3.Urban Explorer

そうこうしている間に、行きとは異なる航路をたどって、船はテーヴィスデルタと呼ばれる港町に到着した。
次の目的地を決める事無くここに至ったアルフレッドたちは佐志での疲れを癒すべく、しばらくここに留まることにした。
宿の部屋でのんびりしたり、たまに外出などしては当てもなく散歩したりと、
これまでの出来事からは嘘のように平和で穏やかな時を過ごしていたアルフレッド。
面白そうな物や気になった物を大喜びで見て回っていたシェインからは、
「まるでホゥリーみたいだ」とからかわれるくらいに、
これまでの悩みを(「努めて」という言葉が付くだろうが)忘れて安穏とした日常を取り戻していた。

「それでさアル兄、これからどうするのさ? ずっとここにいるわけにもいかないんだろ? 
のんびりしているのも良いけどさ、ボーっとしていたらあっという間にオッサンになっちゃうじゃん」
「そうだな、次はどこに行こうか……」

シェインに言われるまでもなく、アルフレッドもいつまでもデーヴィスデルタでゆっくり留まっているつもりは無い。
次の目的地を決める必要があったのだが、どこぞの誰かのように迂闊に怪しい仕事を貰ってきて、
佐志での一件のような目に遭うことは避けたかった。
そんなこんなでさしあたってどこを目指すかを決めかねていたアルフレッドだったが、
そんな時に彼のモバイルに連絡が入った。

「――ラスか。どうかしたのか?」
「久しぶりだな、アル。こういうそっけない所も相変わらずって感じか?
ま、挨拶はこれくらいにして本題を話すけど、もしそっちが暇しているんだったらルナゲイトに来ないか?」
「ルナゲイト? そんな所にいるのか? 何か理由でもあるのか?」
「そんな大げさな事じゃないが、テレビに出演する事になったのさ。しかも生放送で。
それで、せっかくだからアルたちにも収録を見に来てもらったらどうかと思ったわけだ」

ルナゲイトといえばエンディニオンでもっとも栄えている都市と言って間違いは無い。
そしてテレビ番組に出演することとなったニコラスたちがそこへ行くというのは至極当然である。
グリーニャのような田舎町でもきちんとテレビ番組が視聴できるほどに、
テレビのネットワークは、この広大なエンディニオンの殆どをカバーしている。
しかしどういった具合なのか、放送局を備えているのはルナゲイトだけなのだ。
であるから、(生放送の)テレビ番組に出演するのとルナゲイトに行くのは、ほとんど同義といってもよい。

「しかし、テレビに出てどうしようっていうつもりだ? 故郷への帰り道を探していたはずじゃなかったのか?」

それと同時に一つの疑問が起こる。何のためにテレビ番組に出演しようというのか。
ニコラスたちが「迷子」になっているのは今さら言うまでもない。
そんな彼らが帰り道を見つけるためにルナゲイトまで行く必要があるのかと、アルフレッドは不思議に思った。

「いわゆる逆転の発想ってやつさ。
こっちがいくら探しても見つからないっていうのなら、向こうから発見してもらえばいいって事だろ?
テレビ番組の中で、尋ね人を探すコーナーがあるんだ。
それに出て、世界規模でのネットワークでオレたちの現状を語りかければきっと反応があるだろうっていう狙いだ」
「なるほど、闇雲にあちこち歩き回るよりは効果的だな」
「だろう? サムの思いつきでやってみることにしたんだが、運良く出演者の公募に当選したのさ。
あいつもたまには役に立つ、と言うよりはこんな時くらい役に立ってもらわないとな」

アルフレッドが疑問に思うのを見越していたかのように、ニコラスは即座に説明した。
ルナゲイトから発信された番組が、フィガス・テグナーにある彼らの勤め先、アルバトロスカンパニーに届けば、
そうでなくても彼らを知る者がその放送を見ていたならば、
誰かがニコラスたちに向けて何かしらのアクションを起こすはず。
詰めの甘いダイナソーの案にしては悪くは無い、むしろ良い方だとニコラスと同じようにアルフレッドも思った。
それと同時に、この案を思いついた自分を讃えるかのような口調で、
得意満面な表情で語るダイナソーの姿が思い浮かび、少々腹立たしかった。

「そうだな、次にどこへ行くかを考えていたところだったから、皆が賛成してくれるなら俺たちもルナゲイトに行く」
「それは良かった。じゃあ向こうで会えるのを楽しみに待ってるぜ」

ニコラスとの会話を終えると、早速アルフレッドは船上の一同に尋ねてみた。

「テレビの収録? 何でそんな面白そうな事があるって言ってくれなかったんだよ」
「いや、だから今言っただろうが」
「ボク、テレビ局になんて行くの初めてだよ。フィー姉だってそうだろ? 
グリーニャに住んでいたらこんな事は絶対に体験できなかっただろうし、これは行くしかないよ。
あ、そうだ、クラ兄ィにも連絡してやろう。きっと羨ましがるだろうな」
「そうだね。わたしも前々からルナゲイトには行ってみたかったんだ」
「コッカ、コカカカカッカカカカ」
「だよねー。ムルグだってそう言うと思っていたよ。そういうわけでルナゲイトにレッツ・ゴ〜」

テレビの収録と聞くやいなや、シェインもフィーナもその珍しい言葉に惹かれて、二つ返事で向かうと決めた。
 かつてルナゲイトのテレビ局とはいざこざがあったのだが、そんな事は気にしないのかどうでもいいのか、
シェインはすっかり未体験の番組収録に思いを馳せていた。
 ………その“いざこざ”について詳しく語るのは、いずれの機会に譲るとしよう。

 それはさて置くとして、二人ともノリノリである。
 シェインなどはさっき言った通りにすぐさまクラップに電話して、
「うらやましいだろう」などと彼が体験していない事を先に出来るのでしきりに自慢してみせた。

 こういうものには興味が無いとアルフレッドは思っていたのだが、
意外なことにマリスも番組収録という言葉に反応して、
「ぜひとも見学してみたい」と一にも二にもなくアルフレッドの話に飛び乗った。
アルフレッドが行くと言うなら彼女は地の果てまでも付いて来るだろうが、それは問題にしない。

「お前はどうする? まあ付いて来たくないと言うならば構わない。
むしろ『行きたくない』と言ってほしい。そうすれば心置きなくお前を捨てて行ける」
「おうふ、随分とドライなことを言うじゃないか。ボキだってオブジェクションと言う気はナッシングだねえ。
だってルナゲイトだろう、エンディニオンのキャピタルと言ったっていいくらいのビッグなシティなんだから、
ワールドのいろんなピープルが集まっているわけじゃないか。
そこに行けばインカムのパフォーマンスがグッドなワークがゲットできるんじゃないかな、メイビー。
やっぱりマネーは必要だよ」

珍しく穏やかな陽気なのに昼寝をしないでいたホゥリーにもアルフレッドは一応聞いてみた。
何だかんだとウダウダ言うものの、彼もルナゲイト行きに反対するつもりはないようであった。

「よく喋るやつだな。ともかく、収入が必要だっていうのは良く分かる。
相変わらず現実的と誉めてやるべきか、それとも強欲だと非難してやろうか」
「リスペクトしたまえよ、遠慮はノーサンキューだよ。
ま、何にせよマネーだね。今回の佐志でのワークは結局スポンサーがマネーをペイしなかっただろう? 
今度はそんなミスがないようにたくさんのワークからグッドなものをチョイスしないとね。
やっぱりジャーニーにはマネーが必要。強欲だなんてワードはノンノンよ。
マネーを稼ぐのはバッドな事なのかな? ワースな事なのかな? ワーストな事なのかな?」

佐志に行く理由になったろくでもない仕事を勝手に引き受けてきたのは自分だったろうに、
反省の言葉も無いままいけしゃあしゃあとよく言うものだとアルフレッドは内心腹立たしかった。
 本当ならば文句や非難の一つ二つは言ってやりたかったが、
二つの意味で面の皮が厚いホゥリーに言ってもどうせ無駄だろうと諦め、
下品な顔でカネを表すジェスチャーをしながらそれの重要さを力説する彼を冷ややかな目で見ていた。

このホゥリーが勝手に受けたK・kの依頼のおかげで出会うことができたローガンとセフィにも、
アルフレッドはルナゲイトへ同行しないかと打診してみた。
一緒にいてもらえるならば力強いが、無理強いはできない。
彼らが別の目的地を目指すなら別行動もやむを得ないかと、アルフレッドは考えていたのだが、

「みんなが行くっちゅうてるのに、ワイ一人だけほなさいなら、なんて寂しゅうてかなわんわ。
テレビ収録の見学やなんて滅多にないチャンスや、こんな時でもなきゃ見られへんしな。
そないにおもろげなモン、無視できるはずがあらへん。来んな言うてもついてくで」

とローガンは収録をまるでお祭りのようなものであるかのような扱いで、
アルフレッドたちと共に行く気が満々だと、是非とも一緒に行かせてくれとアピールしてみせたし、

「偶然というものはあるのですね。私もそこに行く予定だったのですよ」

セフィはセフィで元からルナゲイトが目的地だったようで、アルフレッドたちと行動を共にすると告げたのだった。

(これは賑やかになったな。ニコラスのやつ、きっと驚くだろう)

にわかに大所帯となったアルフレッドたちパーティは、そのまま一人も減らずにルナゲイトへと赴くこととなったのだ。







デーヴィスデルタからルナゲイトへと移動したアルフレッドたちは、まずその迫り来るような迫力を前に息を呑んだ。

「いやあ、どこもかしこもビルだらけでなんや目が痛くなってきたがな」
「さすがルナゲイトって感じだなあ。ボクたちが住んでいたグリーニャとは何もかもが違うよ、これ」

目の前に広がった光景を見るなり、シェインはそう大声で叫んだ。ついでにローガンも年齢不相応に大騒ぎしていた。
彼らが言う通りである。どこまでも続いているかのような幅広の道路は見事にコンクリートによって、
ところによっては石を敷き詰められて舗装がなされていたし、その脇に連なる建造物はどれもこれもが近代的な高層ビル。
そこを行き交う人々の数も、世界中から集まったのかと思わせるほど、数えていたらきりがないくらいだった。
こんな風景はフィーナやシェインが生まれ育ってきたグリーニャとは全く異なるものだった。
彼らがルナゲイトに至るまでに訪れてきた村々、マコシカであったり、佐志であったり、
とにかくどの村も自然に囲まれて、それと調和するような建築物ばかりだった。人口も少ない方に桁違いだ。
今、自分たちがいるどこを見渡してみても高層建造物か人がいる、なんていう土地は初めてだった。
無邪気に感動を表現するシェインと、同じように感情を表すフィーナ、とついでにムルグは
ルナゲイトの珍しさにあっちを見たり、こっちを見たりと落ち着き無くそこら中を歩き回り、
何度も道行く人々にぶつかってはその度に頭を下げていた。
さすがにルナゲイトのような大都市を体験した事はなかったマリスも物珍しげに視線を上に向けて歩き回り、
足元がお留守になっては何度か縁石などにつまずき、その度にタスクに支えられていた。

「全く…… 騒がしい奴らだな。もう少し静かにできないのか」
「お、アルもそうシンクする? おのぼりさんにはちょっとインパクトがストロングだったかな。
ま、それも仕方ないけどねえ。なにせルナゲイトはエンディニオンでビッゲストなシティ。
田舎のピープルにはサプライズだろうさ」
「マコシカをどうこう言う心算はないが、お前だって田舎者だろうが。何を悟ったような顔をしている」
「おやおやアルフレッド君、ボキを誰だと思っているのさ。
ルナゲイトくらいのシティなら、何度もウォッチしてきたさ。今更サプライズも何も無いね」

周囲を歩き回る三人とついでに飛び回る一羽とは対照的に、アルフレッドは静かなものだった。
一緒になって騒ぐ気も無かったし、そもそもいい年――10代後半をそう言うべきかはさて置き――なのに
はしゃいでいるのは世間体というか何というか、とにかくバツが悪い気がしていたわけである。
それよりもどことなくホゥリーの言い方に気になる点があったのだった。

 ニコラスたちが住んでいたフィガス・テグナーが本当にあるのならまだしも、
ルナゲイトほどの巨大都市がエンディニオンにあるだろうか、いや無い。
それなのにどうしてホゥリーはあんなことを言ったのか、とアルフレッドの心には少々引っかかるものがあった。
しかし、そんなアルフレッドの気配を察したのか否か、彼が疑問を口にするよりも先にホゥリーは、
その縮尺が間違ったような体型にはそぐわない猛烈なスピードで近くにあったコンビニエンスストアに駆け込むと、
しばらくして両手に一杯のスナック菓子の袋を抱えて戻ってきた。
 ここに来る前にあれだけカネの重要さを説いていたにもかかわらず、
そんな事など口にしていなかったかのように無駄遣いするホゥリーにアルフレッドは呆れていたが、
彼にはお構い無しにとばかりに、ホゥリーは買ったばかりの菓子を持っていろとアルフレッドに全て押し付けた。
 「しっかりとガードしておいてくれたまえ」などと、表現するのも嫌になる感じで笑うと、また別の店に菓子を買いに行った。

(お前の方がよっぽど落ち着きがないだろうに)

コンビニエンスストアの軒先にぶら下げられている誘蛾灯に引き寄せられる小さな虫のように店に入り、
手当たり次第にスナック菓子やジャンクフードを買いあさるホゥリーを見ながらアルフレッドはそう思った。
彼のこの行動の裏を返せば、それだけあちこちで店舗が開かれているというわけである。
エンディニオンで唯一のテレビ局を備えるルナゲイト社と、それを相手に商売しようと出店する者。
それによる都市の規模が拡大することで人口流入、需要の増加を期待して店を構える者が集まって、
それがさらなる消費を生み出して、ますます商売をしようとやって来る者がいる。
一大都市たるルナゲイトはおおよそこんな感じで発展してきているわけである。

 歴史はともかく、今でもルナゲイトはその規模を拡大し続けている。
建築中のスーパーマーケットの外観も目に入った。
キャットランズ・アウトバーンでも同じ名前のスーパーがあったから、
やはり同社の出店かとアルフレッドはおぼろげながらあった記憶を呼び起こした。
各地に進出しているグドゥーの会社も儲けを見込んで新規に出店している。
同じことを考える会社があるだろうから、ルナゲイトが発展する余地はまだまだありそうだった。

何はともあれ、いつまでも社会見学で(というよりも観光だが)歩き回っているわけにもいかない。
フツノミタマなんぞは暇なのか、それともただの癖なのか道行く人に威嚇するような視線を飛ばして不気味がられていて、
こういう人間を野放しにしていてはまた余計な悶着が起こりかねない。
アルフレッドはニコラスたちと再会を果たすため、まだあちこちを飛び回っているシェインたちを強引に引っ張って、
待ち合わせ場所へと向かった。

少し歩いて、アルフレッドたち一行はニコラスたちが待っているとある喫茶店に着いた。
そこにはすでに連絡をくれていたニコラスのほか、
ディアナとついでにダイナソーのアルバトロスカンパニーの面々もアルフレッドたちを待ち構えていた。

「よぉ、アル。待ってたぜ。まさかこうやって再び会う事になるなんて、あの時は思わなかったけどな」
「その言い方だと会いたくなかったように聞こえなくも無いな」
「そうだな、ある意味ではその面も無くはないか。
フィガス・テグナーへの帰り道が分かっていたらこうしてアルたちと会うことはなかったわけだからなあ」

帰り道が分かっていたならば彼らはここにいるわけも無く故郷に帰還しているはずで、
こうしてルナゲイトへ来るようアルフレッドを誘うなんてことは無かった。
 だが現実はさにあらず。帰り道が分からないまま、彼はアルフレッドたちと再会したのだ。
フィガス・テグナーへ帰る事を望んでいたニコラスたちにとって、
この再会は幸か不幸かは分からなかったが、今はこうして再会を喜ぶのが正しいのだろう。
彼らが立ち往生しているのはテレビ収録に出ると聞いた時からアルフレッドには分かっていたし、
ニコラスの物言いも他意が無い事は分かっていたが、こうして意地悪くアルフレッドは皮肉めいた言い方をしてみた。
 近しい間柄の人間に対しての冗談にしても少々ひねくれていたが、
それでもこの広い世界で迷子になっていたニコラスたちにとっては、
気の知れた人間と再び出会うことができたのは心強い事だった。

「収録日まではもう少し時間があるから、せっかくだからそれまではこうしてアルたちと話して気を紛らわせたかったのさ」
「えー、そんな理由で呼んだのかよ。でもテレビ局に行けるっていうんだからボクとしては感謝だね、うん」
「まあラスも変なところで気を使うタイプだからね。
もし放送してみても何も反応が無かったら、なんてネガティヴな考えに陥っちゃったりするわけ。
俺は『そん時はそん時』って言ってるんだけどね。
それよりもラスはあんまり人付き合いがいいほうじゃないし、口も達者な方じゃない。
放送のときにそういう面が出てこないかってのがこっちは心配だよ。
ちゃんと視聴者に向けて上手い具合にこっちの事情を説明してもらわないとさ」
「コミュニケーションがノットグッドとかよく言うね。おたくの方がよっぽどアウトだとボキは思うけど」
「スナックを食う以外で口を使ったと思えばそんなこと言うのか。
俺の人間付き合いのやり方に何の問題があるっていうのさ? 
つーかありとか無しとかそんな事を言う前に、アンタがそれを言える立場なのかってーの。
ピンチになった時に、アルを生贄にしてその場をやり過ごそうとかしていなかったっけか? 大体さ――」

ニコラスが発した言葉にシェインが突っ込み、そこに余計な事にダイナソーが絡んでさらにはホゥリーが、
とニコラスの言葉を皮切りに続々と参加者が増えてくるのだから、収拾がつかないといったらない。
ホゥリーの嫌味にダイナソーが早口でまくし立てる。
どっちにも言い分があるし、どっちの発言にもお前が言うなと突っ込める。
そんな二人のやり取りを横目で見ながら、

「ま、サムの方がラスよりは弁が立つンだけどね」
「あんなのをテレビに出したら上手くいくものもダメになる、か」

 苦笑いをするディアナの本意を汲み取り、アルフレッドも必死なダイナソーを見て鼻で笑った。

久方ぶりに会ったダイナソーやニコラスを見ているうちに、アルフレッドは一つ気がついた。
以前一緒に行動していたときに比べて、ダイナソーの方には変化は感じ取れなかったのだが、
ニコラスにちょっとした変化があったように感じ取った。
はてさてと彼はニコラスの姿を改めて注視してみる。
何かを威嚇しているような特徴的な前髪はそのまま、というか形を変えられないだろうからさて置き、
どちらかというと無造作だった髪型が整っている、という印象を受けた。
それよりも変化が良く分かるのは、あまり頓着が無さそうだった彼の服装。
着心地が良ければ他の事は気にしていない(仕事着のツナギなのだから当然と言われてしまえばそれまでなのだが)
といったようなコーディネイトだったのが幾ばくか小奇麗になった印象を持ったし、
よくよく見れば首や腕にはちょっとしたものだったがアクセサリーの類を身につけていたのだ。
 シルバーアクセサリにはちょっとしたこだわりを持っているアルフレッドと比べて、
ニコラスはそういった物には興味が無さそうだった様な気がして、

「趣味が変わったのか? 以前と比較してファッショナブルになったイメージがある」

 とアルフレッドは思ったままに、ニコラスの変化について尋ねてみた。
 その指摘を受けてニコラスは一瞬躊躇ったのか答えに詰まったのだったが、
そこに間髪を入れずにディアナが、

「気がついたかい? これは全部ミストが見立てたンだよ。前よりは男っぷりが上がったと思うだろ?」

そうニヤリっとしながら言った。思わぬ形でばれてしまい、何とかこの場をやり過そうと取り繕うニコラスだったが、
そのディアナの言葉に敏感に反応したフィーナが、

「えええ? ニコラスさんったらいつの間に? 
そっか、そうなんだぁ。ミストちゃんとはもうそこまでの間柄になっていたんだ。ね、ね、どうしてそうなったの? 
て言うかどっちから切り出したわけ? 
お客さんだった人とそういう関係になっちゃうなんて、なんか『禁断の』って頭に付きそうな感じ。
でもでも、愛の前には職業倫理なんて関係無いってことかな? うん、きっとそうだ」

などと目を輝かせ、身を乗り出しながらこの話題に食いついてきたのだから、
いつか折を見て、心の準備ができてから打ち明けようとしていたニコラスからしてみたら平常心でいられるわけも無い。
別に(どのような意味合いであれ)悪い事をしたわけではないのだが、
こうもあからさまに自分のミストの関係を暴露されるともう混乱状態で満足に口も利けなかった。

「ちょっ、ディアナさん。今そんな事言う必要は…… というかこの事は言いふらさねぇって……」
「いいじゃないか。こういう事は皆にも知ってもらった方がいいだろ? 
せっかくラスに幸せがやって来たンだから、どうせなら皆で祝ってやった方が喜ぶってもンだろ」
「あの、別に喜びは…… いや、喜ばないわけじゃないですけど、何といったら良いか……」
「そうだな、いずれ知られることならば、いっそ早く知らせてしまえば良い。
式場の予約にも余裕が持てるし、こちらも都合を付けやすくなるというもんだ」

日頃の冷静な彼はどこに行ってしまったのだろうか。
珍しく狼狽しているニコラスを見ながら、ディアナは大笑いしつつ彼の肩をバンバンと叩いては同僚の幸福を祝った。
 まったく言葉に詰まって焦りっぱなしのニコラスを見ている内に、アルフレッドの悪戯心がむくむくと鎌首をもたげてくる。
彼はディアナに便乗して、思春期の男児が友人をからかうように「二人の結婚はいつだ?」などと
ニヤニヤと笑いながらニコラスをいじっては、さらにうろたえる彼の反応を存分に楽しんでいた。

「いやいや、オレの事よりもアルはどうなんだ? 両脇を女の子で固めている奴が言えるセリフか?
節操がねぇっていうか、だらしがねぇっていうか、手当たり次第だとでも言ってやろうか?」

散々アルフレッドに冷やかされたニコラスは何とかこの口撃をやり過そうと、
フィーナとマリスに挟まれる形で彼の正面に座っていたアルフレッドにそう言い返した。
ニコラスにしてみたら、追い詰められた末に苦し紛れに出てきた窮余の一策といったところで、
アルフレッドが少しでも自分への口撃を休めてくれれば、という程度のものだった。
ところが彼の期待以上の効果が如実に表れてしまう。

「それは…… そうなんだが、いや、しかしだな…… 
フィーとマリスは別…… いや、同じなんだが同じじゃない。――って何て言ったらいいんだ……」

と今度はアルフレッドの方が答えに窮してしまった。
無論、このニコラスの言葉自体がアルフレッドにダメージを与えたわけではない。
フィーナとアルフレッドの関係についてはニコラスも熟知しているのだが、
アルフレッドとマリスの(過去の)関係や、彼女が二人の間に加わったことで形成される複雑な人間関係までは、
一旦別行動をとっていた彼にはあずかり知らぬ事だった。
 フィーナと自分の関係をマリスには秘密にしているというあまりよろしくない事情なんぞを、
まさかこんな状況に陥るなど想像だにしていなかったわけだからアルフレッドはニコラスに伝えていなかったし、
言えば言ったで非難されるだろうし、自省の念に押しつぶされるのは明らかだったから伝えようとも思わなかった。
 そもそもマリスと再会して以来、人間関係に悩まされるわホゥリーが余計なまねをするわで、
ニコラスにまで気を回している余裕が全然無かったのだ。
 ともかく、事情を知らないニコラスがマリスに秘密をばらしてしまうのではないだろうか、
とアルフレッドは先ほどのニコラス以上に焦りっぱなしだった。
仮に二人の関係がマリスにばれたとしたら一体どうなってしまうのか、などとは恐ろしくて考えたくも無かった。
 これ以上は突っ込まないでくれ、と心の中でニコラスに懇願していたアルフレッド。
だが、当のニコラスはアルフレッドの願いとは無関係に黙り込んでしまった。
 というのもアルフレッドが発した一言がニコラスの記憶を刺激し、
その衝撃で彼はアルフレッドとフィーナの関係などを言っていられなくなったからだった。

(マリスというと、ミストの…… しかし、そんな事が……)

以前、ニコラスはミストから彼女の両親の名前がアルフレッドとマリスだと告げられていた。
となると目の前にいる女性はミストの母親という事になるのかもしれない。
マコシカでミストからアルフレッドの名前を聞いた時は、まだ偶然の一致という考えも出来たが、
こうして彼女の母親と同じ名前の人物まで出てくると、しかも父親と同じ名前の人物のアルフレッドと一緒にいるとなると、
とてもじゃないが単なる偶然とも考えてはいられない。
だが二人とミストの年齢を考えれば、目の前のアルフレッドとマリスがミストの両親などとはあまりにも非現実的な話。
どう考えても辻褄が合わない事だとしか言いようが無い。
植物の交配ならまだしも、紛れもなく三人が三人とも人間なのだ。常識的に考えたらあり得る話ではない。

(偶然という言葉で片づけるにはあまりにも話ができすぎている。
だからといってこれが必然だとするのなら、現実に即して考えてみるとあまりにもおかし過ぎる…… 
一体何がどうなっているというんだ? わけが分からない。
可能性が無いわけじゃない、やはり極めて稀な偶然の一致なのか。いや、しかし……)

突如として降って湧いたような不可思議な出来事が気になって仕方なかったが、
この事をアルフレッドに伝えるべきなのかどうなのかが分からず、ニコラスはひたすら自問自答を繰り返した。

「言い過ぎたか……?」
「いや、そういうわけでもないんだが……」

ああでもない、こうでもないと悩む彼の様子にアルフレッドも違和感を覚えたが、
余計な事を言ってこれ以上面倒な事になったらかなわないと、深く突っ込むのは止めた。
互いの思惑が飛び交い、二人の間には奇妙な空気が流れていた。




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