1.Masquerade



 数度の爆発音と共に起こった銃撃音。
そして多くの人々が駆け巡る音と怒声。サミット会場に響き渡っていた犠牲者と、被害者の恐怖に満ちた声。
その他諸々と、多種多様な音が混ざり合った後に、ほんのわずかな時間の静寂が訪れた。
 空間を裂いて現れた―――そうとしか言い表しようのない正体不明の武装集団は、
迅速かつ正確な動きで殺到し、大した抵抗を受けることなくサミット会場を瞬く間に制圧したのであった。
 彼らは道化師の如き仮面を揃いの軍装としている。
 群れを為した道化師たちが軍靴を打ち鳴らして進軍する様相は、不気味と言う以外になかった。
 しかし、彼らを道化師と認識する者はこの場に於いて誰一人として在るまい。
カーキ色の軍服に鉄製のヘルメットを着用し、あまつさえ手にはコンバットナイフや殺傷力の高いレーザーライフルを携えた様は、
彼らが曲芸の徒ではなく武装集団であることを明確に示していた。

「どうやらここは片付いたようだな。次の場所へ移ることとする」

 仮面の兵団の中で、隊長の地位にあると思われる男は部下へ簡単に伝えると、
それに応じた兵士たちは、一言だけ返すと再び素早く行動を始めた。
 サミット会場を制圧した彼らは先の勢いそのままに、一糸乱れぬ動きでセントラルタワーへと進軍を始めた。

「何だってんだ? 一体何がおきているっていうんだ?」
「敵だ、敵襲だ!」

 突如としてサミット会場が襲撃されたことによる衝撃は思いのほか大きく、
各部署を警備しているガードマンたちも、ほとんど事態の把握ができないで混乱する有様だった。
 ただでさえ奇襲を受けて圧倒的に不利な状況であるのに、冷静に対処する心理的余裕もないのだから、
これでは守れるものだって守ることができない。
 そもそも、セフィの手によって破壊された通信網は完全に復旧されていない状況下では、
相互の連絡も取れないわけである。
 だから、ガードマンたちは各々がばらばらに武装集団と戦うのが精一杯だった。
 まともに連携など取れるわけもない守り手に対して、攻め手は一枚岩である。
侵攻して来る武装集団と対するのは、あまりにも無謀な行為でしかなかった。
 先だってもたらされたジューダス・ローブの襲撃予告も、混乱を加速させる悪因の一つであった。
 「侵入してきた敵はジューダス・ローブただひとり」と言う認識がガードマンたちに植え付けられてしまっており、
仮面の兵団が押し潰すように攻め掛かってくるのは、固定化された先入観を払拭するよりも早かった。
 物量による攻撃が仕掛けられるとは夢にも思っていなかったのだ。
全く想定外の打撃を被っては、恐慌を来すのも無理からぬ話である。
 様々な心理的及び物理的動揺の中、何とか賊の侵入を防ごうとはしてみたものの、
衆寡敵せず、武装集団の一斉攻撃の前にはなすすべが無く、
ガードマンたちは次々に銃撃の前に倒れていった。
 数十分、いや、十数分ほどの短い時間であったろう、
所属不明の謎に満ちている仮面の兵団は、サミット会場に続いてセントラルタワーをもあっさりと占拠することに成功した。
 夥しい数の人間を殺傷したのであろう。
 戦闘が終息する頃には、揃いの仮面も、カーキ色の軍服も、返り血を浴びてドス黒く染まっており、
最早、元の色が判別できないような有様であった。

「よし、第一の作戦は成功だな。それでは次の任務に移ることにしよう。どうだ、機材の準備はできたか?」

 抵抗勢力が沈黙したことを確認した隊長は、戦闘と並行して別作業を進めていた部下たちに
状況の報告を求めるが、返ってくる反応はいずれも鈍い。

「いや隊長、それがですね…… 見てくださいよ、このガラクタの山々を。
よくよく見ればカメラやマイクといった放送用の機材のなれの果てですよ。
こんなものを使って電波を飛ばそうっていうくらいなら、走り回って口頭で用件を伝えた方が、よっぽど早く終わりますね。
こりゃあどいつもこいつも使い物になりそうにもありませんし、修理するのもどだい無理でしょうね」

 恐らくは、仮面の兵団はセントラルタワーを征圧した後に、
自分たちの声明を放送網に載せて世界中に発信しようとでもしていたのだろう。
しきりにセントラルタワー内部にあるはずの放送機材を探し回っていた。
 だが、彼らが捜し求めていた物は、既にこの事を予知していたセフィの手によって修復不能なまでに破壊されていた。
 それからと言うもの、かつて機材だった物は殆ど手を加えられることなく放置されていたのだから、
到底使用できる状態ではないことは当然であった。

「ご覧の有様ですからねえ…… さて隊長、どうしましょうか?」

 このまま使い物にならない放送用の機材を前にして無為に時間を消費するわけにはいかない。
ここで立ち止まっていては、何のためにここまでやったのか分かったものでは無い。
 兵士が尋ねた時には既に隊長は、携帯していた端末機(というよりは軍事用の無線機だろう)を使用して、
彼らの上官に事の次第を報告していた。

「こちらは第三部隊――ええ、その通りです。
ご覧にいただくことができるならお分かりでしょうが、状況は一目瞭然です。
我々が求めていた物はあるにはありましたが、全て破壊されていて使用不可能でして……。 
――はい、かしこまりました。仰せの通りに作戦を変更いたしまして、その通りの行動を。では――」

 隊長は上層部(うえ)と連絡を取り合い、命令を受けると、
目的を成すことができなかったために若干拍子抜け気味の、
手持ち無沙汰にしていた感のある兵士たちに向けて気合を入れるように下達する。

「見ての通り、ここにある機材は使用できない。だからといってここで手を拱いているわけにもいかない。
幸いなことに、この地域には各放送網の中継基地を各地に点在しているということだ。
従ってそれらを手中に収めるために、我々はそこを目指して進軍する」

 司令官の指示を隊長が伝え、部隊は次の行動に移る。
 セントラルタワーを占拠していた部隊の兵士たちの中から何割か―――ある程度の人員を
敵の再奪取を防ぐためにこの場所の守りにおくことにし、
それ以外の兵士は各地に点在している中継基地を制圧するために、休む間も無く再度進軍を始めたのである。
 セントラルタワーほど整っているはずもないが、各地点にもそれなりの機材は揃っているはず。
そこにある物までもがすべて破壊されているとは考えづらい、という事であった。

 かくして、出発した集団は、まずはセントラルタワーから確認できた、最も近い場所にある中継基地へと攻め込んだ。
 サミット会場も、セントラルタワーも制圧された今となっても、
持ち場を離れることなく警備を続けていたガードマンたちだったのだが、
このような小さな拠点を守っているような者たちなど、ほんの僅かでしかない。
 周囲の騒乱が一体何なのかと連絡を取り合う事もできないまま、あっという間に討たれてしまった。

 やすやすとその基地を制圧することができた武装集団だったが―――

「見てください、隊長。ここもさっきの場所と同じようにどれもこれも、ものの見事なまでにぶっ壊されてます。
ご丁寧に室内の電気まで入らないように配電線まで破壊されているといった念の入りよう。
まったく、どこのどいつがこんな酷いことをしたのやら…… 
物事には限度っていうのがあるだろうに。人の迷惑を考えてほしいもんだ」

 ―――と兵士がぼやいたように、ここにも使用に耐え得る放送機材はただの一つとして無かった。
 自分たちのやってきた行為も、ルナゲイトの人たちにとっては多大な迷惑――などという生易しいものではないのだが――であるが、
そのような事情は棚にあげて、兵士の一人はガラクタとなっていた機材を放り投げて腹立たしげに言った。
 隊長としてもまさかと思ったが、この中継基地も放送機材も破壊されているのは事実だ。
 またしても作戦が空振りに終わってしまった、と悔しさや怒りが込み上げてくる。
忌々しげな表情を作って、電源供給回路が走っていたであろう穴の開いた壁を軽く蹴りつけた。

「まだだ、まだ全ての場所がこのようになっているはずも無い。次の場所へ――」

 ともかく、まず必要な物は放送機材。となればその確保が何よりも大事。
 中継基地は一つだけではないのだから、まだ別の場所には無事なものもあるだろう、あるに違いない。
と隊長は希望に近い思いを抱きながら再び進軍の命を下そうとした。

 そこへ、腰に下げていた無線機から―――

「アルファより、こちらは第三中継基地を掌握。だが機材は破壊されている。繰り返す――」
「こちらはデルタ。現在、中継基地を捜索するも使用が可能な物は一つも無い。他の部隊はどうだ?」
「聞こえるか? こちらも同じように使い物になるものは無い」
「こちら第六部隊より―――やられた。ラジオの電波塔まで破壊されてしまっている」
「第七部隊だ―――電波塔だけでは済みそうもないぞ。機材はおろか中継基地も使い物にならん。全く周到なことだ!」

 ―――と自分たちの部隊と同じ報告が混線気味に聞こえてくる。
 サミット会場およびセントラルタワーを制圧した、主力ともいえる部隊だけではなく、
武装集団は同時に各地へ部隊を展開させ、各中継基地の制圧を迅速に行なおうとした。
 彼らの目論見通りに各基地の制圧はあっけなく成功していたものの、
しかし無線を介して各部隊の間で交わされていた連絡では、
どこの部隊も使用可能な放送機材を見つけ出したという言葉は一度たりとて聞こえてはこなかった。
 彼らが進軍していた放送基地にあった機材は、どれもこれもがセフィの手によってことごとく破壊しつくされた後であった。

「何ということだ。これではどうにもこうにも、手も足も出ない。一体どうしたものやら……」

 隊長がこのように気落ちするのも無理も無いことである。
 各通信局を押さえたとしても、一つたりとも使用できる放送機材が存在しないのだ。
これではルナゲイトを占領していたところで目的の完遂は不可能となる。
電波を使用して全世界に向けて自分たちの声明を発することができないのであれば、
口伝えやら紙媒体やらといったような、プリミティブな方法でないと自分たちの存在を知らしめることができない。
 目論み通りにルナゲイトの放送網を使用できたのならば、次の段階へと行動を移せるはずだった。
 しかしそうできなかったのだから、これでは戦略の遅延が生じること甚だしい。
 武装集団の各員が所持している携帯無線機は、
所詮はそれを有しているもの同士が限定的な範囲内でのみ情報をやり取りできる物である。
それだけが使えたところで広大なエンディニオン各地に電波を飛ばせるわけもない。
 ここの部隊の隊長と同様に、各地に散らばっていて軍事行動を起こしていた他部隊の隊長にも、
作戦の不成功に落胆したり苛立ったりする者が目立つ。
 どうにかしようにもどうにもならない、というもどかしさは無線機越しにでもよくよく感じとれた。
 自分たちではどうにも判断できない各隊長は、一様に各々が有していた携帯無線を使い、作戦本部へと連絡を送った。







「各部隊から次々に報告が参っておりますが、皆が皆、一様に同じような状況でございます」
「それは言わなくても分かっている。ここからでもその様子は十二分に見て取れる」

 司令室と思われる一室の中で、巨大なモニターに映し出されていた各部隊の状況を眺める、
仮面の兵団の総司令官と思しき人物は、
セフィによって破壊しつくされた各地の様子にも別段驚いたような表情を見せることなく、
静かに部下からの報告を聞き流していた。

「それでは、いかように致しましょうか?」

 真紅のマントに身を包んでいた総司令と思われる人物が、マントと同じように赤い色をした目を細めてしばし考える。
 次々によこされる報告のけたたましさとは対照的に、穏やかで静かな様子だった。
 総司令の特権なのか、あるいは上位者たる権威の誇示であろうか。
その人物は兵士たちと異なって道化の仮面を着用してはおらず、素顔を外気に晒していた。
 悪魔に等しい所業の指揮を執っていることが信じられないほど落ち着き払った総司令は、
これもまた驚愕すべき事実であるが、妙齢の女性なのである。

 戦陣に塗れて痛んだまま手入れもせずに放置しているのか、
腰まで伸びた長い銀髪は、およそ“女性の命”とは呼べぬほどに荒れていた。
 痩せぎすの頬には化粧気がなく、口紅はおろかリップクリームとて長らくご無沙汰であろう唇は、
水気が完全に失せるほど乾燥しており、所々に裂けた痕跡すら見て取れる。
 人間味と呼べるものが欠落したような風貌なのだが、
兵を進めて都市の武力征圧を図るような者には、これこそ最も似つかわしいと言うべきかも知れない。

「うむ―――」

 困惑気味に現場からの報告を受けていた兵士に向けて、彼女は「それならば」と何かを思いついたように答えた。

「制圧した各地点を我らの拠点とし、そこに砦を建設する」
「砦、でございますか? しかしご存知の通り機材は壊されておりますゆえ、戦略的価値は乏しいかと存じます。
そのような場所に拠点を構えてなにかメリットが――」

 下された命令の意図がいま一つ分かっていなかった通信兵を一瞥すると、
司令は長い銀色の髪を後ろに撫で付けながら再び口を開く。

「説明が必要か? 相手がどのような手段でこちら側の計画を知ったのかは分からないが、
我々に必要な機材は全て破壊されていた。我々に通信網を与えないということが目的ならば、
なにも全て破壊する必要は無い。持ち去るなり何なりすれば良いだけの話だ。
だが相手はそれをしなかった。何故か? 
これはあくまで推論だが、この行為をした者はルナゲイトの許可を得ないで独断でやったのだろう。
にわかには信じがたいが、破壊した者はおそらく我々の進軍と意図に気付いていたはずだ。
だがそのことを知らせていたのなら、ルナゲイトはもっと厳重な守りをしていたはず。
なぜ知らせなかったのかは分からないが、ともかく通信網は独断で破壊されたのだ。
そのように行なわれたということはつまり――」
「ルナゲイトの許可なしに通信網がぶっ壊されたってことは、向こう側にも残しておいた施設はねえってことだ。
つまりはこちらが拠点を押さえておけば、あいつらはゼロから通信施設を構築しなくちゃいけねえだろうが。
ルナゲイトがどれだけ素早く突貫工事で通信網を作れるかはわからねえが、
少なくともそれよりはこっちが通信機能を回復させる方が早いだろう。
そんくらいならちょっと頭ひねりゃ分かるだろ? ボンクラめ」

 配下を一瞥した後、再びモニターに視線を戻しながら説明していた司令の言葉を遮り、
豪奢な装飾を施されたコートで着飾る別の配下――高級武官であろうか――が、その説明されるべき内容を告げた。
 その男もまた道化師の如き仮面で素顔を覆っているが、他の兵士たちが顔面のみを隠しているのに対し、
彼が身に着けるのは頭部全体を覆うフルフェイス・モデルであり、
仮面ではなくヘルメットと呼ぶほうが正しいかも知れない。
 フルフェイスから背中へと滑り落ちた赤い長髪は、滴り落ちる鮮血の彩(いろ)を思わせた。

「大体その通りだ。速やかに各部隊へ命令を伝えよ」
「了解いたしました、カレドヴールフ様」

 命令が伝えられると、配下の者はカレドヴールフと呼ばれるその首魁に一礼をし、
各部隊へ下達するために、司令室に備え付けられてある通信機器を手にした。
そうして一言二言、短くカレドヴールフの命令を伝えた。

「大義を果たすまで外さないんじゃなかったのかね、仮面(そいつ)は」
「だからこそ兵士たちには装着の義務を厳命している。しかし、我らはどうだ? 替えの利く兵卒か? 
我らは我らの為すべきことを完遂するまでのこと。ひいてはそれが兵たちへの責任でもある。
仮面越しに見ては曇る情報がある。そう言うことだ」
「仮面の値打ちも随分と安くなったもんだ。こんな風に買い叩かれてるなんて知ったら、
あのおっさん、ブチギレんじゃねーの?」
「それならばそれで構わん。大義を果たす為の階梯を解せぬ無能など、この先不要なのだ」

 背後に控えていた従者より差し出された仮面を受け取り、
これによって顔面を覆い隠したカレドヴールフを、赤髪の配下は喉を鳴らしてからかうが、
小馬鹿にされた当人は意にも介していない様子だ。
 こうした軽口は日常茶飯事なのだろうか、聞き咎めるようなこともせず、
逆に幹部たちを招集するよう無頼の配下へ命令を下した。
 「『アネクメーネの若枝』を呼べ。副官(サイドキック)も含めてだ。出席できぬ者は通信でも構わん」と。

「次なる任務は、カッツェ・ライアンの奪取―――
あの男の去就こそが我らの前途を占うと言っても過言ではない。何としても手中に収めねばならん」
「グリーニャ…ねぇ。その名前を聞くだけでこっちゃハラワタ煮えくり返るんだがよ」
「それもまた私怨と言うものか? ………かく言う私もまたあの場所に囚われるひとりであるがな」

 「めちゃくちゃにブチ壊してやりたくなるのさ、その名前を聴くとな。全身がはち切れそうになるんだ」と吐き捨てる赤髪の男は、
仮面越しにでも形相が察せられるくらい烈しい怒気を全身から漂わせている。
 配下の怒れる姿を、暫しの間、静かに見つめていたカレドヴールフは、
次いで真紅のマントを翻してモニターへと向き直った。

「忌まわしき過去を断ち切ってこそ、輝ける未来を切り開けるのだ。
我らはエンディニオンを照らす陽の光を欲する―――」

 モニターはルナゲイトの情景に切り替わっていた。
 原型を留めないほど破壊されたサミット会場を中心に映し出されている為、
必然的に仮面の兵団の手にかかった物言わぬ骸たちの惨状を、多く、広く拾い上げることになる。
 その中にはシュガーレイに率いられてサミットの警護へとやって来たスカッド・フリーダムの隊員たちも散見された。
 腹を、胸を、レーザーライフルに焼かれて絶息した彼らは、一様に無念の形相である。
その様は、自身の末路に絶望しているのではなく、罪なき犠牲者たちを守れなかったことを悔やんでいるようにも見えた。
そして、その推察はおそらく間違ってはいない筈だ。
 ジョゼフの命を受けて捨て石となったガードマンたちは、スカッド・フリーダム以上に凄惨であった。
 彼らが身命を捧げることによって遺族の安泰は約束されたものの、
殆ど無防備のまま銃火にさらされ、蜂の巣にされた亡骸は、筆舌に尽くしがたい状態となっている。
惨たらしいとしか言い表しようがない。

 腰の剣帯に吊り下げていた軍刀――サーベルではなく、フツノミタマが使うのと同種のカタナである――を抜いたカレドヴールフは、
モニター越しに認められる数限りない骸へとこの剣尖を向けた。

「―――正義は我らの側に有る。行き場なく異世界に惑う【難民】よ。諸君を救う為に我らは鬼畜とならん」

 ………武装集団の首魁・カレドヴールフという者とアルフレッドとの長きにわたる闘争は、
まさしくこの宣言を以て戦端が開かれたと見るべきであろうが、
それを予期できる者は、今の時点ではどこにも存在しなかった。







 正体不明の武装集団に奇襲および征圧されたルナゲイトより辛くも脱したアルバトロス・カンパニーは、
日付が変わり、更に朝焼けで空が白む頃になってようやくフィガス・テクナーへと帰着した。
 距離そのものはルナゲイトからそれほど離れておらず、全速力で飛ばし続ければものの数時間で往復ができる。
 それにも関わらず多大な時間を要したのは、つまり追っ手を振り切りながらの逃避行であったこと、
またサミットに参加した要人たちを救出していた為である。
 とは言え、実際にあの修羅場から救出できた要人は、アルバトロス・カンパニーの総力を結集しても九人だけ。
それ以外の者は抵抗して射殺されるか、敵に捕縛されたかのいずれである。
 助けを求められても見殺しにせねばならない状況にも直面し、これが一同の心身を摩耗させていた。
 帰着までに時間を要した原因は、もう一つある。
アルバトロス・カンパニーの面々はMANAと言う移動手段を持っているが、
要人たちはそうした装備を有している筈もなく、完全に徒歩での帰着となった次第だ。

 朝焼けのフィガス・テクナーは、既に眠りから覚めている。
 早朝出勤だろうか、街頭を行く人も多く、そうした客をターゲットにする飲食店も営業を開始していた。
 街を包む空気は至って緩く、ルナゲイトでの騒乱は未だに伝わっていないことが窺えた。


 ボスやクインシーへのインタビュー、フィガス・テクナーとエヴェリンを行き来しての聞き込みなど
現地取材を進めていたトリーシャは、疲弊しきった様子で帰ってきたディアナたちを寝ぼけ眼で出迎えた。
 取材を行うと言うトリーシャの為にボスが事務所の一室を休息場所として提供してくれたのだ。
 まさかルナゲイトでそのような事態が発生しているなどとは夢にも思わず、
泥まみれで事務所に入ってきたディアナたちの姿を見、また委細を聞くにつけ、飛び上がって驚いた。
 無理からぬ話と言えよう。敵はジューダス・ローブただひとりだと思っていたのに、まさか別の勢力が現れるとは。
それも圧倒的な戦力を有しているとは。
 出発したときには連れ立っていなかった人間まで同道している。彼らがサミットに出席した要人だと聞くと、
再びトリーシャは飛び上がった。
 動転しながらも取材用のカメラやマイクを油断なく構えているのは、さすがのプロ根性と言えるかも知れない。

「………あれっ、他のみんなは? ネイトもいないみたいだけど………それに、フィーは?」

 サミットの席にて発生した緊急事態のあらましを取材用のノートにまとめていたトリーシャは、
現在確認されている生存者の名前まで書き出したところで、初めてあることに気付いた。
気付くのが遅過ぎたくらいだった。
 要人を連れてフィガス・テクナーに帰着したのは、サミットの警護に参加したメンバーの中でもほんの一握。
ディアナ、アイル、トキハの三名のみであった。
 トリーシャが一番に反応したネイサンは勿論、フィーナの姿も見られない。
 彼らはジョゼフが乗り付けたデコトラのトラウム、オールド・ブラック・ジョーのコンテナに逃れ、
そのままルナゲイトを脱したのだから、ディアナたちに同道していなくてもおかしくないのだが、
レイチェルたちを救い出すとヒューに誓ったニコラスと、
おそらく彼に随行したであろうダイナソーの姿も見られないとは如何なることであろうか。

「ライアン殿とその御一党は、ルナゲイトの御老公に助けられて無事だ。
………小生らにもはっきりとは言えないのだが、おそらく無事だと思う」
「ラスとサムは、マコシカの酋長さンを集落(さと)まで警護に出向いてるよ。
酋長さンは要らンって強情張ったけどね、集落からは他の人も出張っていたしね」
「最後はそう言ってラス君が押し切りました。なにしろミストちゃんも一緒でしたから、
彼も気が気じゃなかったんでしょう」

 ディアナたちが言うには、レイチェルやミストの救出に成功したニコラスとダイナソーは、
そのままルナゲイトを脱出し、マコシカの集落へ向かったと言う。彼女たちを無事に送り届ける為の警護である。

「レイチェルさんにはお世話になりましたし、なんとしても無事でいて貰わなければ。
いや、ラス君やサム君を信じてはいるんですけど」
「ヴィントミューレ殿はともかく、あのトサカ頭はどうであろうな。………だが、息災であることは小生も同じ思い。
酋長殿がサミットでされた大演説には身が震えたものだ」
「気持ちの良い啖呵切ってくれたもンだね。………ああ、ほンとに痛快だったよ………」

 レイチェルたちの無事を祈ろうと言うトキハとアイルを余所に、
一方のディアナは、救出してきた要人を冷ややかな眼差しで見据えていた。
 フィガス・テクナーへ逃げ果せた要人の中には、アルカークの唱えた過激思想に賛同した者も含まれている。
自分たちを害虫の如く呼ばわり、なおかつ駆除を訴えた人間が―――。 

(………こいつらみたいのをのさばらせておいたら、いずれジャスティンにまで危害が及ぶンじゃ………)

 何とも形容しがたい蟠りのような物がディアナの胸中を軋ませたとき、
急報を受けたボスとクインシーが事務所に姿を現した。
 よほど慌てていたのだろうか、サークレットに至るまで正装を纏ってきたクインシーに対して、
ボスはパジャマのまま着替えてもいない。
 緊迫した表情とウサギ柄のパジャマとのミスマッチが、なんとも言えず滑稽で、
疲弊の極みにあったディアナの精神を幾らか癒した。

 だが、根本的な動揺は鎮まる気配もない。それどころか、更なる波紋はすぐそこまで近付きつつある。
 社員たちの無事、次いでアルフレッドたちの無事を確認し、安堵の溜め息を漏らすボスであったが、
ルナゲイトを襲撃した兵団の特徴を説明された直後、クインシーと顔を見合わせた。
 額には大粒の汗が噴き出し、肩は微かに震えている。両名ともに明らかに狼狽していた。

「仮面と言うのは偽装なのか? それとも、アマリアートの―――」
「そんなのは些末なことでしょう、クインシーさん。………間違いない………ギルガメシュが…この世界にも―――」

 ボスとクインシーには、仮面の兵団が用いたと言う武装、軍服に思い当たる節があったらしい。
 みるみる血の気が失せていくふたりの様子に尋常ならざる物を気取ったトリーシャは、
特設された休憩場所から仕事道具一式を引っ張り出し、これを担ぐと一目散に外へ駆け出していった。

「待ちなさいっ! キミひとりが飛び出したところで何が出来ると言うんだねッ!? 今はここに留まっ―――」
「―――エンディニオンで何かが起ころうとしているッ! そんなときに立ち止まっていられないッ! 
全てを見届けなくちゃならないんですッ!!」

 トリーシャが事務所の玄関をくぐったとき、その意図に気付いたボスが慌てて短慮を諫めようとしたが、
記者魂に燃え、銀輪駆る彼女を引き留めることは出来なかった。




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