3.ルナゲイト家の蠢動 思いがけぬマリスの活躍によってセフィが一命を取りとめた頃、ジョセフとラトクは、 オールド・ブラック・ジョーの前で密談を交わしていた。 密談と言う表現は、些か陰謀めいている為に適切であるかはわからないのだが、 人目を憚るかのように仲間たちの輪から脱け出し、余人のいない場所にて談義を交わしているのだ。 便宜上、密談と言い表しても差し支えはなかろう。言葉を交わすのがルナゲイトに属する人間同士なのだから、尚更である。 「―――ジューダス・ローブの役目もこれでお終いですな」 そう言うラトクの手には、風に揺られる一枚の小切手が在った。 それは、以前にセフィから手渡されていた物である。………やや穿った見方をするならば、 ラトクがセフィから引き出した小切手と言えなくもない。 未使用の小切手をラトクから受け取り、己の手の中で委細を検めたジョゼフは、 「捨て駒のように申すな。事情はどうあれ、あれは孫娘のボーイフレンドじゃ」と忌々しそうに吐き捨てた。 ボーイフレンドと言う古風な言い回しがツボに入ったのか、 それとも大量のガードマンを捨石に使っておきながら近親者にだけは情を掛けることを皮肉ったのか、 つい堪えきれなくなってラトクは吹き出してしまった。 真意は判然としないが、彼の性格上、後者である可能性のほうが高かろう。 それはともかくとして、湧き上がって来る笑みを噛み殺したラトクは、 ジョゼフに手渡した小切手について調査報告を開始させた。 彼が調べたところによると、小切手の支払元…即ち、セフィの資金源はエスピノーサ財団だと言う。 セフィのファミリーネームを冠したこの財団は、エンディニオンでも有数の資産家が運営する組織であり、 ルナゲイト家とも深い?がりを持っていた。 「セフィ君も良いご身分だ。実家のカネを使い放題。それで何をやらかすのかと思えば、国際的なテロリストとは…。 いやはや、庶民の私なんぞにはお金持ちサマの考えは理解できません」とのラトクの説明が正しいのならば、 エスピノーサ財団はセフィの実家であり、さしずめ彼は大財閥の御曹司と言ったところであろう。 そのような立場の人間が、何を思ってテロ活動をし始めたのかは、依然として不明。 彼の意識が戻り次第行われるだろう尋問で解き明かすしかなかった。 「エスピノーサ財団には、どのように対応いたしますか? ………今後はあの武装組織との抗争が本格化するでしょうから、 処置を施すにしてもそれが終わってからとなりますが」 言いながら、ラトクは「小切手は証拠物件として取っておきましょう」とジョゼフに促した。 手を差し出してまで返却を求めるあたり、彼自身が“預かる”つもりのようだ。 「セフィのことはセフィのこと。親御殿は無関係であろう。それどころか、あやつは実に”良く働いてくれた”。 縁を深めこそすれ処置など持ってのほかじゃ。………おヌシとて、あの財団が倒れてしまって困るのであろう?」 「へっ? ………ああ、まぁ―――ジョゼフ様からご温情を賜れるのであれば。ええ、今だけで結構なもので、どうも」 ラトクの本音を見抜いたジョゼフは、「浅ましい奴め」と言い添えながら、 掌中にある薄い紙一枚を指で弾いて飛ばしてやった。 次いで呆れを含んだ溜め息を吐いて捨てたが、風に流されないよう慌ててキャッチに飛んだ部下を見たなら、 これは当然のリアクションと言える。再度、「浅ましい奴め」と漏らしてしまったのも必然だ。 「………惜しむらくは、サミットに集まった害虫どもを上手いこと抹殺できなかったことじゃな。 それだけアルの作戦が冴えておったと言うことじゃから、収穫がなかったわけでもないがの」 セフィ=ジューダス・ローブと言う認識を前提にした上で両者は話を進めているが、 その口ぶりから推察するに、サミットの決闘で暴かれるより以前からジューダス・ローブの正体を見抜いていたように思える。 それも「薄々感づいていた」と言うレベルのものではない。完全に把握し、その上で泳がせていたような言い方である。 「とりあえずは合格ライン―――兄貴分のほうはまたしても無能っぷりを見せてくれたようですな」 「ソニエとケロ君の無事は確認できておるが、あれはどうなったのじゃろうな。乱戦に巻き込まれて死んだか?」 「ジョゼフ様も人が悪い。ソニエ様とケロ氏がご無事で、アレだけが落命と言うことはありませんよ」 「フン―――悪運の強さだけは誉めてやらんでもないがの」 「セフィ君もどうせならフェイ・ブランドール・カスケイドも狙えば良かったのに。どうやらお眼鏡に適わなかったようですな」 「ジューダス・ローブの抹殺対象にすら選ばれぬ小物と言うことよ。仮にワシがセフィと同じ立場であったとしても、 わざわざリスクを冒してまで消そうとは思わぬよ。リスクに見合うメリットがないわ。 無論、生き長らえたことにも何らメリットは無いが………」 相変わらずジョゼフはフェイに対してのみ異常に手厳しい。 親代わりとなって育ててきた孫娘の恋人だけに憎たらしく思う気持ちもあるのだろうが、 それにしても苛烈と言うより他なかった。 ソニエに立ち聞きでもされていたら、またしても絶縁状態に陥ってしまうような嘲りがその中心である。 振り返るのも忌々しいとばかりに、「―――して、『ギルガメシュ』の全容は?」と ジョゼフは露骨に話題を切り替え、その様子がラトクには滑稽で仕方なかった。 「我々の調査からほぼ誤差ありません。ルナゲイトを征圧したのは『ブクブ・カキシュ』。 駆り出された兵士たちは、最高幹部指揮下の歩兵部隊と認定してよろしいかと。 ………尤も、これは前衛部隊のみのデータで、”要塞”内部までは入り込めませんでしたが」 「さすがに相手も阿呆ではないか。マユのような内通者がおれば、御し易いのじゃが………」 「それについては、引き続き工作を進めておりますので」 答えながら、ラトクはまじまじとジョゼフの面を窺った。 “マユのような内通者”とジョセフは明言しているが、これはセフィによるセントラルタワー爆破事件のことを指しているのだ。 マユの“ボーイフレンド”であり、またジョゼフとも近しいセフィであれば、 セントラルタワーへの出入りは自由に行えるだろう。誰にも怪しまれるわけがない。 しかし、一般公開されていない部分まで網羅したタワー全体の見取り図となると話は別だ。 安全保障の問題にも抵触する内容だけに、これは完全に機密扱いとなっている。 被害を最小限に留め、効率よく最大の成果を挙げる。これがジューダス・ローブの美学であり、 それ故にセントラルタワーの構造を全て事前に把握しておく必要があった。 その機密情報をセフィに流したのが、本来であれば誰よりも厳密に守秘すべき立場のマユだったと ラトクは内部調査の末に掴んでいた。 マユの守秘義務違反が判明した直後、ジョゼフの暗殺予告がジューダス・ローブから届けられたのだが、 標的と目されている筈の新聞王は、何を思ったのか、これを捨て置くように指示を出した。 セフィには自分を暗殺しようと言う意思がなく、過激な予告で混乱を煽り、 人々の意識を別の次元に縛り付けた上で、全く別の破壊活動を遂行するつもりであると ジョゼフはあらかじめ見抜いていたわけである。 それでも敢えて破壊活動を看過したのは、セフィの企図がジョゼフにとっても旨みがあったからであろう。 ルナゲイト家の生命線とも言える放送機材がダメージを被るとしても、 それ以上の収穫があるとジョゼフは踏んでいたわけだ。そうでなければ説明がつかないことである。 セフィの破壊活動へ何を期待したのか―――それについてはジョゼフもラトクも触れない為、 今のところ、公に出ることは無さそうだが、少なくとも真っ当な理由とは思えない。 そもそも「真っ当」の三文字自体が、彼らの言行には似つかわしくなかった。 (まあ、マユ様のほうはジョゼフ様に死んでいて欲しかったと思いますがね、本当に) 不敬にも程があることを簡単に想像し、なおかつ腹の底で笑うようなラトクを見ていれば、 「真っ当」など何処にもないことが察せられる。 もしかすると、エンディニオンの情報を統べる新聞王には、 ラトクの薄汚い内心も、マユの恐るべき胸算用も、全てお見通しであったのかも知れないが。 * ラトクとの密談を終えたジョゼフは、セフィが眠る場所とはまた異なる一室に入ると、 ロッキングチェアに揺られながらなにやら考え事をし始めた。 時計の針がある時刻を指した時、彼はおもむろにモバイルを手にとる。 そしてゆっくりと、アンテナのような突起をひねる。90度ほど回したところでカチリと音が鳴った。 その音を確認してから、ジョゼフはモバイルの通話ボタンを押した。 「―――Kill You!」 「………お前の趣味はワシにはよくわからんがの、身内に対してくたばれと言う挨拶は、 そろそろ自重せぬか………」 「今のは『殺されても、死なないように』と言うおまじないも入っているのです」 「………それでは、結局、殺されておるではないか、ワシは」 通話の相手は、言わずもがなマユその人である。 どうやら彼女も仮面の兵団の襲撃から逃げおおせ、無事を保っている様子だ。 「―――して、そちらの様子は?」 「現在、ルナゲイトに近付くのは容易ではありませんので、詳細までは把握しかねるのですが、 事態は思いのほか深刻ですわね」 それは、一般人が使用する正規の通信回線とは別の物である。 災害等の緊急事態、通常回線が使用できなくなった場合や極秘裏にやり取りをしたい場合など、 特別な状況下で使用する目的で開かれている秘密の回線だった。 通信の内容を即座に暗号化〜受信の段階で再度言語化を図るメカニズムの代物で、 声を発した側と受ける先とで僅かにタイムラグが生じるものの、盗聴の危険を回避することができる。 当然、回線自体も通常の物と異なって専用線である。 ジョゼフの有しているモバイルに備え付けられている、アンテナに擬態させた特別のスイッチをひねることで、 通常回線から秘密回線へと使用する回線が切り替わるのだ。 この秘密回線の存在は、ルナゲイトの中でも極めて限定的な人物にしか知られていない。 セントラルタワーのほぼ全てを破壊できたセフィも預かり知らぬことである。 だからこそ、この回線は彼に破壊されることなく、その機能を失わずに現存できていたのである。 幸いなことに生きていた秘密回線を通じて、ジョゼフとマユとのやり取りが行なわれる。 マユからの報告は、ただでさえ悲観的な状況下に置かれていたジョゼフをより悩ませてしまった。 曰く、ルナゲイトに現れた武装集団は、始めに攻撃を仕掛けてきた兵士だけではなかった。 姿を見せた“鉄巨人”からも、次々に兵士が現われてきたというのだ。 つまりセントラルタワーを圧するかの如き“鉄巨人”は、一種の移動要塞だと判断するのが妥当であろう。 最終的には確認できるだけでも数百人を超える大勢力がルナゲイトに駐屯しているということ。 ジョゼフがアルフレッドらを伴って、ルナゲイトから撤退したときには知るべくも無かったが、 彼らはセントラルタワーを占領した後に、テレビ局、中継基地といった拠点をことごとく押さえたということである。 相手がそこに留まって警戒を続ける以上、目的は通信・情報網を支配下に置くことなのは想像に難くない。 現在のところ通常の回線は機能を取り戻していないが、 時間がかかるにせよ、いずれ復旧することは明らかだ。 また、仮面の兵団はルナゲイトを占領し続けるとともに幾つかの部隊を編成し、そこを防衛する部隊と別の部隊を分け、 その別の部隊は各々がエンディニオンの各地へと侵攻を開始したということだ。 秘密回線を通じて送られてくるマユからの情報を取りまとめると、 その分散していった部隊は点として都市、村落、拠点を押さえる一方で、人的な連絡をも封殺するためであろうか、 すぐさまに点と点をつなぐ線、つまりは主たる街道や海路といった交通の要所も支配下に置いたとの事であった。 当たり前といえば当たり前ではあるが、これは単なるテロ行為やゲリラ行為ではなく、 確たる戦略に裏打ちされた作戦であることは間違いない。 この一連の騒乱を起こした仮面の兵団は、エンディニオンを支配下に置かんとしている。 通信網を押さえているのも、世界各地に自分たちのプロパガンダを垂れ流しにすることでより速やかな統治を行なうためだと、 そのようにジョゼフは判断した。 サミットに列席していた首脳陣もその多くがギルガメシュによって身柄を拘束されてしまったようだ。 マユの手引きでルナゲイト郊外まで逃亡できたのは、ごく僅か。 様々に手を尽くして生存者たちを然るべき場所へ送り届けてはいるものの、 今後、どのように事態が転ぶかは全く分からないとマユは嘆息した。 傭兵たちの“提督”ことアルカークは、ヴィクドに戻るなり迎撃態勢を整えるようだ。 場合によっては自ら撃って出ると、血走った眼を剥き出しにして豪語したと言う。 ルナゲイトからの逃避には秘密通路を使ったのだが、 その途上でも血気に逸るアルカークを宥めるのにマユは一苦労していた。 自分ひとりでも戦う、戦わせろと鈎爪を振り回しながら大暴れするアルカークを想像し、 ジョゼフは満面に「辟易」の二文字を貼り付けた。 確かに荒くれ者の傭兵を束ねる提督らしい振る舞いだが、何しろ状況が状況である。 たったの一人で何が出来ると言うのか。最早、狂態としか思えないのだ。 「ルナゲイト奪還も仄めかしておりましたわ。火事場泥棒でも狙っているのではありません?」 「先に入った連中を駆逐し、今度は自分たちでセントラルタワーを乗っ取ろうと? ………いや、アルカーク・マスターソンであれば、それぐらいはやり兼ねぬな………」 その他、サミット参加の為にルナゲイトを訪れていたマコシカの民は全員無事が確認されたこと、 スカッド・フリーダムはシュガーレイ以外の死亡が確認されたこと、 件のシュガーレイは未だに消息不明にあることをマユは報告した。 アルバトロス・カンパニーの面々も、フェイたちも、おそらくは離脱できただろうとマユは付け加える。 少なくともルナゲイトでは遺骸は確認されなかった、と。 (『ギルガメシュ』―――やはり、あやつらの目的は………) 一区切り付いたマユからの報告と、現在、自分が有している情報をつなぎ合わせ、 ジョゼフはある結論に至った。 おそらくその結論は、極めて過酷なのであろう。眼光の鋭さが幾分増したように思える。 「ご苦労じゃった。また定時ごとの連絡を怠らぬように。ゆめゆめ無理をするではないぞ」 「………あら? それだけですの?」 「それだけ、とは―――」 出方を窺うようなマユの声色からその胸中を悟ったジョゼフは、肩を竦めながら頬を掻いた。 「―――セフィならば無事じゃ。意識はまだ戻っておらぬが、一命は取り留めた」 「………そこまでの………重傷を………」 そう言えば―――と、ジョゼフは自身の不用意を省みた。 今までの経緯から推察するにマユもセフィの正体は周知しているだろうが、 これを暴かれた直後、仮面の兵団によって胸を撃ち抜かれたことまでは彼女の耳には入っていない筈である。 マユに何ら心の準備をさせぬままセフィの状況を語って聴かせるなど、迂闊以外の何物でもない。 電話口から聞こえる孫娘の声は、一気にトーンが下がっていた。 「案ずるな。あれしきでくたばる男ではない。それはお前が誰よりも一番知っておろう? フィーナも、他のみなも大した怪我はしておらぬ。各々、するべきことをするまでじゃ」 そう言って孫娘を励まし、通話を終えたジョゼフは、抜かりなくモバイルの回線を切り替えて――― 「ついに危惧していた事が起こったようじゃの。かくして二つの世界の交わりが始まってしまったか……」 ―――と、椅子の背もたれに体をあずけ、長い息を一度吐いて呟いた。 彼が瞑目して、椅子が二、三度揺れた時である。 「なにやらシークレットなインフォメーションをエブリバディにハイドしているようじゃないの? この一連のケースについて、ジョゼフのグランパはどんなようにシンキングかな?」 先ほどまで高いびきをかいて寝ていたはずのホゥリーが突然ジョゼフの部屋へと入ってきた。 本来ならばこの場にいてはならない筈の人間である。 年齢的なこともあり、ジョゼフは分担から外されているのだが、他の面々は仮面の兵団の奇襲に備えて 交代制で周辺の見張りに当たっているのだ。ホゥリーもその任に当たらねばならない筈なのである。 ………“本来ならばこの場にいてはならない筈の人間”と記したものの、それはあくまで人手に焦点を当てた場合の話。 現実的な問題に於いては、この限りではない。 アルフレッドから、「この哀れにも生命を持ってしまった醜い不飽和脂肪酸の固まりは、 どうせ真面目に働く気などは無いのだから、いないほうがまだマシ」という理由で ホゥリーは見張りの仕事から戦力外扱いされていた。事実、ホゥリー本人も全くやる気が無かった。 その“醜い不飽和脂肪酸の固まり”は、ヒマを持て余してジョゼフを邪魔しにやって来たらしい。 (こやつは………) 部屋には電子ロックがかかっており、だからこそ密談を行うのに適していたのだが、 この男は、幾重にもプロテクトの掛けられた施錠を解除したというのか――― それはともかく、ホゥリーの口ぶりからは彼がジョゼフの通話を聞いていたのは明らかだった。 知られるには不都合な要素が多い会話を聞かれていたジョゼフは、一瞬、彼に対して鋭い視線を投げかけた。 だが、長年生きてきた者に備わっているものなのか、それとも少なからず裏の社会と関わって得たものなのか、 ホゥリーの態度から何かを感じ取ることが出来たジョゼフは、突然の無礼に対して怒ることもせず、 会話を聞かれたことに対するしかるべき手段もとることなく、すぐさまにいつもの表情に戻ると、 「おヌシも『知っている』側の人間なのじゃな?」 と、まったく焦りや動揺の気配を見せずにホゥリーに尋ねてみた。それに対して彼はすぐさま答えを出すような事もせず、 ジョゼフの顔を見ながらニヤニヤと腹立たしい笑い顔を作って、さらに鼻をほじってはマヌケ面を見せる。 何かジョゼフのリアクションを待っていたようであるが、 ジョゼフは彼のバカな行動に興味無さそうな目つきで視線を投げかけたまま、ずっと黙りっぱなしだった。 短い静寂があって、つまらなそうに鼻に突っ込んでいた指を抜いてホゥリーは、 「ボキがそんな事に答える義務はナッシングじゃあないかな? ここんとこストレンジな事ばっかりでついついディテールがしっかりしたアンサーが欲しくなっただけ」 と、ジョゼフの質問に対して明確な答えを出すことなく、お茶を濁してこの場を流そうとした。 腹の内を見せようとしないホゥリーに何を言うべきであろうか。 ジョゼフからすると、ホゥリーがどこまで「知っている」のかが分からない以上、事の詳細を話すわけにいかない。 今はまだ、可能な限り持っている情報を晒すことはできない。 ホゥリーはホゥリーで、自分がどこまで「知っている」のか知られるような迂闊なまねはできない。 これ以上は何を言っても薮をつついて蛇を出すような行為となってしまう気がしていたから、 ジョゼフに探りを入れるのも躊躇われてしまったのだ。 二人の静かな腹の探りあいは続き、お互いにずっと相手を見据えたままずっと口を閉じていた。 物音一つしない静かな室内で、二人の視線だけが激しく交差していた。 長い沈黙があって、ふと、 「今は、人々は世界の存在理由を知らない。知ったとしたら、やがて人々はあらぬ方向へと向かうじゃろう。 そして、知らせてはならないのがワシらの役目なのじゃよ」 「ワシら? セルフ勝手にボキまでメンバーにインしナッシングでヨ」 「誰がおぬしなど味方と思うか。………じゃが、ワシの言うておることが理解できぬような阿呆でもあるまい?」 「………………………」 「………弟子にも言ったがの、情報とはそれだけ恐ろしいものなのじゃ。 妙な肩書きを背負って幾星霜流れたが、未だに扱い慣れんのよ」 と、そのようにジョゼフは椅子に揺られながら、ホゥリーに顔を向けることなく、天井に視線を向けて言った。 「知っている」人間として、これだけの言葉でも満足できたのであろうか、 「インフォメーションのモノポリーはほどほどがグッドだと思うけどねえ」と言うと、 ホゥリーは並びの悪い歯をむき出しにした笑顔を見せながら、部屋を出て行った。 ジョゼフはただ、そういう態度のホゥリーを黙って見送っただけだった。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |