!」
「オウさッ!!!!!!」
「ただの義賊と侮ってくれるな、宿敵(とも)よ…ッ!!
我ら【ニンジャシーフ】の底は知れぬのだからなッ!!」
ビルのトラップが、ベンの斬馬刀が、イーグルの巨大手裏剣【夢影哭赦】が荒れ狂い、
やや勢いを盛り返しそうになったが、やはり一度後退した勢いは易々と回復できるものではなく、
一瞬の花火は、覆い被さる8,000の兵力に揉み消されていった。
(陽が高ぇ………ッ!! もうじき昼ッ!! ………【バレンヌ】が来るッ!! ―――短期決着はもう狙えねぇかッ!!)
先ほど垣間見た西方でも、先鋒のアルベルト隊がドリスコル隊を相手に苦戦を強いられ、一進一退を繰り返していた。
各隊それぞれが任された持ち場で精一杯に戦っているのだが、予想を越える【賊軍】の抗戦の凄まじさに
立ち往生を余儀なくされるのが現状だ。
【バレンヌ】150,000の増援が入り来る前に決着をつけなくてはならない【官軍】と
増援が到着するまで持ちこたえなくてはならない【賊軍】。
どこまでも因果な話だ。本戦へ至ってもなお、両軍は【バレンヌ】という超大国を挟んで攻防していた。
「お、おい、デュラン、アレって………ッ!!」
「………あれは、まさか―――――――――」
依然として苦戦しているのかと不意に西方へ眼を向けたその時だった。
同じ様にアルベルト隊の様子を伺おうとしたホークアイと共に、デュランはそこに信じられないものを見た。
「先鋒の部隊………ッ!! にゃろう、あの優男ッ!! いつでもどこでも人を食ったマネしてくれるぜッ!!
いつの間に【ザーフトラ】を退けやがったんだッ!!」
「いや、待て!! あれはスクラマサクスの部隊だけじゃねぇぞッ!! あれは―――――――――」
ドリスコル隊を相手にジリジリと膠着していたアルベルト隊がついに【賊軍】先鋒を打ち破り、
その矛先をレオ隊に変えて、轟然、こちらに駆け込んで来ているのだ。
死闘によって数多くの死傷者が出てしまった模様だが、【フィガロ】の軍勢を合わせ、総勢10,000騎は残存していた。
しかも、だ。アルベルト隊の脇には、【フィガロ】ではない全く別の部隊まで追従している。
【アルテナ】の徽章を象った旗を翻した一群は数にして7,000騎。先頭に立って馬を走らせているのは――――――
「まだまだ先が長いってのにこんなトコで道草なんて、余裕ねぇ、アンタらッ!!
あんまりウダウダやってるから、アタシ自ら出張ってきてあげたわよッ!!」
「俺たちが手を貸してやるんだ。無様な勝ち方は許さんぞ?
【ガストラ】だろうが何だろうが、一挙に打ち破れッ!!」
「お待たせしました、デュランさん、ホークさんッ!! これにて形勢逆転ですッ!!」
――――――赤揃えの甲冑に身を包んだ三人。
【アルテナ】が誇る次世代の英雄たち(自称)こと、アンジェラ・ブライアン・ヴィクターのトリオだった。
†
【ファーレンハイト】の作戦会議室に布かれた【賊軍】の本営では、
総大将のパルパレオスを始めとする後詰の諸侯が中央に設けられたモニターへ食い入る様に見入っていた。
【バハムートラグーン】の大合戦を映し出すモニターだ…が、
ドリスコルの部隊を掃討した【アルテナ】と【フィガロ】の混成部隊17,000騎がレオ隊に横っ腹へ突っ込む瞬間には、
さしものパルパレオスもきつく眼を瞑った。
いかにレオが歴戦の勇者であろうとも、17,000と8,000の兵力差では勝敗は厳しい。
彼に友情を抱くパルパレオスには苦渋以外の何物でもないが、戦況がここに至った以上、
レオの役目は【バレンヌ】の増援が耐え凌ぐ事のみである。おそらくはレオ自身もそれを察し、
ここから先は攻勢でなく“時間稼ぎ”の防戦へ回るだろう。
気高い軍人である彼の心境を思うと、パルパレオスはやりきれなかった。
「―――ドリスコル様、お戻りでございますッ!!」
―――と、そこへ力闘虚しく敗走させられたドリスコル帰還の報告が入り、【賊軍】諸侯は一斉に立ち上がった。
「………恥を偲んで………帰還した………先鋒を仰せつかりながら………謝罪の言葉も………無い………」
伝令と入れ替わりで本営に戻ってきたドリスコルは満身創痍。
血だらけの頬には微塵も表情が浮かんでおらず、疲れ果てて生気を感じさせなかった。
「よくぞ………よくぞ生きて戻られた………っ!」
声を掛けたパルパレオスに続き、諸侯総出でドリスコルを取り囲んで傷だらけになった彼を身を案じ、激闘の疲れを労う。
敗走を責める非難が叩きつけられる事は一度とて無かった。
【社会】の正義を掲げる【官軍】が【ジェマの騎士】による恐怖統制と成り果てているのに対して、
反逆者との罵りを受ける【賊軍】陣営の方が横の繋がり、人の縁や信頼を大切にしているとはなんと皮肉な事だろう。
“正義の味方”とは慈しむ心を持って然るべきである。では、人心を捨てて血肉を喰らう【ジェマの騎士】とは何なのか………。
「【アルテナ】の王女め………、敵としておくには惜しい人物だぞ、パルパレオス殿………。
日和見を気取って前にも出ない臆病者かと思えば、この電撃的な一突き………完全にしてやられた………ッ!」
諸侯が歯噛みして見入るモニターの向こう側では、デュラン隊を含めた23,000の軍勢に入れ代わり立ち代り攻め立てられ、
見る間に形勢を崩すレオ隊の防戦が投射されている。
当初、アンジェラ直々に率いる【アルテナ】本隊は中衛に陣取って様子見を決め込む構図となっていた。
なにしろアンジェラは未来の【モラルリーダー】、【アルテナ】の第一王位継承者である。
そんな人間が戦場へ赴いている事さえ由々しき事態であって、まして会戦するなど持っての他。
王女という立場からして、安全圏で高みの見物を決め込むものと誰もが考えていた。
本隊7,000騎は局地戦の膠着を覆すに足る十分な戦力だが、誰も彼女が最前線に押し出すなど想定していなかったのだ。
(………【草薙カッツバルゲルズ】より輩出されたるは、一人とて漏れず英傑か………。
母御に年端が足らぬとは言え、さすが【アルテナ】の名を持った者………大した化け方だ。
若輩と侮らず、先に叩いておくべきだったな………)
しかし、アンジェラは動いた。先鋒の戦況が膠着し、敵も味方も正面だけに気を取られて周囲への注意が薄まった瞬間を見逃さず、
一番脆い横から7,000の部隊を叩きつけ、見事に埒を開けた。
ブライアンとヴィクターの助言があってこそ戦況を見極められたのだろうが、攻撃の決断を下したのは、誰であろうアンジェラ本人。
並みの男以上に豪胆とパルパレオスならずとも溜め息を吐いてしまう鮮やかな逆転劇だった。
「それにしても分からんッ!! 【アルマムーン】は何を悠長に構えておるのだッ!?
【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】と向き合って何時間も経つと言うのに申し訳程度の反撃のみとはッ!!
かの国の召喚術を持ってすれば、獣人など踏み潰すのも容易かろうにッ!!」
「【ロアーヌ】の小僧ッ子………!! ミカエルなどは中衛に布陣したまま動きもせんッ!!
レオ殿の助っ人にでも駆け出すかと思えば………よもや、内応でもしておるのではッ!?」
「待たれよ、方々、鎮まれよ」
「しかし、パルパレオス殿………」
「【バレンヌ】が加勢へ馳せ参じるまで、まだいささかの時間を要します。
【アルマムーン】も【ロアーヌ】も、ジェラール公の到着を決戦の機と睨んで戦力を温存しておいでなのでしょう」
「む、う………」
「猜疑心は団結に亀裂を走らせましょう………我らは、我らの同朋を信じ抜くのみでございます。
そうでなくては、勝てる戦も落としますぞ」
「パルパレオス殿がそう申されるのであれば………」
そうだ、間違いなく勝てる。勝てるのだ。あと1時間もしない内に【バレンヌ】が到着し、大軍でもって挟み撃ちに出来る。
その時こそ勝利の時、新たな世の中が開闢を迎えるのである。
(………勝てる―――――――――のだろうな………我らは………………)
しかし、胸に差し込む言い知れない不安は徐々に、着実に渦巻く威力を強めている。
【獣王義由群(ビーストフリーダム)】と睨み合った【アルマムーン】は、得意の召喚獣こそ具現化させているものの、
もっぱら防護の盾に用いており、攻める意欲が見られない。
将軍の一人が床を蹴って非難した【ロアーヌ】に至っては何を考えているのか動く気配すら無く、
比較的レオ隊の近くに布陣しながら、彼の危機へ反応もせずに沈黙を守ったままなのだ。
【ガストラ】が敗れれば、これはどう言う事だ? まさか本当に裏切りを意図していると言うのか?
(足元が少しずつ崩れている………いや、信じたくは無いが、しかし、これは………あの者らの動きは………)
息巻く諸侯を諌める為に「信じろ」と強く言い切ったパルパレオスだったが、
【アルマムーン】と【ロアーヌ】の不穏当を見るにつけ、本心では疑心暗鬼が育まれつつあった。
「―――今こそ総攻撃の時ですわッ!! 全軍に下知して一ひねりに潰せば良いのですっ!
ドーンッとっ! グッチャグチャとっ!!」
にわかに憂色が強まり始めた本営へ場違いにも程がある素っ頓狂な声が響き、皆が皆、閉口する。
明るく物騒な発言の上がった作戦司令室の入り口では、パルパレオスの妻―――ヨヨが拳を握り締めつつ興奮した様子で立っていた。
無理やり引き摺られてきたのだろう、当惑に表情を乱したリースの姿もある。
いつもいつも破綻した放言ばかりをする妻だけならいざ知らず、人質まで本営に入ってきたとあっては
パルパレオスも捨て置くわけに行かない。
慌ててリースへ一礼すると、怪訝そうな諸侯の視線を背中に浴びながら二人の退室へ乗り出した。
「ここは女が立ち入る様な場所では無い。直ちに出て行きなさい」
「私はそのつもりなのですけど………」
「まぁ♪ まぁ♪ ドリスコル将軍ともあろう御方がどうなされたと言うのですか?
武勇に秀でた貴方様なら、野猿如きに遅れは取りますまいに♪」
「ヨヨッ!!」
物騒な発言を噴いたかと思えば、今度は部下に支えられなければ立っている事さえ難しいドリスコルの手傷を揶揄し始めるヨヨ。
天真爛漫、天然ボケ………空気を読めない人間を形容する言葉は世に数あれど、
この愚か者に付ける形容詞は【イシュタリアス】中のどの事典を捲っても見つかりそうに無い。
頭がどうかしているんじゃないかと思えるヨヨの無神経は、見ていて殺意すら覚えた。
温厚なリースが心の底から軽蔑を吐き捨てただけの事はある。
「私は懸命に戦われている皆さんを応援にやってきただけよ。
現に、ほら、見て、サスァ。私が来ただけで湿っぽかった空気が変ったでしょ?」
空気が変ったのではない、凍りついただけだ―――誰かが低く呻いたが、当然、ヨヨの耳には届いていない。
ヒラヒラとしたフリルが過剰なまでに多く、悪趣味な飾り物と化したドレスを翻し、なおも夫に言い募る。
「今こそ総攻撃よっ!! 【ファーレンハイト】に残った後詰の兵士も繰り出して挟み撃ちにすべしっ!!。
どう? 私、そこいらの軍師よりも頭が冴えてるでしょ? サスァが撃って出れば全軍の士気も爆発するわっ♪」
「――――――口を挟むなァッ!!」
自分の提案が受け入れられると心の底から信じ、陶酔に瞳を潤ませていたヨヨの言行は目に余り、
とうとうパルパレオスが激しい叱声を浴びせ掛けた。
夫婦としてヨヨの気性を理解するパルパレオスだ。怒号一喝でもって愚かが過ぎる妻を黙らせた。
「………【ファーレンハイト】には【グランベロス】から従ってきた兵たちの家族も乗艦している。
ここで後詰の兵団まで動かし、【ファーレンハイト】を丸裸にしてしまったら、
万一【官軍】が攻め入って来た時に家族を誰が守るんだ?
お前が焦るのは解る。だが、ここは堪えてくれ、ヨヨ………」
「………………………」
「お前は私の自慢の妻だ。だから、な? 分かるな?」
「………………………」
怒鳴りつけられたショックから俯いてしまったヨヨを、世話役の立場がすっかり逆転したリースへ託し、
彼女に「迷惑を掛けて申し訳ない」と目配せしたパルパレオスは、二人にそっと退室を促した。
(【バレンヌ】が来なければ総攻撃の命令も下せないくせに………愚鈍が………ッ!!)
常識の底を抜いて明るい普段よりもずっとしおらしくしていたから、パルパレオスは妻が自分の失言を反省したものと勝手に考えていた。
だからこそ見抜けなかったのだ、ヨヨの醜い心の奥底を。濁った瞳で諸侯を、夫を嘲笑う傲慢な真意を。
ドロドロとした内面へ黒い炎を熾したヨヨと、溜め息しか出ないリースの二人を見送ったパルパレオスは、
諸侯に、ドリスコルに深々と謝罪の一礼をし、改めて【モニター】へ向き直った。
――――――【ガストラ】、苦戦。【アルマムーン】、攻撃の意志を見せずに防戦。【ロアーヌ】、未だ動かず。
その他の軍勢も概ねこの三種類のいずれかに準拠しており、死に物狂いで戦う者と亀の様に守りをきつく固める者との温度差は著しい。
(………序盤から中盤にかけて戦力を温存し、【バレンヌ】到着後の最終局面に期しているのか―――あるいは………)
最大の援軍たる【バレンヌ】到着を前にして、【賊軍】の足並みには不穏な雲が垂れ込め始めていた………………………。
†
【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】と言えば獣人特有の格闘術を主体とした徒手空拳の部隊という認識が
未だに広く流布されているが、【ローラント聖戦】を終えてからと言うもの、その体制はガラリと様変わりしていた。
【ローラント聖戦】にて速射性・命中精度・殺傷力の三本柱を見せつけたライフルや携行式バズーカへ
次世代の主力兵器たる匂いを嗅ぎつけた先代【獣人王】が重火器を採用し、
以降、訓練に訓練を重ねた結果、【イシュタリアス】でも稀有の銃砲部隊に昇華されたのである。
今となっては銃器を用いない白兵戦やゲリラ戦でしか格闘術を目にする機会が見つからないくらいだ。
総勢30,000もの部隊が寸分も狙いを外さず一斉射撃する様は、徒手空拳主体の頃の彼らしか知らない人間には違和感が強いものの、
間違いなく【官軍】でも最強クラスの戦闘力を放っていた。
「ねえ、カール、ポポイ、これ、どう思う? オイラたち、バカに、されてるのかな?
それとも、援軍が、到着するの、待ってる、つもりか?」
「判断に苦しむところやで………。順当に考えるなら【バレンヌ】が追っ付けやって来るんを待って
威力攻撃に出るっちゅうんやろうけど、どうもそんな気がせぇへんな」
「こっちの弾が切れるのを待ってる―――わけ無いよな。なんつったって大戦なんだから、
しこたま弾倉担いで来てんのもお見通しだろうし。単純にやる気が無いんか?」
「ほしたら余計にわからんわ! 聴けば、向こうの大臣………確か………セバスチャンやったか?
そのセバスなんちゃら、『【官軍】ぶっ潰すッ!!』言うて、どえらい剣幕やったそうな」
「じゃあ、やっぱり戦力の温存か? オイラたちを相手に、また、効率悪い戦法を選んだもんだねぇ」
「………うん、だから、オイラも、わかんないんだ。
温存するなら、温存するで、多少は、応戦しないと、攻めに、回った時、押し出す軍勢、全滅してる可能性も、ある。
そんな、リスクの高い、作戦、わざわざ、選ぶの、オイラ、信じられないよ。
これじゃ、まるで、白旗を、揚げられてる、感じだ」
最強クラスと認定されたからこそ、【賊軍】側で同等の評価をされている【アルマムーン】勢との交戦区域に
配備された【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】だったのだが、守りを固めるばかりで一向に攻めて来ない
彼らの呑気な戦い方にすっかり気勢を削がれてしまっていた。
拍子抜けした指がトリガーを引く事を躊躇う程、【アルマムーン】は何も仕掛けて来なかった。
これまでさんざん苛烈な戦場を潜り抜けてきたケヴィンやカール、ポポイにとって、“何もしない”敵と言うのは初めてで、
二人と一匹、顔を見合わせて困惑するばかりである。
「………駄目だ、連中の意図がまるで読めん。護りを召喚獣に任せて弁当を広げ始めたぞ」
敵方の様子を諜報する為に【アルマムーン】の陣営深くまで攻め入っていたルガーが
ケヴィンたちの下へ戻ったのは、丁度二人と一匹が顔を見合わせた時だった。
「弁当ォ!? 弁当って、あの弁当か!? メシの方のッ!?
ルガーっちの見間違えじゃなくて?」
「貴様はベントウという言葉に他に心当たりがあるのか?」
「なんや言うてもここは戦場のド真ん中やで。しかもワイらは【獣王義由群(ビーストフリーダム)】や。
そんな土壇場でメシ喰う準備たぁ、頭がイッたか、肝が据わっとるかのどっちかやな」
「………勝負を、捨てるには、まだ、あいつら、全然、戦ってない、余力は、十分だ、なのに………」
「罠やないか? メシ食うフリだけして油断を誘うっちゅう」
「罠であったら、俺とてこんなに頭は捻らん。奴ら、見せ掛けでなく、本当に飯の支度をしているのだ。
具足一式を外して寛ぐ者もいた。戦場で酒をかっくらう兵士を、俺は生まれて初めてみた」
「うぇッ、血の匂いが蔓延してるトコで酒かよ………それ、引くなぁ。
やっぱ頭のネジが飛んだセンで当たりじゃね? ここで酒盛りなんて、オイラは絶対真似できないもんよ」
異世界より召喚せしめた石の巨人【ゴーレム】に銃撃の盾を任せたきり反撃しないばかりか、昼食の準備と来たものだ。
石の巨体の向こう側では飯炊きの白い煙まで上がっている。
あまりと言えばあまりの奇行に、誰も彼も頭がおかしくなったとしか思えない。
今まさに総攻撃を繰り出されれば全滅は必定なのだ。腐りきった油断を見せ付ける【アルマムーン】の真意は
頭脳派のカールをもってしても計り兼ねた。
(………これは、まさか、オイラたちへの、メッセージ、なのか………?)
【アルマムーン】の奇々怪々についてカールたちが醸す物議を耳に入れながら、ケヴィンは別な考えを閃かせていた。
(油断を、見せ付けるのが、罠でなく、戦闘の意思が、無いって言う、向こうからの、メッセージだったら………)
敵中を観察してきたルガーが言うには【アルマムーン】の中には酒を呑む者まで出ていると言う。
食事の準備だけなら、カールが具申した様に油断を誘う罠とも考えられるが、前後不覚をもたらすアルコールまで入っているとなると、
戦闘放棄以外の何者でも無い。
これが、もし、もしもだ。戦意が無い者へ危害を加える事を良しとしない【義】の一団への“白旗”だったとしたなら、話は全く変わってくる。
【官軍】への寝返りを暗に表明する意図的な酒宴だとするなら………………………。
「カール、中衛の様子は、どう?」
「ん? お、おお。ワイらの後ろに陣を構えた【ガルディア】勢、ちゃんと持ち場についとるで」
「ルガー、もう一回、確認するけど、酔いどれの兵士まで、いたんだよね?」
「銃器に頼って幾数年経たが、獣人の超感覚は衰えてはおらんよ。眼力にも自信がある」
「………ケヴィン、何か決めたな?」
「ポポイ、急いで、全軍に、伝令を、走らせて。
―――【獣王義由群(ビーストフリーダム)】は、これより、【ファーレンハイト】を、直接、攻めるッ!!」
「ア、【アルマムーン】はどうすんだよ!?」
「バカなッ!! 敵前にありながら陣所を打ち捨て前に押し出すのか!?」
「………捨て置く言うんか、【アルマムーン】を………」
驚くべき号令に目を丸くした二人を差し置き、カールがケヴィンに真意を確認する。ケヴィン、決意と闘志の満ちた面持ちで静かに頷く。
【ファーレンハイト】への道を遮断する位置に陣を構えた【アルマムーン】は、敵中突破を狙う【獣王義由群(ビーストフリーダム)】にとって
目の上のタンコブ、邪魔な壁でしかない。
だが、これを黙殺し、やり過ごす事が出来れば、後は名も知らぬ小国の軍勢が進路を妨げるのみ。
力押しで【ファーレンハイト】まで辿り着くのも夢ではなくなる。
「【アルマムーン】は、最早、戦意を、無くしている。戦う気が、無い敵を、討つのは、【義】にもとる。
よって、我ら、【獣王義由群(ビーストフリーダム)】は、【アルマムーン】の脇を抜け、【賊軍】の喉笛へ、噛み付くッ!!」
「副長として承服兼ねるぞ、ケヴィン。リスクがあまりに高過ぎる」
「オイラもルガーっちに賛成だ。戦うつもりが無いなら」
「悠長に、していられる、余裕は、無い―――」
夢ではなくなるが、これは同時に危険な賭けだ。
それもその筈、【アルマムーン】勢の側面を駆け抜けていくのだから、横っ腹から槍を入れられでもすれば、たちまち全軍総崩れになる。
本当に戦闘放棄を意図しているのか、果たして罠か。ある意味において、伸るか反るかの賭けだった。
「―――【バレンヌ】の足音が、耳に入る前に、オイラたちが、成すべき事は、指をくわえている事じゃ、無いッ!!
オイラたちの、全力を、傾けて、戦勝への、流れを、作るんだッ!!」
先鋒部隊が予想以上の苦戦を強いられて間誤付き、大幅に時間をロスしてしまっている以上、
自分たち【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】にて埒を開け、目前まで迫る【バレンヌ】到着より先に大勢を決するより他に
天下分け目を勝ち残る手立ては無い。そう、やるしかないのだ。
「【獣王義由群(ビーストフリーダム)】大将、【獣人王】の名において、命ずるッ!!
ポポイ、カール、両名は、直ちに全軍へ、【ファーレンハイト】突撃の、指示を通達ッ!! 30分後に、攻略戦を、開始するッ!!
それに先立って、ルガーは、【ガルディア】へ伝令ッ!!
【獣王義由群(ビーストフリーダム)】が、【ファーレンハイト】へ、押し出した後、
【アルマムーン】の抑えを、引き受けられたし、とッ!!」
危険と承知で賭けに挑む決意を固めたケヴィン―――いや、二代【獣人王】から、若く拙いながらも気高く強い覇気が溢れ出す。
二分の一の確率に期する天運をも掌握できるものと思わせてくれる王者の風格は、初代【獣人王】に勝るとも劣らず、
【獣王義由群(ビーストフリーダム)】の進退を案じて懸念を示したポポイとルガーですら「御意」と承服せしめる威厳を放っていた。
力で押さえつけられたのではない。ケヴィンなら、危険な賭けであろうと物に出来る―――勝てる、と確信したからこそ、
ポポイとルガーも平伏して従う決心に通じたのである。
「戦闘放棄とは言え、敵方随一の軍勢を任されるんだ。
【ガルディア】側が素直に受け入れてくれるかが難題だな………何と言って説得する?」
「――――――勝つ。ただ、それだけで、いいよ」
「………御意ッ!!」
奇しくもアンジェラ率いる【アルテナ】本隊がアルベルト隊の援軍へ入り、ドリスコル隊を打ち破ったのとほぼ同時刻。
これより30分後、【獣王義由群(ビーストフリーダム)】30,000騎は【ファーレンハイト】へ向けて特攻を仕掛けるが、
最後まで【アルマムーン】から卑怯な討手が繰り出される事は無かった。
――――――太陽が天に高く昇り切った頃、『天下分け目の決戦』は中盤へ………戦況を決する重大な局面へ差し掛かろうとしていた。
←BACK 【本編TOPへ】 NEXT→