6.火急の報せ フェイがセント・カノンを去った後、一同は翌日に向けて準備をする者、休息をする者、見張りを続ける者に分かれ、 それぞれが自分の思うようにやっていた。 そんな中で、フェイと自分たちの離反を招いてしまったアルフレッドは、 やるせない思いを引き摺りながらバルコニーで独り落ち込んでいた。 あの時、もっと他にとるべき手段があったのではないか―――と。 ジョゼフとフェイを引き離して、お互いの言い分をもっと聞いてから話を進めていくとか、 共同歩調をとるにせよとらないにせよ、しばらくは一緒にいて戦略レベルでの意思の疎通を図るとか、 他にもっと良い手段が取れなかったのだろうか。 それに、咄嗟の事とはいえ、すぐに看破されてしまう嘘をついたことを、 それが原因となって、フェイの一同に対する怒りと共に、 アルフレッドに対しての不興をも買ってしまった事が、悔やむべき行為に思えてならない。 しかも、シェインからの報告によれば、ルディアとの間に諍いまで起こったと言うではないか。 あのフェイが、英雄が、小さな少女を理由もなく跳ね飛ばしたと言う。 そのような事態へ至った責任の所在を求めていけば、最終的には自分自身へ行き着いてしまうのだ。 正常な判断力を欠くほどにフェイを追い詰めたのは、他ならぬ自分なのだ、と。 (俺がもう少し機転を利かせることができたら、こんな結果になんかならなかっただろうに…… 相変わらず、人の気持ちを酌むのが下手くそというか、何というか……) 自分たちの他には誰もいそうも無い、静かな別荘地を見つめながら湧き上る感情は自嘲の他には無かった。 自分だけが悪いわけではないだろうが、この結果になってしまったことに関して、自分を責める気持ちで一杯だった。 「はいはい、そんな難しい顔したってダメだよ。こういう時はビールの泡で包んで消すのが一番」 かなり思いつめていたのだろうか、すぐそばまで人が来ている事にも気付かないでいたアルフレッドは、 こんな時には調子の外れたような明るい声を聞き、はっとその方向に振り返る。 そこには缶ビールを二本持ったネイサンが、笑いながら立っていた。 「なんだ、お前か」 「ご挨拶だなあ。それともあれ? フィーナちゃんのほうが良かったかな? 僕でゴメンねー」 「そういう事じゃなくてだな…… いや、むしろこんな所をフィーに見せるような真似はしたくないしな」 「………そういう事か。恋人には自分の弱いところを見せたくないっていう、結構ありがちなプライドってやつ? 分かる。分かるよー、その気持ち。何て言うのかな、厄介な事に巻き込まれている時に、 さらに自分の事なんかに心を砕いて欲しくないって感じかな?」 根が明るいのだろうか、沈み込むアルフレッドを前にしても、おどけて見せるネイサン。 同じ言葉をホゥリーに言われていたら、きっと腹立たしかったであろうが、 恋人にこそ弱みを見せたくないという男のプライドを理解して、それを素直に認めてくれているネイサンだと、 そんな言葉でも許せるような気がした。 「だが、その分、お前に余計な気遣いをさせているような気がするんだがな」 「ああ、そんなの気にしない気にしない。これは僕のおせっかいでやっているだけの事だからさ」 ネイサンの心遣いに、気落ちのしていたアルフレッドも少しは回復したのだろう。 彼が持ったままにしていた缶ビールを受け取ると、口を当てて缶を傾けた。 それから暫時、アルフレッドの精神の回復を図るように、男二人で取り留めの無い会話をしながらビールを飲み続けた。 そんな中でネイサンが、ふと思い出したような気軽さで尋ねてみる。 「今回は随分と苦労しそうな相手だね。大丈夫?」 「そうだな…… お前と初めて会った時の、スマウグ総業みたいに簡単にいくはずもないな」 「そりゃあそうでしょ。相手はどう考えたって素人の集まりじゃないんだもんね。 腕利き用心棒の一人や二人、っていうような小所帯とはわけが違うだろうから、そりゃあ大変でしょ」 「相手がこっちに比べて質も量も上回っている。こんな戦況というものは体験したことが無い。それに――」 彼我の力量差を考慮して、アルフレッドには自分がどこまでできるのかという確固たる自信が持てないでいた。 “それに”…の後に続けるべき言葉としてフェイの事がある。 先程のとおりにフェイの協力は得られそうも無い。仮にフェイが自分たちに手を貸してくれるとしたならば、 多少不利な状況であっても逆転の手立てはいくらでもあるように思われた。 過ぎ去ったことではあっても、今更ながらにフェイの反発を招いてしまった事が、アルフレッドの次の言葉を詰まらせた。 沈黙が二人の間を支配する。 ジョゼフらとのミーティングで何があったか、あえてネイサンは聴こうとしなかった。 彼が心の内ではどのような思いでいるのかは分かることもないが、 これもネイサンなりの気遣いなのだろうかとアルフレッドは考え、再度口を開いた。 「それに、単なる烏合の衆、いや、この言い方はおかしいな、個々に独立して存在する強者の群体、か。 ともかく、ああいったばらばらの個の集合体であるならば対処するにも簡単だが、あの統制ぶりだ。 それに、あいつらは俺と同じようにアカデミーで学んだような戦略まで駆使してくる。 あのテムグ・テングリに勝るとも劣らない、というくらいの評価をしても差し支えないだろう。 そんな相手に俺の軍略がどこまで通用するのかと問われれば……」 口を開くごとに、アルフレッドの表情は徐々に曇りを増していった。 徹底的に鍛錬されているであろう相手の集団戦法を、ルナゲイト襲撃の時にまざまざと見せつけられた。 移動する城と言えるような“鉄巨人”から吐き出されるように出撃する大軍――― そんな強大な敵を前に自分の軍略でどこまで立ち向かえるものだろうかと苦悩する、 アルフレッドのこの不安はもっともであった。 そんな弱気な態度になりつつあったアルフレッドに向かってネイサンは、 「なんだいそれ。そんなんじゃダメだろう。キミがそんな事じゃあ始めっから勝ち目が無いようなもんじゃないか」 と、先程までの穏やかな口調からは一変して彼を咎め始めた。 ずっと黙ってアルフレッドの言葉を聞いていた分、この変わりぶりに彼は驚いた。 はっとネイサンの方を向くアルフレッドに、ネイサンはしっかりと、しかし穏やかな視線を向けて語りかける。 「そりゃあキミは自他共に認められるブレーンだ。 だからといって何もかもを一人でやろうっていうのは間違っているんじゃないかな? すべてのことを一身に背負う必要は無いはずだと思うけどね。何のためにキミには仲間がいると思っているのかな? 自分の判断に自信が無いなら、一人で悩んでいないで仲間に意見を求めてみるのも方法の一つだろう? まったくもう、キミはやる事なす事自分の中で処理しようとしているんだからなあ。 そういう人間はストレスとか何とかいろいろと溜めて溜めて――いずれは堪えきれずに爆発しちゃう危険性が大だね。 まったくさあ、こんな自爆型人間が彼氏だなんてフィーナちゃんも大変だなあって、同情しちゃうよ」 アルフレッドを叱咤するネイサンの表情は、普段人と話す時とは違ってどこか熱心な、 例えは悪いが再利用できそうな廃棄物――ネイサン曰く「有価物」――を目にした時と近似していた。 「………そうだったな、すまない。しかしだな、最後の一言は余計だろう」 ネイサンの言葉にふっと肩の荷が下りたように、思いつめた表情を解いたアルフレッドは、 缶の中に残っていたビールを一気に飲み干すと、そうネイサンに向かって感謝の言葉を述べた。 それと、ネイサンのおせっかいに苦笑しながら一言返した。 「いや、やっぱり男女の仲って気になるじゃないか。自分にも経験がある分、なおさらね。 まああれだよ、近所の世話好きなお節介オバさんと同じような感覚ってやつかな?」 「まあ、男女の仲についてはこれからも重々考慮していく。しかし、何だってそこまで俺に気を遣う?」 「何故って言われてもねえ…… キミには張り切ってもらわないと、色々と不都合じゃないか」 「不都合ときたか。自分勝手な言い方だな、と言ってやろうか?」 「そういう言い返しができるだけ心に余裕ができたって事だね。まあ、せいぜい頑張ってよ」 「今度はせいぜい、か。本当に励ましているつもりなのか?」 「おっとっと、こういう時には『力の限り』って意味だって。励ましているつもりだよ」 「お前の性格から推測すると、どうしてももう一つの方の意味に捉えてしまうんだがな」 「あ、そりゃ酷いなあ」 何だかんだと他愛の無い言葉を交わしてゆく中で、いつしか心にのしかかっていた重圧から解放され、 ネイサンから迷いを振り切る勇気を貰ったアルフレッド。 仮面の兵団に対する有効な反撃の足がかりとして、なんとしても佐志を守りきろうと決意を新たにする。 そして、迷いを振り切って立ち上がり、力強い足取りで準備のために歩き出した。 「………そう、“せいぜい”頑張ってよ」 気力を取り戻すアルフレッドの後姿を見つめながら、ネイサンは少し笑って呟いた。 * 会議に参加していなかったフィーナやシェインたちにも佐志行が伝えられると、 一同はそれぞれの思いを胸にしながら身支度を整える。そして、夜が明けた。 「ホイホイ、起きた起きた。もう朝じゃ、いつまでも寝ているではないぞ」 セント・カノンに到着した時には夜も更けていた頃。 そこからさらに見回りやら話し合いやらに時間を割いていたから、 (見張りの仕事から外されていたホゥリーとマリス以外の)一同はあまり長い時間を睡眠に当てていることはできなかった。 それでもジョゼフは朝早くから一番に目覚め、見回りの番でなかった者たちを元気に起こして回った。 ぐっすり、とまではいかなかった者としては、ジョゼフのこの行動はどうにも迷惑だった。 「何だい、もう朝か…… ってまだこんな時間じゃねえか。まったく、老人は朝が早いっていうか何というか」 「若いもんが何を情けないことを言っておる。ワシが若い頃などは、夜討ち、朝駆けの毎日じゃったわい」 「だけど、それにしたって年齢相応ってものがあるでしょう。その体力には感心しますね」 「昔取った杵柄、という言葉通りじゃよ。老いたとはいえ、ワシはまだまだこの通り。生涯現役というやつじゃな」 ハーヴェストが言うように、年齢を高く積み上げたとはいえ、まだまだ矍鑠(かくしゃく)としたジョゼフ。 ヒューの愚痴なんぞをカラカラと笑って軽くいなすと、緑茶を啜って一息ついていた。 「確かに、行動を移すならばなるべく早いほうが良い。こんな時なのだから、なおさらだな」 ジョゼフが皆を起こす声に即座に反応して目覚めていたアルフレッドは、 既に身支度を完了させて、ジョゼフらがいた部屋へと入ると同時にそう言った。 別の部屋で寝ていたフィーナとシェインはまだ起きてきている気配は無かったが、 一番鶏よろしく「コカッカー」と鳴いては外を飛び回るムルグの声を耳にすれば、すぐにでも起きてくるだろう。 「早くに出立するのはいいが、これだけの人数でどうやって佐志まで移動するってんだ? まさかここから泳いでいくわけにはいかねえだろ?」 シェインを寝かせ、おそらくは一晩中外にいたであろうフツノミタマが、丁度タイミングよく別荘へと入ってきた。 先程までの会話の内容を受けての質問である。 これから向かう先の佐志が島である事は誰もが知っている。 フツノミタマが言うまでも無く、身体強化系のトラウムを持つ者でもなければ泳いで渡るなんてまねはできない。 「ワシに任せておけと言ったじゃろうが。ほれ、準備はとっくにできておるわい」 疑問を投げかけられたジョゼフが、心配無用とばかりに二度手を叩いて合図を送る。 すると、ドアを開けて一人の男が入ってきた。 「ようやく私の出番ですか。いやはや、テレビに出るときは、常にトップバッターなのでね、 こういうタイミングはなかなか慣れない」 入室してきたのは、昨夜から――正確にはジョゼフとの密談を終えた後から、だ――姿の見えなかったラトクだった。 そのラトクに案内されて一行が向かったのは、セント・カノンのヨットハーバーである。 彼はジョゼフの命を受けて佐志に渡る為の船を手配していたと言うのだ。 「時間ぎりぎりになったが、間に合ってよかったよ」と、テレビ番組へ出演するときのようなおどけた調子で ラトクは手配の完了を皆に報告していたが、道中、不安に思う者も少なくなかった。 ラトクが有能なエージェントであることは周知の事実なのだが、 それにしても佐志行の決定から出発まであまりにも時間がない。 フツノミタマはイカダでも作ってあるのではないかと想像し、その発想に冒険を感じて興奮したシェインと 朝も早くから愚にも付かない口げんかをしている。 息の詰まるような日々の中、気晴らしにスペクタクルを求めたくなるシェインの気持ちもわからなくはないが、 イカダで洋上へ漕ぎ出すなど、自分の血肉を鮫に餌として与えるようなものだった。 ところが、手配されていた船は、フツノミタマの予想を大きく裏切るものであった。 仮面の兵団の目の届いていない港で波に揺られていたのは、なんと大型のクルーザー。 イカダでなくて良かったと安心する半面、ラトクがこんな立派な船を調達できたことが、 引っかかる者には引っかかった。 確かに彼は有能なエージェントだ。知り合った当初はマルチタレントとしての顔しか知らず、 その為、パブリックイメージとのギャップに面食らうことも多かったのだが、 今ではむしろジョゼフの懐刀と呼ぶほうがしっくり来るほどだった。 とは言え、このような短期間で大型クルーザーを調達できるとは、誰一人として想像していなかった。 佐志へ行くと決定してから四半日ほどしか経過していないのに、船を調達して港に係留するというのが、 いかにジョゼフが莫大な財と優秀な部下を持っているとはいえ、簡単に出来過ぎではとアルフレッドは思った。 昨日の今日どころか、今日の今日でここまで見事に用意できるのは無理がありそうなものだ。 予め自分が佐志行きを言い出すと知っていたような、そんな思いさえアルフレッドは抱いた。 「仰っていた通り、確かに船はありましたが………。しかし、こうも手際が良すぎると、感心するよりも先に―――」 その辺りを明確に言葉にしなかったのだが、ジョゼフはアルフレッドが言わんとすることを理解したようだった。 しかし、彼は軽く笑みを浮かべるだけで何も語ることはない。 この様子では満足できる答えは望めないだろう、とアルフレッドはそれ以上何も言わなかった。 ジョゼフやラトクに感じたキナ臭さは、とりあえず意識の外に置けばいい。 今はただ彼らの尽力に感謝していればいいのだ。佐志へ行くための船が調達できた。これこそが肝要なのだから。 一同は逸る気持ちを抑えて船に乗り込んでいく。 特にルディアのテンションは高かった。初めて乗船するクルーザーに興味津々のようで、 出航の準備を進めるラトクにしつこくまとわり付いては、気が付いたことを片端から質問し続けている。 昨夜のこともあるので心配したシェインが付き添っているものの、ショックからは完全に立ち直っている様子だった。 議論異論は噴出したものの、未だに意識が戻らないセフィも佐志へ搬送することに決まった。 重傷者へ負担をかけることは憚られることだが、マリスによればリインカネーションによって既に銃創自体は塞がっており、 体力を衰えさせないよう注意すれば、やがて本復するだろうとのこと。 しかし、マリスは体力よりも別のことを気にかけていた。かつては彼女自身も苛まれたことを。 だからこそ、セフィのもとを離れずに付きっきりで看護しているのだ。 『―――あとはセフィさんの心次第、ですわ。如何なる事情があれども裏切り者の汚名を受け、 またそれがわたくしたち朋輩に露見してしまったのですから。心が壊れていないことを祈るばかりです。 ………病床についた者にとって、心の痛手こそが最も身を削るのですから………』 ―――ローガンと共にセフィを担架で運ぶ間、アルフレッドはその頬をじっと眺めていた。 不承不承と言った態度で付き添うヒューもまた同じである。 おそらくふたりの胸中には、マリスから伝えられた懸念が浮かんでいることだろう。 船内ではマリスとタスクが交代でセフィの看護をすることになっている。 * 久しぶりの佐志は、テムグ・テングリ群狼領の内紛による戦の爪痕がまだ残っていたとはいえ、 以前に来た時とそれほど変わりは無いように思えた。 その時と同じように、風光明媚な自然に囲まれた村は、見た目は平和そのもの。 ここが再び戦乱の渦に巻き込まれる事になるなどとは、到底ありえないように思われた。 「おお、よくぞお越しなされた。お手前どもとは旧知の縁にござるゆえ、遠慮は無用。さあ、ゆっくりとおくつろぎ下され」 佐志へやって来た一同を、かつて村長の側近を務め、内紛の混乱時に村長が亡くなった後は、 村の代表者の地位に収まっている少弐守孝が温かく出迎えた。 以前は村長殺しの疑惑をアルフレッドに向けていた村人たちも、今は疑いを持ってはいないようで、 至って普通に彼らを出迎えてくれた。 そのような雰囲気の中で差し出された守孝の手を、アルフレッドは握り返す。 だが、彼の顔は歓迎される者には似合わない、険しい表情が浮かんでいた。 「その申し出はありがたいのだが、しかしそんな事をしている余裕は無いんだ」 「いかなる理由でござるかな? なにやらのっぴきならない事情がおありの様子。はてさて――」 「あくまでこれは俺の推測だが、結論から先に言うと、この村が侵略の危機にさらされている、ということになる」 「この村が、ですと? うむ、にわかには信じることが難しい話でござるが、お手前が嘘を言うとは思えませぬ。 それに昨今の世間の事情も合わせると…… 詳しい話を伺いたく候」 「それは話が早くて助かる。では手短に話すと――」 アルフレッドの突然の告白に守孝は驚きを隠せない様子だ。 テムグ・テングリ群狼領の同志討ちとも言うべき一大決戦が起こってから、 長い時を経ずして再び、ここ佐志が戦場になるかもしれないというのだから、当然の反応であろう。 すぐには信じ難い事を聞かされたが、しかし守孝としても、アルフレッドがどういう人物かを理解しているつもりだから、 そんな突拍子もない話であっても、一笑に付すようなまねをすることは無かった。 守孝が真摯にアルフレッドの言葉を受け止めようとする態度に、アルフレッドとしても落ち着いて話ができた。 ルナゲイトを突如として襲撃した武装集団の話に始まり、その集団が各地を次々と占領していること、 そして、海運の要所であるこの佐志が次の標的となっている可能性が極めて高いこと、 だから敵に対して先手を打って、ここで相手に一泡吹かせることで、 今後の対抗策に余裕を持たせていこうとの決議が仲間内でなされたこと――― これまでに発生した事態を、時系列に沿って説明した。 「いやはや、その面妖な武装集団とやらの話はそれがしの耳にも入ってござった。 されど、まさかと思ってはいたが、本当にこの佐志が狙われることになるとは一大事にござるな」 「俺たちと佐志の民が一致団結して事にあたらなければならないわけだ。これ以上、敵を勢いづかせてはならない。 エンディニオンの将来を決するかもしれないこの地での戦いで敗北するわけにはいかないんだ。 あれこれ言ったが、―――早い話が俺たちに手を貸して欲しいというところか」 アルフレッドの言葉に熱心に耳を傾けていた守孝は、そのようにアルフレッドから申し出があるや、 「無論」とすぐさま立ち上がって彼の手を力強く握りしめて、 「お手前どもには恩義がありますれば、そのように水臭いお話は無用にござる。 我々、佐志の民は、この難事に対してたとえ戦死しようともこの村を守る所存で候。 目的を一にする者同士、何の遠慮がいりましょうや」 と、自らの心中を大声で語った。 そんな彼にアルフレッドが礼の言葉をかけるよりも早く守孝は外へと駆け出すと、 村人たちを集め、アルフレッドたちと協力して仮面の兵団と戦うことを告げた。 村人たちも、この代表者の意見に反対する者も無く、皆が声を上げて戦の準備を行なうことを決心したのであった。 「じゃあこんな感じでいいですかね、フツノミタマさん?」 「おい、これじゃあ攻めてくださいって言ってるようなもんじゃねえか。 バリケードってのはよ、敵の侵入を防ぐためにガッとしてなきゃいけねえんだ。 こんなボテッとしたもんじゃダメだ。もっとこうブワッと、ブオッとしたもん造れよ!」 「何が何だかさっぱり分からない…… なあ源さん、もっとブワッとしたバリケードってどうやって造るんだい?」 「そうさなあ…… あんまり抽象的過ぎて分からねえな。あっちに聞いてみたらどうでえ。 すんません、こうグワッとした感じのバリケードってどう造ったもんかねえ?」 「感覚的な話は無視して、重要になるのは…… 敵が撤去しにくく、かつ登ってこられないような造りか。 そうとなるともう少し一つ一つを強固に繋ぎ合わせ、 上にはもう少し、上らせないように細かい突起物なんかを設けたほうが一層の効果があるだろうな」 守孝が村人に命令を下すや否や、佐志の村は俄かに活気付き、一同は戦の準備におおわらわとなった。 フツノミタマやアルフレッドの指導の下、バリケードなども築くことにしたのだ…が、 会話の通りフツノミタマの指導方法に若干の、いや、かなりの難があったのは愛敬である。 「何だか、どこに行っても争いばっかりで辛くなっちゃう」 「フィー姉ェの言うことは分かるけどさ。でも、悪い奴らと戦わなきゃ、悪い奴らに負けちゃうって事じゃない? 戦わないで負けるくらいなら、やっぱりみんな負けたくないから戦いを選ぶって事だと思うよ、ボクは」 村人たちがせわしなく動き回る中、たまたま顔を合わせたフィーナとシェインは互いの気持ちを語り合う。 どちらも言い分ももっともであるが、今は村人たちと協力することが優先であることは分かっているつもりであった。 そんな二人がまた作業に戻ろうとしていた時である、 「ちょっと大変! これ以上無いって言うくらいに大変!」 戦の準備に忙しい佐志の喧騒をかき消すほどの、さらに騒がしい声を上げて息せきかけてやって来たのは、 フィガス・テクナーを出奔して以来、各地を経巡った末に佐志へ到着したトリーシャである。 ロードレーサーのような体勢で愛用の自転車をこぎ、猛烈なスピードでやって来た彼女は、 フィーナを見つけ出すとブレーキもそこそこに自転車から飛び降りてフィーナのもとへ駆け寄った。 ――余談だが、操縦者を失った自転車は慣性の法則に従って無人で走り続け、 設置されたばかりのバリケードにぶつかると、大きな音を立ててあらぬ方向へスピンしながら弾け飛んだ―― 「とっ、トリーシャ!? どうしたの、一体!? って言うかどうしてわたしがここにいるって分かっ――」 「そんな事は後回し! それより聞いて、聞いて! 仮面付けた変態どもがグリーニャに向かっているの!」 「何だとっ? どうしてグリーニャにあいつらが!?」 トリーシャの大声で伝えられた情報は、彼女から一番近くにいたフィーナよりも先に、 遠くで耳にしたアルフレッドに驚きの声を上げさせた。 ぜいぜいと肩で息をしながら水を一口飲んだトリーシャのもとへと、 彼女を弾き飛ばさんばかりの凄まじい勢いで駆けつけたアルフレッドは、 鬼気迫る表情で彼女の肩を強かに掴んで矢継ぎ早に尋ねる。 「どういう事だ、嘘じゃないのか? どうして佐志に攻めてこないんだ? 何でグリーニャなんかを攻める必要があるんだ? それよりも敵の数はどれだけだ? 装備は?」 「ちょっと、そんなに一度に沢山聞かれたって答えようが無いじゃない。って言うか痛いって」 ガクガクと体を揺らす、肩に食い込むアルフレッドの手をなんとか引きはがし、 尋ねるというよりは詰問するでもいうべき速さでまくし立てる彼を制するために、 今度は自分がアルフレッドの肩に手をかけて、一回深呼吸してトリーシャは口を開いた。 「ざっと数えて三百人くらいかしら…インチキ臭い仮面被った連中が野営してるところに出くわしたんだけど、 聞き耳立ててたら、こいつら、グリーニャを攻めるって話してんのよ! 仮面被った兵隊って、ルナゲイトを征圧したって連中でしょ!? これは一大事って思って、急いで駆けつけたんだけど………」 数日遅れで届いたネイサンからのメールで一行の佐志への移動を知ったと言うトリーシャ。 一刻も早くこの緊急事態を伝えねばならないと考え、しかし、未だに不安定な回線の復旧を待ってはいられず、 自転車を駆り、取材用に隠し持っていたボートを乗り継いで佐志へ急行したのである。 「どう言うことだ!? 何のために!?」 「そこまではわかんないわよ! あんまり近付きすぎてあたしのほうが見つかっちゃったし! ………でも、そいつらの広げていた地図はこの目で確認したわ。グリーニャの村に赤マルが付けられていた!」 「ロイリャ地方のグリーニャで間違いないんだな…!?」 「他にグリーニャって村はないでしょ!? ………勘違いって思いたいかもしれないけど、 予定が途中で変更されなければ、ほぼ間違いなく武装集団の目的地はグリーニャよ」 「そんな…… バカな……」 トリーシャの言葉は、アルフレッドの心胆を寒かしめるには充分な効果があった。 言葉を失うアルフレッド。相手のやり口が、彼がアカデミーで学んだ戦略と同じものであったとしたら、 まず間違いなく佐志が狙われるはずであった。 だが、その予測に反してグリーニャに武装集団は向かっているというのだ。 進攻して支配下に置くほどの戦略的価値などほとんど無く、 それに農業と手工業が主な産業で、価値ある鉱物も採れなければ大規模な工場も無い、 どこにでもあるような、取り立てては何の特徴も無いひなびた山村のグリーニャが狙われるとは。 故郷グリーニャに敵が向かっているという事よりも、まさかそのような行動に出てくるとは思ってもいなかった、 全く以って敵の行動が予測の範疇から脱していた事の方が、アルフレッドには衝撃だった。 迂闊にも考えが及んでいなかったとか、敵の次の行動を決めつけてしまっていたとか、 至らなさを悔いる事もままならないでいたアルフレッド。 様々な思考が頭の中を激しく飛び交い、彼は一種のパニックを引き起こしていた。 (佐志を攻めるよりも重要なのか? しかしグリーニャに一体何があるというんだ? 敵の目的は一体……?) トリーシャによって伝えられた事実を呑み込んでそれを消化するまでには、相当の時間が要せられた。 「今からグリーニャに駆けつけたとして、果たして進軍を止めることが……」 トリーシャがグリーニャへの進軍を確認したのは、数日前のこと。 もしかすると既にグリーニャは敵の手に落ちているかも知れなかった。 「しかし、間に合わないかもしれないからといって、行かないわけにも…… 故郷が危ないというのに…… だが、これが陽動作戦だとしたら、今オレたちは動くわけにもいかない…… だがしかし――」 行くべきか、行かざるべきか――― 心情的には今すぐグリーニャに行きたいのだが、また別の可能性も考慮するとどうしても二の足を踏んでしまう。 困惑するアルフレッドは、自分をさいなませている混乱を口に出していることにも気付かず、自問自答を繰り返した。 「落ち着いてください、アルちゃん。私の知っているアルちゃんはこんなことでは動じたりはしないはずです。 冷静に考えれば、きっと何か良い解決策を見つけ出せるはずです」 「しかしだな、マリス。こんな事になるとは思ってもみなかったから……」 動揺からか、よろめくようにしながらも何とか立っているというように見受けられるアルフレッドを支える、 というよりはしがみ付くようにして、マリスはアルフレッドを励ます。 だが、その言葉を受けてもアルフレッドの焦りは納まる気配はなかった。 なおも頭を抱えながら、何事かを考え続けていたアルフレッドを見かねて、 「こんな風に慌てるなんてアルらしくないって。どっちも放っておけないなら、両方とも守ればいいだけじゃない。 アルにとって、それにわたしとシェインくんにもグリーニャはとっても大事な場所なんだから。 もし本当にグリーニャが攻撃されたら、村のみんながどうなっちゃうか…… それなのに村を見捨てるようなアルじゃないって、わたしは信じてる!」 と、フィーナはアルフレッドの背中をしたたかに張ると、彼に向けて活を入れた。 「随分と簡単に言ってくれるじゃないか…… だがそうだな。ここで悩んでいたって何の解決にもならない。俺たちはグリーニャを助ける」 故郷の危機に手をこまねいてはいられない。フィーナが言ったように、グリーニャには家族や友人がいるのだ。 もし陽動だとしても、それでも行かなければならない。 アルフレッドは落ち着きを取り戻す。そして、決心した彼はすぐさま事の顛末を守孝に伝える。 「承知仕った。我々が佐志を大事に思うのと同様に、アルフレッド殿が故郷を思うのも至極当然。 よろしい、お手前には恩義があり申すれば、微力ながら我らもグリーニャのために尽力いたす」 アルフレッドの言葉を受けて、守孝は村の人々を集めると、佐志の防衛を怠らないようにするとともに、 グリーニャを助けるための手勢を募集し、少ないながらも守孝に付き従う者たちを集めた。 「皆の者、今こそ受けた恩義に報いる時がきた。一層の奮迅を期待する」 守孝の呼びかけに佐志の人々の士気はますます高まり、その勢いは天を突くほどであった。 「こうやって協力してもらう時に失礼な言い方になるのだが、この村の船はどれだけのスピードが出る?」 佐志の人々が集まる最中に、アルフレッドは今後の戦略に関して考え、一つの案を練り出す。 事は一刻を争うとなると、一般的なルートである港から陸路を通ってグリーニャに入るというやり方では、 どうしたって時間を食ってしまう。 それに、武装集団が街道を封鎖していないとは限らない。 ならば、少々の危険は伴っても佐志からグリーニャに近い浅瀬まで船を寄せてそこから進むべきだ、という結論に達した。 そうするには、浅瀬に寄せられて人を下ろせる船が必要であり、 さらにその船には目的地まで素早く移動できるスピードが備わっていなければならない。 だが、アルフレッドが見た限りでは、佐志の港にはラトクが用意した船以上に速度が出そうな物は見当たらない。 不安になるアルフレッドの言葉を聞いて、守孝は造作も無い事だと言わんばかりに、 「そのような事であれば心配はご無用でござる」 と返答するなり、アルフレッドたちを連れて村の港まで足を運ぶと、自らのトラウムである『第五海音丸』を発動させた。 「トラウムなれば出し入れ自由。それにお手前どもの船よりも、この村のどの船よりもより多くの人を運べ、 なおかつ迅速な移動が可能でござるよ」 彼が言うように、第五海音丸は形状こそは漁船であるが、ラトクの調達してきた船に比べて大型であり、 その上、機銃などの武装も施されている。 これならば、アルフレッド一行と、守孝に従う村人たちがまとまって素早く移動できるのだ。 まさに渡りに船、とばかりにアルフレッドたちはすぐさま第五海音丸へと乗り込み、 グリーニャへの海路をひたすらに急いだ。 「マリス様、お顔の色が優れないようですが、いかがなさいましたか?」 「いえ、別に何もございません。ちょっとだけ考え事をしていただけですわ」 先を急ぐ一行の表情は、皆険しいものであったが、その中でもマリスの顔色は特に穏やかではなかった。 従者であるタスクはそれにいち早く気付き、彼女の心配を口にしたが、 それに関してマリスは確固たる答えを伝えることはなかった。 (あのアルちゃんの立ち直り方…… わたくしとフィーナさんに一体何の違いがあるというのでしょう……) 恋人であるはずの自分よりも、妹であるはずのフィーナの言葉で冷静さを取り戻したアルフレッド。 果たして自分は一体何なのか。本当にアルフレッドとフィーナの関係は親密な「家族」なのだろうか――― マリスの脳裏には様々な思いが去来していた。 ←BACK NEXT→ 本編トップへ戻る |