10.決闘!ジューダス・ローブ


 爆発と同時に四方に穿たれた各ゲート近辺から白煙が噴き出し、瞬く間に会場内の視界を白濁に閉ざしていく。
 途端に円卓へ列席している首脳陣らから狼狽の声が上がり、前後不覚の恐慌の様相を呈し始めた。
 チームワークを乱してまで愛妻のもとに駆けつけたヒューを逆に「あたしよりもアルたちを助けな!」と
蹴り出したレイチェルやジョゼフ、マユは流石に肝が据わったものである。
 狼狽の陰すら面に出さず冷静に状況を確認し、首脳陣を落ち着けようと努めている。
 アルカークなどはハイランダーの気質よろしく鉤爪の義手を振り上げて「返り討ちにしてくれる!」と昂ぶっており、
彼には首脳陣とは別の意味での鎮静を呼びかける必要がありそうだ。

 計略の孕んだ脆弱性をジョゼフもマユも周知している。
 下手にアルカークへ動かれてはアルフレッドの立てた計略が瓦解しかねず、それだけは何としても避けたかった。

「ヒューの訓戒は実に的を射た表現だな。強いのでなく恐い………確かに相手はテロを熟知している」
「当たり前じゃない! テロリストなんだからっ!」

 フィーナの反論は尤もだ…が、アルフレッドが言わんとしたのは、別な意味合いの感想だった。
 四方から爆発音を叩きつけることによって恐怖を煽り、会場内の首脳陣を恐慌状態へ陥れる心理的圧迫の妙や、
包囲網を掻い潜って爆発物を設置する手際の良さにアルフレッドは舌を巻いて感心している。

 ヒューから提供された捜査ノートにてジューダス・ローブは単独犯だと断定されていた。
 しかし、目の前で起こった爆発はどうだろう。
爆発物が投擲されている状況から見るに誰が塀の向こう側で放っているとしか考えられないが、
投げ込まれる爆発物の数は一つや二つでなく、明らかに複数の人間が絡んだ連携攻撃である。
 分身でも出来れば話は別だが、連携など単独犯には物理的に不可能な攻撃である。
誰かの手を借りねばならないのだ。

 受信イヤホンを持たないフィーナには聴こえるべくもないのだが、
先ほどから『アルミ缶を投げ込む人間を確認。これより対処に向かう』との報告がアルフレッドの耳を打っており、
ここに彼はジューダス・ローブの真の恐ろしさを感じていた。
 報告をもたらした通信者が言うには、経済状態の格差是正を求めてサミットの外周に群がった寒村部のデモ隊が
会場の内外を問わずアルミ缶を投げ付け、着地と共に激しく爆発しているとのことだ。

 そこでアルフレッドの脳裏に閃くものがあった。
 おそらくジューダス・ローブは、食うには困らないだけの金でデモ隊を買収し、爆発物を運ばせ、あるいは投擲させたのだろう。
 信頼の置ける仲間を持たない単独犯が人手を要する際に用いる常套手段である。
 使い捨ての駒は金で買えるのだ。

 恐慌状態を作り上げる計算の凝らされた規則的な爆撃に駒の使い方、煙幕を張った霍乱―――
今更、実感するのもおかしな話ではあるが、ここに至ってアルフレッドは敵が一流のテロリストであることを認めた。
 確認する術を得るにはジューダス・ローブを逮捕し、尋問しなくてはならないが、
ゾウ型クリッターを暴走させて警備を霍乱させたのも彼の仕業だろうと確信めいた直感もある。


 ―――ジューダス・ローブ。


 孤高の単独犯がよくぞここまで周到に仕掛けを凝らしたものである。
 アルフレッドのみならず、こうも周到な攻撃を見せ付けられては、世界最凶を冠するに相応しいと認めざるを得なかった。

「来やがった、来やがった! あの野郎、やっぱり来やがったぜッ!!」
「セフィの目論見が外れてしまったのは悔しいが、相手が予知能力では仕方―――」

 レイチェルに蹴り返される恰好で円卓から駆け寄ってきたヒューの肩越しに“ある不気味なモノ”を見つけたアルフレッドは、
警戒に徹するべき思考回路を一瞬だけ真っ白にしてしまい、ポカン…と大口を開けて固まった。
 同じものを見つけたのだろうか。シェインとフツノミタマも、アルフレッドが見つめるのと同じ方角へ揃って目を向けながら
「気色悪ィ!」「なんじゃありゃ!?」などと吐き気を催したような表情で舌を出している。

「気色悪いとは随分だな。ダンス・ウィズ・コヨーテ―――俺っちのトラウムだぜ、ありゃあ」

 何をそんなに気持ち悪がっているのだろう、と視界を巡らせた先でフィーナが見つけたのは、
彼らが気色悪いと辟易するのも納得の世にも奇妙な光景だった。
 見る人によっては気色悪く感じるのも無理からぬ話かも知れない。

 ヒューから離れること数メートル先にヒューがいた。
 そのヒューの周囲に別のヒューが、それも数十人ものヒューが慌しく走り回り、首脳陣を安全な場所へと誘導しているではないか。
 人数だけならラッシュアワーを彷彿とさせる光景だが、馳せ巡るのが同じ顔、同じ服装、全く同じ人間という点が
何とも言えない不思議で奇妙な空間を作り出しており、見る者を大いに混乱させる。
 どういう原理かは判然としないが、単細胞生物の如く、全く同じ姿形のヒューがおびただしい数量にまで増殖していた。

 当然、誘導される首脳陣たちの面にもテロの恐怖とは別の困惑が色濃く表れている。
 それはそうだろう。人間が数十単位に増殖する状況など誰にも考えつかないし、全く同じ顔が乱舞する様子は
不気味以外の何物でもない。
 そこはさすがの夫婦と言ったところか。手馴れた風のレイチェル一人がその奇妙空間の中で普段通りに立ち回り、
互いの交通を妨げ合うヒューたちの尻を順繰りに叩いていった。
 “本体”同様、尻を叩いてやることで動きは機敏に、統率力――レイチェルの命令に恭順する意味で――も増していく。

「まさかと思うが………分身なのか?」
「そ、分身。みんな、俺っちのコピーさ。最大百人まで作れるこの分身が俺っちのトラウム、ダンス・ウィズ・コヨーテってわけよ。
………こいつらがお偉方をエスコートすっからよ、他のメンツは“ネビュラ戦法”に全員投入できるぜ」
「それは有り難いんだが………………………」

 ヒュー自慢のダンス・ウィズ・コヨーテはエンディニオンに現存するトラウムの中でもとりわけ変わった性質を有していた。


 余談ではあるが―――大系を編纂した人間は未だにいないので、地上に現存する全てが網羅されているわけではないものの、
トラウムには発現の仕方によって幾つかのカテゴリーに分けられる。

 例えば、フィーナやシェインのように物質を創出させる“マテリアライズ”タイプ。
 エンディニオンでは最もポピュラーであり、一般的にトラウムと言うとこのカテゴリーに属するものを差す。

 ゼラールが操る発火能力のように自然現象を起こすカテゴリーは“エネルゲイア”タイプ。
 マテリアライズタイプに比べると所有者が少なく、稀少性が高い。
 マコシカの民族が操るプロキシとの関係性が研究者の注目を集めている。

 ジューダス・ローブの使う予知のように身体能力や感覚神経をブーストアップさせるものも存在し、
このタイプは“アルタネイティブ”と呼ばれる。
 ………尤もジューダス・ローブの予知能力は長年取締に当たっているヒューにも見極められていないので、
本当にタイプにカテゴライズされるものかを確定することは難しいが。

 ちなみにルナゲイト社がまとめた統計によるとアルタネイティブタイプはエネルゲイアタイプよりも二割ほど多く、
世相の認知度はマテリアライズタイプとほぼ同程度と考えて良い。
 身体および感覚の強化が公平性を崩すとして各種運動競技ではドーピング行為同様に厳しく検められることでも知られていた。
 アルフレッドの有するグラウエンヘルツ―――変身能力はマイノリティ中のマイノリティで、
便宜的にアルタネイティブタイプにカテゴライズされるものの、正確な位置付けには結論が出ていない。
 これを判断基準に設定し、鑑定を行うとすれば、
イーライ・ストロス・ボルタが見せたディプロミスタスもアルタネイティブに類すべきであろう。
 魔人と金属化の違いはあれども肉体を別の貌へと変身(トランスフォーム)させる点に於いては、
グラウエンヘルツとディプロミスタスは同種のトラウムだと言える。
 自分自身ではなく他者の肉体・心理に効果が現れる点は既存のトラウムと大きく異なっているものの、
レオナの備えるダブルエクスポージャーも広義ではアルタネイティブタイプと見なしても良さそうだ。

 ヒュー自慢のダンス・ウィズ・コヨーテも、グラウエンヘルツやディプロミスタスと同じであった。
 身体のコピーという特異性ゆえ、便宜的にマテリアライズタイプへ類されるだけであって、
本来なら全く新しいカテゴリーを新説し、そこに属されるべきなのである。
 稀少性においても、応用力の発展性においても、ダンス・ウィズ・コヨーテは計り知れないポテンシャルを秘めているのだ。
 最大百人まで自分のコピーを増殖させられ、しかも脳内にてイメージを送るのみで消去することができる。
応用次第では他の誰にも為し得ない成果を出せることだろう。
 ヴィトゲンシュタイン粒子によって形作られたコピーは、消去を命じると砂山のように静かに崩れ落ちていく。
 具現化についても同様である。爪先から頭頂部までせり上がるようにしてヴィトゲンシュタイン粒子が密集していき、
やがてコピーを形成するのだが、他のトラウムのように眩い燐光を伴うこともなく、
傍目には砂と埃が辻風で逆巻いているようにしか見えないのだ。
 光の帯が纏わり付くようではヒューの仕事に差し支えるだろうが、具現化も消失も全てを隠密のうちに行える為、
探偵稼業との相性も抜群であった。
 数々の大事件や手のかかる尾行は、ダンス・ウィズ・コヨーテの特性を最大限に活用することでクリアしてきたとヒューも自認している。

 それだけのポテンシャルを秘めていると頭では理解できるのだが、
如何せん、初めて見る人間は異様な空間から迸る衝撃のほうが先に立ち、
真価を評価する前に吐き気を催してしまうのだ。
 レイチェルのように慣れた人間でもなければ、そっくり同じ顔形をしたコピーの群れを見ただけで悪寒が走る。
常識を越えた光景に頭の処理能力が随いて来れなくなる。
 ダンス・ウィズ・コヨーテは、百人分身という特性だけでなく、人間界の理を破綻させ、
迷い込んだ者を苦悶へ至らしめる“劇的”(ただし劇物の“劇”)な空間を演出することも可能なのである。

 「そんなみんなして気持ち悪がらなくてもいいじゃんじゃね?」とボヤくヒューの落胆は、この際、隅に置いておくとしよう。
 露骨に顔を顰めて見せる嫌味なホゥリーとは別にローガンやハーヴェストみたく
「分身、カッコええなぁ。ホウライで試してみよか」、「まさしくヒーローっぽいテクニックだわ!」と羨ましがる人間もいるのだから。

 尚、腰のベルトから提げた戦闘用の手錠やRJ734マジックアワーまでコピーされるという特性にアルフレッドが目を付けるのは、
ダンス・ウィズ・コヨーテの不思議空間が醸す独特の気持ち悪さに慣れた後日のことである。

「カカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!!」

 ヒューの“劇的空間”に集中力を削ぎ取られていたアルフレッドは、
けたたましいムルグの鳴き声に鼓膜を打たれたことで、ようやく現実世界に意識を引き戻せた。
 自分はなんと愚かなのだろう。一切の油断が許されないテロリストとの戦いに於いて自ら率先して集中を乱してしまうとは、
状況が状況なら処罰確定の軍法会議ものである。

 空間の異様さに囚われず冷静に見つめると、
首脳陣らはダンス・ウィズ・コヨーテの誘導によって少しずつだが狼狽から立ち直っている様子だった。
 “本体”の言う通り、首脳陣のガードは分身たちに任せても良さそうだ。
 勿論、会場に詰めていた数百単位の警備員やスカッド・フリーダムの隊員たちは身を挺して首脳陣らを守ろうとしている。
 酷な言い方だが、“防御力”の面でも万全と見えた。

「―――シュガーレイ。すまないが、スカッド・フリーダムの行動プランをBパターンに切り替える」
「そう来る頃だろうと思ってね。隊員たちには先に指示を出させて貰ったよ。
………十分に気をつけてくれ。キミたちがピンチになったら、すぐに駆けつける」
「………了解した。そうならないよう善処する。力の限りな」

 シュガーレイへ行動プランの変更指示を投げたアルフレッドは、スカッド・フリーダムの散開を見届けると、
自身の警戒心を改めて引き締めた。

(爆撃は未だに続いている………次はどこから攻めて来るのか………ッ?)

 油断なく身構えながら恐慌の会場内を注視していたアルフレッドの頬を、全く異なる方向から同時に吹き付ける二つの風が撫でた。
 一つは垂直に突き抜けんとする東からの烈風―――アルフレッドの喉笛目指して一縷の閃光と化していく。
 もう一つは円を描いて駆け抜ける南からの旋風―――南よりの烈風に吸い寄せられるようにして吹き荒ぶその風は、
真空と輪舞を踊り、最早辻風ではなく竜巻と言っても過言ではなかった。
 円卓の足元―――芝生に散った砂塵を巻き上げながら烈風と旋風はアルフレッドの目の前で交錯し、
一瞬、爆発的なソニックブームを発生させて彼とその近くに控えていたフィーナを跳ね飛ばした。

 ソニックブームによって弾かれた空気が放つ超高音で鼓膜を振り動かされ、脳をシェイクされたアルフレッドだったが、
 自分と同じように撥ね付けられたフィーナが後頭部から地面へ落下していく様を見つけるや、
気力を振り絞って意識を保ち、手を差し伸べながら突進する。
 地面へ打ち付けられる前に手を差し伸べてダメージから救うつもりである。
 柔らかな芝生と雖も人体急所たる後頭部から激突するのは極めて危険だ。打ち所が悪ければ脳挫傷も考えられる。

「どんな攻撃をぶつけてきたって私たちはテロなんかには絶対負けないッ!! 平和を壊すテロリストは必ず逮捕してみせるッ!!」

 てっきりフィーナが意識を失っているものとばかり思っていたアルフレッドは、だから焦りに焦って手を差し伸べたのだが、
当のヒロインはヒロインらしからぬ男らしい啖呵をジューダス・ローブ相手に切って見せた。
 その前後には跳ね上げられた空中で身体を捻り、後転の要領で受身を取って衝突の勢いを減殺させていた。
 そこからの身のこなしも鋭敏だ。地面に付いた左手を軸にまるで駒のようにぐるりと旋回し、
ソニックブームの発生した方へ向き直る。
 向き直るのと同時に右手に構えたSA2アンヘルチャントのトリガーを引き、
体勢を立て直すなり軸としていた左手でハンマー(※激鉄)を直接弾いた―――
“ファニング”と呼ばれる高度な連射技術だ。

 フィーナのトラウムSA2アンヘルチャントは、リボルバー拳銃の中でもとりわけ前時代的なシングルアクション型のものである。
 一般に普及するリボルバー拳銃はダブルアクション型と言ってトリガーを引けば自動的にハンマーが薬莢を打ち付け、
弾丸が発射される構造になっているのだが、シングルアクション型はトリガーとハンマーが全く連動していないのだ。
 勿論、トリガーを引けばハンマーは薬莢を打ち付けてくれるのだが、二つの動作が連動していない機構の為、
撃発にはいちいちハンマーを自分の指先で引き起こさなくてはならず、
シングルアクション型は連射には不向きと見なされていた。

 そうした問題点を解消させた技術がこの“ファニング”である。
右の人差し指でトリガーを引きっぱなしの状態にしておき、空いた左手でハンマーを弾くことで発射にかかる一連の動作を簡略化したのである。
 つまり左手で連続してハンマーを叩けば、それに応じた連射が実現されるという寸法だ。
 口頭で説明される分には単純なカラクリだが、見聞きするのと実践するのでは大違い。
 左手をグリップに添えられない分、弾丸発射に伴う反動で被る衝撃は通常よりも大きくなり、
それによって標的から銃口がブレるのが常だった。
 素人が恰好を付けてファニングを真似し、あらぬ場所に弾丸を撃ち込んでしまう事故も決して少なくない。

 連射の代償に命中精度を著しく損ねるのが“ファニング”の弱点であり、また高度な技術と呼ばれる由縁なのだ…が、
フィーナは難易度の高いこの技を十二分に己の武器と体得していた。
 フィーナの放った二発の弾丸は何物を貫くこと無く虚空を裂いてしまったものの、
二発とも精密に同じ場所を狙っており、照準のブレは見られなかった。
 しかも、とアルフレッドが目を見張ったのは、みだりに連射をしなかった点だ。
 弾幕と呼ばれる射撃方法は、実は白兵戦において必ずしも有効とは言えない。
 無駄撃ちは視界を遮る硝煙を辺りに撒き散らす原因になるからだ。
 相手の出方を見極め、狙撃するには精密な二連射のみあれば良い。
アカデミーにもダブルタップとして伝えられている実戦向きの射撃術をフィーナは“ファニング”と併用していた。

 ほんの数ヶ月前までリボルバーの撃ち方も解らず――そのせいで不幸な事件を招いてしまった――、
ただただ黒光りする凶器に怯えていただけのフィーナが、
いつの間に高度な技術を身に着けたものか、とアルフレッドのみならずシェインも目を丸くしていたが、
記憶を紐解けば、彼女が夜を昼についで射撃訓練に励む姿はすぐに思い浮かぶ。
 アルフレッド自身、アカデミーで習った射撃術をフィーナへ手ほどきしたことも何度かあった。
 ルナゲイトに到着してからは、ハーヴェストに頼んで実戦さながらの荒っぽいトレーニングも積んでいた。
「暴力の連鎖を食い止めたい」と戦う意味を噛み締めるようにして。
 決して弛むことのない日頃のトレーニングの成果がフィーナへ素人から脱却するだけの技術を与えたというわけだ。
 そして、それ以上にフィーナを強くさせているのが、先ほど切られた啖呵にも透けて見える熱き正義感である。

 SA2アンヘルチャントを創出したときのフィーナの嘆きようは思い出すだけで胸が締め付けられるほど痛ましかったが、
今の彼女を見ていると、もしかしたら望むべくして形を成した力だったのではないかとアルフレッドには思えて仕方無い。
 世界平和を心から願うフィーナだ。断じて暴力を求めたわけではない。
 彼女にとって理不尽な暴力は忌むべきものであり、如何なる理由があろうとも許し難い行為なのだ。
 どうあっても許せないからこそ、理不尽な暴力に立ち向かい、虐げられる人々を護り切れる力を、
本人も気が付かない深層の心理にて欲していたのではないか―――。
 世界最凶のテロリストを相手に敢然と立ち向かうフィーナの闘志を見るにつけ、
アルフレッドは自分の仮説がおそらくは正しいことを確信していた。

 尤も、あまり強くなられてしまうのは、アルフレッドにはフクザツなトコロでもあるのだが。


 冷めた頭が別な事柄に思いを巡らせている最中にもアルフレッドの警戒は依然として続く爆破と、
それを起こした犯人―――ジューダス・ローブに向かって研ぎ澄まされていた。
 先ほどはムルグの鳴き声を聞くまで完全に意識を別な場所に飛ばしてしまうという失態を犯したが、
二度も同じミスをするような暗愚なアルフレッドではない。
 ソニックブームが周囲へ輻射した瞬間、彼は妨げられる視界を懸命になって確保しながら、
ぶつかって散った烈風と旋風の正体をしっかりと見極めていた。
 フィーナも衝突点で火花散らしたシルエットを見定めており、空こそ切ったものの、弾丸の抜けた先―――
つまり、照準を絞った先へ確かに“標的”を狙っていたのだ。
 倒すべき“標的”のシルエットを。

「てめえ………ジューダス・ローブッ!!」

 爆薬の炸裂によって生じた黒煙と煙幕弾から噴射された白煙とが溶け合い、
高名な画家が描き出した風景画のような情緒的なコントラストに包まれたサミット会場の中心―――
ダンス・ウィズ・コヨーテに誘導されて暗殺対象のいなくなった円卓の机上に、その“標的”は静かに佇んでいた。
 黒と白のシンメトリックなコントラストも、背後に負ったルナゲイトの町並みより響く慟哭も、自分に向けられた剣呑な闘気さえも―――
常人には及びもしない思考だが、にわかに曇り始めた空を悠然とローブを棚引かせながら見上げる彼にとっては、
オーケストラの奏でるクラシックのように耳に心地良く聴こえるのだろう。
 この世のありとあらゆる恐慌を愉しまんとする世界最凶のテロリストは、
腹の底から搾り出されたヒューの呼ぶ声に答えず、声の一つも発さず、ただ静かに屹立するばかり。
 これだけの凶事を仕掛けておきながら静かに佇む泰然たる姿は、アルフレッドの目には世俗を捨てた隠者のように映った。
 右手にRJ734マジックアワー、左手にチェーンの長い投擲用の手錠を構えて歯軋りするヒュー以外の、
初めてその姿を目の当たりにする者たちは、殺意も戦意も感じられない沈着な佇まいへ戸惑いを禁じえなかった。

 ヒューのレポートの中にも体格や衣服の特徴は詳報されていたものの、
やはり文面で想像するのと間近で見るのとではまるで違う。
 テロリストと言う言葉から連想される仰々しさ、獰猛さをこの男は驚くほどに持ち合わせていない。
 丈の長い亜麻色のローブを頭から被り、顔面から爪先まで覆い隠した服装は確かに異様で目を引くのだが、
窺い知れない輪郭に不審と恐怖を感じ取ることはできない。
 それどころか、導師の如き神聖な気が亜麻色のローブから流れ出でるような錯覚さえ覚えてしまう。

 ―――ジューダス・ローブ。

 およそテロリストに見えない不可思議な沈着をその身に宿した大逆の“標的”は、
平和の祭典など絵空事だと踏み躙るかのようにして円卓の机上へ降り立った。

「覚悟を決めていただきましょう、ジューダス・ローブ様。神妙にお縄につきなさい!」

 旋風―――夢影哭赦を繰り出し、烈風―――ジューダス・ローブを弾き飛ばしたタスクがアルフレッドに代わって宣戦を布告する。
 言われるまでもなく、誰もが理解している。
 いかに静寂な佇まいを見せようともローブ姿の人物は平和の祭典を破壊し、
エンディニオンへ混乱を振り撒かんとするテロリストなのだ。ここで倒すべき…否、ここで倒さなくてはならない敵なのだ。
 ローブの裾から覗ける白い手袋の内側には、手裏剣を弾き返すのに用いたのであろう幅広なナイフが握られており、
刃先の鈍い輝きがアルフレッドたちにジューダス・ローブこそがその“敵”であることを改めて認識させた。
 夢影哭赦が横から割って入っていなければ、今頃、アルフレッドの喉笛は送るアテを失った呼気を外界へ漏らしていた筈である。
 白刃へ明確な殺意を宿したので無ければ、凶器と凶気を手にアルフレッドの喉笛に迫る理由も無いのだ。

 ………いや、“手裏剣を弾くのに用いた“と断定することがジューダス・ローブ相手には油断なのである。
 相手はシークレットギア(暗器)の使い手なのだ。
 これ見よがしにチラつかせるナイフは敵の油断を誘う為の心理作戦かも知れず、
手裏剣を弾いて飛ばした装備は全く別にあるかも知れない。
 疑い始めればキリが無く、殺意と戦意を感じさせない沈着な佇まいすら巧妙な罠と言う風に思えてくるものだ。

「アルっ! ネイトさんとセフィさんが………」
「無抵抗のままやられるタマか、あいつら。案ずるな。心配するなら、自分のことを先ず考えろ」

 ジューダス・ローブによる挨拶代わりとでも言うべき黒白の煙に巻かれてしまったのか、ネイサンとセフィの姿がどこにも見当たらない。
 そもそも垂れ込める煙幕によって視界が遮られている為、誰が無事で、誰が戦闘継続可能なのかも確認しにくい状況となっており、
ネイサンもセフィも、既にジューダス・ローブの手に掛かってやられてしまったのではないかとフィーナは危ぶんでいた。

(………やはり居ないのか、お前は………)

 ………そして、セフィの姿が見えない事実がアルフレッドの胸を突く。

「ボキのほういつでもOKだよン」

 言い表し難い胸苦しさに苛まれていたアルフレッドへホゥリーが合図を求める。
 今は眼前に迫った戦いに意識を集中させるべき―――つい先ほどフィーナを諭したばかりだと言うのに自分で同じ醜態を晒すとは、
どうしようもなく間の抜けた話であり、また、周囲への示しもつかない。
 アルフレッドは己の不出来に臍を噛んだ。
 点呼を取って安否を確かめるだけの猶予など有り得ないのだ。ましてや、セフィの不在へ懊悩するなど持ってのほかである。

(………行くぞ、―――ジューダス・ローブッ!)

 ―――さいは投げられた。
 戦いの果てに待ち受けているだろう運命を思えば、そこに怯むものを禁じ得ないが、
最早、自分たちは後戻りの効く段階にはいないのだ。

「………よし―――攻撃を開始しろッ!」

 アルフレッドから発せられた攻撃開始の号令を受け、仲間たちが一斉にジューダス・ローブを取り囲んだ。
 予知能力によって全てを見通しているのか、ジューダス・ローブは自分が包囲される様子を睥睨しながら対処に動こうともせず、
端然と立ち尽くしたままである。
 身じろぎ一つ無いのがまた神経を撫でてくれる。
 せめて何らかのリアクションを返してくれたなら、心理状況が察知できるものだが、
アルフレッドの淡い願いも虚しく、ジューダス・ローブは驚きの声どころか
「いかなる行動も予知にて見切っている」などと言う嘲笑も漏らしてはくれなかった。

 無動作にして無音―――第一印象には沈着に映った佇まいが、
次第に心の中で不安と焦燥を産み落とす呪いの種子に変わっていくのを感じたアルフレッドは、
敗因に直結する畏怖を芽吹かせないよう懸命に気力を奮い立たせる。
 敵に対する不安や焦燥、畏怖を意識すればそこに付け入られ、今度こそ喉笛を噛み千切られる。
 最悪の事態を避ける為に精神を集中させるアルフレッドだが、
自分のその行為がかえって畏怖を意識する結果を招くことにも勘付いており、
逃げ場の無い負のサイクルがどうにも忌々しかった。

 仲間たちがジューダス・ローブへの包囲網を敷く中にあって一人だけ輪に加わらなかったホゥリーは
太鼓ッ腹を叩いてリズムを取り、ひたすらプロキシの詠唱に全力を傾けている。
 木立をざわめかせる大気の激流は、黒白二色の噴煙を撫でるようにしてホゥリーの頭上に集まり、そこへ真空の渦を作る。
 集い来る道中で攫った木の葉を弄ぶ真空の渦は、ホゥリーの腹太鼓に呼応して少しずつ膨らんでいった。
 風の神人・デイーファの神威(ちから)を巨躯に降ろしたホゥリーによる、シャフトのプロキシだ。
 局地的な竜巻でもって敵影をズタズタに引き裂くシャフトを完成させたホゥリーだが、
すぐさまジューダス・ローブへぶつけることはなかった。
 予知能力を恐れてか、頭上にて真空の渦を維持したまま敵の出方を窺っているようだ。

 また気まぐれでも起こしたのかと思われたが、滅多なことが無ければ人目に出さない自身のトラウムまで発動させており、
この期に及んで戦意を問う心配は無い。
 球状のオブジェクトに吹流しを彷彿とさせる護符を垂らした“アヴァタール(※念動力によって遠隔操作するビット)”のトラウム、
『クムランテキスト』は、言わば魔力をプールしておけるポットである。
 例えばホゥリーが頭上に集めた真空の渦をクムランテキストへ放ったとする。
 するとクムランテキストは我が身に向けられた魔力を残さず吸収し、
全面銀板で敷き詰められたビット内側でシャフトのプロキシを再現させる。
 以上のプロセスを経て再現されたプロキシは、ホゥリーが発動を指向しない限りは維持され続ける造りとなっていた。
 応用次第では敵から向けられるプロキシを吸収し、因果応報を見舞うことも可能なクムランテキストだが、
今日の戦いでは反撃に備えて内容を空にしておくのではなく、前段にて詠唱の完了したシャフトを詰め込んでおくようだ。
 クムランテキストがシャフトのプロキシを吸収したのを確認するなり、ホゥリーは再び太鼓ッ腹を叩いて詠唱に移った。
 今度も同じシャフトのプロキシを唱えているようだ。休む間も無く木立はざわめき続けた。


「ッしゃあ――――――『棺菊(かんぎく)』ッ!!」

 様子を窺うような戦い方を見せるホゥリーに代わって先陣を切ったのは、勢いに任せて先駆けるのが常のフツノミタマである。
 口に咥えた鞘から十八番の居合い抜きを繰り出し、アルフレッドのお返しとばかりにジューダス・ローブの喉笛を狙う。
 先日、ヒューを相手に醜態を演じてしまったものの、フツノミタマが放つ一閃は相変わらずの超速を発揮し、
ジューダス・ローブの首筋目掛けて水平に振り抜かれた。
 最早、傍観することしか出来なくなった警備員たちは、刃が一筋の光にしか見えない棺菊の太刀筋に
誰もがジューダス・ローブの首がすっ飛ぶ様を予想した…が―――

「うざってぇ野郎だなぁ、クソがッ! やっぱり通じねぇんじゃねーかッ!!」
「………………………」

 ―――ついにその真価を見せた予知能力によってフツノミタマの太刀筋は完全に先読みされていた。
 フツノミタマ自慢の月明星稀が首筋へ到達するかしないかの間際、
ジューダス・ローブはブリッジでもするかのようにして上体を後方へ反らし、警備員たちの淡い期待を裏切って見せた。
 戦いに参加しない外野からは失敗を憐れむ声が上がるが、
予知能力を相手にして簡単に刃先を触れさせて貰えるとは思っていなかったフツノミタマは、
毒づきこそするものの、表情(かお)はさして悔しそうではない。
 彼が世間に数多転がる乱暴者と同類で己が腕を過信していたならば、
敵の優れた能力を正しく認めることも出来ないまま、立たされた劣勢に取り乱していただろう。
 己の剣技に自信はある。が、それに依存するほどフツノミタマも愚かではなかった。

 ジューダス・ローブの予知能力を前に苦戦させられると認めた上で油断なく月明星稀の刃を翻し、
第二撃を打ち込みにかかる。
 反らした上体をバネのように振り戻し、弓で弾かれた矢の如き勢いで繰り出されるジューダス・ローブの反撃も、
激烈な口調と正反対に冷静を保てていればこそ防ぐことができたのだ。
 棺菊と銘打たれた居合い抜きの鋭さには劣るものの、
それでも外野に立つ警備員たちの目には何が起こったか解らないほどの超速で上体を起こしたジューダス・ローブは、
アルフレッドに向けたのと同じ切っ先をフツノミタマの心臓を狙って突き出してきた。
 その動きを見極めたフツノミタマは斬撃から刺突に攻め手を切り替え、
月明星稀の切っ先をジューダス・ローブが構えたナイフのそれへと叩き込んだ。
 わざわざ突き合わすのが難しい切っ先を狙ったのは、直接刺突を繰り出しても予知能力に見切られてしまうとの判断である。
 一瞬でも付け入る隙を見せれば、その瞬間に心臓を貫かれるとフツノミタマは警戒していた。

 水平に構えた刀身から繰り出される平刺突(ひらづき)と呼ばれる剣技で
ジューダス・ローブのナイフと正面から衝突したフツノミタマは、切っ先同士がぶつかるなり豪腕でもって押し切り、
敵の刃を弾き飛ばした。
 力押しに姿勢を崩され、よろめいたジューダス・ローブの胸元へフツノミタマの追い撃ちが迫る。
 水平に刀身を構えるということは、片刃が横薙ぎへ移り易くなっているということだ。
 内側に向いた片刃を振り抜き、横薙ぎを見舞うフツノミタマの動きは、一切の無駄が見られない流水の如きものであった。

 だが、体勢を崩しても、流れるような横薙ぎに繋げても、それでも月明星稀がジューダス・ローブを捉えることは出来なかった。
 ジューダス・ローブは弾かれたナイフとは別に袖口へ隠しておいたリストナイフをフツノミタマへ投擲しながら後方へ退いた。
 リング状の柄尻に指を引っ掛けて投擲するリストナイフは卑劣にもフツノミタマの眼を狙っていたが、
敵がシークレットギアの使い手であることを弁え、不意打ちにも十分に警戒を凝らしていた彼はそれを難なく回避し、
挑発混じりに「ビビりがッ! チマチマした小技ばっか使って、そんなにオレが恐ぇか!?」と嘲って見せた。

 嘲笑にも反論一つ返さないジューダス・ローブの代わりに身も世も無い声を上げた者がいた。
 肉薄するフツノミタマとジューダス・ローブの戦いに見蕩れるあまり、
空を切って飛んできたリストナイフを避け損ねた警備員の一人が突如としてその場にのた打ち回り、
泡を吹きながら声にならない悲鳴を上げたのだ。
 リストナイフは別に彼の身体に深く突き刺さったわけではない。頬の薄皮を裂いて血を滲ませた程度である。
 それなのにこの尋常でない苦しみ方。顔面など既に土気色に変色している。
 胸を掻き毟るかのような苦しみ方でフツノミタマはすぐにピンと来た。
 リストナイフには致死性の猛毒が塗布してあったのだろう。それも一瞬の内に命を奪うような強力な毒が。

 「避け損なえばオレもああなってたわけだな」と、
フツノミタマは容赦と抜かりの無い巧妙な“仕事”の手口に同じ裏社会を生きる者として素直に感嘆し、
口笛でも吹いて称えてやろうと思ったのだが、それを許さず割って入ったのが、怒り心頭に達したハーヴェストだった。

「人にして人の道を外れし無法の悪漢がッ!! 今こそ正義の意味を思い知れッ!! 裁きの重みに射抜かれよッ!!」

 “セイヴァーギア”に憧れる人々から“何でも夢の叶う魔法のステッキ”と羨望されるファンシーな評判やフォルムと裏腹に、
魔法ではなくミサイル等の実弾兵器を創出・射出するスタッフのトラウム、ムーラン・ルージュを構えたハーヴェストは、
フィーナから寄せられた「頑張ってください、お姉様!」との声援を背に正義の怒りをジューダス・ローブへ浴びせかけた。
 やおら空中と放り投げられたスタッフは、グリップが三連装の砲門に、柄の中ほどがトリガーに形状が変化していき、
再びハーヴェストの手に戻る頃には、機関銃モード・ACサブマシンガンへと完全にシフトしていた。
 SA2アンヘルチャントに比べて大振りなトリガーを垂直に辿っていくと、
柄を挟んだ真上に照準を定めるスコープまでが完成されているではないか。
 少女がそこに何を夢見、憧れるかは知らないが、もはやスタッフは“魔法のステッキ”の面影さえ残していなかった。

 完璧な機関銃へと様変わりしたムーラン・ルージュのグリップを肩にかけ、
スコープで狙い定めたハーヴェストは「裁きを受けよッ!」と言う掛け声と共に銃弾の台風をジューダス・ローブへ見舞う。
 シングルアクション型のファニングとは比べ物にならない、文字通り暴風雨の如き連射だ。
 仲間を巻き込まないようにと空中から狙いを定め、
フルメタルの流星雨を降り注がせたハーヴェストの表情はすぐに苦いものへと変わった。
 銃弾の台風で包囲せしめれば、たちまち逃げ場なく追い立てられるものと思ったのだが、
何もかもジューダス・ローブの予知にはお見通しだったらしく、シャフト詠唱の影響で急流する風が硝煙をさらったときには、
標的の姿は夥しい弾痕だけを残して掻き消えていた。
 舌打ちまじりで周囲を見渡せば、ジューダス・ローブは、ハーヴェストなど眼中に無いと言った様子で
彼女の対角線上に身構えるシェインへ新たな攻撃対象を求めている。

「救いようのない外道がぁーッ!!」

 幼い子供を手にかけんとするジューダス・ローブの悪辣さを目の当たりにしたハーヴェストは、まさに怒りは限界点を越えそうだ。
 ムーラン・ルージュを三連装機関銃から中口径のロケットランチャーへシフトさせるや、
怒りに任せて多弾頭ミサイルを速射する彼女の両眼は感情の昂ぶりがそのまま伝わって真っ赤に充血しており、
 正直、えも言われぬ神聖さを醸すローブ姿の凶手とどちらがテロリストかわからなくなるくらい恐い。
鬼気迫るとはこのことを差すのであろう。
 デザートラッシュJJと名付けられた多弾頭ミサイルは、彼女の怒号を推力にしているようにも見えた。

 背後から猛烈なスピードで迫り来る多弾頭ミサイルに気付いたのだろう、
ジューダス・ローブはシェインへ向かっていた右足を一旦止め、それを軸として高速で振り返ると、
小型ミサイルへ分解される直前の弾頭に向かって袖口から取り出した手榴弾を放り投げた。
 ミサイルに爆弾をもって抗するなど前代未聞の反撃である。
 火の付いた爆薬同士を、それも大容量の危険物を衝突させるような行為を誰が好き好んですると言うのか。
 結果は読んで字の如く、火を見るより明らか。
 真っ青になったアルフレッドが「伏せろ!」と号していなかったら、
今頃は会場内の皆がミサイルと爆弾の衝突によって生じたオーバーバーストで吹っ飛ばされていただろう。

 当のジューダス・ローブは、オーバーバーストをやり過ごすなり再びシェインへ向かっていく。
 爆心地の極めて近くにいたと言うのに完全に無傷の様子だ。身のこなしのキレは少しも衰えていなかった。
 こうした反撃を想定せず、感情任せに無駄撃ちするハーヴェストの戦い方は、
アルフレッドから見ればとんだ傍迷惑である―――が、全てが悪かったわけではない。
 色を濃くする黒煙を掻い潜ったフツノミタマがシェインの加勢に滑り込むことができたのは、
オーバーバーストによってジューダス・ローブを含む全ての人間の注意が削がれたからに他ならない。
 間接的か、直接的かは別として、ハーヴェストがシェインの窮地脱出へ関与したことを疑う者は誰もいなかった。

「どーでもいいけど、見せ場取るような真似だけはしないでくれよな! あんたはもうバッチリ活躍したんだからさぁッ!」
「バカ抜かしてんじゃねぇッ!! 二階級特進みてぇなご大層な成り上がり方ってのはなぁ、
………ガキがするもんじゃねぇんだよッ!」
「勝手に自殺志望者にすんない! ボクだってそんなヒーローはごめんだね!」
「わかってんなら、とっととCUBEにでも念じろやッ!! モタモタすんじゃねぇッ!!」

 この戦いの為に火のCUBE『MS-FLM』を預かり、また、切り札であるビルバンガーTをも温存してあるシェインにとって、
フツノミタマの割り込みは、どちらかと言えば活躍の場を奪われる疫病神のようなものだが、
状況が状況であるし、ジューダス・ローブの恐るべき力量はこれまでの激闘から認めていたので、
あえて文句を言わずに従うことにした。
 万一、フツノミタマの加勢が間に合わなかったなら、確実に殺されていたことをシェインは誰よりも理解している。

「無茶をするな、ハーヴ! 状況を確認しろ! 密着し過ぎるなよ! 敵は何を仕掛けてくるかわからないぞッ!!」
「アカンときはワイらでカバーしたるさかいな、遠慮せんでガツンと行ったれ! 突っ込むくらいがあいつにはええ按配やッ!!」
「お、おいッ!! ローガン、変にけしかけるなッ!!」

 ただでさえ熱しやすい性格へ声援と言う名の油を注いだら、
どんな無茶――今しがたやってのけたモノ以上の――をするかわかったものではない。
 ハーヴェストの短慮を恐れるアルフレッドはローガンを厳しく諌めたが、
注意が耳に入っているのかいないのか、ハーヴェストの兄貴分を自称する大男は、前言通りに彼女の援護に入っており、
ムーラン・ルージュの猛攻から逃れてきたジューダス・ローブへ野球ボール大の気弾を撃ち掛けた。
 蒼白いスパークを撒き散らして飛翔する気弾は、
ローガンが闘術の奥義とする『ホウライ』によって作り出されたエネルギーの塊である。
 単発につき、ムーラン・ルージュから速射される多弾頭ミサイルと比べればさすがに弾数が劣るものの、
トラウムの創出に要するとされるヴィトゲンシュタイン粒子――俗に具現化粒子と呼ばれるものだ――を
気功術のように練り上げて戦闘手段に用いるホウライの弾丸は、
野球ボール大の塊の裡にミサイルへ比肩する高い攻撃力を内包している。
 迂闊に触れようものなら爆死させられかねないその結果を見通したジューダス・ローブは、
高速ながら単調な軌道を描く気弾を横跳びで回避すると、手榴弾と煙幕筒を併用してその場に黒と白のコントラストを巻き起こし、
不透過のヴェールへと身を隠した。

 横断幕のかけられた壁へ衝突するなり大爆発を起こしてコンクリートに風穴を開けた気弾の攻撃力を
ヴェールの向こう側に見て取ったアルフレッドは、
ローガンの本気と、何よりホウライに秘められた戦闘力の高さに思わず魅入られそうになった。
 ふざけてばかりの人が感動的な演説をすると普段とのギャップでより多くの心を動かすものだが、
ムードメーカーとしてチームの輪を保っているローガンもそうした類例と同じだ。
 普段、ふざけてばかりの人が本気を出すと、これまたとんでもないことになる、と。
 また、小さな気弾に峻烈な攻撃力を込められるホウライにもアルフレッドの関心は強く働いていた。
 ヴィトゲンシュタイン粒子を操作する為、ローガンは自分のトラウムを発動させられないのだが、
ホウライの爆発的な攻撃直はそれを補って余りあるものに思える。
 使い勝手が悪く、信頼の置けない安定性に欠くトラウムを無理に使うくらいなら、
ヴィトゲンシュタイン粒子をホウライへ回したほうがよほど合理的と言うものである。


 ―――ふとそんな考えがアルフレッドの脳裏を過ぎったのは、
何としても勝たねばならないジューダス・ローブとの決戦であるにも関わらず、
戦いに入ってから一度たりとも発動の兆候を見せないグラウエンヘルツへの苛立ちに起因している。
 必勝が求められる決戦に対して、最大の戦力を投入できないのだ。
自分に対する憤りや、如何ともし難い状況への焦りは尋常ならざるものがある。
 アルフレッドの右手は、いつの間にか胸元で揺れる灰色の銀貨を握り締めていた。
いつ鳴くとも知れない気まぐれな猫の化身を。

「コカカーッ!! カッカカカーッ!!!!!」
「イエス・サーってネ。ニワトリとヒューマンのビックリどっきりコラボレーションをたっぷりぎとぎとテイスティングしてウィッシュもんだヨ♪」

 白と黒のコントラストに身を潜めたジューダス・ローブは、気配をも完全に断っている。
 気配察知の訓練を積んでいるアルフレッドやローガンにも正確な位置が掴めないほどの隠行の技術を以って、
不透過のヴェールの向こう側を音もなく影もなく行き交っているのだ。
 ある意味に於いて、フツノミタマ以上に直情傾向が強いハーヴェスト指揮のもとで展開される戦いなら、
もしかしたら不確定な範囲全てに対して絨毯爆撃が行なわれたかも知れないが、そこは知略自慢のアルフレッド。
手立ては抜かりなく配してある。
 上空からジューダス・ローブの影を見極めていたムルグが標的めがけて急降下攻撃を繰り出し、
それによって大体の位置を掴んだホゥリーがシャフトのプロキシでもって彼女の示した周辺の煙を吹き飛ばす算段となっていた。
 プロキシをプールしておけるクムランテキストを発動させたのは、まさしくこの算段を実現させる手立てである。
 連続してシャフトを放ち、どこに逃げ込んでもジューダス・ローブの位置を白日のもとへ晒せるよう準備しておいたのだ。

 果たしてホゥリーのシャフトが散らした黒煙の先には、多重に残像を焼き付かせるほどのスピードで飛び交い、
ジューダス・ローブを攪乱するムルグの姿が見て取れた。
 隙の見えた瞬間に鋭利なクチバシを突き立てんとするムルグと、これを切り抜けようとするジューダス・ローブの肉弾戦は、
遠巻きに眺める警備員たちの度肝を抜くほどに凄絶であった。

「ドンピシャッ!!」。アルフレッドは自身の目論見が的中したことに歓喜の声を上げ、
しかし、それによって生じる油断と驕りを噛み殺しながらジューダス・ローブへと迫った。
 鋭く尖った彼の瞳は、不倶戴天の大敵だけでなく、
自分の後へ続くかのようにしてジューダス・ローブへ攻撃を仕掛けようとトラウムを構えるフィーナとタスクの姿をも拾っている。

 ムルグとホゥリーの連携が成功したこと、フィーナとタスクが油断なく攻撃態勢に入ったこと―――
二つの要因が結び合わさったとき、アルフレッドの口元が我知らず吊り上がった。
 直接ジューダス・ローブと交えた格闘戦そのものは、今までに体験したことのない不気味なもので、
どう表せば良いものか難しい類の焦りと怖気が走る。
 なにしろ繰り出す打撃の全てが空を切って掠りもしないのだ。
 サイドフックに見せかけて肘鉄を突き込むと言うフェイントも、
一足飛びで間合いを詰めながら繰り出したラピッドツェッペリンの連続蹴りも、ジューダス・ローブにはことごとく避けられてしまう。

(こうも容易くかわされるとはな………。予知能力を抜きにしても、自分の不甲斐なさが身に沁みる………)

 身体能力も戦闘能力もタスクやローガンと比べれば自分の稽古などまだまだ浅く、達人級の彼らと肩を並べられるレベルではない。
 テクニックまで総合すれば互角に勝負が出来るものの、純粋にスピードのみで勝負したならフツノミタマにも敵わないだろう。
 怜悧冷徹なアルフレッドは、自身の技量も冷静に分析していた。

 では、ジューダス・ローブはどうか? 彼の備えた身体能力はどれ程のものなのか?
 過信ではなく冷静に分析した結果、身体能力も戦闘能力も自分より幾分劣っていると判断せざるを得ないのだ。
 無論、完全に気配を断つなど高い技術の持ち主であることは疑いようがない。シークレットギアの腕前も卓越している。
 しかし、それがジューダス・ローブの限界のようにアルフレッドには見えた。
 予知能力に助けられて全ての攻撃を難なくかわしてはいるものの、体さばきのキレはやはり達人級とは言い難い。
 “テロリストの戦い方”を熟知していることは確かに脅威であるし、尚且つ相当な訓練や経験も感じられるのだが、
余人を寄せ付けぬ高次の攻め手までは、さしものジューダス・ローブとて体得してはいないようだ。
 長期戦になればなるほど、攻撃の単調さが浮き彫りになってくる。そこに力量の限界が滲み出していた。
 世界中を震撼させたテロリストと雖も、最大の武器であろう巧妙な心理的圧迫を除いてしまえば、
全く歯が立たないような相手ではなくなるのだ。
 身体能力の差、戦闘能力の溝を簡単に埋めてしまえる予知能力のアドヴァンテージに改めて身震いするアルフレッドだが、
種と仕掛けが綻び始めたテロリストとの戦いは、開戦当初よりも格段に作戦(こと)を運び易くなっていた。

 パルチザンやラピッドツェッペリン、ワンインチクラック…とアルフレッドの猛攻が続く中、
技と技の合間を縫ってフィーナとタスクもジューダス・ローブへの攻撃を開始した。彼の銃後を守る恰好での攻撃だ。
 フィーナのファニングとタスクの夢影哭赦、それに連なる体術の応酬は流れるようにジューダス・ローブを攻め立て、
その都度、予知能力によって回避されてしまったが、アルフレッドは三対一の攻防の中にハッキリと“あるモノ”を見出した。

 ほんの僅かだが、ジューダス・ローブの身のこなしが鈍り始めていた―――疲労が滲み出していた。

(―――勝てる、………予知能力を、破れる!)

 これこそアルフレッドの待ちに待った瞬間にして、タスクの言から着想し、練り上げた対ジューダス・ローブの計略―――
“ネビュラ戦法”だった。

 全ての事象を読み取る予知能力へ挑むのだから、クリーンヒットはまず望めない。
会心の一撃を狙って深入りし過ぎれば返り討ちに遭う危険性も高くなる。否めぬ攻め手の不利は認めよう。
 だが―――アルフレッドは“八方塞”という言葉から一つの仮説を思いついた。
 いかに予知能力でもってこちらの攻撃を先読みできるとは言え、ジューダス・ローブも所詮は人間。
永久機関を積載したロボットではなく生身の人間なのだから、当然、長期戦が続けば続いた分だけ疲弊も蓄積されていく。
 凡庸な身体能力から察するに優れたタフネスの持ち主とも思えない。そこにアルフレッドは勝機を見出したのだ。

「八方塞になる状況を作り出して追い込み、体力が尽きるまで白兵戦を強いる。
例え予知能力に長けていても肉体の限界には敵うまい」

 『ネビュラ戦法』を発表したときの仲間たちの驚きようと言ったら無く、
さんざんジューダス・ローブに煮え湯を飲まされてきたヒューなどは「その戦策(て)があったか!」と諸手を挙げて喜んだ。

 複数人で一斉に攻めかかってジューダス・ローブを包囲し、標的の体力が底を尽きるまで肉薄し続ける。
 予知能力でもなんでも使うだけ使えば良い。大技によって消費された体力はやがて彼自身の破滅を招く布石となる―――
これぞ“ネビュラ戦法”の神髄であった。
 アルフレッドは一対多数の利点を最大限に生かしたのだ。
 たった一人で何人も相手をしなくてはならないのだから、当然、ジューダス・ローブのほうが体力の限界を来たすのが早い。
ジューダス・ローブが疲弊し切っても、こちらの余力は十分に残存しているだろう。
 体力と疲弊が限界点を突破したならジューダス・ローブとて恐れるに足らない。
 首脳陣暗殺はおろか戦闘の継続とて不可能な状態に陥り、最後には卒倒するしかなくなるのである。
 一人に対して何人もの攻め手を用いる戦い方に
「リンチみたいじゃない! それは正義を汚すものよッ!」と反発したハーヴェストを説得するのに骨が折れたが、
あらゆる手段を凝らしてこそ、無敵無敗の予知能力に対抗できるようになるのだ。
 それ以外に勝てる見込みはないとまでアルフレッドはハーヴェストに突きつけていた。
 フェイたちの説得もあって最後にはハーヴェストも了承してくれたのだが、
“ネビュラ戦法”の発揮した真価を誰よりも噛み締めているのは、もしかすると最後まで反発していた彼女かも知れない。

 全員同時に攻撃を仕掛けてしまうと一度攻撃を回避されたときに生じる綻びは大きく、間隙を縫って逃げられてしまうケースも想定される。
 そこでアルフレッドは攻撃を仕掛けるのは最大三人までと限定し、
その他のメンバーは攻撃要因の交代とジューダス・ローブの逃亡に備えるよう配していた。
 仮にその猛襲から逃れることが出来たとしても、円卓を取り囲むように配置されたスカッド・フリーダムによって行く手を阻まれ、
立ち往生しているうちにアルフレッドたちが追いつくだろう。
 戦闘開始直前になってスカッド・フリーダムに指示された“パターンB”とは、
即ち、隊員たちで環状に円卓を包囲して逃走防止の壁を作り出すと言う行動プランである。

 入念に打ち合わせを繰り返した連携は完璧にして緻密に繋がり、
アルフレッドたちの組に続くべくヒューもRJ734マジックアワーの照準を合わせている。
 ヒューにはシェインとフツノミタマが加わる様子だ。
 フツノミタマは居合いでなく直接斬りかからんと月明星稀を水平に構え、
『MS-FLM』を握り締めるシェインもプロシキの準備を完了していた。

 やがてアルフレッドたちが下がるのと同時にヒューの組の攻撃が開始され、
ジューダス・ローブは銃弾の洗礼と超速の斬撃、更には灼熱の火球に殆ど同時に対処しなくてはならなかった。
 ますます激しさを増す戦いの趨勢を見極めながらローガン、ハーヴェストも攻撃態勢を整え、
一息ついたタスクも二人に目配せして改めて夢影哭赦を構え直す。
 ヒューたちの攻撃が終われば次はこの三人がジューダス・ローブを攻め立てるのだ。

「お姉様の言葉じゃないけど―――ちょっとだけ可哀相………かな。集団で一人をいじめてるみたいで苦しいよね」
「ヤツはたった一人で幾つもの集団に危害を加えてきた。
たった一人の恣意や感情の為だけに何人もの人間が傷付き、あるいは殺されたんだ。
情状酌量の余地は無い。言ってしまえば、これはヤツに下された刑だ」
「そ、それはそうだけど」
「ハーヴェストの言葉ではないが、正義が絶対悪を駆逐するのに必要なのは感情ではない。
許されざる者を裁く意志だ」
「………………………」

 完璧に功を奏したかのように見える『ネビュラ戦法』も全てが目論見通りに行ったわけではない。
 脱走したクリッターから町を守るべく飛び出したフェイたちを始め、当初予定していたメンバーの何人かがこの戦場にはいない。
 ニコラスたちは省くとしても、五人もの欠員が出ていた。

 ―――戦闘開始直後に姿が見られなくなったネイサンも未だに戦列へ復帰してはいないようだ。

 フィーナが懸念したように最初の爆撃がもたらした混乱の渦中でやられてしまったのではないかとの不安に襲われるが、
安否を確かめたくてもこの戦いを勝利へ導くので既に手一杯。
 今は煙の向こう側に無事でいるのを祈るしかない。


 一刻も早く戦いを終わらせなくては…と焦れる中、“ネビュラ戦法”は続く。
 逃げればムルグが追いかけ、ホゥリーのシャフトが容赦なく逃亡先を曝け出し、そこに三人がかりの攻撃が容赦なく叩き込まれた。
 一連の連携が何度も何度も繰り返され、ジューダス・ローブの疲労を何重にも積んでいく。
 ローブ越しにも彼が肩で息をし始めたのを認めた直後には、ついにローガンのタックルがジューダス・ローブを捉えた。

 実は身のこなしの鈍化もアルフレッドを油断させる為の罠だったとしたら、それは目の当てられない失敗だが、
重量級のタックルをぶちかまされて数メートルも吹っ飛んだジューダス・ローブのダメージは計り知れない。
 仮に今までの動きが演技であったとしても、直撃されたダメージは確実に響いているはずだ。
 追撃に対処すべく辛うじて起き上がりはしたものの、どこか出血したのか、ローブの内側から赤黒く染まり始めている。
 飛散した血しぶきがあちこちに同じ色の斑模様を造っていた。
 疲労は嵩み、体力も底を尽きかけ、大ダメージを被った―――
ジューダス・ローブの身のこなしが衰えているのは、最早、誰の眼にも明らかだった。

「今こそ決着をつけるぞ! フツ、ヒュー、俺に続けッ! 威力攻撃で畳み掛けるんだッ!!」
「おォさッ!! あの首、カッ斬ってやらぁよッ!!」
「一番槍は俺っちに譲ってくれよ。………自分の手でケリをつけてぇんだ………ッ!」

 虎の子の予知能力を発動したとしても、動きの鈍った現在では、回避行動に身体のほうが随いて来られないだろう―――
この好機を逃す手は無い。
 最大の攻撃力をもってしてジューダス・ローブとの決戦を終わらせようとアルフレッドが檄を飛ばし、
応じたフツノミタマとヒューも持ちうる最強の技を構えた。
 遠距離から攻撃できるフィーナ、ハーヴェスト、タスクの三人も油断なく狙いを定め、シェインもプロキシ発動の準備を整えている。

 今こそ総力を結集し、勝利を掴むときなのだ。

「これで―――終ェだッ!!」

 フィーナが撃発したダブルタップの威嚇射撃をジューダス・ローブがかわした瞬間、
電光石火で動いたヒューの左手より捕獲用の手錠が飛び掛り、ローブの裾から覗いた手首を正確に捉える。
 手錠のチェーンは遠距離の標的への対応も考慮し、聞かん坊の犬に嵌める首輪のリードのように長い。
 直径二メートルをカバーするその手錠を力任せに手繰り寄せながら、ヒューはRJ734マジックアワーの直刀を振り抜いた。
 手錠によって動きが封じられた以上は予知能力も効力を発揮できず、また、体力も限界に達している。
 今まさに直刀の餌食になろうとしているジューダス・ローブは、観念した様子で抵抗の素振りを見せなかった。




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