2.迫られる決断



 ―――テムグ・テングリ群狼領がギルガメシュとの全面戦争を決してから時間はやや遡り、
また、舞台もフィガス・テクナーへと移る。

 ギルガメシュによる全エンディニオンへの布告が行なわれた直後の事。
フィガス・テクナーで件のメールを受信したアルバトロス・カンパニーの面々は、緊張した面持ちで事務室に集まっていた。
 レイチェルたちを無事にマコシカの集落まで送り届けたニコラスとダイナソーがフィガス・テクナーへ帰還したとき、
既にボスを筆頭に同僚たちは顔を揃えており、皆一様に表情を強張らせていた。
 普段であればノリの軽いダイナソーあたりが「なぁに深刻そうなカオしてんのさ。
特にアイル! ただでさえババくせ〜のに、今日は一番ひっでぇカオになってんぞ」などと茶化したものだろうが、
帰路にてギルガメシュの宣告を受け取っていたこともあって、そうした悪ふざけが飛び出すことはなかった。

 ………当然、グリーニャにおいてアルフレッドたちが味わった悲劇などは知る由も無いが、
果たして知ったところでどうなっていただろうか。少しでも影響が及んだであろうか。
 とにかく、今の彼らには自分たちの後々のことを考える必要に迫られていた。
 彼らは、いや、彼らと同じ世界に生きる人々は、ギルガメシュによって難民と認定されたのだ。

「社長、それではあの武装集団が………」
「そうだ、ギルガメシュ。唯一世界宣誓ギルガメシュ。………まさか本当に異世界にまで侵攻しているとは………」

 ―――トキハは改めてボスに再確認をしたのだが、
神隠しに遭っていた者以外は、ルナゲイトを襲撃した仮面の兵団の正体を周知していた。
 唯一世界宣誓ギルガメシュ。
 ニコラスたちがこちらの世界に迷い込む前後から急速に台頭してきた新興の武装集団であるとボスは一同に説明した。
尤も、このような理念を掲げて活動していたとは知る由もなかったと言うが。

「………さて、我々はギルガメシュと共に行動するかここに留まるか――」

 重苦しい声と共にボスが絞り出したのは、自分たち難民がこの世界でどうあるべきかと言う問いかけであった。

「いやいやいや、ギルガメシュってのに降伏するって言うんすか? それって何かおかしくないと思いません?」
「………ボスが述べる事には別におかしな点は無いはずだが、な。
ギルガメシュの言うことが正しければ、彼の者らは別の世界というか、我々と同じ世界からやって来たいわば同族。
その傘下に入ることに問題が生じるとは思えないが………」
「何言ってんだよ、アイル!? 問題大ありだとおもうけどよ、俺サマは!」
「いやね、降伏って言うからこじれるンだ。ようはあたしたちだって難民だろ?」
「『だろ?』って言われてもっすよ、姐さん――」

 布告にあったように難民を保護する立場にあると公言しているギルガメシュと歩調を合わせるのか。
それとも今いる世界の人間、主としてアルフレッドたちに味方するべきなのか。
 自分たちの今後の身の振り方をめぐって話し合いが延々と続く。
話し合いと言うよりも、侃侃諤諤の議論と言い換えるべきかであろうか。
 (ダイナソーのせいで)話し合いや議論と言うよりは口論といった方がより正確であったのかもしれない。
 それはともかく、彼らの議論は時間が進むほどに熱を帯びてゆく。
それだけ彼らにとってはギルガメシュの出現という出来事は重大で重要な問題だった。

「アイルが言いたいことは分かる。そりゃ同じ世界の人間同士なんだし、
難民保護って観点からすりゃ、協力しようってのは考えるのは一般的な話だろうさ。
けどよ、いきなりやって来て街をメチャメチャにしたようなやつらだぜ。
『俺たちの味方だ』だなんていったからって信用していいものか? 協力するったって上手くやっていけるか? 
どうしたってその辺が納得いかないわけさ」
「冷静になったらどうだ。感情で動くだけでは何かと失敗が多い。それではいつものそこもとと同じ」
「感情を抜きにして、損得の計算で考えてみろってわけか? 
だったらあれか、今まであれだけ世話になったアルたちを見捨てようってのか?」
「人聞きの悪い事を言うもンじゃないよ、サム。あたしだってアルたちと敵対したいわけじゃ無いンだ」
「だったら、アルたちと手を組んだっていいじゃないっすか」
「アルたちに味方すれば、遅かれ早かれギルガメシュと戦うことになると思うンだ。
ああいう性格だから、黙って見過ごすなンてまねはできないだろうからねえ」
「そう、ライアン殿と手を組んで、ギルガメシュと戦う事自体は簡単ではある。
しかしそれに勝ち目があるのかどうかはまた別の話。………サムは本当にギルガメシュに勝てると思っているのか? 
彼の者らがルナゲイトを攻めた時に見ただろう、
あれだけの戦力を持つものと事を構えるのは得策ではないどころか、むしろ愚策」

 アルフレッドたちに強い恩義を感じているダイナソーにとっては、彼らを、彼らのエンディニオンの危機を捨ててはおけず、
彼らに味方するように同僚たちにまくし立てて説いていたのだが、それをアイルは極めて冷静に退けた。
 むしろダイナソーの考えとは逆にギルガメシュと手を組むべきだと主張する。
 それに納得できるダイナソーではなかったし、彼女も退かないのだから話し合いは平行線のまま。

「ギルガメシュだってどれくらいのものなのか分からないじゃないっつーか、
別にアルたちだけであいつらと戦うわけでもないだろうによ。
こっち側の世界だってテムグ・テングリとかいくらでもギルガメシュと戦えそうな勢力はあるだろ。
そいつらを焚き付けさせて戦う事ができれば――」
「よしんば、そうなったとしてどれだけ当てになるのか分からない。
そもそも、どうやってサムの言うようにギルガメシュと戦わせるつもりだ?」
「そんなん、後から考える話じゃねーか」
「………まあいい、この世界に長い間いたわけではないし、詳細まで把握していると言う気は無いが、
彼の者らが一致団結してギルガメシュと戦えるだろうか。トキハ殿はどう思われる?」
「そうですねえ…… 僕が知る事ができた範囲では、この世界は独立勢力がしのぎを削っているようなものですから、
そういった組織同士が協力できるかどうかと聞かれると、難しいと答えるのが妥当だと思いますね」
「さもありなん。もし同盟のようなものが出来たとしても、連携が上手くいくかどうかなど怪しいもの。
こんな不確定な要素に頼らなければならないのなら、勝ち目は無い」
「仮定の話にそんなに突っかかってくるなよ。ったく……」
「それだけでは無い。ギルガメシュが小生らと同じ世界の者だというのは彼の者らが所持していた武器からも分かる。
こちらとあちらでは見てきたとおり、明らかに文明というか工業技術のレベルに差がある。
一昔、などというものではないほどに時代の違いが如実。こちらの世界で一度でもMANAのようなものを目にした事があるのか?」
「そんなんいったら、トラウムってやつがあるじゃないか」
「武器にならないトラウムがいくらでもあると見聞きしてきたではないか」
「むむむ……」
「武器の差というのは戦争においては極めて致命的な要因になり得る。
各々のトラウムに頼らねばならないこちら側の世界では満足な対抗手段があるとは思えない」
「それじゃあお前は勝ち目が無いからギルガメシュの味方をしようっていうわけか?」
「違うと言えば違うが大差は無い。そうとってもらっても構わない」
「ちぇっ、頭が切れる人間はこれだから……」

 ダイナソーの意見、というよりは多分に感情に支配された物言いを、アイルは次々に退けていった。
 元々アイルは軍人として名を馳せてきた名門のノイエウィンスレット家出身である事から、
運送業に従事しているとはいえ、門前の小僧なんとやらでこういった方面には詳しい。
 だからこそ彼女は彼我の戦力差を重々把握していたわけである。
 はじき出される答えはどうしてもギルガメシュの絶対優位であるとしか言えないものだった。
 ダイナソーとしては一方的にやり込められてしまう事に、アイルが事も無げに――少なくとも彼にはそう見えた――
アルフレッドたちと袂を分かとうとしている事に腹立たしさを覚えずにはいられなかったのだが、
こうして自分と彼女で口論を続けたところでアイルの考えが変わるとも思えなかった。
 だからとりあえず彼女以外の人に話を振ってみる。

「それでトキハ、お前はどうなのさ? やっぱり勝ち目がないからギルガメシュに付くってか?」
「………ごめん、サム君の気持ちは分かるけど。やっぱり、そうするべきなんじゃないかって僕は思うな。
サム君が言ったようにこっちの人たちにはとってもお世話になってきたけど、でも……」
「……。お前なら恩義を忘れるなんて事は無いと思っていたんだけどよ」
「僕だって心苦しいさ。けれども……」
「でも我が身可愛さに勝ち馬に乗るってわけかよ。お前もアイルと同意見か」
「嫌な言い方しないでよ、サム君。………でも、僕は志半ばで終わるわけにはいかないんだ。
学者になる―――その夢だけはどうしたって諦められない。
だからこそギルガメシュの下に付いてでも安全を確保しなきゃって思うのは仕方ないよ」
「分かった、分かった。どう言いつくろったってアルたちを裏切っちまうことにかわりはねえのさ」
「………………」

 合理的な考えで物事を進めるアイルよりは情に左右されがちであろうトキハだったら、
このアルフレッドたちの危機に際して彼らの味方をしてくれるのではないだろうか。
そうダイナソーには考えというか淡い期待があった。
 しかしトキハには学者として大成するという決して捨てきれない夢がある。今を生き残れなければ将来も何もない。
 ここでギルガメシュに敵対するよりは彼らの味方となった方が生き残れる、学者への道が残される可能性が高い、
トキハは大よそこのように判断したのだろう。
 ダイナソーの矢継ぎ早な喋りに気圧されていたのも確かだが、それ以上に自分と他人を両天秤にかけねばならないこと、
苦汁の決断をしなければならない事に胸を痛めて、トキハは言葉少なげにゆっくりと話していた。
 だがそれでも、彼の目には初志を貫徹しなければならないという決意の現われがあったのは、
誰の目から見ても明らかだった。
 ダイナソーもこれ以上強く言い聞かせたところで彼の結論は変らないと理解はしていた。
 そうであっても納得できはしなかった。
 「恩知らずの人非人」などと罵ったり、怒鳴りつけて張り倒したりという事もやろうと思えばできなくは無かったが、
そんな事までしようなどとはダイナソーだって思わない。
 むしろ逆効果になりかねないことくらいは、今のダイナソーにだって判断できる。
 トキハが一時の感情で決断しているのではないことは分かっているのだが、
そうではあってもトキハもギルガメシュに味方すると言い出すのだから悔しいと言うか、やり切れないと言うか。
 いかんとも表現し難い感情がふつふつと湧き上っているのをダイナソーはよく感じとっていた。
 彼はひたすらトキハを睨みつけるように見つめ、できる限り抑えた非難の言葉をかけるだけだった。

「そンなにトキハを責めるンじゃないよ。誰にだって守るべきもの、譲れないものはあるって事さ。
それについて同僚とはいえ他人がどうこう口に出せる立場じゃないってのは今のあンたにだって分かるだろ?」
「そりゃそうっすけど…… やっぱり姐さんも思い直しはしませんか」

 ディアナがトキハのフォローに回った。
 その声に反応してダイナソーは彼女の方へ顔を向けると、そこにはトキハと同じような意を決した顔があった。

「ああ、その通りさ。あたしにだって守るべきものはあるンだ。そのためにも命を粗末にしようとは思わないね」
「その言い方はないでしょうよ。それじゃまるでアルたちが――」
「ああ、良くない言葉だったね。ようは少しでも可能性のある方に付くだけの話なンだよ」

 話を聞く人聞く人が全てギルガメシュに付くべきだと強く考えているのだから、
ダイナソーは何となく後頭部に鈍器を叩きつけられたようなショックを覚えた。
 今までの自分たちアルバトロス・カンパニー一同とアルフレッドたち一行との記憶が不意にフラッシュバックしてきて、
両者の関係とは一体全体何だったというわけなのだろうかと、
今までの事は結局仮初めにすぎなかったのかとダイナソーは苦悩した。
 気を抜くと緊張の糸がぷっつりと切れて喚きだしそうになるのだが、それでもそんな感情を何とかぐっと抑え込んで、
彼は努めて落ち着いて――もっとも他人からはそう見えなかったのだが――話を続けた。

「それじゃあさ、みんなの考え通りにギルガメシュに付いたとしようじゃないか。
そうしたとしても本当に奴らが俺たちの安全を保証するんか? 
ルナゲイトでの容赦の無い行為は良く見たじゃないか。
あの有無を言わせないやり口、爆弾やらクリッターやらなんでもありだったじゃないか。
そんなやつらが難民には優しいなんてことがあるか? 口先だけなら何とでも言えるだろうさ。
難民保護と言ったって信用しきれたもんじゃないとは思わないか?」

ディアナに情に訴えかけても上手くいかないのなら、と今度はギルガメシュに抱いていた不信感を述べて、
そこを切り口として何とか考え直してもらおうとしたダイナソー。
だがしかし、そんな彼の努力も残念ながら実を結びそうには無かった。

「信用云々を持ち出すンならアルたちに味方したとしてもそうなンじゃないのかね?」
「アルが信じられないって、いくらなんでも姐さん――」
「人の話は落ち着いて最後まで聞きなよ。何もあたしはアルたちが信頼できないだなンて言わないさ。
でもギルガメシュがやって来て、あたしらはそっち側の世界の人間ときたもンだ。
アルたちがあたしらを信じてくれたとしても、こっちの世界の人間があたしらを信じるとは限らないだろ?」
「そんな、かもしれないって話をされても困りますって」
「あンただってギルガメシュが宣誓通りに実行しない『かもしれない』って話をしているンじゃないか」
「そりゃまあそうなんすけどねえ……」
「なンにせよ、どちらかに付かなければならないってンなら、
アイルやトキハが言うように可能性の高い方に賭けてみるべきなンじゃないかね。
あたしだってここでくたばっちまうわけにはいかない。………絶対に守ンなきゃなンないもンがあるンだよ」

 ディアナが言う事はもっともだ。アルバトロス・カンパニーの面々は難民たちのような立場、いやむしろ難民そのもの。
こちら側のエンディニオンの人々がどこまで受け入れてくれるのだろうか。
受け入れてもらえないだけならまだしも、差別や迫害、弾圧の対象にすらなりかねないというわけである。
これについてはダイナソーも気付いていたのだが、敢えてその問題には目を瞑っていた。
そうと表現するよりはアルフレッドたちみたいな人間ばかりであって欲しいという、期待に近いものだったのかもしれない。
とにかく、ディアナとしてもここで死ぬわけにはいかない。
彼女にとって守るべきもの、唯一の家族である息子のために、何としてでも生き延びる必要があった。
たとえギルガメシュに降伏してアルフレッドたちと敵対するかもしれないとしてもだ。

「………難民を害虫みたいに扱う連中がこっちの世界で権力を握ってンだ。何がどうなるか知れたもンじゃないのさ」

 そして、迫害の対象になり得る可能性を思案へ入れていたダイナソーにとって、ディアナから発せられた言葉は、あまりにも重かった。
 ダイナソーだけではない。ニコラスも、アイルも、トキハも―――皆が等しく重みを感じている。
 これこそが、ギルガメシュの傘下に入ることをアイルたちに意識させる最大の要因であった。
 ジューダス・ローブとの決戦場となったサミットの席にてアルカークを始めとする過激な一派は、
難民たちの排斥を訴えていた。声を荒げて賛同を募っていた。
今は既にこの地を去って地元への帰路に着いているが、難民排斥を掲げた一派は、
つい先日までこのフィガス・テクナーに在ったのだ。
 矛盾への鬱屈を堪えてルナゲイトより救い出したものの、こうなることがわかっていれば、
やはり始末しておくべきだった―――そのようにすらディアナは考えている。
 過激派のアルカークを持ち出すのであれば、これに反論した擁護派のレイチェルがいるではないか。
そう抗弁しようとも思ったダイナソーだったが、今の状態では聞き入れられるようにも思えず、悔しげに言葉を切った。

「………ラス、お前はどう思ってるんだ? お前が一番世話になっただろう?」
「いや…… ああ、まあそうだろうが……」
「ってそれだけかよ。おいおい、もっと他にも言う事があるんじゃねえの?」
「無くはねぇけど……」
「ああもう、こんな時に煮え切らねえ態度だなあ、まったく!
言いたいことがあるなら意見をはっきり言いましょうって学校で教わっただろうがよお!」

 結局周りの人間が自分とは反対の意見と知ったダイナソーは何とかニコラスに助け舟を出してもらおうと、
先程からずっと黙ったままだった彼にも意見を聞いてみた。
 彼らが宅配の最中にこちら側のエンディニオンに迷い込んで以来、
世話になってきたアルフレッドをニコラスがまさか見捨てるはずがあるまいと、
彼ならきっと自分に賛同してくれるはずだろうとダイナソーは考えていた。
 もっとも、ニコラスがアルフレッドをはじめとするこちら側の世界の人々に世話になってきたのは間違いない事実だったが、
一番迷惑をかけた人物といったらダイナソーで間違いないだろう。
 自分のしでかしてきた数々の行ないを棚に上げて他人の事を言えた立場かと、
この場にいる誰もが突っ込みを入れられなくも無いが、今の状況ではそれは不問に処された。
 ダイナソーが語りかけても、ニコラスはずっと重苦しい顔をしたまま表情を変化させないで、
腕を組んでうつむき加減のまま動かなかった。
 たまに顔を上げては中空を見つめるような動きはあったものの、
それでも彼の口からは明確に意思表示をしたと判断できる言葉は出てこなかった。

「………まあいいさ、じゃあボスに聞きますよ、ボスはどう思っているんすか?」

 そんな彼に業を煮やしたダイナソーは最後の頼みといった具合にボスの考えを伺った。
 もしボスがアルフレッドたちに味方すると言ってくれるのならば、この流れも変わるかもしれないという微かな希望があった―――

「難しい選択だが…… ギルガメシュは会社を保護してくれるだろうか。それに尽きるな」

 ―――だが、それも叶わぬことだった。
 サングラスの下にある表情からでは全てを判断する事ができなかったが、
おそらくは厳しい選択を迫られて辛そうな様子だったのかもしれない。
 そのような中で彼は、会社の存続をまず優先事項と考えていたようで、
そうなるとやはり同じ世界の者であるギルガメシュを頼る方が何かと都合が良いだろう、といった感じの意見を口にした。
 もちろん、ボスはダイナソーの気持ちが痛いほど分かっているし、アルフレッドたちには社員を助けられた恩もある。
 そうした事情を慮ってか、自分としてはまだ完全には決定しきれていないという苦悩の現われを示すように、
はっきりとギルガメシュへの恭順を口にしたわけではなかった。
 だが、そういう意味合いが込められているというだけでも、今のダイナソーには十分だった。

「なんだってんだよ、皆してさ。一人っくらいアルに味方してやろうとか思わないのかよ? 
いいさ、いいさ、つまり皆はそういう奴だったってわけか。おたくらがそうなら俺一人だってでもやってやるさ。
俺サマは受けた恩を忘れるだなんて真似だけはできないからな!」

 ついに我慢の限界を超えてしまったダイナソーは、堤防が決壊したかのように激しく感情をあらわにする。
 説得だの何だのという考えはすっかり消し飛んでしまった。
 怒りというか絶望というか、とにかく今のダイナソーの感情は彼自身でも制御不可能だった。
 泣き出してしまいそうな表情で、彼は叫びながら座っていた椅子に一発蹴りをくれるとそのまま外へ走り去った。

「あ、おい。待て、サム!」
「待てと言われて待つ奴がいるかっつーの。後はよろしくやってな!」

 結局、はっきりとした意見を口にしなかったニコラス以外の全員がギルガメシュ側に付く事を決めた―――
それは大いにダイナソーを憤慨させる。
 色々と余計なことばかりやっては迷惑をかけっぱなしだったが、
それでも自分を拒否し続ける事無く受け入れてくれたアルフレッドたちにマコシカや佐志の人々、
他にもこの世界に迷い込んできてから世話になってきた人たちのことを思い出すと、
どうしたって彼はギルガメシュに下るなどという同僚や上司の考えを受け入れられなかった。
 ニコラスを始めとして同僚たちは立ち去ったダイナソーを引き止めようかとも思ったが、
互いの意見がどうにも合わさらないためにこの状態を生み出したのだから説得しようが無いのでは、
と複雑な表情を浮かべるのに精一杯だった。

「まったく…… あいつは仕様の無い………」

 沈黙に包まれていた中、アイルは一言呟くように口を開くと意を決してすっくと立ち上がった。

「………サムを追いかけるンかい?」
「放っておきたい気持ちは山々だが、かといってサムをあのままにしておいては不安でしょうがない。
あれではいつ足を踏み外すような目に遭ってもおかしくは無いだろう。………ここは小生が参ろう」
「すまないね。あまり無茶するンじゃないよ、とでも伝えてくンな」
「重々承知」

 常日頃からダイナソーとは何かと反目し合ってきたアイルだったが、
それ故に彼の無鉄砲さを心配するようになっていたというわけだろうか。
 平素よりブレーキ役がいないと危なっかしいダイナソーの事だ、
気ばかりが急いているような今の精神状態ではさらに危ういというのはこの場にいた誰でも分かる。
感情のままに動いてしまっているダイナソーがどんな無謀な行動をするのか分かったものでは無い。
 いくらダイナソーとはいえ、やたらに命を粗末に扱うような真似は何とか回避させたかった。
だからこそ、アイルは彼の監視役を買って出たという次第だ。
 彼女のこの決心を止める者はおらず、皆は若干申し訳なさそうな顔でアイルを見送った。

「すまんな……」

 愛用のサングラスを取ってつぶらな目を見せるボスは、アイルの後姿に向けて頭を深く下げた。
 ここでもニコラスはまだ無言のままで、特に何か動きを見せるわけでもなく、ずっと何かを考えているようだった。

「なあ、ラス」
「……。あ、はい」
「ミストの事が気がかりなンじゃないかい?」
「そんな事は無い、と言ったら嘘になりますけど……」
「別にあたしらと同じようにしろって言ってンじゃないさ。あンたはあンたの理由があるわけさね」 
「そう言ってもらえるのはありがたいんですけど、ギルガメシュに付くべきという考えももっともですし……」

 ニコラスにしてみればこの出来事というのは他の同僚よりも深刻だったのかもしれない。
 アルフレッドたちに対しての並々ならぬ思いがあるのはもちろんだったが、
ディアナが言うようにミストの事はそれ以上と言っても良かっただろう。
 右も左も分からない中で出会い、心を通い合わせた彼女の事を考えれば考えるほどに、
ニコラスはどうしてもギルガメシュに味方するのが躊躇われた。
 ダイナソーが発言したように、たとえ降伏したとしてもギルガメシュが原住民を無下に扱わないとは断言できない。
 ギルガメシュが本格的にエンディニオン各地への侵攻を始めたら
マコシカのような片田舎にいるミストだってどうなるものか分かったものでは無い。
 可能性を否定できない以上、彼女を守るべきなのだろうし、守りたいと彼は思っている。
 それに、何があっても自分たちは仲間だと励ましてくれたヒューや、
ふたつの世界に違いなんか殆どないとまで言ってくれたレイチェルへの思いも強い。

(………ミスト………ヒューさん………レイチェルさん………)

 ニコラスは、あまりにもピンカートン家と深く関わり過ぎていた。心の寄る辺とするほどに。
 であればこそ、この場に居合わせる誰よりも懊悩は深く、苦しいものとなるのだ。

 だが、皆が言うようにギルガメシュと共にあるほうがどう考えても有利だというのも理解できる。
今までやって来た同僚と袂を分かつのも躊躇われる。
 「あちらを立てればこちらが立たず」とはよく言ったものだ、と彼は自棄気味に思った。
 ともかく、ニコラスは未だ自分はどうするべきなのかを決められないままでいた。

 ふと動いた拍子にミストに見立ててもらったアクセサリーがテーブルにぶつかってカチリと音がなった。
 これが彼に今までの出来事を振り返らせ、ニコラスはより一層辛い気分にさいなまれた。

「気持ちはわかるけれど、あまり時間が無いンだ。早いところどちらかを選びなよ」
「そうですね……」
「辛い決断を迫っているってのはあたしだって分かっているさ。
ま、どっちを選んだとしてもそれは自分の意志として貫く覚悟は持っておくンだね」
「サムのように、ですか?」
「あいつが貫徹できるかどうか怪しいのはラスも分かっているンじゃないかい?」

 どちらを選択したとしても、彼の目の前には苦悩が待ち構えているのが明らかだと、彼自身はっきり理解していたが、
こうしてディアナに言われるとそれが余計に心を苦しめた。
 現在言える精一杯の冗談で少しでもこんな自分の気持ちを紛らわせてみたのだが、効果は焼け石に水。
 ニコラスはどうにも今すぐこの場で決断することができなかった。
 再び沈黙がアルバトロス・カンパニーの面々の間に垂れ込めた。

「………もう少し頭の良い連中かと思っていたんだが、所詮は烏合の衆と言うわけかい」

 いつの間にやって来ていたのだろうか―――突然、声の上がったほうへ視線を巡らせると、
壁際に未確認失踪者捜索委員として教皇庁から派遣されているクインシーの姿があった。
 頭に血が昇っていたせいで見落としたのだろう。ダイナソーとアイルが去るよりも以前から部屋の片隅に控えていたようだ。
 そのクインシーが、全身から溢れんばかりの怒りを発している。

「クインシーさん、我らは―――」
「―――聴く耳持たないよ、悪いんだけど。………イシュタルの御名に於いて預言しよう。
今後、あんたたちに女神の祝福は二度と与えられないものと覚悟するんだね」
「それはどう言う………」
「解説されきゃわからないかい? 教皇庁はギルガメシュに与することはないと言ったんだ」
「………………………」
「モルガンが聞いたら残念がるだろうね。あいつは、社長さんの人柄を買っていたみたいだ」

 ボスをぴしゃりと遮ったクインシーは、教皇庁がギルガメシュに対して取る態度を鮮明に示した。
 ギルガメシュと言う仮面の兵団について、教皇庁は断固たる態度で対決するつもりだと言う。
 剣呑な言い方から察するに、このような形で自らの存在を全世界に知らしめる以前から完全なる不寛容を決していたらしい。

「………せいぜい地獄の炎に焼かれて苦しむんだね、ギルガメシュもろとも」

 大変な剣幕で捲くし立てられた上、創造女神イシュタルへの信仰が厚いエンディニオンの人間にとって
死刑宣告にも似たことを突きつけられた一同の動揺は凄まじく、
肩を怒らせながら去っていくクインシーの後姿を、声一つ掛けられないまま見送るしか出来なかった。

「まさか………教皇庁を敵に回したと言うことか………むぅ―――身を誤ったのか………」

 ボスの嘆息が一同の心を駆け抜ける。
 教皇庁を敵に回したかも知れない―――Aのエンディニオンにおいてイシュタル信仰を統括する存在と言うことを踏まえれば、
彼らを苛む焦燥の程度が知れよう。
 あってはならないことが起きてしまったとしか言いようがなかった。

「………お取り込み中だったかな?」 

 そのようなクインシーと入れ替わりに事務所へ入ってきたのは、つい先日まで佐志に居た筈のラトクである。
 彼はアルフレッドから託されたメッセージを携えてフィガス・テクナーを訪れたのだが、
託された任務の遂行を思わず憚ってしまうくらいアルバトロス・カンパニーが醸し出す空気は沈鬱であった。




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